覚悟をキメた鈴が夜通し頭を捻って計画した一大オペレーション。名付けて『なかよし水族館作戦』の概要はこうだ。
フェーズ1:親睦会と称してacquarioのメンバーを風間川花火大会に誘う。
フェーズ2:花火大会を楽しみにするあまり、気合いが入る廻と一織。
フェーズ3:いい感じに司祭が見つかり、適当に教団を撃破。
フェーズ4:花火大会当日、示し合わせた鈴と本城がこっそり離脱。
フェーズ5:花火をバックに、廻が一織の手をそっと握る。
フェーズ6:「なかよし水族館」
鈴(早朝5時頃)は我ながら完璧なプランになったと有頂天になり、登校後も授業を聞き流しながら何度も脳内シミュレーションをした。
そして放課後、ギスギス水族館に突撃した鈴は挨拶もそこそこに作戦を決行したのだった。
「――と、言うわけで! あ、あの! この戦いが終わったら、ですね! 再来週の風間川花火大会! みんなで行きませんか!? う、打ち上げ兼、私たちの親睦会として! きっ、喫茶acquarioオールスター、的な!?」
ちなみに深い意味はないが、徹夜明けの鈴は深夜テンションをもろに引きずっていた。
「結構よ」
「学校の友達と行くといいよ」
「……」
そして得てして深夜テンションとは、何かの弾みで一瞬にして醒めるものである。
「(………………帰りたい)」
ものすごく長い助走の果てに大爆発する羞恥。喉まで出かかった奇声を、鈴は何とか呑み込んだ。
「(――私は馬鹿か!?)」
その代わりとでも言うように、脳内では正常で冷静な思考が跳ね回り出す。
「(なんで誘いが通る前提にしたの私!? そもそもこんな誘いに乗るくらいならもうそれは別に不和じゃない! こんなことする必要もない! しかも勝手にふたりをカップリングしちゃったほんと何やってるの私! いやちょっと気になりはするけど! 今はそれ以前の問題なんだってば!!)」
「教団を追い詰められるかどうかという時に、余計なことを考えている暇はないわ」
「はっ、まあ霧島さんならそう言うよね」
「なに?」
「別に」
「(い、いやあああ! 悪化しないでよおおおお!)」
今日も本城は顔を出していない様子なので、もしふたりがヒートアップしてしまったら鈴には止める自信がない。そうならないための『なかよし水族館作戦』だったのだが……現状フェーズ1の時点で破綻しかかっている上に2以降から何故か段階的に難易度が上がるというとんだクソ仕様になっているので完遂など夢のまた夢な気がしてならない。ご都合主義をお花畑でサンドしたようなこんなプランをどうしたら完璧と判断できるのか、早朝の自分を小一時間問い詰めたいがどうせ当時の自分は聞く耳など持たないだろう。
そして何が問題かというと別の案がすぐには思いつかないことと、練り直す時間もないことだ。
「(や、やるしかない……押し通すしか……! ご都合主義満載の『なかよし水族館作戦』を無理矢理にでもやり遂げる! 覚悟決めたんでしょ、私ぃ!)」
折れかけの心と徹夜明けの脳に鞭を打ち、鈴は再び口を開いた。
「あ、あのですね……ご存じですか? 風間川花火大会は波妃町で開催される夏祭りの中でも最大規模……みたいなんです。町中の人たちが、老若男女問わず集まるビッグイベント……らしいんです。花火の打ち上げ数はえっとだいたい1万3000発? とかそんな感じで、えっと、えっとですね……」
「教団を倒せなければ当然開催なんてできないでしょうね。大人しく学友を誘いなさい」
「や、屋台もたくさん出るらしくって。わたあめ、リンゴ飴、焼きそば……あ、あとご当地グルメのなんちゃらバーガー? みたいなのも食べれるみたいです。まあ私も行ったことないので詳しくは知らないんですけどぉ……」
「あーやめときな鈴さん? 霧島さん、食べ物に関心がないから。これまで食事に何回も誘ったんだけど、全部断られてきたから」
「……何か文句でも?」
「ないよ? ひとりで食事するのが好きっていう人もいるわけだし。まあ、差し入れに一口も手を付けないのもどうかとは思うけど」
「必要ないと言ってきたはずよ。……そこまで言うなら目白くんが一緒に行ってあげればいいじゃない。好きでしょう、食べるの。わたしと違って」
「霧島さんこそ行ってあげなよ。庶民の催しが気に食わなくなければ、だけど」
「あわわわ……あわわわわわわわわわ………」
鈴のアプローチは完全に裏目になっていた。それどころか、鈴本人が蚊帳の外になりつつある。
仲違いを直接収める方法なんて知らない。友達に囲まれる人生を歩んできたキラキラの正統派ヒロインとかなら知っているかもしれないが、生憎と鈴は正統派とは最も遠い人生を歩んできた。だからこそ美加とメアリのときも、(結果は大失敗もいいところだったが)裏方から修復する方法を選んだのだ。
「(まずい、グダグダしてきた……このままじゃ本当に破綻しちゃう! ど、どどどどどうしよう。と、とにかく口を動かせ小黒鈴! 会話の土俵にしがみつけぇぇっ!)」
正面からぶつかる道を選んだ今、手探りでもなんでもやるしかない。
「あっ、あーっ! そうだ! 実は私、おふたりに黙っていた秘密がありまして、ですね……! きっと一織さんなんかはもうびっくりするんじゃないかなって……! 私、イラストを描くのが趣味でして、それで、私、漫画をですね……!」
「だいたい目白くんは――」
「そういう霧島さんだって――」
「(き、聞いてぇぇええええ!!)」
決死の暴露ムーブも届かず、鈴のなけなしのメンタルがいよいよ砕け散ろうとする。
――そのときだった。
「――小黒さん!!」
怒声と共に蹴破られるように玄関の扉が開き、ぶん回されたドアベルが数十日ぶりに悲痛な音を鳴らした。
飛び込むように入店してきたのは、ギターケースを背負った金髪の男子高校生。
「え、どちら様」
「あれ、なんだこのデジャブ」
「あ」
「逃げて小黒さん! お前か……この性犯罪者が! うりゃあああああーーーーっ!!」
「は、はあっ!? 俺!? ちょっちょっちょ!!」
一織を見るや否や無茶苦茶に突撃をかます少年。しかし体格差ゆえか、彼の渾身のタックルは一織にすっぽりと受け止められる。
「っと! ……いや、ほんとに誰だきみは」
「うおおおお! ここはオレに任せて逃げてくれ小黒さんんんん!!」
「えっと……? 鈴さんの友達?」
「あ、そうじゃなくて、ですね……。彼は――」
「黙れ性犯罪者! と、とぼけるなよ! おお、オレは全部知ってるんだからな!」
一織の胴体に組み付いたまま震える声を上げる彼。しかし一織は微動だにせず、胸元をくすぐるギターケースの先っちょを丁寧に横へずらすと、少年を宥めるように声をかける。
「あ、あの、高校生くん? とりあえず人を性犯罪者呼ばわりするのはやめような?」
「う、うるさい! 一体あんた、いくらもらったんだ! 小黒さんに!」
「は!?」
「うぇぇえ!?」
一織に疑念のまなざしを向けられると、鈴はぶんぶんと首を振る。
「落ち込んだ女の子をたぶらかして……あんた恥ずかしくないのかよ! どうせ動画撮って脅してるんだろ!? ようやく終わったと思わせて仲間を呼び込んで第二ラウンドとか言い出すんだろ!? どうせ朝になるまで――」
「おいよせやめろ高校生! 何を勘違いしてるのかは知らんが今きみは決して誰にも見せるべきじゃない己の“
一織が少年を腰から引き剥がすと、ブロンドの前髪の下にある瞳はなおも敵意を剥き出しにしていた。
「あくまでシラを切るつもりか……!」
「気付いてくれ、今きみは自爆するところだったんだぞ……」
「オレは聞いたんだ、他でもない小黒さん本人からな!」
「えぇ……?」
「わ、私ぃ!?」
「『最近“バイト”を始めた』『バイト先のお兄さんは“良くしてくれる”』『大変だけど、“生活のために”やらなきゃいけない』……全部小黒さんが教えてくれたことだ」
「ええ、なんじゃそりゃあ……」
「な、なな、なん……!」
鈴は思い出した。昨日の下校際に声をかけてきた彼――糸巻くんをあしらうために、喫茶店に通っていることを『バイト』と称して適当な設定を話したことを。
「(なんでそうなるのぉーー!? 確かに全部言ったけどそんな思わせぶりな
「ここ数日、小黒さんに元気がなかった理由が分かった! 今日ここまで尾けてきて正解だったぜ……あんたを警察に突き出して、小黒さんを連れ戻す! うおおおお!」
「気づけ高校生っ! ここまで尾けてくるのもまあまあヤバいってことに!」
再び取っ組み合いの姿勢になる一織と糸巻くん。あまりにも急すぎる一連の展開に廻が呆然とするなか……鈴の脳内キャパシティもいよいよ限界になりつつあった。
「(どうする、どうする……? まずは一織さんに対する誤解を解く……糸巻くんには一旦帰ってもらうとして……何て言えばいい? 本当のことは言えないから……でもまた変な勘違いをさせないためには……。それで次は、えっと……そうだ、『なかよし水族館作戦』……ふたりのギスギスを止めて、花火大会の約束をして……あれ? ギスギスを止めるために花火大会に行くんだっけ、どっちが先だっけ……)」
もはやカオスと揶揄してもお釣りがくるほどに拗れてしまった現状(しかも何割かは鈴自身のせい)。そんなものを前にして徹夜明けの脳味噌が耐えられるはずもなく、鈴の頭はすうっと思考を手放し始める。
「(ああ……だめだ……。もう――)」
すべてを投げ捨てた一年前と同じ、
「(
目を背け、世界を閉じたあのときと同じ感覚がした。
「(ほんと――)」
しかし、あのときとひとつだけ違うのは、
「(ほんともう、ごちゃごちゃ考えるのめんどくさいッッ!!)」
鈴が既に“覚悟”していたということだ。
「――いい加減に、してぇっ!」
「ぐえっ!?」
ほとんど殴りかかるような形で手を伸ばし、糸巻くんを一織から引き剥がす。突如入った横やりに一織が目をぱちくりさせるなか、鈴は糸巻くんの両肩を掴んだ。ぎりぎりと握りしめられる両肩に、金髪の少年は意中の同級生の顔が目の前にあるドキドキよりも困惑が上回ってしまう。
「お、おぐろさ――」
「糸巻くんっ!」
「は、はいぃ!?」
「下の名前なんだっけ!?」
「ええっ! オレたち一応去年からずっと同じクラス――」
「いいから!」
「み、ミチタ! 満員の満に太郎の太で
「わかった、満太くん、今度デートしよう!」
「え……ええぇぇぇーーーっ!?」
「えぇ……」
「えぇ……」
今度は肩の痛みを忘れ、顔を真っ赤にする
「だから今日のところは何も言わずに帰って!!」
「え……えっ?」
「えぇ……」
「えぇ……」
「とにかくデート、デートしよう、約束! だから、今日は、もうっ、帰ってっ……!」
「い、いやでも、小黒さんはその男に脅され――」
「ああ、もうっ!!」
鈴は肩から手を放し、今度は両手で彼の手を握った。何本か指を絡ませたのは偶然か、はたまたわざとか。
「ここはただの喫茶店! 一織さんはただのバイト先の先輩! 私は処女! わかった!?」
「わかっ、えっ? しょ、え? しょっ!? えっ!?」
「わかったら帰る!!」
「はいっ!!」
糸巻くんは目をぐるぐるさせながら、鈴の圧に吹き飛ばされるように玄関まで駆けていく。
「す、すんませんでしたぁっ!!」
たぶん何がどうなっているのかわかっていないまま、律儀に頭を下げる糸巻くん。ずり落ちようとするギターケースを抱え込み、彼は逃げるように店を後にした。
「……」
「……」
目の前で繰り広げられた甘酸っぱさの欠片もないやりとりに、一織と廻は言葉を失っていた。鈴は肩で息をしながら、呼吸を整えるのもそこそこにゆっくりと振り返る。
「はあ……はあ……。あの、彼、友達でも何でもないので……」
「いやまあ……、――っ!」
“いやまあそうだろうとは思ったけど”――と、一織は言いかけて目を見開く。振り返った鈴の視線、その鋭さに
先ほどまでの騒々しさが嘘のように、店内に広がる静寂。窓の向こうからは、帰宅ラッシュを迎えて賑わい始める駅前の喧噪が小さく聞こえてきた。
「私、友達がいないんです」
呼吸を整えた鈴が口を開いた。何でもないことのようにさっぱりと放たれたその言葉は、一織と廻まで明瞭に届く。
「向き不向きの問題です。私、私じゃない『誰か』にならないと友達ができないんです。それがすごく大変で……たぶん向いてなかったんです。同年代40人の環境が」
思考はとうに停止している。鈴はいま、自分の奥底から湧いて出てきたものをそのまま口に出している。
「でもここに……acquarioにいることにはほんの少し……向いてたみたいで。危険だし、何の役にも立てないけど、向いてたみたいで……。ごめんなさい私、世界を守るとか人々を救うとか、“ついで”だったんです。自分が居心地のいい環境にいるついで。……それじゃダメですか?」
「鈴さん……」
「廻さんは復讐のついで、一織さんは生きるついでに、世界を破滅から救う。それと同じ……同じなんです。私はここでなら……廻さんと一織さんと、今はいないけど本城さんがいるこの場所でなら、自分を変えることができると思ったんです。だから私は、“居心地の悪い”現状を放り出したくない、向き合いたい……! だから何度だって、私は皆さんを花火大会に誘います……!」
「……小黒さん」
ぱたんという乾いた音。廻がノートパソコンを閉じた音だ。彼女は拳をゆっくりと握り、鈴から目を逸らしたまま口を開いた。
「あなたの想いに対して口出しはしないわ。でもそれとこれとは話が別よ。それぞれがどんな本心を抱えていようが、わたしたちの最終目標は教団の打倒。そのために余計なものは切り捨てる。どんなに居心地が悪かろうと、気に食わないことがあろうと、些細なことは割り切って――」
「本当にそう思っていますか?」
「なにを――」
「じゃあなんでいつも、
「……!」
店内ホールの厨房側の壁沿いの席。廻の定位置だ。
「気に食わないことを割り切って司祭の捜索に専念するなら、奥に引っ込んだままでいいはず、なんです……。でも、廻さんはいつもそこにいる。今日も、一昨日も、きっと昨日も、そこで作業してる……なんでですか?」
「……」
「一織さんもです。本当に生きることだけが目的なら、気に食わない職場なんてとっとと辞めてしまえばいいのに……ここにいる。毎日ここに来てるじゃないですか。……ふたりとも、本当は割り切れてないんでしょ、思うところがあるんでしょ……! だからここにいようとする、違いますか!!」
何も言い返せないふたり。対して鈴の想いは堰を切ったように溢れ出す。
「でも違うんです、それじゃダメ、なんです! 割り切れない気持ちを持ってても、それを抱えたままなのは“期待”を押しつけているのと同じなんです! 誰かを“信じ”たかったら、向き合う覚悟をしないとダメなんです! いまのふたりは私と同じです……。向き合うこともせず、かといって割り切ることもできずに、悶々と理想だけを見て”期待”を押しつけてた、馬鹿で間抜けで滑稽な私と同じなんですよ!! それが嫌ならっ!! いいから黙って花火大会に来てくださいッッ!!」
店内に響く鈴の絶叫。きっと大声を出すことに慣れていないのだろう、語尾の裏返った、不格好な叫びだった。しかし廻と一織は何も返せず、ぐうの音も出ず……言いたいことを言い切って再び乱れた鈴の呼吸を、ただ聞いていることしかできなかった。
「……わたし、今日はもう戻るわ」
しばらくすると廻が立ち上がった。彼女はホールに背を向け、居住スペースへと歩き出す。
「ちょっと、霧島さん……!」
「教団を潰す、それが最優先なのは変わらないわ。もう水曜日も終わる、いよいよ待っていられない。何としても司祭が動き出す前に見つけなくてはならないの。……小黒さんも、もう帰りなさい。そして明日も変わらず学校に行くこと」
「そ、そんな……廻、さ――」
「――頼みたい、ことがあるの、小黒さんに。あなたにしか、頼めないこと」
「え……」
廻は背を向けたままで、鈴からは表情が見えない。
「今日、波妃町の各所で教徒と思しき集団の活動が確認できた。詳細はわからないけれど、何かが始まろうとしていることは確かよ。……だから小黒さんには、明日も学校に行ってほしいの。高校という大人数が集まるコミュニティには、少なからず教徒もいるはず。そしてそのコミュニティを自然に探れるのは、小黒さんしかいない」
「あ……」
「だから……お願い、されてくれるかしら」
「わかり、ました……」
「それから――」
廻が振り返る。長い茶髪がふわりとなびき、ガラス玉のような瞳が鈴の視線と合う。
「あなたが何を企画しようがわたしには関係ないし、わたしは教団を倒す以外のことに時間を割くつもりもないわ。だから……何か言いたいことがあるなら全部終わった“あと”にしなさい。わたしにも……余裕ができるかもしれないから」
「……!」
「もう行くわ。……目白くんも、せいぜい空腹で倒れないように気をつけなさい」
「……そうだね、そうするよ。お疲れさま、霧島さん」
「ええ」
廻は廊下の奥へと姿を消す。
窓の外ではようやく陽が落ち始めていた。
「――ふ、ふえぇぇぇ~~」
鈴はそんな締まりのない声を出し、へなへなとその場に座り込んだ。
「ちょっ、鈴さん大丈夫……って、顔色わるっ!? 昨日の体調不良、治ってないんじゃないの!?」
「だ、だいじょうぶれす……あれ仮病なんで……これはきっと徹夜明けで慣れないことしまくったせいでしゅ……」
「まじかよそんな――あ、いや。……そっか、そうだな」
一織は数秒考え込んだのち、ふらふらと頭を揺らす鈴の背中を優しくさすった。
「ありがとうね、鈴さん。色々考えてくれて」
「あはは……さすがに気づきますか」
「遅すぎるくらいだけどな。……それからごめん、心配をかけた。鈴さんのお陰で、ヘンに意地張ってたことに気付けたよ。霧島さんもきっと同じだと思う」
「どう、ですかね……私、言ってること支離滅裂でしたし、廻さんもあんな感じでしたし」
「霧島さんも言ってたでしょ、『全部終わったあとなら考えないこともない』みたいなこと。あの人があんなにわかりやすいクーデレ台詞吐くなんて初めてだ。大快挙だよ、鈴さん」
「ふ、へへ……そうですかね」
鈴は顔を上げ、斜めにずれた眼鏡の奥で微笑んだ。一織の手を借りてふらふらと立ち上がると、彼の顔を覗き込む。
「……あの、仲直り、できそうですか?」
「どうかな……あの人の抱えてるものは想像以上に深かったみたいだ。俺がそれを見誤ったせいで、今回みたいなことになってしまった。もしかしたらあの人の秘密は、俺たち程度じゃ受け止めきれないのかも」
でも――と、一織は照れくさそうに頬を掻いた。
「焦らず、向き合う“覚悟”を決めるとするかな。鈴さんに教えてもらったとおりに」
「ふふ、よかった……。はぅ……」
ぐらりと倒れかかった鈴の肩を、一織が慌てて掴んで支える。
「ちょっと大丈夫!? はあ……今日はもう帰りな? 霧島さんに大事な役目、任されたんでしょ。しっかり休んで、英気を養わないと」
「あぅ、あ……そうですね、がんばりますっ……」
「それに、鈴さんには花火大会当日のプランを練ってもらわないとだし?」
「……え、私?」
一織の何気ない一言に、眠気と疲れがいくらか吹き飛んだ気がした。
「そりゃあ。当日どこに集合するかとか、どう回るかとか。そもそも日中に集まって遊んでいくパターンもあるだろうな。あと、花火はどこで見るのがいいかとか、場所取りの有無とかも――」
「まっ、まままま待ってください! そんなに、そんなに考えなきゃいけないこと多いんですか!?」
人生で一度も遊びの計画を立てたことがない鈴。ましてや花火大会など、異世界ファンタジーの最終ダンジョンと大差ない。
「いや、適当でも気にしない人もいると思うよ。でも霧島さんは……そういうタイプじゃないでしょ、絶対」
「……否めない」
「ちゃんと誘えるように頑張らないとね、“言い出しっぺ”さん」
「ひ、ひぃぃぃぃん……!」
* *
翌朝。鈴の自宅にて。
「あの……お父さん、お母さん」
ニュースを見ながら朝の支度をしていた父と、朝食の片付けをしていた母の前に、パステルカラーのバッグを肩にかけた鈴が姿を見せた。
「あら、もう行くの、鈴?」
「う、うん……。やらなきゃならないこと、あるから……。あの、それでね……」
鈴は視線を斜め下に向けながら、小さく肩をすくませて口を開く。
「今年の花火大会、友達……と、行くことになったから。ま、まだひとり、誘えてないけど……」
父と母は何と応えるわけでもなく、ぱちぱちと瞼を動かした。鈴は誤魔化すように指先で眼鏡に触れ、いそいそと踵を返す。
「そ、それだけ! じゃあ、行ってきます……!」
廊下をとことこと駆ける足音と、玄関が開閉する慌ただしい音を見送り、夫婦はゆっくりと目を合わせる。
「……どういうことかしら?」
「たぶん……本当にそれだけ、なんだろうな……。でも――」
「……そうね。もう何年ぶりかしらね、鈴が何でもない話をしてくれるのは」
「そうだな……」
ふたりは小さく微笑むと、窓の外に目を向ける。生垣の向こうをセミロングの黒髪が横切り、すぐに見えなくなった。
「今度なにか買ってやるかな」
「ふふ、鈴はもう子供じゃないんですよ?」
ダイニングに転がる温かな笑い声。
――それを遮るように、無機質な電子音が鳴り響いた。
「おっと?」
聞き慣れた電子音はダイニングテーブルの端、そこに置かれたプライベート用のスマホからだった。
「あら?」
少し遅れて、台所のレンジの横に置いてあったスマホからも通知音が鳴る。慌てて手を拭く彼女を横目に見ながら、彼は自身のスマホに手を伸ばす。
「朝っぱらからなんだなんだ……。ん? これは――」
スマホに映し出されたのはシンプルなマーク。
手描きの五芒星に、目のような楕円が描かれた紋章が、画面を埋め尽くすように表示されていた。
平均の倍くらいの文字数になっちゃった……。まあそういう日もあるよね!()
長かったかもしれませんが、ここまで読了ありがとうございました。楽しんでいただけたら評価・感想・お気に入りなどなどよろしくお願い致します。
ちなみにその日の夜、糸巻くんは好きな子の爆弾発言のせいで一睡もできず、一織は一織で『女子高生の背中さすったの、冷静に考えて事案では?』と気づいて眠れなくなりました。鈴……恐ろしい子……。
同じ夜に、果たして廻は何を想い、何を考えたのか。そして……、
次回「3-6. 冒涜に染まる」
そして、本城輝星は何を思い、何を考えていたのか。