「眠れないのですか?」
従者からの返答を期待していたナギサにとって、その声はあまりにも予想外だった。本来立ち入りができないはずの生徒が……いや、今日でこのトリニティを去ることになるはずの生徒がそこにはいた。
「なっ……!?」
浦和ハナコ。
補習授業部のメンバーにして、最も脅威に感じていた人間。そして同時にトリニティの裏切り者からは比較的遠い位置に置いていた人間でもあった。
(なぜ彼女が……彼女には動機が欠けています)
そして同時に思い浮かぶのはティーパーティー内のスパイの可能性。セーフティハウスの存在がバレていた点から、誰かしらと協力関係にあり、黒幕がティーパーティーにいるのではないかと考えた。しかし、だとしたらなぜ今になって? いくらでもタイミングはあったはずだ。
そして、ナギサのそんな思考はもう1人の登場人物によって打ち砕かれる。
「見張りは片付けた。援軍は来ない」
白州アズサ。
ナギサが最も疑っていた入学経路不明の生徒だ。なるほど、この2人がそうだったのだ。であれば、自分の山張りもある程度上手くいっていたのだと、ナギサは心の中で自身の評価を少し上げた。
しかしながら、依然として状況は良いとは言えない。むしろアズサの登場により悪化したと言える。
「あなた達がトリニティの裏切り者……」
ナギサは言葉を紡ぐ。異変を感じた誰かが来てくれるを祈って、その時間を少しでも稼ぐために。
ハナコはそんなナギサを嘲笑うかのような笑みを浮かべる。ナギサにとっては屈辱的だったが、ハナコにとってその笑みは一種の哀れみの現れでもあった。
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「どうしてあんな事を?」
ナギサを気絶させ確保した2人は、安全な場所へ移すために移動していた。道中、アズサは先の一幕についてハナコに訊ねた。
「あの場面で自身の親友が裏切り者だと言われても、納得はしないでしょう」
「だからってヒフミを……」
「それがあの人にとって、最も避けたかった未来でしょうから♡」
アズサは納得していない様子だったが、過ぎたことは仕方ない。ハナコの手によって黒幕に仕立て上げられたヒフミを不憫に思いつつ、しかし作戦は次の段階へ移っていく。
「……! ハナコ、動いた」
「予想より動きが早いですね。私たちも急ぎましょう」
「うん」
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まずはアズサが部隊を削る。
裏切られたと気づいたアリウスの襲撃部隊はアズサを放置するわけにはいかず、当然アズサの始末を優先する。追われたアズサは補習授業部の待ち構える体育館へと部隊を誘導し、そこで全てを終わらせるというのがこの作戦の全容だ。
「アズサちゃんから作戦開始の合図が……!」
「"落ち着いて、ハナコとアズサを信じて待とう"」
先生の言葉にヒフミが頷く。コハルはまだ緊張した面持ちだった。
この作戦はあくまで前段階。そこでイレギュラーが起きてもアズサが倒れたり捕まったりしない限り破綻することは無い。アズサにとってリスクは大きいが、それでも1人で行わなければ誘導にならない。
もしもの時のためにハナコのナビゲートもついているのだ、そこは2人を信じるしかないとヒフミは自分に言い聞かせた。
『最悪の場合ワタクシが動きますわ』
その場合掃討戦にするのは難しくなるだろう。しかしそこは替えのきくところではない。アズサを失えばその時点で全て終わりなのだから。
無線による通信のおかげでより無感情に聞こえるクララの言葉にヒフミは頷く。思えば初日から随分と助けて貰ったというのに、彼女との関係値は初日からあまり変わらなかったように思える。ヒフミにとってはそれが少し寂しかった。
「……いいえ、全てが終わってからでも遅くはありませんよね」
ヒフミは独り言ちる。
仲を深めるのに遅いなんてことはない。未来を大事にする彼女だからこその結論だった。
ヒフミが決意を固めたとほぼ同時にハナコが体育館に入ってきた。
「推定40秒後戦闘開始です! 各員戦闘態勢!」
普段からは考えられないほど真面目なハナコに、ヒフミとコハルは改めて気を引き締めた。
「"みんな、頑張ろう! "」
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(すっくないですわねぇ……)
敵部隊を観察しているものの、明らかに人数が少ない。
いや、少ないというには多いんだけど、多いというには少ないというか……。ううん、なんていうんだろう。感覚的には少ないなって、そんな感じだ。
(まあ、後から本隊が合流すると考えれば納得できますけど)
ハナコの話を加味して、ほぼ確実にこれよりも大規模な部隊が結成されているのは明らかだ。
問題はその規模が想定出来ないことだけど、とはいえトリニティの警備も無能じゃない。むしろこの規模の部隊が侵入の限界と言ってもいいくらいだ。だからこそこれよりも大規模な部隊が合流するというのは考えにくいのだけれど。
(曰く、かなり上のお方がこのテロに加担してるんだとか。大臣がクーデターを起こすのも珍しいことでは……ないと言ってしまうとちょっと問題ですわね)
呑気なことを考えてられるのは、下で戦う補習授業部の面々が優秀だから。
天井に張り付いて隠れている僕は適切なタイミングで奇襲を仕掛けるために待機。ハナコから合図が来ない間は戦場の観察に徹するのだ。
(しかしまあ、年頃の女の子が訓練された軍隊顔負けの戦いをしているというのは、いつまで経っても慣れないですわね)
別に自分がそういった戦場に心得があるとは口が裂けても言えないけれど、とはいえ戦争を経験しているものとして少しは優位に立っていると言えるだろうか。
(いーや、あの子たちと違ってテロリスト側は結構な手練ですわね)
手練というのは何も実力だけの話ではない。純粋に、戦場で生きてきた人間の動きをしているのだ。
戦術的に拮抗……いや、優位に立っているのは先生の指揮のおかげなのか。そういう風には見えなかったけど、こういった戦場で指揮をしていた人なのかな。
(思ったよりゾロゾロと増援が来ますわね。これもしかして本隊が合流している途中だったり?)
ハナコや先生が気づいていないということはないはず。であればまだ余裕があるということだ。
うん、戦況を見ている限り単一での力量はこちらに分がある。集団での動きは向こうに軍配が上がるけど、そこは人数による複雑化と先生の指揮によって五分まで持っていってる。つまり、有利なのは補習授業部だ。
(出番がないのでは? いやいい事だけど)
このまま終わればそれでよし。自分の役割はそういうものだ。
ただ、ハナコがあれほど危惧していた人物の乱入があればそうも言っていられない。あくまで今の戦況は一騎当千のアズサと、そこまでではないものの複数人を1人で相手にできる補習授業部の実力あってこそのもの。
向こう側に一騎当千の人材が出てきてしまうと話が変わる。
(まあその時のためのワタクシということで)
なんなら僕ですらシスターフッドの本隊が到着するための時間稼ぎでしかない。上手くいけば撃破、そうならなければ戦闘を引き伸ばすだけ。僕の任務は大して難しいものじゃない。
(人数さえ揃えば戦況は一気にこっち有利。質も量も勝ってしまえばこの戦いはそこで終わりですし)
シスターフッドの本隊は包囲して一網打尽にするためのもの。外のテロリストを撃破、捕縛しながらの進行となる以上到着までに時間はかかる。
そんなわけでの時間稼ぎだけど、なるべく件の危険人物を引き離してタイマンでの戦闘を行うのが理想。敵の雑兵は補習授業部が引き受けてくれるから、そこはある程度信頼しなければならない。
とはいえ全幅の信頼を置いた結果作戦に失敗するなんてことがあってもいけないので、戦い方は考えないと。
(お、敵の数が目に見えて減ってきましたわね)
何かしらあって増援の到着が遅れてるのか、運が良ければ計画が頓挫して……あぁ。
そんな僕の妄想はなだれ込んできたテロリスト達に打ち砕かれた。