仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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 目が覚めて最初に感じたのは、硬い材質の台の上に横たわっているという実感。一瞬の後にその材質が大理石であることを知り、その表面温度が6.4度であることを知った。“冷たい”とは感じず、“冷たそう”と思った。……心底、気味の悪い感覚だった。

 思考の奥でノイズが響く。

 上体を起こし、真っ暗で何も見えないことを知覚――する瞬間、視界の色彩が変わり、見えるようになった。寝かされていた大理石の台座以外に何もない、縦31.8メートル、横18.5メートル、高さ8.2メートルの空間であることがわかった。戸惑う間もなくこの場所の座標が“表示”され、お屋敷の北館に位置することがわかった。……どれも別に、知ろうともしていないのに。

 思考の奥でノイズが響く。

 台座を降り、両脚で立った。オートバランス修正が実行された。

 思考の奥でノイズが響く。

 歩き始めた。一定の歩幅で歩いた。一歩あたりぴったり68センチメートルで歩いた。

 思考の奥でノイズが響く。

 鏡を見た。そこには“自分”がいた。
 名前が表示される。表示なんてしなくても知っている。
 身長が表示される。知っている。
 体重が表示される。知らない数値だ。
 型番が表示される。知らない。
 メーカーが表示される。知らない。聞いたこともない。
 製造年月日が表示される。知らない。意味がわからない。

 そこにいたのは“自分”じゃなかった。よく似ている“別の何か”だった。
 こんな身体じゃなかった。胸の中央にこんなバーコードなんてなかった。
 顔は自分によく似ているけれど、耳にこんなモジュールなんて付いていなかった。
 自分の髪はこんな色じゃなかった。こんなに長くなかった。これじゃあまるで――、

 
 思考の奥のノイズが勢いよく溢れ出し、視界を、意識を、嘲笑うようにして埋め尽くしていった。






5-4. 沈む陽、あなたの体温

 

 

 目が覚めて最初に感じたのは、ふわりと柔らかい材質の上に横たわっているという実感。それから消えてしまいそうな程に薄いものの確かにそこにある、『懐かしい』という感覚。そして右手を包み込む、表面温度29.7度の手のひら。

 

「霧島さん?」

 

 こちらを心配そうに覗き込むのは、整髪料でざっくり整えられた黒髪とやや垂れた両目を持つ男の顔。基本情報を表示する機能などオフにして久しいが、そんなものに頼らずとも彼のことはよく知っている。

 

「目白くん」

 

 その名前を呟くと、彼は「よかった」と胸を撫で下ろした。右手を包んでいた、末端部にしたって低めだった体温が離れるのを感じる。思わず手を伸ばそうとしたが、金属でできた全身はひたすら重く、動かすことができなかった。……どうしていま手を伸ばそうとしたのかは、よくわからない。

 

「えっと、何が起きたかはわかんないけど、とりあえず無理しない方がいいよ」

「……あなたがこの部屋に連れてきてくれたの?」

「え、うん、まあ。どこか落ち着ける場所があるといいなって思って。ただあんまりウロウロするのも悪いし、迷子になるのもアレかなってなったんだけど、2階の端にいい感じの狭さの部屋があってさ」

「悪かったわね、狭くて」

「え」

 

 一織の目が丸くなる。その様子に、ちょっとだけ可笑しくなる自分がいた。

 

「ここ、わたしの部屋だから」

「ま、じ……?」

 

 いま横たわっている白い大きなベッド。窓の横の机。花びらのような形のシーリングライト。やはり丁寧に手入れのされたその部屋は、間違いなく自分――霧島廻の私室だった。

 

「さすがは変態ふわふわ男の目白くん。数ある部屋の中からひとりの女性が多くのプライベートを費やしたこの場所を選ぶとはね。一体どれだけわたしの私生活に興味があったのか……是非とも包み隠さずご教示願いたいものだわ」

「待て待て待て。まったくの偶然だから。そんないかがわしい感じに誤解しないでくれ」

「……わたしの顔の包帯と、両腕の長手袋、それからブーツが脱がされている気がするのだけれど?」

「…………」

 

 サイドテーブルの上に畳んで積まれているそれらを視線で示すと、一織は言葉を探すようにその口をきゅっと結んだ。

 

「すけべ」

「いや違うからね!? ひとしきり震えた後に動かなくなるから、どこか壊れたんじゃないかって思って。でもやっぱヒューマギアの直し方なんてわからないわけだし、それで……」

「それで、わたしの手を握りしめておくことしかできなかった、と」

「気づっ、じゃない……ああそうだよ? アマゾン細胞の知覚なら、触れていれば駆動音くらいは拾うことができるからね。ひとまず完全に機能停止したわけじゃないってわかったから、待ってたんだよ。2時間もね。俺は不測の事態にだって――」

「――指、冷えたでしょう」

 

 機体の機能が少しだけ回復したので、腕を動かして一織の手を指さした。手首と指の球体関節から、きゅるきゅると振動が響いてくる。真冬に2時間も金属の塊を握っていたからか、彼の指は普段よりも白くなっているようだった。

 

「……気にするなって。言うほど冷たくもなかったよ。屋内だし、冬でも保温はばっちり。さすがはアルティメットセレブのお屋敷だよ」

「そう。……まあ、あなたはそう言うわよね」

 

 視線を逸らし、天井を見上げる。窓から差し込む夕日が、部屋全体を薄いオレンジに染め上げていた。

 

 

 

 (いく)ばくかの沈黙の後、廻はおもむろにその口を開いた。

 

「今朝、話したわよね。わたしの好きな食べ物について」

 

 一織は何も言わず、そっと居住まいを正してベッドの横にしゃがみ込む。このような反応は彼の傾聴のサインだと、廻は知っている。

 

「食欲然り、性欲然り、わたしは生理現象に直結する記憶を封印している。ヒューマギアの身体では絶対にできない事柄について、(いたずら)に執着できないように」

 

 だから廻は現在、自身の好きな食べ物を知らない……そういう話だった。これによってヒトの“精神”と機械の“身体”の間に起こるズレを、生み出さないようにしていると。

 しかし廻は片方しかない目を閉じ、「ごめんなさい」と呟いた。その様子から、一織は彼女の言おうとしていることがわかってしまった。

 

「嘘をついたわ、わたし。この期に及んで、またあなたに隠し事をした。――不可能なのよ。特定の記憶に鍵をかけたところで、認知のズレを完全に消し去ることは不可能」

「……ってことは」

「ええ。本来ヒトが五感で感じ取るすべての事柄に対して、認知のズレは例外なく発生する」

 

 ゆっくりと片手を挙げ、廻は自身の右手を見つめた。それはルルイエゼツメライズキーによって復元された未知の機構物だが、機械の肉体という意味では根本は同じなのだろう。

 

「目白くん、その窓から森が見えるでしょう。木は何本ある?」

「……えっ、と」

「ええ、正解よ。それがヒトとしての正常な反応。けれどわたしは違う。機械の目は絶対に、“たくさん”とか“いっぱい”とかで結論づけない。数えるのよ、絶対に。どんなときでも」

「……」

「朝、窓から差し込む日の光を浴びると、わたしは思わず目を細めたくなる。けれどこの身体でそんなことを行う必要はなくて、代わりに気温と湿度を計測し始める。木枯らしを身に受ければ首をすくめたくなるけれどできなくて、ただ風速と風向きだけを正確に把握する。夜空を見上げれば、延々と星の数を数え出す。呑む息も、吐くため息も、この身体には備わっていないから」

 

 それは少なくとも、人工知能としては理想的な挙動なのだろう。人間の脳では決して行えない複雑な計算や計測を、高速で行い処理することこそ機械の特権であり強みなのだから。

 

「(でも、その機械の中に人間の“精神”が入れられるってなると――)」

 

 個人的な生理現象や嗜好を封印できたとしても、五感のすべてをシャットアウトできるわけではない。曲がりなりにも今の廻は視覚モジュールで映像を見て、集音モジュールでものを聞いて、全身にあるセンサーを駆使して何かに触れることができる身体なのだ。だが、受け取り方が根本的に違う。“眩しい”とか“寒い”といった感覚だけが記憶をなぞってひたすら空回り、実際に受け取るのはただの数値・情報のみ。

 精神が身体を置き去りにしているのか、はたまた精神が身体に追いつけていないと言えるのか。いずれにせよ彼女は意識を持って活動しているだけで、そんな小さな認知のズレに苛まれなくてはならない。一織にはその苦痛を想像することしかできない。できないのだが……

 

「(なんて拷問だよ、クソ……。俺も俺だ。まただ……どうしてまた説明されるまで気付けなかったんだ……!)」

 

 想像するだけでおぞましかった。今日び、マンガやアニメなどの空想物においてはさして真新しくもないと言えるこの現象。だがヒトの精神を機械に移すということがどれほど邪悪な所業か、一織は今になって理解した自分が恥ずかしくて仕方がなくなる。

 そんな一織の心情を知ってか知らずか、廻は彼の顔を見上げながら小さく目を細める。そしてすぐに、神妙な面持ちを取り戻した。どうやらまだ続きがあるようだ。

 

「それが、この身体に課せられた呪いよ。ヒトとしての“精神”と、ヒューマギアとしての“身体”が競り合うことで生じる呪い(ズレ)。ひとつひとつは小さくても、ズレは確実に蓄積され、わたしを蝕む。そしていずれ――」

「『いずれ』……?」

「いずれどちらかが負ける。きっと、より繊細で脆弱な“ヒト”の方が、ね」

「……!」

 

 傾いた夕日は、既に部屋の壁しか照らさなくなっている。日陰に沈んだベッドの上で、廻はバツが悪そうに首を傾けた。

 

「最近、ズレを感じなくなっている自分がいるのよ。ビル街をバイクで駆け抜けるとき、すれ違う人の数を数える自分に何も思わなくなった。海風を浴びたとき、身震いしたくなるよりも先に機体の劣化を気にするようになった。……目白くんに言われて初めて、わたしが自分の嗜好を封印していることを思い出した」

「それって……」

 

 廻が自分で言ったように、“精神”と“身体”の競り合いでより疲弊するのはヒトの“精神”の方なのだろう。ヒューマギアとして目覚めてからちょうど一年間、理不尽な呪いに苛まれ続けたヒトとしての感性は少しずつ、確実に摩耗している。そして徐々に、抗うことを諦め始めている。

 一織がうっすらと感じ取っていた、彼女は“ぼろぼろだ”という印象は決して誤りではなかった。幾多の戦いの末に物理的な損傷が蓄積されていた彼女の身体ももちろんだが、それ以上に磨り減り、死にかけているのはむしろ……彼女の精神だったのだ。

 

「霧島さん、君は人間に戻るべきだ。……今すぐにでも」

 

 静かに、それでいてはっきりと、一織はそう告げた。もう何度目になるか、廻と視線が合わさる。

 

「幸いにもここは君の本来の身体がある場所だ。北館の地下に、安置されてるんだろ? 手遅れになる前に戻るべきだよ。やり方はわかんないけど……移したのなら戻す方法だって必ずある」

 

 彼らしからぬ、ともすればこれまでで一番の力強さすら感じられるその言葉に、しかしながら廻は首を横に振った。

 

「できないわ。因縁の決着をつける前に、わたしが戦線離脱するわけにはいかない」

「……っ」

 

 人間に戻る、すなわち機械の身体を捨てるということは、彼女はもう変身できないということ。滅亡迅雷フォースライザーはヒューマギア用の変身装置であり、現状彼女にしか扱えないルルイエゼツメライズキーも、ハスターの力を扱う『琥珀の星』に対する貴重な切り札なのである。だが当然、一織としてもそんなことなど承知の上だ。

 

「そう思うことすら、“ヒト”としての自分に執着しなくなってる証拠じゃないの? こうして説明してくれるまで気付けなかったくせに何様だって思うかもしれないけど……俺は正直心配だ。なにを成すにしたって――」

「――自分が死んでちゃ始まらない、かしら?」

 

 途切れる一織の言葉。一方で廻は、どこかいたずらっぽい微笑みを浮かべる。

 

「その通りね。けれどあなたはこうも教えてくれた。『生きるとは選び続けること』だって。これが今のわたしの選択で、決断。わたしが知っている“信じる”とは、任せっきりにすることではないの。みんなを、……あなたを信じているからこそ、一緒に向き合い続ける。続けたい」

 

 そのためには本来の身体すら二の次――やはりそうとも取れてしまう言葉だったが、一織は納得せざるを得なかった。この言葉こそ彼女のもの――一織の見てきた“霧島廻”という人物のもので違いないという、確かな説得力があった。

 

「……それに、わたしの“ヒトの部分”はまだまだ元気みたい。さっきわたしが倒れたのは、写真立ての写真を見て()()()()()()を受け取ったから」

「! それって……!」

 

 霧島昇の書斎にあった一枚の写真。廻の安静を優先するため意識の隅に追いやっていたが、一織も確かにそれを見ている。――薄茶色の長髪を持つ母親と、黒色の短い髪を持つ娘の写真だ。

 

「わたしがヒューマギアとして目覚め、真っ先に封印した記憶があるわ。それがさっき、あの写真を見たことで“開いた”のよ。自分の趣味嗜好よりも先に、無意識的に鍵をかけたとある真実――この機械の身体の半分は、()()()()()()()()()()()()()()()という真実よ」

 

 思考の奥でノイズが響く。

 強烈な嫌悪感に苛まれながらも、廻ははっきりとその真実を口にした。

 

 

 

「――プロジェクトMの最終目標は死者を蘇らせる技術の再現。病で亡くなったわたしの母……霧島三輪(Miwa)を取り戻すこと」

 

 

 

 概要書でも悉く濁されていた、かの計画の本当の目的。しかし一織は己の中でパズルのピースが嵌まっていくような、不気味にも思える納得感を覚えていた。

 

 ひとつ。プロジェクトMの発足は霧島三輪の死から数年後、霧島昇が旧支配者に関する見聞を得たことから始まっていたこと。

 ひとつ。『翡翠の光』がゾンビ化の技術、『琥珀の星』がビヤーキーの召喚を再現しても依然としてプロジェクトは進行したこと。

 ひとつ。()()()()()()()()()()に接続でき得る『銀の鍵』が開発された途端、待ち望んでいたようにそちらの研究へと舵が切られたこと。

 

「……つまり、こういうこと? 『銀の鍵』を使って別の世界から君のお母さん――霧島三輪さんを連れてこようとした、と」

「そう。ただ、あなたも見てきたと思うけれどあの『銀の鍵』から取り出せるのはせいぜいアイテム・技術のみ……。余程の奇跡でも起こらない限り生身の人間を連れてくることは難しい。特定の一個人を狙うなら尚更ね。だから次善策が練られたの」

 

 廻は手を動かし、自身の髪にそっと触れた。一織にとってはもう見慣れた、薄茶色の長髪だ。

 

「予め母に似せたヒューマギアを用意し、そこに別時空の霧島三輪の自我を植え付ける、というものよ。“自我”という実体のない概念ならば、研究途中の『銀の鍵』でも輸送可能だと踏んだのでしょう。そしてその触媒――言うなれば中継機として選ばれたのが、血の繋がった娘であるわたし・霧島廻……」

 

 教団がプログライズキーを用いてクトゥルフ復活を計画していたように、『銀の鍵』の接続先は相性のよい触媒を用意することである程度の制御が可能である。霧島三輪の自我を連れてくる触媒として、実の娘は最適だったというわけだ。

 

「事故の起こったあの日、わたしは北館の地下でこのことを告げられたわ。……そのときは父様が何を言っているのか、まるで理解できなかった。けれど何を問う暇もなく、わたしは気絶させられた。きっとその相手は藤堂武蔵でしょうね。姿は見ていないけれど、あの場に居たみたいだから。そしてわたしが次に目覚めたとき……。……」

 

 ゆっくりと拳を握る廻。きりきりと球体関節が擦れる。

 

「すべてを理解したわたしは即座にこの記憶を封印し、忘れてしまった。残ったのは、『教団』なるものに父が殺され、自分もヒューマギアにされたという都合のいい“真実”だけよ。ただ……」

 

 廻が言葉尻を濁すと、察しの付いた一織がそれを受け取った。

 

「うん。実際ヒューマギアに植え付けられたのは“霧島廻”の自我だ。触媒になるだけの筈だった君の身体は意識を抜き取られて眠っているし、君のお父さんもその、亡くなってしまった。肝心の霧島三輪さんもどこにもいない。……何があった?」

「……」

 

 廻は再び、首を横に振る。

 概要書の記録によれば、あの日起こったのは藤堂武蔵の裏切りだ。霧島昇の意思――亡き妻を呼び戻す儀式を実行すること――に乗るフリをして、クトゥルフ復活を成し遂げようとしたとのことだった。だが結果的にどちらも成されることはなく、母と娘の姿が中途半端に混ざった奇妙なヒューマギアが一体、生まれただけ。……やはりあとひとつ、ピースが足りない。それも、最も重要なものがひとつ。

 

 再び暗礁に乗り上げた思考。

 彼らが互いに押し黙ると、ポップな着信音が部屋に響いた。一織のスマホからのものだ。

 

「……マッキーから?」

 

 表示された名前に一織は小さく目を見開く。本人には申し訳ないながらも完全に“そう言えば”の範疇だったが、満太とはもう何時間も前に戦闘開始の通知を受け取ったきりであった。念のためにと、連絡を取り合うのは極力避ける方針でいた筈だ。

 

 スピーカーモードにして通話を始めると、スマホからは聞き慣れた声。ただし、それは女性の声だった。

 

『目白一織、ですわね?』

「……七塚、藍珠さんか」

 

 声のトーンを落とす一織。視界の端では廻の怪訝そうな顔も見える。満太には藍珠の監視と、彼女が脱走した際の追跡のために留守番をさせていた。よもや敗北したとは思っていないが、果たして……?

 

『あなた方の後輩仮面ライダー、どうなっていますの? 道すがら散々「小黒さんを助けに行くんだ」なんてわめき散らかして、いざ戻ってきたら疲労でぶっ倒れるなんて、やりたい放題にも程があるのではなくて?』

 

 どうやら満太は倒されたわけでも、ましてや殺された訳でもないようで、一織と廻はひとまず安心する。だが、一体どういう状況なのだろう? 口ぶりからして秋葉原の拠点に戻っている様子だが。

 

『まあいいでしょう、単刀直入に申し上げますわ。休戦……いえ、”協力”しましょう。我らが「琥珀の星」を、無粋極まりない連中から守るために』

 

 その言葉に一織が思わず眉をひそめると、背後から「……ラーニング完了」という廻の声が聞こえてきた。振り返れば、彼女はややぎこちない挙動で上半身を起こすところだった。

 

「霧島さん……?」

「ネットニュースになっていたわ。アイピースカンパニー本社ビル――通称EPビルが先ほど、謎の集団による襲撃を受けて文字通り炎上しているとのことよ」

「は?」

 

 あくまで淡々と告げる廻に対し、スマホからは小さなため息が聞こえてくる。

 

『聞いていましたのね、“霧島廻”。……その通りですわ、おまけに警察や自衛隊も禄に動けないでいる。どこから手に入れたのやら、欧州の権力者から圧力がかかっているとの噂もありますわ。ふぅ……わざわざお屋敷に出向いた今のあなた方になら、“プロジェクトMの残党”とでも言えば察していただけるかしら?』

 

 一織と廻は顔を見合わせた。プロジェクトMとは世界中の権力者たちを集めて行われた大規模計画。そしてその有力部門のひとつに、イギリス・ロンドン支部なるものがあったことをふたりとも目にしている。

 

『……沈黙は、肯定と捉えてよろしいでしょうか』

「いや、一応言わせてもらうと……俺たちとしても“敵”に無条件に手を貸すことはしたくないかな。でもこうして話を持ち出したってことは、それなりの交渉材料(メリット)を示してくれるって事でいいんだよね」

 

 一織が鋭く切り返すと、鼻で笑うような息遣いが聞こえてきた。

 

『あなた方、そしてここにいる後輩仮面ライダーにとって大事なお友達が危険に晒されている……これだけで充分な理由になるのではなくて?』

「……あの子の救出は俺たちだけでもやれるし、別に手を借りるつもりもない。『琥珀の星』を守るとかいう事に対する、俺たちのメリットは?」

『――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()

 

 藍珠の返答に、一織は思わず言葉を詰まらせる。彼女がその場所を知っているのも当然と言えば当然なのだろうが……まさかここまで的確に見透かされるとは思いもしなかった。

 

『信用できないというのであれば試してみてください。アマゾンのパワーによる入り口の破壊か、もしくはヒューマギアの機能を使ってハッキングしてこじ開けるか……どちらにせよ半月ほど頑張ればどうにかなるかもやしれませんわね』

「……」

『“真実”を、知りたいのでしょう? 奇遇なことにわたくしも、ですわ。あそこには……あの北館の地下には“真実”がある。とう――、藤堂武蔵が裏切り者になった背景も、本城家が見てきたモノも、全部……。ですがこのままでは、“真実”は海の向こうに連れ去られてしまいかねない。永遠に追えなくなる可能性すらある。それはあなた方も、本望ではないはず』

 

 一織が目配せをすると、一拍の間を置いて廻が頷くのが見えた。

 

「わかった、今度ばかりは俺の負けだよ。――要はその残党とやらを、ぶちのめせばいいんだね?」

『あら、ご理解いただけて嬉しゅうございますわ。現在はひとまず状況が落ち着いている様子ですが、あまり時間はないと見ていいでしょう。遅くとも夜明けまでには作戦を詰め、動き出す必要がある。とっととこちらへ戻ってきてくださいな。……そしてこのうるさい後輩も説得しなさい』

『……んあっ!? ちょっとなに勝手にオレのスマホ使ってんすか! てか今すぐにでも小黒さんを――』

 

 持ち主の元気いっぱいの声が差し込まれたところで通話が終了する。

 一織が改めて振り返ると、廻がジトッとした視線をぶつけてきた。

 

「……なに、勝手に負けを認めているのよ」

「あはは……曲がりなりにも敵幹部ってとこだね。見事な交渉術だったよ」

「だからと言って負けを宣言するなんて。気に食わないわ」

「負けたのは俺で、霧島さんじゃないんだからいいじゃん?」

「そうかもしれないけれど――あっ」

「ちょっ」

 

 不貞腐れた様子の廻がベッドから立ち上がろうとすると、やはりノイズによるダメージが残っているのか大きくバランスを崩した。咄嗟に一織が支えようとするも、変身もしていない状態で金属の塊を受け止めるのは流石に厳しかったらしく、ふたりはそのままもつれ合いながら派手に倒れ込んでしまう。

 

「いったっ……ごめん! きりし、ま――」

 

 目を開き、一織は思わず息を呑んだ。

 すぐ目の前にあったのは廻の顔。横並びに向き合いながら倒れたふたりは、図らずも見つめ合う形でその顔を合わせる。

 

「――……」

 

 綺麗だ、と思った。

 

 脈絡も文脈もあったものじゃないが、何故だか素直にそう思えた。

 機械の素体が半分剥き出しの顔。その目は決して潤むことはなく、その頬も決して色づくことはないが、驚きとも戸惑いとも取れるその表情はびっくりするくらい人間らしくて、左耳でそわそわと瞬く赤いランプはまるで、心臓の鼓動を表しているかのようだった。

 

「……目白くん」

 

 ひやり、と。廻がこちらの手を握る。冷たい感触が指を撫で、引っかかった球体関節が手のひらをくすぐる感覚がしたが、一織は彼女の瞳から目が離せないでいた。

 

「表面温度30.5度。心拍数79……あなたの手って不思議ね」

「な、なにが」

 

 出した声が想像以上に震えていてびっくりした。廻は構わずその目を細める。微笑んでいるように見えた。

 

「身体に触れたことなら鈴ちゃんにも、満太くんにもあるけれど……あなたの手から流れてくる情報が、何故だか一番多いのよ。体温、爪の長さにしわの長さ、心拍数に鼓動の音……」

「なんか、恥ずかしいんですけど……」

 

 廻は目を閉じ、開けた。いつもの凜々しい表情に戻り、ついさっきまでは彼女らしからぬ柔らかな表情だったのだなと遅れて気づく。……本当に表情豊かなアンドロイドっ娘だなと、一織はそう思った。

 

「……わたしは最後まで戦うわ。ヒューマギアのままで。“ヒト”としての部分を費やすことになろうとも」

「霧島さん……」

「けれど心配しないでほしい。わたしの中の“ヒト”は消えていないし、捨てるつもりもない。すべてを終えて、決着がついたとき、わたしは人間に戻るわ。わたしにはまだ、人間に戻りたいという意志が確かにあるってわかったの。だって――」

 

 握られた手に、きゅっと力が込められた。

 

「この多すぎる情報を、全部まとめて“温かい”って……そう思えるようになりたいから」

 

 夕闇に落ちかけた視界の中に、再び柔らかい微笑みが浮かぶ。

 母と娘の姿が入り交じった歪な機械人形。その笑みを綺麗だと言えば、皮肉になってしまうのだろうか?

 ほんの少し心が軋むような感覚を覚えながら、一織は静かに頷き返すのだった。

 

 

 こうして、激動の元日は幕を閉じる。

 各々の胸に抱かれた決意や葛藤、変化や懐疑はひとまず夜の闇へと身を潜め、じっくりとその爪を研ぎ始める。すべての道がぶつかるであろう次の薄明を、心待ちにするように。

 

 

 そして、

 

 

 

  *  *

 

 

 

 その深夜。

 

「ぶっは!? げっほ、げほっ!? はあっ、はぁっ……!!」

 

 時間にして0時を少し回ったあたり、1月2日になったばかりの頃であるが……彼女にそれを知る術はない。

 小黒鈴は、異臭漂う薄闇の中で意識を取り戻した。辺りには泥とも汚物とも思えるような液状の何かにまみれていて、自身もずぶ濡れなためか異常なまでの寒さも遅れて襲いかかってくる。

 

「さむ……。てかくっさい……。いや、私の吐いたモノか、これ……?」

 

 最後の記憶は嘔吐しながら格納庫を走り抜けたこと、そして無我夢中で翼の化け物――ビヤーキーを解き放ったこと。その先の記憶は綺麗さっぱり途切れている。

 

「なにここ……下水道?」

 

 暗闇に慣れてきた視界にぼんやりと浮かび上がったのは、ゆるやかにカーブする筒状の通路に薄く張られた汚水。所々にゴミのようなシルエットも見えるその空間はまさしく、ホラーゲームやホラー映画で登場しがちなそれであった。よもや死後の世界かもと思いもしたが、天国……いや地獄にしたってもう少しマシな様相があったのではないだろうか。

 

「なんで下水道……? 22階にいたはず、だよね。……っ!!」

 

 おぼろげな視界が人影を捉える。同時に水を割って歩くような不規則な足音も聞こえてきた。『琥珀の星』の誰かか、はたまた『アンチアンバー』とかいうよくわからない集団か。

 

「なん……!」

 

 どちらでもなかった。その複数の人影、断続する呻き声はまさにホラー映画、いや下水道という舞台において相場が決まっているとさえ言える屍のもの。――複数体のゾンビが、獲物に向かって歩み寄る(さま)だった。

 

「なんでよ、もうっ!」

 

 咄嗟に逃げようとするも、その足は動かない。水を吸い込んだたった一枚の病衣がこれでもかと言うほど重く感じる。体力などとっくに限界を迎えていて、おまけに冷えによる追い打ちも受けているのだ。逸る気持ちに反して、彼女の身体はまったく言うことを聞かなかった。

 

「くるなぁ……! うう、ううううぅぅぅ~~~!!」

 

 座り込んだままじりじりと後ずさる鈴に、ゾンビはゆっくりとその距離を縮めてくる。そしてついに、無慈悲にも、その腐り果てた顔が視認できる距離まで迫ってきた。

 

 

 

 次の瞬間、ゾンビの額に何かが突き刺さった。

 瞬いた火花に照らされたそれは――(つば)の部分にバルブの付いた真っ赤な片手剣だった。

 

 

 

『――伏せなさい』

 

 その声に弾かれるようにして頭を下げるや否や、響き渡る2発の銃声。正確無比な軌道を描く一対の光弾は片手剣に直撃し、その衝撃でバルブが回転する。

 

《Ice Steam...!》

 

 鈴の頭上を飛び越え、ゾンビの眼前へと躍り出たのは頭足類を模した異形のシルエット。その異形はゾンビの頭に突き刺さった剣を逆手に掴むと、その小指でトリガーを引き絞った。

 切っ先から大量の冷気が放出され、群れていたゾンビがまとめて氷漬けにされる。そのまま片手剣が勢いよく引き抜かれると、巨大な氷塊は粉々に砕け散る。こうして生ける屍の群れは、鈴がただの一度のまばたきをする間もなく殲滅された。

 

 薄闇の中でも鈍い光沢を放つ漆黒の鎧。

 変身者の鋭い視線を確かに感じる、黄色いバイザー。

 触手のように、はたまた血管のように全身を走る排気パイプ。

 

 鈴がその異形を見るのは初めてだった。だが一目でわかった。

 一織と廻に何度も話を聞いていたから。その無駄のない佇まいに、その容赦のない気迫に見覚えしかなかったから。

 

「本城さん。いや……”イエローガイスト”……」

『小黒、鈴……』

 

 

 泥まみれ。傷だらけ。満身創痍の男と少女。

 彼らの元日(いちにち)は、まだ終わっていない。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。
本作史上暫定最高糖度になった(と、少なくとも作者はそう自覚している)回でしたが、いかがだったでしょうか。だいたいカッコいいかポンコツかのどちらかだった廻ですが、主人公のひとりであると同時に本作のヒロインなのだと思い出していただけたなら幸いです。そしてその直後に文字通りの泥臭い姿を見せる鈴も最高のヒロインです

一織と廻、満太と藍珠。そして輝星と鈴。
彼ら6人と”真実”を巡る軌跡は、もう少しだけ続きます。


「5-5. シーン0:私が”亡霊”になった日」


あの日――後に“藤堂武蔵が裏切った”と記される事故の夜。
何も知らないままお屋敷に戻ってきた本城親子。彼らが目にした光景とは。

霧島家に仕え続けてきた彼らの目に、プロジェクトMはどう見えていたのか。


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