仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

32 / 77
3-3. シーン0:鈴が「スズちー」を辞めた日

 

「付属中学からきました、小黒鈴です。中学では美術部に入ってました」

 

 春。期待と不安を胸に新たな学び舎にやってきた新入生にとって、初日の自己紹介は最重要イベントと言っても過言ではない。

 

「趣味はショッピングとカラオケです。あっ、と……ここカラオケ禁止の校則とか、ないよね……?」

 

 くすくすと、教室内に満ちるひと笑い。鈴は困ったような笑みを作りながら心の中でガッツポーズを取る。ちなみにカラオケが禁止されていないことは前日に確認済みだ。

 

「あはは、よかった。えっと、高校生活めっちゃ楽しみにしてたので、みんなと仲良くなれたら嬉しいです。よろしくお願いしますっ」

 

 前日に練習した通りの台詞を言い切ると、鈴はパラパラとした拍手を背に席へと戻った。

 

「(よし、よし! 掴みは上々、噛まずに全部言えた! いけるぞいけるぞ私の高校生デビュー!)」

「ね、ね、小黒ちゃん。もしかして付属中ってカラオケ禁止だったの?」

 

 早速、斜め後ろの席の女子に声をかけられた。鈴は高鳴る胸を抑えつけ、地声よりやや高めの声で応える。

 

「ううん。でもほら、北高(きたこー)とかって確か厳しいらしいじゃん? ゲーセンはともかくカラオケも禁止って」

「そうそう! ウチも調べたんだよね。まじありえなくて、それで東高(とーこー)に決めたんだ。小黒ちゃんもそんなカンジ?」

「うん、まあ。あとはやっぱ……制服が可愛かったからかな」

「だよねー! 小黒ちゃんわかってるぅ。ウチ、瀬戸芽亜里(せとめあり)、メアリでいいよ」

「う、うんっ。私も、その……下の名前でいいよ」

「じゃあスズちーで。よろしくぅ、スズちー」

「(う、うわああああどうしよう! あ、あだ名だあああああ!?)」

 

 人生初のニックネームにオーバーロード寸前の鈴。にやける顔を隠すため、眼鏡を触るふりをして口元を覆う。

 

 桜の花が咲き誇る四月。これはのちに仮面ライダーとなる化け物(アマゾン)がバイトに明け暮れ、のちに復讐者となる令嬢(セレブ)がまだ眠り続けていた頃のお話。

 

「よろしく、メアリ……!」

 

 薔薇色になると思っていた、灰色の日常の1ページである。

 

 

 *  *

 

 

 鈴はうまくやっていた。もともと他者の心の機微を読み取ることに長けていた彼女。しかも家庭では十数年間、『立派で優秀な娘・鈴』を演じ続けている。そんな彼女が『スズちー』のコツを掴むまで、さほど時間はかからなかった。

 

「美加、ゴミ出しやっとこうか?」

「あ~スズちーまじ助かる! ミーティング遅れたらセンパイと顧問がうるさくってさー……いってくるね! 今度ジュースおごるから!」

「ふふ、はいはい。いってらっしゃい」

 

 周りが良く見えていて、細かい気が利く。授業中のグループ活動では積極的に声を出し、学園祭の係決めでは何気ない一言で議論をフォローしたこともあった。

 

「ねえ見てヤバい! こないだの模試、終わってるんだけど! 地理、地理だけめっちゃできた!」

「ほんとだ。メアリの折れ線グラフ、人を殺せそうなくらい尖ってる」

「スズちー手厳しすぎ!」

「「「アハハハハっ!」」」

 

 それでいて真面目すぎない。授業で突拍子もないミスをして教室の笑いを誘ったり、普段の会話で適度に軽口や冗談を言ったりする茶目っ気もある。美加やメアリのようにクラスの中心を派手にこなしている訳ではないが、生徒教師問わず、男子女子問わず信頼される――そんな『面白くて頼りになるクラスメイト・スズちー』こそが、当時の鈴の日常だった。

 

「(やばい……私いま、“女子高生”できてる……! なんだ、やれるんじゃん私。やろうと思えば友達ってこんなにできるんだ……! 最近毎日ヘトヘトだけど、それだけ充実してるって事だよね!)」

 

 そうして数ヶ月が過ぎ、夏休みを目前にしたある日のこと。

 教室という名の小さな社会……それを持ち前の感受性と器用さで上手に乗りこなしてきた彼女は思い知ることとなった。社会とは生き物のように形を変え続けるものであり、属している人間はその変化を受け入れるしかないということを。

 

 

「再来週の風間川(かざまがわ)花火大会、スズちーもくるっしょ?」

 

 夏休みを一週間後に控えた学期末の大掃除。教室の窓を拭いていた鈴は、スポーツ用タオルを首に掛けた美加に声をかけられた。汗を拭う美加の後ろには、“いつもの女子メンバー”が数人集まっていた。

 

「うんうん、行きたいな。一応、親に聞いてみるけど」

「アハハ、相変わらずスズちーんとこ過保護だね。でもどうせ言いくるめるっしょ? 一緒に来れるってコトで話進めてていい?」

「うんまあ、大丈夫だと思う」

 

 本音としては、鈴は人混みが苦手なので花火大会そのものに特段興味があるわけではない。しかしこのときは、“女子高生”としてクラスメイトと夏祭りに行く、というイベントへのワクワクが苦手意識を上回っていた。

 

「オッケーオッケー。じゃあ、あとは男子組誘うだけカナー……」

「男子組?」

「そうそう。リョースケたちも、サッカー部でまとまって行くんだって。だから、ほら、ね?」

 

 クラスのサッカー部数人は男子たちの中心的グループであり、中でも“リョースケくん”は美加・メアリと並ぶクラス内カースト最上位の存在だ。クラスメイトに慕われるのも納得の好青年で、ちゃんとイケメン。女子たちの中でもちょっとした人気があり、鈴からしても(この手の陽キャ男子には珍しく)何故だか苦手に思えない主人公属性の塊みたいな人である。彼らも同行するとなれば大所帯になるというのが気になる部分ではあったが、もちろん鈴はそんな本音などおくびにも出さない。

 

「へえ、いいね。楽しくなりそう」

「でっしょー? 1年2組オールスター、的なね?」

「それを言うならもういっそ担任と副担も誘わないと」

「アハハハ、むりむり!」

 

 流れるようにひと笑いを取ると、鈴の視界にメアリの姿が映る。彼女は水の入ったバケツを手に教室を横切るところだった。

 

「あ、メアリ! メアリも一緒に――」

 

 鈴は思わず声をかけたが、バケツを下ろした彼女と目が合うとすぐに口をつぐむ。

 

「(おっと、いけない忘れてた。そうだったそうだった、メアリは先週から3年の先輩と……)」

 

 一瞬で思案し、鈴はいたずらっぽい笑みを作る。

 

「あー、ごめん。メアリは彼氏さんと行く……よね?」

 

 茶化すような、かといって煽りすぎないような、完璧な塩梅の声色。だが――、

 

「う、うん。まあ、ね……」

「(あれ……?)」

 

 らしくない曖昧な返事をして、手にした雑巾を絞るのもそこそこに教室を出て行くメアリ。鈴は口の中が急速に乾いていくのを感じた。

 

「(なんだろ……? 私、何かマズいこと――ひっ!?)」

 

 張り詰めた空気を肌で感じ取り、鈴は肩を強張らせた。視線を戻すと美加とその取り巻きが、真顔で廊下の方を睨んでいる。

 

「え、えっと……?」

「……スズちー、知らなかったの?」

 

 取り巻きのひとりが耳打ちをしてくる。彼女の声にはほんのりと、廊下の方へと向けられた怒気が宿っていた。

 

「な、なにを……?」

「メアリ、ついこの前までリョースケくんと付き合ってたんだよ」

「え」

「メアリの方からこっぴどくフったんだって。しかもソッコーで部活のセンパイだかに鞍替えして、今に至るってワケ」

「ほんと、チョーシ乗ってるよねえ……」

 

 美加の低い声が零れる。事態のあらましを把握した鈴は率直に、

 

「(え、だから何!?)」

 

 と思った。喉まで出かかったその言葉を本能的に呑み込んだのは正解だった。

 

「(別に良くない? 何にキレてるの? 美加もみんなも、リョースケくんの何? どういう立場のつもり? みんなは、みんなは――)」

 

 

「まじありえねー」「うざすぎる」「意味わかんないよね」「リョースケくんかわいそー」

「性根がビッチなんよ」「それウチも思ってた」「てかこの前もさぁ」「そうそう、ヤバすぎ」「付き合いも悪すぎだし」「だいたい最初からさ」「てかあれダサくない?」

 

 

「(みんなは一体、何を言ってるの……?)」

 

 目の前の数名の女子からあふれ出る大量の悪意。もともと他者の心の機微を読み取ることに長けていた鈴は、自分がそれらの言葉を向けられているかのような恐怖を覚えてしまう。

 

「ねー、スズちーもそう思うっしょ?」

「あ……」

 

 振り返る美加の笑顔。いつもと変わらない、クラス内カーストの頂点が似合うキラキラとした笑顔。そんな彼女の笑顔と言葉に対し、これまで幾度となく教室内の空気を読み、幾度となくクラスメイトの理想に応えてきた『スズちー』は、

 

「だねー、ほんとありえない。びっくりしちゃった」

 

腹立たしいほど淀みなく、吐き気を催すほど爽やかに、そう答えるのだった。

 

 

 *  *

 

 

 その日以来、鈴から見える教室の風景が変わった。

 物理的な変化としては、メアリこと瀬戸芽亜里がいつもの女子グループから外れただけである。彼女はよく隣のクラスや他学年のフロア(恐らく件の先輩のところ)へ行くようになり、教室にいない時間が増えた。それだけだ。

 しかし鈴にとっては、まるでネガポジ反転でもさせたかのように違った景色に見えた。クラスメイトたちにとっては今までとほとんど変わらず、美加とメアリが近づく度にほんの少しだけ空気が張り詰めるだけの教室。誰もが見て見ぬふりをし、気にしない。気付いていない生徒さえいるだろう。だが鈴には、感受性のアンテナを全開に広げる生き方しか知らない鈴には、どうしたって耐えがたい空気だった。

 

「あ、あの、メアリ! ジュース、買いに行かない?」

 

 自分なら、『スズちー』ならなんとかできると思った。だからメアリに話しかけ、メアリとよく話していた女子と雑談をし、美加に声をかけ、美加と同じ部活の男子に他愛もない話題を振った。今まで何度も教室内の空気を整えてきた自分になら……定期的に起こる両親の不和でさえ何度も自然に解消してきた自分になら……このギスギスした教室を元に戻せると思ったのだ。

 

 しかしそう簡単なものではない。三人家族である家庭とはわけが違う。男子22人、女子18人のこのクラス、溝を修復しようとすると必ずどこかにシワ寄せが行く。だからと言ってその“シワ”を自分が被る勇気もない。

 そうこうしているうちに、波妃東高校は夏休み前の最後の登校日を迎えてしまった。

 

「(リョースケくんにもっかい話を聞こう。単刀直入は絶対ダメ。えっとえっと、サッカー部の夏の大会のこと聞いて――。――スズキくんとレイナにも――……。そしたら次は――……。あとは、来週には花火大会があるからそのときに、ああっダメダメ! 夏休みが始まるともう無理になる! 今日中になんとかしないと――!)」

 

 誰よりも早く登校し、誰もいない教室で悶々と頭を捻る鈴。もう数十分もしないうちにクラスメイトたちがやってきて、またあの“ちょっとだけ”ギスギスした空気が始まる。そう思うと震えが止まらないが、連日寝不足の思考は一向にまとまってくれなかった。

 

 そんななか突然、鈴のスマホが通知音を鳴らす。

 

「(もう、なに! こんなときに――!)」

 

 チャットアプリがメッセージを受け取った音だった。表示されたグループ名は『1の2☆いつもの女子組☆(8)』。

 

 

――Mika:おはよー! そういえばスズちー、来週の花火大会、来れるでいいんだよね?

 

 

「(ああ――)」

 

 朝から聞くことがそれかよとか、個人チャットで聞いてこいよとか、色々と思うところはあったが、そんな感情すら思考の隅に押しやったのは美加のメッセージの一段上……メンバーがチャットグループから退会したことを告げる、通知も鳴らない小さな一文だった。

 

 そう言えば、グループ名の最後についている数字は、この前まで9だった。

 

「(なんかもう――)」

 

 ぷつり、と。鈴の中で何かが切れる音がした。

 

「(めんどくさいな――)」

 

 

 

――おぐろすず:ごめん! 家の都合で行けなくなった! みんな楽しんできてね!

 

 

 

 

 





お読みいただきありがとうございました。
久々の「シーン0」、回想編でした。

ここまで読んでくださっている方ならとっくに了承済みだとは思いますが、本作はライダーも怪人も登場しない日常・探索パートが全体の半分以上を占めています。戦闘シーンは要所で、といった感じです。
そういった作風なのはひとえに私の好みですね。今後ともお楽しみいただければ幸いです。

評価や感想等々いただけるとそれはもうめちゃくちゃ嬉しいので、よろしければ是非是非お願いします。結局のところ何にも勝る原動力ですね。お待ちしております。

というわけで次回
「3-4. 生まれて初めて、友達を遊びに誘ってみた」

お楽しみに!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。