UA400ありがとうございます!
今回から第2幕、開幕です。廻と一織は教団の謎を解き明かせるのか。
新章も引き続きお楽しみいただけたら幸いです。
次回は早ければ明日、投稿する予定です。
2-1. 黄色い亡霊①
波妃町の中央を、芯を通すように流れる
その上流、波妃町北西部に位置する
しかしこの夜。九重峡谷一帯は異様な雰囲気に包まれていた。
遊歩道に
「――いた。いたよ、霧島さん」
小声で呟く。耳に装着したインカムの向こうからは、彼の雇い主である女性――
『どうやら今回は運が良かったみたいね』
ごうごうと、風がマイクに当たる音の中で、廻の透き通るような声がほんのりと怒気を帯びた。
『……変わり果てた教徒がいたことを“運が良い”だなんて、我ながら最低だわ』
「まあ仕方ないさ。あの日以来の、有益な情報に巡り会える可能性だと割り切ろう」
『ええ……そうね』
強めの風がマイクを叩いたのだろうか。聞こえてきたガリガリとしたノイズに、一織は顔をしかめる。
「てか、大丈夫? もしかして走ってる?」
その割には全然息切れてないけど……と一織は首を傾げた。
『教徒に見つかったのよ、人間の方の。顔は見られていないけど、追われているわ』
「そんなに落ち着いて言うなよ……。大丈夫なのか?」
『目白くんに心配されるほど落ちぶれてはいないわ。けれど、そっちに加勢できそうはない。あなたの方こそ大丈夫なのでしょうね?』
「霧島さんが色々と下調べしてくれたお陰で、迷うこともないと思う。任せてくれて大丈夫」
『そう。期待しているわ』
「期待じゃなくて、応援してて欲しいなあ。美女の応援はいずれ万病に効くようになるってよく――」
バリ! という音と共に風の音すら聞こえなくなった。
「……切っちゃうんだもんなあ」
ため息をつき、耳のインカムをこつこつと指で叩いた。
「まあ」
中腰から立ち上がり、気持ちを切り替えるように伸びをした。その腰には既に、アマゾンズドライバーが装着されている。
「応援は逃したけど、労いの言葉ならまだ可能性あるかな――!」
そうして一織は崖から跳んだ。眼下の木々を飛び越えるように、
《LAMBDA》
遊歩道の向こう、でこぼこの川面に映る、歪んだ月の上に舞い降りるように。
「フーーー…………。―― ア マ ゾ ン っ ! !」
着水の直前で彼の身体は爆裂する。
川面の月はそれを映した水ごと消し飛び、水飛沫は吹き上がったそばから蒸発していく。
真っ白な水蒸気が谷底を包む。遊歩道を彷徨っていた生ける屍の群れは、突如として爆発した川の中央へと視線を向けた。
《 D・D・Dive! To the bottom...! 》
視界を遮る白い壁の向こうで、
『さあ――勝負だ』
彼、アマゾンラムダの双眸が鈍い光を放つ。
『サカタ英会話教室』での探索から1ヶ月間、一織と廻は教団に関わる捜査を続けていた。怪しげな団体を見つけては足を運び、実態を探る。その結果、この1ヶ月で合計3件もの『翡翠の光』由来のペーパーカンパニーを発見した。……発見はしたが、それ以上の成果は得られなかった。
そのいずれもが個人経営の塾やクラブなど、人が集まりやすい形態の団体であり、いずれの施設にも、“台座”が置かれた隠し部屋があった。そしていずれも、既にもぬけの殻であったのだ。
人は既におらず、内装も撤収済み、台座の上に小箱はなく、ゾンビ化した教徒なども配置されていなかった。のらりくらりと、廻たちの捜査の手は紙一重で躱されているかのようだった。
そして今夜。発見した4件目の探索場所である『釣りクラブ・ナガミフィッシング』の集会所へと向かう途中、目的地周辺で蠢くゾンビたちを発見した、というのがことのいきさつである。
教徒たちのローブだけが残された遊歩道の先に、ナガミフィッシングの集会場が佇んでいた。ゾンビを退けたアマゾンラムダは警戒しつつ小屋に侵入する。
『見つけた……!』
屋内は例によって人も物もなにもない状態だったが、隠し部屋への扉はすぐに見つかった。これまで探索してきたいくつかの施設でもそうだった。廻が毎回、見取り図を用意してくれるので、“見取り図にない扉や空間”を探せばすぐに見つかる。物がないということは、その扉を隠す物もないということなので見つけるのは容易だった。
扉を開け、地下へと続くはしごを降りていく。隠し部屋の発見までは今まで通りだ。だが今回はゾンビとの遭遇があり、ゆえに手がかりがまだある可能性が高い。英会話教室で戦ったゾンビがあのプログライズキーを守るために配置されていたのだとしたら、この先にも何かがあるかもしれないのだ。のらりくらりと躱され続けた手が、ようやく教団の尻尾を掴みかけている、そんな実感があった。
『うっ……埃っぽいな』
はしごを降りた先は広々とした空間だった。天井が高くないせいか英会話教室の地下ほど声は響かず、代わりに大量の水が流れる音が壁の向こうから聞こえる。九重峡谷の川がすぐ近くで流れているのだろう。
『あれは……!』
アマゾンとしての視覚が、部屋の奥に鎮座している台座を捉えた。そして天板の上には不気味なほどの存在感を放つ小さな箱。
ラムダは台座に駆け寄り、箱を手に取ってゆっくりと開けた。
『……“フライング・ファルコン”』
マゼンタのコーティングに刻まれた英字を読む。象られた模様はその名の通りハヤブサだろう。間違いなく、一織の知るプログライズキーの一種だと確信した。
そのときだった。
『――困りましたねえ』
『っ!?』
背後からかけられた声。咄嗟に振り返ると、地下空間の半分が灰色の――排気ガスのような蒸気に包まれていた。
『まさかここにきて追いつかれてしまうとは』
続いて、花火が弾けるような破裂音が聞こえ、灰色の蒸気の中を幾筋かの電流が奔り抜ける。
『運が良いのやら悪いのやら、ですねえ』
そして蒸気を裂くようにして、その異形が姿を見せた。
ガスマスクのような造型の頭部に、流線型の黄色いバイザー。
機械的な意匠の施された漆黒の全身装甲には、所々に黄色い模様が差し込まれていて、そのコントラストはまさしく警告色と呼ぶに相応しい威圧感を放っている。
首元から伸びるいくつものパイプは胴体に絡みつくように這っていて、それらの先端からは蒸気が細く排出されている。
『まさかここ1ヶ月、我々のロッジを嗅ぎ回って荒らしていたコソ泥様が、サメの化け物様だったとは』
その異形がガスマスクを傾けて肩をすくめると、右手に握られた大型拳銃のような装置がラムダの目に入った。
『……はは、なるほど? それじゃあこっちも言わせてもらうけど』
ラムダは目の前の異形の右手に警戒を向けつつ、その警告色の全体像――丸い頭部と複数のパイプが形作るシルエットを見て言葉を投げかける。
『ここ1ヶ月、俺の捜査を逃れるように箱を回収していたのはあんたなんだな。……タコの化け物様?』
『“イエローガイスト”。私の名は“イエローガイスト”です。さて――』
『悪いけどプログライズキーを渡すつもりはないよ。お引き取り願おうか』
イエローガイストと名乗ったタコの怪人は不思議そうに首を傾げる。バイザーの奥では、小さな丸い両目が淡々と光っていた。
『こちらがわざわざ名乗って差し上げたのだ。このようなときは名乗り返すのが礼儀だと教わらなかったのですか?』
『ははっ』
ラムダは小馬鹿にしたように笑い飛ばした。イエローガイストの指先がゆっくりと引き金に向かっていくのを見ながら、両腕を構える。
『俺がその手に乗るのは、クールな美女に年齢を明かすときだけだよ』
蹴られた床が砕ける音と、重たい銃声が響いたのは同時。