仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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分割投稿4分の3です。
女子高生を救うために、奇妙な”共闘”を取り付けた廻と一織。
彼らを待ち受けるものとは……?

※10/25 一部、改行等のレイアウトの整理を行いました。





1-3. 開店準備③

 

 6月に入ったばかりというのに既に日は長く、多くの家庭が晩ご飯をとるであろう頃合いになって、夕日はようやく水平線の向こうに消える。

 街灯が点き、頼りない灯りと暗闇だけになった埠頭の一角に、眼鏡の女子高生の姿があった。

 

「はあっ……はあっ……はあっ……!!」

 

 小黒鈴は混乱していた。

 港湾区大通りのダイニングカフェを再び訪ね、バッグを預けて自身のバッグを渡してもらう。自分がやるべきことは面倒ではあるものの単純、そのはずだった。

 

「はあっ……! はっあ……! ぅえっ、あ、はあ……!」

 

 慣れない運動に身体が拒絶反応を起こす。ふらふらと壁に寄りかかりながら振り返ると――、

 

「ひっ!?」

 

街灯に照らされて一瞬だけ見える、多数の人影。そして暗闇では隠しようのない、大量の足音。

 

「いやあっ!?」

 

 ダイニングカフェへ向かう途中、鈴はふと誰かに見られているような感覚を覚えた。最初こそ気のせいかと思っていたが、ついに背後から足音が聞こえ始め、その足音も増え始めた。どんなに足取りを速めても、何度角を曲がっても撒くことはできなかった。わけのわからないまま走り続け、気付いたら港湾区の端、倉庫の建ち並ぶ埠頭へと追い詰められていた。

 

「く、っはあ……!!」

 

 脇腹を押さえる。元々運動に縁のない人生を送ってきたのに、普段より重いバッグを抱えて走り続けたので身体は限界が近い。足はガクガク震え、頭は酸欠でふらふらしている。それにこの状況。自分がなぜこんな目に遭っているのかまったくもって理解できないという状況は鈴のメンタルをぎりぎりと締め付け、ただでさえ疲労している全身を圧迫する。

 

「はっ!?」

 

顔を上げると、前方の暗闇から複数の足音。回り込まれたわけではない。後ろからの足音も途切れていない。

 

「い、や……」

 

囲まれたのだ。左手側には倉庫の壁、右手側には真っ黒な海。体力も尽き、鈴にはもう恐怖のままに悲鳴を上げることしか残されていなかった。

 

 

 

  *  *

 

 

 

 時は少し遡り、そんな埠頭への道。車通りなどまったくなくなった道路を走る一台のバイクがあった。

 

「この先か!?」

「ええ! ……停まるわ!」

 

 廻がブレーキをかけて停まると、後ろに乗っていた一織はヘルメットを外す。視線の先には倉庫群のシルエット。そして、

 

「なんだよあれは。流石にぞくっとするぞ」

 

埠頭に向かう無数の人影。個々の姿は様々で、スーツ姿の男性やカジュアルな服装の女性、部屋着っぽい服装の人から買い物袋を持ったままの人まで何でもありのラインナップである。姿のバラバラ加減とは裏腹に、彼らは一様に埠頭の向こう、恐らくはそこへ逃げ込んだあの女子高生の方向へとぼとぼと足を向けている。

 

「……!」

 

 バイクのヘッドライトを向けた廻もそれに気付いたらしい。ヘルメットの奥から息をのむような声が聞こえる。

 

「霧島さん、この人たち」

「ええ。昨日の英会話教室にいた人たちと同じだわ」

 

 洗脳か催眠か。如何なる方法かは分からないがともかく、彼らは教団に操られて我を失っている。

 

「こんなに大勢なんて……」

「それだけ、昨日あんたが盗み出したものが大事らしいな。……敵さんもこっちにお気づきのようだ」

 

ヘッドライトに照らされた人々は一斉に足を止め、廻たちの方を振り返る。彼らの瞳には生気が宿っておらず、口元だけがもごもごと動いている無表情でこちらを見つめてくる。それだけで絵面としてはとんでもなく不気味である。そんな連中にわけも分からないまま襲われた女子高生がどれほど恐ろしい思いをしたか、ここでは推し量ることしかできないだろう。

 

 しかし、

 

「手はず通り、頼むわよ」

「ああ――」

 

 しかしこのふたりは怯まない。

 

「君が、そう望んでくれるならな」

 

 ()()が分かっているからだ。どんなに細くても、最低限でも。彼らはわかっている。自分らを貶めた存在が何か、向き合うべき存在が誰か。

 

「――見せてもらうわよ」

 

一織の腰には既にベルトが巻かれていた。つり目のような発光ユニットを中心に、左右に伸びるグリップのついたバックル。その造型はやはり化け物の頭部のようであり、バイクのハンドル部分のようでもある

 

LAMBDA(ラムダ)

 

 一織が左手側のグリップを捻ると、機械的な音声と共にベルトが起動する。つり目のユニットが青く発光し、低い駆動音がベルトを細かく震わす。特殊なパルスが一織の全身を駆け巡り、装着者のアマゾン細胞が活性化する。

 全身が粟立つような感覚を、一織は心の奥で押さえ込んだ。集中を切らすと意識を失う、それは本能で理解していた。全身の細胞が、人間だった自分とは違うもうひとりの自分が外に出たがっているのを感じる。

 ――まだだ。ドライバーの起動によって活性化したアマゾン細胞をひとつひとつなだめるようにして、一織は全身に意識を集中させる。

 

「っふぅーー……」

 

左手のグリップの役目は活性化までだ。その先は自分で決める。決して飲み込まれないように。自分を失わないように。最後のスイッチは自分の言葉で、押さなくてはならないのだ。

 

 

 

「 ―――― ア マ ゾ ン っ !!!」

 

 

 

 瞬く、火花のような閃光。

 太陽が完全に沈み、闇に飲み込まれた埠頭を照らすように光が奔る。

 一斉に変異したアマゾン細胞が大量の熱と光を放出、操られた人々のうち何人かは爆風でその場に倒れる。少し離れたところにいた廻も思わず身構え、倒れそうになるバイクを押さえつけた。ヘルメット越しに視線を向けると、青白い炎が人型に収束していく、昨夜と同じ光景が目に入った。

 

《D・D・Dive! To the bottom...!》

 

 変身完了を告げる合図だろうか。無機質な機械音声が零れるように流されると同時に閃光が止み、炎はその輪郭をなぞるようにしてから完全に消えた。

 

「あ……」

 

 廻の視線の先、バイクのヘッドライトの先に彼はいた。廻の両目は、昨夜よりも明瞭に、その姿を捉える。

 

 それはベルトを巻いた異形。暗い青色の体色に、黄色く吊り上がった複眼。流線型の凹凸が全身に走っていて、生物的な美しさのようなものを感じる。両腕と、両足のふくらはぎ辺りから伸びるブレードはやはり目に付くが、昨夜は注視していなかった背中にも平たいブレードが生えていることに気がついた。人間でいう肩甲骨の間辺り、そこから地面に向かって流れるようなカーブを描くブレード。否、それはヒレだ。それこそは水流をかき分け、海を裂き、愚かにも間合いに入った(にんげん)共に恐怖を与える、とある捕食者の象徴。

 

「……サメ。サメのアマゾン……!」

 

 廻の零した言葉に、“彼”が振り返る。そして、やはり壊れた無線越しのようなくぐもった声で応えた。

 

『これ以上ないくらい端的で的確な表現だけど、その呼ばれ方はあんまり好きじゃなくてさ』

 

そして再び前方を見やる。彼を敵と判断したであろう教団の人々が、ゆっくりとこちらへ向かってくるところだった。

 

『“ラムダ”だ。俺は“ラムダ”』

 

彼は軽く腰を落とし、両腕を構える。ヒレ状のブレードを敵に向けるように。

 

『“アマゾンラムダ”だ!』

 

 一織――ラムダが地面を蹴る。廻の目はなんとかその動作を追うことができた。凄まじいまでの前傾姿勢。地面すれすれを滑空するように走る彼の姿は、およそ地上にいる生き物がとっていいような挙動ではない。ラムダは両手を広げたまま目の前の集団に突っ込んでいく。そのまま腕を振り払えば、範囲内にいる人間の命などまとめて刈り取ることができるだろう。

 しかし、彼はしない。手加減はできると廻に言った。廻も、彼の手加減を一度見ている。

 

『フンッ!』

 

 広げられた両腕は人々をまとめて抱え込み、なぎ倒すに留まった。これによってラムダはその他の人々の射程距離内に入る。操られている人々は昨夜同様、そんな化け物にも臆せず飛びかかっていくが、ラムダはそれらを往なし、受け止め、軽く小突いて反撃する。……遠目に見て軽い一撃でも相当な威力があるようで、ラムダの一撃を食らった人間は例外なく倒れる。そうして彼は確実に人々を無力化していく。

 

「……未だに信じられないわ。でも、上出来よ。……上出来以上だわ」

 

 その様子を見届けると、廻はハンドルを握り、バイクを発進させた。

 手はず通り。作戦と言っても何てことはない。一織が変身して陽動と護衛を行い。廻が女子高生を救出するだけのシンプルなものだ。しかしそんな作戦を力業で成立させられる根拠が彼には、アマゾンラムダにはあるのだ。

 

「――こっち!」

 

 バイクを駆り、倉庫の間の通路を走り抜ける。埠頭まで辿り着くのに“秘策”を頼った廻だったが、ここから先は小細工など不要。教団の手先が女子高生を狙って集まっているのなら、人々の流れの先に彼女はいる。

 通路を抜け、曲がる。海沿いの通路まで到達した。右手側は完全な暗闇――つまりは海だ。そして視線の先に、街灯に照らされた人だかりを見つける。今までで一番の密度、人の集まり具合に、廻は確信して叫ぶ。

 

「見つけたわ!!」

『任せろ!』

 

 返事は上方から聞こえた。全力でかっ飛ばしたバイクにもしっかりとついてきていたであろうラムダが倉庫の屋根から跳び上がる。廻の遙か前方、人だかりの手前に着地した彼はコンクリートの地面を殴りつける。コンクリートがひび割れ、人々はバランスを崩して倒れ込んだ。

 

「……! いた!」

 

倒れ込んだ人だかりの向こうに、バッグを抱えてうずくまるようにして震える女の子の姿があった。

 

「目白くん! そのまま伏せていなさい!」

 

廻はラムダが砕いた地面の亀裂に狙いを定め、加速。そのまま段差に乗り上げ、バイクごと跳ぶ。視界の下ですれ違ったラムダの視線は、少しだけ驚いているように見えた。

 

「はあっ!」

 

人混みを文字通り飛び越えた廻はバイクを横向きに滑らせて減速。ちょうど女子高生の真横で停止した。

 

「乗りなさい!!」

「ふあああああああ!!!? わああああああん!! う“アアアああアアア!!!!」

 

廻がヘルメットを差し出すと、女子高生はめちゃくちゃに叫びながら飛びつくように後部座席に座る。

 

「たすけえええええ!? うわあアアアああああん!?」

「いや、話が早いのはありがたいのだけれど素直すぎない……?」

『一周回って頭キレッキレなのかもな』

 

困惑する廻にラムダが駆け寄る。アマゾンラムダの頭部はつり目の複眼を囲うように流線型の凹凸が形成されていて、人間でいう両耳と頭頂部の辺りで凹凸が特に肥大化していてやはりサメのヒレのようだ。

 

 ……言われてみればただでさえわけも分からず襲われていたところにこんな異形が上から降ってきて、挙げ句にバイクが大ジャンプして目の前で停まるなんて普通の高校生が目にしていい情報量じゃない。彼女の脳内はとうの昔にキャパオーバーで、生存本能だけで動いてるような状態なのだろう。しかし今の廻にはありがたい状況だった。

 

『ナイスジャンプだったよ。見とれるところだった』

「どうも。けれど、アンコールは受け付けられそうにないわ」

 

 辺りを見渡すと、人々が立ち上がるところだった。どうやら本当に間一髪だったらしい。通路の両側が人混みで埋め尽くされていて、それぞれの距離も3メートル程度。さっきのような大ジャンプは十分な助走あってのものだし、そもそも今は後ろに女子高生を乗せている。

 

「……期待していいってことは、これもどうにかしてくれるってことでいいのよね?」

『期待していいとは言ってない。けど、どうにかするとも』

「殺生はなし。転ばすだけでは不十分。不用意な衝撃で海に落とすのも極力避けたい、って言っても?」

 

 ラムダの対人戦闘技能は本物だ。命を取らず、確実に無力化できる。しかしそれは、決して敵をその場で眠らせるわけではない。殴ったり吹っ飛ばしたりして意識のみを奪うという離れ業を、人外の知覚とパワーで行っているだけなのだ。先ほどのように転ばせただけではバイクは通れないし、吹っ飛ばしたら何人かは確実に海に落ちる。幸い波は無いようだが、生身の人間が夜の闇の中で海に落ちたら余裕で死にかねない。おまけに意味不明な教団の催眠状態だ。今の人々が自力で海から這い上がる姿はあまり想像できない。

 

 廻は教団の敵だが、人類の敵ではない。目の前の人々が教団とどう関わっているかはわからないが、少なくとも今操られている人を前に修羅にはなれない。だからこの最悪な状況を、誰ひとりの命も奪わず、切り抜けなくてはならないのである。

 しかし彼は、人外の姿となった目白一織は、

 

『もちろんできる。それを――』

 

即答した。

 

『君が、望むなら』

「……」

 

 期待はするなと、彼は言った。だが信じてくれていいとも言った。何が違うかはわからない。今から言うことはひょっとしたら期待かもしれない。それでもと、思った。

 

「望むわ。お願い、力を貸して欲しい」

 

縋るなら今以外にないのだ。

 

『……』

 

ラムダは何も言わず、廻の背後で目を白黒させている女子高生の手元を指さした。そこには間違えて持って行かれた廻のバッグが抱えられている。

 

『着替え、持ってるよな?』

「は?」

 

答えも聞かず、彼は敵に向き直る。それから左手で二回、素早くグリップを捻った。

 

VIOLENT(バイオレント) STROM(シュトローム)

 

機械音声が鳴り響くと同時にラムダは右手側の暗闇――海へと向かってジャンプした。どんな理屈かそのまま海面を滑走し、腰を落としてこちらを振り返る。

 

『伏せてて』

「えっ」

『ハアッ――!』

 

ラムダは海面を薙ぐように回し蹴りを放った。脚部のブレードにすくい上げられた海水が塊となり、鞭のように細長くしなりながら飛来する。廻は慌てて顔を伏せた。ばしゃーんという、水の破裂する音と共に水しぶきを全身に浴びる。ヘルメットのバイザーを袖で拭くと、海水の鞭によって吹き飛ばされた人々が通路に、しかも倉庫側に寄って倒れていた。

 

「道が、できてる……」

『行け!!』

「っ! ええ! つかまりなさい!!」

「わ“あああっああああああっああああーーーー!!!」

 

ヘルメットの中に水が入ったのか、途切れ途切れに絶叫しつつも後ろの彼女が腕を回してくれたのを確認し、廻はバイクを全力疾走させる。ミラーで背後を確認すると、人々はなおも立ち上がろうとしていた。恐らく意識か命を失うまでは、ああやって動き続けるのだろう。

 

「くっ……!」

 

 嫌悪感を吐き捨て、廻はそんな連中の執念を振り払うようにしてバイクを加速させるのだった。

 

 

 

 

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