分割投稿その2です。
前回、一応メインキャラクターたちが揃い踏みとなりました。
何かを知っている女・廻と、実は事態をあまり知らない一織。姿の見えない”敵”も少しずつ動き始めます。
※10/25 一部、改行等のレイアウトの整理を行いました。
「――なんなの、あのふわふわ男」
苛立たしげに個室に入った廻は鍵を閉めるとスマホを開いた。メイクポーチから取り出したのはUSBメモリのようなデバイス。彼女はそれをスマホに差し込むと、画面に表示されたテキストボックスに文字を入れていく。
「(『アマゾン』……ヒットなし。『アマゾン細胞』……ヒットなし)」
眉をひそめながらも、目白一織という男が口走っていたことを思い出す。
「(人の手で創られた化け物、と言っていた……。状況的に考えても、彼に人体実験を施した団体が製造した技術のはず。でも……)」
スマホに差したデバイスの側面、小さなLEDランプが点滅しているのは正常に機能している証だ。
「(“これ”で引っかからないとなるとよほど機密性が高いのか……それとも)」
デバイスを外すと、通常の検索エンジンの画面が戻ってくる。ネットニュース欄には、『西区の英会話教室に強盗か?』というタイトルの記事が表示されていた。サムネイルには、ツタの張った古い建物の、窓の割られた上階の遠景が使われていた。
「(それとも……やっぱり、“存在しない技術”によるものなのか)」
スマホとポーチを仕舞い、右手で髪を軽く撫でた。いくらか冷静な思考が戻ってきたように感じる。
「やっぱりあの男……。性格はともかく、届くかもしれない。わたしがたどり着けなかった教団の深淵に……!」
個室を出る廻。
席に戻ると、今度は再びイライラを取り戻すことになる。
「あ、おかえんなさい」
ふわふわ男こと目白一織は、いつの間にか注文していたティラミスを頬張りながら片手を上げた。その態度の時点で廻には一抹のイライラが灯ったのだが、そんなことよりも確かめなくてはならないことがある。
「……そっちにいた女子高生は?」
「ん? さっき会計済ませて出てったよ。悪いことしちゃったなあ、よほど居心地悪かったんだろうなあ」
「……」
廻は未だにポテト&ナゲットの空き皿の載るテーブルの下から、大きなボストンバッグを拾い上げた。
「あれ、それもしかしてあの女子高生ちゃんの忘れも……って、ちょ! 勝手に開けるのはまずいでしょ!?」
「わたしのバッグは!?」
「へ?」
廻の手にはどこかの高校指定のジャージが握られている。一織は両目を隠した指の隙間から彼女の顔色を覗った。
「……霧島さんのバッグ?」
「間違って持って行かれたんだわ」
「まじかよ、そんなことほんとにあるんだ」
「どうして見ていなかったの!?」
「いやだってどっちも床に置いてあったしそんなのいちいち――」
一織の弁明を最後まで聞かずに、廻はバッグを持ったまま店を出て行く。
「え、ちょ、霧島さん!? ……はあ? んだよもー!」
急いで会計を済ませ店を出ると、歩道で周囲を見渡す廻を見つけた。通りの左右を見やったが、女子高生の姿はない。
「まあ退店してから結構経つしな……。ごめん霧島さん、俺がちゃんと見ていれば、ってちょっと!」
早足で歩き出す廻に小走りで追いつく。
「えと、交番なら――」
「交番には絶対行っちゃだめ」
「は?」
「わたしのバッグには、昨日あの場所から盗み出したあるものが入っているの」
「それって教団の……?」
「ええ、このままではあの子が危ない」
「危ないったって、そんな――」
「もういいわよ!」
勢いよく振り返る廻に
「本当に知らないのね、何も! 奴らの情報力、行動力、残虐さ! 奴らの目はどこにでもある! あれを今持っているのがあの子だと知られたら、奴らは手段を選ばずに取り戻しにくるのよ!」
「なんだって……?」
「あなたなら、もしかしたら、って思っていたのに……! 踏み越える覚悟がないなら首を突っ込んでこないで! わたしに……無駄な期待を――!」
「……?」
廻は黙り込み、視線を下げた。その瞳に先ほどの鋭さはなく、寂しさとか怯えなんかとも違う弱々しさ。……疲れのようなものを、一織は見た気がした。
* *
同時刻。
「なに、これ」
波妃町西区住宅街、小黒鈴は自宅の部屋でバッグを開き、首を傾げていた。
「あ、あれ……?」
ダイニングカフェから帰る道中、なんとなく重いような気はしていた。色々ありすぎて疲れているのかと思っていたが、正真正銘、物理的に重いだけだったのだと理解する。バッグの中にはジャージと参考書が入っているはずが、ジャージの代わりに女性ものではあるもののまったく見覚えのない着替え、参考書の代わりにジャンルのバラバラな大量の書籍が入っていた。さらに、奥から出てきたのは星のマークがついたものものしい小箱。
慌ててバッグの外側を確認した。同じメーカーで、見慣れたロゴマークのついたバッグだが、自分のものではない。マークの欠けや、チャックのすり減りなど、普段使っているからこそ分かる違いが、今更のように見えてくる。
「同じ見た目だから間違えて持ってきちゃったとか……? そんな映画みたいなこと、一体どこで――、あっ」
心当たりはあった。学校でこんな色気のないバッグを使っている女子高生は自分だけだし、それ以降でバッグを手放したのはあのダイニングカフェでしかない。そしてそのカフェでは、痴話喧嘩の真横とかいう地獄スポットから一刻も早く離れるために相当急いでいた。一人寂しく席に残された男の方をなるべく見ないようにして、バッグを担いで出てきたのだ。心当たりどころか、それしかなかった。
「はあ……最悪。もうほんと……!」
取り出した衣類やら書籍やら小箱やらを急いでバッグに戻し、肩にかけて部屋を出る。
「えーっと……これを店に預ける。同じカバンの忘れ物がないか聞く。あ、こういうのって中身言い当てないと返してもらえないんだっけ……えとジャージと……参考書と……。もう、めんどくさい! 最悪! もう~~~~!」
鈴は悲鳴のような悪態をつきながら玄関を飛び出し、日も傾いていない夕方の歩道を走りだす。
平日のこの時間、家に両親はいない。住宅街に人通りもない。
小黒鈴と、彼女の抱えるバッグに向けられた視線に、鈴自身は気付かない。
* *
「ごめんなさい」
日も傾かない初夏の夕方、生暖かい風に髪をなびかせながら、霧島廻はそう告げた。
「無駄な期待、を、勝手にしたのはわたし。勝手に期待をしておいて、外れたから非難するなんて……我ながら理不尽にも程があったわ」
「霧島さん……?」
「そもそも、そんな大事なバッグを置いたまま席を外すなんてどうかしてる。しかも持って行かれたのをあなたのせいにした。……普段はそんなミスしないのに。なんででしょうね」
なびいた髪が彼女の顔を隠し、一織から廻の表情は見えない。
「謝罪するわ、目白一織くん。巻き込んでしまってごめんなさい。今日話したことはできる限り忘れて、今後も奴らに関わるのなら細心の注意を払うことをおすすめするわ」
表情の見えないまま、廻は踵を返した。女子高生のものだったボストンバッグを肩にかけ直すと、石畳の歩道を歩き出す。
「じゃあ、さようなら」
これは自分が始めたことだ、と廻は自分に言い聞かせた。誰も巻き込めないし、巻き込んではいけない。謎の力を持つ目白一織も、あの女子高生も。
「待ってくれ霧島さん。あの女子高生を助けにでも行くつもり!?」
背後から小走りで近寄ってくる気配を感じる。廻は振り返らずに答えた。
「止めても無駄よ」
そう。誰も巻き込むわけにはいかないが、かといって引き下がる選択肢もない。自分の事情に巻き込んで良いのは、自分自身だけだ。既に覚悟はしていたはずだった。
「止めやしないよ」
しかし、かけられた言葉は意外なものだった。
「……え?」
立ち止まり、振り返る。目白一織と目が合う。緊張感のない瞳が、ほんの少しだけ引き締まっているように見える。
「俺みたいな外野に、止める権利なんてあると思うか?」
おどけて手をひらひらさせる彼。しかしすぐに廻へと向き直り、覗き込むように身をかがめてきた。
「とんでもない情報網を持つ教団が、霧島さんのバッグを持った女子高生ちゃんを見つけるのは時間の問題、そうでしょう?」
「え、ええ。そうだけれど……」
「一方、俺たちは女子高生ちゃんを見失っている。時間をかけて調査する暇もない。教団が彼女を捕らえるより先に、こちらから見つける方法が果たしてあるのか」
彼女はどちらの知り合いでもない。制服などから学校を調べることも、それを元に行動範囲を調べることもできなくはないだろうが、恐らく数日は時間が掛かる。その間に教団は彼女を捕捉し、廻の戦果が水の泡になるどころか尊い命が奪われかねない。
「それは――」
「
「……!」
廻の反応を見て、一織は得意げに口角を上げた。
「とっくに覚悟決めてて、行動の見通しも立てているような人を止めるなんて無粋な真似はしないよ。でも、俺が心配したのはその先のことだ。教団の追跡に追いついた後、どうやって彼女を助ける?」
「何が言いたいの……?」
「そのコートの内ポケット。ご自慢の消音器つきの銃だけど、それって人に向けるときに手加減できたりする?」
「まさか……」
「俺ならできるよ、手加減。しかも銃痕なんて残さないしね。霧島さんは昨日の事件現場で既に発砲してるし、かなりやりづらいんじゃないかな。……警察に目を付けられたら、教団どころじゃなくなるんでしょ?」
一織がショルダーバッグをかけ直すと、中からガシャリと音がした。そこには例のベルト。彼を異形の化け物に変身させるあの装置が入っているのだろう。
「……期待、していいのね」
「期待はしないで欲しいかな。ただひとまずは……信じてくれて良いと思う」