こんばんは。第1話から超長くなったので分割投稿しています。
本作の主人公ライダーは「開店準備編」の後半にて変身予定です。お楽しみに。
※10/25 一部、改行等のレイアウトの整理を行いました。
1-1. 開店準備①
6月初旬。
「あっつ……」
校舎本館4階、2年5組の教室から出てきた彼女の名は
セミロングの黒髪、大きな黒縁眼鏡。色気のないボストンバッグ。今をときめくJKと呼ぶには地味めと言わざるを得ない風貌の彼女だが、その実、
「は~~~やっとテスト終わった! 数学むずすぎっしょ!」「まじ疲れたんだけど~。帰りカラオケいかね?」「いこいこ!」「ウェーーーイ」
「……」
背後の教室で、テスト終わりで疲れている時にこんなバカテンションではしゃげる人間の気が知れないと思っているわけで、
「……おさき」
「きゃ~~~~!? それマ!? 美加マジぱねえんだけど!!」「でっしょ~~!」
共同体に対する最低限の礼儀のつもりで放った挨拶も当然のように無視されてしまうわけで、
「あ、ちょ、まってまって、小黒さん!」
「……糸巻くん?」
「ああ、えっと、テストお疲れ! 俺たちこのあと、駅前に遊びに行こうと思ってるんだけどさ。ほら、女子組も一緒に! よければ小黒さんも一緒に、どう、かな?」
一応、このように構ってくれる男子こそいるわけだけれども、
「えと、ごめんね糸巻くん。私、用事があるから」
用事を咄嗟に生成するくらいには人と関わることを煩わしく思っているわけで、
「あ~~……そっか。こっちこそゴメンね、無理に誘って。良かったら今度――」
「ううんありがとう。テストお疲れ様。また明日」
さくさくと会話を終わらせて教室を出て行き、背後の微妙な空気に一抹の罪悪感を覚えつつもほっとしてしまうくらいには、彼女は高校生活を惰性で過ごしている。
小黒鈴は陰キャである。
高校進学したてのころは、ちょっと頑張っていた。周囲にテンションを合わせ、話を合わせ、明るくキラキラしたJKになろうとしていた。しかし元来の性分は容易に隠せるものではない。だんだんボロが出始めて、ズレが目立ち始めて、鈴本人もなんだかもう頑張るのめんどくさくなってしまって、今に至る。なまじ陽のフリをしていた実績がある分、最初から甘んじて陰キャだった層にも馴染めず、なんならその層よりも教室内カーストは低くなってしまった。当の本人がもう達観の境地に達していることが不幸中の幸いと言えるだろうか。
ともあれ、中間試験が今日で終わりという事実は鈴の心を幾分か軽くしていた。
「お腹、そんなに空いてないな」
昇降口で革靴に履き替え、腕時計を確認する。正午を少し回ったところだ。今日は昼休みもない午前中日程。テストから解放された生徒はきっと各々街へ繰り出し、先生方は採点作業に勤しむのだろう。鈴も今日は帰りにどこかで外食してくる予定だったのだが、食欲が微妙に湧いていない。午前中散々酷使された脳味噌が、微分積分モードから戻っていないのかもしれない。
「んー……抜く。のはまずいかなあ。軽くでいっか」
ファストフードとかでちょうど良いのかもしれない、と思案する鈴。しかし学校最寄りのバーガーショップはテスト終わりの
「はあ、ほんと。……暑いなあもう」
少し歩き、鈴が向かったのは駅前とは逆方向。港湾区の大通りである。ここは鈴にとっての穴場で、学校の生徒たちは比較的少ない割に、飲食店はそこそこ充実している。ゲームセンターなどの遊び場こそないが、彼女にとってはないほうがありがたい。むしろ、駅前に比べてすっきりとした町並みは歩いているだけで荒んだ心を癒やしてくれるとさえ感じる。鈴はそのまま、よく利用するダイニングカフェへと入店し、
「うっ」
若干、後悔する。
「今日に限って混んでるとか、やめてよね……」
お昼時ということもあってかそれなりに席が埋まっていた。待ち時間はないものの鈴にとっては苦痛になるほどの賑やかさが店内に満ちている。そして一度入店し、店員さんが今まさにお席にご案内しようとしている段階まで来て、退店する胆力など鈴は持ち合わせていない。
「あ、えと……。これと、これで」
「はいっ! フライドポテト&ナゲットがおひとつ。アイスコーヒーがおひとつ。以上でよろしいですか?」
「あ、はい」
「ごゆっくりどうぞ!」
注文するだけで疲れが増した気がした。落ち着ける壁際の席なんて夢のまた夢。店内中程の仕切りに沿った、四人がけテーブルに挟まれた二人がけの席という、陰キャにとって地獄のような場所に案内され、いつもより当てつけキラキラ度の高い(ように思えた)店員に注文を取られた。
「――ちょっと待って。話が違うわよ」
おまけに左隣のテーブルのカップルめいた二人組が痴話喧嘩っぽい雰囲気になり、鈴は心の中で大きなため息をついた。
「(あー……、だめだな。今日は世界が私に厳しい日だ。反動でテストの結果は良くなってると信じよう……)」
絶望に打ちひしがれた鈴は顔を伏せ、足下に置いたボストンバッグからイヤホンを取り出し、耳に付ける。スマホをぽこぽこといじると、一昔前のアニメの主題歌が横の痴話喧嘩もろとも喧噪をかき消してくれる。視界もスマホ画面に映るSNSに集中し、小黒鈴はそっと自分の世界を閉じるのだった。
* *
「――ちょっと待って。話が違うわよ」
さて、そんな限界女子高生の隣で今まさに痴話喧嘩っぽい雰囲気になった、カップルめいた男女。
「ここまできて隠し事なんて、流石にタチが悪いわ」
彼女の名は
「いやまあ気持ちはわからなくもないけど、これが事実だしなあ。俺の知っていることは、今話したことで全部だよ。これ以上はない」
彼の名は
「……”アマゾン細胞”、って言ったわね?」
額を押さえ、上目遣いで対面の男を睨む廻。対する一織は頬張ったハンバーグを飲み込み、お冷やも一口すする余裕の表情で返答する。
「うん、アマゾン細胞。人の手で創られた化け物、ってところかな。俺は人体実験を受けてその細胞を移植され、“アマゾン”となった元・人間」
「あなたは自身に人体実験をした組織を探すうちに、とある団体に行き着いて――」
「その団体と関わりがあるかもしれなかった『サカタ英会話教室』に辿り着いた。とまあ改めてまとめるとそんな感じ。張り込み4日目でいい加減辞めようかなとか思ってた所に、銃声が聞こえたから突っ込んでみたのが昨夜の話」
廻は腕を組み、くいくいと頷きながら目を伏せる。
「……あの銃、消音器をつけていたはずなのだけれど?」
「どうやらアマゾンってのは人間より耳が良いみたいだな。っと、ごちそうさまでした」
ハンバーグを食べ終えた一織は紙ナプキンで口元を拭きながら、何も置かれていない対面を見やる。
「本当に何も頼まなくて大丈夫だったのか?」
「ええ、……食事は済ませてきたから」
「今からでもドリンクバー頼む?」
「結構よ。このお店、ワンオーダー強制ではないでしょう?」
そうだけど、と一織は苦笑い。なんだか店側に申し訳なくなってくるが、一織自身がハンバーグにサラダとそこそこ注文していたため、冷やかし感は薄れていると信じたい。
「てか申し訳なかったな。再集合をお昼にしてもらった上に、俺が勝手に店も選んじゃって。霧島さん食事済ませてきてたのなら、もっと別の場所にすれば良かった」
「……構わないわ。大事なバイトの面接前日に、健気に張り込みをしているのもどうかと思うけれど」
「でもお陰で何やら事態に精通していそうな霧島さんに出会えたわけだし。まあ俺の方は、霧島さんのご期待に添えなかったみたいだけどな」
「本当にそうね」
「あ、やっぱそうなのか。そうズバッと言われると申し訳なさが――」
「ねえ」
廻が静かに放った圧に、一織は口をつぐんだ。
「あなたよりもよっぽど事態に精通している身として言わせてもらうわ。……あなたはことの重大さを理解していない」
「……ほう」
「アマゾンだのアマゾン細胞だのは、正直わたしにも見当が付かない。初耳ですもの。でも確かなことは、あなたも渦中の存在ということよ。人知を超えた技術を扱う団体――」
廻は一瞬、警戒するように周囲を見渡してから、小声で続ける。
「――『
「やっぱ……その名前が出てくるわけか」
「流石に知っていたのね」
「名前だけはな。詳しいことはさっぱりだが、まあヤバいことに巻き込まれているなってのはわかる」
「わかっていないわ」
廻の語気が強くなる。
「正確な数値は分からないけれど、奴らの規模と影響力は相当よ。いつ、どこで、奴らの情報網に引っかかるかわからない。わたしたちがこうして会っている時点で既にリスクが発生しているの。……店内がこれだけ賑やかで、隣の女子高生がイヤホンをしているからこそ、この声量でギリギリ成立しているのよ」
「お、おう……、それはまたずいぶんシビアな」
それなのに、と廻は短くため息をついた。
「なんなの、あなたは? 待たせちゃっただの、店を勝手に選んじゃっただの。ナンパでもしているつもりだったのかしら?」
「いや、悪かったけど。付いてくる方も付いてくる方じゃないか?」
「店内の賑やかさが密会に適していると判断しただけよ」
ええ……と一織は再び苦笑いし、おどけたように肩をすくめた。
「まあ俺は昼飯とれたからありがたかったけどさ」
「そういうところだと言っているの。緊張感がなさすぎる。そもそも禄に情報も掴んでいない段階で英会話教室に突撃する? 最低でも教団関係者14人に目撃されているわよ、あなたの変身後の姿。しかも派手に器物損壊して、警察にも目を付けられたら教団どころじゃなくなるわよ?」
「変身前を見られるよりよっぽどマシだろ――って、助けられておいてそれ言う!? 霧島さんだって結局捕まりそうになってたし、颯爽と去ろうとした俺をわざわざ呼び止めたりなんかしちゃってさ!」
「呼び止めてない」
「あのときの霧島さんの縋るような目線は――」
「縋ってない!」
「おまたせいたしましたー!」
「「っ!?」」
店員の登場に、ヒートアップしかけていた一織と廻は動きを止めた。
「フライドポテト&ナゲットになります」
どうやら隣の席に注文が届いたらしい。女子高生はイヤホンをしたままポテトをもそもそと食べ始めるが、彼女の全身からは居心地悪いオーラがこれでもかと漂ってくる。
「最後の方、聞こえてたかもな……」
「……」
ふたりはそわそわと居住まいを正した。一織が口を付けたお冷やはもうぬるくなっている。
「少し席を外すわね……」
「お、おう」
廻は足元に置いていたやたらとデカいバッグからメイクポーチのようなものを取り出し、そそくさとお手洗いに引っ込んでいった。