一撃鍛冶師チャンネル   作:和成ソウイチ

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006.死地、スキル覚醒

 

 ざっと見積もって、約三秒。

 

 アダマントドラゴンの巨体が、予備動作なく刻哉たちに突進してきた。

 大口を開ける。牙は長く、鋭く、表面に細かな傷や汚れが見て取れた。恐ろしくリアルな凶器。

 

 約三秒。喰われるまであと、三秒ほどだ。

 

 ゆめKoが無残に倒されたシーンを目の当たりにした刻哉は、アダマントドラゴンの強さを肌で感じている。

 勝てる勝てないのレベルではない。戦うこと自体が無謀な試み。

 

 利き腕は骨折で動かない。

 視界は半分血で染まっている。

 リュックの中身は崩落の衝撃で再び散り散りに。あるのはベルトに差したフォールティングナイフ、壊れたスマホ。

 防具と呼べる防具はなし。

 アダマントドラゴンの攻略法など知らない。

 自分がこの世界に来てどんなスキルに目覚めたのかわからない。それどころか、スキルの存在すら曖昧だ。

 隣にいる異世界の少女は、事態打開の手立てを持たない傍観者。

 

 ここから三秒でひっくり返せるか。

 

 ――詰んでいた。

 

 刻哉はこれまでで最も深く強い集中状態に入っている。死地で脳と身体がフル回転している。

 音が遠くなる。

 景色がゆっくりになる。

 息づかいを忘れる。

 思考がとんでもなく早く、クリアになる。

 

 ――このとき、刻哉は「自分はこのまま死ぬ」と恐ろしく冷静に受け止めていた。

 

 不思議と怖くない。

 それどころか、()()()()()()()()()()()()()()()()()とさえ彼は思った。

 

 迫るドラゴンの牙。

 それに対して刻哉は、岩陰から出て、一歩前へ踏み込んだ。

 ベルトに差したフォールティングナイフを取り出す。

 左手で握り、構える。

 

 視界はすでに、アダマントドラゴンの口腔でいっぱいになっていた。

 

 逃走不可。死亡不可避。

 ドラゴンの咬合力に耐えられるはずはない。耐えられるなら、そもそも最初から骨折などしていない。

 たかが折りたたみナイフ一本で何ができる?

 

 ――一矢報いることはできる。

 ――ここで恐怖していたら、それすらもできない。

 

 どこまでも冷静に、一秒の無駄なく、絶命のその瞬間まで、立ち向かう。

 襲いかかる牙に、逆に自ら突っ込む。

 頭のネジが吹っ飛んだバグ男でなければ、不可能だっただろう。

 刻哉はこのとき、そんな吹っ飛んだ自分の性格を初めて好きになれた。

 

 的を決める。

 狙うは上顎の裏側。口蓋。その向こうにあるだろう、アダマントドラゴンの脳。

 生まれて初めて味わうような、血湧き肉躍る感覚。身体の内側から、熱い衝動が溢れてくる。

 

 不意に。

 外光が届かないドラゴンの口の中で、薄く輝く光を見た。

 

 左手。いや――フォールティングナイフが、光っている。

 刻哉は直感した。刃を信じろと、このまま突き刺せと、ナイフが叫んでいる。

 

 先端が、ドラゴンの口蓋に刺さる。

 まるで水に浸けるように、一切の抵抗なく刃は根元までめり込んだ。

 

 カッと一瞬だけ、ナイフが(またた)いた。

 光が収まると同時に、フォールティングナイフの刃が音を立てて砕けた。

 

 刻哉はバランスを崩す。やたら渇いたドラゴンの舌の上に、膝を突く。

 激しい息づかいが耳に入ってきた。刻哉自身の呼吸だった。

 超集中状態が解けて、時間の感覚が戻ってきたのだ。

 

 アダマントドラゴンの口の動きは、止まっている。

 

「――トキヤさん、早く出て!」

 

 蝶の少女の声が聞こえた。

 反射的に左右を確認。左側のかみ合わせが甘い。牙と牙の間に身体を滑り込ませる。

 ずるずるとドラゴンの上顎が降りてきた。

 アダマントドラゴンの口が完全に閉じきる前に、刻哉は外に脱出する。

 

 よろめきながら振り返ると、ドラゴンの濁った目と視線がぶつかった。

 ――死んでいる。

 巨大なドラゴンが、外傷も血の一滴も外に見せることなく、五体満足のまま骸として横たわっていた。

 

 刻哉はそのまま、ごつごつした地面の上に仰向けになった。荒い呼吸を繰り返す。

 左手に持ったフォールディングナイフを掲げる。

 ナイフは、刃の部分が根元から折れていた。

 

 刃渡り十㎝ほどの市販品が、あの巨大なドラゴンを(ほふ)った。

 しかも、一撃で。

 

 刻哉は荒い息とは別に、鼓動が高鳴るのを感じた。

 あの極限状態。死ぬのは確実で、あとは遅いか早いか、一矢報いるかそうでないかの違いでしかなかった、あの一瞬。フォールティングナイフの放った輝きが、強烈な印象とともに刻哉の頭に刻まれていた。

 

 あれが全部をひっくり返したのだ。

 たった三秒で、自分のすべてがまるっと創り変わってしまったような、そんな気さえした。

 

「トキヤさん、大丈夫ですか」

 

 蝶の少女が隣にひざまずく。細い手が刻哉の顔に伸び、右側ににじむ血を拭った。

 刻哉は思った。

 

 ――知りたい。あの瞬間のことを。

 ――味わいたい。あの瞬間を、もう一度。

 

 蝶の少女を見る。小さく小首を傾げる彼女に、たずねる。

 

「もう一度、このナイフを復活させたい。どうしたらいい?」

 

 少女は目を(しばたた)かせた。それから心底呆れたような、感心したような、それから何か手応えを感じたような、そんな表情を浮かべた。

 

「開口一番がそれ、ですか。あなたはやっぱり、ヘンなひとです」

「教えてくれ」

「ええ。教えます。私の知っていること、すべてあなたに伝えたくなりました」

 

 そこで初めて蝶の少女は、少しだけ微笑んだ。

 

「私の名前はフィステラ」

 

 黄金色の蝶が、ひときわ鮮やかに、数多く舞い踊る。

 

「あなたに、希望を見いだした精霊です」

 

 

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