1日、また1日と過ぎていく。時間とともに空気が移ろい、肌がピリピリするのを感じる。
戦争だ。戦争が近づいてくる、あの時の感覚が蘇ってくる。
血が流れ、思想がぶつかり、命が散っていく、惨く凄まじいソレの足音が聞こえる。
あの要人が言っていた、僕の死に場所がそこなのだろうか。
そういえばこのキヴォトスに来てから人が死んだという話を聞かない。鉛玉がかすり傷にしかならないこの世界で死ぬとしたら、何が起きた時なのだろう。
文献には死の事例がいくつも載っている。ヘイローが壊れるのだとか。
死ぬと言われたからには死ぬのだろう、この頑丈な体では想像が難しいけれど。過剰なダメージや生命活動を脅かす環境などはヘイローが壊れる原因になるらしい。
さて、この世界の死について色々と考えてみたが、結局のところ死とは概念的なものだ。生き物が生命活動を終えることを『死』と呼ぶ。そして、生命活動に使用していた肉体の状態を指して『死んでいる』という。
これらは全て人間が勝手に決めたことで、個体を重要視する文化を持った動物にしか起こりえない概念だ。もっと視野を広げれば、生命活動を終えた生物の肉体は土に還り、それを養分として新たな生命が生まれるのだから、大きなサイクルで見れば一個体の生命活動の終了は絶えず起こり続ける自然現象のほんの一部でしかない。
それでも僕らが死を強く意識するのは、人間が個を重んじる生き物だから、という結論に帰結する。
そして戦争では、そんな生き物たちが他の個体を容易く害する様子が見られる。
なぜ、と問われれば回答に困るが、平たく言えば間引きだ。環境の構築の邪魔となる個体を間引いているのだ。問題はその間引きが長い年月をかけて種にインプットされた機能的なものでは無いという点だけど。
間引く個体を決めるのもまた別の個体であるのだから、種としてそれが正解であるとは限らない。故に思想の違う個体同士が喧嘩を始め、お互いを間引く対象と定め、殺し合いが行われる。それが戦争だ。
結局のところ戦争に正しさを求めること自体が間違っているという事だ。
「いよいよ、明日ですね」
マリーが呟いた。
いつものように補習授業部の監督業務が終わっても、マリーとはすぐに別れずに少し一緒に歩いて帰っていた。
明日、作戦が決行される。桐藤ナギサを守り、アリウスを退け、そして試験に合格する。それら全てを完璧にこなす為の作戦だ。
「ええ、お互いベストを尽くしましょう」
マリーも作戦に参加する。とはいえ立ち位置はサポーターなので危険度は少ないとは思うが。
「……クララさん、どうか無理はなさらぬようお願いします」
「それは作戦が始まってみないことには。聞いている限りではあまりスムーズに成功する作戦ではないようですし」
まあ、そこはハナコが指揮官だから上手くいくでしょうという気持ちで。
「ワタクシは盤上の駒。ハナコさんは上手く使い潰してくれるでしょうし、大船に乗った気分ってやつですわ」
「そんな言い方……」
「いえいえ、これは賛辞の言葉ですわよ?」
マリーはふぅと息を吐いた。
「犠牲が出るのは嫌ですか」
「はい。何事も皆さんが傷つかずに解決すればいいのにと、そう思っております」
「素敵なお考えですわね」
「ほとんどの場合においてそうならないことはわかっています。それでも、そう願わずにはいられないのです」
「皮肉などではありませんよ。本心から素敵な考えだと、そう思ったのですわ。ただまあ、マリーさんが言ったように多くの場合においてそれは叶いません」
「わかっています」
マリーは特に不機嫌になる様子もなく、かと言って諦めたような雰囲気でもなかった。大人しくも芯があり、目的のために努力を惜しまない子だ。
「マリーさん、ギューってしてあげましょうか?」
「はっ?え、えぇっ!?どうして急に……」
「ハナコさんも1年の時よくしてくれたのです。なるほど、こういう感情だったのですね」
「い、意味がわかりません!」
「嫌でしたか?」
「嫌というわけでは……その、恥ずかしいというか……」
「ふむ、それならやめますわ」
マリーが再び息を吐く。
「ボスが目をかける理由もわかるというものですわね」
「ボっ……んんっ!私とクララさんしかいないのですから、今はサクラコ様でも良いのでは?」
「たしかに」
そうして、大聖堂にたどり着く。今日の報告の時間だ。
「おかえりなさい、2人とも」
そこにはサクラコが待っていた。他の人影はなく、彼女ただ1人。
「ただいま戻りました」
「今日の報告ですわ」
それぞれの言葉にサクラコが頷く。
そして報告と明日の作戦を伝えた後に、サクラコは数秒考え込んだ。
いつもならすぐに言葉が返ってくるものだから、マリーなんかは慣れていないのもあってか少し緊張した様子だった。
「クララさん、あなたの望みはなんですか?」
「目下であれば明日の作戦の成功ですわね。個人的な目標を混ぜるなら補習授業部から脱落者を出さないことでしょうか」
「ええ、私も同じです」
サクラコはマリーに目線を移した。
「マリーさんはどうでしょうか」
「私は……誰にとっても不幸ではない結末になれば良いと、そう思います」
サクラコが頷く。
「私はより良い結果を望みます。クララさん……」
「お任せ下さい」
思わず前のめりに返事をしてしまう。生前の国王なんか比べ物にならないくらい迫力のある言葉だった。
「……期待していますよ」
「ええ」
やる気が漲ってきた。今日は早めに寝て明日の準備のために早起きしようかな。
「ではワタクシはこれで」
足取りは軽い。戦争なんて陰鬱なものだと思っていたけれど、士気というものは確かに存在するらしい。
「あの、サクラコ様……先程の言葉の意味は……」
「もちろん、誰一人欠けることなく次の日を迎えること。それこそがより良い結果です」
「そう、ですよね……うぅ」
そうして明日もまた今日と同じように朝日が昇り、昨日と同じように日が落ちるのだ。