もともと過疎地帯だった上に、半月ほど前から
規模が規模なので当然通報もされているだろうが、警察が現場に到着するのにも少々猶予があるようだ。
日が昇るのと同じ頃に行動を開始した廻と満太は地上には戻らず、砂埃と瓦礫の隙間を縫うようにして地下街を進んでいた。満太が仮面ライダーに変身すれば、地上へと戻り速やかに撤退することもできたのだろうが、それをせずにいる理由は言うまでもない――洗脳された一織を救い出すために、今一度この現状に正面から向き合うことを決意したからだ。
そうして辿り着いたのは当初の目的地――『琥珀の星』幹部が拠点にしていると思しきロッジ跡である。そのフィットネスクラブは幸いにも崩落に巻き込まれておらず、半開きのシャッターの奥にくすんだガラス扉を携え、廻たちを待ち構えていた。
「これはまた……なんというか……」
「いかにも、って感じっすね」
閑散とした店内にトレーニング器具・マシンなどは一切なく――出自が出自なだけにはじめからなかった可能性もあるが――簡素な机だけが中央に置かれている。そして机の上には小綺麗なパソコンが一台、仰々しい電子機器たちに繋がれていた。その持ち主は言わずもがな、ここの“今の主”のものだろう。
満太は廻の指示に従い、廻とパソコン、それから霧島昇の形見のデバイスをコードで繋げた。これで廻は両手を使わずとも、機器の操作ができるらしい。
ちなみにかのデバイスは満太がショットライザーやプログライズキーと共にリュックに入れてきたのだが、そのリュックは崩落の際に廻が咄嗟に庇ったため紛失せずに済んだのだとか。「両腕ないのにどうやったんです?」と満太が尋ねたところ「できる先輩はなんでもできるの」と返答した。できる先輩として『咄嗟に口に咥えました』なんて言うわけにはいかないのだ。
そうして幹部のものらしきパソコンを調べ始めると、手がかりは意外なほどあっさりと見つかった。
「履歴が全部残っているわ」
「えぇ、そんなことあります……?」
「あまりにも
「イオさんが結構あっという間に乱入してきたのも、拠点を中心に巡回してたから……とかですよね」
「そうだと思うわ。どうやらこの幹部も、随分と余裕がないみたいね。履歴も資料も全部残っている。これは……何かを探している……? この波妃町で……?」
廻が視線を画面に這わせ、膨大な量のデータが下から上へ流れていく。こと機械の相手となれば、ヒューマギアである廻は適役以外の何ものでもないだろう。いくら現代っ子としてそれなりの嗜みがあるとは言え、満太の出る幕ではなさそうである。
そう思案した彼はおもむろに振り返り――思わず息を呑んだ。
「メグさん、あれ……!」
「……!」
彼らの視線の先に、ゾンビの群れがいた。その屍たちは壁に向かって歩くゲームキャラのように、その腐敗した身体を店舗のガラス扉へと押しつけている。曇ったガラスを虚ろな瞳が埋めつくし、廃墟の建物の入り口を泥まみれの
幹部とて家捜しされるかもしれない現状を指をくわえて見ているだけではない。この期に及んで本人の姿がないのは確かに余裕のない現れかもしれないが、それは断じて、廻たちに余裕があるという訳でもないのである。
しかし――彼らは怯まなかった。
「致し方なし、ね……。情報共有はここを出た後にしましょうか」
「っすねぇ。そんで、どのくらい稼げばダウンロードできますか?」
「2分あれば。……できるかしら?」
「じゃあ5分稼ぎます」
既に戦う覚悟ができているからだ。
巻き込まれる覚悟、巻き込む覚悟を――しょうもない『恋愛バナシ』を経てとっくに決めてきているからだ。
「その方が格好つくっしょ?」
「本当……生意気な後輩ですこと」
満太は一歩前に踏み出し、懐から
――準備は整った。満太は水色のプログライズキーを握りしめ、静かに息を吸った。目を閉じ、息を吐き、その起動スイッチを力強く押し込む。
《
「行きなさい。あなたの変身、わたしが許可するわ」
《
ショットライザーの信号が廻の思考回路とリンクし、呼応する。
満太は変身待機状態になったライザーをバックルから外し、前方に向ける。ゾンビの群がるガラス扉――いや、その先にある“何か”を見据え、狙いを定めるように。
その“何か”が何なのか……恋する少年は“理想”と答えるのだろう。同期によって同じ景色を見ていた腕のない人形は“期待”と答えるのだろう。共に自分勝手で、中身のない、びっくりするほど弱々しい概念だ。
だが今は関係ない。中身はなくても構わない。
「(目白くんに――)」
「(小黒さんに――)」
「「((いつか
「 変 身 っ ! ! 」
《
輝く弾丸が銃口より放たれ、ガラス扉を貫いた。ゾンビたちはその衝撃の煽りを受け、吹き飛ぶようにして通路まで押し戻される。
鋭く旋回した弾丸は屍とガラス片の波を割り――満太の振り上げた左拳めがけて一直線に飛来した。
《
――《Fangs that can chomp through concrete...》
拳から手首。肘から肩を通って胴体へ。水色と白のアーマーが順々にあてがわれていき、やや幼さの残る彼の顔も真っ白な仮面に隠される。やがて全身を覆ったアーマーはもう一段沈み込むようにして定着、排熱により白い煙が噴き出しその変身が完了した。
引き締まった装甲に輝く兜、排気に
視界がどことなくサイバーパンクっぽい画面に覆われたことを確認し、満太は仮面の奥でほっと一息ついた。
『っしゃ、今度こそ目にもの見せてやるぜ「琥珀の星」とやら。覚えときな、オレは仮面ライダー……、ええっと……“仮面ライダーイースト・ロビン”!!』
「絶対だめ。絶対やめて。二度と名乗らないで」
『ええっ、なんで!?』
渾身の名乗りを全否定された満太が辮髪を無駄になびかせながら振り返ると、廻は呆れかえったような表情のまま欠けた肩をがっくりと落とした。
「思い出したわ。あなたは自身のバンドに『
『べ、別にいいじゃないっすか!? 何が悪いんすか!? オレだってこの一年、それなりにバンドに命かけて――』
「――“バルバトス”」
『…………へ?』
落とした視線を再び上げ、廻は得意げに微笑む。ラーニングは既に完了していた。
「“バルバトス”――ソロモン72柱の一角にして、動物との会話や友情の回復の能力を有する大悪魔。そして……英雄ロビン・フッドと表裏一体の存在」
『……!』
「そういう捻った解釈の方が、男子高校生とやらの好みに合うでしょう?」
『は~~~まったく……』
満太は項垂れ、ショットライザーを握る力に力を込める。
――それはそれは力一杯に、滾る気持ちを握りしめた。
『全男児、いや全人類の大好物っすよ!! もう!!』
「わかったら行きなさい。きっちり5分、宣言通りに稼いでもらうわよ」
『おっしゃ! 改めて“仮面ライダーバルバトス”――推して参るぜ!』
ライザーを閃かせ、くるくると回しながら横薙ぎに振り払う。連射された弾丸がゾンビを窓ごと吹き飛ばすと、彼――仮面ライダーバルバトスは弾むような足取りで店外へ飛び出していった。
『おおーーーりゃあぁぁぁぁーーーっ!!』
彼の姿を見送った廻は口をきゅっと結んでその様子を覗う。店外からは銃声が断続的に響き、ゾンビの総数は瓦礫越しに見ただけでもかなりいることがわかる。だが『仮面ライダー』となった今の彼には、ゾンビなど束になっても敵わないだろう。
「(そう……彼は“仮面ライダー”になった。わたしが認めた……)」
両目を僅かに細める廻。この世界で仮面ライダーになること――その意味を、背負う命の重みを、彼女は理解している。
変身ツールが『銀の鍵』を介して取り出される以上、そこには必ず7人の犠牲がある。A.I.M.S.ショットライザーは謎の人物によってもたらされた代物だが、その事実は変わらないだろう。加えてプログライズキーもひとつにつき7人……この世界で仮面ライダーになるということはその時点で、決して少なくない何かを踏み台にしていると同義なのだ。
廻はこのことを、彼に伝えていない。ひどく残酷で、悪質なことだとは重々承知している。だが――
「(ええ、今はこれでいい。“当事者”となった以上、彼は遅かれ早かれ自力で気づくでしょう。それまでわたしからは言わない。その代わり……真実を知った後のあなたを全力で支えると約束する)」
そのための
「(これが今、わたしにできる精一杯の“信頼”よ。今はただ、好きな人のことだけを考えて戦いなさい、糸巻満太……!)」
廻は思考を切り替えるようにパソコンへと向き直り、手がかりのダウンロードを再開した。
瓦礫を蹴って跳び、舞い上がる砂埃を振り払い、満太――バルバトスはゾンビの群れを華麗に相手取っていた。廻に内蔵されたAIの補助を受け、全身のアーマーは彼のイメージを忠実に再現、並外れた身体能力と反射神経を発揮するのだ。ライザーから放たれる弾丸は本来“対暴走ヒューマギア”を想定した特殊徹甲弾であり、ゾンビに対してはオーバーキルとも言える。むしろ崩落を招きかねないほどの高すぎる威力だが、その貫通力や着弾地点まで逐一計算しているため心配の必要性は皆無。廻の見立て通り、ゾンビの群れしかいないこの状況は仮面ライダーにとって問題にもならないようだ。
『どうっすかメグさん! そろそろ5分経ちますけど!』
「充分すぎるわ!
『っしゃあ!』
バルバトスが飛び退き、一息で店内まで戻る。いそいそとパソコンとの接続を切った廻に駆け寄ると、リュックごと彼女を抱きかかえた。
『よいしょ』
「ちょ――!?」
否、正確には『担ぎ上げた』と言うべきか。廻の華奢な身体を米俵が如く左肩に抱え、彼は再び走り出す。
「まっ、待ちなさい! なによこの持ち方!? 野蛮にも程があるわ!?」
『いやぁ、姫抱っこすると両手塞がるし。そもそもオレ、初めて姫抱っこする相手はもう決めてるんで』
「恋愛バナシ絡むとたまに気色悪くなるわよねあなた! ああっ、待って、せめて頭を前にして! 進行方向を見させて! 怖いわ! 速いわ!」
『文句多いっすよ先輩!』
脚をバタバタさせる廻に構わず、バルバトスは進路にいるゾンビをすべて撃ち抜きながら地下街を駆けていく。ゾンビがここに来た以上、それを辿っていけば地上への出口に着くはずだからだ。だが――この状況が示す事実はもうひとつある。
『ゾンビがこんなに来てるってことは……この先の地上で待ち構えてるってことっすよね? ゾンビをここまで運んできた……あのプテラノドンもどきが』
「……『
『え?』
ピコピコと青いランプを瞬かせながら、廻がその名を口にした。彼女は既に、パソコンに入っていた情報を見ている。
『邪神の眷属……ってことは、アレってクトゥルフ関連だったのかよ。そんじゃあ「琥珀の星」の目的も、クトゥルフの復活?』
「いえ……そんな単純な話ではないわ……。『琥珀の星』の目指す場所は、文字通り別のところにある……」
『……? まあいいや、あとでじっくり聞かせてくださいよ? とにかくその“ビヤーキー”ってヤツを、倒さなきゃなんねぇことに変わりはないでしょうし!』
「その通りよ。それも、なるべく早く倒す必要がある。……戦いが長引けば、目白くんが来るでしょうから」
『……っ』
満太は仮面の奥で歯がみした。悔しいが今の自分に、一織と渡り合える実力はない。
だが長い目で見れば、空を自由に飛び回り街中のゾンビを運搬する“ビヤーキー”とやらの方が厄介さで上回る。ここから撤退して一息つこうにも、空から追われたのでは逃げ切ることさえ困難を極めるだろう。ビヤーキーの正体が何であれ、この場で撃破する必要がある。このことだけは間違いない。
『やってやりますよ、今度こそ……!』
やがて進行方向に光が見えてきた。地上へと向かう階段だ。
「そうだわ。地上に出る前に――」
『……?』
そうして一言二言交わしながら、バルバトスは階段を駆け上った。やがて視界が大きく開け、柔らかな朝霧に包まれた広場に到着する。どうやらここはクイーンコーストタウン横の
そして予想通り――かの異形の化け物が彼らを待ち構えていた。
霧の向こうに一対の翼をはためかせる、鳥とも翼竜とも蜂とも取れない不気味なシルエット。星間の使徒・ビヤーキーがその真っ黒な双眸に憎悪を宿し、かつて一杯食わされた相手――仮面ライダーバルバトスを睨み付けていた。
『へっ、昨夜ぶりだな、ビヤーキーさんよ』
彼は茂みに廻を降ろし、ショットライザーを両手で構える。敵意を受け取ったのか、ビヤーキーが両翼を大きく広げた。辺りの霧が一時的に晴れ、両者の全身が朝日に照らされる――それが激突の合図となった。
同時に地面を蹴り、同時に突撃を開始した。両翼を広げたビヤーキーの大きさは5メートル以上にもなり、バルバトスと比べると二回り以上も巨体と言える。いくら堅牢な装甲を持つ仮面ライダーとは言え、正面から衝突したらひとたまりもないだろう。
しかしそこを見誤る満太ではない。バルバトスは疾駆しながら連続で発砲。ビヤーキーは器用に翼を動かしてそれらを回避するが、突進の軌道が僅かに逸れる。
『ここだぁっ!』
バルバトスは身を翻し、その逸れた隙間に向けてスライディングで潜り込んでいった。巨体による突進は空を切り、カウンターとばかりに放たれた弾丸が真下からビヤーキーの身体を穿っていく。
――――――~~~~ッ!!!
体勢を崩したビヤーキーはコンクリートの地面に鉤爪を突き立ててバランスを取り直し、大きく嘶くと真上に飛び上がった。霧を抜け、瞬く間に公園全体を見渡せる高度まで辿り着くと、鉤爪に引っかけていたコンクリートの破片を力任せに投擲した。
『うおあっ!?』
咄嗟に転がり、何とか避けることができたバルバトス。地面には大きめの銃火器で撃ち抜いたかのような大穴が空いていた。
続けざまに振り下ろされる強烈な一撃を回避し、ショットライザーによる射撃を返していくのだが……射程距離がギリギリな上に相手がちょこまか飛び回るので一向に当たらない。やはり相手に飛行能力がある以上、
しかし、満太は仮面の奥で不敵な笑みを浮かべた。
振り返り、茂みの隙間に――いつの間に転んだのか知らないが――倒れている廻と顔を見合わせる。彼女も薄く微笑むと、ゆっくりと頷いた。そう、対策は既に立ててあるのだ。
――そうだわ。地上に出る前に、伝えないといけないことがある。
――……?
――リュックの中にはもうふたつ、プログライズキーがあるわ。ビヤーキーと交戦したら、折を見て『クリオネキー』の方をライザーに挿して。ただし変身はしないこと。
――えっと、なんでクリオネ? メグさんが使ってたヤツっすよね?
――アタッシュライフルをペアリングしてあるの。ライザーで『
――なるほど。ちなみに、クリオネで変身しちゃいけない理由は?
――わたしと個性が被るでしょう。そんなの断じて認めないから。
――アッ、ハイ。
『今こそ使いドキ、っすね!』
何発目かの投石を避け、懐からクリオネキーを取り出した。開いたままのシャークキーを抜き取り、代わりにクリオネキーを装填する。《――
『おおっ』
バルバトスは両手を伸ばしそれを抱える。そのずっしりとした重みは確かに、約半年前に満太の意識を吹っ飛ばした“ワケの分かんねえ武器”第一号のものだ。
『はー、正直これにいい思い出はないんだけど……』
ボタンを押し込み、銃身を展開する。あの時との一番の違いは、この武器を握る自分が既に仮面ライダーであることだ。
『後悔を払拭する、絶好の機会ってこったな!!』 ――《
周囲の霧を大きく吹き飛ばし、空へと昇る一発の弾丸。それは今までのどの攻撃よりも鋭く、またどの攻撃よりも速い一撃だ。
完全に虚を突かれたビヤーキーはまんまと直撃を許し、その翼に大きな風穴を開けられてしまう。ヒトの悲鳴のような断末魔が響き渡り、バランスを崩した冒涜的なシルエットはフラフラと落下、舗装された広場の中央へ派手に激突していった。
『っしゃあ!』
「やった……!」
好機とばかりに駆け出すバルバトス。バックルに嵌めたショットライザーに手をかけ、その引き金を引こうとし――、
『――――ッ!?』
刹那、両脚を踏ん張って急停止した。慣性で前方に伸びた辮髪の数センチ先を、茂みから飛び出してきた
すれ違いざま、ヘルメットの奥が見えた。その奥でこちらを淡々と見据えるその両目と、満太の視線は確実に交わった。
「そんな――!?」
『クッッッソが……! 早すぎンだろ……!』
霧を裂き、風を斬り、厄災のごとく乱入してきた彼。
彼はあくまで冷徹に、事務的に、恐らくこの場にいる全員が最も聞きたくないであろう4文字を投下した。
「――アマゾン」
バイクごと燃え上がる目白一織。爆炎の奥で、吊り上がった光が鋭く光る。
『キリシマアアアァアァァ、メグリィィィィィ……!』
『ほんっっとにアンタは……メグさん大好きっすよねぇ!!』
バルバトスは地面を蹴り、躊躇いなく炎の中へ突っ込んだ。バイクに跨がるアマゾンめがけて肩から突撃し、彼を無理矢理バイクから弾き出す。こうでもしないと彼は勢いのまま、廻を轢き殺してしまっただろう。
「糸巻くん!」
ふたつの影は取っ組み合いながら何度も地面をバウンドし、最終的にバルバトスが組み敷かれる形で着地した。
『グゥゥゥウウウウ、アアアアァァァアアアーーー!!』
マウントポジションをとったラムダは容赦なく、バルバトスの顔面に何度も拳を打ち下ろしていく。その光景を目の当たりにした廻は、流れてもいない血の気が引いていくのを感じた。
「い、いけないっ。やめて! 目白くんっ!!」
廻の呼びかけに一瞬、動きを止めたラムダ。――その隙を満太は逃さなかった。
『いい加減に……目を醒ませよ、このォ!』
『グゥッ!?』
ラムダの拘束を解き、ひび割れた兜を軋ませながらバルバトスが立ち上がる。
『いいか、今ならメグさんもたぶん許してくれる! 土下座して、ニット帽をもっかい買ってやって、そんでもっかい土下座すればたぶん大丈夫だ! だから目を醒ませ! アンタがそっちにいると、すこぶる迷惑なんだよ!』
再び突撃するバルバトスだが、彼の足取りは既に覚束ない。兜は割れ、複眼も片方がひび割れ点滅し、全身装甲も所々が凹んでいる。そしてそれらの損傷は、今まさに増やされ続けている。
「やめなさい糸巻くん! このわたしが呼びかけても駄目だったのよ! 無意味なことしていないで逃げるの!」
『……っ聞いたかイオさん! あんな後方彼女ヅラを天然で垂れ流すくらいに参ってんだよあの人は! 目白くんは掛け替えのない大切な人物……らしいんだぞ! そんなアンタが率先して困らせてどうすんだ!』
「ちょっ、そこまでは言っていないでしょう! いいから――って、後ろ! 糸巻くん!!」
まったく聞く耳の持たないラムダに再度突っかかろうとするバルバトスの背後から、巨大な影が飛来する。落下のダメージから持ち直したビヤーキーが、地面すれすれを滑空して突っ込んできたのだ。
『うぐあぁっ!!』
既に満身創痍だったバルバトスは避けることもできず、真横からの突進をまともに食らってしまう。ギリギリ変身解除には至らなかったが、コンクリートに投げ出されたその身体は節々から黒い煙を噴き出していた。一方でラムダはまったくの無傷、ビヤーキーは翼を片方傷つけられてもなお、低空飛行で悠々と木々の間を滑空している。
「ま、まずいわ……このままでは……!」
なんとかして逃走経路を算出しようとする廻。重なるエラー表示に焦りを募らせる彼女の視線の先で――傷だらけになった水色のアーマーがゆっくりと立ち上がった。
『わぁりましたよ……そっちがその気なら……とことん最後まで、付き合ってやりますよ……!』
なおも前を向くバルバトスに、廻は堪えきれず怒鳴り声を上げた。
「何を言っているの!! こうなった以上撤退しかない! ビヤーキーを倒すどころか、このままでは昨夜と同じ結果になる! わたしがあなたに託したのは、こんなところで特攻させるためじゃないのよ! 意地を張るのもいい加減にしなさいこの馬鹿後輩!!」
しかし彼は、そんな叫びを鼻で笑い飛ばす。
『もちろんっすよ。小黒さんと連絡先交換するまで、死ねませんし』
「……は?」
拍子抜けするほど落ち着いた声色だった。仮面の奥で微笑む彼の顔が、見えた気さえした。
『――シャアアアア!!』
ラムダが走り出す。その手はアマゾンズドライバーのグリップに添えられている。
廻は目を見開いた。こうなった彼は何をどうやっても止まらない。同時に『五手』をぶつけない限りあらゆる迎撃がシャットアウトされ、その軌道を逸らすことは誰にもできないのだ。廻は身をもって、それも何度も体験している。
しかし満太は依然落ち着いた挙動のまま、ゆっくりと腰を落とす。彼の両手にはそれぞれ、アタッシュライフルとクリオネキーが握られていた。
『イオさん、オレはあらゆる面でアンタに劣ってるが、一点――この一点だけは
「な、なにを言って――?」
『バンドってのはチームプレイなんだ。いくらソロで上手くても、周りを見て、周りに合わせる視野がなきゃ意味がない。オレのギターは一年経っても下手っぴのままだが……周りがちっとも見えてねえ今のアンタよりかは、よっぽど視野が広いってこったぁ!!』
《Progrise key confirmed. Ready to utilize...》
――《CLIONE’s ability!》
クリオネキーをライフルに装填。視線の先ではラムダがグリップを捻り、両脚のブレードを肥大化させた。彼はそのまま跳び上がり、バルバトス目がけて急加速する。
対するバルバトスはアタッシュライフルを構え、飛来するラムダ――ではなく、斜め前の茂みへと銃口を向けた。
《
その銃口から弾丸の代わりに放たれたのは、輝く6本の触手のようなエネルギー。弧を描いて伸びていく触手の先には、余裕の表情で滑空していた異形の翼。
――――~~!?
狙われるとは露ほども思っていなかったビヤーキーは瞬く間に絡め取られ、触手によって力任せに引き寄せられた。出力解放されたエネルギーで形成される触手はビヤーキーの抵抗をものともせず、歪な見た目の巨体を凄まじい勢いで地面に叩き付ける。その地点はバルバトスのちょうど目の前――
『ッ!?』
『このセッション、オレのリードに嫌でも合わせてもらうぜ、イオさんッ!』
渾身の力を振り絞り、砕けかけのアーマーが地面を駆け出した。バックルに嵌めたままのショットライザーを叩くように操作し、引き金を思い切り引く。アーマーの隙間から白い煙が迸り、銀色の複眼が輝きを増した。
『アンコールは――お断りだ!』
《
《
バルバトスとラムダ、両者の跳び蹴りがビヤーキーの巨体の上で交差する。未知の成分で構成された強靱な肉体と言えど、ふたりの仮面ライダーの蹴撃を同時に叩き込まれたとなっては無事でいられる筈がなく、その冒涜的なシルエットは真っ二つに千切れ飛んだ。命の尽きた邪神の眷属は悲鳴のような叫び声を空へと放ち、すれ違った二匹のサメの間で爆発四散。黄土色の肉片を撒き散らしながら消滅していった。
「す、すごい……やっつけちゃった、わ……。っきゃあ!?」
呆然とする廻を抱き上げたのは、キックの勢いのまま走ってきたバルバトスだった。彼はやはり米俵のようにして廻を担ぎ、霧に包まれた公園を駆け抜けていく。
『今しかないっす! できるだけ離れてイオさんを撒きますよ!』
「あっ」
廻が顔を上げて公園の方を見やると、追撃をしようとしたラムダが脚をもつれさせ、膝をついたところだった。普段なら必殺技の一発でそこまで消耗しないのだろうが、今の彼はとっくに空腹を超えた飢餓状態なのだ。恐らくほんの数秒――逃走するのに充分すぎる数秒の隙が生まれていた。
『グウウウウウウウアアアアアアアアアーーーーーッ!!』
絶叫する彼の姿を霧が隠す。同様にこちらの姿も隠されているだろう。……どことなく彼の叫び声が哀しそうに聞こえ、廻は顔を歪ませた。
「ごめんなさい、目白くん……すぐに助け出すから。もう少しだけ待ってて。もう少しだけ、耐えて……!」
『謝るのはオレっす。結局あの人を止められなかった』
「本当よ! だから駄目だって言ったのよ! この馬鹿後輩! もう、もう!!」
『痛い痛い! 足癖が悪い!』
「でもそれ以上に……! よくやったと思っているわ……! ありがとうっ……」
『……』
暴れ回る廻の脚に首をすくめつつ、バルバトスはもう一度振り返った。公園は遥か向こう、獣の絶叫も遠ざかっていく。
『そんで、算段はあるんですよね?』
「……当然よ」
何はともあれ、ビヤーキーの撃滅は果たされた。これで空からの奇襲に怯えることなく
「幹部が狙っているのは『ルルイエ異本』……この波妃町に隠された太古の魔導書。今も幹部は躍起になって探しているのでしょうけれど、わたしにはひとつ心当たりがあるのよ」
未だに姿を見せない幹部、それこそが一織を洗脳から救い出す鍵だ。わざわざ彼と殺し合わずとも、幹部を叩けばこの地獄は終わる。洗脳ラムダへの最も有効な対処法は、最初から何も変わっていない。
「幹部を引きずり出してやるわ。そのために――わたしたちが先に『ルルイエ異本』を確保する!」
廻の瞳に決意が宿る。
そうして彼女と、彼女を抱える仮面ライダーは、裏路地を包む朝霧の向こうに姿を消すのだった。
読了ありがとうございました。
戦闘シーンまみれの回でした。二回目の変身で行う密度じゃねぇ……よく頑張ったよ満太。
楽しんでいただけたなら幸いです。
満太の「覚醒編」はひとまず区切りですが、まだ第4幕は終わりません。着けないといけない決着はここではないのだ……! 是非引き続きお付き合いください。
次回
「4-12. ルルイエの呼び声」
幹部のパソコンから、廻が手に入れた情報とは――?