魔導書・ルルイエ異本を介して、電脳空間に現れた海底都市ルルイエ。そこで旧支配者クトゥルフとその眷属たちと邂逅した廻は、原理のわからない“水圧”に耐えながら、とある奇策を実行した。
解読中だった『ルルイエ異本』の内容を含む、その場にあるすべてのデータをプログライズキーの中に押し込んでしまおう、というものだ。
幸いにも現実空間の部屋には空っぽのプログライズキーがおあつらえ向きとばかりに存在していて、廻であれば部屋の中の機材を遠隔で操作することができる。如何に強大な力を持つ旧支配者たちと言えど、同じく強大な技術によって製造されたキーの中になら封印できるのではないかと考えたのだ。……こんなこと、仮に信者がこの場にいたら間違いなく怒り狂うだろう。大雑把で突飛なアイデアだが、廻はなんとなく、笑えるくらいに自分らしいなと思った。
果たしてその思惑は成功した。電脳空間を浸食していた仮想ルルイエは、多くの眷属や暗闇の向こうの“主”共々消滅。廻の意識は現実世界の機体へと戻され、彼女の目の前には赤黒く光る禍々しいプログライズキーが佇んでいた。
それは魔導書の違法コピー、冒涜で形作られた禁断の鍵――廻はこのキーを、現生しない概念を扱った際の命名ルールに則り『ルルイエゼツメライズキー』と名付けた。クトゥルフたちがあまりにもあっさりと封印された理由はわからない。廻の機転に虚を突かれ、為す術がなかったのか。それとも単なる気まぐれで、廻の思惑に敢えて乗ったのか……。いずれにせよ廻は、およそ三億年前に繁栄した偉大なる支配者、その力を手にすることができたのである。
「皮肉なものよね。かつてあれだけ憎悪した『翡翠の光』――彼らの目指していた力を、まさかわたしが使うことになるなんて」
その力は廻の腕を修復し、彼女を再び戦うことのできる身体にした。因縁の当事者として、『仮面ライダー』として。
「けれど、わたしは彼らのようにはならない。あなたを取り戻すために、何度でも深淵の向こうから舞い戻ってみせる!」
そう、『仮面ライダー』だ。廻はずっと『仮面ライダー』になりたかったのだ。異形の身体になりながらも、己の意志を貫いて戦う一織の姿を、初めて目にしたときからずっと。
《
青嵐スタジアムで司祭と戦ったとき、廻は己の奥底にあったそんな羨望を自覚した。何重もの理不尽に苛まれた自分の運命に対し、決して他力本願ではなく自分自身で向き合うことができる圧倒的な“力”――。敵を倒し、復讐を果たし。それ以上に……目の前にいた小さな友人を助けることができた“力”だ。
だから――、
「 変 身 ! 」
だからわたしは、もう一度『仮面ライダー』になる。
《 フ ォ ー ス ラ イ ズ ! 》 / 《
目の前の彼を、自分自身の手で、助けることのできる仮面ライダーに。
《 ブ レ イ ク ダ ウ ン ――! 》
なんだってやろう。得体の知れない支配者の力だろうと使いこなして見せよう。
『あの日の続きをしましょう、目白くん』
かつて彼を『仮面ライダー』と名付けたこの場所で。
かつては彼の背後に隠れて、支えることで精一杯だったこの場所で。
今度こそ、彼と並び立つために。
『さあ――勝負よ』
「メグさんが……メグさんが変身した……!」
傷ついた身体を引きずり、広間の柱の陰へと身を潜めた満太は、廻が赤黒いキー――『ルルイエゼツメライズキー』を用いて変身した姿をまじまじと見つめていた。
純白のアンダースーツはそのままに、全身に纏った装甲はすべてが赤黒いものに変化。所々に見えるアクセントは縞鋼板ではなく、魚の鱗のような模様になっている。仮面の中央で大穴を開けるヒトツ目の複眼は、深海の水を思わせる深い青色に光っていて、彼女の腰からはボロボロのスカーフが、崩れた壁の向こうから吹き込む風になびいていた。
そしてひときわ目を引くのはその“触手”だ。彼女の首の後ろから伸びる6本の触手――バッカルケーブル。フローティングクリオネの時には出力解放時にしか展開していなかったケーブルが既にその身を伸ばしている。満太にとっては元々の姿など知りようがないが、6本の触手がヒドラの首、あるいはメデューサの髪のように鎌首をもたげている姿が尋常でないことは理解できた。
クトゥルフの眷属、“深きもの”と一体化した姿――仮面ライダー廻・ディープ・ワン。
何がどうなってこうなったのかは知らない。しかしその姿、その佇まいに彼女の“意志”を垣間見た満太は、おぞましさすら感じるであろう彼女の新たな力に、ただただ魅入っていた。
『……行くわよ』
廻の溢した一言が束の間の静寂を破る。言うまでもなく、それは死闘の幕開けを意味していた。
『グッ!?』
「はやっ――!!」
地面を蹴った廻は、次の瞬間にはラムダの眼前まで肉薄していた。満太には瞬間移動にしか見えなかったが、相手取っていたラムダにはその挙動がはっきりと見えていた。
ケーブルだ。彼女はバッカルケーブルを2本、左右の斜め前に突き出してそれぞれで柱をキャッチ、スリングショットのような挙動で急加速したのだ。
『たああーー!!』
そのまま繰り出される、流れるような蹴りの連撃。しかし突然の接近に面食らったラムダも即座に対応、赤いオーラを纏った重たい一撃一撃を危なげなく往なしていく。そして廻のコンボが途切れた瞬間を見切り、浮いて隙だらけになった彼女に向かって手刀を放つ――が、既に彼女は視界から消えていた。
『……さすがは旧支配者の眷属の力ね。接近戦で敵無しの筈のあなたと、今なら渡り合える気がするわ』
廻の声が頭上から降ってくる。ラムダは咄嗟に飛び退くと、安っぽいシャンデリアにケーブルを絡ませぶら下がる廻の姿を視界に捉えた。どうやら接近してきたときと同様に、ケーブルを操って瞬時にラムダの攻撃範囲から逃れたようだ。
『おまけに左腕も使える。以前のようにはいかないわよ、目白くん!』
『クウウゥゥーーゥ……、キリシマ、メグリィィーーッ!!』
再び激突する、赤と青の影。
6本のケーブルを自在に操り、壁や天井、柱を縦横無尽に行き来して攻撃を繰り出す廻はまさに“動”。対するラムダはほとんどその場を動かず、洗練された反応速度と防御技能を活かした“静”のスタイルで彼女を迎え撃つ。両者がぶつかる度に柱が砕け、床に亀裂が入り、吹き飛んだ壁や天井の向こうから夕空が顔を覗かせていく。
「うおおおーーう!?」
煽りを受けた満太はたまらず柱の陰から這い出て、穴だらけになった廊下まで避難しつつも彼らの戦いから目を離せずにいた。
「規格外すぎるだろ……! 聞いてた以上のパワーだよ、こんなの!」
現在進行形で破壊されていく屋敷の内装を見ながら、彼は「でも……」と唇を噛んだ。彼女と戦う仮面ライダー――アマゾンラムダの戦術を、満太は嫌と言うほど体験している。何なら直接対峙した回数で言えば廻よりも多い。あの青色のアマゾンは驚異的な防御技能を持つが、決して防御一辺倒ではないことを知っているのだ。
「“互角”のままじゃあ、あの人には勝てない……。それにあの人は、まだ必殺技を使ってない! どうすんだメグさん……? アンタのことだ、考え無しじゃあ……ないよな?」
独りごちながら、いや意外と脳筋思考なこの先輩ならワンチャン考え無しもあり得るな――と思い至り、満太はゴクリと喉を鳴らす。そんな彼の視線の先で、何度目かの衝突の果てに両者が大きく距離を開けた。廻がケーブルを伸ばして空中でバランスを取る一方、ラムダは静かに片手を降ろし――アマゾンズドライバーのグリップを握りしめた。
『シィィィーーーッ!』
『……!』
「きた……!」
《
無機質な電子音声と共に、肥大化する両腕のブレード。直撃するまで決して止まらない、ラムダの突撃が始まる予兆だ。
何度も彼と対峙した満太も、かつて駅前で戦った廻もその脅威は理解している。理論上は避けるか往なすかして、別のものにぶつければやり過ごすことは可能。だがそれは言葉にするほど容易なことではない。しかもどうにかして掻い潜ったとして、そこに大きくリソースを割いた代償で以後は防戦を強いられる。一度でもラムダのペースに巻き込まれてしまったら、その状態から切り返すことは至難の業だ。
『グアァッ!!』
駆け出すラムダ。蹴られた床が派手に砕け、その衝撃に周囲の瓦礫が吹き飛んでいく。その暴力的な突撃を前に――廻は逆に踏ん張った。
『来なさい……!』
両脚を地面に降ろす。6本のケーブルは周囲に展開、まだ形の残っている柱や壁を掴んでピンと張る。
いくら装甲が強化されたとは言え、滅亡迅雷フォースライザーで変身するライダーの防御面積が小さいことに変わりはない。フローティングクリオネよりかは幾分かマシになっているかもしれないが、ラムダの必殺技が直撃したら無事ではいられないだろう。
だが廻は避けるでも往なすでもない、正面から迎え撃つための構えを選んだ。
「メグさん、なにを――あっ!」
思わず身を乗り出した満太は、その光景を目撃する。
光だ。一筋の光が滅亡迅雷フォースライザー……いや、そこに装填されたルルイエゼツメライズキーから放たれていた。その細いレーザーは彼女の目の前の虚空をなぞり、“何か”の形を描いている。廻の腕を生成したときと同様に、その“何か”が光と共に形作られていく。
『いまっ!!』
ラムダの拳が振り抜かれる直前、完成した“何か”の端を廻が掴む。光が弾け、その全容が露わになった。
それは
『クウッ!?』
『だああああ!!』
甲高い衝突音が響く。鋭い穂先の一撃はラムダの頭部に直撃する寸前で、彼の肥大化したブレードに受け止められていた。ギリギリと腕を震わせながら、ラムダは結果的に自身の必殺技が止められたことに驚きを隠せないでいる様子だ。
『ほぼ不意打ちだったはずなのに……よく防いだわね。今だけは喜べないけれど、あなたも成長しているということなのかしら……!』
『グゥ……ウウウゥゥゥウウウーーー!』
『けれど……これでいい。わたしは
廻が両手で槍の柄を握り、じりじりとラムダを押し返す。ケーブルを使って踏ん張っていた廻と、必殺技を無理矢理中断して防御に入ったラムダ、どちらが体勢有利なのかは言うまでもないだろう。加えてラムダは空腹による消耗で、再び全力を出すのに時間がかかる状態だ。
『藤堂武蔵は、本来三日三晩かかるはずのクトゥルフ復活の儀式を一晩で行おうとした。プログライズキーとフォースライザーを使って、旧支配者との繋がりを強めようとしていた! ヒントは“融合”! 旧支配者の技術と、仮面ライダーの技術の“融合”!! 相性の良いテクノロジーを繋ぎ合わせることで、互いの力は増幅するっ!!』
三日三晩が一晩に。4時間が一瞬に。
そのためのこの
『これはあなたのための武器、旧神の印を刻んだ退魔の
廻は両手で柄を握っている。が、正しくはそうではない。片手で柄を握ったまま、もう片方の手は柄の先端――柄頭の部分にあるリングを掴んでいた。そして廻はそのリングを、力一杯に引き絞る。
《
『――”インサニティ・ジャッカー”よ!!』
名付けられた槍がドクリと脈動する。すると穂先で鍔迫り合いをしていたラムダのブレード――肥大化していたはずのその刃がみるみる収縮して元のサイズへ戻っていった。驚愕の呻き声を上げるラムダに対し、廻はインサニティ・ジャッカーを再び突き出して彼を後退させる。対象のエネルギーを吸い取るジャックライズを発動し、リングごとシャフトを引き伸ばしたその形状はまるで巨大な注射器だ。
しかし廻は止まらない。彼女が柄の根元にあるトリガーを引くと、引き伸ばされていたシャフトは元の位置までズドンと戻る。これによって吸い取ったエネルギーを分析・最適化。槍の全身は淡く発光し、ラムダの刃を模した青白いオーラに包まれた。
『いっっっけええええぇぇぇぇーーーッ!!』
《
槍を薙ぎ払い、高濃度のオーラをラムダに叩き付ける。彼は背後の壁ごと、中庭の向こうの遊歩道まで吹き飛ばされていった。
凄まじい威力の一撃を放った廻は、しかしながら仮面の奥で顔をしかめ、インサニティ・ジャッカーの柄を握り直す。彼女は悟っていた、ラムダ――それから彼に根付いている邪神への信仰心が、未だ健在であることに。
『……やっぱり防がれたのはよくなかったわね。腕への直撃では、洗脳を解除するには至らない。けれどこの武器の能力は実証できた。あなたに植え付けられた邪神ハスターへの信仰心は、これを使えば確実に取り除くことができる……!』
周囲に張っていたケーブルを戻し、ラムダが飛ばされた方向へ歩き出す廻。その視線の先では、黄色く吊り上がった一対の光が鈍く輝いている。
『こうなったらとことん付き合ってあげる。あなたを変身解除するまでボコボコにして、直接この槍を叩き込んであげるわ』
バッカルケーブルが地面を蹴り、廻の真っ赤なボディが夕空に舞い上がった。彼女はインサニティ・ジャッカーを携え、案の定ケロリとしていたラムダに追撃を仕掛けていく。
『ウゥゥグアァァァーー!』
甲高い音が連続して響き、遊歩道の上で両者の攻防が繰り広げられる。リーチの差ゆえか、攻撃の手数では廻が圧倒。しかしラムダも直撃を悉く防ぎつつ、的確なカウンターを要所で放つことにより対抗していた。
常人には目で追うこともできない攻防の末、一層鋭い衝突音と共に漆黒の槍が宙を舞った。ラムダの拳がインサニティ・ジャッカーを弾き飛ばし、廻の手から離れさせたのだ。
『……!』
しかしラムダが溢したのは困惑の唸り声。そのあまりにも軽すぎる手応えに、たったいま
『グッ!?』
3本のケーブルが、インサニティ・ジャッカーに絡みついていた。廻は接近戦を繰り広げながらそのケーブルをラムダの背後へ回し、その上で敢えて武器を手放していたのだ。
『まだよ!』
ラムダが本能のままに状況を理解したのも束の間、今度はまた別の方向から光弾が飛来する。咄嗟にそれを弾き、続けざまに迫ってきた“廻本人”の蹴りもすんでの所で受け止め、ラムダはよろめきながらも大きく後退した。
光弾はアタッシュライフルによるものだ。廻の後方――半壊した屋敷の手前で、やはり3本のケーブルに持ち上げられた狙撃銃がラムダを睨み付けていた。本人の格闘に加え、槍の刺突とライフルの光弾。バッカルケーブルを駆使することで常識外れの波状攻撃を実現した廻は、好機とばかりに追撃を再開する。
『だああアアアーーっ!』
『クアアアァァァァァァァ!!』
しかし――、
『くうぅ……! 押し、切れない――!』
圧倒的手数をもってしても、ラムダに届く決定打はひとつとしてなかった。……とどのつまり、最初に導き出した結論通りなのだ。彼に対して有効打を放つには、同時に“五手”をぶつける必要がある。タイミングのずれた攻撃であるならば、彼の防御を突破することはできない。
『(物質生成の力は、一度に行使できる回数に限りがある……両腕とインサニティ・ジャッカーを生み出したところでギリギリ限界。今のわたしはもう武器を増やせないから、これ以上の手数は得られない……!)』
そもそも今の廻は、ルルイエゼツメライズキーの力を数パーセントしか引き出せていない状態だ。データの解読を進め、旧支配者たちに精神を委ねればあるいは、槍や銃を量産して“五手”以上の手数を得られるのかもしれない。無い物ねだりをしても仕方がないことはわかりきっているが、今の自分では本人と槍と銃――“三手”が限界であることに焦りを覚えずにはいられなかった。
『あっ、ぐ――!?』
ラムダのカウンターが廻の胴を捉える。気を逸らしていた隙を的確に狙われたようだが、幸いダメージは深くない。――しかし、飛び退いた廻はその全身から黒い煙を噴き出し、大きくよろめいてしまう。元より稼働時間の短い滅亡迅雷フォースライザーに、さらに得体の知れない危険な力を重ねている状態なのだ。こと持続力に関しては、クリオネキーよりも劣っていると言えるだろう。
『ここまでやっても……駄目だと言うの……!』
警告ウィンドウがけたたましく点滅する視界の中、廻は顔を歪ませた。
『目白くん……あなたがアマゾンとして積み重ねた2年間にっ……! わたしじゃ届かないの……!?』
迫り来るラムダ。廻が思わず、その姿から目を逸らそうとした時――、
『足を止めてンじゃねぇ! メグさあぁぁーーん!!』
突如降り注いできた弾幕に、ラムダが押し返されていった。振り返れば、屋敷の瓦礫の上で拳銃を構える、水色の仮面ライダーの姿があった。彼――バルバトスはふらつく両脚を踏ん張りながら、ラムダに向けて引き金を引き続けている。
『満太くん……!』
『確かにオレたちは、イオさんが辿った2年間を知ることもできねえ。そんなオレたちじゃあ、その2年間には到底届かねぇ! だが……
『……!』
『“
バルバトスはショットライザーを殴りつけ、装填されたシャークキーのスイッチを入れる。銃身が輝き、エネルギーが充填されていく――それは仮面ライダーバルバトスが、射撃必殺技を放つ合図だ。
『~~~っ! 格好いいこと言うじゃない……後輩!』
その姿を見た廻はすぐさま向き直り、滅亡迅雷フォースライザーのレバーを操作。装填されたルルイエゼツメライズキーを二度開閉し、出力全解放の準備を始めた。廻の全身に纏われた“深きもの”のライダモデルがオーラを放ち、余剰エネルギーがケーブルを通じてアタッシュライフルとインサニティ・ジャッカーまで注がれる。ケーブルに持たせた二種類の武器が同様の待機状態になったのを確認すると、廻は全身が軋む音を聞きながらゆっくりと腰を落とした。
『いくわよバルバトス! 一気に叩き込む!』
『りょう、かい、だああああーーーーーー!!』
《
《
《
射撃と狙撃、そして槍の投擲――三種の必殺技とタイミングを重ねるように、廻自身も跳び上がる。これで“四手”……ラムダの防御を突破できる“五手”には、ふたりの全力をもってしてもひとつ足りない。
だが充分。これで少なくとも手数では対等だ。この“四手”で、彼を真正面から超えればいいだけのこと!
『わたしのっ、想いをっ――!!』
《 「星」 「辰」 「輪」 「廻」 》
『 ―― 知 り な さ い ! ! 』
《 デ ィ ー プ ワ ン
―― ユ ー ト ピ ア ! 》
射撃を蹴散らし、狙撃を蹴り返し、槍先を掴み――それらとまったくの同時に、ラムダの拳と廻の蹴りが正面からかち合う。赤黒いオーラが放射状に広がり、周囲の地面をめくり上げていく。
『だああああああああ!!』
『グアァァァァァァーーー!!』
やがて禍々しいオーラは再び収束、廻の足先に吸い込まれるようにして集まり――その一点で弾けるように爆発した。
瞬間、目映い閃光が辺りを包む。冷たい夕焼け空も、崖下に広がる海の青色も塗り潰し、すべてを白に染め上げる。
波の砕ける音も、海風の吹き抜ける音もかき消され、やがて何も聞こえなくなった。
* *
――前々から気になっていたのだけれど。
そう言って、何気なく尋ねたことを憶えている。
夏の暑さがしつこく残る、ある日の夕方のことだった。もっともヒューマギアにとって、暑さは数値でしかないのだが。
――初めて会ったときのことよ。そもそもどうして、あなたはわたしを助けたの?
サカタ英会話教室にて、教徒に襲われて困惑する廻。そんな彼女を颯爽と助けたのは、サメの姿をした異形の化け物。それが一織との初めての出会いだった。
――え、なんでまた急にそんなこと聞くの?
――だって全然合理的じゃないもの。そのときのあなたは教団について、ほとんど何も知らなかったのでしょう? そんな状態で監視していた英会話教室に、突如姿を現した謎の美女……わたしならそのまま監視を続けて、ことの成り行きを伺うわ。
彼は「美女て」と言って笑みを溢し、「言われてみればそうだね」と続けた。そんな態度に、眉をひそめたのを憶えている。
――ほっとけなかった、からかな?
――……はあ?
――思わず助けなきゃ、って思ったんだよ。思えばあの時の俺は思いっきり前のめりだったな。突入してから変身したせいで、窓ガラス全部割っちゃったし。
ため息が出た。まあ吐く息などないのだが、人間としての動作が顔を出すほど、その時の自分が呆れていたのは間違いない。
――本当の……漫画の主人公みたいなこと言うのね。率直に言って痛いわよ?
――傷つくなあ。でも、ちゃんとやれてるでしょ? 霧島さんの『仮面ライダー』。
――笑わせないでくれるかしら。
ぴしゃりと言い放ちつつ、踵を返して顔を逸らしたのを憶えている。なんでそうしたのかは、よくわからない。
――今ではわたしも仮面ライダーよ。もうあなたに頼ってばかりのわたしじゃない。いつかわたしが……あなたを助けることだってあるかもしれないわね。いえ、いえきっとある。そのときはせいぜい、喜び打ち震えてむせび泣くがいいわ。
顔を逸らしていたせいか、そのときの彼がどんな表情をしていたのか、わたしは知らない。顔の見えない彼はただクスリと笑い、
――楽しみにしてる。
と、そう言ったのだった。
衝撃で舞い上がった雪の欠片が、夕日を反射してきらきらと瞬いている。
土が剥き出しになった地面の上を、風が撫でるように通り抜けていく。
地面に薄く張られた氷の中心に、彼らはいた。横たわる男の上体を、女がその髪をなびかせながら抱え上げている。彼らの傍らには、シャフトを最大まで引き伸ばされた一本の槍が突き立てられていた。
「なんだか随分と……待たせちゃったみたいだなぁ……」
「……まったくよ、70時間と32分の遅刻ね。男として許される所業かどうか、全国の女性にアンケートでも採ってみる?」
「万が一許されたとして……君はそんな数字に流されないでしょ」
「そうね、わたしは絶対にあなたを許さない。だから――」
ふたりの視線が交わる。ぴしゃりと突き放されながらも、男の表情は穏やかに見えた。
「だからまた来年、一緒にクリスマスマーケットへ行きましょう。断じてデートではないけれど、あなたのエスコート次第では許してあげないこともないわ」
「はは……」
男は小さく「楽しみにしてる」と呟き、その意識を手放した。彼を支える女の腕――脈も体温もなく、硬くて冷たいだけのその腕に、心から安心して体重を預けたのだった。
互いに言葉のなくなったふたり。
斜めに伸びる夕日の光は足元の氷ごと、彼らを温かく包み込んでいた。
読了ありがとうございました。
なんだかひっっさびさに一織自身の言葉を書いた気がします。
いかがだったでしょうか? 読者の皆様が少しでも「心が躍るなぁ(某天才ゲーマーのライバル)」となっていただけたら幸いです。
さてもうちょっとだけ続きます。
次回
「4-END. 星々へ
再会の余韻に浸る廻たちのもとへ、『幹部』の影が迫り来る――?