仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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4-12. ルルイエの呼び声

 

 

 旧支配者(グレート・オールド・ワン)、と呼ばれる存在がいる。

 

 のちに地球と名付けられるこの星の生物たちが、満を持して陸上へと進出しようかという頃のことだ。“彼ら”は唐突に、遠い空の向こうからこの星へやってきた。

 

 無限に広がる宇宙の中、このちっぽけな惑星のどこがお気に召したのかはわからない。確かなことは、“彼ら”が彼方の水平線を眺め、発展途上の大地を闊歩していたという事実だけ。しかしながら“支配”が長続きしないジンクスというものは、人類がこの世に誕生するよりもずっと前から定められていたようだ。やってきたときと同じように、唐突に、彼らはこの惑星から姿を消した。

 

 海底に没した“旧支配者”の都市があるのだという。そこでは、大いなる主が眷属たちと共に眠りについているのだという。

 都市の名はルルイエ、主の名はクトゥルフ。

 歴史の裏に文字通り隠れていたはずの彼らは、歴史の裏を覗き込んだ“幸運な”現支配者たちを魅了し、ひっそりと復活の刻を待っているのだという。

 

 そして、

 

 

 そして“旧支配者(グレート・オールド・ワン)”とは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 総称だ。総称である以上、どれだけ()()としても不思議ではあるまい。

 母なる海を掻き回し、母なる大地を踏み荒らし、命豊かなこの惑星を我が物顔で舐め回した大いなる存在が、それこそ星の数ほど存在していたとしても文句は言われまい。

 

 “よそ者”だろうと、“部外者”だろうと“邪神”だろうと、この惑星においてのちの人類と同等の繁栄を成し遂げた“支配者”には変わりないのだから。

 

 

 

 そんな旧支配者の一角。かのクトゥルフが都市を築いたのと同じ頃に、遥か遠くの恒星より地球を睥睨(へいげい)する存在がいた。

 彼も他の支配者たちと同じように、地球に興味を示したのか。はたまたクトゥルフのことがただ気に食わなかっただけなのか。彼は黒い湖の玉座に腰掛けたまま、星間を渡る数多の眷属を遣わせた……という。

 星辰が乱れ、他の支配者たちと共に表面上の撤退を成してから幾星霜。アルデバランと名付けられた星の玉座から、彼は今でもこちらを見ているのだという。人類を見守るように、あるいは、人類の隙を覗うように。

 

 邪神の名はハスター。

 

 名状しがたい神々の首領。星間の深淵から大地を見下ろす黄衣の王。

 彼が地球という舞台に上がるとき、人類は“支配者”からの降板を強いられるだろう。

 

 

 

 ………………、

 

 …………、

 

 ……。

 

 

 

「――糸巻くんっ」

「はっ!?」

 

 揺れるバスの中で、満太は我に返った。包帯で片目を隠した廻が心配そうに覗き込んでくる。自身の首筋が汗ばんでいる要因は、やや効き過ぎている車内の暖房だけではないだろう。

 

「大丈夫? ごめんなさい、一気に話しすぎたわね」

「い、いえ……」

 

 ペットボトルを取り出し、常温の水を口に含む。思ったよりも口の中が乾いていたことを実感し、そのまま半分ほど飲み下した。

 12月27日。クイーンコーストタウンでの激闘と撤退から6時間ほどが経過した昼下がりのこと。廻と満太は最低限の休息と補給を済ませ、未だに街のどこかを巡回しているであろう一織の目を掻い潜るようにして、とある場所へ向かっていた。

 

「なんというか……改めてスケールがでかすぎるというか。『旧支配者』たちが太古の地球を支配してたって、本当のことなんすよね?」

「本当だと……思うわ。信じがたいことだけれど、むしろわたしたちの扱う『仮面ライダー』の存在こそが別時空の――言うなれば架空の存在。『旧支配者』だけがこの時空に実在した事実そのものなのよ」

「じゃあ、恐竜は? 恐竜はどうなったんです? オレ、ちっちゃい頃好きだったんすよ恐竜。時系列的に、その旧支配者(グレート・オールド・ワン)だかの最盛期は恐竜よりちょっと前くらいでしょ。そいつらは恐竜に淘汰されたとでも言うんすか?」

旧支配者(グレート・オールド・ワン)とその眷属たちが地球上から姿を消した背景は……どこにも記されていない。各々の母星に帰ったのか、地球を捨てて新たな旅に出たのか、本当に、ただ沈んだだけなのか……。はたまた――いなくなった()()()()()()()()()()、か」

「……!」

 

 恐竜が実在していたのは確かだろう。世界各地で発掘される『化石』という形でそれは証明されている。だが、未だに彼らがどんな姿だったかという議論がされているように、実態については謎が多いままであるのも事実だ。満太はビヤーキーを見て『プテラノドンもどき』と呼称した。かの有名な翼竜に似ていたからという安直な理由だが……あながち“もどき”でもないとしたら――? 

 これは恐竜に限った話ではない。3億年前から現在に至るまで、多くの生命が生まれ、滅び……その亡骸を糧に新たな生命が生まれ、滅び……この繰り返しだった。そのような長い歴史の一点に、ただ一瞬『地球外生命体が繁栄していた』という事実があるだけで、プテラノドンに対して抱いた疑問はこの世のすべてに拡散してしまう。地球上に存在する、人類も含んだすべての生命、及びすべての物質が、この惑星で生まれたものとは()()()()と、そう言えてしまう。

 

「全然、実感湧かないっすよ……」

「それでいいわ。実感しない方がいい」

 

 バス停に止まり、最後列に座っていた老夫婦が降りていった。廻は目深(まぶか)に被ったフードの奥で目を細め、小声で続ける。

 

「“実感する”ということは、“精神が向こう側に寄る”ということだから」

「……」

 

 満太は生唾を飲み込んだ。

 心当たりはある。初めて『銀の鍵』を見たとき、そしてついさっき――廻から『旧支配者』と『邪神ハスター』の話を聞いていたときだ。意識が遠のく……いや、どこかに“吸い寄せられる”感覚がした。人類としての尊厳が踏みにじられていく恐怖と――どこか腑に落ちるような感情を覚えたのだ。

 

「てかメグさんは大丈夫なんすか。話に聞いてるだけのオレと違って、アンタは資料とやらを直接見てるんでしょ?」

「……以前、『銀の鍵』の中に放り込まれたことがあるの。膨大な量の情報に加え、クトゥルフに関する知識も文字通り直視して――普通の人間なら耐えられなかったでしょうね。けれどわたしは普通の人間じゃないから、ギリギリのところで我に返ることができたのよ」

 

 この精神汚染にも近い作用は、純粋な現支配者――つまりは人間――でない相手にはさほど強く働かないようだ。満太は一瞬だけ羨ましく感じたが、決して口には出さなかった。

 

「旧支配者の実在はこの地球の、そしてわたしたち人類の歴史を文字通りひっくり返してしまいかねない最大級の冒涜よ。クトゥルフやハスターは、実感し認めることがあってはならない禁断の神話と言えるでしょう」

「なんとなくわかります。……実感し切ったら最後、戻って来れなくなるって。それがきっと――」

「ええ。『翡翠の光』の人たちね」

 

 かの教団に属していた人物たちは皆、盲目的にクトゥルフの復活を望んでいた。薬師寺良華(やくしじりょうか)藤堂武蔵(とうどうたけぞう)は、その先にあるのが人類の破滅であることを知りながらも海底への信仰をやめなかった。

 

「そして『琥珀の星』も……。あなたが倒した『ビヤーキー』はクトゥルフではなく、ハスターの眷属なの。地下のパソコンから得た情報によれば、どういうわけか『琥珀の星』はハスターを信仰し、その眷属を飼い慣らそうとしているみたい。試験運用として、この波妃町に一匹投入されたらしいわよ」

「そ、そうだったのか。一匹でよかった……」

 

 廻が抜き取ったパソコンの履歴には、たびたび『ハスター』の名が登場していた。それも含めた断片的な情報から、派遣された幹部の一番の目的が廻や一織の排除ではないことも類推することができた。幹部の正体に関しては、謎に包まれたままであるが。

 

「『琥珀の星』の目的はハスターの降臨……っぽいけど、どうなんすかね? 『翡翠の光』との関係もわからんし、もっと言えばメグさんの実家がどう関わってるのかも謎のままっすね」

「そうね。そのあたりは、幹部を倒して目白くんを救った後にでもじっくり調べるとしましょう」

 

 廻が言葉を切り、顔を上げた。バスの車内表示が切り替わり、やる気なさげな案内音声と共にゆっくりと停車する。目的地に着いたようだ。

 

「この先って……確かガス爆発事故があった……?」

「あれはガス爆発事故じゃないわ。あの場所で本当に起こったことは、糸巻くんの知らないもうひとつの“邪神復活未遂事件”」

「え」

 

 ふたりがバスを降りると、薄く雪の積もったなだらかな丘陵が広がっていた。廻にとっては半年ぶり。どちらかと言えば思い出したくない部類の、懐かしい場所である。

 

「薬師寺良華のロッジ跡がこの先にある。その人物は多くの教徒を生け贄に、クトゥルフ復活を画策した『翡翠の光』の女幹部よ」

 

 別荘地帯・みかどヶ丘。

 冬の空の下に広がる丘陵の雪化粧はそれなりに美麗ではあるが、波妃町の人々がわざわざ足を運ぶほどでもない場所なのは6月から変わっていないようだ。もっとも、24日から立て続けに起こっている“怪事件”に神経をすり減らしている住民たちにとって、どこも同じなのかもしれないが。

 バスが去り、人気(ひとけ)のなくなった道に沿って廻と満太は歩き出す。

 

「旧支配者はとうの昔に地上から姿を消し、その痕跡も人類誕生までの長い年月の中で埋もれていったわ。けれどヒトという種族は昔から、『開けちゃいけないものほど開けたくなってしまう性分』だったようね。歴史の裏側に隠されたいくつもの痕跡は、いくつもの時代を経て少しずつ収集されていき――ついに一冊の本になるくらいの量となった」

「それが『ルルイエ異本』ってワケっすか」

「ええ。そういった『魔導書』と呼ばれる書物は、クトゥルフのもの以外にも存在している。もしかしたらハスターにまつわる魔導書は、既に『琥珀の星』の手の中にあるのかもしれないわね。だから奴らは、ビヤーキーなる怪物を召喚することができた……とか」

 

 藤堂武蔵という男の背景にはそもそも、なぜクトゥルフを復活させる方法を扱えたのかという疑問があった。これも彼が魔導書を所持していたことで説明がつきそうではある。

 そんな話を、(主に中学時代に身につけた)世界的に有名な神話のイメージに当てはめながら想像していた満太の脳裏に、とある疑問が浮かんだ。

 

「そんで、そんな『ルルイエ異本』を狙う理由ってなんなんすかね? 『琥珀の星』はハスターの降臨を目指している……言わば信者でしょ? 別の神サマの書物なんて探し出す理由は? 仲のいい邪神同士だったとか?」

「いえ、むしろ逆。クトゥルフとハスターは対立関係にあるらしいわよ」

「そっちか……。てかどの神話にもあるんすね、神々の対立構造」

「どれだけ高位の存在でも、そこに異なる知性があれば必ず争いもあるということでしょう。世界の真理ね」

「それなら尚更、『ルルイエ異本』を必死こいて探す理由がわかんないけど」

「……」

 

 廻は口ごもった。しばらく視線を下げたのち、彼女は「心当たりがないこともないけれど」と言って小さく首を振った。

 

「今は一旦捨て置きましょう。大事なのはここに『ルルイエ異本』がある可能性が高いと言うこと」

 

 廻がパソコンから抜き出していた資料の中に、『教団ロッジ跡一覧』なるものがあった。幹部はこれに沿って自らの最重要目標――『ルルイエ異本』を探していたのだろう。事実、その一覧のほとんどの場所には探索済のタグがつけられ、廻が確認した時点で未探索のものは僅か4件だったという。

 薬師寺良華のロッジが残り4件になるまで後回しにされているのは、恐らくイエローガイストが理由だ。彼――本城輝星は『立会人』としてあの場にいたが、その正体は『琥珀の星』のスパイ。しかも事件の終結後は彼の主導によるもみ消しも行われている。よってある程度は調査済み……ということで優先順位が低くなったのだろう。

 

「他の3件はわたしも知らない場所だったけれど、この――薬師寺良華のロッジだけはよく知っていた。そしてピンと来たのよ。あるとしたらここだ、って」

 

 自ら調べ、情報をまとめたからこそわかる。……薬師寺良華という人物は、あらゆる面において他の教団幹部と“格”が違った。ロッジの規模もそうだが、狂気に堕ちた他の幹部が次々と自らを生け贄にする中である程度の自我を保ち続け、司祭と同型のレイドライザーを使って武装まで行った。何より、司祭に先駆けてクトゥルフ復活の儀式を完遂しようとしていたのだ。教団の内情について今更深掘りする気はないが、彼女が“特別な幹部”を自称していたのは誇張や盲信などではなかったのだろう。

 そんな体験の差――それが廻の賭けだ。

 

「わたしの推測通り『ルルイエ異本』がここにあって、それを確保することができたのなら、幹部を誘き出すことができる。慎重ぶった幹部を倒して、目白くんの洗脳を解くことができるはず。……他の3件の方にあった場合はお手上げね。今頃幹部は帰投の準備を始めているでしょう」

「ちなみに、幹部はオレが倒す前提っすよね? へへ……なんかアガりますね、オレにしかできないことがあるの」

「そこは悩んでも仕方のないところだから賭けてもいないだけよ。それよりも……」

「それよりも……なんです?」

「なんでもないわ。……着いたわよ。ここが薬師寺良華の別荘。隠し通路の場所は覚えているから、案内するわ。注意して進みましょう」

 

 確かに、ガス爆発があったにしては小綺麗なままだ――と、満太は建物を見上げながらそう思った。廻によれば、かつてここで起こった事件には鈴とその家族も巻き込まれていたとか。6月と言えば自分らの初ライブがあったくらいだろうか。鈴のことを誘った記憶もある。何も知らなかったから当然とはいえ、自身の知らないところでそんなことが起きていたと考えると、満太はやはり悶々とせざるを得ない。

 

 廻の案内に従う形で建物内を進み、隠し通路を越え……やがて広い空間に辿り着いた。

 

「行き止まり、っすかね。ってうわ、なんだあれ、何かが壁にめり込んだ跡か? いったい何が……?」

「ああ、それ。わたしがめり込んだ跡ね」

「へーえ……えっ?」

 

 壁の亀裂を二度見する満太をよそに、廻は広々とした部屋の中ほどまで歩みを進める。そこはかつて彼女が放り込まれた『銀の鍵』の光の柱が立っていた場所だ。当然現在は光の柱どころか、床に描いてあった魔法陣もなくなっている。しかし、廻にとって重要なのはそこではなかった。

 

「この部屋、行き止まりではなかった筈なのよね」

 

 あの時、薬師寺良華は反対側の扉から現れたのだ。その後彼女はレイドライザーを使って廻を強襲した。……もし、いま廻の目の前にある真っ白な壁にも隠し扉があるのだとしたら、それはとても巧妙に隠されていると言えるだろう。例えば、“ここの床タイルを大急ぎで剥がした執事風のスパイ”にも見つけられなかったかもしれない。

 

 白い壁に近づく。腕のない廻はその壁に触れることができないが、左目に残った視覚ユニットでスキャンをかけることはできる。

 確か……確かこの辺りに扉が……。そうして記憶を辿りながら視線を這わせていると、唐突に廻の思考がどこかに“嵌まる”。鍵穴に鍵が差し込まれるように、彼女の思考の奥で何かがぴったりと噛み合った。

 

「……!」

 

 壁に亀裂が走る。いや、亀裂と呼ぶにはあまりにも正確で整えられた線の列だ。縦と横、一定の間隔でいくつもの線が並んでいき、無地のキャンバスだったはずの壁は瞬く間に方眼紙へと変貌する。その方眼に沿ってひとつずつ、まるでパズルのピースを引っこ抜いていくように壁の欠片とでも呼ぶべきものが畳まれていき、言葉を失う廻の目の前で壁がゆっくりと開いていく。隠されていた扉が、文字通り姿を現したのだった。

 

「……いちいちツッコむのも野暮かもっすけど一応聞きますね。どうやったんです?」

「“開いて”って思ったら、開いたの……」

「びびった。メグさんもそんな冗談言うんですね」

「冗談などではないわ。この扉、ヒューマギアと同じ時空の技術によって隠されていたみたい。だからこんなにもあっさりと操作できた……みたいよ」

 

 ともあれ、この隠し扉は輝星にも見つけられなかったものである可能性が高い。……『ルルイエ異本』があるとしたら、この先で間違いないだろう。

 廻と満太は無言で顔を見合わせ、隠された扉の先へと足を踏み入れた。

 

 

 

 モニター室、とでも呼ぶべきだろうか。10メートルほどの通路の先でふたりを待ち受けていたのは、先ほどの広間よりも二回りほど小さい、計器とモニターに囲まれた空間だった。

 

「う、さすがに埃っぽいっすね」

「ちょっと待って……今、電気をつけるわ」

 

 廻が目を閉じ、その左耳のランプをちらちらと瞬かせると、部屋全体がふわりと明るくなっていく。やはり技術体系が同じだからか、彼女はこの部屋にあるものを触れずとも操作できるようだ。

 不思議な空間だと、満太は思った。モニター室、もしくはフィクションで登場する悪の実験室か研究室……そう言われても納得できるような風体。それでいてそこそこの狭さ、決して整理整頓されているとは言えないような崩され方が絶妙な生活感を醸し出していて、ここに悪の科学者がいたとしてもそれは自分らと同じ人間に違いないと確信できるような……生々しさと寂しさがあった。先ほどまで旧支配者(グレート・オールド・ワン)とかいう、人間を冒涜する存在について見識を深めていた反動かもしれないが。

 

 最奥にあるいくつものモニターは監視カメラとも違うようで、その多くが砂嵐を表示している。左右の壁は簡素な棚で埋め尽くされていて、棚の中にはよくわからない機材が乱雑に置かれている。……と、そこまで認識した満太の目にあるものが飛び込んできた。

 

「え、これ……プログライズキー? でも……」

「……“空っぽ”、みたいね」

 

 満太が棚の中から拾い上げたアイテム――手のひらサイズのそのアイテムは形状や質感からして間違いなくプログライズキーであったが、表面には文字もイラストも刻まれておらず、全体も灰色一色となっていた。なんとなく、塗装前のフィギュアなんかに近いのっぺりとした印象だ。棚の上にある、機材に見えたアイテム群はすべてこのような姿だった。灰色のプログライズキーはいくつもあり、バックルやベルトに見えるものまで並べられている。

 

「教団は『銀の鍵』を使って、別の時空から何かしらのアイテムを取り出す実験を繰り返していた。ここに並んでいるものはさしずめ“失敗例”と言ったところかしらね。すべてはクトゥルフ復活の儀式を確実なものとするため。……()()()()()()()()は、虫食いだらけで不親切だったみたいだから」

「え……!」

「わたしの賭けは……ひとまず勝ちのようね」

 

 廻の声に促され、満太は彼女の視線を追った。その地点はモニター群の手前、体育館の隅にある司会台のような、ほっそりとした台座の上――ガラスケースに包まれた、紙束のようなものが置かれていた。

 

「あれが……『ルルイエ異本』……」

 

 書物と呼ぶにはあまりにもみすぼらしい、黄ばんだくしゃくしゃの紙束を同じく色あせた紐で留めただけのもの。しかしそれがガラスケースに包まれ、そのガラスケースも周囲の計器に繋がれているとなっては印象も変わってくるというものだ。歴史の裏側から拾い集められた冒涜の結晶、旧支配者に限りなく近づくことのできる古の呪物――魔導書・ルルイエ異本は静かに、ガラスケースの向こうから廻たちを見返していた。

 

「……糸巻くん、さっきの話、憶えているかしら? 邪神ハスターの降臨を目指し、その眷属たるビヤーキーの召喚さえ既に果たしている『琥珀の星』が、なぜ別系統の、それも対立関係にある旧支配者の魔導書を欲しがるのかという話」

 

 満太が無言のまま肯定すると、廻は「全部わたしの推測でしかないのだけれど」と釘を刺し、再び口を開く。

 

「魔導書には、それぞれ引用元となった旧支配者のあらゆるデータが載っている。そのデータを理解するということは、その旧支配者の力を行使できるようになるということ。極めれば邪神本人を呼び出すこともできるけれど、そうでなくとも現代では考えられないような力を得ることができる。“洗脳”や“ビヤーキーの召喚”も、その一環と言えるでしょう」

 

 仮面ライダー云々を抜きにしても、教団や『琥珀の星』の扱う技術レベルは常軌を逸している。その最たる例が洗脳だった。ライダーシステムが“別世界の超技術”なら、旧支配者の力は“この世界の超技術”だ。廻たちの敵は、似て非なる二種類の超技術を巧みに使い分けていると言えるのかもしれない。

 

「仮に、『琥珀の星』がハスター由来の力を行使できるとして……対立する邪神であったクトゥルフの力はまさに天敵でしょうね。対立していると言うことは、少なくとも対等であったと言うことになるから」

「あ、まさか……!」

「ええ。敵は『ルルイエ異本』を欲しがっているのではなく……()()()()()()()()のかもしれない」

 

 相反するクトゥルフの力は、ハスターにとって最適なカウンターとなりうる。

 ……考え方としては非常にシンプルなことだ。旧支配者たちは、言ってしまえば人類によって勝手に邪神と呼ばれているだけの地球外生命体だが、そこに信仰が成立している以上、所謂“焚書坑儒”が再現されたとしても何ら不思議ではないのだから。

 

 しかしながら、重要なのはそこに留まらない。廻がこの話題を切り出したのにはもうひとつ、伝えたい意図があった。そして満太は、その意図を掴みかけていた。

 

「ま、待ってください! その理論でいけば、もしかしたらイオさんは……!」

「そうよ。それこそ、わたしが『ルルイエ異本』を幹部より先に確保すべきと判断したもうひとつの理由。時間をかけて解読さえしてしまえば、例えば幹部が――」

 

 廻がそこまで言った瞬間、彼女の言葉は唐突に途切れることとなる。いや、遮られたと言った方が正しい。

 

 ――部屋中に響き渡った警報音が、彼女の言葉を遮ったのだ。

 

「な、なんだぁ!?」

「まさか……!」

 

 妙な予感を覚えた廻はすぐさま振り返ると、遠隔でモニターを操作した。砂嵐の画面が何回か点滅したのち、いくつかのモニターが監視カメラの映像を表示する。別荘の敷地内と思しき様々な景色が映る中……とあるモニターに、横切る人影が映し出された。

 

「……最悪ね」

 

 人影の正体、果たしてそれは目白一織だった。

 幹部の探索がついにこの場所に及んだのか、廻たちの動きに気づいた幹部が緊急でけしかけてきたのか定かではないが……いずれにせよ廻たちは“追いつかれつつある”。このことだけは間違いないだろう。

 

「嘘だろオイ、もうちょい待ってくれたっていいだろ……!」

「しかもこの期に及んで目白くんを向かわせてくるとはね。よほど慎重なのか、よほど首が回っていないのかのどちらかね……!」

 

 廻は眉間に皺を寄せる。

 『ルルイエ異本』奪取による幹部誘き出し作戦にはひとつの穴――いや、超えるべき第二の賭けがあった。それがこの現状、つまり“ちゃんと誘き出されるかどうか”である。幹部による焚書坑儒を先回りできるかに関しては廻の勝利と言えるが、ここで一織というカードを切るのかどうか……第二の賭けは向こうに傾いてしまったようだ。

 

「こんなときのための“もうひとつの理由”だったのに……早すぎるわよ、あまりにも!」

「……い、いや、まだっすよ」

 

 表情を歪ませる廻の肩を、満太が静かに掴んだ。彼のもう片方の手には、A.I.M.S.ショットライザーが握られている。

 

「随分とタイムリーな話題になっちまったな。さっきメグさんが言おうとしたことは、『魔導書の解読さえしてしまえば、幹部を倒さなかったとしてもイオさんを取り戻せるかもしれない』ってことっすよね?」

「……!」

 

 目を見開く廻。その反応は肯定に他ならない。

 一織に施された洗脳がハスター由来の力によるものならば、相反する力を適切にぶつければ打ち消すことができるかもしれない――確証こそないが、廻はそう考えていた。

 

「でもその方法に、解読する時間が必要って言うんなら……時間はオレが稼ぎます」

「だめ!」

 

 声を張り上げる廻。バランスを崩してよろめくも、怒りのまま踏ん張って堪え、目の前の少年を睨み付けた。

 

「あなたは目白くんに勝てない! 昨日や、今朝のような幸運は何度も続かないわ……! これ以上、あなたが危険な橋を渡る必要はない!」

「それはお互い様でしょ!」

「っ……」

「魔導書を解読するのだって、充分に危険な橋でしょうよ。メグさんは確かにヒューマギアで、精神を蝕まれるのに耐性があるのかもしれない。でもまったくの無傷ってワケでもないハズっす。だって機械の奥にあるアンタの心は……紛れもない人間のモンなんですから」

 

 危険なのは対等。満太は既に理解していた。

 

「それとも他に方法ありますか? さっきメグさんが天然でこじ開けた扉を閉じて立て籠もるくらいしか、オレは思いつかないっすけどね。そうしたところでどうなる? イオさんは壁をぶち破るかもしれない、幹部はこの建物ごとオレたちを爆破するかもしれない!」

 

 部屋の警報は鳴り続け、モニターの映像には順々に、一織が横切っていく姿が映し出されていた。……こうしている間にも、彼はこちらへ近づいている。

 

「どのみち分の悪い勝負になるってんなら、オレは結果を相手に委ねる方法よりも……メグさんが導き出してくれた方法を選びたい!」

「……~~~~~っ!!」

 

 廻はふるふると首を振ると、改めて満太を睨み付ける。煮え切らない思いを正論共々抑えつけるように、真っ直ぐに正面へと向き直った。

 

「……シャークキーのロックを今、解除しておいたわ。高速で解読するから、あなたの補助は最低限しかできないと思う」

「メグさん……」

「だから絶対に無理はしないで。わたしの補助がない以上、今朝や昨日と比べて幾分か身体が重くなる筈。……それでもいいなら」

「充分っす。チュートリアルにしたら短すぎかもだけど、もともとオレ、習うより慣れろ派ですしね」

 

 彼はそう言うと廻の肩をそっと放し、部屋の出口へ向けて駆け出した。

 廻はそんな後ろ姿を見送ろうとし、

 

「……満太くん!」

 

 と声をかけた。彼女の声に、もう迷いはないようだった。

 

「……!」

「いいこと? 目白くんはアマゾンになって2年だけれど、“仮面ライダー”になってからはたったの半年、まだまだ駆け出しの初心者よ。……過度に臆する必要はないわ」

 

 そう言うと彼女は小声で「まあ、それを言うならあなたは超初心者だけれど」と付け加える。

 しかしそんな余談も律儀に拾った満太は、それでいて柔らかな笑みを浮かべた。

 

「あざっす、メグさん。だいぶマシなった気がしますよ!」

 

 キーを握りしめたままの片手を振り上げ、仮面ライダーになりたての少年は今度こそ部屋を後にした。後輩を見送った廻は口を真一文字に結び、改めて台座の上の紙束――『ルルイエ異本』を見下ろすのだった。

 

 

 

  *  *

 

 

 

 着慣れないタキシード姿でその廊下を駆けたことを、男は憶えていない。

 のちに友人となる少女とその広間で再会したことを、男は憶えていない。

 窓から見える遊歩道の先で初めて『仮面ライダー』になったことを、男は憶えていない。

 

 重たい足に、ぼーっとする頭を携え、彼の脳裏にあるのはとあるターゲットの名前のみだ。その他にも形容できない賛美だったり、知らない邪神の名前だったり……有象無象が思考の中を飛び交っているものの、彼自身が理解できていないため意味を成していない。

 

「ひでえ顔色っすね」

 

 声をかけられ、顔を上げる。廊下の先に金髪の少年が立っていた。見覚えはあるが、それしかない。そんな微かな引っかかりも、爆発的に膨らんだ別の感情に吹き飛ばされてしまった。その感情は刷り込まれた本来の目的すらも霞ませ、口の中をじわじわと湿らせていった。

 男は、その状態を何と呼ぶのかも憶えていなかった。

 

「よほど腹が減ってるんすね、まあ無理もないか」

 

 かけられる言葉は耳をすり抜けていく。男は膨らむ感情のまま、腰に着けたベルトのグリップに手をかけた。

 

「……本当に通じないんだな。わぁりましたよ――」

 

 少年――満太はそうため息を吐くと、観念したようにA.I.M.S.ショットライザーを装着する。彼の視線に射貫かれ、男は自身の心臓が大きく脈打つのを感じた。

 

「昨日の夜から数えて3回戦目、いい加減アンタも飽きてきたところで大変恐縮ではありますがね! ……もうしばらくオレのソロに付き合ってもらうぜ、イオさん!」

 

 

《LAMBDA》 / 《FANG!》

          《――authorize》

 

「アマゾン」 / 「変身っ!」

 

 

 爆炎と弾丸が交差する。

 仮面ライダーアマゾンラムダ、仮面ライダーバルバトス――異なる期待を背負った二匹のサメ、3度目の激突が始まった。

 

 

 

  *  *

 

 

 

「なによ、それは……!」

 

 廻は焦っていた。

 彼女は部屋にあった機器と自身を接続し、意識をある種の電脳空間へと転送して解読を行っていた。より効率的に、高速で解読を進めるためだ。現在、廻の意識は真っ白に広がる空間を漂い、下から上へ流れていく文字の羅列を目で追いながら情報を集めている。

 

 結論から言えば一織の洗脳を、幹部を介さずに解く方法はちゃんと存在していて、既に発見もできていた。……問題はその方法そのものだった。

 

「魔除けの印を組み込んだ魔法陣の中央に対象を拘束……そのまま途切れることなく()()()、特定の呪文を唱え続けるですって……?」

 

 あの状態の一織を四時間拘束する……とてもじゃないが、現実的とは思えなかった。

 

「そんなことが可能だったらそもそも苦労しないわよ! この本、人を馬鹿にしているとしか思えないわ! 何か、何か他に方法は……!?」

 

 文字の濁流をかき分け、廻は奥へと進んでいった。

 こうしている間にも満太は戦っている。信じて送り出しはしたものの、彼がいつまで持つかは決して楽観視できない。廻の補助もほとんど受けられない今の彼は、ボロ負けした初戦よりも悪い条件で戦っていると言える。何より、彼の敗北はそのまま“捕食”に繋がってしまう。そうなると洗脳の有無にかかわらず、一織は二度と救えない。満太と一織、彼らを同時に失うことが確定してしまうのである。

 

「絶対に、あるはずよ! これだけの情報量……旧支配者の超技術が詰まっているのならっ、きっと……何か方法が――え?」

 

 ふと、廻は振り返る。たったいま気づいたのだが――そしてなぜ今まで気づかなかったのかは不明だが――()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!? ……あっ、が!?」

 

 思い出したかのように全身が軋み、大量の海水を飲み込んで呼吸ができなくなる。咄嗟に顔を上げるとその先に海面はなく、ただただ真っ黒な暗闇が広がっているだけだった。

 

「(息がっ、いえ、ち、ちがう! 有り得ない! わたしはヒューマギアで……いえ、それ以前にここはデータの中! データしか存在しない仮想空間だった筈!!)」

 

 視界の端では、先ほどまで解読していた『ルルイエ異本』の文字列が変わらず、下から上へと流れている。海は海でも、間違いなくここはデータの海であった筈なのだ。

 廻の足元にはごつごつとした岩盤が広がり、その隙間に根付いた大きな海藻のようなものがゆらゆらと点在している。しかしそれよりも目を引く物があった。

 

 それは“建物”だ。歪な形をした、それでいながら建物だと確信できる不思議な構造物が無数にそびえ立っている。しかもそれらはただ乱立しているだけではなく、どこか整然とした様子で建ち並んでいた。……ある程度の想像力、あるいは空想力をもつ人ならきっと、誰もがこの景色を見てこう答えるだろう。――『海底都市』と。

 

 満太との会話を思い出した。ヒューマギアの知能にはある程度の耐性はあるが、旧支配者側からの干渉を完璧に防ぐことはできない。

 

「(深く入りすぎた、どころじゃない! わたしは……()()まで来てしまったというの!?)」

 

 水圧、いや水圧のような何かが廻の思考を蝕んでいく。身動きが全く取れなくなった状態で、彼女は必死に視線を巡らせた。そして気づく、“何か”が……建物の隙間や窓、路地の向こう、都市の至る所から“何か”がこちらを見ていることに。かつて地球を支配し、大いなる主と共に繁栄を極めたこの都市の住人たちが……物珍しそうに廻を観察していることに。

 

「(ま、ず……意識が……)」

 

 このまま溺れたら、自分はどうなるのだろうか? 藤堂武蔵ら『翡翠の光』の人たちのように、身も心もクトゥルフに捧げる狂信者と成り果てるのだろうか。それともヒューマギアだから……ここで自我が消滅して、現実に置いてきたあの機体は二度と目を醒まさないガラクタになるのだろうか。

 ……後者の方がいいかもしれない。自分ひとりで破滅するだけであれば、もうこれ以上誰も巻き込まずに済む。目白くんや、満太くんを、自分の都合で巻き込んで迷惑をかけないで済むのだから。

 

「(いえ……なにを言っているのよ、わたしは)」

 

 思い出した。外では一織が苦しんでいる。彼を救うために、満太が命がけで戦っている。ここまで来て、こんなくだらない終わり方があっていいのか?

 

「認め、ない……。彼が託してくれたのは……こんな結論のためじゃないっ!」

 

 脚を踏ん張り、身をよじり、廻は真正面を睨み付けた。その先――都市の大通りにあたる方角には、深海の暗闇が横たわっている。そこからこちらへ向けられる“ひときわ重苦しい視線”を、彼女は感じ取っていた。

 

「“そこ”にいるんでしょう……旧支配者クトゥルフ……!」

 

 返事はない。だがいるはずだ。都市のあちこちから廻を取り囲む無数の眷属たちと共に、こちらを覗き込む大いなる存在が。

 

「勘違いをしているのなら、よく聞きなさい……。わたしはあなたの信者ではない! あなたの言葉を聞くつもりはないし、こんなところで異文化交流している暇なんて微塵もないのよ! わたしにとって今、一番大事なことはっ! 復讐でも、謎解きでもない……目白くんを救うこと!」

 

 何度も何度も、彼がそうしてくれたように。今度は自分が彼を救う番だ――廻はずっと思っていた。何も変わらない、決して曲げてはいけない想いだ。

 

「わかったならとっととわたしを、地上に返せえぇぇぇーーーーーーっっ!!」

 

 止まっていた海流が脈動する。

 遥か上方の海面から、一筋の光が差し込んだ。

 

 

 

  *  *

 

 

 

 アーマーの砕ける音が響き渡り、バルバトスが壁に勢いよく叩き付けられた。小さなビープ音と共にバックルに装填されたキーが閉じ、変身解除した満太は膝をつく。

 廻の補助もなく、ビヤーキーのような“ステージギミック”もない。互いに何の補正もないぶつかり合いで、圧倒的に不利なのは明白だった。それでも戦闘開始から約15分、我ながら上出来なんてもんじゃないなと満太も思っていたのだが――ついに限界が来たようだ。

 

「やっば……」

 

 朦朧とする視界の先で、ゆらりと立ち上がったラムダがこちらを見下ろしていた。本来なら彼はこの時点でターゲットを切り替え、標的である廻の元へ向かうのだろうが……。

 

『クゥゥゥーーーゥ……』

「うあっ」

 

 ラムダが満太の胸ぐらを掴み、持ち上げる。洗脳より優先されるのが寄りによって食人衝動というのは、つくづくタチの悪い冗談だな――と満太は思う。思いはしたが、抵抗する気力は残っていなかった。

 

「ちょっとでも聞こえてるなら……待ってくれないかな、イオさん……。なあ頼むよ、アンタがいなくなったら、小黒さんが悲しむからさ……」

 

 そんな彼の精一杯の呼びかけも、極限まで空腹となった青色のアマゾンには届かない。一織は無慈悲にも、その口元を大きく開き――

 

「――そこまで」

 

 鋭い一声と共に、視界の端から光弾が飛来した。ラムダは咄嗟に満太を放し、その攻撃を弾き飛ばすも、さすがに予想外だったのか体勢を崩して大きく後ずさる。

 

「こっちを見なさい目白くん。あなたの標的は、わたしでしょう」

「げっほ、げほっ! あ……え? メグさん……?」

 

 戦闘の余波で半壊した大きな窓――そこから差し込む夕日に照らされ、廻が立っていた。彼女は硝煙を棚引かせるアタッシュライフルを投げ捨て、ゆっくりと歩いてくる。

 満太は大きく目を見開いた。驚愕したのは彼女の登場に、ではない。顔色ひとつ変えずにアタッシュライフルを撃ったことでも、その武器を片手で扱ったことでもない。

 

「メグさん!? ううっ、腕が!」

 

 彼女は先ほどまで、左手でライフルを構えていた。()()()()のだ。

 引き千切れ、ノースリーブのようになったブラウスの隙間、右肩は変わらず欠けたままだが、その左肩からは新しい腕が伸びている。血管のように走る赤いラインが淡く光り、肘と肩、それから五指の各関節には特徴的な(すじ)――言うなれば“球体関節”か――が覗いている。真っ黒で、金属的な光沢を持つその腕は、しかしながらヒューマギアのものとは決定的に違う雰囲気を纏っていた。

 

「皮肉なものよね」

 

 廻はその黒い腕を掲げ、不気味に光る赤黒いプログライズキーを取り出した。キーの側面、向かって左側に取り付けられた“化け物の顔のようなユニット”が妖しく光る。

 

「かつてあれだけ憎悪した『翡翠の光』――彼らの目指していた力を、まさかわたしが使うことになるなんて」

 

 キーの“顔”部分から一筋のレーザーが照射される。その光は廻の欠けた右肩、コードが剥き出しになった断裂部分へ着弾すると、そのまま高速で動き始めた。かりかり、かりかりと、レーザーは虚空をなぞり、3Dプリンターが物体を作るような挙動でもう一本の腕を生成していく。

 

「けれど、わたしは彼らのようにはならない。あなたを取り戻すために、何度でも何度でも、深淵の向こうから舞い戻ってみせる!」

 

 時間にして僅か数秒程度、廻の右腕は瞬く間に完成した。ヒューマギアのものですらない、おぞましくも見える赤黒い腕。だが構わない、両腕さえあれば、彼女は再び戦うことができるのだから。

 

R’LYEH(ルルイエ)

 

 起動したキーを滅亡迅雷フォースライザーに挿入。バックルから泥のような実体化エネルギーが溢れ出し、廻の足元から赤黒い泥溜りが広がっていく。

 しかし彼女はもう、自分の足元など見ていない。前に突き出した左手の先を見据えていた。

 

 そこには彼がいる。へらへらと笑ってばかりで、揚げ足ばっかり取ってきて、それでも心底腹立たしいくらいに、頼りになる人物。

 そんな彼と共に並び立ちたいと思ったから、そんな彼を取り戻したいと思ったから。足元を見ている場合じゃない。二度と目を逸らさない、逸らさない!

 

 

 

「 変 身 !」

 

 

 

《 フ ォ ー ス ラ イ ズ ! 》 / 《DEEP(ディープ)-ONE(ワン)

 

 泥溜りから飛び出す、半魚人のような姿のライダモデル。その影は廻の周囲を泳ぐように旋回したのち、装甲のパーツへと分解される。赤黒い装甲は、アンダースーツに包まれた彼女を背後から抱きしめるようにして装着されていき、《ブレイクダウン》の音声と共にその変身を完了した。

 

 そのライダモデルこそ、クトゥルフの眷属にして海底都市の住人。“深きもの”と呼ばれる、異形の生命体を模したものだ。

 

『あの日の続きをしましょう、目白くん』

 

 “仮面ライダー(めぐり)・ディープ・ワン”――今ここに、似て非なる二種類の超技術を併せ持つ仮面ライダーが誕生した。

 

 

『さあ――勝負よ』

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。
長くなりました(いつもの)(いつもより長い)。ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。

本作初の強化フォーム登場です。赤黒いプログライズキーは原典で登場した『アークワン』のキーに近い見た目をイメージしていただければと思います。本人の容姿や能力などは是非、次回をお楽しみに!


次回

「4-13. 廻のどきどき☆クリスマス ~決着編~」

長い長いふたりのイブが、ようやく終わる。


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