『男の子はいつだって、宇宙人の襲来を待っている』
たぶんそんな言葉だったと思う。かなり前――自分がどれくらい小さかった頃かも憶えていないほどの昔に、テレビで聞いた言葉だ。確か映画を紹介する特番だった……と思う。そのとき紹介されていたのはよくあるエイリアン襲来系の映画で、派手なCG演出と良くも悪くも直感的な家族愛だか何だかを描いたストーリーが見所だった……と思う。こんな具合にもうほとんど記憶にないし、何ならその映画を観てすらいないけど、ゲストの評論家だか芸能人だかが言ったその言葉だけは憶えている。子供ながらに、ああ確かにその通りだと思ったからだろう。
だから正直なところ、あの日のオレは密かに興奮していた。
おかしくなったクラスメイトからあの子を守れて、あの子の手を引いて学校から脱出して、まるで映画の主人公にでもなったみたいだった。もちろん、あの子自身は殺されかけて、家族までおかしくさせられていて、こんなことを思うのは不謹慎かもしれない。でも仕方ないだろう? オレだってクラスメイトや先生を思いっきり殴り飛ばした。それも愛用してるギターをぶっ壊しながら。脳汁の一杯や二杯、出さないとやってられないってもんだ。
最後の方はものすごい全能感だった。盗んだ原付の後ろに片思いの相手を乗せ、『世界を救う』ために街を駆ける。こんなシチュエーション、ほんとにあるのかと思った。
絶対にできると思った。絶対にできるよう、必死に頭と身体を動かした。得体の知れない怪物に変身していたあの人と違ってオレには何の力も無いけれど、何の問題も無いと思った。ただの高校生が世界を救うのも今やド定番だろとか、そんなことを思ってさえいた。
でも実際、オレは窮地に陥る彼女を助けようとして……そこで唐突に終わった。録画が途中で止まってた金曜夜の映画みたいに、掃除機の先っぽがぶつかって電源の切れた昔のゲーム機みたいに。”主演:オレ”の映画はそこで終わったんだ。変身しないと使えないって言われてたはずの武器を使ったの、今思うとどうかしてる。たぶん、いけると思ったんだろう。あの時のオレは自分に主人公補正があるって信じて疑ってなかったし。
目が覚めたらあの喫茶店で手当てを受けていて、しばらく休んだ後に帰宅した。空気の読めない“現実”って奴に突きつけられたマジレスはびっくりするくらい正論で、世界が救われた瞬間すら見逃したオレは、何処まで行っても蚊帳の外だった。
そこでオレは考えたんだ。あの子の“非日常”は彼らに任せて、オレはあの子を“日常”で支えようって。
変に問い質したり深入りしたりしたら、きっとあの子も嫌がる。それに喫茶店のあの人たちだって困るはずだ。恋愛だって駆け引きだと言うし、ずかずか踏み込んでいくことだけが格好良さじゃない、はずだ。うん、そうだ。そうに違いない。真に彼女を想うのなら引く勇気も必要だ、と。
いや、わかってるよ。言い訳だよ。
たぶん向こうからは、オレは身の程を弁えて深入りしない~みたいな、理性的な選択をしたように見えただろう。でもそんなんじゃない。ただ認めたくなかったんだよ、“あの日”の最高に格好悪かった自分のことを。結局のところオレは、あの子を“日常”に引きずり戻す決断も、あの子と一緒に“非日常”に飛び込んでいく決断もできなかったんだ。
でもそんなクソみたいに中途半端な決断ってのは、どのみち心のどこかでブスブスと燻るもので。オレはずっと後悔……してたんだと思う。あの日みたいに『力を貸して』って、誰かに言ってほしかった。ワンチャン巻き込んでくれないかなって思って、メグさんの誕生日会を手伝いに行ったりなんかしてさ。歴の浅いギターくらいしか取り柄のない高校生なんて、頼るはずないのにさ。日に日に、“あの日”の格好悪さを更新してるような気がしてた。
だから川辺に倒れるメグさん見つけて、咄嗟に「助けなきゃ」って思えた自分が結構嬉しかった。捨てたもんじゃないじゃんオレ! って思った。
オレにはメグさんの抱えてる事情、未だによく分からないけどさ。たぶん最後の縁だと思う。ここで巻き込まれに行かなかったら、この縁は二度と巡ってこないと思う。
あの子が理想を纏って頑張る姿が、綺麗だと思った。
じゃあオレも、不格好な理想のひとつやふたつ、貫かないと嘘だよな?
* *
再度、引き金を引く。
凄まじい衝撃が全身を走り、腕と脳が揺さぶられた。壁に押しつけた背中が裂けるような激痛に見舞われ、踏ん張った両膝が冗談みたいに震えた。
――でも、撃てた。当たった。
壁を支えにして、死ぬ気で踏ん張れば撃てる。
細い路地で、敵から向かってくるのだから
先頭のガーディアンの片腕を吹き飛ばしたことを確認し、満太は確かに実感した。さすが“ワケの分かんねえ武器”なだけあって威力は充分。掠っただけでもこれほどのダメージになるのなら勝機もあるはずだ……と。
彼が改めて腰を落としてショットライザーを構えると、真下から「なにをしているの!?」と怒鳴られた。横たわったままの廻が信じられないものを見るような目をこちらへ向けている。
「やめて、やめなさい糸巻くん! 言ったでしょう、その銃は訓練を積んだ人じゃないと――」
「それ、投げ出す理由になりますか!?」
制止の言葉を払いのけ、満太は引き金を振り絞る。弾丸はガーディアンから大きく逸れて壁を穿った。しかし構わず続けざまに発砲。今度は機械人形の胴部を捉え、すぐ後ろにいた二体目もろとも大きく後退させるが、満太自身もバランスを崩して膝をついてしまった。
「っしゃおら……! やっば……脳味噌シェイクされてるみてぇ……」
「糸巻くん後ろっ!! ゾンビ!!」
「うおおおお! っしゃらああああ!!」
重たい発砲音が何度も響き、その度に小さな身体が壁面に叩き付けられる。正直、命中率は半分以下だ。『
「やめて、お願い! このままじゃ殺される殺されない以前にあなたが死んじゃう!」
「へ、へへ……どのみち死ぬんなら……もがいてみた方が、格好良いってモンでしょうよ……!」
「ふざけないで! わたしはあなたが――」
「――後悔してるんでしょ、メグさん!」
銃声よりも鋭い声で満太が叫ぶ。その言葉に縫い止められるようにして、廻の表情が硬直した。
「細かいことは知らねぇけど、アンタは後悔してる! そんで、間違える“前”の自分に戻ろうとしてる! そうしたいの、めっっっちゃわかりますよ、オレもそうだったから!」
「……!」
「でもそれは別の後悔が生えてくるだけだ! 後悔を払拭したければ、間違える“前”に戻ってちゃダメだ! “先”に進むんです! くだらない理想もちっぽけな期待も全部抱えて、無理矢理にでも“先”に進むしかないんすよ!!」
「ちっぽけな、期待……」
ゾンビの大口が、満太の喉笛を食いちぎろうと迫る。彼はその口に銃口を突っ込み、弾丸を射出した。満太はまたもや地面を転がり、横たわる廻に激突する。
「だからオレは、アンタを放っておかない……! 無理矢理にでもそうしないと、いつまで経っても小黒さんに追いつけない、気がするからっ……!」
「あ……」
「待っててくださいよ。ゾンビもガーディアンも、そこにへばりついてるプテラノドン
小黒鈴という少女は、いつだって全力だった。それは邪神復活未遂に対峙したときだけではない。入学式後の自己紹介のときからずっと、その姿が嘘だろうと虚構だろうと関係なく、あの子はずっと全力だった。全力故に破綻したのだろうが、ちっとも格好悪いとは思わなかった。むしろ適度に力を抜いて破綻を免れていた
震える膝を手で支え、額に滲む冷たい汗を拭い、呼吸も整わぬまま満太は立ち上がる。目の前の脅威を退け、あの子の友人を助けるために――!
「……待って、糸巻くん」
その声に思わず振り返った。今までの突き放すような声色ではなかったからだ。
「今のわたしはあなたを“信じる”ことができない……あなたに預けたどんな結果も受け止める覚悟なんて、この場ではできない……! けれど“期待”ならできる。こんな、自分勝手な“期待”でいいのなら……!」
「メグさん……?」
「これを――使って!」
彼女の表情は未だに半信半疑で、不安と苦悩が全面に出ていた。……それでも、満太にはそこに含まれる僅かな光を汲み取ることができた。
廻は膝を使ってリュックを引き寄せる。半開きのそれには、出発前にほとんどノリと勢いで詰め込んだ
「ショットライザーは本来、生身で使うアイテムではないわ。……分かるわね?」
「あ……!」
満太が目を見開いた瞬間、彼の真横からガーディアンが飛びかかってきた。廻は身をよじってそれを蹴り飛ばし、後続にぶつける。
――戦線が崩れた。隙を作れるのはこれで最後だろう。
「“期待”……していいのよね!? 糸巻満太!」
「…………もちろんっすよ!」
満太はリュックに手を突っ込み、水色のプログライズキーを取り出した。それは廻が、初めて一織と探索した際に入手したものだ。満太は知るよしもないが、廻にとってクリオネキー以上に思い入れの深いアイテムである。図らずも彼は、彼女の“期待”に最も相応しいと言えるキーを取り出したのだ。
《
プログライズキーを起動し、ショットライザーの後部から差し込んで装填した。本来ならここで独自のセキュリティによる装着者の認証があるのだが、ライザーの信号は即座に“どこか”と繋がりこれを突破、《――
《Kamen-Rider... Kamen-Rider... Kamen-Rider...》
「仮面、ライダー……?」
それは満太にとって初めて遭遇する、『仮面のヒーロー』の本当の名前。彼はこれが数多の世界で理不尽と戦った異形の戦士の総称だと知らない。だがその名前から響く重圧は、それらのヒーローがいくつもの理想や希望、もしくは恩讐を背負ってきたのだと否応なしに理解させてくる。
なれるのか……オレが?
刹那に感じたのは恐れか、躊躇いか、はたまた高揚か。
いや、関係ない。必要なのは”前”に進む意志。期待に応えようとする虚勢だけで充分だ。
「変身しなさい! わたしが認める!」
飛びかかる影。それは自分らを押し潰そうとする理不尽の塊。
無我夢中で、がむしゃらに、満太は最後の引き金を引いた。
「変身ーーっ!!」
《
銃口から飛び出したのは輝くような青いオーラを纏った弾丸。その弾丸は目の前にいたガーディアンの頭部を粉々に吹き飛ばし、ビルの隙間から覗く夜空へと真っ直ぐに昇っていく。“翼の化け物”の頭上を通り過ぎ、星空をバックに鋭く弧を描くと、尻餅をついたままの満太へと一直線に戻ってきた。輝く弾丸は、驚愕に目を見開く満太の手前で花が開くように展開、着弾と同時に弾け飛び、いくつもの光の欠片を放出した。
《
その輝く欠片こそがライダモデル。人間が人間のまま、異形と戦うために調整された強化アーマーのピース。
満太の四肢の末端から登っていくように二色のアーマーが装着され、体格に合わせて最適化されていく。頭部はまん丸の複眼を携えたマスクで覆われ、その上から鮮やかな水色の兜が被せられた。
《Fangs that can chomp through concrete...》
瞬く間に最適化を終えたアーマーが小柄なシルエットに嵌め込まれるようにして定着し、排熱により身体の節々から白い煙が吹き出され、――変身が完了した。
アクアブルーを基調に、白の差し色が映える引き締まった全身装甲。
三本の角が目を引く兜、その隙間から覗くのは勇猛な表情を見せる銀色の複眼。
後頭部から垂れた短いチェーンは、まるで一房の
かくして、土壇場の土壇場で、新たな仮面ライダーが誕生した。地に伏したままその変身を見届けた廻は、その姿にかつての“彼”の背を重ね合わせていた。
『えっと……あれ? これは、えっと? できたのか、オレ変身できたのか? これ?』
「糸巻くん――」
『うおおぅぅ……なんだこれすげえ、情報量やばっ……。なんだこの数字、どれがHPバーだ……?』
「――糸巻くん、前っ!!」
『おわぁ!?』
銃声が響く。余韻も風情も関係ないとばかりに突っ込んできたゾンビが一体、満太の眼前で崩れ落ちた。そして彼は続けざまに『んなああぁ! 嘘だろ、おい!?』と声を張り上げ、その真後ろで転がる廻は思わずぎょっとする。
「ど、どうしたの!? どこか痛むの!? かなり無茶な変身だったし、気分が悪いとか――」
『――かっっっっるい!』
満太――が変身した仮面ライダーはぐるん! と振り返る。
『嘘みたいに軽いっすよ、メグさん! この銃! あとなんかポインターみたいなの出ててすげぇ狙いやすい! やばい! すげえ! やばい!』
勇ましい兜の奥に、場違いなほど嬉々とした表情が見える気がした。
「……そう、それは、良かった、わ……」
呆然と返事をする廻の視線の先で、水色と白の仮面ライダーは胸に手を当てて深呼吸のような動作を取る。
――束の間に差し込まれたような静寂の中で、彼の声色が確かに引き締まった。
『そんじゃあ――こっちのターンといきますか!』
満太は振り返りざまに、片手でショットライザーを閃かせた。ついさっきまであれほど重く、振り回されないようにするので精一杯だったその青色の拳銃が、信じられないほどに軽い。そしてその弾道も驚くほどイメージ通りに描くことができる。放たれた弾丸は残りのゾンビたちの眉間を正確に貫き、たった二度の発砲で屍の軍団を殲滅した。
しかし当然、終わりではない。彼の背後からガーディアンの最後の一体が迫ってきたからだ。その機械人形は目の前の仮面ライダーを敵と認識したのか、鉄くずとなった相方の残骸を蹴飛ばしながら満太に飛びかかる。その気配を察知していた彼は地面を転がってこれを回避、転がりながら射撃によるカウンターを見舞った。変身前は後退させるに留まった胴体への一撃は、今度は大きな風穴を開けるに至る。シャークキーの装填と仮面ライダーへの変身が成されたことで、ショットライザーの本来の威力が発揮されているのだ。
“ターン開始”の宣言から僅か3秒と少し。満太と廻を押し潰そうとしていた命なき人影の群れは瞬く間に壊滅したのだった。
『っしゃおらー!』
「まだよ、糸巻くん!」
『わぁーってますって、ちょうどこれから――』
満太は振り返らぬまま、肩越しの上空に向けて発砲。ビルの隙間から投下された
『――マナーのなってない観客をつまみ出すとこっすよ!』
満太は地面を蹴り、跳び上がった。そのまま連続して壁を蹴り、ビルの隙間を滑らかに登っていく。“翼の化け物”は予想外が重なって流石に焦ったのか、短く
だが満太は仮面の奥でニタリと笑みを浮かべ、落下しながら引き金を二度、振り絞る。二発の弾丸はアーケードの天井を支える鉄骨――ちょうど飛び退いた化け物のすぐ後ろにある極太の塊の両端を撃ち抜き、捻じ切った。
――――――~~~~!?
崩れ落ちる天井に巻き込まれる形で、“翼の化け物”は通りのど真ん中に落下する。鉄骨はカラフルな石畳に深々と突き刺さり、地面に投げ出されたその化け物は翼と両脚をバタつかせ、突然振るわれた猛攻に戸惑いを露わにしている。
『ここだああぁぁぁぁッ!』
落下中だった満太はその隙を逃すまいと再び動き出す。雨樋のパイプを掴み一回転、勢いをつけて壁を駆け、室外機を踏み台にして路地を飛び出した。ショットライザーをバックル部分に嵌め込み、シャークキーのスイッチを押して引き金を引く。
それは必殺技発動の合図。弾丸が発射される代わりにライザー内部へエネルギーが充填され、プログライズキーから流れ出した信号がバックルを通じて全身のシャークライダモデルを活性化させる。
《
『食らいやがれえぇぇぇ!!』
輝くオーラを纏った跳び蹴りが、緩やかな弧を描いて鉄骨の根元に突き刺さる。石畳は再度揺さぶられ、幾重もの破砕音と共に粉塵が噴き上げられた。
「や、やった……の……?」
立ち上がることを放棄し、誰も見ていないのを良いことにコロコロと転がってきた廻は路地から顔を出し、粉塵の舞う通りの中央を伺った。通りには大きなクレーターが出来上がり、満太の放った蹴りが相当の威力を持っていたことが分かるが……“翼の化け物”の姿はどこにもない。
『あ、あれ……? 外した? ……あああっ!!』
見上げると、アーケードを抜けた先の夜空にふらふらと飛び去る影があった。
『ちょっ、おい! 待て、逃げるな、おいぃーー!!』
満太は慌てて体勢を立て直し、ショットライザーを連射して追撃しようとするが、弾丸は夜の闇に吸い込まれて消えていくだけだった。視界に表示されたポインターも灰色に消灯していて、“有効射程距離外”であることを示している。
満太は仮面の奥でため息を吐くと、ショットライザーを降ろして廻の方を振り返った。
『メグさん……』
「撃退できたなら充分よ。あなたはよくやってくれた、気を落とす必要は――」
『メグさんオレ、最強かもしれないっす』
「……訂正するわ、全然気落ちなんてしていないわねあなた……。まあいいわ、起こしてちょうだい。……急いで」
満太が駆け寄ると、廻はきょろきょろと辺りを見回す。つられて視線を巡らすが、ガーディアンもゾンビもその姿はもう何処にもない。咄嗟の変身が功を奏し、自分たちは見事脅威を退けた――そう思ったのだが、廻の表情はどうにも晴れないままだ。
「長居は無用、ね……撤退するわよ」
『えっ』
そうして彼女が口にしたのは予想だにしない言葉だった。
『いやいやいや、敵はもういないんすよ? 潜入するチャンスでしょうよ。そのためにここに来たんだし!』
「いいから、帰るの……」
『ゾンビやガーディアンには負けませんよ? オレ、戦いますから。プテラノドンもどきが帰ってきても、今度こそ倒しますから!』
「そうじゃないの。“そこ”じゃないのよ、問題は――!」
『幹部! ……の、ことっすか? 確かにこんだけ派手に暴れちゃったし、幹部も黙ってないでしょうけど。でも逆にチャンスでしょ! オレが変身できた今なら、勝てないにしても戦うことができる! その間にメグさんが情報を集めるなり……』
「もう、人の話を聞きなさい! わたしたちはまだ……、――っ!?」
彼女の言葉が途切れ、その表情が困惑のまま固まった。その挙動から尋常ではないプレッシャーを感じ取った満太は、改めて辺りを見渡す。先ほどと変わらず、ゾンビも、ガーディアンも、あの“翼の化け物”もいない。シャッターの列に挟まれた、でこぼこの石畳があるだけだった。
「……あなたは本当によくやってくれた、本当よ? けれど、ここで戦闘が起きてしまった時点でわたしたちの選択肢はひとつしかないの。わたしたちはまだ、絶体絶命から抜け出せていない……」
彼女の声はか細く、怯えているようだった。
そこで満太は気づいた。彼女が察知したのは何かの姿ではない。
音だ。
乾いた風の抜ける音と、海浜公園の向こうから聞こえるさざ波の音に混ざり、もうひとつの音が響いていた。空気を揺らす唸り声のような、大地を震わせる鼓動のような。ゆっくりと――否、かなりの速度で近づいてくる音だった。
『この音……バイクか?』
「――!!」
その音の正体に満太が気づくのと、静まりかえったアーケードにヘッドライトの光が差し込むのは同時だった。
音の正体はバイクのエンジン音。言うまでもなく、たった今彼らを照らした光源と同一のものだ。ふたりは視線を上げ、
その深紅のボディに、刺々しいフォルムに、吊り上がった一対のヘッドライトに――廻は嫌と言うほど見覚えがある。
「来たわ……」
“予想外”を退けるために満太が変身し、派手に大暴れした。ここを取り仕切る幹部には当然気取られるだろうが、目の前の危機を乗り越えられるのなら構わないと思っていた。だが……増援に来るのが幹部本人だったら
「“彼”が、来た……!」
その人影は疾走するバイクの上でおもむろにヘルメットを外し、その虚ろで無感情な顔を露わにする。
「 」
彼の唇が小さく動いた。エンジン音に、風の轟音に、さざ波の雑音にかき消され、その言葉は聞こえない。
だが廻には聞き取れる。誰よりも近くでその4文字の音を聞き続けてきたから。その言葉を向けられる恐怖と戦慄を、誰よりも知っているから。
『メグさん、下がっててください……!』
その爆炎を、できれば二度と見たくないと思っていた。
「だめ……」
それは、彼女の後悔そのものだからだ。
「だめええええええーーーーー!!」
名前のないサメ。名前を奪われたサメ。
彼らが共に捕食者である以上、その闘いは止められない。
読了ありがとうございました。
ついに登場しました3人目の仮面ライダー。
名前はまだないです。是非次回以降もお楽しみに。
まあ名前云々どころではないんですけどね……。
次回
「4-11. 覚醒④ 恋愛バナシはお断り?」
歴2年vs.歴2分。その決着は一瞬だった。