「はいクララちゃん、ここの問題がわかりません♡」
「……ここ、1年前に教えてくれたところですわよね?」
「あら、忘れちゃいました♡」
「えぇ……」
何この空気。みんなからの視線が痛い。水着から着替えたというのに何故。
「何あれ?」
「あはは……」
「?」
「"まあ、ほら。仲がいいのは良いことだし"」
「そ、それはそうですが……」
なんて言いつつマリーも嬉しそう。なんだかよくわからないけど、僕の言葉でハナコの悩みを解決したみたい。てことは、退学するみたいな話も考え直してくれたのかな?
今思えばハナコがテストで悪い点とることなんてないだろうし、絶対わざとだよね。退学するために……いや、点数低いだけで退学なんて話聞いたことないけど。
なんやかんやありつつその日のスケジュールは終了。先生の挨拶も終わり、何故か僕達にもコメントを求められる。
「明日の試験では皆さんがいい成績を残せるようお祈りしています」
「少し長い合宿ですが、皆さん頑張りましょう!」
「………………」
僕の発言に場が静まりかえる。え、え?変なこと言った?
「えっと、合宿になるかどうかは明日の試験の結果で決まるので……」
え、そうなの?つまり、何を意味する?
「私達が合格出来ないって言いたいわけ!?」
「違う違う違う!!そんなこと言ってないですわよ!?」
そんな含みのある言葉じゃないのに!
ちょ、誰か弁明して。さっきから僕ずっとこの子と喧嘩してるし。
「大丈夫ですよクララちゃん、私はわかってますから」
「"後方彼女面?"」
「むしろ最前列ですよ」
「変なこと言ってないで助けてくれません!?」
「ま、まあまあ!クララちゃんも悪気があっての事じゃないみたいですし!ね!?」
結局ヒフミがどうにか場を収めてくれた。本当に勘違いしてたんだって。
「こほん。認識に齟齬があったみたいですが、ワタクシは決して皆様の失敗を願っているわけではありません。ええ、密かに合宿を楽しみにしていたなどということはありませんので、誤解なさらぬよう。それでは明日の試験、応援しておりますわ」
「…………」
……まあ、うん。別に普通にハナコと遊べばいいし。みんなも補習とか嫌だよね、自分で望んで学ぶわけでもないし。
でもなんか新鮮だったな、あんまりお嬢様って感じもないというか……もしかして僕がこんな無理にお嬢様っぽく振舞ってるのってあんまり意味なかったのかな。もう板についてきたし本当に今更なんだけど。
「では、御機嫌よう」
翌日。
「「2点!?!?!?」」
僕が椅子から転げ落ち、ヒフミが白目を向いて倒れた。
そんなわけないじゃん。いや、そうはならないじゃんね。おかしい、もうこんなの、えぇ?なんでぇ……?
「"解答欄がズレてたんだよね……答えはあってたんだけど、うーん……"」
「まあ、私としたことがなんてミスを……えぇ、いくら答えが正しくともテストとしては不合格ですよね?もちろん甘んじて受け入れます。1ヶ月間の合宿といえどクララちゃんと一緒なら何も怖くありませんから」
「"あの……一応私達もいるからね……?"」
「もちろん、皆さんのことも頼りにしていますよ♡」
すっごい早口。わざとでしょこれ、流石にわかるぞ。
まあ、ほら、合宿ってなんかいい響きだしさ。別に僕がやってみたかったとかではないんだけど、実はそんなに悪くないことかもしれないし。何事も経験じゃん。いや僕は望んでないけど、やってみたら案外楽しいとかあるかもしれないし。
「"あ、アズサとコハルも普通に不合格だからね。君達も合宿に参加決定"」
「え!?」
「むぅ、紙一重だった」
経験してみることでしか得られないものが……え?あ、2人もダメだったんだ。普通に勉強できない感じかぁ。
「あはは……え、えっと、大丈夫です!1ヶ月ありますから!一生懸命お勉強して絶対に合格しましょう!」
「おー!……あれ?」
「なんで監督役のアンタが一番乗り気なのよ……」
「いや、士気を高めるのは大切ですし、別に乗り気じゃないですわよ?皆さんの合格を心から祈っておりましたわ」
「満面の笑みで言われても説得力ないわよ!」
いやいやそんなわけ。
「"ヒフミ、これは……"」
「ま、まあアズサちゃんとコハルちゃんはどっちにしろ合宿ですし、むしろハナコちゃんがいて助かったという見方もできますから……」
「"そ、そうだね"」
その夜。
僕とハナコはみんなが帰ったあともこの校舎に残った。今までに離れた距離を取り戻すかのように、二人で掘った穴を小さなスコップで少しづつ埋めていくように。なんだかどちらも躍起になっているみたいで、それがちょっと可笑しかった。
結局僕らは今まで寂しかったんだ。そんなことを笑いながら言うと、
「……そんな風に素直に言えちゃうところが、クララちゃんのいいところですね」
「そうですか?寂しかったって伝えるのは、恥ずかしいことでしょうか」
「恥ずかしい、というのもひとつの理由でしょうけど、人間の感情は複雑ですから。殻を破るのは難しいことなんです」
「むぅ……」
ベンチに座って2人で話す。かつての日常の1年後の姿はあんまり変わってなくて、でも僕にはハナコが少し大人びて見えた。それはきっと気のせいじゃなくて、彼女は本当にちょびっと大人になったんだと思う。
「以前私のお友達が問いかけてきたんです。『理解できないものを通じて、私たちは理解を得ることができるのか』。クララちゃんはどう思います?」
ハナコが難しい話をするのは前にもあったことで、別に変わったと言うほどのことじゃない。ただそれが今のハナコの雰囲気をより強調させる要因になったのは確かだった。
『理解できないものを通じて、私たちは理解を得ることができるのか』。
…………………………?
…………???????
??????????????????
え、なにが?どういうこと?何を、何がなんて?
感傷に浸っていたのにそれどころじゃなくなった。
「既に理解できないのですが」
「ふふっ、お口が開きっぱなしですよ。……でも、ええ。私も同じ、理解出来ない問いでした」
ハナコが理解できないと、そう言った。僕にとっては珍しく、ハナコにとっては特別ではないことだったのだろう。
「理解できないものとは何なのか、そしてそれを通じて何の理解を得られるのか。この問いは穴だらけと言わざるを得ません。ですが、それ故に問いとして成立しているという側面もあります」
「と、いうと?」
「私が今穴とした部分が埋まってしまえば、この問いはただ『はい』か『いいえ』かを問うだけの陳腐なものになってしまいます」
「つまり、人によって穴埋めの言葉が変わるからこそ哲学足り得ると?」
「哲学とはちょっと違うと思いますが……とはいえ、クララちゃんの言う通りです。この問いの本質は、この穴をどう埋めるか。どうですか?クララちゃんなら、ここに何を入れますか?」
考える。
理解できないもの、この世界のこと。銃火器を体の一部のように携帯し、またそれらをものともしない体を持つ彼女たちのこと。
違う生き物のようで同じ知性を持ち、何より魔力を必要としないこと。
「……ハナコさん」
「なんですか?」
「ハナコさんは、ワタクシのことを理解していると思いますか?あるいは補習授業部のみなさん、先生、同じ学校の皆さんのことを」
「え、えっと……」
「ワタクシは理解出来ていません。ハナコさんのことも、シスターフッドのお友達も、きっと完全には理解できないのだと、なんとなくそう思っています」
「…………」
「ですが、知りたい、理解したいという気持ちも本当なのです。出来るかどうかとやるかどうかは別ですから!」
ハナコくらいなんでも出来る人にはわかりづらいだろうけど、僕は割と凡人の努力タイプだ。出来ないことも多いし、悔しい思いだってたくさんした。でも、『できない』が『やりたい』を妨げる要因にはならない。
「ワタクシはこの問いに言葉をつけ加えたり、なにかに置き換えたりはしません。理解できないものを通じて何かを理解できるか、その答えは『不明』ですわ。やってみないとわからないこともありますから。あるいは、理解できないものへの理解を深めようとする行為そのものが、別の何かへの気づきに繋がるかも、と言う話かもしれませんわね」
どちらにせよこの問いの結果には興味がない。結果を得ることに意味があり、結果がどうなるかなど推測を重ねたところで絶対的なものにはならないのだから。
「クララちゃんは結果よりも過程の方が重要だと、そう思うのですね」
「どちらの方が重要かを決めるつもりはありませんが……結果は過程の延長線上にあるものですから。まずは実験してみなければ、何もわかりませんし」
なんとなく、ハナコがこの問いを投げかけた時から彼女の考えていることがわかった。彼女は昼間のことを深掘りしたいのだ。
僕がそう考えたように、ハナコもまた理解を得るという行為について思うところがあったのだろう。
なんとなく覚悟はしていた。これから次に何を言われるかもわかっていた。僕がそうしたように、ハナコもまた───────。
「……クララちゃん、もう1つの問いを───いえ、『お願い』を聞いて欲しいんです」
「なんでしょう。ハナコさんのお願いならできる限り応えてあげたいですけど」
僕はすっとぼけた。だって外れてたら恥ずかしいし。
「クララちゃんのことをもっと教えてください。トリニティに来る前のこと、トリニティに来た後のこと、そして……今のあなたのことを」
「……良いですよ、ワタクシのこと。何から話しましょうか、何が聞きたいですか?」
いつかこんな日が来ると思ってた。実はお嬢様なんかじゃないってバレる時がやってくるって。
でも、それ以上に。ハナコには全て知って欲しいなんて強欲でワガママな思いもあって。
「クララちゃんがトリニティに来る前……いいえ、キヴォトスに来る前のことを」
ちょっとビックリもしたけれど、それでも心は穏やかで。
「……ワタクシ、実は魔術師なんですの」
それと、ハナコの驚いた顔も見てみたくて。