好きなライダー作品はファイズです。
不定期更新でのんびり楽しんでいこうと思っています。
よろしくお願いします。
※10/25 一部、改行等のレイアウトの整理を行いました。
月の灯り。
薄雲の間から差し込む頼りない光に照らされた路地裏を、人影が横切る。
たなびく茶色がかった長髪、鋭いまなざし。
音もなく走り抜ける彼女の右手には誰もが知っている、しかしながら現代の日本人ならまず所持していない、違法の凶器。
「――ここ」
彼女は壁際に身をかがめ、薄明かりの漏れる小窓から建物の中を覗う。カーテンで遮られてはいるが、多数の気配を感じられる。数にして14人。話し声めいたものも聞こえるが、この場所からは内容までは判別できない。もっとも今の彼女には、
「よし……」
再び路地を駆け、別の窓から建物内に侵入した。見取り図は頭に入っている。迷いのない挙動で廊下を抜け、階段を駆け上がる。目指すは建物の3階、この施設内で唯一、電子ロックによって厳重に施錠された部屋である。
そこは書庫のようだった。埃っぽいラックが所狭しと並び、英会話に関する子供向けの書籍が小綺麗に仕舞われている。
「英会話教室って体裁を保てているつもり……?」
電子ロックを解除した彼女はラックの間を縫うように奥へと進んでいく。この場所が本当に、子供たちが楽しく英会話を学ぶための場所なら、教材に埃を被せておく理由も電子ロック付きで保護する理由もないはずだ。
「ん……?」
そんなラックの下に隠すように置かれた、小物入れのようなものを視界に捉えた。埃の量が少なく、比較的最近触れられた形跡とみて間違いない。弁当箱ほどの大きさのその容器には複雑な意匠が施されており、蓋と思しき部分の上部には星マークのような紋章が刻まれている。
「……」
蓋を開けて中を除くと、彼女は目を細める。その瞳にはほんの少しの驚きと、大量の嫌悪が宿っていた。
「……収穫としては、ひとまず充分そうね」
蓋を閉じ、懐にしまう。ここにもう用はない。そう確信して振り返ると、
「っ!?」
彼女は今度こそ驚きを露わにした。書庫の入り口に人が立っていたのだ。……物音一つ立てず、気配すら完璧に殺し、まるで彼女が振り返るのを待っていたかのように、男がそこに立っていた。
「この――!」
咄嗟に銃を抜いた。射殺どころか危害を加えるつもりもないが、威嚇にはじゅうぶん。そう思って持参していたものだ。だが目の前の男は怯むどころか落ち着いた挙動で手を伸ばし、銃を握った右腕を掴んでくる。彼の瞳に感情らしきものはなく、ぼそぼそと聞き取れない声量で何かを呟き続けている。
「なによ、もう!」
空いた左手で男を突き飛ばす。細身の身体は宙を舞い、書庫の外の廊下まで吹っ飛ばされていった。その隙に書庫を飛び出し、来た道を戻るように廊下を駆けた。
だが行く手にまたもや人の気配。今度はひとりではない。階段から現れた人数はぴったり6人。そして彼女の後方からも、先ほど吹っ飛ばした男を含めて8人の人影が向かってきていた。
「止まりなさい!」
銃を向ける。前方、後方と交互に銃口を向け、“これ以上近づいたら撃つ”、という意志を示す。
しかし先ほど同様、彼らは止まらない。感情の抜けたような顔をこちらに向け、やはり何かを呟きながら、とぼとぼとした足取りを止めない。
「くっ、この!」
たまらず発砲した。弾丸は前方の集団、彼らの目の前の床を穿つ。
だが止まらない。床に刻まれた弾痕は瞬く間に踏み越えられ、ついに彼らとの距離は伸ばした手が届くほどに縮まった。
「ううっ!?」
コートの襟を掴まれ、乱暴に引っ張られた。その他にも両腕、髪、コートの中など、ありとあらゆる場所に14人分の腕が伸ばされる。人々の異常な様子に思考が固まり、振り払おうにも身体がうまく動かせない。彼女はこの得体の知れない恐怖を生まれて初めて知る。そして恐怖で身体が動かないという現象も、たった今初めて知った。
「や、やめ――」
殺される、と悟り力なく声を絞り出したそのとき、
『――――』
耳をつんざく爆音と共に閃光が走り、廊下の窓がすべて叩き割られ外側へとはじけ飛んでいく。
「は……?」
廊下の奥に炎が灯っていた。
彼女と、今し方彼女を捕らえていた人々の視線はその炎に吸い込まれるように向いていた。先ほどの閃光の光源とみて間違いないその炎は収束し、人型となる。熱風が思い出したかのように廊下を吹き抜けていった。
人型の炎はゆっくりとこちらへ向かってくる。その鈍い色合いの発光は次第に弱まり、炎が完全に晴れてその姿を現す。
人型、というのはあくまで大まかな輪郭でしかない。四肢から刃のような器官を生やし、暗い青色の皮膚に覆われ、黄色く吊り上がった両目を持つ人間など、彼女は見たことがなかった。
しかしながらゆったりと歩くその動作は人間のそれで、こちらの顔色をひとりひとり確認するようにくいくいと頭部を傾ける仕草は、彼女を取り囲んでいる感情のない人影たちよりもよっぽど、人間らしいと感じた。
「あなたは……、あっ――!」
声をかけようとした瞬間、彼女を取り囲んでいた人影が一斉に動き出した。叫び声ひとつ上げず、やはり無感情としか思えない挙動で、廊下の向こうにある異形の存在に飛びかかっていく。
「あぶな――!」
“危ない”と、どちらに向けて声をかけたのか彼女自身も一瞬わからなかった。片や異形の化け物、片や見た目だけは人間の得体の知れない集団。いや、姿が人間である以上、不気味な行動などいくらでも説明が付く、洗脳なり集団催眠なりで無理矢理納得するだけならたやすい。しかし廊下の向こうにいるのは明らかに未知の存在だ。彼女はついさっきまで襲われていた事実も忘れ、咄嗟に人々の身を案じた。
そしてそれは杞憂に過ぎなかったと、すぐに理解させられた。
『――フンッ』
異形の化け物が軽く腕を振り払うと、飛びかかった数人がまとめて殴り飛ばされる。その後も次々と、向かっていった人々を往なし、返り討ちにしていく。
そのすべての反撃が、急所を外されていた。
化け物の拳が、軽い動作で人々の首筋や腹部に叩き込まれていった。その一撃で彼らは意識を飛ばされ、糸の切れた人形のように廊下に転がされていく。そうして、化け物は化け物らしからぬ丁寧さで人々を無力化。廊下には割れた窓から抜ける生暖かい夜風と、遠くから聞こえる虫の鳴き声だけが残された。
「……」
つい十数分前、この施設に侵入した彼女は今、己の目的も、過去も忘れ、ただその光景に見入っていた。
『……』
化け物と目が合う。その複眼のようなつり目に瞳孔のようなものはないが、なんとなく目が合っているとわかる。座り込んだまま、ただその複眼を見つめた。
『…………』
化け物は視線を外すと、踵を返して歩き始めた。
「あ……」
化け物の目的は分からない。なぜここに現れたのかも、なぜ人々を昏倒させたのかも分からない。しかし化け物が今、ここを立ち去ろうとしていること、そしてもう二度とまみえることはないことを、なぜか確信した。
「待って!」
確信したら、自然と声が出た。今呼び止めないと、二度と会えない。14人の人々に襲われていた状況から結果的に助かったこと、そして彼らと同じように化け物に倒されずに済んだこと……。それらの安心感すらも押しつぶして、声をかけた。
『……』
化け物は歩みを止め、肩越しに振り返った。不思議そうにしている、ように見えた。相変わらずのっぺりと光っているだけの複眼。しかしやはりその動作は、悲しいほどに人間くさい。そう感じた。
「あなたは……人間、なの?」
虫の鳴き声にかき消されそうなほどか細い声で言葉をかける。化け物は微動だにしないまま、肩越しの視線をこちらに向け続けている。
『……どうだろうな』
長い沈黙の後、そう返された。
おもちゃのトランシーバー越しに聞こえるような、カラカラとした声色。明らかに人間の声帯からは出てこないような響きで、人間の言葉をかけられた。
そして次の瞬間、化け物の全身が淡く発光する。先ほどの鋭い閃光とも違う、どちらかと言えば弱々しい光。驚いて視線を下げると、化け物が立っていた床のあたりが薄く凍り付いているのが見えた。ふわりと冷気が漂ってきたのも感じる。
「どう思う?」
再びかけられた言葉は間違いなく人間の声だった。柔らかく、敵意など微塵も感じさせない、どこか寂しげな声色。
その声色に吸い寄せられるように、再び視線を上げた。
「人間か、化け物か」
長身の男性と目が合う。そこには異形の姿などない。飾り気のないジャケット、短く切って適当にセットされた髪。
ただの人間だ。しかし彼女には答えられなかった。先ほどまでの光景を覚えているのももちろんある。だが彼女の視線は自然と、彼の腰、そこに巻かれている大きなベルトに向けられていった。注視していなかったが、それは先ほどまでの化け物が腰につけていたもの同一のものだ。
機械的な意匠、左右に伸びる取っ手。そして一対の吊り上がった目のようなユニット。それはどことなく、化け物の頭部に似ていた。
「君には、どっちに見える?」