――藍珠。どうかお前の力を貸して欲しい。
芯の通った、それでいて優しい声。
わたくしを本当の娘のように育ててくれたその人は、財閥の
わたくしには母と呼べる方が3人いる。
名前と顔だけ知っている、生みの親。いつも一緒に遊んでくれた奥様――霧島
そして、高貴な血筋でないわたくしを引き取り、厳しくも正しく導いてくれた
独り立ちをして以来4年ぶりに会ったその人は、幾分か老い、やつれているように見えた。
――我々と共に“裏切り者”を打倒し、秩序ある世界を実現させよう。
でもなんだろう。心なしか生き生きしているようにも見えた。
どこか遠くを。……深く、遠い場所を見上げているような、そんな風に見えた。
――それに、これはお前の
有衣子様。わたくしの家族の中でも最も正しく、気高く、強いお方。
そんな彼女が大好きだったし、心から尊敬していた。
――お前は“裏切り者”とは違う。そうだろう?
でも。
ああ、このときわたくしは思い出したのだ。
――……うん、良い子だ藍珠。私の娘よ。
そもそもわたくしはこの人の、この目が怖くて……お屋敷を出たのだったと。
銃声が二重、いや三重に重なり響く。
A.I.M.S.ショットライザーが徹甲弾を放つ甲高い音がひとつと、トランスチームガンがガスを圧縮したエネルギー弾を放つ音がふたつ――。アイピースカンパニー……否、『琥珀の星』の所有する地下通路の一角で、仮面ライダーバルバトスとランブルルージュの激突が続いていた。
『(っ来るか……! 弾道予測を――って、避けられるワケねぇだろこれ!!!)』
満太が仮面の奥で顔をしかめたのも束の間、一対の銃口から放たれる光弾の嵐がバルバトスに襲いかかる。ショットライザーによる迎撃と、身を捻る回避とを繰り返すも、その程度でやり過ごせる弾丸は全体のほんの数割ちょっと。大半の射撃をその身に受けたバルバトスは、くすんだコンクリートの上をバウンドして大きく後退してしまった。
『……本当に、本当にお弱いですわぁ。みかどヶ丘では随分と背伸びをされたようですが、所詮は新人。先輩方に付きっきりで面倒を見てもらわないと、おイキり遊ばされることもできないようですわねぇ』
『言ってくれるじゃねぇ……かっ!』
バルバトスの射撃を、軽々と撃ち落とすルージュ。その隙を突いてか、水色の体躯が駆け出した。近接戦闘に特化したバイティングシャークの防御力にものを言わせ、迎撃を弾き飛ばしながら怪人の懐へと飛び込んでいく。
『くらえ――うあっ!?』
至近距離でショットライザーを構えた瞬間。満太の視界が真っ白に染まった。ルージュが額の電球を発光させ、バルバトスの視界を奪ったのだ。
『せいっ!』
『がっ!?』
動きを止めたバルバトスの首元に、鋭い回し蹴りが突き刺さった。黄土色の装甲を纏ったルージュの踵はそのまま彼の頭部を壁面に叩き付け、ぎりぎりと押さえつける。
『仮面ライダー……バルバトスでしたかしら? 貴方、暴力を振るうことにトラウマでもありまして?』
『……!』
『先ほどの突進は見事なものでした。ですが貴方はそこまでして、その銃で攻撃しようとした。接近戦では格闘の方が優位なこともあると、先輩方は教えてくださらなかったのかしら』
満太はショットライザーを持った右手を握りしめると、そこで初めて力みすぎていることを自覚する。
思えば、今までずっとそうだった。ビヤーキーや洗脳ラムダと戦ったときも、満太は大技――それも打撃技である『バイティングブラストフィーバー』を発動するとき以外、その拳銃をほとんどバックルに戻していない。そもそも先の撃ち合いだって、拳銃を握ったままの右手を自由に使えたらもっと身軽に回避できた筈なのだ。
『変身前は“ヒトを撃つのが怖い”、変身したら変身したで“殴るのが怖い”と――。ふふはははっ、あー可笑しいですわ! 一体全体、何をしに! 来たってんですの!!』
『くっ!?』
ルージュが足を引っ込め、バルバトスの頭部が解放される。だが彼の目の前に突きつけられたのは、ライトフルボトルを再装填されたトランスチームガンの銃口だった。
《
輝く光の奔流がバルバトスの全身に叩き付けられる。凄まじい衝撃がアーマーを貫通し、満太は苦悶の叫び声を上げた。
『勇み足、勇み足……そんな勇み足ばかりで暴力を振るう覚悟もない者が、お手軽な武器に頼ったところで何の意味もありませんわ。強くなった気になっているだけ。……後生大事にその銃を握り続ける限り、貴方はわたくしはおろか誰にだって敵うはずがありませんわよ?』
『よく……言うぜ……。そっちだって、銃を2個も使ってる癖に……!』
『一緒に、しないで、くださるかしらァ!』
《Steam Break! Light!》
先ほどとは逆側のトランスチームガンから発せられた大技が、立ち上がりかけていたバルバトスを容赦なく吹き飛ばす。ルージュは手首をスナップさせることでライトフルボトルを一瞬で行き来させ、2丁のトランスチームガンで交互に必殺技を繰り出すことが可能なのだ。当たり前のようにこなしているものの、相当な訓練がなければ到底成し得ない技術である。
『基礎出力の低いトランスチームシステムによる戦闘は! 変身前の身体能力に大きく依存するのです。わたくしは小柄で、筋力量も平凡以下。だからこそこうして……か弱いままでも敵を屠ることのできる技術を! 身につけたのです! この2年間のッ、地獄のような訓練の果てでッ!!』
『(2年……)』
『これはわたくしの意志であり、“責務”!! すべては輝星お兄様と有衣子様が
《Steam Break! Light!》
『うああああっ!?』
3度目の大きな衝撃が撃ち込まれ、満太は全身がバラバラになるような錯覚を覚えた。目の前の画面にいくつものノイズが走る。ライダーシステムへのダメージで画面が点滅しているのか、自身の意識が朦朧としているだけなのか、それを判別する暇もない。
それでも満太は、己の内側からふつふつと湧き上がるものを感じていた。激痛に耐えることよりも、それを目の前の相手に投げつけることを優先したくなるほどの、激しい何かである。
『何が……何が「秩序ある世界」だ! そんな痛ってえ理想なんかに、小黒さんを巻き込みやがって!!』
『ならばわたくしたちに敵対しなければいいだけのことですわ! 興味本位で首を突っ込んでおきながら見逃してくれなんて、虫がいいにも程がある!!』
『ハッ! 結局はアンタらも同じってことか! 邪神だか何だかの力で好き勝手しようとした「翡翠の光」と同じ! 頭のイカレたクソッタレ集団だ!』
『――っ!! だぁぁぁぁまぁぁぁぁぁぁれぇぇぇエエエエ!!!!』
《Steam Break! Light!》
『あの男と……“裏切り者”と一緒にするな!』
《Steam Break! Light!》
『「琥珀の星」は正義だッ! あんな連中とは違う!』
《Steam Break! Light!》
『わたくしたちが目指すのは秩序ある世界! 敵対もしていない、罪もない人々を犠牲にした「翡翠の光」と同じなどと……二度と口にするなアアアァァァ!!』
《Steam Break! Light!》
絶え間なく襲い来る光の波動。アーマーが軋み、ひび割れていく音を聞きながら、満太は必死に踏ん張り続ける。
『くっっそが……! よくもいけしゃあしゃあと……! イエローガイストとかいうヤツは思いっきり加担してたじゃねえか! 司祭と一緒になってオレたちの街を滅茶苦茶に――』
『………………
その刹那。
ランブルルージュの動きが、一瞬だけ止まる。
『イエローガイストが……。お兄様が?』
『――?』
《Steam Break! Light!》
もう何発目かもわからないルージュの必殺技が、ほんの一瞬だけ遅れて発射される。
そんな刹那の綻び、何分の一拍かもわからない僅かなテンポロスに――満太は全力で意識をねじ込ませた。
『こ、こっ、だあああああああーーーーーーっッ!!!』
ショットライザーを両手で握り、視線を動かして内部システムを操作。バイティングシャークプログライズキーにペアリングされている、
『(借りるぜメグさん!!)』
赤黒い泥のようなエネルギーと共に、飛び出すように実体化する退魔の
バルバトスはその武器を掴み取り、迫り来る光の奔流をすんでの所で防御した。
『なっ!? その槍は、めぐ――っ、あの女の!』
『うぉぉぉぉォォオオオオオ!!!』
じりじりと押されながらも、バルバトスはその両手に一層力を込める。そして柄頭のリングを掴み、一気に引き絞った。
《
『あ?』
『なぁっ!?』
その瞬間、バルバトスとルージュ――両者の視界がブラックアウトした。
注射器のように柄頭を引き伸ばすのはインサニティ・ジャッカー起動の合図だ。それこそは対象のエネルギーを吸い取り、自分のものとする能力。ルルイエ異本の超技術が組み込まれたこの能力は、旧支配者の精神汚染をも取り除き、一織の洗脳を解くほどに強力だ。
そしてこの場において、槍先にあったのはライトフルボトルの発した”光のエネルギー”……。インサニティ・ジャッカーは地下通路一帯にあった“光”をすべて吸収し、一瞬にして完全なる暗闇を生み出していたのだ。
『(あの女……これほどのものを生み出していたとは! くっ、暗視モードを!)』
藍珠は即座に冷静さを取り戻し、視覚モジュールを暗視モードへと切り替える。額の電球を稼働させる手もあったが、この状態で“光”を追加しても無効化される可能性が高いと判断した。……仕掛けを見抜いてしまえばどうと言うことはない。それに視界を奪われたのは向こうも同じ。彼のライダーシステムにも赤外線による暗視モードはあるかもしれないが、藍珠の判断の速さは訓練の賜物だ。素人に毛の生えた新人ごときに追い越される道理はない。
しかしルージュの視界に表示されたのは信じがたい光景――槍を振りかぶり、既に攻撃動作に入っているバルバトスの輪郭であった。
『なっ――!?』
『うおおおおぉぉぉりゃああああーーーーーー!!!』
暗視モードも起動せず。
そんな機能の存在すら知らなかったのかもしれない。
そもそもこの狭い通路では曖昧な狙いで充分だとか、そこまで考えていたかどうかもわからない。
ただひとつ確かなのは……この土壇場で藍珠の経験と判断を追い越したものこそ、満太の『勇み足』に他ならないと言うことだ。
《
通路を一直線に貫く目映い閃光。何倍にも増幅された光のエネルギーがルージュの小柄な体躯を吹き飛ばし、その装甲を粉々に砕き散らしていった。
『はあっ……はあっ……。なんつー、威力だよ……』
再び光で満ち――と言っても薄暗いことに変わりはないが――、激突の余韻だけが遠くに反響する地下通路。
バルバトスが片膝をつくと、とんでもない大立ち回りをしたインサニティ・ジャッカーがどこか得意げに《made in R’LYEH...》という電子音声を漏らした。廻がイチからデザインしたマシンリボルブリンカーと違って彼女の声でも語彙でもないのだが、なんとも主張の激しい槍である。
『結局……最初から最後まで、“勝たせてもらった”な……。なっさけな――う、おっ』
満太の両肩にずしりとした圧がのしかかる。ライダーシステムの補助機能がついにダウンし、バルバトスのアーマーがただの重たい金属の塊になった瞬間だった。満太は軋む腕を動かしてシャークキーを引き抜き、その変身を解除する。
「っふう。てかあの人……大丈夫だよな……? 一体どこに――、っ!?」
通路に立ちこめる粉塵の向こうから、ふらふらと歩み寄る影。満身創痍の七塚藍珠が、朦朧とした視線をこちらに向けていた。
「撤回……しなさい……。撤回……」
「アンタ……」
「わたくしたちは……違う……。翡翠の、光……なんかと……。あんな――なんかと……」
その言葉は既に、満太に向けられたものではなくなっていた。
「お兄様……どうして……――」
意識が途切れ、倒れ込む藍珠。満太が咄嗟に受け止めると、彼女の首元が冷や汗に濡れていることに気づく。
「(なんだ……? この人、イエローガイストのスパイ活動を知らない?)」
満太自身あの執事とはほとんど会ったことがないが、7月の邪神復活未遂の際、イエローガイストなる怪人として確かに暗躍していたと聞いている。鈴も危うく殺されかけたあの一連の騒動に、本城輝星という人物は間違いなく関わっていた……筈なのだが。
「(この人は何者なんだ……。“真実”は一体……どこにあるんだ……?)」
* *
同時刻。霧島邸本館2F、霧島昇の書斎にて。
「おいおい……なんだよこりゃ」
「……」
埃を被ったパソコンに向かう一織と廻。
表示されたリストに並ぶは
正直ここまでなら予想の範疇。しかしその外にあったのは、彼の家族構成だった。
「藤堂
「藍珠が……あの司祭の娘……」
白衣を纏った中年男性の顔立ちに、一織は恩師の、廻は仇敵の面影をそれぞれ重ねる。
復元されたデータの表題は『プロジェクトM』。
最終更新日は2年前。廻にとって“人間だった頃”の、最後の記憶がある日付と同日であった。
読了ありがとうございました。
初登場では見事トリプルライダーの肥やしにされたランブルルージュ、ちゃんと強いです。
バルバトスもよう耐えきったなぁと言ったところ。元々ステータスとしての防御力は全キャラトップでしたが、満太自身も一織にボコられすぎて受け方が上手く成長している証ですね。
と言うわけで次回、
「5-3-B. ただいま/お邪魔します」
すべての始まり、『プロジェクトM』。
そのヴェールに手をかけた廻と一織、ふたりが目にするものとは。