仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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4-8. 覚醒② すれ違う悔恨

 

 

 満太によると、どうやら今日は12月26日、クリスマス翌日のお昼過ぎらしい。

 

 そして自身の機体は川に落とされてから丸一日以上、何度かシャットダウンと再起動を繰り返し、川岸に打ち上げられたところでようやく排水と完全な再起動に成功した……らしい。自室の“充電器”と父のデバイスに接続したことでいくらか機能が回復し、ステータス履歴を閲覧できるようになった廻はようやく己の状況を把握した。

 

「――メグさんがひゅーまぎあ? イオさんがあまぞん?? 小黒さんは元教徒で、なんちゃらの光が邪神を復活させようとしてたのが7月のあの日で、その背後にいたなんちゃらの星がメグさんの実家と関わりがあって?? 洗脳されたイオさんにメグさんが完全敗北したのがイブの夜??」

「……最後のは改めて口に出されると微妙な気分になるけれど、ひとまず経緯は伝わったようでよかったわ」

 

 満太に支えられながら喫茶acquario(アクアリオ)に戻る道中に、廻はかいつまんで自分たちの現状について説明していた。かつて核心に触れることを避けたらしい彼に話すのは正直憚られたが、見た目が明らかに人間ではない今の廻を見られたとなったらそうもいかない。下手に隠す方が混乱を与えてしまうだろう。

 

「それにしても、よくわたしだと気づいたわね。こんな姿なのに」

 

 自室の鏡を見て初めて気づいたのだが、廻の顔面は右目を中心とした一部が素体剥き出しになっている。目の周辺と右頬から白色と銀色のプレートが覗き、右目そのものは完全に破壊されていて真っ黒な空洞しかない。ダメージを受けたのが元々機能停止していた右目側だったのは幸いだが、見た目としてはかなりおどろおどろしいと言えるだろう。

 

「まあ……一応オレ、あんたらが普通じゃないってのは知ってましたから。噂の『仮面のヒーロー』だって、イオさんのことなんだろうなーってずっと思ってましたし。だからその、河川敷の向こうに人影が見えて……なんとなくこう、あれメグさんじゃね? って」

 

 満太は衣装ケースにあった予備のコートを座り込む彼女に羽織らせつつ「でもまさかメグさんがロボットだったなんて思いませんでしたよ」と苦笑いを浮かべた。さらりと言っているようだが、彼の顔はやや青ざめている。邪神復活未遂の一件に関わってある程度耐性がついているとはいえ、やはりこの非日常的な情報の数々を持て余している様子だ。

 

「それにメグさんも仮面のヒーローだったとは、そういやヒーローふたりいる説とかあったなぁ。……これらを使って変身するんすか?」

 

 彼が指し示したのは机に置いてあるふたつのベルト。片方は泥まみれになった滅亡迅雷フォースライザーだが、もう片方は“誰か”によって川辺に置かれていた拳銃型のバックルである。廻が満太に頼んで、一緒に持ってきてもらったものだ。

 

「わたしが使うのは黒い方のベルトだけよ。そっちの青い方は……どうやら人間用みたいね。わたしには扱えない」

 

 首を傾げる満太を尻目に、廻はヒューマギアに内蔵された“元いた時空”のデータベースから情報を抜き取る。父のデバイスを介してもなおロードに数秒要したが、製造ラインが自身の機体と近かったからか詳細な部分まで閲覧することができた。

 

「名前は『A.I.M.S(エイムズ).ショットライザー』……プログライズキーのライダモデルを運用して変身できるツール。その拳銃部分は訓練さえ積めば生身でも武器として使用できるみたいね。両腕を失っているわたしには関係のない話だけれど」

「ぷろぐ……? えっと、その感じだとメグさんのモノじゃない、んすかね……?」

「……ごめんなさい、余計に混乱させてしまうわね。“それ”を深掘りするのは一旦やめましょう。あなたも、わたしも」

「は、はあ」

 

 半ば勢いで持ち帰ってきてしまったが、その『ショットライザー』の存在は使える使えない以前に不可解な点が多すぎる。あの川辺に立っていた“誰か”の正体も、思惑も不明。これでは満太に説明しようもない。様々な疑念はあるが、今は捨て置くほかないだろう。

 

「そうだわ糸巻くん、鈴ちゃんと連絡は取れるかしら? わたしのスマホは川底に置いてきてしまったから」

「え、ああっと、その……連絡先、知らなくて。すんません」

「まだ交換していなかったの……」

「そういや小黒さんいないけど、大丈夫なんすか? イオさんに狙われたりとか――」

「あの子は大阪にある祖父母のお家に家族ごと帰省中よ。鈴ちゃんから聞いていなかった?」

「えっ、知らなかったっす。クリスマスの予定聞いたときも、『家族で過ごします』としか言われなくて」

「あなたたちっていつ進展するのよ……」

 

 廻が呆れたように視線を逸らすと、満太は「まあ街の外にいるなら安心すけどね」と、ため息交じりに肩をすくめた。

 

「街中、穏やかな雰囲気じゃないっすから……」

「……一昨日、わたしたちが散々暴れ回ったせい、よね?」

「っすねえ……」

 

 一織との戦闘の際、周囲を案じビルの屋上で戦うことを選びはしたが、かと言って何の痕跡も残さないなんてことは土台無理な話だ。……というか途中から周囲のことを考える余裕もなくなり足元を撃ったり車をぶん投げたりしていた。『琥珀の星』による情報操作が及ばなくなったこの波妃町を混乱に陥れるには、充分すぎる大立ち回りだったと言えるだろう。

 

 満太が言うには、24日の深夜からネットニュースやSNSが騒然となり、翌朝にはローカルニュース番組で報道されてあれよあれよと外出自粛ムードが成り立ったらしい。一応、表向きは『クリスマスムードに浮かされた若者のいたずら』という話になっているようだ。世間が理解できる範疇で語るとしたら妥当なところだろうが、あれほどの戦闘の余波を『いたずら』で済ますのも無理がある。かねてから亡者やら仮面のヒーローやらの噂が根付いていた波妃町ではなおさらかもしれない。住民たちは形のない恐怖に苛まれたまま、誰に言われずとも外出を控えるようになった……といったところだろう。

 街全体が静まりかえってピリピリとした雰囲気を纏っていることは、河川敷から店に帰る道中で廻も感じ取っていたことだ。クリスマスも過ぎた年末という時期もあり、暴動や集団ヒステリーなどの目に見える混乱には至っていないのが不幸中の幸いか。

 

「人通りが少ないのにも合点がいった。いくら擬態しているとは言え、ガーディアンが堂々と闊歩できるわけだわ……。これも敵の計算のうち、なのかしらね」

 

 悉くが敵側に傾いている現状を実感し、廻は歯がみした。すると視界の端に通知ウィンドウが開く。廻はそれを確認し、所在なさげに目を泳がせている満太へと向き直った。

 

「とにかく礼を言うわ、糸巻くん。……もう帰りなさい。今日話したことはなるべく忘れて、ことが落ち着くまであなたも外出を控えるのね」

「えっ」

 

 あまりにあっさりとそう言うものだから、満太は面食らってしまう。

 

「えっと、メグさんはどうするんすか……?」

「3時間ほどスリープモードに移行するわ。充電と諸々の自己メンテナンスのためにね。申し訳ないけれど、年下の男の子に寝顔を見せる趣味はないの、いいから――」

「そうじゃなくて、これからどうするんすかメグさん! そんな身体で……」

「…………あなたが気にすることではないわ」

「気にしますよ! オレになにか手伝えることがあれば――」

「“ない”わ、もう充分。わたしを見つけてくれて、ここまで連れてきてくれた。……充分なのよ」

 

 廻の視線に満太はたじろぐ。真っ黒な右目から突き放すような冷たさを、ガラス玉のような綺麗な左目からは痛々しい苦悶を感じ取れた気がして、どう反応したらいいか分からなくなった。

 

「あなたがわたしに手を貸したとして、どうなると思う? ガーディアンか、運が悪ければ目白くんに鉢合わせて、ついでのように殺されるのがオチでしょう」

「でも……!」

「それにこのacquario(アクアリオ)だっていつまで安全か分からない。だからなるべく早く帰りなさい。あなたは充分、これ以上ないくらいに、わたしを助けてくれた」

「……」

「お願いだからこれ以上……わたしに巻き込まれないで」

 

 橋からここまで、1時間ほどかかった。弱り切った廻の足元がおぼつかなかったのもあるが、彼女が周囲を過剰なほどに警戒していたと、満太はふと思い出した。自分が思っていた以上に危険な状況を通過してきたのだと、今になって実感する。

 

「……うす。わかり、ました」

 

 満太は申し訳なさそうに会釈し、ゆっくりと立ち上がった。

 

「それでいいの……ありがとうね」

 

 そう言いつつ、廻はふと思考の奥がズキリと痛むのを感じた。満太の気持ち――言うなれば“善意”を無下にしたことに対してだろうか。かと言って善意を快く受け取る選択肢など無い。その先にあるのが危険以外の何ものでもないからだ。……このような形で心を痛めるのは随分と久しぶりな気がする。

 

「……わたしも、もっと早くこうするべきだったのよ……」 

 

 脳裏を一織の姿がよぎった。彼は今も洗脳されたままどこかにいる。

 誕生日会の夜に言葉を交わした際には有耶無耶になったが、あの男が廻に協力する理由はやはりどう考えても“ない”のだ。それなのに彼は――どんな意図があるのかは知らないが廻のそばに居続け、その結果洗脳されるに至ってしまった。彼は廻に“巻き込まれた”代表だ。

 

「もっと早くから……こうして、無理矢理にでも突き放していれば……」

「……」

 

 懺悔するように独り言を溢しながら、廻はゆっくりと“眠り”についた。

 

 うずくまるようにして動かなくなった腕のない人形を改めて一瞥し、満太は静かにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 3時間後。

 

「――で、その『ガーディアン』とかいうやつをこっそり()けてみたんすよ」

「…………」

 

 スリープモードから目覚めた廻は、やはりダメージが大きすぎたのかほとんど機能が回復しなかったことに悔しさを滲ませる暇もなく、ただただポカンと口を開けていた。

 

「港湾区外れの商店街、知ってます? 『クイーンコーストタウン』っていうでっかいアーケード……まあオレも行ったことないんすけどね」

 

 目が覚めたら満太がいたのだ。先ほど背負っていたギターケースが今はないことから一度帰宅していることが分かるし、状況からしてまず間違いなく寝顔――厳密には違うかもしれないが――を見られたことも確かだが、今の廻にとってそこは重要ではない。

 

「ガーディアンはその地下街に入っていきました。アーケード全体が封鎖されてたから、それ以上は追わなかったんすけど。追うとしたら夜かなーって思って。一応、でけえリュック持ってきたんで、色々持って行けますよ?」

 

 重要なのは彼がここにいるということであり、より重大なのは、彼が巻き込まれる気満々ということだった。

 

「で、どうしましょっか? メグさん」

「ごめんなさい何を言っているのかまるで分からないわ」

 

 

 

  *  *

 

 

 

 二乃部(にのべ)海浜公園に沿うようにして建てられた『クイーンコーストタウン』。ここは8年前に盛り上がった『波妃町に新しい観光地を作ろう!』といった旨の運動の末に完成した一大アウトレットモールである。しかし現実は微妙な予算規模相当の微妙なクオリティを越えることができず、駅前商店街の実質的な下位互換に留まった。これまた微妙にアクセスが悪かった(そしてそこに割く予算もなかった)ことも相まって、かつての理想にほど遠い過疎地帯に成り果ててしまう。予算の大半を吸い取った立派なアーケードも現在はほとんどシャッター街で、ちょこちょこテナントが出入りしてはいるものの果たしてそれを知覚している住民がいるのかどうか……。そうしてついたあだ名が『クイーン()()()()タウン』という切なさの権化のようなもの。生粋の波妃っ子である満太でさえ一度も行ったことがないという事実が哀愁に拍車をかけている。

 

 そんなクイーンコーストタウンの地下街はと言うといよいよテナントの入れ替わりすらない本物のゴーストタウンもかくやといった風体だが、なんと現在その地下街の隅に個人経営のフィットネスクラブが寂しげに居座っているのだ。このフィットネスクラブこそ、かつて『翡翠の光』がクトゥルフ復活のために設置したロッジのひとつで間違いない――というのが廻の見立てである。未発見のロッジ跡をあっさり見つけられのは、この地下街にガーディアンが入っていったという情報によって範囲がかなり限定された故だろう。

 

「ええっと……そのロッジ跡? を、なんちゃらの星が臨時の拠点にしてるってことっすよね?」

「わたしの推測だったけれど、ほぼ間違いないでしょう。……実際、ここからでも見張りのガーディアンが二体、確認できる。少ない気もするけれど」

 

 夕方を過ぎ、見てくれが完全にホラーゲームのそれになったクイーンコーストタウンの入り口にて。廻と満太は物陰に身を潜め、アーケードの様子を伺っていた。

 一織を洗脳したと思われる『琥珀の星』の幹部――廻は本城輝星とは別の人物と見ている――がこの波妃町で活動を始める際、拠点というものが必要になったのだろう。そして教団のロッジ跡は臨時の拠点にうってつけ……確かに理に適っている、と廻は思案した。

 しかし不可解な点がひとつ。やけに大がかりだという点である。

 幹部がこの街に来た理由が“廻や一織の始末”であるなら、わざわざ拠点を設置するのは少々ズレているように見える。結果的に廻が逃げおおせたので時間が稼げている現状ではあるが、そもそも幹部本人が出向かず洗脳した一織に丸投げしているのもどうにも回りくどい。

 この幹部はもしかしたら、別の“目的”があってここにいるのかもしれない。拠点を設置し、腰を据えて行う何かしらの“目的”が。

 

「(街を徘徊しているガーディアンが探しているのは……本当にわたし()()、なのかしら。……いえ、今は考えても仕方がないわ。それよりも――)」

 

 廻が振り返ると、緊張の面持ちでリュックを背負った満太と目が合った。その大きなリュックには廻の自室にあった使えそうなもの――二種のベルトや三種のキー、消音器付きの拳銃など――が入っている。……否、今の自分らに使えるものなどほぼないのだが満太が半ば無理矢理持ってきているものだ。

 

「……これから地下街に潜入するわ。幹部がいれば、上手いこと立ち回って目白くんの洗脳を解けるかもしれない。いなくてもここが拠点である以上、何かしらの情報は掴めるはず。ずっと不明瞭だった『琥珀の星』の目的が、暴けるかもしれないわ」

「おお……りょ、了解っす……!」

「だからあなたはここで引き返しなさい。この先は危険すぎる」

「って、ええっ!? この流れでそれ言いますか!?」

 

 廻は小さく首を振った。腕があれば、眉間を押さえていたことだろう。

 

「本当に感謝しているのよ、あなたには。わたしを助けてくれたばかりか新たな手がかりまで見つけてくれた。でも言ったでしょう、これ以上巻き込むわけにはいかない。……お願いだから帰って」

「ここまで来て帰れないっすよ! 放っておけないし! だってメグさん腕……その、ないんだし、歩くのだっていっぱいいっぱいじゃないっすか……!」

「いいこと? これはわたしの問題、わたしの因縁なの。関係のない人間がおいそれと立ち入っていい戦いではないの」

「でもっ……」

 

 満太はほんの一瞬言い淀んだのち、再び口を開く。

 

「小黒さんとイオさんは、立ち入っていたじゃないっすか……!」

「……っ」

 

 廻の顔が悲痛に歪む。彼女が触れてほしくなさそうにしていたことは薄々感じていたが、それでも満太は言わずにいられなかった。

 

「『もっと早く突き放していれば良かった』みたいなこと、言ってましたよね? それは小黒さんとイオさんに対して、っすよね? それがすごく……こう、モヤッとしたんすよ、オレは。そんな風に、言ってほしくなかった……」

「…………」

「7月のあの日、オレは寝っ転がってただけだから細かいこと全然分かんないっすけど……アンタら三人がいたからこそ、力を合わせたからこそ、世界は終わらずに済んだ。そんでオレは寝っ転がったまま死なずに済んだ。……それくらいは分かります」

 

 満太は自分の胸をさする。もう(あと)は残っていないが、そこはアタッシュライフルを生身で撃とうとして刻まれた(あざ)があった場所だ。

 

「それをメグさん本人に否定しないでほしかった。……だからオレは、なおのことアンタを放っておけなかった……!」

「やめて……」

「だからほら、えっと、体力に自信がある……ワケでもないけど、オレ頑張りますよ! 危険なのは重々承知っす。メグさん頭いいし、危険をなるべく避けるような指示を出してくれればいいっすから! オレなんでも聞きますから――」

「やめて、いい加減にして!」

 

 廻は無い腕で彼に掴みかかろうとするが、バランスを崩して壁にもたれ掛かってしまう。金属の擦れる音が転がる中、慌てて支えようとした満太は彼女の視線に制された。

 

「わたしは……心底腹立たしいことにわたしは……っ、意志の弱い箱入り娘だから……! 鈴ちゃんに教えてもらったにも関わらず、すぐ周りに“期待”してしまうわがまま娘、だからっ……!」

「メグさん……」

「結局わたしは……協力し続けてくれる目白くんに甘えていたのよ。人を信じるのも下手くそなくせに、“期待”することだけは人一倍手際が良くて……その結果がこれよ! 目白くんは今もどこかで、彼の生き方を踏みにじられ続けている。わたしが巻き込んだから、わたしが彼にっ、甘えたままだったから……!」

 

 茶色い前髪が一房垂れ、廻の左目を隠した。残った真っ黒な眼窩が満太を睨み付ける。

 

「鈴ちゃんだって、あの日殺されかけた。わたしのせいだって自覚していたつもりだったけれど、違ったわ。何も自覚していなかった、何も分かっていなかった。あのときのわたしは自分のことしか考えていなかったから! ほんっと、間抜けにも程がある……!」

「メグさん、もうやめましょ……」

「あなたこそ何? あの後、あなたは深入りしてこなかった。それなのに今、こうしてわたしに巻き込まれることを良しとしている。糸巻くん……本当のあなたは“どっち”なの……?」

「あ……」

 

 ちくり、と。満太の胸中に小さくも鋭い痛みが走る。図らずも、今度は廻が彼の触れてほしくない部分に言葉を突き立てる形となった。

 

「“どっち”が正しいとかじゃあないの……。わたしは世間知らずではないけれど、どうしても分からないの、目白くんの気持ちも、あなたの気持ちも。……このままではまた、わたしは見誤って“期待”をしてしまう……。そのせいでまた、誰かを傷つけてしまう……!」

 

 項垂れる廻。その痛々しい姿を見て、自責に呑まれそうになっていた満太は我に返った。……今は自分のことなど後回しだ――そう言い聞かせ、なおも食い下がろうと口を開く。

 

 そのときだった。

 

 

 

 ――――――ッッ!!

 

 

 

 不快なほどに甲高い、サイレンのような、悲鳴のような音。

 それは遠くから響くようでも、耳元で小さく囁かれているようでもあり、どこから聞こえてくるのかがまるで掴めない不気味な響きだった。

 確かなことは、たった今同時に視線を上げて顔を見合わせた満太と廻――この場にいる自分たちには間違いなく聞こえていたということだ。

 

「なんだ――」

「――っ糸巻くん、避けて!」

 

 廻がタックルを放ち、ふたりはもつれ合うようにして倒れ込む。その直後――彼らが立っていたシャッター横の歩道に()()()()()()()()()

 満太は咄嗟に悲鳴を呑み込もうとする。彼は既にゾンビと対峙した経験があり、今回もある程度は覚悟していた。が、それが空から降ってくるとなると想定外だと言わざるを得ない。

 

「な、なんなんすかこれ! ゾンビって降ってくるモンなんすか!?」

「知らないわ! こんなことわたしも初めてよ!」

「っすよね! 空から落ちてくるのは女の子だって、相場が決まってますよね!」

「目白くんじゃないんだから意味分からないこと言っていないで――うっくぅぅ……立てないっ……!」

 

 脚をバタバタさせる廻の上体を抱え上げながら、満太はシャッターの方を見やる。たったいま降ってきたゾンビは五体ほどだ。それらは落下の衝撃程度では活動を停止しないのか、蠢きながらゆっくりと立ち上がってくる。

 

「待って……初めて、じゃないわ、わたし。このゾンビたち……!」

 

 廻は既視感を覚える。直接の見覚えではないが、いま目の前にいるゾンビ――例外なく()()()()()()()()()()()()を携えるゾンビを確かに、見たことがある。

 

「そもそも拠点にするロッジ跡にゾンビを残しておく理由がない。このゾンビたちは本来、ここにいない筈のゾンビなのよ……。そうよ、レオンモールにも出たじゃない、いない筈のゾンビが、突然!」

「じゃあなんすか、こいつら遠くから空飛んで来たとでも!?」

「――!」

 

 廻は顔を上げ、硬直する。

 

「……その通り、みたいよ」

「は……?」

 

 ツタの這う雑居ビルの屋上、淡い月明かりに照らされた夜空のすぐ下に――“ソレ”はいた。

 

 

 

 “ソレ”は巨大な翼を持っていたが、“ソレ”はカラスではなく、

 

 “ソレ”は鋭いクチバシを持っていたが、“ソレ”は翼竜ではなく、

 

 “ソレ”は大きな鉤爪でゾンビを掴み上げていたが、“ソレ”はハゲタカではなく、

 

 “ソレ”の細長い胴には節があり、楕円に膨らんだ腹部を揺らしていたが、“ソレ”は蟻でも、蜂でもない。

 

 きっと本物の『化け物』とは、こういうのを言うのだろう――廻の中にある“人間としての人格データ”がそう確信する。本能的な恐怖に思考を揺さぶられるのが分かる。『銀の鍵』を初めて直視したときと同じ、どうしようもない冒涜と畏怖。理解してはいけない恐怖がそこにある。

 

 

 

 名状しがたい“ソレ”は静かに、廻と満太――テリトリーに侵入した外敵を見下ろしていた。

 

「……逃げるわ、糸巻くん」

「あ、あ……?」

「はやく、走ってっ!!」

「――うわああああああああああああ!?」

 

 ふたりは支え合うようにして駆け出した。相変わらず足取りのおぼつかない廻に、満太も全身がすくみ上がっていて挙動がぎこちない。それでも必死に身体を動かしているからか、不格好なフォームの割にそれなりの速度が出ていた。ワンテンポ遅れて落とされたゾンビたちも動き出すが、よろよろ歩くだけの屍は彼らに追いつけないだろう。

 

 しかし、

 

 ――――――~~ッッ!!

 

 聞くものの背骨を震わせるような音が響く。それはあの“翼を持った化け物”のものだ。廻がよろめきながら振り返ると、鳥類とも昆虫とも言えない不気味なシルエットが翼をはためかせ、闇夜に飛び上がるのが見えた。このままでは数秒もしないうちに追いつかれ、自分らはたちまち喰われるか潰されるかする――シミュレーションせずとも廻はそのことを理解した。

 

「ッ! 跳んで、糸巻くん! そっちぃぃーー!!」

「わああああーーーーー!?」

 

 足を踏み切り、建物の間の細い路地に飛び込んだ。直後、凄まじいプレッシャーが背後を通り過ぎていくのを感じた。ふたりはそのまま地面を転がり、這うようにして路地の入り口から距離を取る。

 

「なんだよアレ!? アレも教団の置き土産なのかよ!?」

「今度こそ初めて見るわ……! 間違いないのは、アレが街中のはぐれゾンビを運んでいたということ!」

 

 はぐれゾンビはとっくに制御を失っている。彼らは近場の生物を襲うことしかできず、かつての藤堂武蔵や薬師寺良華のように使い捨ての戦闘員として機能させることはできない。廻の想像通り、それらは『琥珀の星』からしても持て余す存在に違いなかった。

 だが“アレ”に運搬させられるのであれば話も変わってくる。ある程度狙ったところまで運んであげさえすれば、実質的にゾンビをけしかけることが可能ということだ。

 

「ひいっ!?」

「……!!」

 

 路地の入り口、建物の隙間から覗く夜空に“ソレ”の顔面が張り付く。巨体故に入ってくることはできないようだが、(きり)で穴を空けただけのような両目は確かに、廻たちの方を向いている。

 

「なによ……観察でもしているつもり……? ゾンビを運ぶだけのことはあるわね。ソイツ、見た目の割に知能が高いわ……!」

「メグさん、ゾンビが!」

「あ……!」

 

 “ソレ”の真下から、ゾンビの群れが顔を覗かせる。獲物を見つけて迫り来る彼らは心なしか喜んでいるようにも見え、廻の思考を逆撫でしていく。

 

「たたた、立って、立ってくださいメグさぁぁん……!」

「いい、わたしはいい! 糸巻くん、ダメ! どうせわたしは速く走れないから! ひとりで逃げなさい!」

「まだそんなこと言ってンすか!? できるわけないって言ってンでしょおが!!」

「あなたこそいい加減にして! 現実的に考えなさい! いいこと!? あの“化け物”はそこに止まったままなの、今なら路地を逆側に抜ければ――」

 

 逃げ切れる可能性が高い――廻はそう言おうとして路地の反対側に視線を送り、言葉を失った。

 

 反対側からはまさに今、二体のガーディアンが向かってきていたのだ。

 

「うそ……でしょう……」

 

 考えてみれば当然だ。ここまで大騒ぎしておいて、見張りとして巡回していた機械人形の警戒に引っかからない道理がない。

 

「そんな――」

「借りますよ、メグさんっ!」

「えっ」

 

 満太の声に顔を上げると、彼はリュックを開き、その中から青い拳銃――『A.I.M.S(エイムズ).ショットライザー』を取り出していた。

 

「装填……とかはいいのか? これ、変身しなくても使えるんでしたよね!」

「待ちなさい! それは――ああっ!?」

 

 廻の制止も虚しく、満太は迷わずショットライザーの引き金を振り絞る。しかし廻の危惧した通りの事実が結果として表われた。弾丸はすぐそこの地面を穿ち、凄まじい反動に弾き飛ばされた満太は壁面に全身を強打してしまう。

 

「糸巻くんっ!」

 

 返事はない。頭を打ったのか、彼は壁にもたれ掛かるようにして焦点の合わない視線をフラフラと泳がせている。

 

「そんな……ああ、あああぁぁぁぁあああぁぁ……!!」

 

 はやく彼を起こさないと――そう望んでも、シリンダーがキュルキュルと空回るだけ。そもそも今の廻は自力で起き上がることもままならない。

 

「(路地に飛び込んだのは裏目だった……。いえ、いえ、違う! そもそもわたしは……!)」

 

 そもそも、彼を連れてくるべきではなかった。

 何が何でも、ここにはひとりで来るべきだったのだ。

 

 一織が洗脳されて、廻は自分が如何に他人を巻き込んでいたかを実感した……つもりでいた。またしても自覚している気になっていただけなのだ。

 これは自分の戦い、これは自分の因縁、誰も巻き込みたくない――。口ではどうとでも言える。しかし一方で、廻は満太の善意に甘えていた。河川敷から自室まで、そしてこのアーケードまで。……無理矢理突き放すタイミングはいくらでもあったのに、そうしなかった。挙げ句に自分だけは理解しているような顔をして、中身の伴わない大口を叩いて、肝心なところで何の役にも立っていない。

 

「(どうしてわたしはまた……また、一歩間違えてから気づくのよ……!)」

 

 前方からゾンビ、後方からガーディアンが迫り、退路は何処にもない。

 建物の隙間から見下ろす“ソレ”に傍観されたまま、廻は必死に、無くなった腕を伸ばし続けた。

 

 

 

 

 

 ――またか?

 

 声が聞こえた気がした。怒っているようにも、呆れているようにも聞こえた。

 

 ――またなのか?

 

 ぼやける視界の先に、泣きそうな女性の顔が見えた。一滴も涙は流れていなかったが、彼女はひたすらに哀しそうで、それ以上に申し訳なさそうだった。

 

 ――またオマエは、ワケの分かんねえ武器の反動でぶっ飛ばされて、カッコ悪く寝っ転がったまま終わるのか?

 

 彼女のコートの袖は空っぽだった。空っぽのまま、なんなら彼女の背中側にぺろんと垂れている。……それなのに不思議と、こちらへ向けられる腕が見えた、気がした。

 

 ――またオマエは、自分の理想を押し殺したまま終わるのか?

 

 たった今、ようやく気づく。これは自分の声だ。

 

 ――オマエは、それでいいのか?

 

 初めて“あの子”と喋ったときの光景が蘇る。

 

 そうだった。

 “あの子”が作る見せかけの光がただ眩しくて、“あの子”が被る継ぎ接ぎだらけの仮面がただ綺麗で、オレはそのとき初めて……理想を知ったんだった。

 

 ――それでいいのかよ?

 

 意識に輪郭が戻る。

 

「いいワケ、ねぇだろうが……!」

 

 手に持った青い拳銃を、オレは今一度握りしめた。

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

今回マジモンの化け物が出てきましたが、ヤツの正体や名称はもうしばらくお待ちください。明らかになる……はず。クトゥルフ神話に造詣の深い方ならピンときたかもしれないですね。


次回

「4-9. 覚醒③ アクアブルーの弾丸(キバ)

交差する彼女の”期待”と彼の”理想”。そして――、


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