相も変わらず気温の高い日が続く。こうなって来ると髪を結ぶだけの応急処置じゃどうにもならないし、バッサリと切ってしまいたくなる。だがしかし、髪の長さとお嬢様レベルは比例すると僕の研究結果には書いてあるためそうもいかない。
『ちょっと、あの子トリニティ生なのにボーイッシュですわよ……』
『まさか、異世界から来た人間なのではないかしら!?』
こんな未来が容易に想像出来る。ショートの生徒がいないわけではないが、本物のお嬢様というのは髪型に頼らずともそのお嬢様オーラによって周囲の人間から怪しまれることはないのだ。僕のような偽物はこうして少しでも誤魔化す術を身につけなくてはいけない。
さて、夏休みも終わって通常の学業に戻るわけだが、休みと言いつつあまり休んだ気がしない。主にシスターフッドの活動に精を出していたのが原因だけど、そもそも休む気がなかったとも言える。まあ折角自由に使える時間があったから有効に使ったまでだ。結果としてはあまり進展はなかったんだけど。
そうは言いつつもシスターフッドのみんなは優しいし、仕事を教えるのも上手だったため馴染むのに時間がなかったのは幸いか。生活の上で困っていた問題のひとつ、どこに身を置いてこの世界を生きていくかというのは幸運にも僕の努力無くして解決した。友人と言えばハナコさんはいるものの、彼女だって僕に構いっぱなしとはいかないだろうし。
ハナコさんが色々なところから勧誘されているという話は僕が思っていた以上に大きいものらしく、我らがシスターフッドも例外では無い。どころか生徒会のトップすら話を持ちかけるほどだとはサクラコさんの言葉だ。
『彼女ほど素晴らしい才能を持った人物はそう現れないでしょうから、どの組織も必死なのです』
僕は首を100回縦に振った。才女という言葉の擬人化のような人だ、僕が組織の長なら何がなんでもスカウトしたい。気になるのはその悉くを断っているところだけど、まあバカデカい学校のトップをはじめ、組織を束ねる立場なんて面倒な役割は野心でも無い限り御免だろう。シスターフッドで一緒に活動したかった気持ちがないと言えば嘘になるが、それを決めるのは僕じゃない。
そんなこんなでシスターフッドとハナコさんの間に一悶着あり、無事に解決を経て新学期というわけだ。が、僕は新たに問題を抱えることになる。
「おはようございますわ!ハナコさん!」
「おはようございます、クララちゃん♡」
元気に挨拶をハナコさんにぶちかますと、いつもとは違う笑顔で迎えられる。いや、見かけは全く同じなんだけど、纏っている雰囲気が違う。
「…………ハ、ハナコさん?」
「はい、なんでしょう♡」
ニッコリと微笑むハナコさん。席が隣にあると言うのに限りなく彼女が遠く感じる。
え、嫌われた?
「どうかしましたか?」
「アッ!いえ!なんでもなくてよ!?」
ショックでしばらく放心していたところを、ハナコさんの言葉で現実に引き戻される。先程の挨拶ひとつで機能停止した脳が再び動き出した。
なんだか、ハナコさんとの間にとてつもない距離があるように思える。距離というか、壁があると言った方が正確かもしれない。ハナコさんを直接見ているはずなのに、ディスプレイに映った彼女を見ているような錯覚を覚える。
心当たりは……ある。ひとつは僕がシスターフッドの一員であること。これは嫌われていると言うより面倒事を避けるために距離を置いているという解釈になる。サクラコさんも躍起になってしまったと反省していたくらいにはしつこく誘ったらしい。もっとも、まだ諦めていないとも言っていたけれど。
そしてもうひとつが、僕が彼女に隠し事をしているということ。これはシスターフッドに入った理由を黙秘したことに起因する。正直は美徳、なんて言わないけれど誠実な対応と言い難いのは間違いない。これが原因であれば嫌われた、と言う認識になる。
え、嫌だ。せっかく出来た、それも初めての友達と急にこんな風にお別れになるなんて絶対に嫌。でももし嫌われたのなら自業自得としか言いようがないので取り返しがつかない。
なんか泣きそうになってきた。とりあえず見られないようにトイレにダッシュして、個室のロックをかける。でもさ、打ち明けてもさようならのリスクがあるんだからどうしようもないじゃん。
あれか、こんなよくわからない前世の記憶とか持ってる異常者に友達を作る権利なんてなかったみたいな話?だとしたら最初からこんな素敵な人との出会いなんてなければよかったのに。あー授業始まっちゃう、戻らないと。とりあえず零れるギリギリで留まっている涙を全部ふきとって、来た時と同じ速度で教室に戻る。
「クララちゃん、何かあったんですか?」
心配そうな顔でハナコさんが尋ねてくる。優しいなぁもう。これまだ嫌われてないって思っていい?シスターフッドっていう近づきにくさが邪魔をしてるっていう希望的観測してもいいよね?だって優しくしてくれるし。
「あ、あはは。ちょっと、その、変なこと考えちゃっただけですわ!大丈夫ですわ!」
そんな誤魔化しが果たして彼女に通じるのか。あの時の隠し事を流してくれたように、今回も結局何も聞かれずに終わったのだった。
──────────────────
「お昼ご飯、一緒に食べませんか?」
そしていつものように昼食に誘われた。
え?え、え、え?朝のアレは何?いつも通りのハナコさんが目の前にいる。
「クララちゃん?」
「ァはい!是非!」
それはもう是非なんだけど。
「今日はあまりお腹が空いていないので、よかったら少し貰ってくれませんか?」
こういう事もたまにある。当然僕は頷いて、彼女が箸で掴んだおかずをあーんしてくれるのを待って───────
「はい、あ…………どうぞ。好きなのを選んで持っていってください♡」
ハナコさんはそう言うと弁当箱を差し出した。
グサッ。
あーんは?いつもの、あの、あーんってやつ。僕にお弁当分けてくれる時にやってた、アレは?子供っぽくてちょっと恥ずかしいけど、生前はこんな日常もあんまり無かったなぁとか戦友はいてもこうやって日々を過ごしたのはたった一人しかいなかったなぁとかそんな思いがありつつ、生まれ変わった先の世界で幸せを感じる瞬間のひとつだったアレは?
「……?クララちゃん」
「あ、あ、あう……」
やっぱり嫌われてるのかな?じゃあなんでご飯誘ってくれたんだろう。ハナコさんから誘ってくれたし、嫌われてないはず。でも、あーんは?
自分から要求するわけにはいかない。だって気持ち悪がられたらもう生きていけないし。それでも、ああ、でも。
「…………もしかして、あーんってして欲しいんですか?♡」
ついに僕は思考を停止した。見透かされた驚きと、子供っぽさが露呈した羞恥と、恐怖心で、僕は、僕は───────。
「クララちゃん!?どうしてそんなぐにゃぐにゃに!?大丈夫なんですかこれ!?」
︎︎ああ、ハナコさんの声が遠くなっていく…………。
「きゅ、救護騎士団!今救護騎士団を呼びますから!」
ぐにゃあ。
実際あーんくらいは普通だと思う。