[零司:あけおめ]
[零司:家に親しかいなくてびびったわ]
[満太:あけおめ]
[満太:って、帰省してたんだ]
[満太:姉ちゃんは?]
[零司:朱音は帰ってないっぽい]
[零司:てか満太こそだよ]
[零司:どうしたん?東京で年越しだなんて]
[満太:ちょっと友だちと旅行で]
[零司:彼女?]
[零司:ついに愛しのすーちゃんと??]
[満太:だからその呼び方やめて]
[満太:違うからね]
[零司:父さんと母さんはたぶん女だろって言ってたぞ]
[満太:まじかよ]
[零司:土産はいらないから土産話をくれと]
[零司:兄貴も気になっちゃうな~]
[満太:違うから]
[満太:誤解、解いといて!]
[零司:俺は彼女と初詣に行くので忙しいから]
[零司:上で待ってるで]
[満太:すぐマウント取る]
[零司:じゃあ愛しのメーニャンと行ってくるわ]
[満太:大学でネーミングセンスは矯正できないらしい]
[満太:いってら]
適当なスタンプで締め、
「まあ、女の子のため、って意味では違いないんだけど……」
小黒鈴。未だに彼女のことを考えると心臓の裏側が浮き足立つような感覚に見舞われる。初めて話したときから変わらない、焦燥と高揚が同居しているかのような奇妙な感覚だ。しかし今はそれだけではない。彼女は……鈴は敵に捕われているのだ。『人質という体で捕まった以上滅多なことはされないだろうから過度に心配する必要はないわ』と言われはしたものの、やはり心配と言うか、恐ろしい。なんてったって悪の秘密結社に捕まった女の子なのだ。どんな辱めを受けているのか想像しただけで――
「だーーっ!? やめやめ! 考えるなオレ!!」
脳裏に浮かんできた背徳的で淫らな光景を咄嗟に振り払う。危うくセルフで脳を破壊するところだった少年は続けざま、曲がりなりにも好意を寄せている相手をソンナ目に遭わせようとしたという強烈な自己嫌悪に苛まれた。……なんでこんな発想力ばっか養われたのかと、元凶たる兄を恨む満太であった。
「はあ……絶対助けなきゃな。正月気分には浸ってらんねぇや」
ぱちぱちと頬を叩くと、外気に冷やされた頬がひりつき、いくらか身が引き締まった気がした。満太は早朝の霧がかかった路地に背を向け、雑居ビル地下へ向かう階段を降りていく。
1月1日、東京都・千代田区某所。細長い雑居ビルの地下テナントにて。
元々はバーだったと思われる小洒落た扉こそ、『喫茶
時は少し遡り、午前1時。世間では日付が変わったことによる盛り上がりが、そこそこ落ち着いてきたであろう頃合いのこと。
満太は偵察から帰還した先輩――
「……で、その男たちはやっぱり記憶を失っていたのね?」
「うん。変身解除まで追い込んで軽く問い質してみたんだけど、マジで何も憶えていないみたいで錯乱し始めてさ。とりあえずまとめて病院に送っておいた」
一織の報告を受け、もうひとりの先輩――
「一応、目白くんが遭遇したリーダー格の男の身元は割り出したわ。関西を拠点に活動する『久我山商会』の現会長・久我山吾郎。ここ十年ほどで力をつけてきた商業組織で、地元ではそれなりの大手として有名みたい」
「へえ……って、関西か」
この東京都に遠路はるばる……という部分も気になるが、やはりそんな彼らがまとめて記憶を失った事実が不可解と言える。戦闘前の会話から『琥珀の星』に何かしらの関係がある様子だったが、それらの詳細は何一つ聞き出せていないのだという。
「ガーディアンでもゾンビでも、レイダーでも仮面ライダーでもない怪人……。どうやら『琥珀の星』と霧島財閥を取り巻く現状は、わたしたちが想像する以上に複雑なようね」
「……あれ? その怪人って、もしかしてフルボトルとかいうの、使ってませんでした?」
一織の手当てに一区切りがつき、満太はおもむろに口を挟んだ。一織と廻、両者の視線が集まる。その反応からして、肯定で間違いないようだ。
フルボトル――。イエローガイストやランブルルージュが使用する、その名の通りボトルの形状をした変身アイテムである。各ボトル内部には地球上の物体や生物を模した成分が詰められている……らしい。
「じゃあその怪人、たぶん『スマッシュ』ってヤツっすよ。成分を直接投与することで変異した怪人。高濃度のボトルほどキツい副作用があるみたいなんで、記憶が飛ぶのもそのせいかもです」
先輩らの目が見開かれ、満太はちょっぴり気分がよくなった。
「へっ、オレだって黙ってお留守番してたワケじゃないんでね。これが現役高校生の会話スキルっすよ。まあ小黒さんには負けると思うけど」
そう言って、顎で部屋の隅を指す。コンクリートの剥き出しになった壁の手前で、パイプ椅子に縛り付けられているのは七塚藍珠――つい数日前に捕縛した『琥珀の星』の幹部である。元々のメイド姿など今や見る影もなく、ぶかぶかの文字シャツ(満太には微妙に見覚えがある)を着せられ、不機嫌そうにこちらを睨み返している。
「そっか、マッキーが聞き出したのか……」
「今まで何も喋らなかったのに。とんでもないわね、満太くん……」
「ふ、ふん? それほどでも? いいすかおふたりとも、今時の高校生って大変なんです。入学直後とかクラス替え直後とかで、如何に立ち位置を確立できるか、コレ死活問題っす。自然な会話導入から、少しずつ相手の話題を引き出してですね――」
「一体どんなえろ……えぐい手を使ったんだ……俺には想像もつかないよ……」
「ええ……とんでもないおませさんね、侮れないわ……」
「アンタらほんっと仲良いよな!!!」
廃墟のバーに緊張感のない叫びが響く。
本当にただの世間話(当然エロくも別にエグくもない)のついでで情報を吐いてしまった藍珠は何を言うでもなく、悔しそうに視線を逸らすのだった。
* *
そして現在、時間にして午前8時頃。やはり年越しに際して夜遅くまで起きていた住民が多いのだろうか。日付変更前後と比べ、往来はむしろ落ち着いているように思える。それでももう数時間もしないうちに、元日からガツガツ稼ぐためにいくつもの店舗がシャッターを開け、路地の向こうも賑わってくるのだろう。それはこの大都会・東京都全体がそうなのか、もしくは今いるこの街の性格ゆえなのか、旅行でしかこの首都に訪れたことのない満太には断定のしようがなかった。
もちろん自分たちは遊びに来たのではない。幾度となく廻たちを貶め、あまつさえ鈴を捕らえた悪の秘密結社へ反撃の一矢を放つためにここにいる。実際、一織と廻もその第一手として早朝から出発し、“とある場所”の探索に向かったのだ。
一方で満太――片思いの相手を捕らえられ、意識して考えないようにしないとあられもない想像に脳を壊されそうになる、純真無垢にして健全そのものな男子高校生はと言うと、
「いやぁ……理屈ではわかるんだけどなぁ……。充分な情報を集めるまで殴り込むべきじゃないってのも、その間拠点を守る役が必要ってのもわかるけど……」
今日も留守番、とのことだった。
厳密に言えば拠点の管理だけでなく、ある人物の監視も含まれる。
「……わたくしに愚痴らないでくださるかしら」
ある人物こと七塚藍珠は、満太のこれ見よがしなため息を避けるように顔を背けた。縛り付けられたパイプ椅子がキシキシと音を鳴らす。
「えと、おかわり要ります?」
「……結構ですわ」
「あ、そうすか……」
満太は差し出したゼリー飲料を引っ込め、自分で言い出しておきながら内心ほっとした。……拘束された年上の女性にゼリー飲料を飲ませてあげる作業は、男子高校生には些か刺激が強すぎる。
「はあ……今頃どうしてるんだろ、小黒さん。酷い目に遭ってないといいけど……。まさか人体実験を受けてスマッシュにされてたり、とか……?」
ちらり――。視線の先の藍珠は我関せずと言った風体で壁の一点を見つめていた。満太は小さく肩を落とす。
やはりというか、昨日よりも彼女の反応が薄い。昨日ならば満太の洗練された世間話スキルに少なからず噛みついてきたのだが、その流れでスマッシュの情報を出してしまったことを相当気にしているようだ。……まあ、曲がりなりにも敵幹部なのだしそれが普通と言えば普通だが。
満太自身、この七塚藍珠という人物をどう評価すべきか、考えあぐねているというのが正直なところだった。
彼女は紛れもなく敵――『琥珀の星』の幹部である。一織を洗脳し、廻を破壊しようと暗躍していたのは僅か一週間前のこと。なし崩し的に巻き込まれにいった満太も、彼女の立ち回りに相当苦しめられた。そして挙げ句の果てには鈴の拉致だ。もはや度し難いなんてものではないだろう。
しかし同時に、彼女は廻の幼馴染でもある。廻のひとつ年下で、現在22歳。勉強は苦手で、特技は皿と窓ガラスを割ること。幼少期の夢はアキバのメイドさん……。そんな情報を、他でもない廻から聞いていた。その他にも敗北直後にテンプレ通りの『くっ、殺せ』みたいな反応をしたり、満太の何でもない世間話に食いついた挙げ句重要情報を吐いたり――。
「(なんて言うか、悪人っぽくないんだよな。向いてなさそうって言うか……)」
それが満太の抱く、現時点での印象だ。もちろん鈴を危険な目に遭わせた(遭わせている)ことは許せないが、かと言って“七塚藍珠絶対許さねぇ”と断言するのも憚られる。
「(こんなこと考えたりして、甘いのかな、オレ……?)」
そんなことを言い始めたらキリがないと、自覚はしている。どんな悪人でも、人である限り何かしらの背景はあって然るべきだろう。しかしながらそれらすべてに寄り添える余裕が、自分にはあると言えるだろうか。
どれだけ思案しても、答えが出る気配がない。“勧善懲悪
堂々巡りになりかけていた思考を中断しようとし、満太はふと別の疑問符を浮かべる。
「ところで……アンタって霧島家の元メイドで、メグさんの幼馴染なんですよね?」
「……」
「それってつまり、どういうことなんです?」
「……?」
頑なに無視を貫こうとしていた藍珠だが、その質問に小さく振り返る。
「いや、オレ、庶民なんで。お金持ちのセオリーとか知らないってか、想像することしかできないけど。それでもちょっとピンと来ないトコがあって」
「…………」
「アンタも子供の頃から霧島邸にいたんすよね? どういう立ち位置なんすか、それ」
「……!」
令嬢本人である廻に、霧島家と深い繋がりを持つ本城家の子息である輝星。ここまではまあわかる。しかしその屋敷に“霧島”でも“本城”でもない、3人目の子供がいるという構図がいまいちイメージできないのだ。しかも廻の話では、やはり家族同然の距離感にあったらしいので尚更である。
「あー……母親が住み込みで働く使用人だった、とか……? 出産と、あと育休の後……もっかい屋敷で働き始めて? 一緒に住まわせてもらうことに、なっ、た……?」
言いながらも微妙に無理がありそうな気がして、満太は言葉尻を濁す。
「それか本城家と同じく、一族同士で霧島家と仲が良かったとか? それならしっくり来るかも。家同士の繋がり云々ってのがそもそも浮世離れしてる気もするけど……まあそれは今更か。七塚家は本城家に次ぐ財閥のナンバースリー、みたいな――」
「――親はいませんわ。母親も、父親……も」
「えっ」
「実母譲りで病弱だったわたくしを引き取ってくださった有衣子様、それから面倒を見てくださった輝星お兄様や霧島家の方々だけが、わたくしの家族です」
「あ……」
押し黙る満太。一瞬にして口の中が乾いた気がした。
藍珠はそんな満太を見上げると、再び目を伏せて小さく咳払いをする。
「失礼。お手洗いに行ってもよろしくて?」
「あ、うす……」
「…………良い、ご身分ですわね」
「……!」
パイプ椅子に繋がれた縄を解こうとする手が、一瞬止まった。
藍珠は今、こうして満太に了承を得ないとトイレにも行けない立場だ。この空きテナントに拠点を築いて今日で3日目。何度もこのやり取りを行ってきた。そしてたった今、満太は彼女の過去を掘り返した。それらがひとりの人間としてどれほど屈辱的か……言うまでもないだろう。
七塚藍珠は敵。悪の秘密結社の幹部。鈴を危険な目に遭わせている度し難い相手――。
「(やめろオレ。考えるな……)」
だがそれは、ひとりの人間としての尊厳を踏み躙られ、家庭の事情を根掘り葉掘り詮索されて良い理由になるのだろうか。
「(考えるな……!)」
覚束ない手でようやく縄を緩めると、藍珠が消え入りそうな声で「感謝いたします」と言った。当てつけのような、嫌味のような……そんな響きが満太の胸に刺さり――、
「――呆れるほど、感謝いたしますわ」
続いて鋭い回し蹴りが、満太の後頭部に突き刺さった。疑問符も叫び声も挙げる暇はなく、満太の意識は闇に沈んでいった。
* *
「……病弱な娘に、執行者が務まるわけがないでしょう」
椅子の横に転がる満太を尻目に、藍珠は自身に巻き付いていた縄を完全に解く。かなりの時間がかかったが、執行者――組織の戦闘員としてそれなりの訓練を受けた自分にとって縄抜け程度など不可能の範疇ではない。
藍珠はそのまま店内を物色し、程なくして自身の武装――二丁のトランスチームガンとライトフルボトルを棚の奥から発見する。
「……ではごきげんよう、正義気取りの新人仮面ライダーさん」
金髪の少年を最後に一瞥し、藍珠はその場を去っていった。
「(一刻も早く、本社に戻りませんと……)」
冬の寒さに身をすくませながら、藍珠は小走りで路地を駆け抜ける。ほぼ部屋着のような格好で、かつ防寒具もない状態では流石に堪えるものの、贅沢を言っている場合ではない。
「(……都内にスマッシュが出没しただなんて、明らかに異常ですわ)」
深夜の一織たちの会話を思い出した。フルボトルやトランスチームシステムと同じ時空に存在していた怪人・スマッシュは、『琥珀の星』における大きな研究対象のひとつだ。より運用コストの低いガーディアンや安定性の高いトランスチームシステム、そして比較的手軽に行使できるハスターの洗脳術が確立されると大きく予算を削られることになったが、その研究は現在でも進められていたと認識している。
そして藍珠の知る限り、それらの技術の運用は厳重に管理されている。波妃町に遠征を行った藍珠でさえ、ガーディアンとビヤーキーの支給にいくつもの申請手続きを通したのだ。社屋の外で実験・運用することも、ましてや街への被害を関知しないことも、本来ならば有り得ない。
「(あり得るとすればプロジェクトM絡み……よもや件の“反抗勢力”が、今になって動き出したと言うんですの……?)」
廻の言っていた“関西の商会”に、藍珠は聞き覚えがない。しかし彼女は2年前に組織入りをした新参であり、プロジェクトMに関しても話でしか聞いたことがないのだ。
……万が一危惧していた通りなら、なおのことすぐに帰投する必要がある。
「(とにかく、ここがどこかを把握しませんと。恐らく23区のどこかでしょうから、最寄りの“地下通路”を使えばすぐ本社、に……え――)」
路地を抜け、大通りに出て、藍珠は思わず立ち止まった。
今更ながら裏路地の時点で、聞こえてくる喧噪は尋常じゃなかった気がしたが……大事な考え事をしていたために全くもって気に留めてなどいなかった。
元日にしたって凄まじいと言える人通りに、独特な熱気。
建ち並ぶカラフルでデコボコな建物群。
ビルのでっかいスクリーンに映し出されるソシャゲのCMに、まったく同じキャラがでかでかと描かれた謎のトラックが視界を悠々と横切っていく。
そこは日本有数の電気街にして観光地。幼少期の自分が憧れ、一度は目指し、挫折したメイドの聖地――秋葉原。
喫茶acquario2号店とは、喫茶acquario秋葉原支店だったのだ。
「なんで!?!?」
廻の神経を疑った。
「(潜入先としてアキバ選ぶ普通!? い、いや逆に向いているのかしら?? 人通りが多くて元日から賑わっているから隠れ蓑に最適……? いや、あの女のことだから半分くらいノリと興味本位で決めている可能性も捨てきれない……もしくは結局アキバのメイドさんにはなれなかったわたくしへの当てつけ……???)」
ぐるぐると思案していると行き交う人々に注目されていることに気づき、藍珠は咄嗟に自身の口を塞ぐ。虚空へ向かって大声でツッコミを入れてしまったことを遅ればせながら自覚し、首の根元が熱くなっていくのを感じた。……いや、藍珠が視線を集めているのは大声だけが原因ではないようだ。現にたった今も大きなリュックを背負った男性が、こちらに向けてなんだか微妙な苦笑いを浮かべながら通り過ぎていった。
「(な、何……? わたくしの格好が寒そうだから……? いや薄着ではありますけど。で、でもなんなんですの!? そんな嘲られるような謂れは――)」
おもむろに視線を落とし、自分の着せられていたスウェットを見つめ――藍珠は初めて、そこに刻まれた3文字を認知する。
《 首 里 城 》
それこそは遙かなる琉球王国の象徴。とある女子高生の渾身のお土産。廻のお気に入りの一着……。
少なくとも元日の秋葉原に来た人がまず想起するはずのない3文字、あらゆる個性を優しく吸収するこの街ですらギリ取り扱っていなそうなそのスウェット――そんなものを胸に抱く22歳成人女性が道ばたに立っているのだ。注目しない道理が、ない。
「あの女あぁぁぁぁ~~~~~!!!」
再び絶叫が響き渡り、アキバの一角が琉球王国のミームに染まっていくのだった。
* *
閑話休題。そのあと藍珠は人々の視線を避けるようにして電気街を抜け、程なくして薄暗い地下通路に辿り着いた。
「(何はともあれ、これで本社に戻れそうですわね……。この通路からだと……確かE3地下実験区画の搬入口かしら)」
都内――特に23区内にはこのような“EPビル直通の地下通路”が多く存在している。使われなくなった下水道や廃線などをアイピースカンパニーが
「……いえ。何をムキになっていますのわたくしは。あのヒューマギアは“偽物”、廻さま本人では……、――っ!?」
独りごちていた藍珠は突如振り返り、背後の物陰に銃口を向ける。
「誰ですの?」
つい今し方自分が通った、通路の入り口の方向。藍珠の声に誘い出されるようにして顔を出したのは、こちらに向けられる青い銃口――
「まさか、ここまで尾けてきたのですか。……新人仮面ライダー」
「……」
青い拳銃を握るのは先ほど蹴り飛ばした金髪の少年、満太だった。
彼はごくりと喉を鳴らし、反対側の手に持ったスマホをゆっくりと掲げてみせる。そこには地図と、点滅する赤いランプが表示されていた。
「“尾けた”って言うより、“追いついた”って感じっすかね……」
「……!」
拳銃を下げないまま、藍珠は持ち出したアイテムを取り出し、確認する。案の定、ライトフルボトルの底部に小さな発信器が取り付けられていた。
「なんっ……」
「メグさんに言われてたんすよ。――『大人組ならともかく、高校生相手だったら必ず藍珠は舐め腐る。満太くんひとりが相手なら確実に反撃を仕掛け、拠点に帰ろうとする』ってね」
「あの――っ、くっ! あのヒューマギア……!」
ぎりぎりと拳銃のグリップを握りしめる藍珠。事実、少なくとも敵対者には絶対に知られてはならない地下通路がこうして捕捉されたのだ。『琥珀の星』の執行者として、致命的な過失であることは疑いようもない。
「そう、そうでしたの……大層演技がお上手ですのね? わたくしの言葉に狼狽えたのも、わたくしの一撃を受けたのも、全部あのヒューマギアの筋書き通りと、そういうことですの……!」
「……いや、そんなんじゃないっすよ。演技なんかじゃ、ない」
自嘲気味に笑う藍珠に対し、満太は銃口を向けたまま、弱々しく息を吐いた。
廻にその話を聞かされたとき、満太は「そんなこと起こらない」と反論していた。また口には出さなかったが、内心では結構ムッとしていたのだ。そのような、自分が出し抜かれる前提の話など認めたくないと。
なぜなら自分は仮面ライダーで、
一織、廻に続いて戦う力を得た“当事者”で、
彼らと肩を並べて『琥珀の星』に立ち向かい、鈴を助け出す一員なのだから。
「アンタを逃がすヘマなんてしないつもりだった。スマッシュのこと聞き出せて、オレはまんまと調子に乗ってた。“勧善懲悪の正義のヒーロー”にもなり切れてねぇ癖に見栄だけはいっちょまえで、留守番っていう役割に不満だけ言って……このザマだ」
廻の話を聞いたお陰で、藍珠の挙動に一抹の警戒を抱いていたのもまた事実。それがなければ、さらに数時間眠ったまま藍珠を完全に見失っていた可能性すらある。
「わかってなかったんだ……オレ。ゾンビともビヤーキーとも違う生身の人間に銃を向けて、ホントはめちゃくちゃ吐きそうなんだよ。敵はモンスターなんかじゃなくて人間なんだって、オレはわかってなかった……」
記憶が蘇る。鈴を襲っていたクラスメイトを殴り飛ばしたあの日、満太の脳裏にはその恐怖が深々と刻まれた。鈴が危なかったからと、口ではいくらでも正当化できる。
ランブルルージュと初めて戦ったときもそうだった。直前まで一織や、ビヤーキーやゾンビたちと短期間で連戦していたせいで感覚が麻痺して――いや、違う。
高揚していたのだ。仮面ライダーという大きな力を振るう快感を、少なからず感じていた。でもそんな快感や興奮なんて結局のところ期間限定で、東京入りする忙しない5日間で確実に、毒素が抜けるかのように薄れていった。残ったのは過ぎた力を扱ったという実感と、『藍珠は悪人じゃないかもしれない=暴力を振るわなくていいかもしれない』という期待――。そこを突かれ、果たして廻の言った通りと相成った。
「オレは……」
言葉に詰まる満太を前に、藍珠は蔑むように鼻を鳴らす。
「この期に及んで何をウジウジと……。見苦しいこと、この上ないですわね」
《
「……!」
フルボトルを装填され、起動したトランスチームガン。藍珠は脈動するその拳銃を翻し、慣れた挙動で変身の構えを形作った。
「
《
――《Li・Light...! Light...!》
『半端な覚悟でわたくしの前に立ったこと、後悔させて差し上げますわ』
《Fire...!》
火花が飛び散り、灰色の蒸気と共に姿を現した黄土色の怪人・ランブルルージュ。額の前で電球が瞬き、その向こうからは稲妻のような形のバイザーが満太を睨み付ける。
しかし満太は銃口を下げなかった。変身前に撃つことはついぞできなかったが、震えるその銃口だけは、ずっと前を向いていた。
「……ひとつだけ、ホントにひとつだけわかったことがある。アンタに蹴っ飛ばされて、ようやく気付けたことが……」
目の前に佇む、チョウチンアンコウのような異形。姿が人間でなくなったことで、少なからず安堵している自分を心底格好悪いと思う。
「アンタが悪人だろうが、メグさんの幼馴染だろうが関係ない。ただオレが立ち止まったらその分だけ、現状ってヤツに置いてかれるんだ。……それだけは絶対に駄目だ」
現状、すなわち東京都を取り巻く陰謀の渦。それに引き離されることは、自分にとって最も重要視しなくてはならない『鈴の救出』が遠ざかると言うことだ。
《
力がみなぎる。それはアニメや漫画の主人公のような煌びやかで美しいものではなく、正当化と脳内麻薬によって生み出される不格好極まりないものだ。
だがそれでいい。自分の背中を押すのは、いつだって”彼女”なのだ。そこさえ違わなければ、今はいい。
『(……どういうこと。彼はあのヒューマギアがいなければ変身できない筈なのに……!?)』
《――
「不格好上等、吐きながらでも戦ってやるよ。だってオレは――」
《Kamen-Rider... Kamen-Rider... Kamen-Rider...》
「メグさんに認めてもらった仮面ライダーだから! ――変身ッ!」
《
《
輝く弾丸を掴み取り、纏われる鎧と兜。
辮髪をなびかせるアクアブルーのサメ――仮面ライダーバルバトスが、真っ白な蒸気と共にその姿を見せる。
《Fangs that can chomp through concrete...》
『(そういうことっすよね、メグさん……!)』
仮面の奥で満太は今一度、込み上げる恐怖を飲み下した。
* *
同時刻。
バイクを駆る廻は視界に表示された通知に目を通し、そのまま真横に視線を送る。
「満太くんが戦闘を始めたわ」
併走していた一織は「おお」と声を漏らした。ヘルメット越しに、見開かれた彼の両目が見える。
「無事変身できたんだね?」
「父様のデバイスを侮ってもらっては困るわ。あれに搭載されているものはヒューマギアと同等の性能よ。補助レベルは最低値になるけれど、所持さえしていればわたしの代わりにいつでも認証をしてくれる」
「それじゃああとは……ひとりで勝てるかどうか、ってところかな」
「そこに関しては心配していないわ」
「なーんか妬けるなぁ」
そうしてどちらからともなく言葉を切ると、彼らは前方を向き直る。
進行方向に真っ直ぐ伸びる林道――よりも少し上方、悠々と空を飛ぶ“翼の化け物”の方向を。
「さて、わたしたちはわたしたちの戦いに集中しましょうか」
「だね。霧島家のおもてなしは……また随分と熱烈だ」
23区から離れた、東京都内陸部のとある林道にて。
車通りがなく
朝早くに出発したふたりは、廻の生家へと向かっていた。
霧島邸――ちょうど1年前に今の廻が目覚めた、すべての始まりの場所である。
読了ありがとうございました。
余談も余談ですが、廻は「人通りが多くて元日から賑わっているから隠れ蓑に最適。新しい拠点は秋葉原にしましょう」と至極真剣な思考で拠点を決定し、
「捕虜とはいえ適当なお洋服だと流石にかわいそうだからわたしのお気に入りを特別に着せてあげましょう」と至極誠実な思考で《首里城》を取り出しました。
隣にいた一織はどちらの提案にも「おっ、いいねえ(適当)」と相づちを打っていました。しっかりしてくれ。
次回はそんな彼ら視点の、1月1日午前の出来事。
「5-2-B. 一織と廻」
仮面ライダーvsビヤーキー
爆熱のバイク・チェイス・バトル、開幕――!