先程とは比にならないペースでアリウスの人員が増えている。そしてそんなアリウスの軍勢の中からその人物は姿を現した。
「黒幕登場、ってとこかな?☆」
他の面々の反応は様々だった。顔を知っているどころか、この期間中顔を合わせて何回も会話を交わした先生にとっては尚のことショックだったようで、その表情からは驚きと悲しみが見られる。ハナコにとっては予定通りだったからか驚きはなく、しかしその目には強く警戒の色が宿っていた。
(アレが件の聖園ミカ……あんまり強そうには見えませんわね)
クララは呑気な感想を抱いていた。筋骨隆々の戦士が来るのかと思えばとんだ拍子抜けだったのだろう。なにせクララは今回彼女を止める為だけに用意された駒なのだから。
しかしそれ以上にアリウスの増援が予想よりも多い、というか多すぎる。聖園ミカと先生が何事かの会話を交わしている間にクララは考える。
(頭数を減らすのが先決ですわね)
聖園ミカとの1対1、それを実現するには邪魔者が多すぎる。聖園ミカに用意した大量の手榴弾は、どうやら使い所を無くした訳では無いようだ。そんなことを思いながら未だに世間話を楽しむかのような聖園ミカを視界に捉えた。
(まあ、大事なのは作戦の成功ですし。不意打ちですけれど、悪く思わないでくださいね)
──────────────
頭上からバラバラと固いものが頭にぶつかる。アリウスの生徒はソレが何を意味しているのかわからないほど甘い世界に住んでいない。
「っ!!!総員───────」
おそらくリーダー格のメンバーがいるのだろう。その人物の叫びが間に合わずとも、アリウスの生徒は各自で手榴弾の爆風を抑えるための手段を取る。不幸だったのはそれがただの手榴弾ではなかったことだけ。
「ッッッッ!?!?」
爆風はなく、しかし凄まじい衝撃がアリウスを襲う。一瞬のうちに意識を刈り取られる者、なんとか耐えるもまともに立つことすら出来ず崩れ落ちる者。そしてその被害を最小限に抑えた者たちが増援を呼ぶために何某かの機器を一斉に取り出した。
「多分使えないと思いますわよ。まあ使えたとしても応答があるとは思えませんが」
今までそこにいなかった人物が言葉を発した。まとまった長髪だが白髪の間から緑が顔を覗かせており、少々乱暴な印象を与える。
「ずっと上にいたんだ。気づかなかったよ」
聖園ミカはその様子から判断した。まさか大量の改造手榴弾を抱え込んで天井に潜んでいるとは、半ば呆れながらも感心した声色でクララを称える。
「……どうして立っているのでしょう」
「どうしてって言われてもなぁ」
表情は変わらず、しかしクララの纏う雰囲気は少なくとも余裕があるとは言えない。
「一応貴方に1番多くプレゼントしたはずですけれど」
チラリとクララが視線を外すと、その先にはアリウスの生徒が転がっている。
「いくら頑丈といえど、まさか絶縁体で身体が出来ているわけでもないでしょうに」
「だから知らないってば」
ミカの言葉にクララがため息をついた。
「見た目で判断してはいけませんわね。まずはその魔術式を解明しませんと」
「さっきからブツブツと何言ってるの?」
ミカが言い終わった直後、ミカの姿がクララと共に消えた。代わりにそこには直線上の空白がそこにある。
奥の方に2人が見える。
「耐衝撃性もある、と。それとも後ろの方々がクッションになってしまったとか?」
「乱暴だなぁ、もう」
ミカはクララの脚を銃で受け止めていた。それどころかミカは銃を前に突き出しクララをその体ごと押し返す。
「っ!……その細い腕のどこにこんな力が?」
クララの呟きは届かない。
クララの一撃が合図となったのか。再びアリウスと補習授業部の間で銃撃戦が始まる。
先程よりも数的不利が激しい状況だが、それでも事が有利に運んでいる。だからこそクララは、この一滴分の有利を傾けないことに注力しなければならない。
「なるほどね、貴方の役割は足止めなんだ」
「別に撃破してしまっても構わないと思っているのですけれど」
クララの言葉にミカは目を細める。
「ふぅん。でも私、結構強いよ?」
「お伺いしておりますわ。それが何か?」
絶対的な自信か、虚勢か。ミカには判断しかねるものの、クララの様子から怯えて道を空けるような真似はしないということだけはわかった。
「そう。怪我しても文句言わないでね?」
「ええ。あ、説得とかしてみた方が良かったかもしれないですわね」
ミカが銃を構える。
ミカの銃は近距離から精々が中距離までの射程しかない。それは本人が1番理解していることで、だからこそある程度接近した状態から銃撃を始める。裏を返せば標的への距離が遠くない射撃しか行わないのだから、ミカが銃弾を外した経験はあまりない。
それはミカにとっては初めての経験だった。接近し、狙いを定め、引き金を引く。そして標的に着弾するはずだった銃弾は、その的を失ったことで体育館の床や壁に弾痕を作る。直前まで存在していたはずの的は、引き金を引く瞬間に影も残さずに視界の外へ消える。
「人間は所詮電気信号で動く肉塊ですわ。どれだけ優秀だったとしても人間という生き物のカテゴリーに分類されている以上、思考して動作を形に起こすための時間が必要になる」
クララから放たれる銃弾には、彼女の魔術によって特殊な加工が施されている。着弾の衝撃によって発せられる電撃がミカの思考を、そして反応を僅かに鈍らせる。
「貴方は動けない。貴方は捉えられない。貴方ではワタクシに届かない」
加えてクララもまた、その魔術によって自身の電気信号を自在に操っている。反応速度、思考速度、全てにおいて常人のソレを大きく凌駕し圧倒する。それがクララの戦闘スタイルだ。
「ワタクシ、魔術師ですけれど対人が苦手なわけじゃありませんの」
「シスターフッドって不思議な力を使うなんて噂があったけど、ほんとだったんだ。すばしっこくて疲れちゃうよ」
ミカの放つ弾丸は当たらない。初速が違うのだ、ミカが狙いを定めた瞬間にクララも動き出している。ミカが修正しようとすればクララもそれに合わせて動く。細かな調整は電撃弾によって乱される。もちろん前世では銃ではなく魔術による電撃を使っていたわけだが。
基本的にクララがタイマンで負けることはない。相手との体力差をジリジリと広げて時間をかける戦い方をする以上、誰の目から見ても戦況的にはクララが有利だった。
誤算があるとすればクララが聖園ミカという存在を見誤ったことだろう。
(顔色ひとつ変わらないですわね……)
ミカにどれだけ電撃を浴びせていると思っているのか。クララはその驚異的な絶縁性が無限に続くことを想像し歯噛みする。攻撃が通じているような素振りもなく、クララの期待している相手が疲弊していくような展開にもならない。
「うん、そろそろ慣れてきたかな」
そして遂にその時が訪れる。
ミカが狙いを定めて、それと同時にクララが地面を蹴る。しかしその銃口はクララから既にクララの移動先に向けられている。
(……は?)
クララはあくまで電気信号を操り常人よりも初速によってアドバンテージを得ているに過ぎない。動き出してしまったが最後、急停止から別方向に動き出すまでにラグが発生するのだ。
直撃はしない。掠める程度なら許容できると判断したクララは無理な動きを控え被弾する判断をする。事実その判断は正しいが、それはあくまで取れる選択肢の中で最善のものだったと言うだけの話。
「あ、当たった?」
「っ!?いった……」
足を掠めた弾丸は正確に狙ったものではない。だからこその被弾という判断だったが、クララが負ったダメージは予想を上回るものだった。
(なにこれ!?足が……!)
まともに動かせなくなった右足。弾が掠めた程度だと言うのにまるで急所を射抜かれたような痛み。あまりにも異常な状況で必死に思考を巡らせる。
「あははっ☆自慢の足が動かなくちゃ逃げ回れないよね?」
「……マジで狙ったんですの?」
「ううん?たまたま」
苛立ちを隠せずに舌打ちをするクララ。そんなクララとは対照的に、ミカは電撃を浴び続けてなおその顔に笑みを浮かべている。
「貴方が動きそうな方に予め撃つようにしてみたんだ。もちろん最初に貴方に狙いをつけてから、だよ?」
「ハッ!偶然当たっただけで得意気にされても困りますわね」
「そうかな?1回当たっただけでこの様子なんだし、あと何回か当たったらもう動けないんじゃない?私はそれまでずっと続けてもいいんだけど」
ミカは涼しい顔で続ける。
「貴方のこのビリビリにも慣れてきたし、その動きにも慣れてきたし、時間の問題なのはどっちだろうね?」
「……」
クララの頬を汗が伝う。ミカの発言に言い返せる部分がひとつも無かったからか、最早強がりの言葉すら出てこない。しかし、それは彼女の降参を意味しているわけではない。
(ワタクシの勝利条件はシスターフッドの本隊が到着するまで持ち堪えること。運が良ければ聖園ミカの銃弾を避け続けタイムアップを狙うことだって可能なはず)
そもそも、時上クララの脳内に降参の二文字はない。敗北とは即ち任務失敗か死亡。大きな隙があれば聖園ミカを長い間妨害する自信はあったし、このままの状況が続いてもある程度自分が死ぬまでに余裕があると判断した。
「……では、勝負といきましょうか。貴方が運良く短時間でワタクシを殺すのか、ワタクシが運良く貴方の銃弾を避け切って目的を達成するのか」
「時間稼ぎが目的ってこと?まあ何となく勘づいてはいたけどさ、でももう無駄だと思うよ?貴方が聞いてたかどうか知らないけど、正義実現委員会は来ないの。だからどれだけ待っても援軍は来ないよ」
ミカがチラリと横に目を移す。
「アリウスのみんなは苦戦してるみたいだけど、それこそ時間の問題だと思わない?兵力差は歴然、そこに私まで加わったらどうなるんだろうね」
クララに視線を戻すと、弾丸が飛んできていた。顔に当たるのが嫌だったのか、銃を持っていない方の手で軽く弾き話を続ける。
「ね、これが終わっても補習授業部のみんなを悪いようにはしないからさ。ナギちゃんもそうだけど、ちょっと大人しくしててもらうだけ。エデン条約の期間が終われば解放してあげるから。だからね、少しの間私にホストの座を明け渡して欲しいだけなの。ダメかな?」
「正直ワタクシにとっては政治ごっこなんてどうでもいいのですわ。ですがこれほど必死に皆さんが戦う理由がそこにあるのであれば、貴方をその座に就かせるのはよろしくないのでしょう。であればワタクシの答えもまた彼女たちと同じ」
「……はぁ、シスターフッドなのに変な子なんだね。ていうかティーパーティーのことも知らないなんて、本当に貴方シスターフッド?」
「ええ、もちろん。無知なワタクシが貴方に銃を向ける理由なんて、ただ友人を信頼しているからに他なりませんわ」
自分が有利になってから相手に交渉を仕掛ける。クララの言う政治ごっこは、ミカにとっても得意分野であった。それでも交渉が決裂した時の手札として、今ミカに取れるのは更なる暴力しか存在しなかった。もうそこまで歩いてきてしまったのだ。
「じゃあ、力づくで通らせてもらうね」
「ええ、どうぞ。背中を見せたら日が昇るまで地に伏すことになるとだけ思っていただければ」
強がりではない、自信から来る発言。いくら有利とはいえ、全ての手札を見たわけではないのに背中を見せるほどミカも愚かではない。だからこそ、徹底的に潰す。
「眠れないみたいだから、寝かしつけてあげる」
浦和ハナコは理解している。聖園ミカは人間を一人充てることで止まるような人物ではない。
(クララちゃん……!)
自分の友人がソレと対峙している。そんな危険な状況でも尚、彼女はクララを信頼して目の前の戦場へと目を向ける。
『ハナコさん、万が一ワタクシが命を落とすような状況になったとしても、目的の達成を最優先にしてください』
そもそもそんな状況、先生が許すわけがない。そう思いながらもハナコは何故かと問う。
『ワタクシ達の目的はクーデターの阻止。そのためにはシスターフッドの本隊との合流が必要不可欠です』
しかしシスターフッドには援軍以外にも体育館に到着していないアリウスの援軍を止め、捕縛するという任務もある。当然その依頼者はハナコであり、だからこそシスターフッドの到着が遅れることに文句があるわけではない。
それでも聖園ミカという存在が目の前にいる以上、体育館にいる補習授業部の方が危うい状況であると言うのもまた事実である。故にハナコは、可能な限り迅速な任務の達成と体育館への入場をサクラコに求めた。
『前提としてワタクシ達の全滅は敗北に直結します。ワタクシは当然皆さんと聖園ミカの直接対決とならないよう尽力しますが、必ずしも結果を保証するものにはなりません。ですから、考えるべきはワタクシを使い潰した後に聖園ミカとどのように戦うかということですわ』
不愉快な言い方ではあったものの、ハナコの理性はクララの意見に同意した。クララの面倒まで見れるほど余裕のある戦況であれば、補習授業部側が先に相手を殲滅し、その後でクララの援護にまわった方が現実的だと思ったからだ。
浦和ハナコは天才である。未知数なアリウスの軍勢との戦闘ではなし得ないが、聖園ミカ1人であればある程度戦闘のシミュレーションが可能だった。
おそらくクララでは聖園ミカの体力を削ることは出来ない。というよりそんな事が可能な人間がほとんど存在しないというのが正しい。聖園ミカと戦闘を行った場合、どれほどの時間が稼げるのかもだいたい予想がつく。だからこそシスターフッドには合流ではなく敵の部隊への襲撃を依頼した。ハナコのシミュレーションではこれが最善の作戦だった。
結論から言えば、浦和ハナコは正しかった。今も視界の端で捉えているクララは段々体力を減らしていき、動きが鈍くなっている。それでもミカに食らいつき、どうにか時間を稼ごうと奮闘している。
(先生の指示も的確。普通なら絶望的なほどの兵力差、だというのにこれほどとは……)
予想外だったのはアリウスの兵力と先生の指揮。以前夜の外出の際に先生の指揮を目の当たりにし、それをシミュレーションの前提に加えた。アリウスの兵力に一度は絶望を感じたものの、先生の指揮によって戦況自体は五分を維持していた。むしろ有利に進んでいる可能性すらある。
だからこそクララを多少気にかける余裕があった。予断を許さない状況ではあるものの、クララの状況を観察しながら臨機応変に対応することを考えていた。
不幸にも、見えてしまった。
光が弾け、轟音が体育館に鳴り響いた。
視界の端で、クララが吹き飛ぶのが見えた。
「っ!?クララちゃん!!」
約束を破ってしまった。
余裕が無いはずなのに、視線を向けてしまった。
彼女の信頼を裏切ってしまった。
壁に叩きつけられ、ピクリとも動かないクララの頭上。そこにあるはずの物は、不完全な状態で浮かんでいて。ヒビ割れたソレは煙のように揺れ、最初からそこに何も無かったかのように消えた。