「あーーっはっはっは! 大変良い気分ですわぁ! これぞわたくしの在るべき姿、これぞわたくしの選んだ道!」
藍珠はご機嫌だった。
それが今、今朝方往来で大恥をかいた“首里城シャツ”ではなく“フリフリのメイド服”を着ていることに起因するのは目で見て明らかである。
「……どういうつもりなのかしら?」
低く刺さるような廻の声。しかしそれは藍珠に向けられたものではなく(むしろコスプレ用メイド服を着て大はしゃぎする幼馴染――補足:22歳成人女性――の方を見ないようにしている節すらある)、曲がりなりにも監視役であったにも関わらず藍珠と一緒に秋葉原に繰り出してあまつさえコスプレ専門店でメイド服の購入を許した後輩・糸巻満太に対するものであった。
「い、いやぁ……なんというか、流れで。オレもアキバ来るの初めてだったし……」
「ふざけるのも大概にしなさい。わたしだって初めてなのに密かに我慢して捜査優先にしたのよ、その想いを何だと思っているの」
「あ、そうだったんすね……。じゃあわざわざ拠点をここにしなくてもよかったんj――」
「なにかしら?」
「なんでもないっす」
すん、と真顔になる満太。バーのカウンターに座って魚肉ハンバーガーをもさもさと食べていた一織は「(絵に描いたようなパワハラじゃん)」と思ったが、当然口には出さなかった。
「お返ししますわ、“霧島廻”ぃ!」
ひとしきりはしゃいだ藍珠が件の“首里城”を廻へと投げ渡す。廻が表情を変えずにキャッチしたそれは恐らく律儀にもコインランドリーあたりで洗濯されたのだろう、ふんわりほかほかとしていた。
「残念でしたわねぇ、わたくしに大恥をかかせて逃走の意欲を削ぐ作戦だったのでしょうが……この七塚藍珠、『琥珀の星』執行者はあらゆる状況に動じない! 天下にどれほど恥辱を晒そうが、この使命を阻むものは――」
「大恥? 恥辱? 何を言っているのかまるでわからないわ」
廻は真顔で小首を傾げながら、大層大事そうにその衣類をしまうのだった。見かねた一織が「あの、七塚さん……」と声をかけるも、藍珠はそれを遮って眉間に指をあてる。
「皆まで言わないでくださいまし……思い出しましたわ、この女がそういう女だって……」
思えば、このウルトラマイペースポンコツど天然セレブとの付き合いは藍珠の方が何倍も長い。一織は一抹の同情を抱くが、これまた口には出さないでおいた。
すると荷物を整理し終えた廻はおもむろにカウンターの前に立つ。濃すぎる元日を過ごした3人の視線は自然と彼女に集まった。
「それで……『琥珀の星の執行者』さん。ここにきて休戦とは、どういう風の吹き回しかしら?」
その疑問は言うまでもなく、共に『アンチアンバー』なるものどもを打倒し『琥珀の星』を助けることを提案してきた藍珠に対するものだ。一転して3人分の視線を受け取った藍珠は一瞬だけ目を逸らしたのち、ゆっくりと居住まいを正す。その上品な姿勢は彼女のうちに潜む、何か強いものを表しているかのようだ。
「……わたくしの家系……藤堂家は、霧島財閥に連なる一族でした」
口を開く藍珠。満太のみが眉をひそめるが、霧島邸を探索してきたばかりの一織と廻は静かに頷くのみ。そんな満太も何かを察してか口をつぐんだのを確認し、藍珠は「まあ、本城家とは比べものにならないほど、低い地位ではありましたが」と付け加える。
「それでもわたくしの父……、……藤堂、武蔵が霧島昇様と懇意にしていたのは、ひとえに旦那様のお人柄と言ったところでしょう。……あの男がいち庶民の女性との間に成した娘を、引き取る判断をしてくださった程には、お優しい方でした」
一織は彼女の話を聞きながら腕を組み直す。疑っていたわけではなかったが、霧島邸で得た情報通りであると再確認した。藤堂武蔵は藍珠の実父であり、七塚静香を喪ったのち、ひとり娘を霧島家(名目上は本城家)に引き取ってもらったと。
「霧島三輪様が亡くなられて数年が経った頃、わたくしはお屋敷を出ました。色々と思うところがあっての独り立ち……という形ですが今は割愛しますわね。一般企業に就職しようと思って失敗したり、ここ秋葉原のトップメイドになろうとして失敗したりと波瀾万丈な数年間を過ごしました」
えらく生々しい波瀾万丈だな、と同時に思う3人だったが、やはり同時に口を閉ざす選択をする。問題はそこではなく、そのすぐ後のことだろうと、ほとんど確信していたからだ。
「そして2年前のある日、路頭に迷うわたくしに声をかけてくださったのが……実の母のように慕っていた方、本城有衣子様でした」
一瞬の間。短く呼吸を整え、藍珠が続ける。
「そこでわたくしは初めてプロジェクトMのことを知り、その計画が父の裏切りによって、多大な犠牲と共に頓挫したことを知りました」
世界のために一緒に戦ってくれ、と言われたことを思い出す。これは君の責務だ、とも。
「そうして組織の一員となってから約2年間、わたくしは訓練に明け暮れました。どこかに潜んでいる父、いえ『翡翠の光』の打倒を誓って。……
「……確認するわ、藍珠。輝星さんがその“訓練”とやらを終えて帰国したのは、いつ?」
「7月……今から半年前。教団が不穏分子に倒されたという報告を受け、急遽帰国したとのことでした」
「「……」」
廻は言わずもがな、これには一織と満太も表情を強張らせざるを得なかった。
これが嘘であることは明らかだ。一織が本城輝星――イエローガイストと初めて邂逅したのは去年の6月であり、それ以前から活動していたこともほぼ間違いないと見ていい。しかもスパイとして、だ。それは世界に仇なす教団に加担することを、良しとしていたのと同義だろう。
「わたくしは信じて疑っていなかった。……今の『琥珀の星』は、プロジェクトMがもたらした混沌から世界を守る、正義の集団だと」
しかし一織と廻は知っているし、ニアミスした満太だって理解している。教団を泳がせ、犠牲や被害を観察し、すべてを横取りするように動いていたあの亡霊が決して、“正義”ではないことに。
「そして今も信じたいのですわ。……会って、直接お兄様に問いたい。確かめたい。そのためにまず、アンチアンバーを潰さなくてはならない……!」
時刻は深夜。そろそろ元日が終わり、1月2日が始まる頃合いだ。EPビルの襲撃のニュースはひとまず――言ってしまえば不自然なほどに――落ち着き、新年を迎えたばかりの東京都に得も言われぬ薄ら寒さを届けるだけとなったものの、事情を知る者たちからしたら予断を許さない状況なのは間違いない。藍珠が電話越しに語ったように、遅くとも明け方までには動き出す必要がある。
「オレは賛成っすよ。ってか、本音を言うなら今すぐにでも出発したい。小黒さんを助けるために、オレはここまで来たんだから……」
「そうね。いくら悪運の強い鈴ちゃんでも、あんな場所でいつまで無事でいられるかなんてわからないわ。それに、わたしたちにも確かめなくてはならない真実がある」
「……だね」
すべての真実の根本にして、人間としての廻が眠る場所――霧島邸北館。そこに入るためには本城家の者しか知らない解除コードを入手する必要があるのだ。そのことを思い返した一織はこっそりと、横にいる廻の顔を盗み見る。
「……」
廻の“ヒト”の部分が潰えかかっているという話は、彼女の意向により内緒という方針になった。ただでさえ拗れに拗れている現状においてさらなる混乱を避けたいという理屈はわかるが、どうしても気になるというのが一織の本音だ。……このまま彼女に戦わせていいのだろうか。彼女は本当に無理をしていないのだろうか。そんな思いと共に、ちくちくとした気分が胸に溜まってくようだった。
「そうと決まれば、休んでいる暇はないわね」
彼女の凜とした声が響く。テーブルに置いてあった滅亡迅雷フォースライザーを拾い上げるその姿からして……彼女に戦わないという選択肢はないのだろう。
「(さて俺は……どうするべきか……。いや、んー……?)」
ちくちくとした不快なものを胸の奥へと押し込むように、一織は誰にも聞こえない小さな息を吐き出すのだった。
1月2日、早朝。
完全に占拠され、ひとまず落ち着きを取り戻したかに思われたEPビルは、再び混沌に沈もうとしていた。
「うっっわあああああーーーーん! ヘルッ! ヘルッミィィーーーー!!」
時代遅れのリスニング用CD-ROMで身につけたかのような無駄に流暢な英語を叫びながら、ひとりの少女が廊下を駆けてくる。スマッシュと共に警戒態勢に当たっていたアンチアンバー構成員数名は、その訳の分からない光景に思わず目を奪われた。――自分たちの“視点”を誘導されているとも知らずに。
『どけ』 ――《Evil Steam...!》
天井のダクトを突き破って現れるタコの怪人・イエローガイスト。誘導された兵士たちの視界を避けるようにして放たれた斬撃は防御も回避も許さず、その場にいた敵をまとめて戦闘不能へ追いやった。
「ワオ! 華麗なる友情コンボ!」
『戯れ言を』
鈴はもはやテンションがおかしくなっていることを自覚しつつも、震える膝を掴んで呼吸を整える。見上げれば、警告色の怪人も壁に背を預け肩で息をしているようだった。
「てか、大丈夫、なんですか……? 今にも倒れそうですけど……」
『気遣い痛み入る。……だが、透けて見えるぞ? 「ここで倒れられたら困る」という、貴女の本音が……』
「ふ、へ……、どうでしょうかね……」
ふたりが今いるのは地上19階。イエローガイストの目的地は最上階――アンチアンバーの首魁が待ち構えていると思われる本城有衣子のオフィスである。しかし、最終的には脱出を目指している鈴からしてみれば、地上から離れるのはなるべく避けたい筈。それでもこうして輝星に追随しているのは、この武装集団と怪人だらけのビルを単身で突破する術を持たないからだ。
「わ、私も言わせてもらいますけどっ……そんな状態で勝てるんですか? 私、流石にボス戦は出張りませんからね? 一切の気配を消しますからね?」
『……』
とは言え一方のイエローガイストもとうに手負いの身なのだ。元より基礎スペックの低いトランスチームシステムでこの大所帯を相手取るだけで困難を極めるというのに、失血と疲労と負傷でコンディションも最悪ときた。鈴との友情コンボ――もといびっくりどっきり奇襲作戦があったからこそ、ここまで何とか登ってこられたと言っても過言ではない。この奇妙な共闘には限界がある……と、聡い彼らは薄々気づいていた。
『……勘違いをするな、小黒鈴。貴女の助力に頼るつもりはない。我々は敵同士だ、これからも、永遠に。そうでしょう?』
それでいながら、本城輝星はそう言い放つ。
『“秘策”なら……ある……。あの部屋に辿り着けさえ、すれば……!』
ふらふらと首を揺らしながら、イエローガイストは歩き出した。鈴も歩き出そうとし……ふと足を止める。
「(この人たち……)」
今し方イエローガイストが倒した敵たちの方を振り返る。スマッシュとやらは元々人間が――それもどうやら『琥珀の星』構成員が変身させられていたのだろうが、倒れ伏す彼らは例外なく元の姿に戻っていた。見たところ誰も死んでおらず、気を失わされただけのように見える。これまでエンカウントしてきたすべての敵に対して、イエローガイストはこのように処理していた。
「(本城さん、容赦のない人だと思っていたけれど……)」
殺していればよかった、などと思ったわけでは断じてないが、鈴は違和感を覚えていた。特に下水道区画で再起したときの輝星は、邪魔者はすべて潰すとでも言わんばかりの気迫を見せていたように思えるのだが……。
「(それに『支配者になる』って、一体……)」
輝星の再起を煽ったのは他でもない鈴自身。なぜならそうしてもらわないと生きて脱出する目処が立たないから。しかし、そんな鈴の前で『支配者になる』と豪語した輝星……一見子供じみた空想にも思えるその言葉に、底知れない何かを感じたのも事実だ。
そして今、彼は一切の殺生を行わず、電撃や氷結攻撃を封じて立ち回っている。属性攻撃は消耗が大きいから……? 構成員たちを生かして『琥珀の星』を改めて率いるため……? などと色々考えたが、結局は鈴の想像の範疇を飛び出さないまま堂々巡りをするだけだった。
『時に小黒鈴、貴女も気づいているのでしょう? いま、このビル内を混乱させているのが、私たちだけではないことに……』
「……!」
その言葉に、鈴は我に返った。鎌首をもたげた疑問を思考の隅へと追いやると、改めて現状に意識を向ける。……そう、彼女も当然気づいている。想定よりずっと、敵とのエンカウントが少ないことに。わざわざ開けたままにしておいた下水道への扉から出てきたであろう“ヤツ”の他に、このビルをかき乱している勢力がいることに。
「……“あの人”たちもきっと、私を探してくれている。アッ、私の自意識過剰じゃなければ、ですけど。だから本城さんも……なるべく派手に暴れてくださいね?」
亡霊は応えない。ただ短く鼻を鳴らし、廊下を駆け出すのみであった。
* *
『くっ、次から次へと! キリがありませんわね!』
ところ変わって地上12階。上に3階層ぶんの吹き抜けが存在するエントランスフロア――互いが思うよりも近い場所にて、“彼ら”も戦っていた。
ランブルルージュは2丁のトランスチームガンを踊らせ、雪崩のように押し寄せる敵の群れに弾幕を叩き込んでいく。敵の種類は3つ――アンチアンバーが変身したスマッシュ・『琥珀の星』構成員が無理矢理変身させられた色違いのスマッシュ・制御を奪われたガーディアンである。当然ながら、種類も多ければ数も多い。潜伏と奇襲を繰り返している鈴・輝星サイドに比べて、より多くの敵を引きつけるのは自然な流れではあるのだが。
『2丁拳銃の手数でもっ、足りないとなると……!』
『そんなら、3丁目はいかがっすかぁ!?』
ルージュの目の前に勢いよく降り立つのは青と白のアーマー。辮髪をなびかせながら着地した仮面ライダーバルバトスが、その衝撃で敵の最前列を薙ぎ倒した。
『まったくお下品ですこと。ですがまあ……それも一興!』
『っしゃおらァ!!』
《 BITING―― / Steam―― / BLAST! 》
閃く3つの銃口。発射された光の奔流の上を巨大な背ビレ状のエネルギーが泳ぎ、押し寄せる影を瞬く間に吹き飛ばしていく。スマッシュの表皮を霧散させ、ガーディアンの装甲を破壊し、並び立つルージュとバルバトスの視界は一気に開けていった。……しかし、それでも足りない。
『増援……!』
『まじかよ……っ』
吹き抜けの向こう、上階の手すりを乗り越え、さらなるスマッシュの群れがふたりの眼前に降り注ぐ。大技を放った直後ゆえに、彼らの反応は一歩遅れるが――
《 「煉」 「獄」 「輪」 「廻」 》
『――詰めが甘いわね、ふたりとも』
《 フ ロ ー テ ィ ン グ
―― デ ィ ス ト ピ ア ! 》
純白の軌跡が一閃、開けた吹き抜けを斜めに横切る。廻の鋭い蹴撃に貫かれ、飛び降り途中のスマッシュたちは人間として床に倒れることとなった。
『ムッッカつきますわぁ……』
『ってかメグさん、なんか機嫌悪い?』
跳び蹴りの勢いのまま後続へ突っ込みそのまま蹂躙を始めた廻。その様子を見てバルバトスが呟くと、追いついてきたラムダが『まあ、しゃあないよね』といつも通りのトーンで返答した。
『せっかく自走機能を追加しためぐりん号――』
『 マ シ ン リ ボ ル ブ リ ン カ ー ! 』 ――《フローティングディストピア!》
『…………マシンリボルブリンカー、地下通路でお留守番になっちゃったからね』
『うーん……』
つい「まあ冷静に考えなくてもビル内でバイクは無理っすよね」と言いかけた満太だったが寸でのところで言葉を呑み込んだ。下手なことを言ったらなんちゃらディストピアがこっちに飛んで来かねない。
肩をすくめるそんなふたりのサメをよそに、ルージュが大きく跳び上がる。彼女は器用に壁を蹴り、乱戦する廻のさらに上――14階のバルコニーへと一息で登っていった。
『あれっ? 七塚さん?』
『お陰様で良い具合に片付きましたわ。あとはお任せ致します』
『はあ!? なに言ってんすかナナさん!?』
『わたくしの目的はあくまで輝星お兄様の救出・合流。いつから仲良しこよしの一蓮托生になったとお思いで?』
先ほどまでの大乱闘ならともかく、ちょうど現在は戦場が一瞬だけとは言え落ち着いている状況……抜け駆けするには最適というわけだ。ルージュは手に持った拳銃をくるくると回し、呆然と見上げるサメ2匹へと大げさにお辞儀をする。
『では皆さん、ごきげんよう』
そうして黄土色のチョウチンアンコウの怪人は、そそくさと廊下の向こうへ去っていった。
『やりやがったよ……流石は敵幹部、やり方が小賢しい』
『そっか……その手があったのか……』
『ん? マッキー?』
傍らの後輩を二度見するラムダ。嫌な予感しかしない。
『イオさん、オレも行ってきます! 小黒さんを救いに! あとは任せました!』
返事も待たず、普段の倍くらいの素早さで走り去るバルバトス。エントランス中央には立ち尽くすサメ1匹と、“じゃあ第2ウェーブ、到来で!”と見計らったように彼を取り囲む有象無象だけが残される。
『あれ? 俺たちってもしかして最高のチーム? ねえ霧島さ――』
「ごめんなさい必殺技使いすぎたわ。少し休憩をいただくわね」
『うーん絆! 団結力! 互いを支え合う心の強さ!』
そうしてラムダは思いつく限りの拙い希望を羅列しながら、スマッシュの群れに今にも呑み込まれそうな廻めがけて走り出すのだった。
* *
鈴は大きな扉の影に身を潜め、廊下からその部屋――本城有衣子のオフィスの中を覗っていた。
「(あれがアンチアンバーのボス……の、変身した姿、だよね……?)」
広々としたオフィスの中ほどで睨み合うのは
そしてもう片方は……言うなれば“歯車の怪人”だ。紫と白の、大小様々な歯車が組み合わさった鎧を身に纏う怪人。手に持った大型拳銃は何処となくトランスチームガンに似たシルエットだが、深紅と黄金色で彩られたその色合いは何倍も優美で、威圧的だ。
アンチアンバー首魁――オリバー・スミス。既に変身して待ち構えていたその姿は、素人の鈴から見ても明らかに格上の風格を宿していた。その空気が凍るようなプレッシャーの強さは、ともすればラムダや廻……鈴のよく知る仮面ライダーよりも上かもしれない。
『昔から思っていたのですよ、コウセイホンジョウ? あなたがたホンジョウファミリーは、実に浅い。何から何まで、考えが浅いと』
歯車の怪人は、片言交じりの日本語でそう嘲笑った。面と向かって侮辱されたイエローガイストは何も応えず、無言で彼を睨み返す。
『なぜ、あの時空で最も低スペックなTrance-Steam Systemにそこまで拘り、使い続けたのですか? ソレは唯一の、成長しない変身システムだ。せっかく引き当てた「星狩りの血族のドライバー」も、使いこなせなくて当然というものしょう』
人差し指をゆらゆらと泳がせ、イエローガイストの持つトランスチームガンを指し示すオリバー・スミス。それに対し、警告色の怪人はようやく口を開く。あくまで敵の言葉を、無視するという形で。
『なぜ、貴様らアンチアンバーがその変身装置を持っている……? あのスマッシュの技術だって……我々「琥珀の星」しか有していなかったはず……。藤堂に奪われた銀の鍵も、我々がすべて回収した……』
『アッハハハハハハハ!! だから浅いというのだ! コウセイホンジョウ!!』
響く高笑い。廊下に隠れている鈴も顔を引きつらせるような、不快な笑い声だった。
『そもそも「銀の鍵」を開発したのはワタシたちだ! ノボルキリシマがくたばってから2年間、ワタシたちが何もせずただ踊っていただけだとでも!? ユイコホンジョウの言葉に従うフリをして、ずっと待っていたのですよ! 浅い浅ぁぁいアナタ方を、まとめて捻り潰すChanceをねェ!!』
『……』
『コウセイホンジョウ、全部見ていましたよ。“そこ”にいる可愛らしいお友達と一緒に、「琥珀の星」の部下たちを丁寧に丁寧に、人間に戻してあげながらここまで来る様子をね? なんと優しくて……やっぱり浅い。甘いとも、言うのですかねぇ』
赤い拳銃がゆっくりと構えられ、その銃口はイエローガイストに向けられる。鈴は静かに生唾を飲み込んだ。やはり尋常ではないプレッシャー……話を聞く限りトランスチームシステムの上位互換だというその装置の一撃は、今の輝星ではまず耐えられないと直感で理解した。
『…………「エビル・スチーム」』
『……
『対象に直接ガスを撃ち込み、即席のスマッシュに強制変身させる技。出力の低さを頭数で補うため、トランスチームシステムに搭載されたスチームブレード用の拡張機構だ』
背後に気配を感じ、鈴は思わず振り返る。
『貴様は3つ勘違いをしている、オリバー・スミス。我々がトランスチームシステムに拘ったのは妥協でも、浅慮ゆえでもない。“支配者”たる存在に成る為、この上なく最適な一歩だったからだ』
咄嗟にうずくまった鈴を通り過ぎ、部屋へ雪崩れ込むスマッシュの群れ。それらはこれまでに会敵したものとも違う、黄色い体躯の怪人たちだった。予想外の光景に狼狽える歯車の怪人は、黄色いスマッシュに一瞬で取り囲まれてしまった。
『な、なんだ!? コイツら、どこから――』
『ふたつ目の勘違いは、貴様が見た「星狩りの血族のドライバー」は未完成ということだ。完成――いや、厳密には完成とはほど遠いのだが、まあいい。――ひとまずの完成に至るためのピースは、ここにある』
イエローガイストは拳銃から薄桃色のボトル――オクトパスフルボトルを引き抜き、懐から取り出した“漆黒のボトル”を装填する。
《■・■・■・■ - Bottle!》
ノイズ混じりの起動音は、トランスチームガンに“漆黒のボトル”との互換性があることと、互換性こそあれ過剰出力でもあることを示していたが……この場でそれを理解しているのは輝星、ただひとり。
『そして3つ目の勘違いは――“使いこなせない”とは別に“使えない”わけではない、と言うことだ』
《Steam Break! ――
『……いや失礼。勘違いではなく、日本語の勉強不足だったか』
不規則に鳴動するトランスチームガンから放たれるのは、虹色に輝く極太のレーザービーム。それは黄色いスマッシュもろとも歯車の怪人を呑み込み、彼らの背後にあったガラス張りの壁を貫通。早朝の白い空をも貫き、遥か彼方の天空まで伸びていった。
オリバー・スミス……プロジェクトMに参画していた、本城家に次ぐ勢力の頭。霧島昇亡き後に残党をまとめ上げ、本城有衣子を謀殺し、この年明けの混乱を招いたという意味におけるすべての元凶――。
彼は今、断末魔を上げることもなく消滅した。輝星が密かに変身させ直した『琥珀の星』構成員たちと共に、この世から完全に消え去ったのである。
「な、なに……今の……」
あまりにも一瞬で、あまりにもあっけない光景を目の当たりにした鈴は、身を潜めているのも忘れてそう声に出す。
どう考えても輝星の不利だった。相手は明らかに格上で、輝星自身は戦闘不能寸前。だが現在、壁の向こうの空をバックに立つのはかの警告色の怪人の方。突拍子もない展開には見慣れてきたと自負する鈴だが、その光景をすぐに理解することはできないでいた。
しかしそれも束の間、
『うっ、ぐ……!』
「あ……!」
尚も白い煙を漏らしていたトランスチームガンが、粉々に砕け散る。
遂に変身解除した輝星は、左腕を押さえながらその場に膝をついてしまう。
「本城さんっ」
今度は駆け寄る選択をする鈴。今の彼女は自身の目的や身の安全よりも、何が起きたのかを把握する気持ちが勝っている。
「な、なにが起きたんですか……! ちょ、本城さん、しっかり!?」
「小黒鈴……」
先ほどの凄まじい一撃には相応の反動があったのか、彼は見た目の負傷以上に疲弊しているように見える。だが輝星は震える腕をゆっくりと挙げて、部屋の出口を指さすのだった。
「……行きなさい」
「い、いやいや! 何言って――」
「私たちは敵同士、でしょう? ……今だから言おう、貴女はとっくに“始末する必要のある”存在になっていたのだ。私に……私に芽生えた
輝星は必要のないことはしない。それが本城家の矜持だから。しかし、
「しかし、私の“意志”を見つけ出した貴女。母の期待に応えるだけだった私が、己の“意志”で戦う道を示した貴女に……敬意を表そう。今だけは、“必要ないことにしよう”」
今だけ……つまり、今を過ぎたらその限りではない、ということだろう。
「行きなさい……オリバー・スミスは斃れ、アンチアンバーはじきに鎮静化する。貴女を探している連中に、合流するチャンスだ」
「でも……」
「私もすぐに行こう。……だが、次に会ったときは、殺し合うときだ。小黒鈴」
「……っ!」
輝星の視線に押されるように、もしくはその鋭い視線から逃げるように、鈴は駆け出した。扉を抜け、廊下を駆け、決して振り返らないようにして。
「(本気、だった……。本城さんは、私が思っていた以上に本気だった……!)」
息を切らしながら、鈴は奥歯を噛みしめた。
スマッシュにされた『琥珀の星』構成員たちを殺さなかったのは、再利用するため。
オリバー・スミスを相手にするときの“秘策”とは、突飛な奇策でも静かな心理戦でもない、圧倒的な暴力による完封。
……彼は本気で、“支配者”になろうとしている。鈴は否応なしにそう確信する。
「(はやく……一織さんと廻さんを見つけないと……!)」
下水道での、輝星との邂逅。
鈴は言葉巧みに彼の心を折り、煽り、この混沌を生き延びるために誘導したつもりだった。
「(私は……!)」
だがもしかしたら自分は、決して触れるべきでなかった“意志”を、呼び覚ましてしまったのかもしれない――。
そんな予覚を振り払うようにして、鈴は足を動かし続けた。
「……最後の最後で、貴女を出し抜くことができたわけか。小黒鈴……」
静まりかえったオフィス内で、真っ二つに割れたテーブルに寄りかかりながら、輝星はそう独りごちた。
テーブルの足元に転がる大きなアタッシュケース。半開きのそれから顔を覗かせるのは、赤と金の装飾を纏った『星狩りの血族のドライバー』……。これの存在を見咎められたとなったら、あの少女は何をしでかすかわからなかった。そして悔しいことに、一度動き出した彼女がしでかす何かに、対処しきる自信がなかった。
だからなるべく派手に立ち回る必要があった。できる限り彼女の思考を混乱させ、彼女の“視点”をこのアタッシュケースから逸らす必要が。他人の“視点”を誘導することがどれほど大変なことだったのかを実感し、輝星は弱々しく自嘲する。
「こうまでして……一度出し抜くのが精一杯とは……。つくづく恐ろしい人だよ、貴女は……。そして私は、やはり“使いこなせない”……」
トランスチームガンの破片の中から、無傷の“漆黒のボトル”を拾い上げる。金色の装飾で歯車の紋章が刻まれたそれは、ただ静かに輝星を見つめ返していた。
星を渡る邪神・ハスター――それと最も近い力であり、ともすれば旧支配者と同等の力を有する究極のドライバー。母である本城有衣子はこのドライバーとハスターの力を融合し、邪神の力を完全に再現することを望んでいた。だがオリバー・スミスの言っていたことも的を射ていて、トランスチームシステムという低出力の装置しか使っていなかった輝星にその力は重すぎるのである。過去の変身実験はすべて失敗。そしてつい今し方、無茶な使い方の反動でトランスチームガンを失った。
だが――
「ふっくく……ははははハハハハハハハハハハハッ」
輝星は笑いが止まらなかった。下品極まりない、口を大きく開けた笑い方を思わず続けてしまうほどに、面白くて面白くてたまらなかった。
母の決断に従い、母の期待に応えるだけの人生。
本城家の子息として生まれたときから役割が定められ、そのマニュアル通りに動くだけで良かった人生。
自身の唯一の望みであった『廻を守る』も、悉く空回るだけだった人生。
そんな自分の生き方を振り払い、初めて自分の“意志”で戦いに赴き、初めて自分の“意志”でヒトを殺めた。相当な勇気を振り絞ったことを、情けなくも自覚している。相当の恐怖があって、今も膝が震えているのを自覚している。それと同時に――、
「自分の“意志”で何かを成し遂げることが、こんなに……!」
こんなに心地良いものだとは知らなかった。
輝星はそれが心から、愉快でたまらなかった。
『お兄様……? お兄様! ご無事ですか!?』
前方からかけられる声。ランブルルージュがその変身を解除し、見慣れないメイド姿の妹分が駆け寄ってくる。
「そんな……! しっかりしてくださいまし、お兄様!」
「藍珠、か」
目の前の妹分は悲痛そうな表情をしていた。付き合いの長い輝星から見れば、それがこちらの負傷を労るがゆえのみでないことにも察しが付いた。
「申し訳ありません、お兄様……。どうしても、どうしても先にお答えください……! お兄様は、本城家の皆様はっ! 己が目的のために誰かを殺めるようなことはしない、そうですわよね!?」
「……」
「父は! プロジェクトMは悪だった! たとえ三輪様を蘇らせるためでも、誰かを犠牲にして、踏み躙って成し遂げるのは間違っている! そんな教団のような連中と戦うために、『琥珀の星』は生まれ変わったのだと! わたくしはそう教わりました! 決して誰も……敵でさえも犠牲にせず、世界に秩序をもたらすためだって!」
藍珠の声がどこか遠くに感じる。輝星は何も答えないまま、壁に空いた大穴の方を見る。ついさっき、文字通り塵となったオリバー・スミス。彼を拘束するためにけしかけた”元部下”たちも、もう何体いたかなんて憶えていない。
「お兄様! 何とか言ってくださいまし!!」
「藍珠……」
可愛い妹分は、いつもこうだった。
一途に、健気に、あるいは盲目的に、自分を慕ってくれる。
自分に期待を向けるだけの母と違って、もしかしたら心の拠り所でもあったのかもしれない。輝星はそんな藍珠が可愛かった。廻とは違う意味で、本当の家族のようだった。だが――、
「それは“期待”か、藍珠……?」
「え……?」
伸ばす右腕。それは可愛い妹分を抱き寄せる為ではなく、彼女の持つ大型拳銃を奪うため。
「おにい――」
煩わしい“期待”をまたひとつ振り払い、己の“意志”をまたひとつ、先へ進めるため。
* *
響き渡る、翼の化け物の断末魔。
ラムダの放った数発の拳がビヤーキーの首を捻じ切り、その邪神の眷属はようやく絶命へと至る。
『……俺、今年に入ってから今のところ毎日コイツと戦ってるな。新春ログインボーナスかよ、まったくもう……』
アンチアンバー勢力との乱戦が一区切り付く頃、階下から姿を見せたのがこのビヤーキーだった。この個体は半日ほど前に鈴に解放され、輝星らと共に封鎖区画に落とされた後に彼らの誘導で地上に舞い戻ってくるという数奇な運命を辿っていたのだが、当の一織はそんなこと知りようもない。
「助かったわ、目白くん」
「っと……。狭いビル内で良かったよ。って、霧島さんその傷……」
ひとまず変身を解いた一織は、廻の首元にできた裂傷を見て言葉を失った。否、傷そのものではなく、彼女の反応に、である。
「……? 何か言ったかしら?」
「いや……」
――『気づいてなかったの?』という言葉を、一織は何とか抑え込む。
戦闘中、廻はよく叫ぶし、ダメージを受ければ呻く。『たあ』という特徴的なかけ声も、それなりに聞き慣れている。……だが、これらは“ヒューマギア”にとって、本来いらないものである筈だ。
つまり廻のかけ声はすべて、彼女の“ヒト”の部分が恐らく無意識的に出している音声に他ならない。だが今、彼女は自身の負傷に気づいていない様子。これは何ら不自然なことではない……あくまで“機械”として、なら。
「なんでもない。調子はどう? 悪くない?」
「見くびられては困るわ。マシンリボルブリンカーを活躍させられなかったことなんて、断じて気にしていないから」
「はは……」
そう言えば今日、先ほどまでの戦闘の中で……自分は廻のかけ声を聞いただろうか?
一織はゴクリと喉を鳴らした。聞き逃した可能性だってある、意識してなかっただけ、今になって考えすぎているだけ。そう思おうとするも、口の中は乾いていく一方だった。
カラン、と。
そんな一織の不安をバッサリ遮るように放り込まれた、短い音。
いや、実際に放り込まれていたのだ。――2丁のトランスチームガンが、血まみれの状態で、一織たちの前に。
「――変わろうとする意志」
廊下の奥の薄闇。そこから投げかけられるのは小さくも、確かな芯を持った声。
廻にも、一織にも、聞き覚えのある声だ。
「それを持つ者の称号こそ、“仮面ライダー”だと、あなた方の小さな友人はそう言った……」
ふらふらと、ボロボロのまま、薄闇の向こうから姿を見せる男の姿。
「その意志がない限り、私は仮面ライダーに勝てず、仮面ライダーに“なれない”と……」
彼が右手で引き摺るのは、同じく血まみれとなったひとりのメイド。
そして彼の腰に巻かれているのは――回転レバーの付いた、赤と黄金に輝くドライバー。
「――
動かなくなった妹分を投げ捨て、その両手を掲げる。
“漆黒のボトル”は使わない。押しつけられた大きすぎる期待など、クソ食らえと思う。
ゆえにいま握りしめるのは、カチカチと振るうのは……使い慣れたボトルと、妹分を犠牲にして奪い取ったボトル。
《
――《 E・V・O・L - Match ! 》
ドライバー左手のソケットに装填される、2色のボトル。
何故ソレらが噛み合うのか、何故ソレらが互いの力を増幅し合うのかは知らない。『銀の鍵』の向こう側で起こった出来事など、輝星には知りようもない。しかし敢えて述べるのなら、その組み合わせを生み出したのはとある親子の、純粋な絆の力なのだ。――母親の期待に決別したばかりの輝星にとって、これほどの皮肉もないだろう。
「う、げぇっ」
レバーを少し回しただけで、全身に激痛が走る。ドライバーを通して、フルボトル内の成分が体内へ注入され、自分の身体を犯していくのがわかった。ドライバーを掴む自分の手には血管が浮かび上がり、その血管が2色に染まっていくのがわかった。
「なんだ……」
「輝星、さん……」
絶句する一織と廻の前で。輝星はレバーを回す。回し続ける。ドライバーから2色のチューブが生成され、無茶苦茶な軌道で彼の周りを取り囲んでいく。この2日間、いやこの十数年間の混沌を、その身ですべて受け止めるかのように。
「はは……ははははハハハハハハハハハハハッ! ハハハッハハハハハハ!!!!」
だが耐えて見せよう。
他の誰でもない、自分の意志でこの先へ進むと、自分自身に誓ったのだから。
《 ......Are You Ready?》
まるですべてを見てきたかのように。まるで星々の向こう側から問いかけるように。
その変身装置――『エボルドライバー』が最後の起動音を鳴らす。
愚問が過ぎる。答えるまでもない。
だがいいだろう。答えてやる、叫んでやるとも。己の“意志”を……!
「 変 身 …… ! 」
問答は終わる。ドライバーは大きく震え、ふたつのボトルは禍々しく輝く。
《 OCTOPUS – LIGHT ! 》
ぐちゃぐちゃに絡み合ったチューブが収束し、輝星の全身に巻き付いていく。
やがてそれらは弾け飛び、姿を見せたのは一転して優美な、左右対称の全身装甲。
それこそは脆弱な人間のまま、星狩りへ届こうとした者の末路。
狂気を受け入れ、それでも“意志”を貫く覚悟を決めた者のみが辿り着く仮面ライダー……。
『私は仮面ライダー――“仮面ライダーガイスト”……!』
黄色いバイザーの向こう側から、輝星は“敵”を見据える。
もう痛みも、疲労も感じない。
『今度こそお連れ致しましょう、お嬢様。もう二度と傷つく必要のない……この私が支配する、新たな世界へと!』
読了ありがとうございました。
変身だけしてまた次回! な展開が狂おしいほど好きな作者です。
今回のお話を書いていて「ああ、自分……内海っていうキャラのことめっちゃ好きだったんだな……」と実感しました。輝星に棒状の物体を膝でへし折らせようかちょっと悩んだのは内緒。
と言うわけで、4人目の仮面ライダーとの戦闘はまた次回。
「5-7. インセインな世界」
ラムダ&廻 vs 仮面ライダーガイスト
因縁の戦いが幕を開ける……!