舞台はイギリスですが、文章は日本語です。
「これでお洋服の片付けは終わり。次は…、本でも片付けようかしら…?」
十五ほどの銀髪の少女がため息をついてそう呟いた。少女は年頃の少女らしくない憂鬱な表情を浮かべている。
彼女の名はアリアネル・E・スチュアート。先進国を中心に展開しているそこそこ大企業の社長の娘だ。先日、中学校まで通っていた日本から帰国したばかりであり、今は荷物を片付けているようだ。
「これは、この本棚で、こっちは…」
本棚に先ほどまで箱に詰められていた本を入れていると突然、背後に人気を感じた。気配で誰かを感じ取れず、びくり、と肩を揺らす。
「…誰?」
少々恐れながらゆっくりと、後ろを向く。
「久しぶりだね、アリー」
背後に立っていたのは十代後半ほどの黒髪碧眼の少年だ。にこり、と優しげな笑みを浮かべている。
「…フェリックス、さん」
少年の名をアリアネルは呟く。一瞬、少年は不思議そうに目を丸くし、そして口を開いた。
「…いやだな、アリー。俺ら幼馴染だろ?今まで通りフェイクって呼んでくれよ」
彼の名はフェリックス・A・K・エドワーズ。アリアネルの近所に昔から住んでいる少年であり、彼女とは同学年だ。ちなみに、フェイクという愛称は、幼かった頃のアリアネルが彼のイニシャルから取ってつけたものである。
「…フェイク。…ええと…、随分と大きくなったわね…?」
アリアネルの発言に、くすくす、とフェイクは笑う。
「何、最後の疑問形。君は俺の親戚のお姉ちゃんか何か?」
「…残念だけど、私は貴方より年下よ。そもそも親戚でもない。…それより、レイラは?今、近くにいる?」
アリアネルがいとこの名を出すと、フェイクは拗ねたような顔をする。自分よりレイラが大切だと思われている、とでも考えているのだろう。
「俺よりも、レイラか?」
どうも、予想は当たったらしい。やや不満げな声だ。
「別にそうは言ってないわよ…。ただ、気になっただけ。昨日の夜に帰ってきたから今日は会いに来てくれるかな、と思っていたの」
「レイラは学校に行ってる。彼女、乗馬クラブだろ?そっちで何かあるらしいんだ。俺はそういうのがなかったから帰ってきた訳」
今は七月。ちょうど長期休みの時期であり、寮から多くの学生が帰ってくる。
二ヶ月後にはアリーも学校での寮生活に入っているだろう。100%自信があるわけでないが、昨日、フェイクとレイラの通う学校の編入試験を受けてきて、そこそこ出来は良かった…と思う。
「あ、本題忘れてた。これ」
そう言ってフェイクは後ろに置いていたものを取る。
「…それは?」
「君のだと思ったんだけど…、違う?」
フェイクに渡されたのは革製の黒い鞄だった。金具は金で統一されており、高級感がある。持ち手には糸で紙が繋がれており、「For Arianell」と書かれている。
「いいえ。私のではないわ。心当たりがないもの。…まさか、爆弾とかじゃないでしょうね…?」
もしかしたら、自身に対する襲撃なのかもしれない、とアリアネルは思った。と言っても彼女にはそんな恨みを買った覚えはないし、ここ数年イギリスに帰っていなかったので、そんなことをしてくる人がいるとも思えない。
「わからないよ」
「とりあえず、開けてみるわね」
カチャリ、と音を立てて金具を外すとキィ、と重苦しい音がして、中身があらわになる。
入っていたのは一体の、ドール。
「お人形?」
「フランス人形か…?買ったの?」
「いいえ、さっきも言ったけれど私のでは…」
ドールはとても綺麗だった。アリーとそっくりな姫カットの銀髪。カールしたまつ毛に伏せられた瞳。高めの鼻と桜色の唇。生者と同じ感触の肌は真珠色をしていた。
「髪の色は、君に似てるね。レイラにも。まぁ、君たち二人の方が可愛いけどね」
「何、そのお決まりの口説き文句。前世はイタリア人だったの?」
軽口を叩いてからアリアネルは人形を抱き上げる。サイズは赤子と変わらないくらいで、子供ができたらこんな感じになるのかしら、とアリアネルは心の中で呟いた。
「こう見ると、まるで親子だね」
フェイクは笑う。
「未婚の母になったつもりはなくてよ。そもそも結婚願望もなにもないし」
「…そうか。それなら、この子の父親は俺?」
何故かはわからないが、残念そうにしながらフェイクは言った。
「勝手にそう名乗っていれば?」
そう言ってアリアネルはふと、鞄の中を見る。よく見ると螺子がある。ひょい、とそれをつまむ。
「ん?螺子か…。巻けば歩くとかあるのか?」
フェイクが疑問を口にする。先ほどまでは爆弾だとかなんだとか疑っていた二人だが、人形の可愛らしさに気を緩めたらしい。
「ちょっと巻いてみるわね。ええと…」
アリアネルは人形を慎重に見ていき、腰に螺子の穴があるのを見つけた。そして、螺子を刺すと、ギギギ…と重い音を立ててゆっくりと巻いていく。
すると…
「うわあ!」
人形がふわふわと宙を舞っていき。フェイクが腰を抜かす。そして人形自体は呆然と立ち尽くすアリアネルの腕に戻ってきた。そして、ゆっくりと、瞼が開かれた。
そのあと…
「うわぁぁぁぁ!!」
ぴょん、とアリアネルの腕から飛び降りると、フェイクをぶった。
思い切り転んだフェイクを見て、人形は呆れたような目を向ける。
「勝手に私の父親を名乗らないで。私にはお母様がいなくとも、お父様はいるのよ。それと…」
人形はアリアネルの方を向く。
「貴女が、私のマスター?」
「…え?」
人形の質問の意味が分からず、アリアネルは首を傾げる。
「螺子を巻いたのは貴女。巻くのを選択したのも貴女。人工精霊のノクターンが教えてくれたわ」
「え、確かにそうだけど‥」
「紹介がまだだったわね。私はローゼンメイデンの第十四ドール、菫青石。貴女は?」
「アリアネル・E・ステュアート。…一応、学生ね」
「…そう。アリアネル。私と契約して」
「契約?」
「…ってちょっと待て!俺は無視か?」
完全に空気になっていたフェイクがツッコむ。
「子供は好きだけど、餓鬼は嫌いよ。少年」
菫青石は雑草を見るような目でフェイクを見た。
「俺はフェイクだ!ガキじゃない!フェリックス・A・K・エドワーズ!」
「…そう。で、私の言う契約は一つ。この薔薇の指輪をつけて、くちづけして、私に力を渡す。それだけ」
「…どうして、私なの?」
アリアネルは尋ねる。
「貴女が選ばれたマスターだから。…本当ならばこんな必要もなかったのだけれど」
「一体どういう…?」
「良いから契約。あ、指輪は無理に取ると肉が削げるから気をつけて」
「…何故、契約が必要なの…?」
「私の姉妹たちを…守るため」
サファイアとアメシストのオッドアイが真摯にアリアネルを見つめる。
その瞳にアリアネルが吸い込まれそうになったところで菫青石は続ける。
「…ただ、契約すれば、貴女は無事ではすまない。死ぬことは…ないとは思う。それでも、自分を犠牲にして私と契約ができる?」
一瞬の沈黙の後、アリアネルはゆっくりと口を開いた。
「…私は、勉強はできるけどトップになれるほどじゃないし、運動も苦手で…、家事も普通くらいしかできない。別に一番になれるものがない私なんかで良いの?」
「一番になれない…というところは間違っている。私が貴女を選んだのは、私のマスターとして最も相応しいのが貴女だから。私は貴女がいいの」
「わかったわ…」
一番、と言われても自信のないアリアネルは左手の薬指に薔薇の模様が彫られた指輪をそっと嵌め、静かにくちづけする。
「…さて、私のマスター、アリアネル。これから先、私は貴女にお話ししたいことがあるの。かつてのアリスゲームと、これから起きるかもしれないアリスゲームの話…」
菫青石は重苦しい雰囲気を纏ってそう言った。
キャラ紹介:菫青石
【挿絵表示】
ローゼンメイデン第14ドール。一人称は「私」。冷静で堂々としている。性格は少し真紅に似ているかもしれない。サイズは翠星石&蒼星石くらい。歴史好き。趣味は裁縫と読書。嫌いなものは争いとアボカド。