こんばんは。イチゴころころです。
最近、前書きを書かずにその内容を後書きに回そうかと悩み中です。
もしかしたら次回からそうなるかもしれませんし、「やっぱ違うな」となったら戻るかもしれません。
どう転ぶにせよ温かい目で見守っていただきたく存じます……!
小黒鈴は
「あ、あれ……私……」
「鈴さん、目が覚めたか」
肘掛けの上に置かれていた自身の眼鏡をかけると、隣のテーブル席に腰掛ける一織と目が合った。彼の片手にはゼリー飲料が握られていて、顔色にはやや疲れが見える。
「大丈夫? 具合、悪くない?」
「大丈夫です……。あれ……? 私、ゾンビから逃げてて……」
「バイクで逃げてるときに気を失ったんだ、霧島さんの後ろで。そのままバイクに乗せて戻ってきた」
「ま、まじですか……。うぅ、ほんとごめんなさい軟弱陰キャで……」
「いいのよ」
廻は窓際の席に座っていた。彼女は何をするでもなく、窓の外をぼうっと眺めている。
「何にせよ、怪我がなくて良かったわ」
「廻さん……あ、ありがとうございます。って、あ!」
鈴の視界の端、バーカウンターの手前には、救急箱をいじるワイシャツ姿の優男がいた。
「ほ、本城さぁん! よかった、よかったですっ。私、てっきりゾンビのお仲間さんになったものだと……!」
「あはは……ご心配には及びませんよ、小黒様。これも別に噛まれたわけではありませんし」
にこやかに微笑み、包帯の巻かれた片腕をさする本城。ほっとする鈴の横で、一織が口を開く。
「撤退の途中でひょっこり合流できてね。俺としてもよかったよ。こっちから探しに行く余裕、さすがになかったし」
「ええ。……幸運、でございました」
「てかさ、本城さん。その傷って……」
「おや、いかがしましたか? 大した傷ではありませんが」
「いや……」
言葉に詰まる一織。鈴が心配そうに視線を送ると、彼は「いや、なんでもない」と言ってゼリー飲料を飲み干した。
「大した傷じゃないならいいんだ。そもそも噛まれて感染するタイプかどうかも怪しいしな」
「ふふ、左様ですね」
「人工ウイルスとかじゃ、ないらしいですしね……」
一織は懐から2本目のゼリー飲料を取り出し、そのキャップを捻った。ぱきぱきという甲高い音が静まりかえったホールに響く。
「まあ、ありがたいことに全員生きて帰ってこられた。状況を整理したい。……いいね、霧島さん?」
「……そうね」
「(あれ……なんか……)」
思い出したように足元のリュックを拾い上げる廻と、普段ほとんど口にしないゼリー飲料を咥える一織。それを見た鈴は小さく眉をひそめたが、そんな彼女に構わずミーティングは始まった。
「あらましは通信機越しに聞こえていたと思うけれど、結果から言うのなら司祭は逃がしたわ。というより、逃げてきたのはわたしたちの方だけれど」
「でも、見ての通りクトゥルフは復活してないし世界もとりあえず無事ではある。予め決めていた“最低限”は達成できたからね。もともと情報も少ない中、教授がレイダー化してイエローガイストまで出張ってきたあの状況にしては上出来も上出来だろう。ただ、まあ……」
語尾を濁す一織と目を細める廻。時が凍り付いたような静寂が広がりかけ――鈴の上ずった声がそれを破る。
「あ、あの! 一旦は邪神復活を阻止できたみたいですけど……その、司祭とイエローガイストは健在、なんですよね……? 大丈夫、でしょうか……?」
「……鈴さんの言うとおりだ。一応、重要そうなアイテムを奪うことには成功したけど、あいつら妙に余裕そうだったしな。またすぐに動き出しても不思議じゃない」
「できるだけ早く奴らの潜伏先を見つけ出して、こちらから仕掛けるつもりでいた方が良さそうね。何日かかるかわからないけれど……必ず見つけ出すわ。もうこれ以上、後手のままではいられないもの」
「左様ですね。私も、私の本職関連のツテを当たってみることに致します。波妃町
「情報戦の方はふたりに頼りっぱなしになるな……すまないけど、よろしく頼むよ」
鈴は膝の上で拳を握った。手のひらが手汗で湿っているのが分かる。
廻の情報収集力は本物だ。それに加えて今は『銀の鍵』の残留データもある。本城の協力もあるなら、きっと数日のうちに司祭の潜伏先を割り出すことだろう。
「(そこで、本当の決着になる、ってことだよね……)」
恐らく教団側も何らかのアクションを起こすはず。そしてそのアクションは『クトゥルフ復活の悲願』に直結するものだろう。その先にあるのは世界の破滅。一織と廻が教団を倒すか、旧支配者が世界を滅ぼすか。その大一番がすぐそこまで迫っているということだ。
「(でも、なんだか……)」
「鈴さん?」
「ぴゃいっ!? なんでしょうか一織さん!?」
「わっと……。いや、鈴さんはどうしたいのかなって思って。明日からまた1週間、学校あるんだよね?」
「あ、はい。夏休み、来週からなので……」
「今日、あんな目にあったばっかだしな。学校休んで、ここにいてもらった方がいいのか……? 追っ手がないとも限らないし」
「その点に関しては問題ないわ。小黒さんが今回接触したのはゾンビだけ。情報網のアプリは所持者のゾンビ化に伴って自動的にアンインストールされるから、貴女は目撃されてないことになるわ」
ゾンビ教徒は使い捨て前提の戦力のようで、情報隠蔽の仕組みが組み込まれているのだとか。倒されて消滅してしまうのもその一環らしい。
「そうなると、下手に学校サボったら逆に“生きてる情報網”に引っかかる危険がありそうだな……。普段なら欠席くらいなんでもないだろうけど、俺たちが司祭を襲撃した翌日はタイミングが悪すぎるかも」
「た、確かに……。大丈夫です、私、普段通り学校行って、放課後ここに来ます。あっでもその、私の登校中に作戦開始とか、全然、やってもらって構わないので……。私を待ってる間に邪神復活とか、絶対だめなので……お構いなく……」
「はは、まあいつも通りチャットで連絡取り合うようにしよう。ね、霧島さん」
「………そうね」
「……」
「(うぅ……)」
再び流れる沈黙。鈴の陽キャ時代に養われた思考回路が自動的に話題を探し始める。
「(なんだろうなぁ……そう言えば廻さんと一織さん、司祭と戦ってるときからなんかバチバチし始めたよね。いや、バチバチしてるのはいつものことなんだけど、なんか……なんかなぁ……)」
因縁の相手を前に廻が取り乱すのも、まさかの恩師だった司祭を前に一織が困惑するのも妥当ではある。だがそれにしたってあの撤退までの流れはグダグダだったのではと、鈴は思う。途中からゾンビに襲われたり本城とはぐれたりしたので、その一部始終をインカム越しに聴けたわけではないが、ふたりの間で謎のすれ違いがあったのは鈴から見ても明らかだった。
「(いやだなぁ……。この感じ、
鈴の脳裏にとある記憶が蘇り、彼女はブラウスの裾を握りしめた。
そうして店内が沈黙に包まれたままさらに数秒が経過。一織も廻も視線を床に落としまたままで、本城に関しては鈴の方向から表情が見えず、彼は黙って救急箱をいじり続けている。
「あっ!」
その時、鈴の脳の奥で密かに活動していた陽キャ思考回路が、固まった空気をぶち壊し、かつ大きく脱線もしないようなナイスな話題を導出した。
「(私天才かもしれない。ありがとうファッション陽キャ時代の私! ありがとう化石化一歩手前だった私の思考回路!)」
「……どうした、鈴さん?」
「あ、あのですね! そう言えばなんですけど、今日奪ったアイテムって何だったんですか? 司祭がわざわざ用意したものらしいですし、その、もしかしたらこちらの切り札! とかになったりしないかなって! 思ったのですが!」
「……!」
「――……」
「………」
今日一番の、重く張り詰めた空気が流れた。
「(あれぇ……?)」
「……そうだね。俺もいつ聞こうかと思ってたところなんだ」
「……解析は済んでいるわ。あのふたつは、プログライズキーを運用するための武器と、
「人間には使えない? じゃあ“何”なら使えるんだ?」
「……『ヒューマギア』」
一織が眉をひそめ、カウンター席に腰掛けていた本城が肩越しに振り返る。
「プログライズキーと同じ時空の技術で造られた、人工知能搭載人型ロボのことよ。アンドロイド、と言えばイメージしやすいかしら。今日奪ってきたドライバーの方は『ヒューマギア』が装備してプログライズキーのデータ……つまりはライダモデルを強制運用するための装置。独自のネットワーク越しに人工知能が情報処理をする前提で造られているから、人間が使うと過負荷に耐えられない」
「俺のアマゾンズドライバーがアマゾン専用なのと似たような理屈かな」
「武器の方はただの武器なのだけれど、威力と反動が明らかに“変身後”を想定しているから、こちらも生身で使うと大変なことになるわ。実質、このドライバー共々使えないということね」
「あ、あはは……! さすがに切り札になるかも、は楽観的すぎました、ね……!」
大げさに頭を掻く鈴。正直、今の彼女にとってそんなことなどどうでも良かった。
「(なんで、なんでよぅ……! なんで悪化するの……!?)」
鈴が必死で頭を回すも、一度投下された“話題”は無慈悲にも先へ進んでいく。
「使えないのはしゃーないとして、だ。大事なのはこれが『銀の鍵』の中から出てきたってことだよな。ようやく、ずっと分からずじまいだった魔法陣の用途が明らかになった」
「……」
「『銀の鍵』はあらゆる時空に繋がる門だそうだな。つまり今まで散々“存在しない”って言われてたアマゾン細胞やプログライズキー、あとたぶんイエローガイストの使ってるあの技術。……それらを別の時空から取り出すための魔法陣が『銀の鍵』ってわけだ。教徒たちを犠牲にしてな」
教団の最終目標はクトゥルフの復活。それに適した技術がプログライズキーなら、それを“調達してくる”必要がある。それを叶える魔法陣運用技術が『銀の鍵』というのならば、本来ならありえない技術が存在していることも、薬師寺良華が屋敷に八つも設置していたことも筋が通る。
しかし、
「いいえ」
廻は一織の結論を否定した。
「そうだと……決まったわけではない、わ……」
いつものような鋭さのない、弱々しい声色で。
「どうして?」
対する一織の声色にも、いつもの柔らかさがない。その妙なまでの圧を孕んだ声を耳にし、鈴は直感で理解した。……
「『銀の鍵』は……あくまで人をゾンビ化させる技術、でしかない可能性、も、あるわ。つまりは――」
「話にならないな。ごめんよ霧島さん、単刀直入に言わせてもらう」
一織が立ち上がり、廻のテーブルの前まで歩いて行く。その挙動から漏れ出る感情を感じ取り、鈴は思わず身体を強張らせる。
「
「なによ……」
「銀の鍵からそのアイテムが出てくるところを、俺は遠目にしか見ていない。でも確かに見たし、霧島さんは目の前で見ていたはずだ。そして……そのときから君の様子は明らかにおかしい」
「……」
「正直、『銀の鍵』の用途が分からないままなのもずっと引っかかってた。霧島さんが手に入れた“答え合わせ表”……それも銀の鍵そのものであるはずなのに。……本当は、とっくに知ってたとかじゃないの?」
「………」
黙り込む廻。いつもと違い、一織は退かない。
「俺は嫌いじゃないよ、霧島さんの秘密主義。話したくないことを聞き出すなんて無粋なことはしたくないし、なにより今までは……俺が知らないままでも問題なかったから」
廻の意志は強い。そして決断も的確だ。彼女が大胆かつ的確な決断を下すからこそ、一織は何も知らないままでも、背中を預けて戦うことができたのだ。
「でも今回は違う。これから最終決戦ってときに、君が咄嗟に動けなくなるかもしれない
「……っ」
無言のまま廻が立ち上がった。一織と同じ高さで視線がぶつかる。
「なんだよ。……話してくれる気になったのか?」
「…………」
「なあ」
「――わたしたちは一両日中に司祭の居場所を突き止め、今度こそ教団を潰す。『銀の鍵』の用途なんて知らないし、知らなくても教団の壊滅に支障はないわ」
「おいおい……!」
一織は苛立たしげに頭を掻いた。
「いい加減にしてくれないかな。ほんとどうしたんだ霧島さん、君らしくないぞ……!」
「……“らしく”? “らしく”と言ったわね?」
「なんだよ」
「ふざけないで……目白くんがわたしの何を知っているって言うの……!? わたしの何を見て“らしく”なんて言えるの!? 何も見えていないくせに薄っぺらな言葉を吐かないでよ!」
「なん――」
「……っ触らないで!!」
鈍い音が店内に響く。一織の伸ばした手が、廻の肘に振り払われる音だった。廻はハッとしたように目を見開くと、自身の手を隠すように握りしめる。
「きりし――」
「わからない。わからないわよ、目白くんには」
震える声で俯く廻の視線。そこには涙はなく、潤んでさえもなく、ただただ無機質で、吸い込まれるほどに綺麗な――ガラス玉のような瞳だけがあった。
「ヒトを辞めたことを甘んじて受け入れて、へらへらふわふわしているような目白くんには、わたしの気持ちなんて絶対にわからないわよ……!」
「………っ!!」
「(も、もう、やめ――!)」
「そこまでです。お二人とも、少々勇み足が過ぎますよ」
仲裁に入ったのは本城だった。彼が手を叩く乾いた音が鳴り響き、一織と廻は互いに口をつぐんだ。
「お言葉が過ぎます、廻様。霧島家令嬢としてではなく、ひとりの大人として、目に余ると言わざるを得ません」
「……」
「目白様もです。お気持ちは分かりますが……我々の成すべき事は邪神復活の阻止。そこは私も廻様と同意見です。まずは世界を守らねば。謎の解明は、その後でいくらでもできることでしょう」
「………守れたら、ね……」
「目白様」
「いや、いい。どうにも疲れてたみたいだ、悪かったよ」
一織の声のトーンがいつも通りのものに戻る。彼は椅子に掛けていたバッグを拾い上げると玄関に向かって歩き出す。
「やっぱちゃんと食べないとダメだな。なんか食って帰ることにするよ。じゃあまた明日、……霧島さんも」
「……」
廻は玄関とは反対側の壁を見つめたまま動かない。一織は小さく首を振り、店を出て行った。ドアベルの音が店内に転がる。
「では解散と致しましょう。私もお屋敷の方に戻ります。みな疲労が溜まっていることでしょうから、今夜はゆっくりとお休みください。……小黒様も、お気を付けてお帰りくださいませ」
「あ、はい……」
執事服のジャケットを抱え、静かに退店していく本城。彼は最後に廻の方を一瞥してから、玄関のドアを閉めた。
「え、えと……あの……」
「……」
「私も、帰ります……おやすみなさい」
鈴も荷物を持って退店した。返事を待つことはできなかった。返ってこなかったらきっと耐えられないと思ったからだ。鈴は階段を駆け下り、振り返ってビルの二階を見上げる。窓越しに見える店内に人影はなく、すぐに店の明かりが消えた。
「私が……余計な話題、振ったからだ……」
ぽつりと呟き、路地を歩き出す。夏の生暖かい風が、嘲笑うように鈴の首筋を撫でていく。
「いや……違う。そこじゃない……私……」
胸の奥がずきりと痛み、脳の裏側が軋むような感覚。
無理矢理忘れるには、あまりにも新しすぎる記憶が蘇る。
「私……あの時と
月明かりは雲に隠され、彼らの帰路を暗闇が包む。
こうして、世界が終わるかもしれない最後の1週間が始まった。