納得はできない。
別に、他人の進退など自分にとってはどうでもいい事で。
別に、学校に来なくなったから友人でなくなるわけでもなく。
別に、僕が誰かのために動くなんてことも無く。
それが僕の信条だ。自分のおかげで誰かが助かったことなんてないし、もしそう錯覚するのであればその人自身の運の良さに救われてるだけに過ぎないと諭した。
僕は僕のためにしか動かない。今までもそうだったし、これからもそうだ。
それでも、理不尽に排除される人間を、増してや友人がその対象となっているなどと言われたら黙ってはいられなかった。
「…………」
今までだって沢山あった。誰かが誰かを蹴落とそうとして、それをたまたま耳にして、それでも動いたことなんてなかった。
理不尽だと思った。卑怯だと思った。気に食わないと思った。だけど僕はいつだって、本来自分が関わらないはずだったことには一切関わらなかった。たまに巻き込まれたりすることもあったけど、その都度火の粉を振り払うだけ。
それだけだったのに。
「………………」
今日の補習であの件のことは伝えなかった。きっと今頃、ハナコたちは内容の変更に驚いて、慌てて出発している頃だろうか。あるいはそれにすら気づかずに、明日その理不尽に直面するのだろうか。
「おかえりなさい」
そうしていつも通り大聖堂に足を踏み入れた僕を迎えたのはサクラコだった。
「ただいま戻りました」
いつも通り報告をして、いつも通り帰路に就く。明日は……今日の結果次第だけど、まずは労いの言葉が必要かもしれない。
「では、ワタクシはこれで」
「これで良いのですか?」
いつも通り報告を終えた僕は、いつも通りとならなかった今日のサクラコに驚き、しばし彼女の方を向いて呆然としていた。
「ええと、サクラコ様?」
「はい」
「これで良い……というのは」
「たった今申し上げた通りです。クララさんはこのまま、指をくわえて見ているだけで良いのですか?」
「……ワタクシが関わっていいことではありませんから」
本心だった。助けたい気持ちがないわけではない。むしろ自分がなにか力になれるのだとしたら喜んでハナコに手を貸すくらいの仲だと思っている。それでもままならないことがあることを、僕は知っている。
口では自分の本心をさらけ出しているつもりでも、行動がその通りになるとは限らない。傍若無人と評されたことは何度もあるし、実際そうなのだろうと思う。それでも僕が好き勝手やらないのは、僕がこの世界できっと大人になったから。
「クララさんなら直ぐにでも私に直談判に来ると思っていました」
「……ワタクシにとって」
「ワタクシにとっては、シスターフッドだって大切な場所なのです。補習授業部の皆さんのことも気にならないわけではないですが、それでもシスターフッドの方々を巻き込むわけにはいきません」
直前にシスターフッドを抜けたとして、それがなんの建前になるというのだろう。もう好き勝手できる身分じゃない、僕が動くことで迷惑を被る人達がいるのだから。
「───────クララさん」
サクラコはしばし固まっていたが、やがて僕の両手を取ると口を開いた。それは子供に言い聞かせるような口調でもあり、もしかしたら僕への感動を言葉に込めていたのかもしれない。
「まずは謝罪を。貴方の気持ちを考えずにあのような言葉を使ってしまったこと」
「そんな……」
「焚き付けるような真似をしてしまい、申し訳ありません」
そんなこと気にしなくていいのに。
「次に感謝を。シスターフッドのことをそれほど愛していただけていたとは思っていませんでした」
「愛……なのでしょうか」
「ええ、勿論」
大袈裟な気もするけど、特に反論する気にもならなかった。
「最後に、お願いします。クララさん、ハナコさんに───────そして私達に、力を貸してください」
力強い瞳に吸い込まれるような感覚。握られた手の温かさは2人分の体温のせいだろうか。
「……ええ、もちろん」
内容なんて聞いてないし、何をすればいいかも知らない。それでも僕の返事は決まっていた。
「ワタクシに出来ることならば、なんなりと」
そうしてサクラコに連れられて、足を踏み入れたことの無い場所を進んでいく。
これもシスターフッドの管理する領域なのだろうか。
「目的地までの安全は確保してありますので、警戒の必要はありませんよ」
特段珍しいことでは無い。シスターフッドが管理するものの中には、未知の事象や触れられることのなかった歴史がたくさんある。その調査の過程で危険な目に遭うことも少なくない。だからこそ僕は力をつける必要があったし、ヒナタのような人材が重宝されるのだ。
そして今回は何事もなく目的地に到達し、何の変哲もない部屋へと入っていく。
少し古い倉庫のようにも見えるこの場所に何があるのか、サクラコは特に説明もしないまま、木製の棚に置いてある何個かの箱からひとつを選び机の上に置いた。
「こちらが……おや?」
「これは…………短剣?」
石の箱に収まっていたのは、同じく石から作られた短剣だった。短剣と呼ぶにはあまりにも短いが、ナイフと呼ぶには違和感のある形状をしている。
そしてなにより、紫にも近い色をした装飾……いや、誤魔化しても意味が無い。明らかに凝固した血液を纏っている。きっとはるか昔に付着したものなんだろうけど、物騒極まりない。
「間違えました」
「呪いの継承でもさせられるのかと思いましたわ」
「そんなまさか」
まさかで事故っても困るでしょ。
「改めて、こちらがお渡ししようと思っていたものです」
改めて箱から出てきたのはそこそこ使用感のある穴あきのグローブ。装着していいのかと視線を投げかけるとサクラコは無言で頷いた。
言われるがまま(言われていないが)付けてみると、なんとも都合よく僕の手にフィットするサイズだった。
「それで、これはなんですの?」
「そのグローブは……」
サクラコが口を開いた瞬間に、手に違和感を感じた。
暖かい……いや、熱い。そして激しい。
バチッ。
何かが弾ける音がする。
パチッ! バチッ!
雷の気だ。帯電しているんだ。
「これは…………」
なんとも懐かしい感覚だった。生前味わいすぎて、もはや生活の一部となっていた感覚。
「
魔力を感じないのに魔術は使える。
術式がこのグローブに刻まれているのかと探してみたが、そういうわけでもない。
「その遺物の名は『真実を求める手』。クララさん、その力の使い方はきっと、貴方自身が1番知っているのでしょうね」
「……ええ、全て置いてきたと思っていたのですが。まさか忘れていたのはワタクシの方だったなんて」
今ならどんな魔術だって思い出せる。そういえば
「しかしながらサクラコ様、いつからワタクシの魔術のことを知っていたんですの?」
「まさか、私は何も知りませんでした。ただ貴方の訓練の様子を見ていた時に、どこか窮屈そうにしていると感じただけです」
そう言い終えるとサクラコはグローブへと視線を落とした。術式では無いが、なにか紋章のようなものが刻まれている。
「主の導きとは道標のようなもの。1歩を踏み出すのは貴方自身です」
「サクラコ様……」
「しかしこれを託すということは、それだけ危険な場面が訪れるということです。それでも貴方は、貴方自身の意思で立ち向かえますか?」
「お任せ下さい。ワタクシ、期待に添えるよう力を尽くしますわ」
返事は決まっていた。
まずはリハビリからだ。
雷の気を指先に纏わせ、もう片方の手の指先と繋げる。そうして気が途切れないように慎重に引き伸ばす。本当に懐かしい、こんな風に遊んでたっけ。
サクラコが見ているのも忘れて夢中で遊んだ。サクラコに肩を叩かれ外に出る頃には、空の色はすっかり明るくなっていた。
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クララさんはおそらくは電気であろう謎の力であやとりのような遊びを始めました。
複雑な模様を描きながらバチバチと弾ける電気はさすがに私も見たことがありません。
というか、こんなことになるなんて思いませんでした。正直、グローブが帯電し始めた時は頭が真っ白になりました。
あれは装着者の潜在的な神秘を体内で循環させ力を引き出すだけの遺物だったはずですが。なんですかあれは。知りませんよあんなの、怖い。
とはいえクララさん自身はそれについてよく知っているようで、であれば後のことは彼女に任せ、私は何事も無かったかのように微笑んでいるのが最善でしょう。
それに彼女には難しい役割を担ってもらわなければなりませんから、むしろ好都合なのかもしれません。
しかし、魔術と言いましたか。なぜそんな未知の力を彼女が扱えるのかは知る由もありませんが、電気を自在に操れるとするのであればなんと素晴らしい力なのでしょう。
ふふ、ふふふ。
緊急時には携帯端末の充電なんかもしてもらえるんでしょうか。