一撃鍛冶師チャンネル   作:和成ソウイチ

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003.重傷の異世界入り

 

「これが、大噴禍。異世界への入り口……」

 

 刻哉は歩を進める。

 先ほどの運転手の怒声は、頭から消えていた。

 

 大噴禍は、まさにその名前通りの見た目をしていた。何もないアスファルトから、マグマのような輝きが勢いよく噴き上がっている。触れればそのまま身体が蒸発してしまいそうだ。

 

 ――普通の人間なら、ここで躊躇(ためら)っただろう。

 運転手の制止も、ここで、理解できたかもしれない。

 

 べしゃり、とマグマ(もど)きが刻哉の顔にかかった。

 ()()()()()()()()が入ってしまった刻哉は、もう止まらない。

 彼は思った。なんて力強い光なんだろう――と。

 

 大噴禍に手を伸ばす。マグマ擬きの表面に指先が触れる瞬間――。

 

「……蝶?」

 

 マグマの中から、半透明の蝶がヒラヒラと飛んできたのだ。

 刻哉の目の前を過ぎ去る。彼は蝶を目で追って――途端、足場を失って落下した。

 大噴禍に飲み込まれたのだと悟る。

 

 予想よりも、大噴禍の中は激しかった。

 まるで巨大な水道管の中に放り込まれたような、猛烈な圧力を感じる。息ができない。

 息を止めるのも限界が近くなったとき、刻哉の視界に、再びあの蝶が舞い込んできた。

 声が、聞こえてくる。

 

『怖がらず、息を吸ってください』

 

 頭の中に直接響いてくる。

 

『大丈夫。この流れは水ではありません。あなたの体内に入っても、それは――』

 

 声が伝え終わる前に、刻哉は大きく息を吸い込んだ。大噴禍の中に流れる『何か』を、目一杯身体の中に取り込む。

 目を閉じた。

 苦しさは一瞬。すぐに不思議な温かさが身体の中に広がっていった。血管の中に、血とは違う何かが流れ始めたような、そんな感覚である。

 

 目を開ける。

 ほんの数㎝先で、黄金色の瞳をした美少女が刻哉を見つめていた。

 彼女の周囲には、先ほど目にした蝶が数羽、舞っている。

 

 迎えに来てくれたのか、と刻哉は言った。大噴禍の中では言葉にならなかったが、少女は少し困惑したように目を細めた。

 

『この流れに呑まれて、あなたのように落ち着いていた人は初めてです。それから……私はあなたを迎えに来たわけではありません』

 

 ややあって、少女は付け加える。

 

『むしろ、あなた方は今すぐ元の世界へ戻るべき……いえ、()()()()()()と思っています』

 

 刻哉は少女から視線を外した。

 彼女は異世界の存在で間違いないだろう。

 だが、刻哉が望むものをくれる存在ではないようだ。

 

 刻哉の態度を見て、異世界の少女はさらに戸惑いの表情を浮かべた。上の方向――刻哉が落ちてきた方向をしきりに振り返り、気にしている。

 行きたいところがあるものの、刻哉を見捨てるには躊躇いがある――そんなように見えた。

 

 行っていいよ、俺は放っておいてくれていいから――と刻哉は言った。どうせひとりには慣れている、とも言った。

 

 すると異世界の少女は驚いた表情を浮かべ、そして意を決して刻哉に抱きついた。

 

『もうすぐ大噴禍を抜けます。衝撃に備えてください』

 

 このまま放り出されるのか、もしかして。

 

『はい。運が悪ければ死にます。そして、私にはあなたへかかる衝撃を和らげる力がありません。ただこうして、マナの流れを整えるだけ』

 

 どうすれば。

 

『祈ってください。私はあなたに、このまま死んで欲しくはありません』

 

 刻哉は小さくうなずいた。

 落ちていく方向に顔を向け、じっと見据える。

 

 わかった。衝突の瞬間を見てる。そうすれば受け身を取るタイミングもきっとわかる。

 

 ――少しの間があった。

 

『ほんとに、ヘンなひと』

 

 抱きつかれているので、刻哉に少女の表情はわからない。だが、その声は先ほどまでの事務的な口調が和らいで、かわりに心底呆れていた。

 刻哉は気にしない。衝突の瞬間に、ただ全集中力を傾けるだけ。もとより、稀代(きのしろ)刻哉という人間は他人からの冷めた評価に慣れすぎている。

 

 ――大噴禍の奔流が、終わる。

 全神経を研ぎ澄ませていた刻哉は、自分が空中に投げ出されたのだとすぐに理解する。

 

 浮遊感。上下逆さまに、放物線を描く身体。

 地面が近づく。

 

 超集中状態(ゾーン)に入った刻哉は、地面がごつごつした岩場だと把握した。

 ゲームやアニメのような、なぜか平坦の親切設計ではない。徹頭徹尾リアルな、起伏に富んだ危険地帯だ。

 

 刻哉は息を止めた。身体をできるだけねじり、背中のバックパックを地面に向ける。

 バスンッ――と音がした。

 勢いが強い。止まらない。

 視界が回転する。バウンドする。衝撃と、金属音。バックパックが破けて、中身を周囲にぶちまけているのだとわかった。

 

 一際強い衝撃と、嫌な音。遅れて痛み。

 突き出した岩に身体を強かに打ち付けて、刻哉は止まった。

 

 ――心臓の鼓動がうるさい。

 集中力を少しだけ緩める。途端、自分が荒い息をしているのに気づく。

 慎重に、身体を動かしてみる。

 

 左手、握れる。右手、ダメ。左足、動く。右足、動く。

 視界の一部に、どろりと赤い幕が広がる。切った頭から出た血が、片目に入ったのだ。

 

 左腕を支えに、身体を起こす。自分がぶつかった岩に、背中を預ける。破れて使い物にならなくなったバックパックの感触が不快だった。

 再び右腕を動かそうと試みる。やはりダメだった。完全に折れていると刻哉は思った。

 痛みをあまり感じないのが、逆に深刻さを増す。

 

「……いせスト、ウソばっかりじゃないか」

 

 つぶやいた。

 いせストのキャラクターたちは、モンスターから大ダメージを受けても五体はちゃんと動かしていた。ヘマして落下ダメージを受けても、しばらく動けなくなるペナルティがある程度のように見えていた。

 

 ……もしかしてここは、いせストとは別の異世界なんじゃないか?

 

「大丈夫ですか」

 

 失望感に打ちひしがれていた刻哉は、すぐ隣から声を聞いた。大噴禍の奔流で聞いたのと同じ声音で、今度はしっかりと耳から入ってきた言葉。

 顔を向ける。

 ふわりと黄金色の蝶が視界を横切る。

 

 まるで蝶が幕を開けるように、少女の姿が目に飛び込んできた。

 

 

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