仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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4-4. 廻のどきどき☆クリスマス ~ドキドキ・ニアミス・すれ違い編~

 

 

 柔らかな日差しが街を包む午後。

 モールに隣接する公園ではしゃぐ子供たちの声が、薄く降り積もった雪に染みこむ穏やかな時間帯。

 

 鈴は右手に風船と空のハンガー、左手にスマホを持ち、SNSを遡りながら顔をしかめていた。

 

「ち、『痴女おる』って……これ私たちのことだよね……。しかも微妙に伸びてるし……街の情報網こっわ……教団かよぅ……」

「うろたえる必要はないわ」

 

 目の前のカーテンの向こうから、衣擦れの音に混じって廻の声が聞こえてくる。

 

「所詮SNSなんて情報源の中でもひときわ信憑性に欠ける代物よ。気にするだけ時間の無駄」

「いや……なんでそんなに涼しげな声出せるんですか……? どっちかって言うと廻さんのことですからね、これ……」

 

 押し寄せる警備員の波から逃げ回ること小一時間。ようやく落ち着きを取り戻したモール内にて鈴と廻はひっそりと、それはもうひっそりと本来の目的を遂行している最中だった。

 

「着替えたわ。どうかしら?」

「あ、はいっ」

 

 試着室のカーテンが開く。ゆったりとした茶色のブラウスに、チェックのフレアスカートを着用した廻が立っていた。

 

「おお、いいですねいいですね。ゆったりとしたシルエットなのに全体が引き締まって見えて……すごくこう、色っぽいです……!」

「そ、そうかしら……。うまく着こなせているのなら良かったけれど……」

 

 まんざらでもなさそうな廻に、鈴はスマホを向ける。こうして気に入ったコーデを絞っていくというのが、ふたりの決めた段取りだ。

 

「写真撮りました。次行ってみましょうっ」

 

 しばらくして、

 

「明るい色合いも似合いますね! 清潔感が増す、と言いますか。タイトスカートもよく映えていて……うん、めっちゃ色気を感じます!」

 

 またしばらくして、

 

「わあ……やっぱりワンピースも可愛いです。ストールと合わせてクリスマスカラーになっているのも素敵ですね。背の高い廻さんにぴったりで、とてもこう……(なま)めかしいです!」

 

 またまたしばらくして、

 

「黒のデニムパンツであえてシンプルに行くのも良きですね! なんて言うか……情欲をかき立てられるようなエロさが――!」

「ちょっと待ちなさい! なんなのよさっきから! 語彙が妙な方向に傾きっぱなしじゃない!」

「ひぃっ、ごめんなさい! 本当に、どれも本当に素敵なんですよ!? で、でも『実はこの人ノーパンノーブラなんだよな』って思うと、どうしても抑えがきかなくってぇ……!」

「……店で一番大きい業務用トルソーで殴るわよ」

「やめて! また警備員呼ばれちゃいますから!」

 

 そうして時折脱線しつつも吟味を重ねていくふたり。会計を済ます頃には午後三時を回っていた。

 

「ほ、ほんとに全部買ったんですね……」

「ええ。ここ一年弱、如何に自分が代わり映えのないコーディネイトを使い回していたか、改めて思い知ったもの。普段から服装に気を配っていれば、ここぞと言うときに目白くんに嘲笑われるリスクも減るでしょう」

「あ、あはは……」

 

 両腕に大量の紙袋を抱えながら、廻は小声で「それに」と付け加えた。

 

「……せっかく全部に『素敵』と言ってもらえたんですもの。買わないのはあまりにも勿体ないわ」

「ふぇっ――」

 

 顔を上げる鈴と、目を逸らす廻。ふわんふわんと、彼女の左耳が赤色に瞬いている。鈴は首の後ろが熱くなっていくのを感じた。

 

「な、なんっ、なんっっ?? この人は、この人はもうっ、~~~っ~~!」

「……わけの分からないことを言ってないで、次のお店に行くわよ」

「んえ? まだ買うんですか?」

「違うわ。今度はわたしが、鈴ちゃんの服を選ぶ番」

「えぇっ!? で、でででも私、クリスマスマーケット行かないんですよ?」

 

 見開かれた鈴の目を覗き込み、廻は得意げに微笑んだ。

 

「祖父母のお家に行くだけとはいえ立派なお出かけでしょう、淑女がおめかししないでどうするの。お洋服の選び方や流行はこの半日でラーニング済みよ、安心なさい」

「えっでもでも私、持ち合わせもないですし」

「わたしが持つに決まっているじゃない。それとも何かしら、鈴ちゃんはわたしからのお礼など受け取らないとでも言うのかしら」

「あわっ、わわわぁぁ~~……。謹んでお受け取り申し上げまぁっ……! あ、ありがとうございますぅぅ……」

 

 紙袋の重みなど感じさせない足取りで進む廻に、鈴が小走りでついていく。最後までそんな具合で、ふたりの忙しない時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 気がつけば夕方になり、すっかり日の短くなった冬の波妃町は冷たい闇に沈んでいた。

 3Fの端にあるフードコートからは、ガラス張り越しに西区の平坦な夜景が見渡せる。さらに量の増した紙袋の山と、いくつかのぬいぐるみと、色んな意味で浮いている一個の風船に囲まれて、廻と鈴は窓際のテーブルに腰掛けていた。

 

「いやぁ、買いましたねぇ……。ほんと、ありがとうございました、廻さん」

「何度言わせるの、お礼をするのはわたしの方よ。お陰様でお洋服選びを滞りなく遂行できた」

「ああ、いえいえ。……私がお礼したかったのは、全体的なところと言いますか……その……」

 

 西区のレオンモールを訪れるのは小学生以来と言ったが、駅前の――それこそクリスマスマーケットの開かれる駅併設のモールについては比較的記憶に新しい。鈴が高校一年生の頃、すなわち擬態(ファッション)陽キャだった頃に、女子グループで何度か訪れていたのだ。

 得がたい体験ではあったと、今となってはそう思う。曲がりなりにもクラスメイトとショッピングへ行くなんてそれ以前の鈴には考えられないことだったし、たくさん喋ったしたくさん買った。だが当時の鈴は……自らを理想で塗り固めていたそのときの鈴には、自分自身を楽しませる余裕がなかった。周囲に合わせ、空気を整え、“うまくやれてる”ような気になるだけで精一杯だったのである。

 

 紙袋の取っ手に結んだ風船の紐を指先で弾きながら、鈴は口元を緩ませた。

 

「その……楽しかった、なぁって、思って。だから……ありがとうございました」

「……」

 

 そんな彼女の姿をまじまじと見つめる廻。まばたきの少ない両目から覗く、ガラス玉のような瞳が目の前の少女に向けられる。

 

「鈴ちゃんって……変わったわよね」

「えっ? そう、ですかね……?」

「ええ。容赦だとか、遠慮だとかがなくなった気がするわ」

「ぅえっ!? そんなこと……、き、気のせいでは……?」

「……容赦なり遠慮なりを持ち合わせている人は公衆の面前で友人を痴女呼ばわりしないと思うのだけれど」

「ち、痴女って呼んだのは私じゃないですから! そ、そもそもですね、私が廻さんのアンドロイドっ娘要素に萌えているのは決して性的な目線というわけではなくてですね――!」

 

 いつものように突然饒舌になる鈴を目にし、廻は「(ほら……)」と思った。

 

「というかっ、それを言うなら廻さんの方こそ変わったじゃないですか」

「わたし?」

「そうです。以前はもっとキリキリピリピリしてたというか……。少なくともこうして休日にお出かけするなんて、しかも私を呼んでくれるなんて絶対になかったですよ」

「そう、かしら……」

「ですです。だから結構……うっ、嬉しいん、ですよ……?」

「……」

 

 口元に手を当てて考えてみる。そんなに珍しかっただろうか? 今回の洋服探しも『翡翠の光』の打倒も、そうするべきだと思ったから実行しただけのこと。一織や鈴の協力を仰ぐという点でも、構図としては大差ないはず――廻はそう思った。

 

「まあいいわ。鈴ちゃんが喜んでくれたのなら、こうしてわざわざ百貨店まで足を運んだ甲斐もあったということね。……そろそろ帰りましょうか。目白くんもお店に戻る頃でしょうし」

「あ、そ、そうだった……。一織さん、理不尽シフトで駆けずり回ってるんだった」

「必要な犠牲よ」

「辛辣すぎる……」

「とはいえ……そうね。さすがに疲れて帰ってくるでしょうし、特別に差し入れでも買っていってあげましょうか。わたしもテイク・アウトなるものを一度やってみたい……と………?」

 

 そのとき、席を立とうとした廻の視線がある一点で留まり、大きく見開かれた。

 

「廻さん?」

「――伏せなさい、鈴ちゃんっ」

「え――ぁわぁぁ!?」

 

 振り返ろうとした鈴の首根っこが掴まれ、彼女はそのままテーブルの下に引きずり込まれた。両目をぐるぐるさせる鈴の真横で、廻が張り詰めた声を絞り出す。

 

「どうして……どうして彼がここにいるのよ! ――()()()()っ!」

 

 廻の視線は紙袋の隙間を一直線に縫うように――フードコート入り口付近の通路に立つダウンジャケットの男に注がれていた。

 

「え、ああっ――んむ!?」

「静かにしなさい! 見つかる!」

 

 視線の先の一織はきょろきょろと辺りを見渡したのち、吹き抜け沿いの遊歩道の方へ引き返していった。

 

「……行ったわ」

「ぷあっ。か、隠れる必要ありました……?」

「寝ぼけたことを言わないで。わたしたちがここでお買い物をしていたことがバレたら今日の成果が水泡に帰すのよ?」

「そっか、そういう話でしたね、そう言えば……。というか、そもそも一織さんはどうしてここに……?」

「それよ。彼は波妃町全域のパトロール中のはずなのよ。ここに来るはずが……はっ!?」

 

 廻は頭を抱える。その表情には激しい悔恨が滲んでいた。

 

「迂闊だった! 全域ということはここも含まれているじゃない!」

「思ったより迂闊のレベルが低いんですけど!? いやいやだからと言ってわざわざパトロールで来ますかね!?」

「きっとSNSで話題になった痴女をひと目見るために来たのよ、そうに間違いないわ!」

「廻さんそれ天然で言ってるんですよね!? そうですよね!? あっ!」

「――っ!」

 

 通路を横切る一織の影。鈴は思わず呼吸を止め、廻も口を真一文字に結びながら左耳を瞬かせる。

 

「まずいわね……。クリスマスマーケットのためにお洋服を買ったことだけでなく、痴女の正体だったことまでバレたら一生の恥どころではないわ……」

「や、やり過ごしましょう。ここならフードコートの端ですし。一織さんが何してるのかは知りませんけど、用事を終えていなくなるまで隠れて……」

「無理よ。今は何故かうろうろするだけでこっちに来ないけれど……彼はいずれお腹を空かせてフードコートに足を踏み入れるでしょう」

「悔しいっ、否めないっ」

 

 扱いが完全に野生動物とかそういう方面なのはさておき、もし本当に一織が通路を外れてフードコートに入ってきたとしたら、廻たちは文字通り袋のネズミだ。まず間違いなく見咎められるだろう。

 

「ラーニングを開始するわ。彼の行動を掻い潜り、この百貨店を脱出する!」

「ひ、ひぃぃぃぃん……なんでこんなことにぃぃぃ……!」

 

 大量の荷物を手分けして持ち、ふたりはフードコートと通路の境目付近まで歩を進めた。観葉植物の影に身を屈め、吹き抜けの方角を恐る恐る観察する。楕円形の吹き抜け穴が大きく口を開け、通路が四方に伸びるショッピングモールの中央。日曜日の夕方を過ぎるこの時間帯は日中ほどではないがそれなりに賑わっている。一織は吹き抜け沿いからややフードコート寄りにかけての範囲を徘徊し、だいたい三件ほどの店舗を何度も行き来している様子だった。

 

「あ、あそこをうろうろされるとエスカレーターに乗れないですね……」

「ええ、それにエレベーターも非常階段も吹き抜けより向こう側の区画にしか存在しない。既にわたしたちは警備員にも目をつけられているから、あまり大きく動けない……。最悪の状況よ」

「最悪のうちの半分はこちらの自業自得ですけどね」

「……ラーニング完了。エスカレーター真横の店舗への平均滞在時間が46秒、三件の中で最長よ。次に彼があそこに入ったらこちらも動き始めるわ。エスカレーターを降り、階下を目指す」

「わ、わかりました……!」

「行動は迅速に、けれどもあくまで自然体にね。あの店舗は最もエスカレーターに近いから、注視された場合はほぼ確実にわたしたちだとバレるでしょう。逆に注視さえされなければ、たとえ彼の視界に入ったとしても通過できるはずよ」

「任せてください、背景そのものになるのは得意です」

 

 言ってから「(なんてクソみたいな特技なんだ)」と凹む鈴。そんな彼女の心模様も知らず、廻は片手を挙げて合図を出した。

 

「――行くわよ」

「ふぁ、は、はいっ」

 

 鈴は歩き出した。あくまでも自然な速度で、それでいて気持ち早足で……。廻の背後にぴったりと張り付くようにして、自らの足元だけを見ながら歩いていく。心臓の鼓動が聞こえた。人々のざわめきが妙に遠くに思えた。すれ違ったチャラいカップルに紙袋がぶつかる。「すみません」と言った……と思う。たぶん言えた。もしかしたら声が出てなかったかもしれないが、今は考えないようにする。

 あと何メートルか、残り何秒か――。果てしなく遠いようにも、もう一瞬もないようにも思える。……視界の端に渋い色合いのタイル床が映った。一織の入っていった店舗のものだ。今、ほんの少し顔を傾ければ、きっと一織がすぐそこにいるのだろう。絶対に顔なんて上げないけど。

 視界に映る人々の足並み、その流れが変わる。きっとエスカレーターが近い。この流れはいま上ってきた人たちのものだろう。

 赤いパンプスを履いた女性とすれ違った。彼女のストッキングは傷んでいるようだった。

 風船を持った男の子とすれ違った。彼は母親に手を引かれたまま、鈴の持つ同じ風船を見上げているようだった。

 

 そして……床が銀色に変わった。――ついに辿り着いた! エスカレーターに!

 

「やった――」

 

 顔を上げ、紺色の動く手すりに手を伸ばす。同時に傍らにいる廻と顔を見合わせ、互いに今にも泣き出しそうな笑顔を向け合う。

 

 そのときだった。

 

 

「あーーー! ノーパンのおねーちゃんたちだーーー!」

 

 

 吹き抜けを三階層分ぶち抜かんばかりの、元気いっぱいの大声。

 

「ぴっ――!?」

「な――っ!!」

 

 つい今し方すれ違った男の子が、こちらを指さし大きく口を開けていた。

 幸いなことに(本当に幸いなことに)、SNSで廻たちの写真や画像は出回っていない。きっとこの男の子とその母親は今日の昼間、婦人服コーナーで鈴と廻が言い合う場面にたまたま居合わせていただけなのだろう。――男の子は風船を見ていたのではない。昼下がりに出会った、退屈な日曜日のお買い物に彩りを与えてくれたふたりの痴女を見上げていたのだ。

 

 だがこの際彼の口走った内容そのものは、廻と鈴にとってどうでもいい。問題はこの距離で、エスカレーターの真横で、件の店舗の真横で……日曜日の男児のパワフルさを総動員した叫び声が響き渡ったということだ。ふたりの視線の先――距離にして五メートルほどのその場所で、棚を見上げていたダウンジャケットの男が身体を傾け始める様子がえらくスローモーションで映し出される。

 

 そして――。

 

「え、ノーパン――? あっ……と」

 

 咄嗟に振り返ろうとした一織の視界を()()()()()何かが横切り、彼は思わずその影を目で追う。

 

「……風船?」

 

 高い天井に、小さな風船が頬を寄せるようにくっついていた。すぐに視線を戻すも往来に特に変わった様子はなく、子連れの女性が「やめなさい。いけません」とか何とか言いながら人混みに消えていくだけだった。

 

「…………空耳か」

 

 一織は再び店の方を振り返り、鼻で笑うようにため息を吐いた。

 

「いるわけないよな、ノーパンの姉ちゃんなんてな……」

 

 

 

   *  *

 

 

 

 同時刻。1Fエントランスにて。

 

「絶対、寿命縮みました……」

「わたしも回路が焼き切れるかと思ったわ……。冷却液、漏れちゃいそう……」

「へっへへ……もう廻さんに興奮する体力も残ってないです……」

「できれば興奮しないでくれると嬉しいわ……」

 

 廻と鈴は自動ドア手前の壁に背を預け、それぞれ虚空を見上げていた。肩で息をする鈴はもちろん、呼吸をしない廻でさえもその表情から壮絶な疲労が窺える。彼女が咄嗟に鈴の風船の紐を千切り、一織の視線を逸らすことに成功したのである。レオンくんの想いは尊い犠牲となったのだ。

 しばらく放心していた彼女らは「さっきの人たち変だったね」「不審者? いやだわぁ」という通行人の声を聞くと慌てて姿勢を整えた。もはや長居は無用、これ以上拗れる前にこんなところを去らねば……と荷物を持ち直そうとし、ふたりはある違和感を覚える。

 

「あれ? 今の人……」

()()()、から来たわね……」

 

 その通行人たちはちょうど、たった今モールに入店してきた様子だった。つまり『変な人』『不審者』は外にいたということであり……現在の波妃町において屋外に現れる不審な影とは、とある異形の可能性が極めて高い。

 

「「まさか……!」」

 

 廻と鈴は顔を見合わせ、自動ドアを飛び出していった。

 

 

 

 モールに隣接する公園。日中は多くいた家族連れもすっかり帰宅し、綺麗に塗装された遊具たちが街灯に照らされる様は不気味さすら覚える。ともすれば本物の不審者が現れそうな雰囲気まであるものの、今宵その場所を徘徊していたのは合計三体の『亡者』だった。

 

「ねーえーっ! 逃げよっ! 逃げようよっ!!」

「やあっ……、ああ……」

 

 有名な噂の渦中に興味本位で飛び込んでしまったと思しき、ふたりの女子中学生の姿があった。ひとりは腰を抜かしてしまったらしく石畳の上に力なく座り込んでいて、もうひとりがその腕を引っ張って取り乱している。彼女らの目の前で今にも襲いかかろうとしているのは泥まみれの作業服を着た三体の亡者――もといはぐれゾンビ。身動きの取れない少女たちに、その穴だらけの身体が無慈悲にも跳びかかっていく――。

 

「たあっ――!」

 

 それを遮る透き通るような、それでいて力強い声。一陣の風が如く植え込みを跳び越えてきた廻はその勢いのまま回し蹴りでゾンビたちを押し返し、着地と同時に滅亡迅雷フォースライザーを装着した。

 

「鈴ちゃん!」

「はいぃっ! さ、さあこっち! 逃げますよぉ、こっちですぅぅーー!」

 

 遅れて到着した鈴が、その上ずった声とは裏腹に手慣れた挙動で少女たちを誘導していく。廻はその様子を気取(けど)り、ゾンビたちの方を向いたまま左腕を掲げた。

 

「今なお教団の理不尽に縛られ続ける犠牲者たち……このわたしが楽にしてあげるわ」

 

《TENTACLE!》

 

「変身」

 

《 フ ォ ー ス ラ イ ズ ! 》 / 《FLOATING CLIONE!》

 

 幾筋かの電撃を迸らせながら、すらりと伸びた四肢に連結される乳白色と縞鋼板の装甲。『仮面ライダー廻』が今、《分解完了(ブレイクダウン)》を示す電子音声と共にその姿を現した。

 

『それと……極めて個人的な都合で申し訳ないのだけれど』

 

 廻はゾンビたちを見据え、フォースライザーのレバーに手をかける。

 

『あまり騒ぎが長引くと“もうひとり”の方が寄ってくるだろうから、手早く楽にしてあげるわね』

 

 キーを開閉し、枯れた街路樹の隙間で輝く月をバックに白い体躯が跳び上がった。

 

《 「煉」 「獄」 「輪」 「廻」 》

 

 『狂気の終わりを知りなさい』

 

《 フ ロ ー テ ィ ン グ 

    ―― デ ィ ス ト ピ ア ! 》

 

 純白の軌跡を纏った跳び蹴りが、すれ違いざまにゾンビを貫く。哀しき亡者たちは石畳に倒れ伏し、完全に動かなくなった。

 

『あら……?』

 

 石畳に降り立ち、振り返った廻は横たわるゾンビを見て疑問符を浮かべる。しかし彼女が注視するより先に、彼らの身体は崩れ去って消えてしまった。

 

『(今のゾンビたち……)』

 

 奇妙な“傷跡”のようなものを携えていた……ような気がする。一様に大きな裂傷が――まるで()()()()()で引っ掻かれたかのように刻まれていたような……。腐敗した肉体がたまたまそう見えただけの可能性も、もちろんあるのだが。

 

『……』

 

 そもそもこの一帯は既に調査済みだった。付近にロッジがないことは確認している。彼らはどこから来た? 遠くの工事現場から、わざわざここまで歩いてきたとでも言うのだろうか?

 

『(はぐれゾンビがある程度神出鬼没なのは今に始まったことではない……。気にしすぎ、かしらね……?)』

 

 視界にウィンドウがポップアップし、先ほどまで交戦していたゾンビたちの記録映像が表示される。しかし画質が荒い上にそもそも暗がりだったため、疑念の裏付けには至らなかった。

 

 

 

   *  *

 

 

 

「つ、つかれた……」

 

 女子中学生たちを得意の口八丁で言いくるめて帰宅させ、鈴はモール駐車場の隅で大きくため息を吐く。すると「おーい」という声と共に、紺色のジャケットを羽織った男が駆け寄ってきた。

 

「鈴さん、鈴さーん。おつかれ、君も来てたんだな」

「う“ぇぇぇぇ!? い、一織ざぁん!?」

「またずいぶんな反応だな……」

 

 意味もなく内股になる鈴の傍らで、呼吸を整えた一織は辺りを見渡す。

 

「なんか、ゾンビが出たみたいな話を聞きつけて急いで来たんだけど……なにか知らない?」

「あっ、あーーー! そうなんですよね私もぐーうぜんここに買い物に来ていて、ぐぅーうぜん同じ噂を聞いて来てみたんです! でもゾンビじゃなくてマジの不審者だったらしくて、先ほど無事お縄についたみたいなので全然大丈夫です! 今日も街は平和です!」

「そっか……」

 

 一織はほっと一息つくや否や、何かを思い出したようにその表情を強張らせた。鈴に「お願いがある!」と言って頭を下げ、その両手をパチンと合わせる。

 

「俺がここにいたこと、霧島さんには黙っててほしいっ!」

「えっ、え……?」

「あ、ほら……今度のクリスマスマーケット、俺と霧島さんのふたりで回ることになっちゃったじゃん? あくまでパトロールとはいえほら、その……人の集まるイベントだし? 不調法者が一緒だと霧島さんに悪いし、格好だけでもと思ってさ。服、新調しに来たんだよね」

「は……、へ……?」

 

 一織は猫背のままバツが悪そうに目を逸らした。いつものマイペースっぷりはどこへやら、そわそわと足踏みをしている。

 

「い、一応今日のパトロールは済ませてあるんだよ? 別にいい加減に済ませてきたわけでもない、よ? だから安心した、この騒ぎがゾンビじゃなくて……」

「は、はあ……」

「そういうわけで、内緒でよろしく! あ、今度またカレー奢るから! そんじゃ、おつかれーい」

「あ、お、お疲れさまでーす……」

 

 一織は手を振りながら、喧噪と明かりの漏れるモールの入り口へ小走りで戻っていった。ひとり取り残された鈴はゆっくりと両手で口元を覆う。自身の口角がふにふにと震えているのがわかった。

 

「ひ、ひゃわわわわ……」

 

 あの男はサボっていたわけでも、ましてや痴女を拝みに来たわけでもなかった。不器用でそのくせ見栄っ張りな、かのポンコツセレブと同じだったのだ。

 

「なっなに? なんっ、なんなの?? なんなのこの人たちは? もうっ、もう~~~っ~~!」

「――ご苦労様、鈴ちゃん。今度こそ帰るわよ……って、どうかした? 首まで真っ赤だけれど……」

「めぐりざんっっ!!」

「わ、びっくりした」

「こんなに散々な思いをしたんですから、当日は絶ッッッ対楽しんできてくださいね!」

「え、ええっ?」

 

 その剣幕に困惑を露わにしたのち、廻はぶん!と顔を逸らした。なびいた髪が肩に掛かり、図らずもその左耳を隠す。

 

「遊びで行くのではないと何度も言っているでしょう。あの変態ふわふわ男が食欲の一割でも気配りに回すことができるなら、わたしにも楽しむ余裕が生まれるかもしれないけれど」

「それに関しては大丈夫です、私が保証します!」

「何をわけの分からないことを……」

「とにかく、感想楽しみにしていますので! なんなら当日中にチャットで送ってくれてもいいですから」

「忘れられない思い出にでもなったら送ってあげるわ」

「い、言いましたね? その言葉忘れませんからね?」

 

 そうしてふたりは帰路につく。どうでも良い会話に花を咲かせながら、廻は何気なしに星空を見上げるのだった。

 

 

 

   *  *

 

 

 

 そして幾日かが経過し、関西方面へと向かう列車に鈴とその両親が乗り込んでからさらに半日が経過した、12月24日の夜。

 煌びやかな装飾に彩られ、若者たちが楽しげに行き交う波妃駅前の広場にて。

 

 

 

 待ち合わせ場所に一織は来なかった。

 

 

 

 ワンピースにチェック柄のコートを重ね、いつものニット帽を被った廻はひとり、駅ビルに表示された時計盤を見上げていた。

 

 

 

 

 




次回予告――ではなく、久々にこれまで通りの後書きをば。

読了ありがとうございました。珍しく(?)コミカルにまとまった回でした。
前回までの次回予告スタイルはまたいずれ……興が乗ったらやるかもしれないし、やらないかもしれないです。

廻は”穿いてません”。これまでも、これからもずっと……。
むしろ穿いていた方が叡智なのではないかと迷い、悩み、ジャングルの奥地へ向かった日もありましたが、今では自信を持って穿いてないと言えます。
ちなみに完全に一括りにされていましたが鈴は”穿いています”。彼女が穿いていなかったのは第3幕終盤のときだけです。ヒロインがそれぞれノーパンになるだなんて構想段階では思ってもいなかった。


ということで次回

「4-5. 追憶のバースデー」

ひとり空を見上げる廻。彼女の脳裏(メモリ)に、ある日の会話が蘇る。


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