窓から入り込んだ生暖かい夜風に頬を撫でられ、廻はまどろみから覚める。
「ん、ふぁ……っ」
思わず顔を覗かせた
とは言え勉強の途中でテーブルに突っ伏して居眠りするのも、目覚めて早々大欠伸をかますのも淑女としてこの上なくはしたないことだと承知はしている。先ほどの杞憂も含めて己が思ったよりも疲れていることを自覚し、廻は静かに席を立った。
「涼しい。……少しお散歩しようかしら」
薄手のカーディガンを羽織り、部屋を出る。足音のしない絨毯の上を歩き、角を曲がり、窓越しに中庭を見下ろしながら廊下を進む。使用人の気配はない。いないこともないのだが、もう随分と数が少なくなった。本城家のふたり――輝星と有衣子も近頃は屋敷を留守にすることが多い。
物寂しさを感じなくなってからもう何年経つだろう。母を病気で亡くし、父や輝星たちがどこか忙しなくなり、藍珠とも喧嘩しがちに――いや、これは元からか。そんな藍珠もメイドを辞めてもう数年になり、今はどこにいるのかも知らない。寂しくないと言えば嘘になるが、それでも受け入れるほかないのなら受け入れるしかない、そんな気持ちで過ごしてきた。同年代の藍珠と比べても、自分は何かと物事を受け入れるのが早かったと思う。そんな性格を母は『マイペースでいいねぇ』と褒めてくれたのだが、たまに自分はとんでもなく淡泊な人間なんじゃないかと不安になる。
「お嬢様?」
「あ、
老執事に声をかけられ、廻は振り返った。悶々と考えながら歩くうち、いつの間にか中庭まで出てきてしまっていたようだ。
「お散歩でございますか?」
「ええ、そんなところ。……お勉強の途中だったのだけれど、輝星さんには内緒にしてくれるかしら」
「ご安心くださいませ。輝星様も有衣子様も、本日は遅くまでお帰りにならないそうですから」
「そうだったわね」
小さく笑うふたり。彼は廻が生まれたときから屋敷に仕えている執事だ。特殊な立ち位置だった輝星たちほどではないにせよ、廻にとって家族に近い存在と言えよう。
「それで、わたしに何か用かしら」
「ええ、旦那様がお呼びでございます。北館の地下講堂に来るように、と」
「って、ええっ。どうしてそれを先に言わないのよっ」
「お嬢様、何やら考え事がおありのご様子でしたゆえ。インターホンでお呼びせず直接伺おうとして、結果的に正解だったようですね。やはり我々のような古い人間には
「はぁ……敵わないわね、まったく」
廻は大きくため息を吐き、北館の方を振り返った。静かに水を吐き続ける魚の噴水の向こうに、ほんのりと明かりが灯っているのが見える。本来、人を集めるための場所である北館の地下講堂……。来客でもあったのだろうか? それもこんな時間に?
「
「そう。わかったわ」
「ではのちほど」
八柳の言った通り、また何やら大がかりなことでも考えているのだろう。父は昔から、寡黙に見えるだけで思いっきりお茶目でアグレッシブな人だった。それに何より……書斎に籠もりがちだった父と顔を合わせるのは一週間ぶりになる。それが楽しみでしょうがない、というのが今の廻の本音だった。
中庭を歩き出しながら考える、受け入れるのも存外悪いことではないと。
魚の噴水を見上げながら頬を緩ませる、寂しかろうが何だろうが自分の日常は“ここ”にあるのだと。
そして、これが廻――人間としての“霧島廻”の最後の記憶であり、感情だった。
「――霧島さん?」
声をかけられ、魚の噴水から目を離す。
「大丈夫?」
そこに老執事はおらず、魚の噴水はもう水を吐いておらず、もう自分は人間ですらない……。何もかも変わってしまった今の自分を俯瞰してみると、小さな変化に一喜一憂していたあの頃をやけに遠く感じてしまう。
廻は静かに「大丈夫よ」と返し、心配そうな表情を向ける一織から視線を逸らした。
「ごめんなさい、行きましょう。手はず通り、父の書斎から。北館は最後に調べるわ」
「……少し休んでからでもいいんじゃ――」
「そんな暇はないわ。幸運なことにあのビヤーキー以降の迎撃こそないけれど、いつ『琥珀の星』の追っ手が現れるかわからない。わたしには感傷に浸っている余裕なんてないし、当然目白くんだって美女の実家に緊張している余裕なんてないから」
「……わかった」
ため息に近い返答をする一織を尻目に、廻は足早に歩き出そうとする。
「けれど」
そしてすぐに立ち止まり、小さく振り返った。綺麗な長髪が垂れ、その左耳は隠されていた。
「離れないでいてくれると……助かる、わ」
「……。……わかった」
小走りで追いつき、廻の隣を歩き始める一織。
廻の実家、霧島邸。正門からバイクで10分足らずという広大な敷地を有していながら、屋敷そのものの大きさはそこまでではない。これは霧島昇と霧島三輪、今は亡き主たちの趣向によって減築が繰り返された結果だという。
それでも、
本館2F、霧島昇の書斎。他と同じように丁寧な手入れのされたその部屋の、大きなデスクPCが廻たちの狙いだった。案の定と言うべきか重要そうなデータは悉く消去されていたものの、今の廻にとってそれらの復元は造作のないことのようだ。満太に貸し出し中であるためいつものデバイスこそ使用できなかったが、それでも数分程度で一番大きなデータの復元に成功する。
そうしてふたりはのっけから、超重量級の真実に直面したのだった。
「藍珠が……あの司祭の娘……」
そんな人物のデータがいきなり、しかも割と上の方に出てきたことも驚きと言えばそうだが、何よりも彼の家族構成欄に表示された『藤堂藍珠』の名前にこそふたりの注目は集まったのである。
「その反応だと霧島さんも知らなかった……と言うか想像もしてなかったって感じだよね? 一応確認なんだけど、あの七塚藍珠って人のこと、どういう風に認識してたの?」
「本城家に引き取られた子供、ということは知っていたし、間違いないはずよ。霧島家や本城家と縁のある家柄の娘で、物心つく前に親を
「ああ、権力者にありがちな事情的なアレね」
「実際わたしたちは輝星さんも含めて本当の兄妹のように育ったから、引き取りがどうのとかいう部分を実感するのにはかなり時間がかかったわ。だからこそ……と言えば言い訳になってしまうのだけれど、藍珠の境遇や実父母について疑問を感じたことはなかった」
データの備考欄には藍珠の母――藤堂静香についての記載があった。旧姓は当然と言うべきか『七塚』で、藍珠を生んですぐに病死していることがわかる。
そして肝心の実父――藤堂武蔵についてだが、彼は少なくとも2年前までは存命だった筈だ。最終的にはゾンビ化していた彼だが、教え子たる一織には在学中に何度か懇親会で会食した記憶がある。
「つまり『親を喪った』の部分は半分嘘……と言うより建前かな? わざわざ令嬢にだけ嘘をつくのもおかしいし、方々に波風が立たないようにするために“そういうことにした”って感じの」
「そうね。そして彼には……いえ、
「それで、こんなところに名を連ねているワケか。――『プロジェクトM』とやらの創設メンバーに」
一織が指し示したのはデータの表題だ。仰々しい字体でその名前が刻まれていて、ご丁寧に創設時の集合写真まで載っていた。白衣を着た十数名の男女の写真……その後列の端に、一織は恩師の姿を捉えている。中央に立つ真顔の中年男性が恐らく廻の父・霧島昇で、その真横に立つ厳格な佇まいの女性が輝星の母・本城有衣子なのだろう。
「いかにも核心っぽいモノが出てきたワケだけども……一体何なのさ、この『プロジェクトM』ってのは」
「いま概要を……はい、出たわ」
廻が画面を操作すると、プロジェクト概要を記載していると思しきページが表示される。論文のようなレイアウトのその文書は……全編英語でびっしりと書かれていた。
「あ、そうだよね……世界規模の財閥だもんね……」
「……なるほど、そういうことだったの」
「待って」
「嘘でしょう……? けれど、合点がいくのも確かね」
「待ってくれ霧島さん。俺をひとりにしないでくれ」
「……あなた一応、我が国の最高教育機関を卒業しているのよね?」
「我が国の一般通過元フリーター……と翻訳サイトの力を信じてくれるのなら半日ちょうだい? 解読してみせるから」
一織がおずおずとスマホを取り出すと、ヒューマギアの機能ではなく本人の知識と教養のみで英文を読んでいた廻は露骨に嫌そうな顔をする。……絶対いま思うことではないが、つくづく表情豊かなアンドロイドっ娘だなと思う一織であった。
「……要約してあげるわ。わたしも整理する機会になるだろうし」
「霧島さんのそういうとこ結構好き」
「お黙り」
「はい」
一織が居住まいを正したのを確認すると、廻は改めてパソコンの画面を流し見る。
そして静かに語り出した。――『プロジェクトM』。すべての因縁の始まりとなった、底知れぬ物語のあらましを。
わたしも全文を読んだわけではないから読み進めながら話すわね。
簡単に言うとこのプロジェクトMというのは『旧支配者たちの遺産を
「……『再現』、ってとこがすごく気になったんだけど。もしかしてそれこそクトゥルフ復活みたいなところが着地点だったのかな?」
そうね……この資料だと明言されていないのだけれど、もしかしたら発足当初は邪神の存在なんかもあやふやだったのかもしれないわね。父が知り合いの民俗学者から“歴史の裏にねじ込まれた異界のテクノロジー”の話を聞いて、興味を持ったというのが発端らしいわ。
父は世界中の財閥傘下の権力者たちを集め、このプロジェクトMを発足した。あくまで秘密裏に、ね。地球の歴史を悉く冒涜する旧支配者の情報は、明るみに出すわけにはいかないから。
――これを見て。……ちゃんと一部翻訳してあるから、そんな顔しないで見て。
〈日本・関東支部〉
・部門コード A0001―
・責任者 本城有衣子
・部門ランク A
・研究履歴 ▽ひらく
〈イギリス・ロンドン支部〉
・部門コード A0002―
・責任者 Oliver Smith
・部門ランク A
・研究履歴 ▽ひらく
中略
〈日本・関東支部―Ⅲ〉
・部門コード D0005―
・責任者 藤堂武蔵
・部門ランク D→A
・研究履歴 ▽ひらく
………
……
…
「これは……」
ええ。わたしたちが単なる組織名だと思っていた『翡翠の光』や『琥珀の星』といった単語は、厳密には少し違ったみたい。これは所謂“コードネーム”ね。プロジェクトMの研究を円滑に進めるために権力者たちを……恐らく家柄ごとに部門として分け、父が与えたプロジェクト用“コードネーム”……。
このページにあるのは創設時に設立されたほんの一部よ。途中で参入した部門の中にはあの久我山吾郎の名前もある。要するにスマッシュを操って何かを企んでいた謎の第三勢力も、結局は霧島財閥とプロジェクトMが大本ということね。
「何でスマッシュに変身して大暴れしようとしてたかはまだよくわかんないけどね。……で、藤堂教授率いる『翡翠の光』がDランクからAランクに大躍進してるのは?」
それだけの成果を挙げたということよ。……これから話すわ。如何にこのプロジェクトMが……霧島財閥の力をもってしてもなお、困難な道のりだったかということをね。
発足から3年、まるで成果がなかったみたい。旧支配者と呼ばれる存在たちの最盛期が3億年前の、しかもほぼ一瞬の時代のことだし。それに多くの痕跡は長い歴史を経ることで人類文明と癒着しているか、逆に忌避されて消え去っているかのどちらかですものね。
そして何より……旧支配者の情報は人間の精神を壊す。なまじ手がかりを発見できたとして満足に研究が進むかはまた別の問題よ。この最初の3年のうちに国内外の部門が計6つ、情報を遺すこともなく壊滅しているわ。大体が構成員全員の変死・集団自殺・忽然と消滅のどれかだけれど……詳細聞きたいかしら?
「やめとく」
わたしも助かるわ。
とにかく、予備知識がなかったのもあってか最初のうちはほとんど進展しなかった。これに対して父はさらに規模を拡大し、部門を増設した。表では霧島財閥の傘下を増やし、裏では新たな部下たちをプロジェクトに参画させる……。既に相当な数の犠牲が出ていたから非難も多々あったらしいけれど、父は強行した。……ええ。強行、したのよ……。
「……」
……そしてあるとき、奇跡が起きたの。偶然としか言いようのない奇跡。“数撃ちゃ当たる”の“数”に関して、妥協していなかったがゆえの奇跡がね。
「まさか……」
ええ。藤堂武蔵率いる『翡翠の光』が見つけたのよ、旧支配者の知識と技術が凝縮された遺物――『魔導書・ルルイエ異本』を。しかも、構成員の多くが正気を保ったままで。
これにより彼らのランクはDからAへ昇格。人員の補充と、予算の大幅な増加が成されたわ。こうして彼らの研究対象は『ルルイエ異本』となった……つまりは数ある旧支配者たちの中から、特にクトゥルフに関するものへと的を絞ったのね。
「何というか運がいいのやら、悪いのやらって感じだな」
そうね。けれどこの発見がプロジェクトMにとって
そして程なくして有衣子様……本城有衣子率いる『琥珀の星』も『魔導書・
一躍プロジェクトMの二大巨頭となった『翡翠の光』と『琥珀の星』だけれど、そこから先の研究はさらに苛烈を極めたそうだわ。……ここでも相当な人数の犠牲があったとのことだけれど、割愛させて……もらうわね。
「うん……。休憩、大丈夫?」
ありがとう。このまま続けさせてもらうわ。
両部門は多くの犠牲者を出しながらも研究を進め、『ビヤーキーの召喚』や『死者のゾンビ化』などの技術の再現に成功した。……しかし、研究は続行。
「続行……?」
そして発足から6年。プロジェクトMは
――“別の時空と接続して何かを持ってくる”技術が確立されたのよ。イギリス・ロンドン支部『黒曜の腕』によってね。
「……! それって……!」
その技術は『銀の鍵』と名付けられた。それは理論上あらゆる平行世界、もしくはあらゆる時代と繋がることができる超技術……。ロンドン支部の発見したものが何というタイトルの魔導書なのか、その魔導書に記載されていた邪神がどういった存在なのかについて……どこにも明記されていなかった。ただ、その魔導書は『ルルイエ異本』や『黄衣の王』なんて比較にもならないくらいに分厚く、膨大なページ数を誇っていたそうだわ。
「まじかよ……」
そしてこれを機に……『ルルイエ異本』と『黄衣の王』の研究を含めた全部門の研究が凍結された。プロジェクトに参画しているすべての部門の労力を『銀の鍵』の量産・最適化へシフトさせるために。
……気づいたわね? ええ、父様――霧島昇は明らかに何かしらの指向性を持ってこのプロジェクトを進めていた。『ビヤーキー』も『ゾンビ』も世界を変えてしまうのに充分すぎる技術である筈なのに見向きもせず、『銀の鍵』の時空を繋げる力には待ってましたとばかりに飛びついた……ように見えるわ。プロジェクトMは単なる知識欲や、まして世界征服のための計画ではない。この資料……全体向けの概要書には明記できない何かしらの意志があったのかもしれないわ。
「お父さんの『再現』したかったものが、まさにそれだった……って可能性があるのか」
もう少しだけ続くわ。プロジェクトMの最後の転機、2年前の事故へと繋がるその転機こそ――藤堂武蔵の裏切りよ。
時空を超える魔法陣こと『銀の鍵』の量産は比較的順調に進み、ついに全部門合わせて108基の起動装置が開発されたわ。しかしあるとき……それらはすべて霧島昇に査収された。
「査収?」
108基全部、わたしの父が予告もなく回収したみたい。本来ならこの倍の数は量産して全部門に再配備される予定だったらしいけれど……特に説明もなく、それらは査収された。このとき裏で糸を引いていたのが、藤堂武蔵と『翡翠の光』だと記録されているわ。
藤堂はとっくに狂気に堕ちていて、クトゥルフの復活を目指すだけの“司祭”に成り果てていた。彼は父を言葉巧みに騙し、量産された『銀の鍵』を回収させた。……そしてそれらを用いて儀式を実行したの。
「……それが2年前の事故の真実?」
この儀式の影響で霧島昇と、その場に居合わせた使用人14名が消滅……唯一生き残ったわたしも、植物人間状態となった。
そして儀式そのものは失敗し、藤堂武蔵は行方を眩ませた。狂信者集団と化した『翡翠の光』の構成員たちと、108基の『銀の鍵』と共に……霧島家のひとり娘の自我を植え付けられた、一体の機械人形を残して……。
そこまで語った廻は静かに目を閉じ、手のひらで自身の額を押さえる。
最後の方はだいぶ声量も小さく、彼女らしい“圧”も感じられなくなっていたのだが、一織はそこまで黙って聞いていた。
「……以上よ」
「大枠は掴めたけど……やっぱ肝心なところが不透明なままだね。藤堂教授がプロジェクトMを裏切って『銀の鍵』を独占したところまではいいとして……なんでわざわざ霧島邸の地下で儀式をしようとしたんだ?」
実娘である藍珠を預けていた以上それなりのコネこそあったのかもしれないが、廻の話ではこの頃既に藍珠は屋敷を去っていた筈だ。やはり造反したにしては回りくどすぎる気がする。
そもそも藤堂の裏切り云々あたりから情報の密度が急激に下がったと、一織は感じていた。事故の当事者がほとんどいなくなってしまったのだから当たり前ではあるのだが、それでも虫食いの穴が多すぎることは否めない。
「(というかヒューマギア・霧島廻が誕生したことも意味がわからないままだよな……。儀式に失敗した藤堂教授が、わざわざ空っぽのヒューマギアを取り寄せて……その上で霧島さんの記憶を移植した? いくらなんでも手間すぎるし動機だって見当も付かない。いや、そもそも――)」
――そもそも霧島廻だけ生き残ったのは何故だ?
奇跡か、偶然によるものなのか。……そこまで思案し、一織はかぶりを振る。ここで悶々と考えていても埒が明かない。考えるより動いた方が何倍もいい。この場所は他でもない“現場”なのだから。
「やっぱ、北館地下を調べればこの辺りもわかってくるのかな……。霧島さん、事故の日のことで、他に思い出せることはない? 北館で何を見たか、とか――」
振り返ると、廻はいつの間にか席を離れ、壁際の棚の前に突っ立っていた。
「……?」
そう言えばやけに静かだったな、と一織は気づく。廻は棚にあったと思しき写真立てのようなものを眺めていた。彼女の表情は見えない。
「きりし――」
「わたし、は」
ゆっくりと振り返る廻。ふわりと浮いた長い髪の隙間から――けたたましく点滅する赤いランプが見えた。
「わたしは、あ、ア、ああああああああああああァアァァァァァァァァaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAああああああああああああああああァァァァァァァあああああAAAAAAAAAAAAAAAh――――――――――」
金属が擦れ合う音と共に、廻が床に倒れ込む。その口からは悲鳴なのかビープ音なのか、痛々しい音が溢れ続けていた。
「霧島さんっ!?」
慌てて駆け寄る一織。こちらの声も姿も届いていないのだと直感で理解したが、それでも彼女の肩を揺さぶり、声をかけずにはいられない。
「どうした、霧島さん!? しっかり!」
「あ、あ、あ、あ、ア。ア。ア。ア。 アアアアAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaa」
「くっ……!」
一織は特段機械に強い訳ではない。否、この時空に存在しないヒューマギアを相手にするのなら、機械に造詣が深かったとて無意味なのかもしれないが。長髪を振り乱して震え続ける彼女のことを、一織にはどうすることもできない。
「(なんなんだ……! 何を見落としてるんだ俺たちは! いや……)」
今回、一織と廻が邂逅したのは紛れもなく“真実”だ。すべての因縁の根本であり、あらゆる謎に繋がる“真実”に、確かに辿り着いた。
“真実”は常にひとつだ、そんなことは誰だってわかっている。だが得てして“真実”とは、
「(何を見落とさせられてる!? 俺たちは、何を見せられてる――!?)」
藍珠は両親を共に喪った“ことにされた”。
“名目上は本城家が引き取ったもの”として、霧島邸で暮らすことになった。
何てことはない。現代に生きる人間であれば誰しもそうやって”真実”を都合よく調整したことが、一度くらいはあるだろう。『嘘は言ってない』、『間違ってはいない』と……。
今回もそれと同じだ。見え方を弄くって、波風の立たない形に整えているヤツが、どこかにいる。
それは誰だ?
あの概要書を書いたのは誰だ?
床に落ちた写真立てに映る、
「(俺たちはもう真実の中心にいる! もう少し、もう少しなんだ! あとは見え方だ! 見え方を探せ……! 見せられた真実に甘んじるな、目白一織……!!)」
ぐるぐると、思考に呑み込まれそうになるのに耐えながら。
痙攣を続ける機械人形を、一織は静かに抱き寄せるのだった。
* *
同時刻。
都内某所の地下通路にて。
「おいおいおい……なんだよ、なんだよアンタら……?」
満太は突如現れた武装集団に取り囲まれていた。意識を失い倒れる藍珠を、咄嗟に庇うように立ちこそしたものの、いくつも向けられる“本物の銃”の銃口に思わず全身が震える。
「(『琥珀の星』の増援……? いや、コイツら入り口の方から雪崩れ込んできた……。オレらと同じで、ビルに向かう途中……?)」
『Freeze...!』
投げつけられた怒声に、満太の背筋は凍り付いた。英語で何かを言った……くらいしかわからなかったが、ヘルメット越しのその声色に確かな敵意が込められていたからだ。
「ぁ、え、っと……あ、あぃ……」
自称進学校に分類される波妃東高校でも、こんな場面の英語コミュニケーションなんて教わらない。変身するという発想すら忘れ、満太は何とか言葉を絞り出そうとするが……視界に映る数多の銃口は無慈悲にも、カチャリと構え直される。
「(あ、やば。死ぬじゃん――)」
響く銃声。しかしながらそれは、満太の真後ろから発されたものだった。
「どきやがれですわっ!」
藍珠が放ったトランスチームガンの威嚇射撃が武装集団を撹乱。続いて彼女は銃口から蒸気を放出し、瞬く間に彼らの視界を奪う。
灰色に染まった視界の中で、満太は手を引かれるまま走り出した。
「ちょっ、アンタ――!?」
「くっ、嫌な予感が当たりましたわね……! 『アンチアンバー』、こんなところまで迫っていたとは……!」
背後で銃声が連続して響いた。満太は身をすくませて走りながらも、その単語を確かに捉える。
「『アンチアンバー』……? なんなんだそれ!」
「一時休戦ですわ、仮面ライダー。わたくしにも……確かめなくてはならない“真実”ができた」
「……!」
戦闘時の様子から察するに、彼女はイエローガイスト――本城輝星がスパイとして『翡翠の光』の悪行に加担していたことを知らない。自身を引き取った本城家はどこまでも正義……それこそが彼女にとっての“真実”なのだ。
「そのために、『アンチアンバー』に引っかき回されるワケにはいきませんの、プロジェクトMの残党ごときに……! そしてそのためには、あなた方にくたばってもらうワケにもいかないのですわ……!」
「だっ、だからアンチアンバーってなんなんだよ! 霧島家関係の女の人ってみんなそうっすよね! もう!」
蒸気の中を、息を切らして走るふたり。
背後の銃声はだんだんと遠ざかり、やがて聞こえなくなっていった。
そして、
* *
そしてさらに、同時刻。
EPビル上階――具体的な階層は不明――、窓も時計もない客室にて。
「(私の体内時計が正しければ……今は1月1日の日中……たぶん、まだ夕方にはなってない、くらい……。あっ、足音……!)」
廊下の方から微妙な気配を感じた鈴は、あくまでも自然な挙動で扉から離れ、それでいて神経を扉の方へ集中させていた。自宅の自室に接近する親たちを
果たして扉は開き、姿を見せたのは執事服の男性――本城輝星だ。
「失礼いたしますよ、小黒鈴さま。……ああ、そんなに怖がらないでください。危害を加えるつもりは、ございませんから」
その柔和な微笑みに、鈴は寒気を覚える。喫茶acquarioの一員として過ごした日々は短かったものの、そこで交わしたすべての会話がこの笑みと共に作られた嘘だったと、彼女は改めて実感したのだった。
「(……クトゥルフの信仰に呑まれたフリをするのにも、たぶん限界がある。利用価値がなくなったと判断されれば、私は間違いなく殺される……!)」
一方、輝星もその笑みの下で思考を巡らせる。
「(彼女に構っていられる時間も、じきなくなる……。母上が欧州からお戻りになったら、すぐにでも動き出す必要がありますからね。だから――)」
「(だから――)」
「(「(ひとつでも多くの情報を引き出して、ここを脱出しなくては! / ひとつでも多くの情報を引き出して、今度こそ始末しなくては……!)」)」
片や作り物の怯え、片や作り物の笑み。
嘘っぱちな視線は確かに交わり、静かな火花を散らすのだった。
読了ありがとうございました。
もうこの章のタイトル暴かれしTruth!truthでいいんじゃあないかなってくらい”真実”を擦り倒してますね。
真実とは見方や立場で全く変わってくるというヤツです。今回語られた(見せられた)のは誰に向けての”真実”なのか、是非想像してみてください。
というわけで次回からは”見方”をガラリと変えまして、
「5-3-C. 嘘つき執事/嘘つきJK」
”真実”の一端を司る男・本城輝星。
かつてその彼に抹殺されかけた少女・小黒鈴。
第三勢力も動き出す中、熾烈な