仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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第4幕 shArks
4-1. 動き出した星々


 

 

 波妃町・港湾区のはずれ。倉庫の建ち並ぶこの埠頭は約半年前、とある女子高生が初めて教徒に襲われた場所である。12月の海はくすんだ橙色のシャッターたちに冷たく見下ろされ、コンクリートを叩くさざ波の音もどこかつっけんどんに聞こえる。

 険悪に睨み合うシャッターと海の狭間に、居心地悪そうに敷かれた通路――そこを歩くひとりの女性がいた。

 

 本来、霧島廻(きりしまめぐり)に防寒具は必要ない。

 人々のお仕事をサポートするために生まれたヒューマギアは、地球上のあらゆる場所で稼働できるように設計されている。砂漠のど真ん中だろうと雪山の頂上だろうと稼働そのものに支障は出ない。むしろ過度に着込んでセンサーが遮断されたり、動きが阻害されたりする方が問題と言えるだろう。

 しかし彼女はヒューマギアの機体に霧島廻本人の人格を宿す存在。その精神は数ヶ月前に23歳を迎えた成人女性でしかないのである。ファーのついたベージュのコートはもちろん、左手の長手袋もポンポンのついたニット帽も、単なる擬態や“傷跡”を隠す以上の意味があるのかもしれない。

 そんな彼女が、クリスマスムード全開の繁華街ではなくこんな人気(ひとけ)のない埠頭にいる理由、そして怒りとも緊張とも取れる険しい面持ちを携えている理由。それは彼女の足取りの先、岸壁の端に佇む人影にあった。

 

「――久しぶりね、輝星さん。夏以来かしら」

「お嬢様……お元気そうで何よりです。かれこれ四ヶ月ぶりでしょうか。挨拶もできずにお側を離れる形となってしまい、申し訳ございませんでした。去る九月にはお誕生日も迎えられて――」

「茶番は結構よ」

 

 眼鏡をかけた長身の男・本城輝星(ほんじょうこうせい)は廻の元教育係にして幼馴染。グレーのロングコートの下から覗くのは見慣れた執事服だが、彼が“ただの執事にあらず”であることを、廻は既に知っている。

 

「くだらない世間話をするために呼びつけたわけでもないのでしょう。わたしも、貴方には聞かなければならないことが山ほどあるの」

「存じ上げておりますとも……。なんなりとお申し付けください、お答え致します。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……舐められたものね」

 

 廻は苛立たしげに首を傾けた。フワリと垂れた前髪の奥から、左右で色の違う瞳が鋭い視線を放つ。

 

「もちろん戻るわよ。お屋敷にはわたしの“大事なもの”もあるわけなのだし。……でも順番が逆。貴方がわたしの言うことを聞いてからよ。輝星さんがわたしの質問に答えて、洗いざらい己の行いを話して、膝をついて悉くを懺悔した後で、わたしはわたしの意志でお屋敷に戻る」

 

 輝星は視線を下げる。困ったような苦笑いを浮かべ、小さく肩をすくめた。

 

「お怒りになるのも当然です。ですがお嬢様が我々にとって……私にとって大切な存在であることは変わりません。ですからこうしてお話する機会を設けたのです。私はいつだってお嬢様の――」

「――“お嬢様の味方です”ってか? それはちょっと白々しすぎるんじゃないかな、本城さん?」

 

 輝星の言葉を遮るようにして、倉庫の影から姿を現したのは目白一織(めじろいおり)。紺色のダウンジャケットを纏った彼の手には人間の生首――ではなく、一見生首にも見える不思議な鉄の塊が握られていた。彼がそれを廻たちの方へ放ると、その塊はガシャガシャと音を立てて転がる。断面――人間で言う首があった部分――からは配線が飛び出していて、黄色い布のようなものも引っかかっている。

 

「さしずめ“ロボット兵士”と言ったところかな? 埠頭を囲むように配置されていたよ。……霧島さん、これも“ヒューマギア”か? なんとなく雰囲気が違うような気もするけど」

 

 廻は視線だけを動かしてその“ロボット兵士”の生首を見下ろし、目を細める。

 

「……そのカンは当たりよ。技術体系が違う。ヒューマギアとはまた別の時空から取り出したロボットのようね」

「なるほどねぇ」

 

 まあどのみち――と一織は息を吐き、やや不機嫌寄りの真顔を見せる輝星の方を向き直った。

 

「このスーパー執事さんはハナっから穏便に話し合うつもりじゃなかったってことだな」

「ええ。そのつもりならacquario(おみせ)に予約を入れてくれても良かったでしょうに」

 

 輝星はしばらく黙り込んだのち、静かな怒気を孕んだため息を吐いた。口から漏れた白い息は、海風に煽られて彼の後方へと消えていく。

 

「……おひとりで来るようにと、そうお伝え申し上げたはずですが」

「目白くんは喋る武装みたいなものよ。何も問題はないでしょう」

「ひでぇ言われようだけど、まあそういうこった。話し合う気がさらさらなかったのは、あんただけじゃなかったってワケ」

「本当に……聞き分けのない子になってしまったものだ……」

 

 波が砕け、一瞬の静寂が辺りを包む。静電気が弾けるように、冬の乾いた空気が震える。その静かな一瞬に差し込むようにして、本城輝星は薄桃色のフルボトルをトランスチームガンに装填した。

 

Octopus(オクトパス)

 

 拳銃を持った右手は胸の前へ、左手は水平に伸ばし、形作られたのは見る者を魅了する美しいお辞儀。その欠片も無駄のない所作は使用人として生きてきた彼の人生そのものであり、彼に染みついた敬愛の証なのだろう。しかしながら今この瞬間において、彼の全身から溢れ出るのは敬愛を塗りつぶす苛烈な激情。激しい敵意だった。

 

蒸血(じょうけつ)……!」

 

Mist(ミスト) Match(マッチ)――!》

――《Octopus...! O・Octopus...!》

 

 銃口より噴き出す灰色の蒸気が彼の姿を隠し、警告色の怪人へと変貌させていく。

 

「行くわよ目白くん」

「おう」

 

 対する廻は懐から白いプログライズキーを取り出し、一織はジャケットを翻してアマゾンズドライバーのグリップを握った。

 

TENTACLE(テンタクル)!》

LAMBDA(ラムダ)

 

 廻は左手首を返し、滅亡迅雷フォースライザーにキーを挿入。その勢いのまま左手を前方へ振り払い、脱力したような指先越しに輝星を見据える。目の前で蒸気に呑まれる幼馴染を今一度、自らの敵であると断定するように。

 

「――変身」

 

《フ ォ ー ス ラ イ ズ !》 / 《FLOATING(フローティング) CLIONE(クリオネ)!》

 

 一拍遅れて、一織は短く息を吐いた。全身の毛が逆立つような情動を呑み込み、自身の“内側”へ向かって語りかけるように合い言葉を放つ。

 

「アマゾンっ……」

 

 灯る爆炎。変異した細胞が一織の全身を包み、その傍らでは爆風に煽られたクリオネのライダモデルがバラバラに分解され、廻の全身に纏われる。

 変身が完了するのはほぼ同時だった。

 

《Fire...!》

 蒸気を裂くようにして現れた『イエローガイスト』。

 

《ブ レ イ ク ダ ウ ン ――!》

 深紅のひとつ目を真っ直ぐに向ける『仮面ライダー(めぐり)』。

 

《D・D・Dive! To the bottom...! 》

 爆炎の奥から白い息をたなびかせる『仮面ライダーアマゾンラムダ』。

 

 波妃町の片隅にて、実に四ヶ月ぶりとなる異形同士の激突が始まった。

 

 

 

 口火を切ったのは廻だった。

 増幅された脚力で地面を蹴り、一瞬にしてガイストの眼前に躍り出る。勢いを殺さないまま放たれた回し蹴りは、ガスマスクのような頭部の斜め下――頸部へと吸い込まれるように向かっていく。しかしガイストはその一撃を首を傾けて回避。倉庫の壁を蹴って飛来したラムダの拳も続けざまに回避すると、飛び上がって彼らの背後に回り込んだ。

 

『たあ――う、くっ!?』

 

 追撃しようとする廻たちを阻んだのは、真横の通路から放たれた銃弾の雨だった。廻は咄嗟にアタッシュライフルを取り出して防御、ラムダは両腕で顔面を覆うようにして急所を庇った。

 

『ハン……まだこんなに隠れてたのかよ、“ロボット兵士”』

 

 通路の奥で銃器を構えていたのはフルフェイスヘルメットのような頭部を持つ人型ロボットの集団。それらは黒い戦闘服の上に黄色いケープのようなものを羽織った奇妙な出で立ちで整列し、廻たちに無機質な視線を向けていた。

 

『教えて差し上げましょう。それの正式名称は“ガーディアン”。私のトランスチームシステムと同じ時空から取り出した使い捨ての便利な駒です。「銀の鍵」のついでに生まれるゾンビと比べてコストは嵩みますが……藤堂氏の品性に欠ける采配と違ってより強固に、優雅に運用ができるというわけです』

 

 イエローガイストがトランスチームガンを閃かせ、“ガーディアン”なる兵士たちも息を合わせるように発砲。廻とラムダは思わず飛び退き、海に落ちるすれすれまで瞬く間に追い詰められた。

 

『なにが優雅よ。平然と人の命を踏み台にしておいて……!』

『まったくだ。根本的に上品だの何だのの基準が違うんだよな、バンドなら解散してる』

『つまらないこと言っている余裕があるなら何とかしなさいよ。あなたが索敵を怠ってさえいなければ、ここでガーディアンに妨害されることもなかったはずでしょう』

『いや怠ったわけじゃないけど……まあそうだな。ここは俺が行くのが道理か!』

 

 頭部を庇いながら跳び上がり、廻の前に立ちはだかるラムダ。彼は両腕で視界にあった銃弾すべてをはたき落とすと、右手側のグリップを引き抜いて通路へと飛び込んでいく。

 

VIOLENT(バイオレント) SPLASH(スプラッシュ)

 

『殴り損ねた一発、君に預けたよ!』

 

 アマゾンスピアを振り回し、ラムダはガーディアンの群れを押し返していく。その姿を見届けた廻は再び前方を向き直り、イエローガイストに躍りかかった。

 

『たあああーーっ!』

 

 流れるように繰り出される手刀と蹴り技。鈍器として振り回されるアタッシュライフルのスイングも交えた高速の連続攻撃は、しかしながら一発も命中しない。

 決して廻の攻撃が遅いわけでも、ましてや狙いがいい加減なわけでもない。滅亡迅雷フォースライザーによって過剰ブーストがかけられた全身、そこから繰り出される攻撃は一撃一撃が空気を震わせるほどの威力を持ち、それでいて風を切るように素早い。閉じた状態でもそれなりの大きさを持つアタッシュライフルさえ、まるで短刀か何かのように軽々と振り回している。

 加えてヒューマギアならではの精密動作性と演算能力である。彼女が放つのはただ対象を狙うだけの攻撃ではない。かつて司祭の挙動を読んだように、彼女は常にイエローガイストの回避動作さえも“予測”して攻撃の軌道を決めている。だが――

 

『くっ……!』

 

 だが当たらない。予測通りの位置でガイストの身体と廻の攻撃が重なる直前、彼の漆黒の身体は不自然に“曲がる”のだ。腕も足も、頭部でさえも。ぐにゃりという擬音がぴったりの挙動で、その瞬間だけ骨でも消えたかのように身体の形が変わる。それは彼が『オクトパスフルボトル』の使い手であり、フルボトルの持つ特性を完璧に使いこなしているからであろう。

 

 深紅の軌跡が振り下ろされ、廻は咄嗟に腕で防御する。スチームブレードの刃は縞鋼板の手甲に食い込み、激しく火花を散らした。続けざまに繰り出された前蹴りに押し出されるようにして、廻は距離を取る。左腕の装甲には赤熱する裂傷が深々と刻まれていた。

 

『腹立たしいことこの上ないですねぇ……』

『……?』

 

 ねっとりとした声を上げるガイストは廻のその腕を、スチームブレードを握ったままの左手で指さした。

 

『咄嗟の行動が”防御”とは……大変不本意ながら私にはすぐに分かりましたよ。……ラムダから学習(ラーニング)したのでしょう?』

『……』

『機動力に長けているはずの滅亡迅雷フォースライザーと相性が悪い戦術をとっているのはともかく……あぁ、腹立たしい。はらわたが煮えくり返る心地ですよ。貴女が、()()()()()()()()()()()という事実がねェ……!』

 

 ガイストの姿が視界から消える。彼は黄色い残像を残しながら一瞬にして廻の真横に迫っていた。ヒューマギアの動体視力でその姿を捉えることこそできたものの、繰り出された拳は何とか片腕で受け止めることしかできなかった。

 

『うぐっ!?』

 

 彼の言う通り、耐久力を犠牲に機動力に特化した廻ではその衝撃を受けきることができない。廻は真横にあった倉庫のシャッターを貫通し、コンテナの立ち並ぶ倉庫内部まで吹き飛ばされる。空中で体勢を立て直し、コンテナのひとつに着地すると、三列空けた先のコンテナにイエローガイストが降り立ったところだった。

 

『これは何が何でもお屋敷に連れ戻し……忘れていただく(教育してさしあげる)必要がありますねぇ』

 

 そう呟きながら彼はスチームブレードを二つに割り、トランスチームガンに取り付ける。

 

『いつまで教育係のつもりなのかしら。教わることもないし、もう教わるつもりもないわよ』

 

 対する廻はアタッシュライフルのボタンを押し込み、捻るようにして変形させる。

 

Rifle(ライフル) Mode(モード)...!》

RIFLE(ライフル) RISE(ライズ)!》

 

 引き金を引いたのは同時。両者は発砲した直後に身をよじり、すれ違うように飛来した銃撃を回避する。それぞれの爆風を背にし、それぞれのコンテナの上を駆け出した。

 

『そぉれェェェエエエエ!』

『だああァァァーーーーっ!!』

 

 走りながら引き金を引き続けるふたり。倉庫内にはいくつもの火柱が立ち上がり、燃えさかる瓦礫が辺りを飛び交った。ガイストは廻には劣るものの洗練された射撃技能で銃撃を繰り出し、廻からの銃撃はやはり完璧に回避する。一方で廻は行動を先読みする偏差射撃をガイストに浴びせかけ、飛来する弾丸も回避しながらラーニングし、その挙動を一撃ごとに磨き上げていった。そうして互いに一発たりとも被弾しない、張り詰めた攻防が続いていく。

 

『(認めるしかないわね……輝星さん(イエローガイスト)の回避技能は本物。どれだけ演算を重ねたところで、正面からでは命中させられる気がしない。フォースライザーの稼働は長く持たないから、このままだと先に潰れるのはわたしの方ね……)』

 

 ならば――と、廻は視線を巡らせる。視界に表示される映像に数多のウィンドウがポップアップし、複雑な弾道計算と物理演算が一瞬にして処理された。

 

『これでどう――!?』

『ほう……?』

 

 廻は片膝立ちの状態から数発の銃撃を発射。対するイエローガイストはその場で跳び上がり、アクロバティックな動きで全弾を回避した。派手に爆発する倉庫の壁を背後に、彼は悠々とコンテナに着地する。廻はなおも射撃を続けるが、やはり彼には当たらない。

 そんな彼――イエローガイストの頭上で、巨大なクレーンが音もなく頭を垂れた。壁の爆発によって根元が破壊され、今にも落ちてきそうなクレーンの先端に、イエローガイストは気づかない。

 

 ――と、思っていた。

 

『浅いですよ、お嬢様。腹芸が不得手なのは、ヒューマギアになってもお変わりありませんね』

『あっ――』

 

 イエローガイストは飛び退き、落下してくるクレーンを寸での所で回避する。否、あえてギリギリで避けただけであり、とっくに気づかれていたのは彼の声色からも明らかだった。

 

『これでも「回避」に関しては自信がありましてね……。分かるんですよ、その攻撃が“牽制”なのか“本命”なのかくらいは。先ほどの射撃は明らかに“牽制”……避けさせるための攻撃だ』

『……』

『ですがよもや……壁ごとクレーンを破壊して潰させようとするとは。……本当に、変わっていませんねぇお嬢様? 何をするにも人一倍負けず嫌いで、負けないためにはどんなに泥臭い手段も厭わない。私が何度「下品だ」と窘めても、この一点に関しては最後まで改善できませんでした』

 

 廻の胸部装甲から黒い煙が吹き出した。稼働限界が迫り、その白い身体をよろめかせる。ガイストはトランスチームガンを向け、満足げに喉を鳴らした。

 

『ですがご安心を。お屋敷に戻ったのち、そんな至らぬ点も含めてこの私が今一度教育して差し上げますゆえ……』

『……確かに、わたしのやり方は強引で大雑把、かもしれない。でも……そんな身勝手なやり方に、殊勝にも振り回されてくれるヒトだっているのよね。嬉しいことに』

『何ですって……?』

『輝星さんの「上品」とわたしたちの「上品」は違うってことよ。……()()()()()()()()()()()()()

『なん――』

 

 輝星が頭部装甲の奥で目を見開いた直後、彼のすぐ後ろ――燃えさかる炎の中からサメの異形が飛び出してきた。暗い青色の身体を踊らせながら、アマゾンラムダは地面にめり込んだクレーンの残骸を持ち上げ、凄まじい膂力でガイストに叩き付ける。

 

『ごっ!? ゲ、ぶぅっ――!?』

 

 警告色の装甲が砕け、頭足類を模した身体はコンテナに挟まれた地面をバウンドしていった。

 

『さっきの銃撃が“牽制”だったのは事実。でも本当の狙いはクレーンの破壊ではないわ。……ちょうどその壁の向こうでラムダと戦っていたガーディアンの殲滅よ』

 

 アタッシュライフルを肩に乗せて得意げに語る廻の隣に、煤まみれになったラムダが降り立つ。

 弾道計算の瞬間、廻は倉庫の壁に“スキャン”をかけた。壁の向こうにラムダとガーディアンの影を見つけると、ガーディアンを一掃しつつクレーンも破壊できるような弾道を導出したのだった。獲物を失ったサメは当然こっちに来るだろう――という理論は我ながら強引で下品なのかも知れないが、少なくとも目白一織という男ならそんな強引さにも乗っかってくれる。廻はそう思ったのだ。

 

『……危うく諸共に殲滅されかけた俺に何か言うことない?』

『クレーンでぶん殴るのは流石に下品だと思ったわ』

『こっちも解散の危機じゃん……』

『こ、のォ……! よくも、貴様……、仮面ライダーアマゾンラムダぁぁ……!』

 

 ふたりの視線の先でイエローガイストが立ち上がる。彼は向かって左側の装甲を砕かれているもののまだまだ健在のようだ。しかしその声色からは明確な動揺が伝わってくる。

 

『なぜ貴様がァ、貴様が彼女の隣にいるのだ……! 私が、この私こそが廻様を正しく導くことができるというのにっ! 貴様が現れてからすべてが狂ったのだ……貴様さえ、いなければァァァ!』

『――ひとつ教えてあげるわね、輝星さん。わたしが貴方と司祭に現実を突きつけられたあの日、貴方はわたしを穏便に連れ戻そうとしたのよね。それが貴方からすれば「正しい導き」になるはずだった。でもわたしは全部投げ出して……。そうね……“自殺”、しようとしたのよ』

『……!?』

 

 絶望した廻は自我と記憶を初期化し、消そうとした。それはラーニング前の“ただのヒューマギア”に戻るということであり、人間に例えるならその表現が最も近いのかも知れない。お節介な友人の尽力があって、廻は自分が自棄になっていたことに気付けたのだ。

 

『輝星さんが今でもわたしのことを大切にしてくれているのは分かるわよ。でも、いい加減に自覚しなさい。「翡翠の光」だろうとその背後にある何かだろうと……貴方が“そっち”にいる時点でもう決定的にズレているのだということを! わたしは貴方たちを決して認めないし、貴方を絶対に許さない!』

『ふ…………ざ、ける――なァァァアアアアアーーーーー!!』

 

 輝星は雄叫びを上げ、片手剣についたバルブを殴りつけるようにして捻る。配線が脈動し、刀身から冷気が放出された。

 

Ice(アイス) Steam(スチーム)...!》

 

『ウォオオオァァァああああッッ!』

 

 振り下ろされるスチームブレードの動きに合わせて、巨大な氷塊が叩き付けられる。周囲のコンテナがまとめて宙を舞い、一拍遅れて生成された氷柱(つらら)に巻き込まれる形で氷漬けにされた。

 そんな氷塊の根元から駆け出す一対(いっつい)の影――。直撃を凌いだふたりの仮面ライダーはガイストを左右から挟むように、弧を描きながら駆けていく。ラムダはアマゾンズドライバーのグリップを握り、廻はアタッシュライフルにプログライズキーを装填した。

 

《Progrise key confirmed. Ready to utilize...》

――《PENGUIN’s ability!》

 

 銃身に充填されていく『(ハリケーン)』のアビリティ。廻はライフルを持ち替え腰だめ撃ちの構えを取ると、片膝立ちでスライディングしながら引き金を引いた。

 

『いっけえぇぇーーーっ!』

 

 一撃の威力を落として速射性能に特化した『風の弾丸』。まるでガトリングガンでも扱っているかのような弾丸の嵐を相手取り、それでいながらイエローガイストはすべての弾丸を回避していく。

 

『(この程度、避けてみせるともォォ! 多少の過負荷など承知の上、ここで押し負けることなど断じて有り得ない! それに……やはり浅い! 魂胆が見え見えだ、仮面ライダぁぁぁ!)』

 

 脳がパンクしそうな感覚に耐えながら、弾幕を回避していく輝星。彼は背後から迫り来るもうひとつの気配を既に察知していた。廻とラムダによる波状攻撃、さながら十字砲火といったところか。だがネタがバレてしまっている以上、回避に長けた輝星がその攻撃を掻い潜ることは決して不可能ではない。

 

『ここだァァァーーーーっ!!』

 

 輝星は最後の弾丸を避けるとすかさず振り返り、ちょうど跳び上がった直後のラムダと視線を交える。完璧なタイミングだ。この位置からならラムダの挙動を目で追うことが可能であり、その一撃も何とか避けられるだろう。そして大ぶりの一撃を外したラムダをカウンターで仕留める。この忌々しいサメさえ駆除できれば、あとはどうとでもなる。輝星はそう確信した。

 

 だが、

 

『――は?』

 

 輝星の視界の端で何かが光った。

 それは弾丸だ。つい今し方、全弾回避した何十発もの風の弾丸。バラバラに散っていったはずのそれらは空中で一斉に“振り返り”、とある一点――振り上げられたラムダの腕に向かって収束していく。

 

『行って! ラムダ!』

『ハアアアアアアアアアっ!!』

 

 無数の弾丸がラムダの腕に着弾。風を纏った青色の体躯は急加速し、イエローガイストの動体視力を振り切る。輝星が気づいたときには、その拳はまさに眼前――どうあがいても回避など間に合わない位置まで肉薄していた。

 

『――最後の一発、霧島さんと鈴さんの分だ。噛みしめながらぶっ飛びな!』

 

 

STORMING(ストーミング)――

   ――VIOLENT(バイオレント)――

        ――SNIPE(スナイプ)!》

 

 

 ガスマスクの装甲に拳がめり込み、同時に風のエネルギーが弾け飛ぶ。それは小さな竜巻となって倉庫の壁と天井を破壊、顔を覗かせた水平線に向かって大量の瓦礫を吹き上げた。イエローガイストは海に面した通路を転がると、警告色の全身装甲を粉々に砕き散らして変身解除した。

 

『……結局、トドメの一発は俺がもらっちゃったな』

『何を言っているの……うっ』

 

 ラムダの背後で廻がクリオネキーを引き抜いた。乳白色の装甲は火花を散らしながら消失し、元の姿に戻った廻はよろめきながらも凜とした視線を向ける。

 

「あの拳はわたしと鈴ちゃんのものよ。あなただってそう言ったでしょう、今更取り消すなんて認めないわ……」

『……そうだな』

 

 ラムダは変身を解かず、歩み寄ってくる廻を視線で制すと、海の方――コンクリートの岸壁に転がる本城輝星の方を向き直った。

 

「ふふっ、……ははは………はははははは………」

『さて、これでようやく腰を据えて話し合いができるな?』

「教えなさい、輝星さん。わたしの実家は……霧島財閥は何を企んでいるの? どうして……『翡翠の光』の悪行を黙認していたの? わたしがその名前を知るずっと前から、彼らは既に知っていたのでしょう」

 

 財閥は『翡翠の光』のことを知っていた。恐らくだが、廻がヒューマギアとして目覚めるずっと前に。それでいて波妃町での彼らの行いを黙認していた、まるで監視でもするかのように……。それが四ヶ月をかけて廻たちがようやく辿り着いた仮説だった。

 

「ほう……そこまで見えていたとは……驚きですねぇ……」

『この四ヶ月、ひたすら“後始末”に奔走してきたからな。――おっと逃げるのは無しだぞ。どうしてもって言うなら寒中水泳くらいは付き合うけど』

「言ってくれますねぇ……どうやら勝った気でいるようだ」

『……お前こそ負けたつもりでいないんだな?』

「く、はははは……何度も何度も、九重峡谷で初めて会ったときから何度も申し上げているはずだ……いい加減理解したまえ……“我々は組織だ”と!」

 

 ラムダの耳に届く、風を切るような音。不自然な空気の振動がこちらに迫ってきているのを察知し、ラムダは直感でそれの正体を看破した。

 

『霧島さん、伏せてっ!』

「え――きゃあっ!?」

 

 飛び退き、廻に覆い被さるようにして身を屈めた。その直後、さっきまで立っていた場所が無数の弾丸に穿たれる。振動音の発生源は空――その正体はプロペラが空気を切る音だった。

 

『くっ!?』

「軍用ヘリ!? こんなものまで持ち出すなんて……!」

 

 輝星は降ろされた縄ばしごに飛び乗り、追随しようとしたラムダに銃撃を浴びせて牽制する。漆黒の軍用ヘリは高度を上げ、瞬く間にラムダの射程外へ逃れていった。

 

「日を改めて、再びお迎えに参りますよお嬢様……! もちろん、そちらから来ていただくのも大歓迎です。その日までどうか……“この名前”をお忘れなきよう――!」

「……!!」

 

 輝星を乗せたヘリは身を翻し、その巨体に似合わない速度で空の向こうへ消えていった。

 

『くそっ、映画の主人公かよ……。ちょっと羨ましいとか思っちゃったよ』

 

 ラムダはそう吐き捨てると、冷気を放出しながら変身を解いた。

 

「……ごめんなさい、わたしが変身を維持できていれば、逃げられることもなかったのに」

「ヘリを用意してるなんて誰が予想できたよ? 悔しいけど、下準備込みだとあちらさんが一枚上手だったってことかな。……まあぶん殴れはしたワケだし、ひとまず上出来なんじゃない?」

「……楽天的すぎ。最近、あなたの頭の中はふわふわどころかスカスカなんじゃないかって思えてきたわ」

「ひでえ」

「そんなスカスカ目白くんに問題よ。……これ、後始末するの誰かしら?」

「あー……」

 

 一織が見上げたのは原型を失うほどに崩壊した倉庫だった。廻は真顔で視線を下げるが、左耳のランプは不機嫌そうに点滅している。

 

「こりゃ帰ってきた鈴さんがひっくり返るな」

「呆れられるわよ。あの子が安心して帰ってこられるように、できる限りもみ消すわよ」

「もみ消せるのか、これ……?」

 

 肩を落としながら瓦礫に足を踏み入れていく一織。廻は彼に続こうとして、改めて空の方――輝星が去って行った西の空を振り返った。

 

「………」

 

――その日までどうか……“この名前”をお忘れなきよう――!

 

 彼が残していった“名前”。ヘリのローター音にかき消されながらではあったが、廻は確かにその名前を聞いた。

 

 初めて聞く言葉、聞き覚えのない名前だった。ヒューマギアとしての記録データにも該当する名前はなく、恐らく……検索しても辿り着けないのだろう。

 

 

――『琥珀(こはく)(ほし)』。

 

 

 廻はもう一度、その単語を心の中で繰り返す。その短い響きは、単語に込められた冒涜の残滓は……かつて狂気に堕ちた大学教授が率いていた集団のものと、どこか似ている気がした。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。第4幕、開幕です!

劇中では3幕の終わりから四ヶ月も経過しましたが、「水着回やれないじゃん!」と気づいたのはプロットがまとまった後でした。(彼らが大人しく海やらプールやらに行くかはさておき)いつやっても良いように廻の素体となったヒューマギアは防水仕様ということにしておきます。
冗談はさておき、彼らがこの四ヶ月で何をしていたかは今後触れたり触れなかったりするのでお楽しみに。

楽しんでいただけたら感想・評価・お気に入りなどなどよろしくお願いします。


次回「4-2. 廻のどきどき☆クリスマス ~ブッキング編~」

温度差に震えて眠れ。


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