外を歩けば汗が滲むような気温から一変、肌を出せば一瞬で体温を奪われかねない季節へと移り変わっていく。例年ではもっと緩やかに変化するものらしいが、どうやら今年は激しめなんだとか。
さて、シスターフッドでの活動も慣れてきた頃だ。ここまで来ると組織の全容とまではいかずとも、内部で何が起きているかくらいは理解できる。
結論から言えば現3年生、つまり最上級生の間で『サクラコサマを次期リーダーにしたい派閥』と『それを阻止したい派閥』で揉めているのだ。その結果組織は二分化、ギスギスした派閥争いが内部で繰り広げられているというわけだ。
『私は争いがしたいわけではないのですが……』
サクラコサマはため息とともに愚痴をこぼしていた。とはいえ3年生の方で盛り上がってしまっている政争なので、自分も割り込みづらいのだろう。見守るという選択肢しか取れない彼女の祈りの時間が増えていくのだった。
「…………って感じなのですわ~」
「えっと、それは私に言っても大丈夫なことなのですか?」
困惑気味な笑顔を浮かべながらハナコさんが僕に問う。
「ワタクシはどちらの派閥でもないので、あまり関係の無い話ですわ」
「そういう意味ではないんですが……まあ、恐らくはクララちゃんもサクラコさん側の人間ということになるでしょうね」
「なんか夏にもそんな感じのこと言われた気がしますわ!」
今思えばあのシスターはサクラコさんに嫉妬していただけではなく、自分の思う先輩に着いていくことを決めた人間だったのだろう。
「古くからシスターフッドは独立した組織として立場を保ってきました。外部との接触を避け、シスターフッドに入れるのも決まった人間だけ。そのような徹底した秘密主義がここ数年では変わりつつあります」
ハナコさんが息を整える。
「例えばボランティア活動等もその一環でしょう。教義に対する解釈の違いから別れた派閥が、こうして別々の活動をしているという歪な内情を作り出しているのです。クララちゃんにも覚えがあるんじゃないでしょうか。シスターフッドの人間は多くいるのに、ボランティアを一緒にやる人はよく被ったりしませんでしたか?」
「言われてみれば、そんな気がしますわね」
「対外的な活動を行っているのは革新派……つまりサクラコさんの派閥の方々です。それ以外の方々───────保守派とでも言いましょうか。彼女たちはその活動には混ざらないというわけです」
「そうだったんですのね」
本当に生前の政争みたいになって来た。
「ハナコさん、ワタクシよりシスターフッドのことについて詳しいんですわね」
「ええ、まあ……たまたま知る機会がありましたので♡」
まあハナコさんならそんなこともあるか。
「私としては、サクラコさんの派閥にいることをおすすめしますよ♡」
「はぁ、それはなんでですの?」
「保守派の方々は決まった人しかシスターフッドに入れませんが、革新派はこれからどんどん外部の人間を取り入れていくでしょう。そうすれば、どちらの派閥が大きくなるかは明白です。これから肩身の狭い思いをしていくのは、秘密主義の古い考えの人間なのでしょうね」
なるほど、理にかなっている。
「まあ、あまり興味はありませんが……」
「ふふ、クララちゃんは
「うーん、嫌いというか本当に興味が無いというか、割と心底どうでもいいんですわ」
「いつかは貴方もサクラコさんみたいに、槍玉に挙げられるかもしれませんよ?」
「それも別に、勝手にしていただいていいんですわ。迷惑だったらその時に追い返せばいいだけなので」
そういえば魔術学会でそんなことがあった気がする。本当に鬱陶しかったので、剣を向けてきたやつも縋りついてきたやつもまとめて泡の中に閉じ込めて城の外に追い出したんだった。
「……クララちゃんのそういうところ、私は好きですよ」
「エッ!?あ、ありがとうございます!?」
急に好きとか言われるからびっくりしちゃった。ただでさえ色っぽいのに、僕が男なら勘違いして結婚してたよ。
「まあ、外部の人間に情報を漏らしているようでは保守派には入れなそうですけどね」
「口の軽いワタクシには無理な話ですわね」
自分の秘密以外全部口から漏れ出る人間だぞ僕は。
そういえば自分の話ばかりしていた。入学当初は余裕のなかった僕も今はこうして対話ができる。ならば1歩踏み込んでみるのも悪くないはず。
「ハナコさんは、最近どうですの?何かご趣味とかは?」
うん、パーフェクトコミュニケーション。最悪会話部の看板はおろしてもよさそうだ。
「最近、ですか…………」
ハナコさんはしばらく思案したあと、笑顔でこちらに向き直った。
「ええ、最近は色々と勉強をしていますよ♡それはもう、色々と……♡」
「勉強熱心なのですわね!わかりますわ、知識が増えるのは楽しいですから!」
「ええ……♡」
いつもより迫力3割増の笑顔だ。きっとそれほど勉強が楽しかったのだろう。
「そういえば、最近はクララちゃんに勉強を教える機会も無くなりましたね?」
「あー、まあ、慣れてきたので」
勉学が義務とは恐れ入ったが、
「倫理や道徳は暗記科目ではありませんが……」
苦笑いのハナコさん。いやでもそんなこといったら自分の信条に従うのが正しいわけで、学問のテーマとしてはかなり間違っている気がする。正解のないものをクイズにしちゃいけない。
「まあ、私もそう思います。道徳と言えばお固く聞こえますが、要は世間一般の常識を知ろう、というところに繋がりますから」
「でも、それと自分の心が一致しなければ意味がないのでは?」
まあまあ、必要最低限の知識があれば義務としての勉強は認められるんでしょ?ならそこだけ押えてあとは自分の学問に専念すればいいだけじゃんね。
「なるほど。クララちゃんは研究者気質なんですね」
「あまり違いがわかりませんが、ハナコさんが言うならそうなのですわね!」
そういえば、ハナコさんは全科目で満点なんだとか。なんなら学年が上のテストを受けてなお間違いがないらしい。知識を問う試験でこれだけの成績が出ると流石に驚きを隠せない。
「ええ、全部知っていることですから」
はー、すごいね。
何はともあれ、危ぶまれてきた勉学もこの通り。ハナコさんの力を借りずともこれからは独り立ち出来ますとも。
「それは……ええ、とても喜ばしいことですね♡」
「……?」
なんか、違和感が?なんだろう。
「では私はこれで。今日は人と会う用事があるので……」
「あ、はい!また明日ですわ!」
「ええ、また明日」
ハナコさんは立ち上がるとそのまま向こうの方へ歩いていった。
暇になったのでトリニティ自治区をブラブラ。美味しいものでも食べたいなという気分。
そういえば、シスターフッドの活動のお金が昨日渡された。いやお金を貰ったらボランティアにならなくない?っていう疑問はあったけど、貰えるものは貰っておく主義なのでありがたく頂いた。
その関係でコウザなるものを作ることになったのだが、全く使い方がわからない。貨幣を部屋に置いておくんじゃダメなの?むしろ他人に預けておく方が怖い気がする。
正直、知識はそれなりにあってもこの世界の生き方についていけていないのが事実だ。この端末もモモトーク専用機になってるし、アプリケーションなる便利機能も未だに慣れない。数を数えるのにはとても役に立つけど。
社会の仕組みとでも言おうか、そういうものにとても疎く浮世離れした生き方をしている現状をなんとかしなければいけないのだ。そのために社会見学としてこうやって外に出かけたりするわけだけれど。
「ケーキ……甘くて美味しい!クレープ、美味しい!ワッフル美味しい!紅茶は……ちょっと好きじゃない!」
こんなにも美味しい食べ物に溢れている世界では誘惑が多すぎる。実は僕は『食』という娯楽にとても弱いのだ。生前は研究に集中したい時に定期的に断食をするほどだった。
そんなわけで結局食べ歩き三昧。技術の発展に感謝しつつ、甘味を頬張るこの時間が幸せだった。
「こ、これ以上食べては……しかし…………!」
なんか苦悩に満ちた顔の人もいます。
は?でっっっっっっっっっっっっっか!!!!
発育とかそんなレベルの話じゃない。もう全てがデカすぎ。身長も大人くらいあるし、胸もありえない大きさしてるし、足も長すぎ。もう全部が規格外。
こんな強大な存在が何を苦悩することがあるの?大体の悩みが力で解決しそうだけど。
……まあ、この世界は広い。生前にも巨人みたいな人いたしね。こういう人の怒りをなるべく買わないように生きていこうって話。
なお将来怒らせる模様