「――私には、旦那様の考えがわからない」
母がそうやって、ふと溢したことがある。今思えばそれは私に向けられたものではなく、半ば独り言のようなものだったのかもしれない。
「旧支配者にまつわる情報や技術は世界を変え得る圧倒的な力だ。その一端に過ぎない『ゾンビ生成』や『ビヤーキー召喚』でさえ、我々の知るこの世の常識を軽々と覆した。魔導書をただの一冊でも解読しきったあかつきには……我々は文字通りの“支配者”になれるだろう」
私たち本城家……いや、『琥珀の星』が解読を始めた魔導書――
母は本城家の現当主――すなわち世界的財閥である
そしてプロジェクトMが発足されると、私たちは『琥珀の星』として旧支配者の研究を進め、黄衣の王の一部解読を成し遂げる。
ビヤーキーの召喚に初めて成功したとき、下品にもいたく興奮したのを覚えている。それは私だけでなく、傍らにいた母も同じだと思っていた。今まで文字でしか見てこなかった未知の超技術が目の前に現れ、ようやく実感を覚えることができたのだから。
しかし母の表情は沈んだままだった。空間の一点を虚しく見つめるように、静かに目を細めていたのである。
「霧島財閥として世界をどれだけまとめ上げようとしても限界があった。いつまでも理不尽は消えず、人類は無秩序でバラバラなまま……偽りの支配に過ぎなかった。だが……なんでもいい。クトゥルフでもハスターでも、“銀の鍵のヤツ”でもいい。旧支配者の力をどれかひとつでも制御し、完全に再現することができれば我々は世界を支配できる……ああ、言うなれば“新支配者”だ。真の秩序と平穏をこの世界にもたらすことだってできるのに、なぜ――」
そう言う母の顔は、その時と同じ虚ろな表情をしていたのだった。
「――なぜ、その力を
黄衣の王とルルイエ異本の研究が凍結され、言われるがままに量産した『銀の鍵』も霧島昇に回収され、一週間が経過していた。旦那様――霧島昇からの通達は途絶え、プロジェクトMは宙ぶらりんのままだ。私たち親子はここ数日、突然の回収に疑念の声を上げる各部門を黙らせるべく奔走していて、禄にお屋敷にも帰れていない状況だ。
加えて、財閥傘下でも地位の低かった藤堂家の当主がここ最近、旦那様と懇意にしているのも母としては不服なのだろう。そもそも15年前、ひとり娘である藍珠を引き取ったのだって本来なら有り得ない話だ。それだけの格差が両家にはあったが、どうにも旦那様と藍珠の父は昔から
三輪様が亡くなられると、その傾向はより強くなった。愛する妻を亡くしたもの同士、改めて意気投合するのも自然な流れなのかもしれない。だが――
「私にはわからないよ、輝星」
疲れ切ったような母の言葉に、何と答えたのだったか。
確かなのはこの日、この会話があったためにお屋敷への帰投がほんの数分、遅れたということだ。そして……
そして、その数分の“遅れ”の間にすべてが終わっていたということだ。
霧島昇と使用人たちが消滅。死んだように眠る廻お嬢様と、その傍らには彼女によく似た人形の姿。
アポ無しでお屋敷に招かれたのだという藤堂武蔵の姿は既にそこになく、108基の『銀の鍵』もろとも行方を眩ませた。
今でも思う。
あのとき私が――なんでもいい――帰宅を促すような何か、そんな言葉を母にかけていたならば。
旦那様たちを、なによりお嬢様を、守れたのではないだろうかと。
記録映像に映っていた“おぞましい光景”を、阻止できたのではないだろうかと。
運命という言葉は嫌いだ。
そんなものは大抵、結果論だからだ。
「……これは運命だ、輝星」
私はそう思う。思うようになった。
「神の、いや――邪神の思し召しだ」
だが母の前ではそんなこと、口が裂けても言えない。
警告色の全身装甲に、パイプから排出され続ける細い蒸気。
怪人・イエローガイストは今、泥まみれで尻餅をつく鈴のことを見下ろしていた。
『小黒鈴、貴様――、っぐ……』
しかし彼は突如よろめく。右手にまとめて握っていたトランスチームガンとスチームブレードを取り落とし、べしゃりと音が響く。驚いた鈴が声を上げるよりも先に、彼の全身は灰色の煙に包まれ、人間としての姿に戻ってしまった。
「本城さん……」
鈴と同じく、泥にまみれてボロボロになったスーツを身に纏う彼は片膝をつき、肩で息をしている。髪は乱れ、紛失したのか眼鏡もかけておらず、ジャケットの隙間から覗くワイシャツは真っ赤に染まっていた。
鈴は咄嗟に駆け寄ろうとし、これまた咄嗟に踏みとどまった。最後の記憶からどれくらい経過したかなんて彼女にはわからないが、その記憶の限りでは直前まで思いっきり敵対していた相手だからだ。とは言え、傷ついた人間を前にして結果的に“駆け寄らない”を選択した自分自身に、一抹の嫌悪感は否めないのだが。
「やって、くれましたね……小黒鈴……」
敵対している事実が変わることなど当然なく、彼も俯いたまま低く重たい声を投げかけてきた。『やってくれた』とはきっと、鈴が土壇場で解き放ったあの翼の化け物のことだろう。混乱に乗じて彼の部下のカードキーを奪い、混乱を上乗せするようにあの化け物を解放した。……改めて、とんだ大博打だったと思った。
「(ん? カードキー……)」
「貴女のお陰で、台無しだ……アンチアンバーに対抗できる機会を、完全に失った……」
「……」
アンチアンバー。恐らくあのヘリやら黒い怪人やらを使って襲ってきた集団のことだが、鈴はそれらが何者なのか知らない。
「……アンチアンバーって、何なんですか」
輝星の視線から距離を取るようにお尻の位置をずらしつつ、静かに問いかける鈴。目の前の男はそんな問いを返してくるのが予想外だったのか、垂れた前髪の奥から怪訝な目を向けてきた。
「そ、それに……ここはどこなんですか。私たち、22階にいたはず、ですよね……。なんで下水道にいるんですか。……なんで下水道に、ゾンビがいるんですか」
言ってから鈴は、まあ下水道にゾンビはいるもんだけども、と心の中で付け加える。一方で輝星は、嘲るように鼻を鳴らして小さく首を振った。
「……教えるとでも? 教える必要が、私にあるとでも?」
「…………」
輝星はよろよろと立ち上がった。トランスチームガンを拾い上げ、そのまま鈴の横を通り過ぎるように歩き出す。
「ど、どこに行くんですか」
「答える必要が――」
「――出口……です、か」
ほんの一瞬だけ、輝星の息遣いが途切れる。鈴はその反応を見ると、「あ、そうなんです、ね」と思わず口角を上げてしまう。
その瞬間、輝星の右手が閃いた。振り返りざまに鈴の胸ぐらを掴み、彼女の小柄な身体を軽々と締め上げる。
「ひ、きっ!?」
「……あまり調子に乗らない方がいい。私は、……っ、ぐ……!」
しかしながら手負いの身体ではやはり無理があったようだ。彼の手足からはすぐに力が抜け、輝星は膝を、鈴は尻餅を再びついてしまった。けほけほと咳き込んだ鈴は自身の両手を見やり、輝星の血がべったりと付いていることに気づく。
「ほ、本城さん……その怪我……」
輝星は無言のまま立ち上がり、再度歩き出した。その背中を見た鈴も力を振り絞り、重たい身体を引きずるようにして立ち上がる。そうして2歩3歩追随しないうちに、輝星は肩越しに振り返った。
「……なんのつもりだ」
「だ、だって私、……陰キャ、だから……ゾンビとなんて、戦えない、ですし……」
「貴女を守る必要が、私にあるとでも?」
取り付く島もないといった様子だが、鈴は生唾を飲み込み尚も食い下がる。
「必要は、ない、です……はい。でも、ご自身の身を守る必要は、ある、はず。だから私は、勝手に、付いていきますので……」
「私が貴女を殺さない保証が、どこかにあるような口ぶりですね」
「“必要”なら、とっくに殺している。……ち、違いますか?」
鈴の印象通りなら、本城輝星は大変合理的な人物だ。今回に限ったことではなく、彼はいつだって鈴を始末できた。恐らくは、鈴がビルに連れ込まれたその瞬間から。だがそうしなかったのは鈴が情報源たり得たから……その必要がなかったからだ。逆に鈴の演技を見破った後やカードキーを奪われた後。もっと言うならば7月の邪神復活未遂の頃、彼にとって鈴は始末する必要のある存在だったのだろう、全力で殺意を向けてきた。
彼はそういう人物だ。鈴は確信こそしていなかったが、賭けていたのだ。いつの間に自分はこんな博打打ちになったのだろうと、心の中でツッコみを入れつつ。
「……好きにするがいい」
その言葉に鈴は目を見開く。思わず胸を撫で下ろしかけた手をピタリと止めると、足を引きずるように歩き出した輝星の後を追う。賭けはまだ終わっていないと言い聞かせ、つかず離れずの距離感で彼に続く。“脱出”と“情報収集”――随分と状況は変わったが、鈴の目的は変わらない。
疲労と寒さで磨り減った身体はすぐに悲鳴を上げ、輝星の後を歩くだけで息も絶え絶えになる。恐らく輝星も同様で、そのお陰で今の鈴でもギリギリのところでついて行けているのだろう。ぐしゅぐしゅと汚水を踏みしめる音だけを聞きながらしばらく歩くと、分厚い金属扉のある袋小路に辿り着いた。大きさは“人間用サイズ”ではあるが、何となくあの化け物を閉じ込めていた扉と似ているような気がした。
「くそっ……」
大きなバルブを片手で掴み、悪態をつく輝星。バルブの根元ではうっすらと赤いランプが点いている。一歩引いたところからその様子を見ていた鈴には、そのランプの色が施錠を表していることが想像できた――そして扉全体の風体から、“誰のカードキー”に対応しているのかも。
「……うっ」
ゆっくりとこちらを振り返る輝星に、思わず身がすくむ。鈴の目の前で細切れになった女性構成員――確か輝星は澤見と呼んでいた――は、きっとそれなりに特別な立場にあったのだろう。鈴が咄嗟に奪った彼女のカードキーは、あの翼の化け物を閉じ込めていた扉に対応していた。あのとき必死に奪い返しに来た輝星の態度からして、彼自身は同じものを持っていないこともわかる。
「小黒鈴……」
最後まで言われなくとも理解した。鈴の視界に映る輝星の瞳は、“不必要”が“必要”に変わる瞬間を示すかのようにその瞳孔をすぼめていき――、
「は、はいっ!!」
一転して、困惑の色に染まることとなる。
鈴が身につけていた病衣を脱ぎ、躊躇なく差し出したからだ。
「……」
「あっ、あのカードキーはどっか行きましたっ……! 私たちがどうやってここに来たのかは、お、教えてくれなかったので知りませんけど……この場所のどこかに落ちてるんじゃないですかね。……き、気になるならどうぞご自由に、お調べ、ください」
一糸まとわぬ姿のまま、ぐしょ濡れになった布の塊を差し出す鈴。両手足が震えているのは寒さと羞恥ゆえだろうが、事実、下手に隠せば輝星視点でも始末する必要性が出てくるのは明らかだ。
「…………」
輝星は彼女の行動に眉をひそめながらも病衣を受け取り、軽く広げる。果たして鈴の言うとおり、部下の形見とも言えるカードキーはどこにもなかった。そもそもその病衣は大きな胸ポケットひとつを除けば特に物入れのない簡素なものであり、そこが空である以上どこに隠しようもないのだが。
一通り確認し終えた輝星は小さくため息を吐くと、病衣を再び丸めて傍らに投げ捨てた。そして左腕を庇いながら自身のジャケットを脱ぎ、両目をきゅっと閉じたまま全裸で立ち尽くす鈴へとそれを差し出すのだった。
「……使うといい。多少は寒くなくなるでしょう」
「え、あ……え?」
「始末されないためには真っ当な判断と言えるでしょうが、婦女が易々と異性に裸体を晒すものではない。……そういう嗜好をお持ちと言うなら話は変わりますが」
「い、いえ。ありがとうございます……」
受け取ったジャケットを羽織る鈴。泥水を踏みしめっぱなしの足先はとっくに感覚を失っているが、撥水性に優れたその大きな上着は確かに、幾分か寒さを和らげたような気がした。
半分だけ真っ赤になったワイシャツ姿になった輝星はというと壁に背を預け、もう何度目かもわからないため息を溢す。
「まったく、貴女の行動力にはつくづく呆れさせられる」
「……だ、だって」
「わかっていますとも。先ほども言ったように、私に始末されないためには至極真っ当で、最も手っ取り早い行動だ。澤見くんのカードキーを未だに持っている訳ではないと、考え得る限り最速で証明できた。……ですが、それが何を意味するのか、そこに気づかない貴女でもないでしょう」
当然鈴にもわかっている。ふたりはどちらからともなく視線を動かし、沈黙したままの金属扉を見やった。恐らくそれは『出口』であり、特別なカードキーでしか開けられない代物だ。
「……貴女の見立ては正しい。ここは正真正銘、下水道ですよ。EPビル……いえ、東京都のまさに真下にある、もう使われていない下水道。我々に買い取られて、今は都合のよい封鎖区画となっていますがね」
おもむろに口を開く輝星。項垂れたままで表情は見えないが、その声はびっくりするくらいに細く、弱々しいものだった。
「ビヤーキー……貴女が解き放ったあの化け物は、制御を誤ればとてもじゃないが手に負えない、そんな危険な存在だった。だから不測の事態に備え、格納庫のフロアには緊急廃棄の機構が備わっていたのです」
緊急廃棄の機構……と、鈴は心の中で反復する。なにぶん気を失ったためにまったく憶えていないが、巨大な落とし穴みたいなギミックなのだろうか? と簡単にイメージした。鈴が無制御状態の“ビヤーキー”なる化け物を解放したせいでその機構が作動し、輝星もろともここまですべり落とされた、と。思い描いた絵面はだいぶ間抜けなものになったが、大体そういうことだと言うのならこの場にいることに納得がいくのも確かだった。
「って、え? ってことは、つまり――」
「一緒に落とされた”彼”も当然、いるでしょうね。この暗闇の、どこかに」
鈴は肩が強張っていくのを感じた。背後の通路の先にある暗闇を見つめるも、返ってくるのは息の詰まるような沈黙だけ。
「そ、そんな……」
「残念ですが、トランスチームシステム一基でどうにかなる相手なら、そもそも緊急廃棄なんて必要ありませんからねぇ……。万全の状態なら、まだしも……」
自嘲するようにそう言いながら、輝星はずるずると腰を下ろした。金属扉のバルブから発せられる赤い光が、彼の横顔を照らしている。
「今頃、ビルはあの下品な連中に乗っ取られているでしょうかね。私たちはと言えば……、ここで力尽きて野垂れ死ぬのが先か、ビヤーキーに見つかって食いちぎられるのが先か、貴女はどちらだと思いますか」
ぽつぽつと、真下の泥の塊に向かって言葉を落とす輝星。鈴は何を答えることもできず、ただ彼の向かいの壁に背を預け、ジャケットにくるまるようにして腰を下ろすのだった。
「…………なんでですか」
いくらかの沈黙の後、鈴がそう呟く。輝星はあくまで項垂れたまま、聞き直すように小さく首を傾けた。
「なんでこんな……こんな戦いに身を投じてまで。……家族同然だったはずの廻さんを敵に回して、私を……波妃町をあんな目に遭わせてまで……。あなたたちは何を、目指していたんですか」
ぶつ切りの、継ぎ接ぎだらけの疑問。それほどまでに鈴の見てきた本城輝星――ひいては霧島家と本城家を取り巻く問題は深く、また複雑怪奇なものだった。
「…………」
輝星は押し黙る。教える必要がないのだろう。……だが、もはや努めて教えない必要もなくなっていることに、ふたりは薄々気づいていた。
「……プロジェクトM――廻お嬢様の母君を蘇らせるための計画こそが、すべてのはじまりだったのだ」
小さく、自身に言い聞かせるように語り始める輝星。
プロジェクトMがなぜ始まったのか。
人智を超えた“旧支配者たちの技術”をなぜ欲し、それらに縋ったのか。
そして……2年前のあの日、どのようにしてプロジェクトMが終わってしまったのか。
ともすれば泥に吸い込まれて消えてしまいそうなその言葉のすべてを聞き逃さないよう、鈴は相づちも忘れて聞き入るのだった。
* *
「――お嬢様、お嬢様!? 目を開けてください! 一体、何が……!」
予定より数分遅れでお屋敷に到着した私たちは、北館の地下に
台座に寝かされた廻お嬢様は、いくら呼びかけても目を醒まさない。呼吸も脈も問題ないように思えたが、とにかく意識だけがどうにも取り戻せず、まるで白い雪の姫の如く……ただ眠りについていた。
そしてその隣で眠る“もうひとり”の……廻、お嬢様なのだろうか? 顔立ちは瓜二つではあるものの髪の色と長さが異なり、どちらかと言えば奥様に似ているように見える。なによりその“もうひとり”には呼吸も脈もない。人間ですらない。マネキンのような、人間によく似た何かだった。
「何が、どうなっている……。みんな、みんな死んだのか!?」
私は声を震わせながら周囲を見渡す。そして強烈な吐き気を改めて覚えるのだった。
……台座の足元には老執事・
「……っ」
他の使用人たちも同じような状態だった。上半身のみ、下半身のみ、左半分のみ、ひどいものでは腕のみで、もはや誰なのかもわからない。奇妙なのは“無くなった方”がどこにもないということ。画像修正ソフトで誤って削り取ってしまったときのように、彼らの“もう半分”は跡形もなく消えてしまっていた。唯一五体満足に見える廻お嬢様も……この有様だ。
「……記録の復元に成功したよ」
背後から母の声。振り返れば、母はひび割れたタブレットに目を落としながら怪訝そうに息を吐いた。
「そこにいる、誰かさん似のお人形はヒューマギアという代物らしい。その人形に別時空の奥様の自我をねじ込むことが……旦那様と藤堂の目的だったようだ」
「そ、そのために『銀の鍵』を回収したと……? ですが、そんなこと可能だとは到底……」
「可能だと踏んだのだろう。ここに記されている『ドライブドライバー』や『トライアルB』が何を指すのかは知らないが、ともかくそのお人形は別時空の技術を複数、組み合わせて生み出した特注品ということだ。……実在する人物の人格を宿すことに特化したヒューマギア、としてね」
旦那様と藤堂武蔵が何を行おうとしていたのかはひとまず把握できた。……恐らく半年前、ある魔導書を解読したイギリス支部が『銀の鍵』を開発したときから、旦那様にはそのビジョンが見えていたのだろう。他の研究を突然打ち切りにし、その時空を超える技術の量産にすべてをシフトさせた。だが『銀の鍵』には、どうしても生け贄を必要とするという致命的な欠陥があった。それらを解消しないまま実験を繰り返すことは倫理に反するゆえ、計画を次の段階に進めることは当然、できずにいたのだが……。
「(強行した、ということですか……旦那様……!)」
「ああ、強行したということだろうね。藤堂武蔵と結託して、すぐにでも奥様とまみえるために」
私の心を察したかのように、母が続ける。彼女はそのまま、静かに首を横に振った。
「――そして失敗した、と言うことだろう。この光景……そしてあの映像を見る限り、ね」
「っ……!」
帰投した私たちがまず始めに目にしたのが、記録として回していたと思しきカメラの映像だ。
――実験室に並べられた108基の『銀の鍵』から発せられる、玉虫色の光。
――台座に眠らされる廻お嬢様と、その隣に横たわる“まだ顔のない”ヒューマギア。
――光を見上げる、霧島昇と藤堂武蔵。
画面にノイズが走り、右下の時間表示が何度か、飛ぶ。そして、
――瞬く画面に映り込んだ、何かの“視線”。
――玉虫色の光の向こうから伸びる、何かの影。
それはいくつもの腕のようであり、または触手のようでもあり、鎖のようでもあった。
――光の向こうにいる“何か”はその腕を伸ばし、
八柳の下半身を、
田辺の上半身を、
北川の腕以外を、
そして霧島昇のすべてを、光の向こうへ連れ去っていった。
再びノイズが走り、次に一瞬だけ映ったのは狂ったようにのたうち回る藤堂の姿。そこで映像は途絶えていた。情報はあまりにも少ないが、絶対に起きるべきではない事故が起こったことだけは確かだった。
そして現在。恐らく最後の映像から数分しか経っていないと思われる現在。
何故か廻お嬢様の自我が移されたヒューマギアと、その影響ゆえかまったく動かなくなってしまったお嬢様本人だけが、この空間に取り残されていた。
「……母上、母上。お嬢様は、どうなったのですか……! なんでこんな目に……!」
「それは、藤堂にしかわからないだろう。『銀の鍵』をすべて持ち出して今も逃げている最中と思われる、あの男にしか」
「追いましょう……! 問い質すのです! 今ならそう遠くへ行っていないはず、我々ならすぐに見つけ出せる! いえ、プロジェクトMの……財閥の総力を挙げれば、仮に見失ったとしても――」
思えば、このときの私は取り乱していたのだろう。『琥珀の星』の一員として魔導書の研究を続け、不可思議な現象にもそれなりに見慣れてきたつもりだったが……敬愛する霧島家の方々、特に廻お嬢様にその余波が降りかかったとなっては、致し方ないのかもしれない。
しかし……、
「いや、よそう。ここで起きたことは、見なかったことにしよう」
母は驚くほど、いや、寒気すら覚えるほどに淡々と、そう告げた。
「は……?」
「霧島昇が実験を強行して多大な犠牲を出した……こんなことを漏らしたらどうなる? ただでさえ空中分解寸前だった霧島財閥は今度こそ終わる。そしてその責任を問われるのは我々になる。これまで何度も、そうであったようにね」
母は床に転がる誰かの右足をぼんやりと見下ろしながら、薄く笑みを溢す。
「この光景は人類の歴史の縮図だ、輝星。強大な力を、私利私欲のために行使しようとし、大きな災いをもたらす……。『銀の鍵』も、鉄砲も、核も、全部同じさ。……我々が敬愛していた旦那様も、所詮はそんな人類のひとりだったということ」
なんとなく、母が何を言わんとしているかが理解できた。それは親子ゆえからか、本城家の子息として若輩ながらもこの世界を見てきたという経験ゆえかは、わからなかったが。
「だが私たちなら……本城家なら、そんな力を世界のために行使できる。秩序をもたらし、永遠の安寧と繁栄を実現する、真の支配者になれる。……いやきっと、私たちにしかできない」
そのために――と母が顔を上げる。この実験室に入ってから、初めて目が合った気がした。
「プロジェクトMは我々『琥珀の星』が引き継ごう。私利私欲のためでなく、世のため人のため、世界の秩序のために、旧支配者の研究を続けよう」
「……!」
「お前の言ったように、藤堂の行方を追うことは容易い。すぐにでも追いつけるだろう。そして、彼を監視するのは
「で、ですが……」
それは大きな秘密を持つということ。プロジェクトM、いや霧島財閥全体に、大きな隠し事をするということ。それがどれほどのリスクを伴うのか、考えない母ではないとわかっているのだが……。
「いいか、輝星? お嬢様もそんな被害者のひとりなんだ。力の使い方を弁えていない者に、理不尽にも巻き込まれてしまった被害者……。だが幸いにも、彼女はまだ生きている。もう二度と、お嬢様をこんな目に遭わせないためにも、我々が時代を牽引するほかないのだ」
傍らに横たわるお嬢様に視線を移す。何も知らないまま、訳の分からない儀式に巻き込まれた彼女。肉親であった霧島昇も喪い、ともすればあらゆる責任が彼女に降りかかるのかもしれない。……そしてプロジェクトMを通して、“行き過ぎた力”の一端は今や世界中に配られてしまっている状態だ。
誰かが……誰かがイニシアチブを取らなければ、この世界は間違いなく混沌に呑まれてしまう。……第二第三の悲劇が、彼女に襲いかかる可能性だって大いにある。
「“藤堂武蔵が裏切った”ことにしよう。まあ実際何があったのかは不明なままだが、事実として彼だけが生き残り、あろうことか『銀の鍵』を持ち逃げしている状況だ、当たらずも遠からずと言ったところだろう。……監視するんだ、輝星。そして彼の行く末を見届け……研究成果と『銀の鍵』を取り返すんだ」
母はいつも持ち歩いていた小型のトランクを取り出した。そこに入っているのは一丁の大型拳銃と、ひとつのボトル。……旦那様のやり方に疑念を抱いていた彼女が秘密裏に取り出していた、『琥珀の星』の所有する唯一の“変身アイテム”だ。
「……これは運命だ、輝星」
その言葉は嫌いだった。結果論に自己満足するための、免罪符にしか思えないから。
「神の、いや――邪神の思し召しだ」
だが……お嬢様を守ることができるのなら、結果論でも何でも良いと、そう思った。
* *
「――数日もしないうちに私は藤堂に、いや『翡翠の光』に追いつくことができた。彼らは既に全員正気を失っていて、旧支配者クトゥルフの復活に精を出すだけの教団となり果てていたよ。私は忠誠を誓うフリをして、彼らの監視を続けた」
果たして本城有衣子の采配は最適だった。“藤堂の裏切り”によって霧島昇を喪い、大混乱の財閥をまとめる必要が本城家にはあったのだ。有衣子はそちらに注力し、教団に潜入した輝星が彼らの研究成果を横流しする。後始末に翻弄されて『琥珀の星』の研究はストップせざるを得なかったが、勝手に『銀の鍵』とクトゥルフの研究を進める教団はおあつらえ向きの観察対象だったというわけだ。
これにより事故のあの日、藤堂は既に狂信者となっていたと判断された。霧島昇の計画を利用してクトゥルフを無理矢理復活させようとし、あの悲劇を生んだのだと。結局最後まで、廻がヒューマギアになった理由はわからずじまいだったが。
「私たち『琥珀の星』の目的は旧支配者ハスターの力を完全に再現すること。そしてその力を以て世界を“支配”し、永遠の秩序をもたらすことへ変わった。支配者と聞けばネガティブなイメージがあるだろうが、私利私欲のために力を振るうすべての者から力を取り上げ、管理する……そんな者がこの世界には必要なのだ」
それが有衣子の、本城家の目指す理想の世界。教団に加担して多くの犠牲を見過ごすのも、プロジェクトMの残党と対立して殺し合うのも、それらを“世界で最後の犠牲”にするため。時に強引なやり方を採ろうとも、進み続けることを彼らは選んだのだという。
「しかし、母は死んだ……。謀略に呑まれ、理不尽に死んだのだ。残された私もこのザマだ。アンチアンバー相手に完全に後手に回り、母の遺した『琥珀の星』をすべて乗っ取られてしまった。……無様もいいところだ」
輝星はもう何度目か、短く息を吐いて自嘲する。自身の現状といえばまさに、汚水にまみれた下水道から出ることもできずただ力尽きるのを待つだけ。世界を変えようとした者の末路にしては、あまりにも惨めすぎると思った。
そこで輝星はふと、久方ぶりに視線を上げる。
「小黒鈴……?」
向かいの壁際にうずくまる鈴は静かに寝息を立てていた。貸したジャケットの隙間から覗くどこか不安そうな寝顔は、年相応の少女のものに違いなかった。
「……」
そんな彼女の寝顔を見ると、輝星は7月に交わした会話を思い出す。輝星の策略によって鈴が殺されかける前、一織と廻の不和に一喜一憂していた、“ただの女子高生”だった頃の鈴との会話だ。
――『ちょっとでも変われたって、そう思えるから』
――『再来週の花火大会! ほ、本城さんも来てくださいね!』
確かこのとき、『人は変われない』と、本音を漏らしてしまったような気がする。『もともと持っていたものが表面に出てきただけ』とも。
今日この一日の間に、輝星と頭脳戦を繰り広げ、曲がりなりにもここまで生き延びた少女。これが偶然なのか、彼女がもともと持っていた才能なのか、輝星には判断ができなかった。
「(だとしたら、それを表面に出させたのは、一体誰なのでしょうね……。いえ……)」
詮無いことを考えてしまった、と輝星は首を振る。もう思考すらよくまとまらない。意識が重くなってきているのを今更のように自覚した。
「私は、一体何を、成したかったのだろうか……」
そう言ったような気がしたのを最後に、輝星の意識は闇に沈んでいった。
失ったときと同じような唐突さで、輝星は意識を取り戻す。寝心地なんていいはずもないので、恐らく眠っていたのは数時間といったところか。当然体力も回復していないどころか、冷えと負傷によって悪化した気さえした。
刺すような頭痛に顔をしかめつつ視線を上げると、そこには鈴が立っていてこちらを見下ろしていた。
「…………」
羽織ったジャケットの裾から伸びる足は泥にまみれて黒くなっていて、唇は真っ青。恐らく自分も同じような顔色なのだろうと、輝星は思う。だが彼女の視線は――普段通りの自信なさげな風ではあるものの――どこか鋭く、重たいような気がした。
「私一晩……あ、一晩なのかどうかもよくわかんないか。とにかく、今の今まで考えてたんですけど……」
「……?」
何のことだか、と輝星は一瞬戸惑う。そんな彼を尻目に鈴は、相変わらずの不思議な重みを纏った声色で続ける。
「本城さんも、『琥珀の星』も……もしかしたら廻さんと一織さんと、同じなのかなって思って。大きな理不尽に巻き込まれて、それに立ち向かおうとしている。それも、あ、あなたたちは世界をよくするために戦っていた。そんな信念を持って、戦っていた……」
鈴がどのタイミングで寝落ちしたかはわからないが、この言い分では大筋は聞いていたと見ていいのだろうか。輝星の目の前で彼女は尚も、必死に言葉を紡ごうとしている。
「もしかしたら、あなたたちと廻さん、一織さんは力を合わせられるの、かもって……そう、思いました」
「……!」
目を見開く輝星。
そして、鈴は「でも――」と続け、
「――でも、
か細い声で、それでいて力強く、そう断言するのだった。
「な……」
「本城さんの話を聞いて、不思議な気持ちになりました。なんというか……共感、できるような……。だから一瞬、わかり合えるかもって思ったのは、本当、です……」
はにかむように頬を緩ませる鈴。
「でもやっぱり、絶対に認めたくないって気持ちもあって。共感と嫌悪が同じくらいあって、すごく……不思議でした。ずっとなんでだろうって考えて、ついさっきわかりました」
鈴は奥歯を噛みしめる。その思い出は、未だに鈴の心を締め付けるものだった。
「
同級生の不和を解消しようとしたのは、彼女らのためを思ってではない。鈴自身が、居心地が悪かったからだ。
それと“同じ”だと思った。対象が“教室”なのか“世界”なのかの違いだけで、ちっぽけな期待と理想と自己満足のために、自分自身を正当化して動いていたあの頃の自分と同じだと。
「しかも、末路まで私そっくりなんですよね、これが……。そんな理想なんて結局上手くいかなくて、失敗して……『あーあ、あんなに頑張ったのに駄目だった、なんて惨めなんだ』って、悲劇の主人公を気取っている。……全部、ムカつくくらいに、私と同じなんですよ、今の本城さんは」
「こ、のっ……!」
輝星はたまらず立ち上がった。全身がバラバラになりそうな痛みに襲われたが、そんなことなど気にもならなかった。
「言わせておけばいけしゃあしゃあと……! 貴女に、私の何がわかるというのだ!」
「わかりますよ」
ぴしゃりと断言する鈴。猫背でも震え声でも、もう彼女は一歩も引かない。
「本城さん。あなたは、何から何まで私と同じだ。周りに期待するところも、理想を押しつけようとするところも……親の、期待に応えようとするところも」
「……!?」
「昨日語ってくれた物語の中に、“あなた自身の言葉”はいくつありました?」
鈴には彼の反応が予想できた。かつて親の期待のままに生きていた彼女もまた、自宅において“自身の言葉”を親に聞かせたことがないのだから。
「わ、たし、は……」
「……7月のあの日、あなたは『人は変われない』って、私に言ってくれました。私の望みは自分を変えることだから、その意味についてずっと考えていました……」
一理あると、鈴は思っていた。もともと持っていたものが表面化するか否かという意味で、人は根本的に変わることなどできない。
「重要なのは、変わろうとする意志です。そこに意志があるかどうか――。メアリたちに……友だちに期待だけしていた私にはそれがなかった。今の本城さんにも、ない……!」
理不尽に立ち向かう意志。それを持つ者を、鈴はよく知っているのだ。
「“仮面ライダー”はそんな意志を持つ者の称号です……! だからあなたは仮面ライダーに
「……、……っ。……――」
なんて支離滅裂なのだろうと輝星は思った。しかし開いた口はぱくぱくと動くばかりで、一切の言葉を発してくれなかった。
「だから私は、私の意志でっ……! 生きてここから脱出してやります……!」
鈴は止まらない。彼女は震える腕を動かし、羽織っているジャケットのポケットに手を入れると――
「な、ん……!」
輝星はほぼ直感で悟る。
――出口、ですか? ああ、そうなんですね。
妙に挑発的だったあの台詞。実際輝星は彼女に掴みかかり、直後にもつれ合ってへたり込んだのだった。……ジャケットに何かを忍ばせられる隙と距離を、彼女に促されるまま与えるかのように。そして――、
「上着、着せてくれて……ありがとうございます」
大胆にも病衣を脱いだ鈴。それはカードキーを持っていないことを証明するための行為だが、カードキーを“返してもらう”行為でもあったのだ。……紳士であるならば間違いなく、全裸で震える少女をそのままにしておかないだろうから。
「は、はは……なるほど。あくまでカードキーを隠し続けたのは、私の心を折るため、ですか」
「お陰さまで、色んなお話を聞けました。……折れた心ほど誘導しやすいものはない。去年の7月に、あなたが廻さんにやったことと同じです」
「はは……はははは……」
乾いた笑い声が小さく響く。鈴はそんな輝星を尻目にカードキーを挿入、バルブを回して金属扉を開け放った。
「もう一度言います。私は私の意志で、ここを生きて出ます。……本城さんは、どうしますか?
「……!」
起きていたのか、という質問は野暮であろう。何せ彼女は、生粋の陰キャなのだから。
「っふ、ははははは……! ああ、いいでしょう。私の完敗ですよ、小黒鈴……!」
正直、煽られている自覚はあった。小黒鈴は他者の“
だが不思議と悪い心地はしなかった。
何なら人生で一番、視界がクリアになった気さえした。
「……私は、本城輝星は母の遺志を継ごう。今度こそ私自身の意志で……世界の支配者になってやりましょう……! あらゆる理不尽を黙らせる、圧倒的な支配者に。廻お嬢様を、私のやり方でお守りするために……!」
「じゃあ私たちは、これからも敵同士ですね。……あっ、ここで始末される、かも?」
「必要のないことを、わざわざ行いはしない。私はせいぜい……“自分の身を守る”としましょう」
トランスチームガンを構える輝星。
ボロボロのまま、敵同士のまま、決して分かり合わないまま……男と少女は階段を踏みしめ、昇っていく。
「(今のままではアンチアンバーとオリバー・スミスを撃破することなど困難……。だが、切り口は、ある……)」
肩越しに振り返る輝星。背後の暗闇は未だに無言のまま見つめ返してくるのみ。
「(そしてもうひとつは、“あれ”を……)」
星々を渡り歩くという旧支配者ハスターの力を再現するために、母が渡欧前に取り出した“究極の変身装置”……。試用実験において、輝星はついぞ“それ”を使いこなすことができなかった。だが、圧倒的不利な状況から切り返すにはこれ以上ない切り口となるだろう。
――“仮面ライダー”はそんな意志を持つ者の称号です……! だからあなたは仮面ライダーに
鈴の言葉は奇しくも、その停滞していた状況に当てはまるような気がした。無論彼女が“あれ”のことを知っている訳もないし、全くの偶然だろうが……。つくづく、呆れるほどに周りが見えている少女だな――と、すぐ後ろをふらふらになりながら付いてくる彼女を見て、そう思うのだった。
* *
同時刻――厳密に言えば1月2日午前7時14分。EPビル最上階、本城有衣子のオフィスにて。
銀髪をオールバックにした紳士風の中年男性、オリバー・スミスは今は亡きこの部屋の主の椅子に腰掛け、デスクに鎮座する大きなトランクを眺めていた。
「“これがユイコホンジョウの取り出した最高の成果……『星狩りの血族』のドライバーですか”」
血のような赤色をベースに深い青色の装飾で彩られたその装置の表面を撫で、プロジェクトMのイギリス・ロンドン支部――いや、琥珀の星抵抗組織『アンチアンバー』の統括はそう独りごちた。
するとスピーカーから、何やら慌てふためいた様子の部下の声。
『“ボス! 封鎖区画からヤツが現れました! やはり生きていたようです、イエローガイストが……!”』
「“……フン、死に損ないのお坊ちゃまが。適当に処理しなさい、どうせ死にかけのクズにすぎ――”」
『“ボ、ボス! 襲撃を受けています! E3地下通路に正体不明のっ――。……、……”』
「……ウン?」
続けざまに聞こえてきた別の声に、オリバー・スミスは首を傾げた。あの御曹司が落ちていったと思しき封鎖区画と、E3地下通路は真逆の方角の筈だが……。
「“……何だ? 何が、起きている?”」
*
男は困惑していた。男は元『黒曜の腕』の構成員で、彼にはオリバー・スミスの部下としていくつもの修羅場をくぐり抜けてきたという自信があった。旧支配者の技術や別時空の技術だって何度も目の当たりにし、それなりの適応力だって養ってきたと思っていた。
だが、自分と共に地下通路を見張っていたスマッシュ十数体が自律走行する謎のバイクにまとめて轢き潰されて全滅するなんて、誰が予想できるだろうか。
「“な、なんだ!? 誰だ!!”」
振り返る男の視線の先に、4つの人影。
返事はない。反応もない。代わりに放たれるのは、彼らの戦意を象徴する文言。
《TENTACLE!》
《FANG!》
《Light》
《LAMBDA》
――因縁にケリをつけるため
――好きな人を助けるため
――己の信じたい真実を見極めるため
――……彼女を人間に戻すため
ちぐはぐでもバラバラでも、彼らは各々の意志を叫ぶ。何度でも叫ぶ。
「変身」
「変身ッ!」
「蒸血……!」
「――アマゾン」
膨れ上がった灰色の蒸気が彼らの姿を隠し、その幕を突き破るようにして飛び出してきたのは巨大なクリオネと、輝く弾丸。一対の影は蒸気の周りを旋回し、やがて分解・収束。それと同時に爆炎が蒸気を吹き飛ばし、変異した彼らの姿を露わにする。
男は言葉を失った。それは圧倒的な戦慄であり、一縷の憧憬でもあった。
こうして、たった一夜の休息を経て、今度こそ道は交差する。
5つ……いや、ついさっき6つになった彼らの意志はこの小さなビルの中で、確かに交わっていく。
それは霧島家を中心に回り出した因縁の終着、そして――、
そして新たな
読了ありがとうございました。
ってかめちゃ長かったな汗……ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
ここまで二転三転あった鈴と輝星の頭脳戦ですが、そもそも開幕から鈴の演技を見抜けていない(疑念止まりだった)時点で勝敗は分かれていたんですよね。不測の事態に救われた面もありましたが、不測の事態をチャンスに変える力が、今の鈴にはあったわけです。
これが”理想の教室”から出ることのできた鈴と、”理想の世界”に囚われていた輝星の差だったと、私は考えています。
ですが、それも今回までのこと。
彼も一歩先へと進みます。
次回「5-6. 彼は家族で、敵で、仮面ライダー」
道は交わり、最終兵器のヴェールは解かれる。
さあ、 ……”準備はいいか”?