鬼火纏   作:ゾエア

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宿怨の叫喚

 

 

 

呪術師の成長曲線は 必ずしも緩やかではない。

 

祓う。食べる。その繰り返しの中で久しく感じていなかった命の危機は呪力操作の基本を思い出させた。食らった呪霊から得た大量の呪力。ただ纏わせていたそれを丁寧に流し、より高密度に圧縮する。呪いを込めるには器の強度が重要であるが、幾度も鬼火を纏わせ続けたその腕は器として相応しいものだった。

 

 

限界まで圧縮した呪力が赤黒く染まっていく。

臨界に達した合図は鬼火の爆散であった。突き刺さっていた電柱を吹き飛ばし、怨嗟の鬼は呪霊と対峙した。

 

 

 

雷撃を浴びた証は身体中に広がる樹状の火傷痕として残っている。右目の上を走る切創は瓦礫片によるものだろうか。その瞼は開かれていない。半ばから折られた短い十字槍を逆手に持ち、両腕から血のような昏い赤を噴出している。残った左眼は鈍い光を失わずに怨みと闘志を宿していた。

 

 

──紫から赤紫へ。圧縮とともに威力が増すことは分かっていた。さらにその先。両腕に集中させ赤黒い炎にまで。それを刃に乗せれば──

 

 

『鬼怨斬』

 

 

逆手に構えた十字槍をアッパーとともに振り上げた。そこから放たれた呪力は直線状に爆発を起こし、呪霊の防御を吹き飛ばす。瓦礫は退かされ、目的地までの道が出来た。

 

 

空いた正面の空間に殺到する雷撃。それを受け止めた赤黒い腕は雷を()()()()

 

 

「秤の大当たりと似た感じだな。電気や熱が防げないなら、膨大な呪力で弾けばいい。」

 

 

しびれを切らした呪霊は口から紫電の光を零す。膨らんだ腹の雷袋が稼働することで、先程とは比べ物にならない極太のレーザーが放たれた。

 

 

「ぶち抜く。」

 

 

持ち直した槍を右手に構え、光線を切り裂きながら怯まずに真っ直ぐ突き進む。圧縮された赤黒い呪力は雷を遮断し、開かれた呪霊の口へと刃が迫った。

 

「ハッ」

 

特徴的な二重歯列に阻まれる刃。突進を噛んで受け止めた呪霊は両腕の雷袋に出力を回し、呪力を纏っていない胴体へ狙いをつけた。

 

 

空気を引き裂く高電圧。放たれた雷は無防備な体を貫いた。肉の焦げた匂いが広がる。

 

勝ち誇る呪霊の顔を見ながら歯を食いしばって呪力操作に集中した。このニヤケ面に一発ぶち込まなければ気がすまない!!

 

 

圧縮された呪力は左手にも備えている。

全身に流れた雷による傷と潰れた右目の疼きが怒りと怨みへ変わっていき、握る拳をより強固なものにした。呪力の核心。その一端に足を踏み入れる。

 

 

 

『黒閃』

 

 

 

空間を黒く歪ませる。赤黒い呪力と黒い火花が空中を派手に彩った。指数的に増加した威力の打撃は頭部に炸裂し、呪霊の視界を白く染める。生じたその隙を響は見逃さなかった。

 

 

「──まだ、まだァ!!」

 

 

喉奥へ強引に槍をぶち込む。左手で頭を掴みさらに三度の刺突。口に突っ込んだ刃を硬口蓋に引っ掛けて力任せに──首を引きちぎった。

 

 

「ふー…。痛てぇし熱い。」

 

 

着地と同時に浮き上がっていた鉄くず達が落下する。土煙を背景に槍先の生首へかぶりつき、そのままもぐもぐと咀嚼する。

 

 

「──美味い。特級は違うな。」

 

 

塵となり始めた呪霊を噛み砕いていく。頭蓋骨も二つの顎骨もお構いなしにバリバリと。残った肉片も消え失せたところで、次の獲物が並び始めた。色とりどりの呪霊は順番を気にせず押し寄せてくる。

 

 

「よーし。一列に並べ。食べ比べだ。」

 

 

黒閃を決めたことで、一時的なゾーン状態に入った響の闘志はまだ尽きない。食休みはもう少し先のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

夜が明け、戻った響の目に入ったのは高専の惨状。血痕や瓦礫が散見された。何やらコトが終わった後らしい。百鬼夜行は派手な陽動であった。

 

後片付けに奔走する関係者を尻目に、目的の人物を見つけた。目隠しの白髪長身はよく目立つ。興奮冷めやらぬ響はそのまま話しかけた。

 

 

「五条先生!なんか掴んだ気が──」

 

 

纏う空気の違いに言葉を詰まらせる。事態は終わったが、そうスッキリと片付いた訳ではなさそうだった。息を吸い改めて声をかけ直す。

 

 

「──先生。夏油傑は新宿に居なかったろ?なんかあった…感じか」

 

 

「憂太は里香の解呪に成功したよ。ここに来ていた傑も退けた。響の方は──手酷くやられたみたいだね。」

 

 

くつくつと笑いながらいつもの調子に戻ってきた。ボロボロに焼き焦げた全身に右目の傷。響の見た目はお世辞にも勝者の姿とは言えなかったが、纏う雰囲気の変化からすぐに察しがついた。

 

 

「でも得るものもあったでしょ。グルメ気取りをやめたかな?」

 

 

「もうちょい具体的なアドバイスくれよー。家入さんにも匙投げられたんだよこれさぁ。」

 

 

右目があった場所を親指で叩く。何やら気づいていたような五条先生に向けて、文句が出そうになっていた。生徒の成長が嬉しいのか、ニヤニヤしながら話す教師の態度も問題があるかもしれない。

 

 

「痛い目みないとダメだからね。呪術ってのはそういうもんさ。」

 

 

「──わかったよ。…夏油傑は百鬼夜行の呪霊を全部取り込んでたんだよな。特級呪霊も数体。特級術師ってそういうもん?」

 

 

特級術師として認定を受けることは、通常の昇級査定等とは訳が違う。単独での国家転覆可能性。人間一人が持つにはあまりに過剰な力だが、特級術師とみなされるものはそういう怪物達であった。件の夏油もその一人。響を追い詰めた呪霊すらも彼は降伏させ取り込んでいた。

 

 

「なに?特級になりたくなったの?大きく出たねー!」

 

 

バシバシと叩いてくる手のひらをガードする。まだ全快ではない体には受けたくない攻撃であった。堪らず弁解する。

 

 

特級術師(それ)って目指すもんじゃないでしょ!先生とかはいつの間にか()()()()タイプだろ絶対!」

 

 

叩いていた手が止まる。白い目隠しで見えにくい表情はどう動いたのか。

 

 

「──君は強くなりたいみたいだね。特級や一級の括りで縛られずに。」

 

 

「美味いもん食うのも大変みたいだから、強くなって損はない!周りの評価は後からついてくるだろ。多分な!」

 

 

いつもの調子に戻るが、少なくとも自分に不足していたものには気づいたようだった。狩りではなく闘争。勝ちが決まっている捕食ではなく、どんな相手に対しても勝利へ近づくための飢え。そういった強さを得るためには──

 

 

「教えてくれよ先生。最強だろ?」「お目が高い。」

 

 

先生はやけに嬉しそうだ。目が隠れていても弧を描く口元からはその心情が伝わってくるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三年のボンクラが停学中なんだ。だからオマエら出ろ」

 

 

虎杖の死に落ち込む暇もなく、伏黒と釘崎には姉妹校交流会の人数合わせが求められていた。二 三年生がメインのイベントである。真希の話では三年が一人もいないとのことだったが、伏黒の頭には特徴的な術式の先輩が浮かんだ。

 

 

「迂途さんとは会ってないですね。あの人も停学ですか?」

 

 

顔見知りである伏黒は、高専入学後ろくに会わない迂途のことを口にする。五条さんの紹介で知った呪霊を食べる変な人。そのくらいの認識であった。

 

 

「あいつは停学してなかったな。全国ほっつき歩いて今はいないが、交流会には顔出すだろ。」

 

 

「伏黒。アンタなんか知ってんの。」

 

 

話についていけない釘崎は隣の同級生に聞き込みする。三年ボンクラの一人。全国を飛び回るというその先輩とは──

 

 

「…呪霊食べる人。」「五条(バカ)お墨付きのバカ。」

 

 

まともな人物ではなさそうだった。

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