12月中旬。ハロウィンと入れ替わるように台頭してきたクリスマスムードも最高潮を迎えようとしている今日この頃。
波妃町には今、ふたつの“都市伝説”が存在していた。
まず『街に蔓延る亡者』の噂だ。秋頃からSNSやらネットの掲示板やらで「ゾンビに遭遇した」という旨の投稿が頻発し、あっという間に『亡者』というタイトルが確立されて広がっていったのだった。九重峡谷の奥地に謎の洋館があるだの、波妃町を拠点にしている製薬会社が人体実験をしているだのの“尾ひれ“が瞬く間に生やされ、まことしやかに語られるようになった。しかし残念ながらそのような胡乱な企業などは存在せず、洋館だと言われて拡散された画像もフィッシングクラブだった小屋のものであった。こうしてこの亡者の噂は他の有象無象の噂話同様、一過性のものとして忘れ去られるはずだった。
亡者の話題性が下火になりかける頃、『亡者を狩る謎のヒーロー』の噂話が立ち上がり、こちらも大いに盛り上がることとなった。ただしこちらはこちらでヒーローの見た目が赤いひとつ目だったり黄色い吊り目だったり、その正体が政府の派遣した特殊部隊員だったり人体実験を受けた化け物だったり――と、一貫性の欠片もないものだったので結局のところ胡乱の域を脱することができず、亡者の噂の延長でしかないひとつの噂話に留まっている。
しかしこれらの噂は未だにどこかで目撃証言が挙げられ、それこそ季節の変わった12月現在でもなんとも言えない存在感を示しているのだ。旬を過ぎた都市伝説は忘れ去られ、数年後にまとめ解説系動画投稿者のネタになるまで表舞台から消えるのが定石だが、これらは旬を過ぎたあたりで謎に“定着”し、主に刺激に飢えた若者の好奇心を今でも煽り続けている。
一体なぜなのか、という問いは野暮だろう。
壊滅した『翡翠の光』が残していった大量のロッジからゾンビが解き放たれ、一織と廻がそれらの駆除に追われている――という現状に他ならないのだから。
「今の話……本当なんですか?」
女子高生・
「『ストーミング・“バイオレント”・スナイプ』をこの目で見られなかったなんてッ――!」
ぎりぎりと拳を握る鈴。眼鏡の奥の丸い両目は、激しい悔恨に歪んでいる。
「……え? そこ?」
本城との接触というある意味大きなチャンスをフイにしたことを、彼女なりに重く受け止めていたのだと勝手に思っていた一織は思わず面食らってしまう。すると鈴はバッと顔を上げ、「そこ以外何がありますかっ!」と悲壮に満ちた表情を向けた。
「ああ……修学旅行とかいう何の生産性もないイベントなんかにかまけていた自分が憎い……。我が子の成長を見守る機会を奪われた気持ちです。一織さんにはこの気持ち、わからないです……!」
「軽々しく我が子とか言わないで現役女子高生」
「まさか……『バイオレント・ディストピア』と『
「なんだっけそr……いや、使ってない。使ってないよー?」
「ほっ……。あ、あの、今後はできればその、合体技開発担当である私に予め一言入れるか、もしくはスマホで録画でもしていただけると……。今回は不問にしますけど、その、特許は私にありますので……」
「特許て……」
いくつか浮かんできたマジレスを慌てて呑み込む一織。彼女のアイデアの一角が、イエローガイスト撃破における最後の一押しになったことは事実なのだ。無駄な揚げ足を取るのも無粋であろう。
「承知したよ。ともあれ、イエローガイストから一本取ることだけはできたしね。鈴さんのお陰」
一織がそう告げると険しい表情から一転、溶けたチーズのようなふにゃふにゃした顔で不気味な笑い声を上げる鈴。前々から思ってはいたがだいぶチョロい。絶対ホストクラブとか行かない方が良い。
「ふへへへ……わかればいいのです。じゃあこれあげます。一織さんへのお土産です」
そうして渡されたのは大きな紙袋。沖縄にある超有名水族館のロゴがでかでかと描かれているその袋から出てきたのは……ジンベエザメのかぶり物だった。
「これを……俺に?」
「あ、あれ? スベった? 私スベりました!? 絶対ウケると思ったんですが!? 爆笑必至だと思ってたんですが!? ご、ごごごごめんなさい! 返品してきまっっ」
「いやいやいや! 大丈夫、ありがとうね! そしてごめんね俺も天然でこうなったのかウケ狙いだったのか咄嗟に分からなくてね! ウケ狙いだったんだね、よかった!」
「ひ、ひいいいい!? ウケ狙いとか連呼しないでください! 一織さんがそうやって解説してる時点でだだズベり確定じゃないですか!」
「スベってないスベってない! でもこういうことは自身のセンスによほどの自信がない限りやめとこうね!」
「ぎゃあああ被らないで! いま! 痛感してますからぁ!」
「――うるさいわね。ただお土産を渡すだけでどうしてそこまで騒ぎ散らかせるのかしら」
店の奥から涼しげな声。先ほど、同様にお土産を渡されていた廻が奥の自室から姿を見せる。
「きりし――」
「なかなかの機能性ね。シンプルな造型で動きを阻害しない、それでいてどこの記念品なのかも一目で分かる無駄のないデザイン。気に入ったわ、褒めてあげてもいい」
廻が着用していたのはフード付きの真っ赤なスウェット。その派手であれば何でも良いみたいな色合いもさることながら、見るものの目を引くのは胸部に刻まれたクソでかい『首里城』の三文字。廻ほどの絶世の美形がそのような――今日び外国人観光客でもギリ買わなそうな勢い全振りの衣類を身につけて優雅に歩いてくる姿に、一織の脳がバグりかける。
「……あー、前言撤回。鈴さん、センスの塊すぎる」
「え、あの……これは別にウケ狙いじゃないんですけど……」
「えっ」
「えっ」
「さて、全員揃ったことだし作戦会議を始めましょうか。輝星さんの残した『琥珀の星』という単語……それから波妃町の現状を整理して、年末年始のスケジュールを――」
「ごめん霧島さんちょっとこっち見ないでもらっていい?」
「え……」
思わず彼の背を見つめる首里城――もとい廻。ジンベエザメ――もとい一織の向いた窓の向こうでは、ぱらぱらと雪が降り始めていた。
八月に行われた風間川花火大会ののち、廻たち喫茶
もともとゾンビとは『銀の鍵』の生け贄の成れの果て。司祭である藤堂は邪神復活のためにその時空を飛び越える魔法陣を多用し、研究を重ねてきたのだという。想像するのもおぞましい話ではあるが、その過程で生ける屍になってしまった人々が相当な数になっていたことは語るまでもないだろう。司祭の撃破に伴って制御を失ったゾンビたちが自由気ままに動き出してしまった――というのが世間で『陰謀』などと言われている都市伝説の真相だ。魔法陣の副作用のようなプロセスで生まれたこのゾンビたちは映画や漫画のそれらと違い感染こそしないが、事情を知っている廻たちからすれば当然捨て置けるものでもない。そうしてこの四ヶ月、廻と一織は街の平和を守る“ヒーロー”にならざるを得なかったと言うわけだ。12月現在まで町中を駆けずり回って尚、ゾンビの駆逐に至っていないことからも改めて教団の悪事のスケールが窺える。
正直ここまでなら、廻はかなり初期の段階から予期していたのだという。彼女にも予想できなかった不可解な事象、それは世間の反応だった。
ゾンビ狩りを初めてひと月たった辺りから、『亡者』の噂が広まった。ほどなくして『ヒーロー』の噂も浸透し始めた。冷静に考えてみれば当然の成り行きだ。戦いは異世界やら別次元やらで起きているのではなく、紛れもなくこの街で起きているのだから。余計な混乱を避けるために廻も一織も隠蔽工作に最大限の配慮をしているものの、約六万人の市民がひしめくこの波妃町において完璧な隠蔽など土台無理な話だったのだ。
そこで不可解な点となるのは『ではなぜ、これまで全くと言って良いほどにそのような“噂”が立たなかったのか』、である。
「――先日の埠頭での戦闘も、早速例の噂に結びつけられて盛り上がっているそうね。当然、警察の捜査も入っている。輝星さんとの会話でひとつだけハッキリしたことは、彼らの組織が今までずっと情報操作をしていたということ。そして――」
「そして今では……というより『翡翠の光』が壊滅してからは、情報操作を
「間違いなさそうね。その結果がこの混沌とした現状よ」
廻が(スレンダーな身体に琉球王国の象徴を抱いたまま)タブレットを向けると、そこには掲示板サイトの画面が表示されていた。亡者がどうのこうの、港湾区がどうのこうのといった投稿がつらつらと並んでいる。
「『
一織が(頭に現生最大の魚類を纏ったまま)そう呟くと、廻はわずかに顔をしかめた。彼女は『お別れパーティ』の隠蔽の際、輝星に協力してもらったことを思い出す。あれは何も知らなかった輝星が廻に力を貸す、という構図だと思い込んでいた。しかし『琥珀の星』からしてみればいつものことで、そこにたまたま廻の思惑が重なっただけである可能性が高い。いずれにせよ、
「や、やっぱり財閥を直接探るのは無理、なんでしょうか……?」
鈴が(渾身のお土産が悉くズレていた事実に若干凹みつつ)尋ねると、廻は「現実的ではないわね」と言って立ち上がり、タブレットをいじりながら何気なく歩き出した。真っ赤なクソでか文字Tシャツが突如として接近してきたので一織は慌てて目を逸らす。
「一応、探るとしたらわたしの住んでいた霧島邸と、輝星さんの一家が運営している企業の本社ビルになると思うわ。どちらも東京都内だから、行こうと思えばすぐに行けるけれど……」
「霧島邸って、霧島さんの“身体”が眠っている場所だよね? そのお屋敷って……今どうなってるの?」
廻の動きが止まった。廻の“身体”は今も植物人間状態のまま、霧島邸の地下にいるとのことだったが……。
「詳しいことはわからないけれど……もともとあそこに勤めていた本城家が、今も管理しているはずよ」
「えっえっ、それって、め、廻さんの身体が人質になっているかもしれない、ってことですよね!?」
「かも、というよりほぼ確実でしょうね。それが、わたしが『現実的ではない』と言った理由よ」
本城家の企業だけでなく、霧島邸すらも『琥珀の星』の手の中にある。そして彼らが霧島財閥由来の権力・コネクションを有しているのなら、正面から探りを入れたところで返り討ちが関の山だろう。シラを切られるだけなら良いが、最悪の場合には一織たち自身や人質になっている廻の“本当の身体”に何かしらの危害が及びかねない。
「それに波妃町の現状も捨て置けないわ。はぐれゾンビなどという教団の最悪な置き土産を放置したまま、この街を離れるわけにはいかない」
そう言いつつも小さく肩を落とす廻。左耳にあるモジュールの点滅する様子が、一織と鈴の目に入る。長髪をハーフアップにして後頭部の裂傷を隠すようになった彼女だが、一方で発光モジュールつきの左耳は露出するようになっている。凝視しなければ変わった形のピアスでしかないため擬態に問題はないということで現在のスタイルが確立されたわけだが、一織と鈴としては強気がちな廻の本音が分かりやすくて助かるという気持ちも少なからずあった。そして――青色の点滅が示すのはマイナスの感情だ。自身の“本当の身体”が人質になっている現状に、本当はいてもたってもいられないのだろう。そこを堪え、彼女は論理的な思考を貫いているのだ。
「(廻さん……)」
「――よし、そんじゃあやることは決まってるようなモンだな」
空気をほぐすようにパチパチと手を叩き、一織が立ち上がった。被っていたジンベエザメを傍らにいた鈴の頭に押しつけ、「ふぎゅっ!?」という効果音を尻目に冷蔵庫へ向かう。
「これまで通り、“街を守る謎のヒーロー”をこなしてやれば良い。『仮面ライダー』と、『仮面ライダー合体技開発担当』として」
「一織さん……ふ、へへ……」
「あ……」
廻は僅かに目を見開く。タブレットを持ったままの黒銀の左手が、きゅっと握りしめられた。
「これは決して遠回りじゃないと思うよ、俺は。……この波妃町には俺たちが知りもしなかった『翡翠の光』ロッジがあまりにも多い。未だにゾンビが湧き続けているワケだしな。でもそれは、新たに何かを知れるチャンスが多いことと同義だ」
この四ヶ月でゾンビを倒しながら新たに発見したロッジ跡は十数件ほど。残念ながら手がかりは得られなかったが、司祭が志半ばで倒れた以上、すべてのロッジが撤収済みだったとは限らない。
「『翡翠の光』と『琥珀の星』……。このあからさまに響きの似ている名称も、わかりやすくてありがたいよな。教団の遺産を追うことは、いずれその背後にも繋がるはずだ。……霧島さん、君の辿る道は間違っていないと、俺は思う」
「わ、私も、同意見、です……!」
「……」
廻はしばらく視線を下げて黙り込むと、やがて「やれやれ」と肩をすくめた。耳のモジュールは柔らかい緑色に点灯している。
「……最悪よ」
「おや……?」
「鈴ちゃんはともかく、目白くんごときと考えが被るなんてね」
「ははっ。我らが店長と考えが被るとは、俺からしてみれば最高だね」
「せいぜいその栄誉を胸に刻みつけておくことね」
「はいはい」
「わ、私も刻みつけておきますっ」
「鈴ちゃんはいいから」
「「なんでだよ/なんでぇっ!?」」
廻は自身の髪を撫でると、賑やかな表情を見せるふたりの方を改めて向き直った。
「わたしたちのやるべきことは変わらない。波妃町からゾンビを駆逐し、教団のロッジ跡をすべて調べ上げるまで戦い続ける。明日からも変わらず、手分けしてパトロールに勤しむわよ。そしてきっと輝星さんは……『琥珀の星』はそう遠くないうちに再びやってくるでしょう」
近いうちに迎えに来ると彼は言った。あの執事はいい加減なことは絶対に言わない、来ると言ったら来るのだろう。廻はそう確信している。
「……その時こそ、逆に仕掛けるチャンスよ。今度こそ彼を“捕縛”する」
捕縛――その言葉に、一織と鈴は顔を見合わせた。
「一方的に下に見られるのは趣味じゃないの。わたしの身体が人質になっているのなら、向こうにも相応のものを預けてもらわないと気が済まないわ」
「なんか急に悪役令嬢っぽくなったな……」
「人質兼、情報源といったところかしら。彼を引っ捕らえることができれば『琥珀の星』を
「あ、これは悪役令嬢ですね……」
定位置に腰掛ける廻。やるべきことがはっきりし、幾分かすっきりとした空気が店内に流れていた。
「ともかくこれで作戦会議は終了ね。ふたりとも、今日中に年末年始の予定をチャットで送りなさい。パトロールのシフトを組むから」
「俺はなんもないよ。帰省の予定もなし。ブラックにならない程度にこき使ってね」
「あ、わ、私、年末年始は母方の実家に行くので……あまり手伝えないかもです……。何日に帰省するか、ちょっと親に聞いてみますね……」
冷蔵庫から取り出した容器をレンジに放る一織と、ジンベエザメを頭に乗せたままスマホをいじり始める鈴。ほっと一息ついた――ような仕草をした――廻が視線を流すと、バーカウンターの端に詰まれた紙束のようなものが目に留まった。
「……それ、何かしら?」
「ん? ああ、この店の郵便受けに溜まってたやつ、そこに置いといた。霧島さん一応ここの家主なんだし、たまには見てよね?」
「郵便受け……? ああ、庶民の家屋に存在するアレのことかしら」
「いやたぶん霧島邸にもあるとは思うけど……そっか、郵便受けを確認するっていう概念がないのか……。霧島さんのナチュラルセレブ発言、久々に聞いたな」
「人を世間知らずみたいに言わないで。でも妙ね、その量……このお店には脅迫状を受け取る
「漫画の偏った知識を着々と身につけてくれて俺は嬉しいよ。気になるなら見てみたら? 町内イベントのポスターとか、スーパーの広告とかそんなんばっかだけど、霧島さんの興味を刺激してくれること請け合いだよ」
「ふざけないで」
廻が迷いのない挙動で立ち上がった。
「いいこと? わたしは偏った漫画の知識なんてこれっぽっちも身につけていないし、別に庶民の暮らしやイベントなどに興味を示してもいないわ」
「あー、うん。そうだったね、そういう話だったね」
不機嫌そうな顔でチラシの束をめくっていく廻。耳のモジュールがテンポ良く点滅している。しばらくすると、とある一枚のポスターが廻の視線を奪った。
「『波妃町クリスマスマーケット』……」
「――気になりますか?」
「わっ」
いつの間にか、鈴が背後から覗き込んでいた。咄嗟にポスターを隠すが、時既に遅しのようだ。
「……興味なんてあるわけないわ。そもそもクリスマスは家族で静かに過ごすものでしょう。
「毎年やってますよね、駅前のクリスマスマーケット。まあ私は一度も行ったことがないんですけど……一織さんはありますか?」
「いや? 毎年クリスマスはコンビニのチキンボックス買って家で晩酌してるから」
「ああーいいですねえ、そういうクリスマス、憧れます……」
孤独のクリスマス談義に盛り上がるふたり。廻は所詮陰キャとふわふわ男に過ぎない彼らの会話などもう聞いてはおらず、再びポスターに目を通して結構な勢いでラーニングをしていった。
「(開催日は24日から25日ね……。駅ビルの……駅ビルのすべてのお店がクリスマス限定仕様で出店!? 北口メインストリートでパレード!? プロジェクションマッピングで駅ビルが大変身!? こんなことまでしでかすなんて……庶民のクリスマス、一体どうなっているのよ……!)」
わなわなと震える廻。これは誰も知らない(ことになっている)新事実なのだが、八月の風間川花火大会以降、彼女は街イベントなるものにどハマりしているのだ。
「――由々しき事態ね。こんな人の集まるイベントに万が一にでもゾンビが現れたら大事件よ」
「あ……やっぱか」
「いつも通りですね……」
陰キャとふわふわ男の生暖かい視線にも気づかず、彼女はポスターを凝視しながら無駄に凜とした声色で続けた。
「このイベントのパトロールはわたしが行う――、いえ、いえ待ちなさい。撤回するわ。みんなで行きましょう、三人で」
「おお……」
「珍しいですね……誘ってくれるなんて」
やはり生暖かい視線には気づかないまま、廻は「(危なかった……)」と胸を撫で下ろした。件の『クリスマスマーケット』とは波妃町においてカップル御用達のイベントである――そんな
「(わたしは世間知らずではないから、単身でそんなイベントに出向くことがどんなに惨めなことかくらい容易に想像できるわ。でも三人以上なら“恋人同士ではない何かしらのグループ”となって目立たないはず。目白くんごときとふたりなんて有り得ないし、鈴ちゃんも人数増やして同調圧力をかければ断れない。……完璧ね。ええ、我ながら完璧)」
いよいよ悪役令嬢もかくやといったような廻の思考に違わず、「おけおけー」と返事をする一織と「お、お二人が行くのなら……」と首を縦に振る鈴。廻がしてやったりと口角を上げると、そこで鈴のスマホが鳴った。鈴がいそいそとテーブルに戻る姿を一瞥し、廻は得意げに一織の方を向く。
「一応釘を刺しておくけれど、パトロールとは言え当日は三人一緒に行動するわよ。あくまで市民に擬態して動くのだから、あくまでそういうポーズとしてイベントを楽しむことは許可するわ」
「わかってるって、ちゃんと駅前案内してあげるから」
「なによ、そんなこと別に頼んでいないわよね。言っておくけれどわたしにはヒューマギア用の最低限のデータベースが備わっているのよ。目白くんに案内してもらわなくとも、行ったことがない場所くらいでうろたえないわ」
「はいはいっと」
「むしろ、パトロール中に買い食いしても良いと言っているのよ? 食い意地の塊のような目白くんこそ、このわたしの慈悲深さに感謝して――」
「あ、あの……なんか母方の実家に行くの、24日からみたいで……。私、行けなくなりました……」
「ありゃー、残念だね。じゃあ鈴さんとはまた来年だな」
「うぅ……ちょっと行きたかったんですけど……急だったもので、ごめんなさい。来年、またお願いします……」
「――むせび泣いたっていいのよ、……………え?」
廻は口を半開きにしたまま停止する。一織はそんな彼女の表情になど目もくれず、レンジから冷凍食品の容器を取り出してカウンターを出ていった。
「……え?」
「よいしょっと、鈴さんも食べる?」
「私は大丈夫です。というかさっきソーキそば食べたのにまだいくんですね……」
「ちょっと待ちなさい!」
大声に振り返るふたり。
「鈴ちゃん、今なんて?」
「あ、あの、ですから。クリスマスマーケット、の、パトロール。行けなくなりました……」
「……え」
「だから鈴さんはまた来年って話だよね」
「はい……みんな初めてみたいだったから、実は結構残念なんですけどね。……ですので廻さんは、
「…………え?」
恐らく、というか言動からしてほぼ確実だが、この陰キャとふわふわ男はかのイベントに対する波妃町の共通認識を知らない。――イルミネーションはハートまみれ、各店舗のクリスマス限定品はカップル向け。恋人たちが聖夜に集い、己が愛を謳歌し合うという『クリスマスマーケット』の実態を。
「たくさん買い食いするかなぁ」
「一織さん、そればっかりですねぇ」
そしてそのような歪な空間を穏便に通過しつつイベントとして満喫できる唯一の策だった“三人以上のグループ”という筋書きがたったいま瓦解したことを。
気づいているのは皮肉にも、世間知らずではないと自称するこの女――廻ただひとりだった。
「…………え?」
見開かれた廻のオッドアイ、それからバツの悪そうに傾いた『首里城』の三文字が、何かを訴えるように一織たちを見つめていた。
【 次 回 予 告 】
文字Tに満足した女、生まれて初めてデート用の服を見繕う。
――こちらから取り付けた約束を、わたし自ら破棄するなんて有り得ないわ。
鍵を握るのは……文字Tをお土産に選んだ少女!?
――廻さんって存在自体が破廉恥ですよね!
次回「4-3. 廻のどきどき☆クリスマス ~初めてのショッピングモール編~」
――断じてデートではない、証明完了よ。