二十数年前、人形師ローゼンの作った七体の最高傑作ドール「ローゼンメイデン」たちが至高の少女、アリスを目指した戦いを終えた。アリスとなった少女、第五ドール真紅が自分の命を代償とし、姉妹を復活させてから、ドールズにはかつての日常が戻ったと言えた。
違いはアリスゲームをする必要がなくなったこと。
その程度だった。
ローゼンの箱庭は二代目ローゼンとなった青年に引き継がれ、かつてのようにドールズたちの茶会の場に戻っていた。アリスゲームが始まる前と同じ均衡を保った平和な箱庭。その箱庭から再びローゼンメイデンたちの物語は始まる。
さて、今回の主人公は二代目ローゼンでも、アリスを目指したドールズでもない。
新たな主人公はアリスを目指さずに作られたローゼンのドールズ達。
ローゼンが手慰みに作った残り二十三体のドール達。
本編では語られなかったドールたちの物語である。
◯●◯
ローゼンの箱庭、お茶会会場
「ジュン!カップが空になったわ。いれて頂戴」
赤いボンネットとドレスの少女ドールが言った。
「は?お前、それくらい自分でや…ぐぇっ!?」
ジュンと呼ばれた黒髪の青年…新たなローゼンは言い切ることなく、頬に受けた衝撃に声を上げた。隣ではドールが偉そうな顔をしながら、先ほどジュンの頬を叩いた鞭がわりのツインテールを揺らした。
「いれるのが遅い」
「そんなすぐいれられるわけないだろ、真紅」
ジュンは少女ドールの名を呼ぶ。
彼女こそ第五ドール、真紅。一度はアリスになった少女だ。ローザミスティカが砕け散り、眠りについた彼女はその後、二代目ローゼンとなった当時少年であったジュンの手で再び目を覚ました。ジュンが新たなローザミスティカを作り、真紅を目覚めさせたのだ(目覚めた真紅が「起こすのが遅い」と言ってジュンをぶったのは余談である)。
「あー、ジュン。ヒナのもいれてなのよ〜。ミルクも入れるから少なめでお願いなのよ」
にこにこ笑ってカップを差し出す一際小柄なドールは第六ドール、雛苺。真紅の妹である。二十年以上の時が経った今でも幼さが目立つ。…いや、むしろ昔より幼さが目立つようになったかもしれない。
その一因となったのは、おそらくこの人物だろう。
「蜂蜜はいる?雛苺」
「いるの〜。トモエ、苺大福も欲しいのよ〜」
その人物は柏葉巴…改、桜田巴。雛苺の元マスターであり、数年前にジュンと結婚、現在は二児の母である。二人の結婚を雛苺は大喜びし、以降、彼女にべったりである。
「はいはい」
「まぁったく…。貴女、また子供になったんじゃないの、雛苺?」
「もうっ、ヒナはそこまで子供じゃないのよ、水銀燈!」
「‥はぁ、やっぱり子供ねぇ…」
ため息をついてそう言ったのは第一ドール、水銀燈。真紅のライバルであり、アリスゲームでマスターを亡くした最年長ドールである。以降、nのフィールドとまいた世界、まかなかった世界の三つをふらふらし、猫のように自由きままに生きている。
「そーですよ、水銀燈!チビ苺はいーっつも巴に甘えてばかりなんですから!それだけでなく、翠星石が『双子』と一緒にチビ苺と遊んでやっているんですよ。か、か、感謝しやがれっ、です!」
このツンデレのような台詞を言っているのは、第三ドール、翠星石。相変わらずジュンと指輪なしの契約をしているドールである。数年前からは『双子』の遊び相手を務めている。その双子は無論翠星石とその妹、第四ドールの蒼星石のことでなく…
「わー、翠おねーちゃんツンデレー」
「ローゼンメイデンはツンデレがおおいよねー」
まだ三歳くらいの女児と男児が交互に言った。
「だ、誰がツンデレですかっ!ゆみ!ケン!」
女児の名前はゆみ、男児の名前はケン。ジュンと巴の間に生まれた双子である。外見は二人とも母である巴に似たが、手先が器用である所は父であるジュンの遺伝らしい。
「翠星石は昔から僕以外にはツンデレだと思う」
コトン、とカップを置いて蒼星石が呟くと、翠星石は即座に「ですっ!?」と反応を返した。彼女のクールさも前からあまり変わっていない。ちなみにマスターへの忠誠心(?)も変わらずそのままである。
「みんなずっと変わらないかしらー!…へぶっ!?」
立ち上がりながら明るい調子で言い、椅子から落ちたのは第二ドール金糸雀。明るさやドジっ子、自称策士のままのこれまた幼いドールである。ちなみにゆみとケンの双子からは「策士ちゃん(笑)」と呼ばれている。双子が金糸雀をなめているように聞こえるのは多分気のせいだろう。
「あー、もうドジなカナ、可愛い〜!」
「キャー、みっちゃん!また摩擦熱がまさちゅーせっつ!」
金糸雀を抱きしめて頬擦りしている人物こそ金糸雀のマスター、みっちゃんこと草笛みつ。十数年ほど前に念願の店を開いた彼女もほぼ五十路だが、情熱は若い頃とほぼ変わっていない。むしろ増してすらいるかもしれない。
「でたー、策士ちゃんのまさちゅーせっちゅ!」
「ちがうよ、ゆみ姉。今はまさちゅーせっつだったよ、ね、のりちゃん?」
「そうね、ちゃんと聞いてて偉いわ、ケンくん。ゆみちゃんも偉いわねー、金糸雀ちゃんのこと、ちゃんと分かっているんだもの」
ケンの隣に座っているのはジュンの姉、のり。
「えへへ、そうでしょ?」
「のりちゃん、だいすきー!」
双子の子供たちは、椅子からぴょん、と降りてのりに抱きつく。まかなかった世界と違い、幼稚園教諭をしているのりは子供にたいそうもてる。彼女の甥姪にあたる双子も例外でなく、のりによく懐いている。
「…あ、あの、マスター。私も、抱っこを…」
「あ、いいよ、雪華綺晶」
椅子の上で抱きしめ合う一人と一体は「まかなかった世界」のジュンと第七ドール、雪華綺晶だ。時の流れが違うからか、まかなかった世界では三十年ほどの時間が経っており、まかなかったジュンは今、五十になっている。今はかなり大きな劇団で小道具係をしたり、衣装を作ったりしているらしい。まいたジュンも世界的に有名になりつつあるデザイナーとなっているので、似た道を選んだ二人はさすが同一人物と言えよう。
「ここでお茶会を開くのはこれで何度目?ジュン、覚えている?」
真紅は隣にいるジュンに話しかける。
「うーん。年数回やってるからなー、こういうのはお前の方が覚えているんじゃないか、真紅。水銀燈と何万何千時間前にどうのこうの〜とか言ってるし」
「私は何でも覚えてるわけでなくてよ、ジュン」
「飽きるほどやっているのは確かなのよー。楽しいけど場所変えたりしたいのよー」
「うーん、私はお姉様方といる時間が短いからかもっとしたいくらいですけど…」
下二人の意見はどうも逆らしい。
「す、翠星石はここでやるのに飽きたですっ!茶会の場所はここか、家のリビングですよ?この景色もそろそろ見飽きたですっ!」
「僕も翠星石と同意見だよ。そもそもここから見えるのはガラクタくらいだしね」
双子ドールたちもも雛苺と同意見らしい。
「カナも、かしらー!でも、他にいい場所は知らないかしらー」
「あら、私は知ってるわよぉ。…ただ、『私たちだけ』で使うことは出来ないけどね」
水銀燈の言葉に、真紅は首を傾けた。
「それは一体どういうこと?水銀燈」
「何年前のことかしら…、nのフィールドを彷徨いていて見つけたのよ。もう一つの『お父様の箱庭』を」
「もう一つの…?」
「お父様は私たちにアリスゲームを始めさせた後、手慰みにまたドールを作りはじめたのよ。アリスでないドール、アリスを目指していないドール、…しかし同時にローゼンメイデンでもあるドールを」
「ローゼンメイデン?アリスを目指してないのに?」
「それでもローゼンメイデンよ。ローザミスティカも、薔薇の指輪も持っているわよぉ。私たちと同じね。…いえ、一人はそうでなかったわね…」
「水銀燈?どういうことかしら?」
「指輪…持ってないってことか?」
ジュンが不思議そうに尋ねる。
「そうじゃないわ、指輪の形が違ったのよ、私たちと。…一体だけね。まるで、特別扱いされているみたいに」
「その一体は何なの?」
真紅が尋ねる。
「ローゼンメイデンじゃ、ないのかしら…?」
金糸雀も呟く。
「あれは確かにローゼンメイデンよ。…ただ、アリスに似ていた。まるで…私や真紅、め…、いえ、あの子のように…」
「水銀燈、そのドールの名は?」
蒼星石が尋ねる。
「……」
「え?」
「第十四ドール、菫青石」
◯●◯
「あら?何、この紙は…?『まきますか まきませんか?』」
銀髪の少女は首を傾げる。
「日本でこんなもの詰めたかしら?誰かしら?まぁ、いずれ送った方が連絡をくださるかもしれないし…。選んでおきましょう」
少女は「まきます」の方に丸をすると、その紙を置いて別の作業を始めた。
そして、始まる。
アリスを目指さず作れたドール達の物語が。
その中でたった一体、アリスによく似た姿をしたドールの物語が。
そして、一人の銀髪の少女の物語が。