久々に三人称視点で書くとよくわからなくなりません?
「熱中症です」
救護騎士団の蒼森ミネは一言だけそう告げた。ハナコは心の中でヤブ医者の烙印を押しながら『そうですか』と相槌を打つ。
クララが液状化していた事については一旦心の中に仕舞い込み、今は固形に戻った彼女の様子を伺う。
「あ、あ、あーん…………」
うわ言のようにあーんと呟くその様は常人には耐えられない光景だったが、ミネもハナコも常人ではないため事なきを得ている。
「水分をしっかりとって体温を調節することが大切です。本人に難しいようでしたらハナコさんが気を配ってあげてください」
「熱中症以外の可能性はありますか?」
「考えられるとしたら強いストレスによる心的障害でしょうか。正しくは熱中症に加えて、それらの要因が表面化したと言うべきですが」
そういうとミネは経過観察を任せて別の場所へと向かっていった。
ハナコは考える。ストレスを与えた要因は間違いなくあの場にいた自分である。既に腹痛を引き起こしそうな事実確認をしつつ、しかしながらその原因となった言動は何かを突き止めなければならない。
思えば朝から様子がおかしかったのだ。突然トイレに全速力で走っていったかと思えば、御手洗を済ませたとは思えない速度で帰ってきたり。何度も顔色を伺うようにチラチラと視線を向けては、慌てて目を逸らして頭を抱えたり。
(変わったこと…………もしかして、クララちゃんに気づかれてしまったのでしょうか)
ハナコは夏休みにクララと会った日から距離をとるように心掛けていた。ハナコ以外の友達がいないと言っていたクララの新しい居場所を自分の存在が脅かしてしまうと思ったからだ。
そして何よりも、自分がクララに執着心を抱いていることを彼女に悟らせたくなかった。優しいクララのことだから、きっと自分に気を使って傍にいようとしてしまうだろう。それでも自分の醜い心の内をハナコは隠したかった。
もちろんシスターフッドに入ったクララを応援したい気持ちは本物だ。だからこそハナコはクララの足枷にならないよう、少しずつ彼女と距離を離していた。それでもクララへの後ろめたい気持ちと自己嫌悪からハナコは1歩踏み出せずにいた。
(嫌われたくないだけなのに、どうしてこんなに予防線を張って…………)
言及されればいくらでも言い逃れできる。クララのことを応援している、ただそれだけの大きな建前が心の奥底にある濁った感情を隠し通してくれるだろう。だがそれを心からよしと出来るほど、ハナコの善性は小さいものではなかった。
結局のところ、ハナコは酷く臆病なだけだった。自分の本懐を、迂遠に、多角的に、歪曲させて表に出す。そうした結果起きてしまった自己矛盾も解釈を広げ、捻じ曲げて納得させる。
ハナコは全てを上手くやりこなすだけの手腕がある。故に本心は誰にも悟られず、独り歩きする偶像が『浦和ハナコ』として他人の手に渡っていく。虚像とのギャップに悩みながらも、それが正しいと信じたハナコはこれから先もそうしていくのだろう。いつか心のヒビが全てを壊し、浦和ハナコという人間を虚無の淵に誘うその日まで。
「う、うーん………………はっ!?見知らぬ天井!?」
クララが勢いよく体を起こす。ハナコは流石に溶けてしまったことについては言及できず、体調を気遣う旨の質問だけを投げかけた。
「あ、はい。記憶がなんだかあやふやな感じはしますけど、とりあえずは生きてます?」
「ちゃんと生きてますよ。私も幻覚じゃないです」
「あ、よかった」
液状化した人間が生きているのも謎だが、キヴォトスではそんなことも無くはないのだろう。ハナコですらこの世界には知らないことが沢山あるのだから。
「………ハナコさん?」
「はい?どうしました?」
「なんか、ハナコさんが……えと、なんて言ったら、あー……」
酷い表情をしていたのだろう。ハナコは慌てて顔を逸らした。
「ご飯粒でも付いてましたか?」
「そうじゃなくて!ええと、その、泣いてました?」
「泣いては……いませんよ」
流石に涙は出ていないはずだ。自分で気づいていないのだとしたら、それこそ救護騎士団案件である。なんならカウンセリングと入院のフルコンボだ。
「では、クララちゃんはゆっくり休んでください。私はこれで……」
「ハナコさん!!」
後ろを向いて歩き出したハナコの手を慌ててクララが掴んだ。ベッドに横たわっていた人間が飛び出したのだから、当然クララは前のめりにべしゃりとベッドから転げ落ちた。
「クララちゃん!?大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃない!」
そりゃそうだ。しかしクララは真っ直ぐにハナコの顔を見つめていた。
「行っちゃダメ……ですわ」
「どうして……もしかして、寂しいんですか?♡」
「わかんないけど、今ここで行かせたら取り返しがつかない気がして……とにかくダメですわ。ここにいてください」
クララが初めて見せた気迫にハナコは気圧されていた。最早ハナコの中でも整理ができていない感情が、胸の中でザワつく。
お互いに口が開けないまま時が経つ。多弁に振る舞うハナコが長時間黙っているのは珍しい事だったが、クララも、本人でさえも気づかなかった。
やがてどれほどの時間が過ぎただろうか。落ち着いた2人は先程とは違う静けさの中にいた。
先に静寂を破ったのはハナコだった。
「クララちゃんはシスターフッドの活動、楽しいですか?」
「楽しい……んだと思いますわ。みなさん、とても優しい方ですから」
心が再びザワつくのを感じながら、ハナコは問いを続ける。
「人のために何かをすることに、喜びを感じますか?」
「え?うーん……そんなに?」
「え、そうなんですか?」
「ええ、あまり。感謝されるのは悪い気分では無いですけど」
自分からやりたいとは思わない。そう答えるクララに、ではなぜシスターフッドに?と続けることは出来なかった。
「では……もし、クララちゃんにしか出来ない事があると頼まれた時に、クララちゃんなら引き受けますか?」
「ま、まあ恐らく……?」
「それが自分のやりたくないことだったとしても?」
クララはハナコの問いに目を丸くする。
「え、それはやりませんわよ」
「…………」
今度はハナコが目を丸くした。
「だって、やりたくないことはやりたくないですわ」
何かが崩壊しそうな文字列を吐き続けるクララ。
「……その人が、困っていたとしても?」
「だってそんなの、困る人がその人からワタクシに変わるだけでしょう?状況は良くなってませんわ」
「みんなが幸せになれない方法なんてきっと間違ってるに決まってますわ」
当たり前かのように言い放つクララに、ハナコは何かを言いかけてそのまま固まった。
「理想論だと思いますか?でも、それを見つけるのが探求者の役目ですから。そのためにワタクシはまじゅ───────じゃなくて!ここに来たのですわ!」
慌てて言い直すクララの言葉も、ハナコには届いていない。
ハナコには信じられなかった。今までそんな人間に出会ったことがなかったからだ。今まで出会った誰とも違う、不思議な目をした人間だった。
「ハナコさんは優しい人ですから、きっと……なんか、うん……ちょっとモヤっとした感じになっちゃったんですわね?大丈夫ですわ!そういう時は………………まあ人生そういうこともありますわ!忘れましょう!」
少なくとも薬にはならない中身のないアドバイスがクララの満面の笑みと共に授けられた。
ただ、人を救うのは必ずしも薬であるというわけでもない。
忙しくて感想返せませんでしたが全部読んでます。シスターフッドのマスコット枠をかけてマリーちゃんと決闘させます、まあクララちゃんが勝てるわけないですね。