「そうだったのですね……」
ハナコはそう呟くと目を閉じた。ほんの一瞬、静寂が訪れる。
「クララちゃんは、帽子から鳩を出すのが得意な子だったんですね」
「それは奇術師ですわ」
再び、静寂が訪れる。
「お馬さんを手懐けるのが得意なのですね」
「それは馬術師ですわ」
再び、静寂が訪れる。
「お人形さんで話すのが得意なのですね」
「それは腹話術師……字余りですわ!」
「ふふっ」
ハナコが小さく笑う。観客がいないのにコントしちゃったよ。
「ええ、わかっていますよ。最近流行っている漫画なのでしょう?」
「いやそれは呪術師……ていうか連載終了しましたわよ」
「あら、そうなのですか?」
「そうなのですわよ。そうじゃなくて魔術師ですわ、ま・じゅ・ちゅ・し!」
「あ」
「ああああああ!!!忘れてください!!!!!」
最悪。
「今度は魔術師なのですね」
「今度はってなんですの?」
「前回は死神だったので、今回は魔術師なんですねって」
「あ、いや、それは……ほ、本当に魔術師ですのよ!その……正しくは魔術師だった、ですが」
今は魔術が使えない、であれば魔術師ですと言っても信じてもらえないのは当然だ。
「なぜ過去形なんですか?」
「キヴォトスに来てから魔術が使えなくなりまして……地脈が無いなんてことはないと思いますが……」
「……え?もしかして本当に?」
「本当ですわよ!!確かにこちらとは少し……いやかなり文化の違う国でしたけれど、これでも王宮の上級魔術師でしたのよ?」
「流石の私もそこまでは予想出来ませんでしたが……思ったよりファンタジックなのですね、キヴォトスの外は」
「ワタクシからすればキヴォトスの方がよっぽどファンタジックな世界ですが」
「異文化交流とはそのようなものなのかもしれません。ええ、少しびっくりしてしまいましたが、事情はわかりました。クララちゃんは魔術の国からやってきたというわけなのですね」
案外すんなりと受け入れられたことに面食らいながらも、しかし自分がずっと心にしまい込んでいたものを認めて貰えたという一点だけで、僕は清々しい気分だった。
「ええ、その通りです。しかし、どうやってキヴォトスに来たのかは覚えてません。戦争の真っ只中、騎士団の隊長だった婚約者すら戦死し戦力と呼べるものは何も残っておらず、ワタクシ達の国にはもう抗う力などありませんでした。ワタクシ自身も彼の後を追うように殺されたはずだったのですが、気がついたらここにいたのです。なにか不思議な力が働いたのか、或いは地脈の暴走か……だとしたらワタクシの見知った人間もキヴォトスに来ているのかもしれませんね」
「そんな、壮絶な───────」
ハナコが二の句を告げなくなる。そりゃそうだ、戦争中の話なんて聞いても反応に困るだろうし。
「地獄を見ました。ですがワタクシ達が文明を築くために地獄を強いてきた者たちがいるのもまた事実。今度はワタクシ達の番だっただけですわ」
文明の発展のために多くのものを破壊した。それが自分たちに返ってきた時に文句を言う権利があるのか。
結局のところ負け犬に居場所なんてないってことだ。僕たちは戦争に負けた、ただそれだけなんだ。国を滅ぼしたことだってあったし、あの時だって同じように滅ぼそうとした。戦って負けた方が発展の礎として消える、ただそれだけ。
「発展を目的とする人間という社会の、ある種の自浄作用なのかもしれませんわね。もっとも、被害を受けた側はたまったものじゃないですが」
その点で言えば、世界のあちこちで戦争まがいのことが起きているキヴォトスの治安たるや。気に入らなければ引き金を引くだなんて、この理解不能な頑丈さがなければ到底成り立たなかったはずだ。
「そんなわけで、輪廻転生か神に助けられたかこうしてワタクシはキヴォトスに来たというわけです。む、しかし輪廻転生って転生前の記憶を持ってするものなのでしょうか?ワタクシが例外なのか、あるいは皆それを隠して生きているのでしょうか……。いやまあ、だとしたら要らぬ苦労だったというだけなのですが」
なんて、そんなわけないね。
「……クララちゃんが何となく大人びて見える理由が、わかった気がします。無邪気さの中にどこか達観しているようなところを感じていたのは、そういう理由があったんですね」
達観しているのだろうか。主観的で視野が狭いタイプだと思ってるけど、結構かっこよく見えちゃってる?オーラみたいなのが出ちゃってるのかな?
「とはいえこちらに来る前と年齢は変わっていないみたいですし、経験してきたことが違うだけですわ。ほら、隣の芝は色が違うみたいな、あれですわ。だってハナコさんが経験してきたことは、きっとワタクシの思っているよりもつらいものだったのでしょう?」
「今の話を聞いたあとでは、私の小さな悩みなんて……」
「悩みに大きいも小さいもないと思いますけど。ワタクシの悩みはワタクシだけのものですし、他人にその重さを推し量るなど所詮は想像の域を出ないのですから。ハナコさんのそれもまた、ハナコさんだけのものですわ。誰に理解されることもないのでしょうし」
ハナコが俯き口を結ぶ。
「……理解されないということが、孤独だと思いますか?一人で苦しみを背負うことに耐えられないと、それほどまでにハナコさんは追い詰められているのですか?」
ハナコは動かない。それでも固く結んだ口は開き、何かを考えているようだった。
「ワタクシだって冷血人間ではありませんし、ハナコさんの助けになれるならなりたいと思いますわ。でも最終的に問題を解決できるのは、悩みを抱えたその人自身なのですから。ワタクシがわかったような口を利いて貴方の相談に乗ったとして、それが本質を捉えたものとどうして言えるのでしょう?」
「……研究の副産物から得られるものだってあります」
「ええ、研究者としては大いに賛成できる意見ですわ。ですが親友としては、無責任に貴方の背中を突き飛ばすような真似はしたくありませんの」
冷たく突き刺すような言葉だと思う。キヴォトスに来る前ですら、こんな物言いばかりでは不必要に人を傷つけると怒られたこともある。
「逃げられませんわよ。どれだけ逃げても解決しない限り、貴方の悩みはずっと付き纏うものですわ。時間が解決するのか、何か手段を用いる必要があるのか、それはハナコさん自身にしかわからないことですが……それでも問題は先延ばしにしても無意味だと、きっと貴方もよくわかっているはずですわ」
それでも嘘はつけない。人を想うなら尚更、上辺だけの嘘でその場を収めることになんの意味があるのだろうと思う。
「必要があればいくらでも手を貸しますわ。吐き出すだけで楽になるのであれば何でも言ってくださいまし。それでも、ワタクシが貴方を助け出すことは出来ないと、それだけは忘れないでください」
ハナコのためを想ってのことだ。それが彼女を傷つけようと、これからの彼女の歩みを鈍らせるような結果だけは避けたかった。例え恨まれるようなことになろうとも、僕のせいで本来彼女が解決できたかもしれない問題を迷宮入りさせるわけにはいかないのだから。
「……ふふっ」
「ハナコさん?」
しばらく考え込んだあと、急にハナコは笑った。
「厳しいですね、クララちゃんは。でも、偽りも欺瞞もない真実の言葉だからこそ私の心に響くんです。私は、クララちゃんのそういうところが好きなんです」
ハナコが僕の体を抱き寄せる。
「ですが、一つだけ間違いがあります。私はもう十分クララちゃんに助けられてるんですから」
「ワタクシはそんなつもり……」
「なくても、です。クララちゃんの理論に従えば、私が勝手に助かっているということになるんでしょうが───────それでも私から見れば同じことです。私がどれだけクララちゃんに助けられているか、この先も理解されることはないのかもしれません」
ハナコの腕にこもる力が強くなる。
「それでも伝えたいんです。私は貴方に救われていて、私にとって貴方はかけがえのない存在で、」
「私の親友でいてくれてありがとうございます、クララちゃん」
ハナコの笑顔を、久しぶりに見た気がした。