仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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3-4. 生まれて初めて、友達を遊びに誘ってみた

 

 

 花火大会を“断って”以降、鈴は数ヶ月かけてクラス内カーストからフェードアウトした。瀬戸芽亜里のような大きなヘイトも買うことなく、ごくごく自然な消滅という形で、『スズちー』はどこのグループにも所属しない『鈴』に戻った。瀬戸芽亜里のときにはクソの役にも立たなかった自身の処世術が、自分を後腐れから守るためには役立ったことが心底気持ち悪かったが、人間関係のなくなった高校生活は哀しいほどに居心地が良かった。

 

 まもなくして瀬戸芽亜里は別の中堅女子グループに定着し、ちょっとだけギスギスしていた空気も秋が深まる頃には消失した。1年2組は何事もなかったかのように平穏を取り戻し、やがて3月を迎えて解散する。新しいクラスで新しいカーストが形成され、同級生たちは忙しなくも華やかな高校生活の2年目を謳歌し始める。

 

 振り返ってみれば“そういうもの”なのだろうと、鈴は思った。

 性格も価値観も違う男女、それも思春期の少年少女が40人も集まる教室という名の社会。その形は変わり続けて当然だ。好きだった人が嫌いになり、険悪だった相手と親密になる。それを繰り返して三年間を過ごすのが高校生という日常なのだろう。美加とメアリの不和は別にどちらが悪いわけでもなく、ただいくつかのタイミングが合わなかったために生じた、変化のひとつに過ぎない。

 しかし、感受性を剥き出しにしたまま多くの人間関係を築いてしまった鈴には、その変化が耐えられなかったのだ。他の39人が変化を受け入れ先へと進む中、鈴だけがあのネガポジ反転した教室に囚われ続け、彼女はそのまま自身の世界を閉じることとなる。“変われなかった”自分を恨みながら、その目を閉じて耳を塞いだのだった。

 

 

 

「……ん、ぅ………」

 

 ヒグラシの鳴き声を遠くに聞きながら、鈴はまどろみから目覚める。机に突っ伏して寝ていたせいで腕と首が痛い。眼鏡をかけて窓の外を見ると、陽炎の向こうでサッカー部が練習をしていた。

 

「(寝ちゃってた、か……。嫌な夢、見ちゃったな。そっか、一年経つんだ、もう)」

 

 人気(ひとけ)のなくなった教室を見渡す。期末試験が終わり夏休みも目前、クラスメイトたちはその開放感のまま各々の放課後を楽しんでいるのだろう。

 

「(はやく店に行かないと……。世界は今日、終わるかもしれないんだから……。はやく行ってふたりの手伝いを……ふたり、の……)」

 

 波妃ビル突入作戦から二日、一織と廻の不和は続いていた。鈴が昨日――月曜日の放課後にacquarioを訪ねたときも、店内の空気は“ちょっとだけ”張り詰めているという、鈴にとって最悪なものだった。一織は無言で同じ漫画のページをめくり続け、廻も無言でノートパソコンをいじり続ける。本城が多忙とのことで不在だったこともあり、ふたりを諫められる人物のいないなかで鈴は震えながら過ごすこととなった。結局それは杞憂に終わったものの一織と廻はほとんど言葉を交わさず、司祭の足取りも掴めないまま、昨日は解散となった。

 

「(あー……)」

 

 教室も出ずに、鈴は懐から新品のスマホを取り出す。『お別れパーティ』から生還したあとすぐに例のアプリはアンインストールしたが、念のためにと廻がセレブパワーで新調してくれたのだ。

ひび割れひとつない綺麗な画面を指でなぞり、チャットアプリを開いた。一番上には『acquario連絡用(4)』のグループが居座っている。鈴は数秒ほど逡巡したのち、トーク画面を開く。

 

「(最低だ、私)」

 

 

――鈴:お疲れ様です、鈴です!

    今日どうしてもお腹痛くって……お店に行けそうにありません泣

    学校も早退しました……。

    前にも言ったように、私抜きで作戦決行してもらっても

    全然構いません! 私もともとそんなに役に立てませんし、

    皆さんの足を引っ張るのもどうかと思うので……。

    何より、教団の打倒が最優先ですから!

    皆さんもどうか気をつけてください。

    お布団の中から応援しています。

    連絡が遅くなって本当にごめんなさい!

 

 

「(最低だ、最低だ私。なにやってるんだろ、本当に最低)」

 

 何度かためらいながらも送信ボタンを押す。すぐに既読がふたつ表示された。鈴は慌てて通知を切り、バッグの中に投げ捨てるようにしてスマホをしまった。

 

「(送っちゃった。変わってないじゃん、私。一年前から、これっぽっちも……)」

 

 大きくため息をつき、教室を出た。一年前のあの教室と昨日のacquarioの風景が重なり、脳の奥に乱暴に貼り付けられている。

 

「(私が行ってなにになる? 同級生のいざこざですらどうにもできなかった私に、年上の一織さんと廻さんの間をどうにかできるわけもない。……そうだよ、ふたりは大人なんだ。私が無駄に気を遣わなくても、自分たちでどうにかするよね。だからいいんだ、いいんだ。これで……)」

「あっ、小黒さん」

「……糸巻くん」

「へへ……。あ――えっと、大丈夫? 具合とか、悪い?」

「ううん、大丈夫」

「そう? ならよかったけど。あ、そうそう明日の放課後なんだけどさ――」

「(うぅ……めんどくさい)」

 

 今日はもう何も考えたくない。鈴の身体はその哀しい願いに応え、いつもの声色と建前を作り出した。

 

「ああ、ごめんね糸巻くん。明日はその……バイトがあるから」

「えっ……バイト、やってたん?」

「うん、まあね」

 

 そのまま糸巻くんと適当に会話をしながら昇降口まで歩くと、彼は「バンド練があるから」と言って去っていった。鈴はひとり帰路につく。

 

「(結局、私は……)」

 

 駅前に向かう通りを外れ、住宅街へ向かう。この道を通るのはとても久しぶりな気がする。鈴は自分の影に視線を落とすと、バッグの肩紐を親指の爪で引っ掻いた。

 

 

 

 *  *

 

 

 

 深夜。夏の湿った空気が漂う0時過ぎの一人部屋で、鈴はベッドから上体を起こした。

 

「ねむれない……」

 

 毛布の下で蠢くこと一時間、目が冴えたまま一向に眠れないのは熱帯夜のせいだけではない。いつ教団が動き出すかもわからない恐怖……なんてものは実はほとんどなく、やはり鈴の心にまとわりつくのはとある男女の現状だ。

 

 打倒教団のためにacquarioに関わるようになって半月。あの喫茶店にいる間、鈴は『何者にも』ならなくてよかった。ふわふわと自然体で接してくれる一織と、無愛想ながらも凄まじい行動力で引っ張ってくれる廻。彼らの前では不思議と猫を被る必要も、理想の誰かを演じる必要もなく、自分自身のままでいられた。鈴は確かに『変わりたい』と願っていたが、それは決して別の何者かになることではない。自分自身のまま自分を変えていく……そんな矛盾とも思えるような不定形な願いを、acquarioにいれば掴むことができると思ったのだ。

 

「その成れの果てが、このザマかぁ……」

 

 机に置かれたスマホを一瞥する。チャットには何件かメッセージが届いていたが、トーク画面を開く気にはなれない。「了解」くらいしか打たない廻はともかく、一織と本城あたりは『腹痛で早退した鈴』を気遣ったり(いたわ)ったりするメッセージを送ってくれているとは思う。しかし……とてもじゃないけど、そんなもの見られない。

 

「のど、かわいた……」

 

 寝間着のままスリッパを履き、廊下に出る。ぼんやりとした足取りのまま台所へ向かうと、そこには先客がいた。

 

「あ、鈴」

「お父さん……」

 

 くたびれた部屋着を着た父は、手に持ったポットを軽く掲げて微笑む。

 

「ちょうどホットミルクできたところなんだけど、飲むか?」

「……うん。いただきます」

 

 いそいそと食器棚を漁り始める父。しばらくして湯気を立てるマグカップがふたつ、ダイニングテーブルに運ばれてきた。鈴は父の対面に座ると、ホットミルクに口をつける。熱帯夜の空気は相変わらず不快だったが、身体の中を滑り落ちていく熱はとても柔らかく、温かかった。

 

「あーっと、……鈴?」

「……?」

「期末試験のことなんだが……」

「(げっ)」

 

 ちょうど先週、結果が発表された期末試験。かねてから『10位以内』を両親に期待されていたこの試験だが、鈴の総合順位は21位。色々あって完全に忘れていたが、順位に関してはなんなら中間試験よりも落ちている。

 

「あ、あー……ごめんなさいお父さん。えっとその、いつもより範囲がその、広くてぇ……。夏休み、夏休みに頑張って挽回するから、その、えっと……」

「いや、いや。いいんだ、鈴。……謝るのは父さんたちの方だ。すまなかった、この通りだ」

「え……えっ?」

 

 頭を下げる父。予想外の光景に、『優秀な娘・鈴』を作ろうとしていた思考が停止する。

 

「さっき母さんとも話したんだが……。どうも父さんたちは、鈴に色々と背負わせすぎてたんじゃないかと思ってな……」

「あ……」

「先々週のパーティだって、普通に考えて試験を控えている娘を誘うなんてどうかしてる。そのせいであんな事件にも巻き込まれて……。なんだろうな、最近、目が覚めたような気がするんだ。父さんも母さんも、いつからか息苦しい夢をずっと見ていたような……でも最近、どこかモヤが晴れたような感じがして、それで色々と振り返ってみたんだ」

「(それは、きっと“教徒”だったから、かな……?)」

 

 プライマル・ベイの“爆発事故”のあと、鈴は両親を適当に言いくるめて会員証アプリをアンインストールさせた。さすがにスマホの新調まではしていないが、人を理不尽に操る悪魔のような紋章はもうこの家のどこにもない。しかしそれでも、両親は何ヶ月も『教徒』として教団の術中にあったのだ。知らず知らずのうちに精神に異常をきたしていても何の不思議もない。

 

「いや、もっとずっと前からかもな……。ずっと鈴にはプレッシャーをかけてたんじゃないかって、今更すぎるけど、そんな気がしてな。鈴は優しくて頑張り屋だから……きっと父さんたちの見えないところでも、たくさん頑張ってくれたんだろう。うーん……上手く言えないな、あはは……。でも、その、なんだ……すまなかったな」

「お父さん……」

「あー、やっぱよくないなぁ。あの、ほんとはな? もっとちゃんと言いたいことを整理してから、ちゃんと謝るつもりだったんだ。うーんだから、もしかしたら何言ってるかわからないかもしれないんだけど……」

 

 父は困ったように笑いながら、あたふたと視線を泳がせている。彼のそんな姿は初めて見るが、鈴はどことなく親近感を覚えた。なんとなくパニクっているときの自分に似ている。そんな気がして、少しだけ背中がかゆくなった。

 しばらくすると父は改まり、ミルクを一口飲んでから再び口を開いた。

 

「そうだ、これだけは知っておいて欲しいんだが……父さんも母さんも、鈴のことを“信じている”」

「えっと……?」

「だから鈴にはこれからも頑張って欲しいし、次の試験で10位以内を取って欲しいとも思ってる。……でもそれは“期待している”からじゃない。“信じている”からだ」

「(お、同じでは……?)」

 

 鈴が小さく首を傾げると、父と目が合う。彼の視線はもう泳いでいない。

 

「誰かを“信じる”ってことは、『その人が、こちらの想定通りの結果を出すことを()()()()』ことじゃない。『その人がどんな結果を出しても、それと向き合うことを既に()()()()』ってことだ」

「…………」

「父さんたちはもうずっと、鈴に期待ばかり押しつけてしまっていたと思う。この歳になると自分を変えるのも容易じゃない……きっと、良い両親にはすぐにはなれないかもしれない。でも……少なくとも今後は、父さんは鈴のことを“信じる”。そういう親になる。もちろん母さんも同じ気持ちだ。……このことだけは知っておいて欲しい」

 

 父は今一度、頭を下げた。鈴はマグカップを両手で握りしめながら唇を噛む。

 

「(そんなの、そんなの……)」

 

 そんなの綺麗事だと、鈴は思った。実際に今の父の態度を見て、『本当の自分をさらけ出してもいいのかな』と思った自分は確かにいる。しかし、その気持ちは今の理論における“期待”だ。仮に本当の――『友達がいなくて人と話すのが苦手で特に得意なものもない自分』をさらけ出してそれを拒絶されたとしたら、きっと鈴は耐えられない。そんな可能性に向き合う覚悟なんてできるはずがない。

 

「長話、しちゃったな。片付けは父さんがやるから、もう寝なさい? 明日も学校だし、何と言っても夏休み前だ。友達と遊ぶ約束立てるのに忙しい時期だろう」

「(ほら、ほら。やっぱりそうだ。お父さんの中では今でも『たくさんの友達と素敵な高校生活を謳歌する娘』のままなんだ。どんな結果も、どんな姿も受け入れる覚悟なんて、そんな簡単にできないでしょっ! でも、でもっ! それは()()()()――!)」

 

 すれ違った期間はあまりにも長い。両親も鈴も、すぐさま100%、相手を”信じる”ことなんてできない。

 

「……あの、お父さん」

 

 それでも、

 

「おやすみなさい。あの、ありがとう」

「うん。こちらこそありがとうな。おやすみ」

 

 それでも今の言葉は、

 形式的でもない、機嫌を取るためでもない、何でもないただの『ありがとう』であり、

 まったく他意のない、もう何年ぶりかもわからない、ただの『おやすみ』だった。

 

 

 

 自室に戻ると、鈴はスマホを手に取りトーク画面を開く。画面には大方予想通りの、三者三様の返答が並んでいた。画面を閉じ、ゆっくりと目を閉じる。

 

「(……“期待”してたんだ。去年の私は)」

 

 理想の自分、理想のクラス。そこから離れていくのが怖くて、ただひたすら空回った。理想の型から外れていくクラスメイトたちと、向き合うことができなかった。

 

「(今もそうだ。私は理想の非日常を、みんなに押しつけてた)」

 

 喫茶acquarioは困難を共に乗り越える仲間であり、鈴が何者でもない鈴でいられる不思議な居場所。だがやはり、些細なすれ違いで崩れていく空気を受け入れられなかった。

 

「(私がいま考えていることも……期待? いや――)」

 

 スマホを握りしめる。

 期待をしないということは決して、諦めるということではない。

 

「もう一度、今度こそ……」

 

 かつては信じることができず、目を背けた日常。そこはもう正直どうでもいい。美加もメアリも各々の変化をとっくに受け入れている。いま自分が向き合うべきなのは……自分に居場所をくれた非日常の面々だ。

 

「不格好でも、なりふり構わずでも……やってやる。覚悟、してやる……! 私が……あのふたりを仲直りさせてみせる! 私の非日常(いばしょ)を、ついでに世界を……守るために!」

 

 窓の外を見ると、雲間から綺麗な月が顔を出したところだった。

 

 

 

 *  *

 

 

 

「――と、言うわけで! あ、あの! この戦いが終わったら、ですね! 再来週の風間川花火大会! みんなで行きませんか!? う、打ち上げ兼、私たちの親睦会として! きっ、喫茶acquarioオールスター、的な!?」

「結構よ」

「学校の友達と行くといいよ」

 

 翌日。徹夜で練ってきた鈴の渾身の一声はそれはもう悲しいくらいにあっさりと流され、窓をすり抜け風に乗り、そのままどこかへ消えていった。

 

「(…………)」

 

 水曜日。いつ世界が終わるともわからない一週間の折り返し。

 互いに背を向けたままの廻と一織。

 微妙な空気の絶えない喫茶店のど真ん中で、既に“覚悟”を決めた少女が立ち尽くす。

 

 彼女の戦いは、まだまだこれからだ。

 

 

「(………………帰りたい)」

 

 

 そのはずだ。

 

 

 

 

 





読了ありがとございました。鈴パートはまだまだ続きます。

鈴は変身能力もなく、生身で特に秀でた技能があるわけでもありませんが、歴とした本作の主人公のひとりです。少しでも魅力を感じていただけたら嬉しいです。

ここ最近ギスギスドロドロしてばっかりですが、よろしければ感想・評価等々よろしくお願いします。

次回「3-5. ラブロマンスはお断り?」
ギスドロに終止符が打たれるのか……その鍵はまさかの”あいつ”だった!

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