遠くで雷の音が聞こえた。
室内にいるにもかかわらず湿った空気が入り込み、私を包んだ。
それもそのはず。今いる室内の窓ガラスはすべて割れ、コンクリートの壁は一部崩れて半壊状態。廃墟と化しているあまり大きくないテナントビルの中に風が吹き抜けていく。
「……雨が降るわね」
湿り気を帯びた風を受けて、私はめくっていた本を本棚に戻す。
『気温湿度共に上昇中。あと十五分ほどで雨が降り出すでしょう』
機械的な音なのに流暢に話しかけてくる声が私の頭上から降ってくる。
「フライ、悪いけど荷物持って」
私はその声に、パンパンに膨らんだボロボロのリュックを渡す。そこにいるのは二つのプロペラを高速回転させながら宙に浮かんでいるドローンだ。AI搭載されているそのドローンを私はフライと呼んでいる。
『重量オーバーです。飛行機能が低下します』
「構わないわ。ここから五分で家に着くもの。それともフライ、バイクに乗ってく?」
『ご遠慮します。マスターの運転技術は安全とは言い難く、事故を起こす確率が八十七パーセン……』
「わ、分かったわよ! ほら、さっさと行くわよ!」
真面目に言ってるのかふざけてんのか分からないフライの言葉を遮り、物資を詰め込んだ大きいリュックを背負い、ポケットというポケットにいろんな雑貨を押し込んで、私は廃墟ビルから外に出た。すぐ近くに停めていたバイクに跨り、エンジンを吹かす。
中型のバイクだが馬力はあるし乗りやすい、お気に入りの愛車だ。やはり日本製、ホンダのバイクは乗り心地がいい。比較的状態のいい車体を探して修理した甲斐がある。
ひび割れや凹みなど、けしていい状態では無いアスファルトの道路をバイクでかっ飛ばしていく。ところどころ、瓦礫や廃材が転がっているのを上手く避けていく。
道路を走っている時に、前方に人影がふらふらと道路を横切ろうとしていた。
『マスター』
フライが何かを言う前に、私は瞬時にブレーキをかけて後輪を滑らせるようにしてバイクを停めた。バイクから降りて、ホルダーからマグナムを取り出した。
「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……」
潰れた声帯で無理やり出しているような、人間とは思えない声が人影から発せられる。
その人影は、
さらに道路を横切ろうとしていた人影の他に、ふらふらと近づいてくる人影が複数。そのどれもが生きている人間ではなかった。
黒いシャツを着たスキンヘッドの男性、汚れ切った亜麻色の髪の女性、青いつなぎを着た用務員風の男性……皆一様に傷だらけ、血だらけで服はボロボロ、目の瞳孔は白濁し、開け放ったままの口からはあの不気味な声を発している。
まるで架空の化け物、生ける屍と言われるゾンビみたいに……。
「悪いけど先を急いでるの」
私は動く化け物達をマグナムで撃ち抜いていく。一発ずつ当て、彼らは動かなくなった。
「……」
『マスター、もうすぐ雷雨が来ます。急ぎ帰宅を』
手に持っているマグナムを見つめていた私にフライが催促してくる。
「分かってる」
私はため息をついて、一度だけ動かなくなった化け物達をちらりと一瞥する。それからすぐにバイクに乗り込んだ。
この街に来るのも、もう五回目だ。
大きな街だったようで、大小さまざまなビルが立ち並んでいる。しかしそのほとんどが半壊、または全壊していて見る影もない。何より、生きている人間の姿は今まで一人もいなかった。
いるのは、人間の姿をした化け物だけだ。
そんな廃墟と化した、見慣れつつある街並みをあとに、私は家に向かった。
私は二十代後半で末期ガンを患った。
余命幾ばくもない僅かな時間は無情に過ぎて、あっけなく息絶えた。
もっと生きたかったと願いながら。
意識が落ちていく中、死を覚悟した私がふと気づいた時にはこの世界にいた。
どこか見慣れたその場所は、私がやり込んでいたゲームの世界だった。
私は愕然とした。
原理は分からないが、死んだ私が生きてここにいることは間違いない。しかしせっかく二度目の人生を得たのに、この世界に転生? したのは最悪だ。一歩間違えたら明日には死ぬ。
このゾンビゲームの世界では……。
何とか雨に降られずに済んだ私は、丸太とコンクリートの二重構造にした塀に、これまた二重につけた鉄の扉をくぐり、我が家に足を踏み入れた。
民家を改造して作った我が家は、一階は作業場、二階は住居スペースにしている。家の一階には扉は付けず、二階の柵に取り付けた縄梯子
を登って上がる。荷物は重いから滑車に通した縄にフックを付けて二階まで上げられるようにした。まだまだ改良の余地はあるが、開発はおいおいやっていくつもりだ。
二階に上がってリュックを背負う。フラフラしながら飛んでいるフライからボロボロのリュックを受け取り、二階の鉄扉から中に入った。
『おかえりなさいませ、マスター。首を長くして待っていました』
私が入ると、機械的な音声がした。フライと同じく流暢に話してくる。
フライ同様、私が造った管理AIだ。索敵や防衛システムを担ってもらってる。
「ただいま。留守中の状況を教えて」
私はリュックを降ろして、中身を取り出しながら音声に尋ねる。
『マスターの留守時間、五時間四十七分三十二秒。その間に起きた事柄を時系列で述べます。マスターが出かけてから二十三分後、ゾンビの集団による破壊行動。対応、SMG自動砲台二機による掃討。完了。損傷軽微。一時間二十八分後、ゾンビ犬複数接近。対応、SMG自動砲台一機による掃討。完了。損傷なし。……以上です』
「ありがとう。相変わらず完璧ね」
『マスターに造られた存在が私です。つまりマスターが完璧なのです』
「お世辞も上手くなったわね」
『マスターのお世辞が上手いからです』
「……それ、褒められてるようには聞こえないわよ」
私はリュックの中身を仕分けて、それぞれ収納ボックスに入れていく。
「よし。これでとりあえずはオッケーね。あとはご飯を食べたら消費した九ミリ弾の製造に……」
と、私がこれからのスケジュールを口に出して確認していた時。
『マスター、
管理AIが知らせてきた。私は一瞬動きをとめた。
管理AIは外敵を探知したら、その種類を言う。ゾンビだったらゾンビ、野獣だったら野獣と。
しかしさっきは『何か』と言った。それは管理AIには情報がない、動く物体ということ。
この荒廃したゲームの世界で、ゾンビと野獣以外の動く物体……。
私は得体の知れない恐怖を押し込めて、管理AIに指示を出した。
「まだ攻撃しないで。自動砲台の照準だけは合わせといて。私が合図したら攻撃して」
『YES、マスター』
管理AIの返事を待たずに、私はスナイパーライフルを手に三階に上がる。
三階には梯子を使って駆け上がり、身をかがめて高く積み上げた土嚢の影に隠れる。北東側は湖に面していてゾンビでもない限りそちらから来ることはない。念の為、北東からぐるりと辺りを見渡すと、ちょうど南の方向から人影が見えた。私はスナイパーライフルを構え、スコープを覗く。
人影は下着姿で何も着ていない。少しふらつきながら歩いているが、ゾンビの歩き方じゃない。
まさか……生きている、人間……?
私は動揺しながらも、ボルトアクションをしてスナイパーライフルの引き金に指をかける。
人影がもう少し近づいてくるまで観察する。敵意を向けられたらすぐさま頭を撃ち抜くつもりだった。
人影が男だと分かるぐらいに近づいてきた時、男はいきなり両手を上げた。
「う……撃たないでくれ!! 敵じゃない!」
この世界に来て、初めて聞いた生身の声。
私は驚愕しつつも警戒を解かなかった。この世界を探索するようになってから一ヶ月、生きている人間はいないと諦めた。
生きている人間に一度も会ったことがないからだ。
私は話しかけるか迷った。この世界はゾンビゲームと同じ世界観だが、違うところもある。トレーダーと呼ばれる物資を売買してくれる存在がいないのも違うところだ。だからゲームと違って生き残っている人間がいても不思議ではないが……。
「う、撃たないで、くれ……っ! お願いだ……!」
必死に訴える男。その後、ばたりと倒れる。
「水……食料、を……っ」
かろうじて聞こえたその言葉を最後に、男は静かになったし、動かなくなった。
(…………)
私はしばらくスコープから男の様子を観察してたが動く気配がない。
迷った末、私はスナイパーライフルを持って二階に降りた。武器をマグナムに持ち変え、弾の確認をしてからAIに指示をした。
「標的に近づいてみる。照準はそのまま。標的が敵意を見せるか、私が合図したら撃て」
『YES、マスター』
管理AIの返事を背に、私は家を出た。
出入口は二箇所作ってある。ちょうど男の死角になる出口から外に出る。
マグナムを構えたまま、ゆっくりと近づく。SMG自動砲台の照準の邪魔にならないよう、左側から回るように距離を詰めた。
五メートルほどまで近づいて足を止めた。男は動かない。私はマグナムを握り直す。緊張で浅くなった呼吸を戻すように、静かに深く息を吸い込み吐き出した。
「……おい」
声をかける。男は無反応だ。
「返事をしろ」
いつでも撃ち抜けるようにマグナムは男に向けたまま、私は話しかける。しかし、男は動かない。
死んだのか? しかし、撃たないでくれと言った声には張りがあった。死期の迫った人間が出すような声じゃない。
私はマグナムを向けたまま、ゆっくりしゃがんで足元にある小石を拾って男に投げる。背に当たった小石に、男は呻いた。生きてはいるようだ。
じゃあ、本当に行き倒れの生きた人間なのか?
いまいち信じ難いが、私はゆっくりと男から離れ、家に戻って水とかぼちゃパンを麻袋に詰める。
「フライ、あの男にこれを届けて」
『理解できません。敵の可能性が排除できない今の状況では助ける義務はありません』
フライはゆらりと機体を動かす。まるで首を傾げてるような感じだ。
私はフライに少しだけ微笑む。
「確かに敵の可能性はある。けど、家の前で死なれても目覚めが悪いし、さっさと帰ってほしいし。あれ以上近づいてこないならほっとくわ」
『もし敵意を見せたらどうしますか?』
ただの質問なのに責められているように感じる。私はニヤリと笑った。
「その時はあんたたちが真っ先に抹殺してくれるでしょ?」
管理AIとフライのAIは同期している。どちらかが、またはどちらもあの男が敵意を見せたと判断した途端、家に配置してある自動砲台が迎撃するようプログラムしている。
フライは黙ったまま、くるりと機体を回し、私から麻袋を受け取って三階から外に飛んでいく。私もスナイパーライフルを持って三階に行き、土嚢に隠れてスナイパーライフルのスコープを覗く。
フライは倒れている男の上空をぐるぐる回り、麻袋を男の背中に落とす。結構な高さから落としたからか、男は痛みに悶えている。その後、麻袋に気づいて、ノロノロとした動きで中を見て。
中身を見た途端、麻袋に顔を突っ込む勢いで中を漁り、取り出したペットボトルの水を一気に飲み干していく。それからかぼちゃパンを顔全体で食らうかのように頬張り、二本目のペットボトルの水をも飲み干していく。
スコープから覗いた男の様子は飲食に夢中で、こちらに敵意を向けるような気配はない。
麻袋に入れていた水とかぼちゃパンを平らげた男は、まだ男の上空で留まっていたフライに麻袋を差し出し、何かを話している。フライはしばらく静止していたが、麻袋を受け取りすぐさま私の方に飛んでくる。
「どうしたの?」
フライが男に何か言われたのは確かだ。内容によってはすぐに排除するつもりだが……。
フライは戸惑うように私の傍らに近寄ってきて。
『伝言です。もっと食料が欲しい、とのこと』
私は開いた口が塞がらず、固まった。
図々しいにも程がある!
私は荒々しく舌打ちをして二階に降り、麻袋に水とトウモロコシパンと汚水と古いジャムサンドを適当に詰め込み、フライに渡す。
「これ持ってさっさと帰れって言ってやって!」
フライは私から麻袋を受け取ると、また男の元に飛んでいく。私はまた三階に上がり、スナイパーライフルのスコープで様子を見る。
男はフライから麻袋を受け取り、私の伝言を聞いたのだろう。立ち上がった男は麻袋を抱えて、私の方を向いて……というかおそらく私が見ていると分かった上で、家に向かって大きく手を振る。そして踵を返して去っていった。
肉眼ではほとんど見えなくなるまで男が遠ざかったのを確認して、やっと私は警戒を解いた。フライもやっと戻ってくる。私は二階に降りて管理AIに警戒解除するよう伝える。
『マスター』
フライが私に話しかけてきた。
「なに?」
『伝言です。また来る、と』
「はぁ?!」
私は信じられなくて、思わず大声を出してしまった。
それからというもの数日の間隔をあけて、あの男はやってきた。食料をせびりに。
最初のうちは威嚇射撃で追い払っていたが、どんなに追い払ってもやってくる。威嚇射撃ですぐに帰っては行くが、また懲りずにやってくるのだ。
最近では諦めて、自動砲台の射程範囲外にある近くの木の枝に麻袋をかけておくようにした。食料を手に入れれば満足なのか、大人しく帰っていく。多少分け与えても私には影響は少ないから、最低限の関わりだけにした。
そんなある日、麻袋に紙が入っていた。
手紙だ。
読むと、いつも食料をくれてありがとう的な文章だ。
「自分で調達しろってんだ」
私は手紙を握りつぶす。
一応家庭菜園程度にじゃがいもやマッシュルーム、トウモロコシも育てている。もうすぐ収穫時期だ。しかし、それだけじゃ足りないから物資を漁りに週三回街に出かけたりしている。その努力を一度の施しで当たり前に享受している男に腹が立った。
そんな感じで、男に出会ってから一ヶ月が過ぎた。
あの男は今も来ている。最近ではだいたい三日おきに来ている。一度、麻袋を置き忘れて出かけた時があり、私が帰ってくるまで男が待っていたことがあった。
二度目の置き忘れで、私は男と面と向かって話す羽目になった。
「やぁ、久しぶり。それとも、初めましてと言った方がいいか?」
親しげに手を振る男は、食料の受け渡しに使っている木の根元に立っていた。
初めて会った時は半裸状態だったが、今ではレザーチェストアーマーの上からダスターコートをまとい、手にはレザーグローブを、ジーンズの裾は膝下まであるレザーブーツの中に入れているようだ。また、ダスターコートで隠しているがピストルを所持している。これだけ装備が揃っていれば自分で食料調達できるはずだが、今でも食料をたかりに来る。
物資漁りから帰ってきたばかりの私は露骨に嫌な顔をして無視し、フライに指示を出す。
「警戒態勢。あの男をマークして」
『YES、マスター。警戒態勢に入ります。警戒対象、男』
フライの音声を聞き終えてから、私は背負っていたリュックを降ろして中を漁る。その様子を見ていた男は困ったように苦笑いを浮かべた。
「相変わらず警戒心が強いな。俺が命の恩人の君を害するわけないのに」
男は親しげに話しかけてくる。
「でも、警戒心が高いのはとてもいい事だ。特にこの世界においてはな。よく臆病者をからかうやつがいるけど、臆病者ほど生き残る確率が高い。自分の身を守ることを優先するからだ」
知ったふうに語る男に、私はついさっき取ってきた食料缶のいくつかを手に取り放り投げた。男は慌てて缶をキャッチしていく。
「それ持ってさっさと帰れ。二度と来るな」
私がそう言うと、男はキョトンとした顔をした後に嬉しそうに笑った。
「やっと俺と話してくれたな」
その言葉に私はゾッとし、次の瞬間マグナムを男に向けた。私の男に対する明らかな敵意にフライが反応した。
『迎撃態勢に移行します。移行カウントダウン、ファイブ、フォー、スリー……』
「わ、分かった分かった! さっさと帰るよ!」
男は慌てて走り去っていく。
その時、大地が揺れた。
「地震……?」
一瞬だ。地震にしては短い。
しかし次の瞬間、空が赤く染まる。あんなに青く晴れ渡っていた空が、一気にどす黒い紅に染まったのだ。
「これはまさか……っ! このタイミングで?!」
私は戸惑った。
見間違いじゃない。この空は、ゲームであったあのイベントと同じだ。
私は荷物を持って家に向かって走りながら叫んだ。
「管理AI! ブラッドムーンホードモードを発動!」
『OK、マスター。ブラッドムーンモードを発動します』
AIが反応し、家に設置されているSMG自動砲台が全機動き出す。
途端にSMG自動砲台が派手な音を立てて火花を散らし始めた。センサーがゾンビに反応し、自動で撃ち始めたのだ。
「もう来てるの?!」
家まであと数メートル。鉄扉が自動で開く。管理AIが開けてくれたのだ。私はそのまま中に駆け込み、荷物は地面に放り投げ、縄ハシゴに飛び乗り二階に上がる。
「状況は?!」
『四方からゾンビが接近中。その数およそ六十四体』
「六十四体沸きかよ!?」
このゲームにはブラッドムーンホードと呼ばれるイベントがある。それは七日間に一度、ゾンビが大量に襲撃してくるイベントだ。その数は設定で数が決められる。一番少ないのは四体。最大は六十四体だ。
家の周りに二重のコンクリートの塀で囲み、その上に複数のSMG自動砲台を外側に向けて配置している。ゾンビが近づいてくる前に自動砲台が倒してくれるようにしてるのだ。
しかし、自爆ゾンビだと塀の近くで自爆されたらコンクリートでも崩される可能性が出てくる。
『三時の方向、自爆ゾンビです』
南東方向を見ると太っているゾンビが近づいてくる。私はマグナムを向けて、自爆ゾンビを撃った。自爆ゾンビはその場でうずくまり、周りにいたゾンビを巻き込んで爆発する。その風圧が私にぶつかってくる。
「危な……っ!」
あんな広範囲の攻撃を食らったら、塀があっても持たない。
自爆ゾンビだけは私が攻撃をし、普通のゾンビは自動砲台に任せた。
ふと、南方向を見たらゾンビの群れがある。何かを追いかけているようだ。訝しげに見て、はっと気づく。
あの男がゾンビに襲われているのだ。
火花の光が見えるからピストルで抵抗してはいるようだが、明らかに多勢に無勢だ。
助ける義理はない。ないのだが……。
ちぃっ! と荒々しく舌打ちをして、私は叫んだ。
「こっちに来い!!」
その声が聞こえたのか、男が走ってくる。
「管理AI! 男は撃つな!」
『YES、マスター』
自爆ゾンビを倒しながら、男が自動砲台の射撃範囲に入るまで援護する。が、数が多すぎる。
『マスター、SMG自動砲台の弾数残り半数を切りました』
「くそ……っ!!」
ゲームではブラッドムーンホードは二十二時から翌日の四時まで。しかし、昼間にいきなり始まったこのブラッドムーンホードは時間制限が分からない。あとどのぐらい続くか検討がつかないのだ。その中でSMG自動砲台の弾数が切れれば、あっという間にゾンビに囲まれて終わりだ。
九ミリ弾のストックが少ないのに……っ!!
「おい! 生きてるか?!」
ゾンビを牽制しながら、私は男に話しかけた。
「あぁ生きてる! 助かったよ!!」
男は塀の近くでゾンビを撃ちながら答えた。
「なら、少しの間自爆ゾンビの相手をしてくれ!」
「はぁっ?!」
男はびっくりしたように声を上げる。
「俺一人で?! 無理だ!!」
「自動砲台の弾を補充したいんだよ! 助けてやったんだからそのぐらいやれ!!」
「無茶振りすぎる!!」
男の悲鳴には返事せず、私は室内に戻り、弾をありたけ抱えて、自動砲台に詰め込んでいく。
「まだか?!!」
焦る男の声。
「あともう少し!」
私も怒鳴り返す。台数が台数だ。補充には時間がかかる。しかし、だからこそ押し寄せてくるゾンビ達を押し返しているとも言える。じゃなかったらあっという間にやられていたはずだ。
「は、早くしてくれ!! もう持ちこたえられない!!」
情けない男の叫び声が聞こえる。
「もう少し……よし、終わった!」
私はSMG自動砲台全機に弾を補充し終わる。一度室内に戻り、ガンラックからM60を取り出し七ミリ弾を装弾、予備の弾薬も袋に詰め込む。
「フライ! これを男に渡してきて!」
フライにM60と弾薬の詰まった袋を渡す。
『YES、マスター』
フライはすぐに受け取り、飛んでいく。私もマグナムをリロードしながら後に続き、二階から群がるゾンビ達を撃ち抜いていく。
「おい、これホントに使っていいのかっ?!」
男の戸惑う声が聞こえてきた。
「あぁ!」
私は短く答えた。
「恩に着る!」
男がM60を撃ち始める。途端、バタバタとゾンビが倒れていく。
今私が持っている武器の中で、威力、装弾数共に最高の逸品だ。自動砲台の補充時間を稼いでくれたお礼と生き残るためのお膳立てだ。あとは男次第。
「くっ……!」
マグナムをリロードする。手持ちの弾数を見て顔をしかめた。マグナムの弾も残り少ない。
『SMG自動砲台弾数、残り半数を切りました』
管理AIの無情な報告が流れる。
もう九ミリ弾はない。撃ち切ったら覚悟を決めるしかない。
「まだ終わらないのか……っ?!」
空は依然として不気味な紅色に染まったままだ。
「弾が無くなる! 補充はあるか?!」
男が聞いてきた。
「ない! 何とか持たせろ!」
「相変わらず無茶振りすぎるな!」
「自動砲台の弾ももうない! 撃ち切ったら覚悟しろよ!」
「しゃーない! そういう世界だからな!」
残酷な現実を叩きつけたのに男は楽しそうだ。
SMG自動砲台と、私のマグナムと、男のM60。
それで押し寄せてくるゾンビの大群を押し返していたが、とうとう来る時が来た。
『マスター、SMG自動砲台全機の弾数が無くなりました』
管理AIがSMG自動砲台が使えなくなったことを報告してきた。
私は脇に用意していたリュックを手に取り、二階から外に飛び出す。塀の上を伝い、男の近くに降りた。
「どうした?!」
「自動砲台の弾が切れた! ここはもう使えない! 逃げろ!」
ゾンビを撃ちながら駆け出す私に、戸惑いながらも男が着いてきた。
「バイクあっただろ?!」
「ゾンビの群れの中だ!」
「なんだって!?」
「アンタが話しかけてくるから!」
「俺のせいかよ!?」
言い合いながらもゾンビの群れから逃げる私と男。全速力で走れば何とか逃げられるが体力がなくなるのは時間の問題だ。
私はリュックから数本のパイプ爆弾を取り出しライターで火をつけ、後ろに投げる。しばらくして爆発の音が響く。
「フライ! ゾンビの数は?!」
『およそ四十体』
「まぁまぁ巻き込めたか」
私は更に二本、三本とパイプ爆弾に火をつけ、後ろに投げる。
しかし、これはほとんど焼け石に水だ。ブラッドムーンホードの時はどこからともなくゾンビが湧いてきて、数は減らない。
走って逃げるにも限界が来ていた。息が上がり、足が重くなり、疲労がのしかかる。
「おい! しっかりしろ!」
男がふらつく私の腕を掴む。全速力で走り続けて酸欠状態になりつつある。
まだ、か……? まだ、終わらない、のか……?
回らない頭で、足だけは動かし、まだかまだかと終わりが来るのを祈る。
「もう少しだ! 頑張れ!」
男の声が微かに聞こえる。私の腕を引っ張って一緒に逃げてくれてるのは分かった。
私なんか置いて逃げればいいのに……。
生きるか死ぬかの状況で誰かを助けようとしてたら自分まで巻き添えになる。
このゾンビだらけの世界で生きていくには非情にならないと生き残れない。
さっさと逃げなさいよと言いたかったが、声を出すのも難しい。掴まれてる腕を振りほどこうにも男の手の力が強くてできない。
私と心中する気か? こいつ、馬鹿なの?
そんなことを考えたとき。
バイクのエンジン音がした。
「乗れ! 早く!!」
男がバイクに跨り、私に促す。私は考えるよりも早くバイクの後ろに飛び乗った。と、同時に男はバイクを吹かして一気に加速する。
間一髪、ゾンビの群れから逃れられた。
私は、はぁぁ……と深い息を吐いた。まだ荒い息は整わず、しばらく呼吸に意識を向ける。
「ぎりぎり、間に合って、良かった……」
息が少し上がっている男のつぶやきが聞こえた。
そういや、バイクを置いた位置とは真逆の方向に逃げたのになぜバイクの所に戻れたのか……。
「あのまま逃げ回っても、ジリ貧だと分かったからな……ゾンビを誘導しながら、ぐるっと回るように、バイクの所まで戻ったんだ」
私が疲労と酸欠でふらふらな時、こいつは私を連れてバイクの所まで走ってくれてたのか。
「自分だけ、逃げれば、よかっただろ……?」
まだ整わない息で、何とか声を出す。男はあはははと豪快に笑う。
「君は俺を助けてくれたんだから、俺が君を助けるのは当然だろ!」
その言葉に、私は思わず鼻で笑ってしまった。
「食料たかりに、来てたやつが、何言ってんだか……」
「まぁ、それは最初だけで、ただの口実だ」
「は……?」
男はちらりと私の方に振り向いて、いたずらっぽくニカッと笑った。
「惚れた女に会いたかった、なんて言ったら信じてくれるか?」
男の言葉に、私は思考停止する。やっと言葉の意味を理解して、私はゾワッと悪寒が走った。
顔を合わせたのなんてまだ二回目なのに、ただ食料分けただけで惚れたとか気持ち悪い!
「降ろせ! 早く!」
「お、おい、暴れるなよ! 危ないだろ!」
「いいから早く降ろせ!」
「何でだよ!」
「お前気持ち悪い!」
「助けたのにひどい!」
「助けてなんて言ってないし!」
ぎゃあぎゃあと喧嘩しながらバイクでゾンビから逃げているうちに、いつの間にかブラッドムーンホードは終わっていた。
続く