オリジナルのモブが出ます(唐突)
心の中で呼び捨てしてみよう作戦から2週間。やはり自分の慣れ親しんだ呼び捨てというやり方はとても馴染み深く、しかしここで大変な問題が発生する。
「クララさん、こちらの方をサクラコ様にお願い出来ますか?」
「はい!ヒナタ…………さん!」
「?」
現実を侵食し始めているんですけど。
今まで敬称で呼んでいた後輩がいきなり呼び捨てしたらどうなるのか?答えは沈黙だ。いくら心優しきパワー系シスターのヒナタといえどこれには困惑→沈黙→失笑のフルコンボをかましてしまうだろう。
なんとかその場の変な空気を抜け出してサクラコのところに荷物を届けるとまたしても魔の手が襲いかかる。
「失礼しますわ、サクラコ…………様。これヒナタさんから渡して欲しいとのことですわ」
「ありがとうございます。ところで、どうかなさいましたか?あまり顔色が優れないようですが」
「あ、いえ!大丈夫です!ちょっと…………そう、ちょっとミスっただけですので!」
「ミス……?まあ、わかりました。お気をつけてお戻りください」
皆が様をつけて呼ぶ人を呼び捨てにしてみたらどうなるのか?答えを知る者はいない。おそらく実行した人間がいても、この世にはもういないだろうから。
まあ正直サクラコという人物を見てきた限りではそんな危険な人では無いんだけど。とはいえ火のないところになんとやらとも言いますし。
願わくば事故の起きないよう。
ヒナタから頼まれたブツを渡し、資料室の掃除をして、礼拝堂で目を瞑る。信仰心がないとはいえ聖職者としてのポーズだけでも取っておかないとね。
形だけのお祈りを済ませて礼拝堂を出るとシスターフッドの仲間が2人、入口でなにやら端末を弄っている。すると2人はおもむろにスマホを立て掛けて踊り出した。確かあれは同級生の人達だったはずだ、結構話しかけてくれるから流石に顔を覚えた。
「あ、クララさん!」
「丁度いいところに」
踊り終わってこちらに気づいた同級生sが手を振っている。別にクラスが一緒なわけではないからハナコほどよく喋るわけではないけれど、シスターフッドの中では比較的仲のいい方なのかもしれない。
「御機嫌ようですわ〜」
同じようにヒラヒラと手を振るとそのままスマホを持って近づいてきた。
「クララさんも動画撮りませんか?」
「動画ですか?」
「はい!YouTubeに動画を投稿するんです」
「ゆーちゅーぶ」
なにゆーちゅーぶって。突然、そして当然と言わんばかりに動画をどうのこうのと説明されるが、全く何を言っているのかわからない。
「動画投稿サイト……流石に知ってますよね?」
「どーがとーこーさいと」
わからんわからん。なんで動画を撮るのかもそれを何のために誰に見せるとかもわからない。
「……クララさんってたまにガチお嬢様っぽさありますよね」
「アタシも最初びっくりしましたけど、カラオケ知らないのは結構ですよ?」
「ワ、ワタクシだって知らないことくらいたくさんありましてよ!?」
「博識なのに俗っぽい知識が欠けてるあたりがマジのお嬢様感あるんですよね」
「あ、私もアニメの話通じなくて驚きました。いや、興味無いみたいなひとはたくさんいますけど、『アニメってなんですの?』はなかなか出ないですよ」
ああ黒歴史が発掘されていく。発掘と言うにはかなり最近の話だけど。
だってそもそも生きてた世界が違うんだから!とは口が裂けても言えず。というかこの世界に生まれてから持っている知識に偏りがあるのも最近知ったんだし。ハナコとの会話に不自由しなかったのは何故なのか。
「それで、その動画は誰に見せるんです?」
「誰に?え、うーん……世界に?」
「世界!?」
規模がデカすぎる。どういうことなの。
「まあ動画投稿サイトなんてそんなもんですよね。色んな人が世界に向けて発信してるとしか」
「言葉にするとすごいことしてる気がしますね」
「そんな気軽なもんですの……?」
「みんなやってますからね。歌ったり踊ったりして」
「な、何のために……?」
「何のため……うーん、楽しいからですかね?」
「アタシはすごい好きですよ。コメントで可愛いとか言って貰えたら嬉しいし」
馴染みのない世界の話だ……。演劇の旅団みたいなものは僕の世界にもあったけど、素人が世界にそういったものを同時発信できるなんて、すごい世界だと改めて思う。
で、なんだっけ?
「それで、クララさんも一緒にどうですか?」
「いやいやいやいや」
卑屈な性格をしているつもりはないけど、流石に世界に顔を出せるほど光るものを持っている自覚もない。
「えー?クララさんすごい可愛いと思いますけど」
「それに声も凛と響く声してますしね、言葉遣いが完璧なら紛うことなきお嬢様でしたよ」
「つまり今のワタクシはそうでないと」
「まあ、努力賞くらいは」
「うんうん」
完全に舐められてる。いっそ素に戻ってやろうかと思ったがなんとか自制。
「なんなら歌ってみませんか?」
「それいいですね!クララさんが歌ってアタシ達が踊る感じで!」
「良くない!ワタクシ歌ったこと1度もないですわよ!?」
「え、生まれてから1回もですか?」
「ええ、まあ、ほぼないですわね」
「マジ……?」
この空気、さっきやったやつだ……!いや、生前も娯楽に触れる機会はあんまりなかったけども!国歌くらいしか歌ったことないよ。
「試しにやったら上手いとかないですかね?」
「なんと言ってもこの声ですからね」
「いえ仮に歌えたとしても世界に向けて歌うとか嫌ですわよ?」
だってそもそもがそんなことに興味無いし。
ところが同級生s、これには猛反発。
「えー!なんでですか!?絶対楽しいですよ!?」
「こんなにいい声なのに!?」
「ま、まあやらずに決めつけるのは良くないですが、それを加味してもあまり必要性を感じないというか……」
「必要性とかじゃないです!思い出作りみたいな……青春の1ページ、みたいな!」
「そうですよ!それに折角いい声なんですから!」
やたら声の話されるな。ほらアタシちゃんもなんか訝しげな視線向けてるし。
「いいですか、クララさん。クララさんの美声はトリニティ広しと言えどそう簡単に見つかるものじゃありません。これを知らない人がいるというのは、あまりにも残酷な話です」
「そ……そうです!」
あ、ヤケクソになった。もうちょっと諦めないで欲しかったな。
「貴方の美声を世界に届けるためなら、もし仮に最後にひとつ残ったミラクル5000をクララさんに捧げることになっても構いません」
「え、それはちょっと……」
なにミラクル5000って。ていうかアタシちゃんの中ではミラクル5000の方が比重大きいんだ。
「ですから、どうかお願いです!伸びなかったら解散で大丈夫ですから!」
「ミラクル5000は譲れませんが、どうか!」
「わかった!わかりましたから!別に迷惑という程でもありませんし、まあ、それで喜ぶのであれば……」
何故こんなにも執着されるのかはわからないが、まあ僕が本当に歌ったことないと知れば諦めてくれるだろう。そんな甘い(ある種見くびった)考え方で引き受けたのが、まさかあんな事になるとは───────。
「やはり、歌うべきです!!!!!!」
声フェチ迫真の大声。いやいやいや、無理だって。
「貴方は神に愛されているのです!!シスターフッドに入ったのも運命的なことがあったとサクラコ様からお聞きしました。嗚呼、神よ!天は全てをお与えになったのですね!!!」
「ごめんなさい、この子こうなっちゃうともう止まらなくて……」
アタシちゃんが頭を下げるも、声フェチは止まらず。
「手本と同じ音で歌うだけですわよね?別にワタクシじゃなくても……」
「なりません!!!!!!」
圧が違う。
「いいですか。まず同じように音を奏でるというのはその時点で才ある者かどうかが試されるのです。横の彼女はどうにかそれを習得するまでに7年かかったのですから」
「アタシの話はどうでもいいでしょう!?今無関係に傷つけられたんですけど!」
「歌唱の経験がないにも関わらず、ぎこちないながらも寸分違わずメロディを奏でるその姿。そして森の中にいるような錯覚すら覚える透き通った歌声。貴方は磨けば光る……いえ、もう既に光を放っている原石なのです」
「は、はあ……」
「この感動を!!!!」
ずい、と声フェチの顔が目と鼻の先にまで寄せられ、両肩を掴まれた。
「味わえない方々がいるなんて、私耐えられません」
「でもこの歌、結構きゃるんって感じの歌じゃないですか?」
「そこはそれ、大事なのは歌う人ですから」
バリバリの恋愛ソングだよねこれ。結構歌うの恥ずかしいんですけど。
結局日が暮れるまでに撮影は終わらず、1週間にも及ぶ大作となってしまった。
後日、アタシちゃんから『めっちゃバズりました!』という言葉と共に写真がモモトークで送られてきた。この数字が何を表しているのかはさっぱりわからなかったが、桁が多いということは反響があったということなのだろう。
うん、最後までよくわからなかったけど、2人が喜んでいるならそれでいいや。
声フェチ……強火のオタク。清楚でふんわりな雰囲気だがこだわりの強い面倒なタイプ。
アタシちゃん……ギャルっぽいが本質はお清楚。甘いものが好き。低身長なのでちゃん。
ワタクシ……無駄に声が良かったためオタクに狙われた。