仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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こんばんは。

かれこれ3話くらいかけて鈴ちゃんパートを小出しにしてきましたが、もともとは全部合わせて1話ぶんでした。そしてまあ色々ありまして現在の形に落ち着いたと。

そんな鈴ちゃんパートもそろそろ一区切りになるかも…!






2-5. オグロとメジロ

 

 

「おいしい……」

 

 ナンの切れ端を一口頬張り、鈴は思わずそう呟いた。テーブルの上には香辛料香るカレーの皿と、開いた社会科の資料集に匹敵する大きさのナンが置かれている。

 

 18時前ということもあり、インドカレー屋の店内に他の客はいなかった。

 人がいる空間そのものを忌避する鈴にとってはありがたかったが、今の鈴にはそれよりも重大な問題がある。

 

「おいしいよね。俺もすっかりここのファンだよ」

「あ、はいっ」

 

 対面にて同じようにナンを頬張る男性。『目白一織』と名乗ってくれた彼こそ、1ヶ月前に鈴を助けた“サメのお兄さん”その人である。

 

「(ど、どうしよう! なんか勢いで『ご一緒します』なんて言っちゃったけど、お父さん以外の大人の男の人とご飯食べるなんて初めてだよ私! ナン食べてていいのかな、ナンか喋った方がいいよね絶対! でもファッション陽キャ時代の経験ナンて当てになる!? ならないよね!? だって大人の男の人だよ!? クラスの男子なんかとは、この世の終わりみたいなバンド名のあいつとはワケが違うんだよ!? あああ思い出したら寒気がしてきた背中が背中がああ――)」

「小黒さん、大丈夫?」

「ぴっ――!?」

 

 心配そうなまなざしを向けられた鈴は咄嗟に、

「だ、大丈夫です」

 と応えながらも、

「(“小黒”+“さん”の呼び方ってあの激イタバンド男子と同じでなんか嫌だな……)」

 と思案し、

「あの。……す、鈴でいいです」

 と付け足した。脳内とお(くち)の流れるような連携。若干どもりながらではあるものの、ファッション陽キャ時代に会得した技能はまだ生きているようだ。

 

「ん、わかった。じゃあ(すず)さんで」

 

 だが一織にさらりと返されると、急激に冷静になっていく。

 

「(あれ? なんか私いま年上の男性にアプローチしてるみたいになってる!? なってないよね!?)」

 

 そうして再び脳内の混沌が極まるのだった。

 そんな彼女の様子を見守っていた一織はくすりと笑うと、その声色を少しだけ落とす。

 

「ところでさ。そこの路地に来てたのって……やっぱり先月のことがトラウマになってたり、とか、そんな感じなのかな?」

「あ……」

 

 鈴はばつが悪そうに目を逸らすと、水を一口飲んで答えた。

 

「はい……というか。当たらずも遠からずと言いますか」

「まさかとは思うけど、今もまだ何者かに狙われている、とか?」

「いえ、そうではなく! なんというか……」

 

 自分で自分を落ち着かせるように両手を組む。眼鏡の奥の瞳が小さく震えた。

 

「あの時のことを忘れられないのはほんとです。でも、ひどいトラウマってわけでもなく、また襲われたとかでもなく。……い、一織さんと、あの女の人のおかげで、私の日常はあの日以前と変わりません。ただ――」

 

 鈴の日常は変わらなかった。あまりにも変わらなすぎた。

 

「ただ、なんだか不安で。今まで通りの日常を、今まで通り受け入れる自分がなんかこう、嫌で。あんなことがあったのに、私は変わらないままでいいのかなって」

 

 幸せな日々、素晴らしき日常に戻ることができたと言えばそうだろう。しかし彼女にとってのそれは既に幸せでも素晴らしくもない、カルキ抜きした水しか入っていない水槽のようなもの。

 

「私は、変えたい。変わりたい、のかも……」

 

 ぽつりと零す鈴を見ながら、一織はナンを一切れ口に入れる。

 

「……そうか」

「あ、うぁ! ご、ごめんなさい私わけの分からないことを……」

「んー、実際、鈴さんの悩みは俺には分からない。俺と君は別の人間なわけだしな」

 

 ただ――と一織は口元を拭きながら続ける。

 

「“変わらないままでいいのか”って、そう思ってる時点でちょっとは変われているんじゃない?」

「え?」

「だって、前まではそんなこと疑問にも思わなかったんでしょ?」

「あ……」

 

 ぽかんと口を開ける鈴。胸の奥がほんの少しほぐれるような、心臓にずっと刺さっていたトゲが一本抜けるような感覚がした。

 

「まあ、色々やってみたらいいんじゃない? 高校生なんだし、イベントごとには事欠かないでしょ。どこか遊びに誘われたりとか、ないの?」

「え“っ。いや、ちょうど今日ライブのチラシもらったけど……あれは絶対行かないし」

「おおーいいじゃんライブ。高校生バンドかな? 青春っぽくていいね」

「よくないです……」

「行ってみないの? 日常を変えるヒントがあるかも」

「む、むむむむりです日常が変わるどころか私のメンタルが砕け散ります! 風邪引いたことにして断りたいくらいです! 木曜日の午後くらいから早退を繰り返せば自然に風邪を演出できるはず……!」

「いやいやそこまでする!? そんな徹底した仮病の演出なんて――ん?」

 

 ふと考え込む一織。

 

「あ、あああっ。ごめんなさい私また変なことを! ……あ、あの? 一織さん?」

「ん、あ、ごめん。なんでもない。……まあ、鈴さんが思うようにやってみていいんじゃないかな。徹底して仮病するのも思い切って観に行ってみるのも、なにもしないよりはマシってね」

「う、うう……。でも、どっちに舵を切るにしても失敗したらと思うと……。い、一織さんみたいな大人なら、的確な決断ができるでしょうけど」

「はははっ。自慢じゃないけど、俺はここ30分でふたつ、失敗をしてるぞ」

「ええっ」

 

 インドカレー屋の前でふたりが会ったのが、だいたい20分前のはずだ。

 

「ひとつは鈴さんと会う直前。去り際を見誤って他人の聞かなくて良い話を聞いてしまったこと」

「は、はあ……」

 

 鈴としてはその話はちんぷんかんぷんだが、どちらかというともうひとつの方、口ぶりからして鈴と会った後に起きたのだという失敗が気になる。

 

「で、もうひとつは」

「もうひとつは……?」

「――道ばたの女子高生に声を掛けて、店に連れ込んでしまったことだ」

「へ……?」

「完全に何気なく誘ったつもりだったんだけど、よくよく考えたら成人男性が軽々しくやって良いことじゃない。字面も絵面も最低だ。文字に起こしてSNSに流すだけで俺は社会的に終了するだろう」

 

 淡々と述べる彼の声は若干震えていた。

 

「ここがインドカレー屋じゃなくて、こう、バーとかだったらもっとアウトだった。実はこのことにさっき気付いてな、それ以降ナンの味がしないんだ……。だから何と言うか……すみませんでした。どうか通報するのだけは、何卒……」

 

 深々と頭を下げる一織。それを見た鈴は、

 

「ふ――ふふっ! あはっは、は、ふふふっ」

 

 声を上げて笑った。笑い慣れていないような、不格好で、とても温かな笑い声だった。

 

「大丈夫ですよ! い、ひひっ。一織さん、気にしすぎです」

「ほんと? SNSでお気持ち表明とかしない?」

「しませんしません! ふ、くくくくっ……」

 

 お腹に手を当てて肩を震わせる鈴。一織はほっとしたようにため息をついた。

 

「助かるよ、鈴さん。……まあそういうわけで、失敗しないようにしていたつもりでも、どうしたってやらかすときはあるんだよね。しかもそういう失敗って、だいたい一手遅れたから気付くんだ」

 

 通話を切ってから言いたかったことを思い出すように。

 朝、玄関の鍵をかけてから忘れ物に気付くように。

 大きな陰謀に流されていたという事実を、人間を捨ててから知るように。

 

「でもそういう失敗は、案外なんとかなったりする。生きてさえいればね」

 

 次に会ったときに言えばいい。

 もう一度鍵を開けて取りに行けばいい。

 人間を捨てても、“自分”を捨てなければいい。

 

 生きてさえいれば、どうとでも挽回できるのだ。

 

「まあ、鈴さんの対応次第で、俺は社会的な死を迎えるところだったんだが……」

「だから大丈夫ですって。一織さんの言いたいことは伝わりました。……わ、私も、そういう風に考えられるように、なりたいです」

「失敗を恐れるなってわけじゃないんだけどね。失敗しないに越したことなんてないし、誰だって嫌だよね」

「あ、あの。一織さんは、目の前の失敗が怖くなったときって、ど、どうしてますか……?」

「どう、とは?」

「なんか、その……。勇気、の出し方とか?」

「勇気かあ……」

 

 一織は顎に指を当てて考える。

 

「効果だけ考えるなら、誰かに応援してもらうとか、労ってもらうとかかな? それが憎からず思っている相手ならなお良しだ。自己肯定感という名のテンションが、手軽に上がる」

「ぐ、ふっ」

 

 心の中で『そんなツテないです』とうなだれる鈴。

 

「でもそんな都合のいい誰かなんてそうそういないし、言ってくれるとも限らないから……」

「おお……!」

 

 顔を上げ、期待のまなざしを向けるが、

 

「趣味とかかなあ」

「趣味、ですか……」

 

 鈴は再び、心の中で肩を落とした。彼女にも趣味はあるが、それは既に“日常”の中で形骸化してしまっている。色あせた現実の人間関係の中では誰にも注目されず、認められず、褒められず。純粋に楽しくてやっていたのは、もうかなり前になる。

 

 そんな鈴の気持ちを知るはずもなく、一織は楽しそうに話を続けた。

 

「ちなみに俺の趣味は漫画集めなんだ。単行本集めるのももちろんだけど、最近はイラスト投稿サイトで読めるweb漫画もよく読んでてさ。それで特にハマってるのが――」

 

 一織がスマホを取り出し、お気に入り登録しているとあるアカウントのページを見せると、

 

「この『エラエラ』っていうラブコメなんだよね」

「え――」

 

 鈴の思考が停止した。

 

「あ、今のは略称で、ほんとのタイトルは『エラ呼吸っ娘がどエラい日常を送るだけの話』。これで『エラエラ』ね。で、この漫画がまーあ面白いのなんの! 主人公の『らぶか』っていう女の子は深海に住むサメなんだけど、ひょんなことから人間の姿になってしまって、正体を隠して海辺の街の高校に通うことになるんだよね。あ、『らぶか』っていうのはひらがなの『らぶ』に簡単な方の『花』って書いて『らぶ花』って呼ぶの。可愛いよね。で、基本的にはギャグ満載のラブコメなんだけど所々にめっちゃシリアスな回が挟まるんだよ! これがほんっと――」

 

 某家出セレブ相手に語れなかった鬱憤を晴らすかのようにまくしたてる一織。

 

「――だから魅せ方って言うのかな、描写の緩急の付け方がもう天才的にうまくて、まじでのめり込めるしめっちゃ泣ける。まだ書籍化とかはしてないけど今後絶対伸びるね。あとこの途中から出てくる『エイ児』っていう謎の少年が――」

 

 そんな彼の姿を目の当たりにした彼女――女子高生・小黒鈴は、

 

「(……え)」

 

 趣味で始めたイラスト投稿アカウント『*Ring-rin(リンリン)*』の中の人は、

 

「(…………え?)」

 

 サイト内フォロワー数1023人の若きクリエイターは、

 

「(………………えっ!?)」

 

 たまに送られる顔のないコメントに飽き飽きしていた『エラエラ』作者は、

 

「(――ぇぇぇぇぇぇえええええええええ!? なにそれなにそれうっっっっわああああああァァァァァあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!? めっちゃ褒めてくれるゥーーーうれしいっうれしいッう"れ"し"い"いぃぃぃぃぃ!! やったァァァァわたし最強おおおおおおーーー!!)」

 

 初めての(強火の)生感想を浴びてオーバーロードを起こし、ぶち上がった自己肯定感という名のテンションが大量の脳汁を分泌、汁まみれになったすべての脳細胞が輝くように覚醒し――最強へと至った。数分前まで勇気の出し方を知らなかった彼女は、勇気そのものとなったのだ。

 

 ちなみにこの日の深夜、エラエラは立て続けに3話更新されて急展開を迎え、それを読んだ一織が誰も知らないところで涙を流したり『*Ring-rin*』のフォロワーが200人ほど増えたりしたのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

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