「はあっ……はあっ……!」
ホテル風の装飾が点在する閑散とした廊下を、鈴は息を切らして駆け抜けていた。
「(はやく、はやく……一織さんたちに合流しないと!)」
オリバー・スミスを文字通り瞬殺し、力尽きるように変身解除した本城輝星。そんな彼に促されるまま、逃げ出すように部屋を飛び出したのがつい数分前のこと。既に戦う力を失った筈の輝星に、形容しがたい空恐ろしさを覚えたのは気のせいだろうか? と、鈴は詮無きことを思案している。
彼は元部下たちを助けるフリをしてスマッシュへと変貌させ、オリバー・スミスもろとも消し去った。道具を道具のまま使い捨てるかのように。……あの執事は間違いなく敵であり、『翡翠の光』として活動してきた頃からもう何人もの人間を犠牲にしてきている。それは鈴も理解していた。
「(でも……!)」
上手く言葉にできないが、それでもどこか、かの人物に“高潔さ”のようなものを感じていたのも事実だ。どこかに一線を引いていて、絶対にそれだけは越えようとしない“高潔さ”……それが例え母親に引かれた一線だったとしても、だ。
そこにツッコミを入れ、
輝星は自分にそっくりだと、改めて思う。親に従う姿、自分も含めて方々を欺く姿、そして……吹っ切れたときの壊れぶりも。
「(あれは半年前の私、なんだ……!)」
もちろん鈴は今も昔もただの女子高生で、吹っ切れてどれだけ壊れたところで『なかよし水族館作戦』を催したり半裸で波妃町を駆け巡ったりするので精一杯だ。笑ってしまうくらいの滑稽さすらあるだろう。だが輝星のような、既に“力”と“知恵”を有している人物が吹っ切れるとなると――その先にあるのは何だ?
トランスチームガンを失い、へたり込む彼の目にかつての“高潔さ”はあっただろうか? 『支配者になる』などとのたまった彼の姿に、戯れ言以上のナニカが果たしてあったのだろうか? ……あの部屋から即座に撤退した判断は、果たして正しかったのだろうか?
「はっ……! やっばい……。もしかしたら私、戦犯かもね……!」
だが悔いても仕方のないこと。なればこそ今からできること――すなわち一織たちに合流しての生存報告と情報共有、これに死力を尽くすのみ。
そう決意を新たにした鈴だったが、彼女の行く手を無情にも、制御を失った機械兵士の影が阻む。
「んむぅーーっ!?」
慌てて立ち止まろうとするも、つんのめって派手に転ぶ鈴。2周ほど回っていた体力の限界が、いよいよレッドカードを叩き付けようとしている。
「(まっ、ずい……!)」
黄色くなっている視界の中で鈴は必死に策を巡らそうとするが、すぐに無意味だと気づいた。運動しっぱなしで上がりきった体温が、さあっと引いていくような感覚がした。
彼女が今日まで生き延びられたのは、相手が輝星――人間だったからだ。己の中にある“視点誘導”の才能はここ数日で間違いなく開花し、鈴もそれをなんとなく自覚しつつある。だが……それが通用するのはあくまで人間、贔屓目に見積もっても知的生命体までだろう。制御を失い、ただ目の前の動くものを抹殺するだけになった鉄の塊など、どう誘導できようか。
「(あ、あれ? 私、詰んだ……?)」
当の鈴自身がなんのアイデアも思いつかないこと……どころか早々に思考が思案を放棄した現状が何よりの証拠だろう。やはり自分は無力な女子高生。吹っ切れて壊れたところでたかが知れている、ただの一般人。彼女はその意味において、波妃町の埠頭で初めて教徒に襲われたあの日から変わっていないのだ。
『らあっ!!』
その刹那のこと。
ガーディアンが手にした得物を鈴に向けて振り下ろそうとした、その直前のこと。
「……あ」
突如として機械兵士たちの前に割り込んできた、青い影。大振りながらも鋭い回し蹴りがガーディアンをまとめて弾き返し、瞬いた火花が逆光となって、その輪郭を映し出す。
「(ああ……私は、また……)」
おぼろげな裸眼の先に映る影。例えよく見えなくても、そのシルエットが何の海洋生物を模しているのかはすぐにわかった。
――だって何度も助けられているから。――埠頭でも、パーティでも、自宅の前でも、あの人はいつだって自分を助けてくれたから。
それは私の憧れ。非日常を教えてくれた、先輩にして友人。いや、なんというかもう、ほぼスパダリ。なんつってね。
ふらりと力の抜けた身体を、ひやりとした腕が支えてくれる。その力強さを、私はよく知っている。その鋭く光る両目を、そのスタイリッシュな体躯を、そのなびく辮髪を、私は知っているんだ。待っていたんだ。
…………ん? 辮髪?
『――大丈夫かい?』
ぱちくりと見開かれる鈴の両目。なんかいい感じに潤んでいた瞳が急速に乾いていき、おぼろげだった視界が幾分か晴れる。こちらを見下ろす知らない複眼と、目が合った。
『もう誰も、君に近づけさせやしないぜ。“仮面ライダーバルバトス”――ここに推参』
「 い や マ ジ で 誰 ! ? 」
今年一番の大声が出た。
新年2日目にして、鈴はそう確信するのだった。
「仮面ライダー……ガイスト……」
一織が反復したのは目の前に立つ異形の名。いや、異形と呼称するには些か不釣り合いなのかもしれない。それほどまでに、その姿には均衡があるように見えた。思わずひれ伏してしまいそうになる圧倒的な均衡……有り体に言うなら“美しさ”だ。
イエローガイストの黒と黄色、ランブルルージュの黄土色。それらをすべて差し色へと追いやり、全身に纏われるは石灰色ベースの甲冑。触手を広げたコウモリダコのようなバイザーの奥には小ぶりながらも威圧的な複眼が光り、目の前の敵を見下ろすかのよう。肩に並んだ排気パイプからはマントが垂れ、豪奢なローブのように全体の輪郭を引き締めている。
仮面ライダーガイスト。形態名は恐らく、“オクトパスライト”。
血まみれで倒れる藍珠の前に立つ姿――その狂気的で優美な佇まいは、まるで仮面舞踏会に紛れる一体の亡霊のようだった。
「……目白くん」
廻の声が聞こえた。しかし横を、傍らの彼女の方を見られないでいた。目の前の亡霊から目を離してはいけないと、ほとんど本能で理解していたからだ。
「わかった……」
ゆえに視線はそのまま、言葉だけを返す。彼女の言いたいことはすぐにわかった。わかった自分を褒めてあげたいと思った。ただでさえ難しい状態の彼女に“危険な力”など使って欲しくないと言うのが本音だが、
《
《
現状、このビルは『アンチアンバー』に占拠されているという話だった。後手に回ってしまった『琥珀の星』、ひいては本城輝星は言わば“ピンチ”の中にあり、彼らだけが知っている真実を守るために藍珠と共同戦線を張るという経緯が、確かにあった。
だから何故、彼がここにいるのかは知らない。何故彼が“仮面ライダー”になり、こうして今までにないほどの殺意を向けてきているのかも知らない。鈴がここにいない理由も、藍珠が血にまみれて動かなくなっている理由も、てんで想像もつかない。
だが確かなことは、ただひとつ。
「 変 身 ! 」
「 ア マ ゾ ン っ ! 」
やらなきゃやられる。それだけだった。それだけの説得力が、石灰色の仮面ライダーから放たれていたのだ。
《 フ ォ ー ス ラ イ ズ ! 》 / 《
《D・D・Dive! To the bottom...! 》
膨れ上がった泥溜りを爆炎が吹き飛ばす。6本のバッカルケーブルが翼を広げ、黄色い吊り目が陽炎を切り裂く。
深淵の眷属――仮面ライダー廻・ディープ・ワン。並び立つは仮面ライダーアマゾンラムダ。赤と青のふたりの仮面ライダーを前に、石灰色の騎士は尚も微動だにせず、ただ前を見据えるのみだった。
『行くぞ』
『ええ……!』
同時に床を蹴ったラムダと廻。ラムダは一直線に、廻は不規則な軌道で、それぞれ対象へと躍りかかっていく。手加減はない、容赦もない、しかしながらそれでいて……打算がないわけでもない。
『ハアアアアァァァッ!』
まず肉薄したのはラムダの方だ。迂回するような軌道をとった廻に対し、ほんの数瞬だけ先に彼――仮面ライダーガイストを射程内へ捉える。ラムダは勢いを殺すことなく姿勢を落とし、ブレードを携えた右腕を振りかぶった。その挙動を確認した廻はケーブルを伸ばして再加速、同時にガイストの行動予測を演算し始める。絶妙な時間差による波状攻撃……圧倒的な回避技能を持つ本城輝星に対抗するための、彼らの無言のコンビネーションだ。
しかし、
『あ?』
『な……』
ラムダの肘鉄と廻の踵落とし。完璧なタイミングで繰り出された彼らの一手はそのまま、
『――思えば、逃げてばかりの人生だった』
小さく溢される輝星の言葉。それは一織にも廻にも向けられたものではない。どこか遠くの……星々の向こう側に投げかけているようだった。
『己の本音も、欲望も、疑問も。避けて避けて避け続け、使命や矜持などという楽な道ばかりを辿ってきた。己の意志で前に踏み出す恐怖から、私は逃げてばかりだった』
仮面の向こうの複眼は静かに、赤と青の腕と足の隙間からただ前を見つめていた。そんな複眼に光が灯る。
『……っ!? ラムダ、下がって――!!』
廻の叫びをかき消すように放たれる轟音。目の前が真っ白に染まり、右腕に激痛が走ったかと思えば、ラムダはエントランスの壁に叩き付けられていた。
『な、んっ……!?』
距離にしてざっと50メートル以上。広々としたエントランスの反対側まで吹き飛ばされたと自覚するのに数秒を要した。こうして意識がある以上、どうやら防御には成功したらしいが……右腕のブレードは真っ二つに切断されていた。
『……っ』
幾度となく死線をくぐり抜けてきた腕の刃。シルエットとしてはヒレのようだが、実際その役割は牙に近い。身を守り、敵を打ち倒す捕食者の武装……これまで破損はおろか、欠けたことすらなかったそのブレード。無残に断ち切られたその有様は、一織にとって初めての戦慄を与えてきた。
『ラムダ、大丈夫?』
横では廻が、ケーブルを伸ばして体勢を立て直すところだった。だが彼女も無傷ではない。それどころか、耐久に関してはいくらディープ・ワンと言えどラムダより低水準だ。
『霧島さ――』
『問題ないわ。集中なさい』
あくまで落ち着いた声色で返答する廻。言うが早いが泣き別れになった足先をバッカルケーブルが運んできて、滅亡迅雷フォースライザーによって強制的に開かされたルルイエゼツメライズキーは白いレーザーを照射、瞬く間に彼女の左脚を溶接していく。そうして淡々と、“機械的”に……彼女は自身の負傷をカバーした。
『おい……!』
『あなたの言いたいことはわかるわよ……
暗い青色に光る廻の単眼。その奥にあるであろう“彼女らしい”表情が一織には見えた。そして見えてしまった以上、ひとまず何も言うまいと思った。
『ああもう……わかったよ!』
立ち上がるラムダと廻。50メートル先の床には、どこからか取り出したスチームブレードを片手に持ち、余裕の佇まいでこちらを見下ろす仮面ライダーガイストの姿。その無表情な仮面の奥には、複眼が相も変わらず妖しい光を発している。
『聞いて。……ルルイエゼツメライズキーのハスター特攻は、彼には乗らなかった』
『……!』
“深きもの”の力を宿した一撃は、あの仮面を割ることができなかった。騎士然とした石灰色の甲冑は、かの旧支配者の加護を受けていないことになる。つまり彼の新たな姿は……赤と黄金に彩られるあのドライバーのスペック“のみ”でここまでの出力を出しているということだ。
『どんなチートだよ、まったく……』
『攻撃が効かなかった訳ではないわ。勝機はある……!』
再び床を蹴り、左右から突撃するふたり。しかしガイストはやはり回避するそぶりを見せず、ドライバーから伸びるレバーをゆっくりと一回転、無言のまま操作した。
《
ドライバーの前で光が弾ける。次の瞬間、ガイストの眼前には“二振り目のスチームブレード”が生成されていた。
『物質生成能力!?』
『そこまでルルイエキーと同じってか! ――マズい!』
既に攻撃動作に入っていたラムダと廻。すぐに対処することは不可能。その隙を逃すまいと、ガイストは二本のスチームブレードを振りかぶる。右側は順手、左側は逆手に持ち、舞踊のように全身を回転させることで全方位に斬撃を放っていく。
『そォれぇぇぇェェェェーーーーー!!』
今度は左右に吹き飛ばされるふたり。ラムダは血飛沫を、廻は砕けた部品の欠片をそれぞれ撒き散らしながら、エントランスの柱に激突してそれらをへし折っていく。
『くっ……! おい……おい本城輝星! 何があった! お前は何がしたいんだ!』
たまらず叫ぶラムダ。反対側の柱の瓦礫の中では、バッカルケーブルの半数を斬り落とされた廻がよろよろと立ち上がろうとしている。その様子が無性に神経を逆撫でし、彼は胸のざわめきをぶつけるように声を張り上げた。
『お前には“矜持”があった筈だ! 「お嬢様を守る」っていう“矜持”がなぁ! 俺は正直嫌いだったけど……どんなに糞野郎ムーブかましたって、そこだけはブレなかった筈だ!』
『目白一織……』
『答えろよ、ええ!? 2年前、いったい何を見た! あの日から、あんたら本城家は何を抱えてたんだ!?』
これまでにないほどの怒気を孕んだ、一織の声。粉塵の中に悠々と立ち尽くしていた石灰色の仮面ライダーは、対照的に低く重い声色を返す。
『……「アンチアンバー」は壊滅させた。「琥珀の星」も、本日を以て解散だ。抱えていたものは今日……すべて棄てた』
『ああ……!?』
『とどのつまり、前提から間違っていたということだ。霧島財閥――いや、プロジェクトMは大きくなりすぎた。そこに“組織”があって、無数の人間がいる以上、同じ数だけ“意志”が存在する』
輝星の脳裏に浮かぶのは母の、霧島昇の、藤堂武蔵の、オリバー・スミスの……それぞれの姿だった。彼らは例外なく”意志”を持っていた。そして間違いなく、ぴったりと重なる“意志”などひとつとしてなかっただろう。彼らは共通の目的に向かっているようで、最初から最後までバラバラだった。そのことに気付けていなかったのは、唯一”意志”を持っていなかった未熟で幼稚な自分だけだ。
『どれほど強大で圧倒的な力を以てしても、複数の意志が入り乱れる環境で真の秩序は再現できない。“2年前の事故”も、“今この瞬間のこの惨状”も、その証拠だ。……くだらない争いは続く。永遠に、終わることはない』
『何が言いたい……お前たちが始めたことだろうが……!』
『だから私が――、私個人が「支配者」となるのだ。争いの火種となる力を世界からすべて取り上げ、管理し、真の秩序を実現する。この争いを地球で最後の争いにしよう。……3億年前、醜悪な外のものでさえ成し遂げられなかった偉業を、私がひとりで完遂して見せよう』
すべては――、と、視線を流すガイスト。その先には、ようやく体勢を整えた廻の姿があった。
『――すべてはお嬢様を守るためだ。私の根幹は変わっていない。いや……ようやく表面に出すことができた、と言っておこうか』
『……聞き捨てならないわね。いつまで教育係のつもりなのかと、前にも言ったはずだけれど?』
『憶えていますとも。だが、貴女が私を拒絶しようとも関係ない……それすらも、私は支配する』
ズシン、と床が震え、ガイストを中心に空気が重くなっていく。彼はそのままゆっくりと片腕を挙げ、たたらを踏む廻の頭部を指さした。
『貴女を破壊する、仮面ライダー廻。そしてその
『……!』
『そうすれば……もう貴女が傷つくことはないでしょう?』
仮面の奥の歪んだ笑みが、廻には見えた気がした。
『狂ってるわね……!』
『全面的に、同意だよ……!』
『それで良い……多少聞き分けのないくらいが、今の私にはちょうど良い』
二本のスチームブレードをひび割れた床に突き立て、ガイストは腰の変身装置――『エボルドライバー』を両手で掴む。先ほど物質生成能力を発動した時とは異なり、レバーを
『来い……! 仮面ライダーども……!』
変身時と同様、勢いよくレバーを回し続けるガイスト。エボルドライバー右手側に備えられたダイナモが高速回転し、左手側に装填された二本のボトルも淡く発光する。それこそは“
ボトルの発光が極まったのを確認すると、ガイストは腕を振り上げ、全身に循環したその力を解き放った。
『――黄昏に、沈めッッ!!』
空気が歪み、あらゆる音がその歪みに吸い込まれる。その瞬間――ラムダと廻のそれぞれの視界がブラックアウトした。
『こ、これは……!?』
『何が起きた!?』
否、ブラックアウト……とは少し違う。兵士型ヒューマギアである廻には暗視機能が搭載されていて、それは暗闇において自動的に稼働するようになっている。サメのアマゾンである一織は視力こそそれなりでしかないものの、視力をカバーする嗅覚と聴覚が特に優れている。単なる暗闇や視界不良では、彼らの動きを阻むことはできない筈なのだ。しかし今、ヒトならざる力を持ったふたりの視界は完全に塞がれ、あろうことか音や臭い、方向感覚まで曖昧にされている。
『――目映い光だろうと、ドス黒い暗闇だろうと、いずれ目は慣れるものでしょう。ヒューマギアの視点で述べるなら、視覚モードを切り替えればいい……と言うべきでしょうか』
淡々と響くガイストの声。その方向すらも、ラムダと廻には掴めない。
『だが……暗闇に光が差す瞬間、明るみが暗黒に堕ちる瞬間。そこには必ず、“まったく何も見えなくなる一瞬”が存在する。目が慣れるまで、モードを切り替えるまでの、小さな刹那がね』
如何に超感覚や超技術を有していても、その一瞬からは逃れられない。どんなに短かろうとも、視界が空白になる刹那は存在する。黒でも白でも、灰色でもない、ただの空白だけが存在する刹那が。
これはそんな刹那を引き伸ばし、一時的に固定する力。闇と光を司るボトルを、エボルドライバーの機能によって拡張したもの。
『これこそはあらゆる知覚を“刹那の黄昏”に閉じ込める、オクトパスライトの固有能力――《トワイライトゾーン》!』
そしてエボルドライバーのみが、その領域内を唯一自在に動くことができる。モノを見て、音を聞いて、対象に最適な攻撃を叩き込むことができる。ガイストは無防備になったラムダと廻の背後を見つめると、再びそのレバーを操作した。
《 Ready Go...! 》
『――己の無力さを知るが良い』
《 EVOLTEC – Attack ! 》
黄昏の領域に奔る幾重もの軌跡。
それは太刀筋だ。二本のスチームブレードを踊らせ、エボルドライバーによってブーストのかけられた斬撃が空間を飛び交う。だが知覚を奪われているふたりには、回避も防御も許されていない。
『ぐあああアアアアア!?』
『――……っ』
直撃と同時に解除される《トワイライトゾーン》。戻った視界の中にラムダは廻の、廻はラムダの宙を舞う様をそれぞれ捉える。だがどうすることもできず、両者はそのまま床に倒れ伏すのだった。
『おや、トドメとなる予定でしたが……。流石にぶっつけ本番では、出力調整に慣れませんか』
折れた柱の断面に降り立ち、スチームブレードをくるくると回すガイスト。対するラムダと廻は立ち上がるとこもままならない状態。廻に至っては先ほど修理したばかりの左脚に加え、左肩と右手首も切断されている。その姿を見たラムダが口を開きかけた時、滅亡迅雷フォースライザーからまたもや光が射出された。
『ルルイエゼツメライズキー……再、起動……!』
千切れ飛んだバッカルケーブルが繋ぎ合わせられ、廻が失った四肢も同時に復元される。継ぎ接ぎだらけとなったケーブルを地面に突き刺すと、彼女は糸で吊られるマリオネットが如くゆったりと立ち上がる。……一織の中で何かが切れるような感覚がした。
『おいよせ! 見誤ってるんじゃあないぞ霧島さん!! ジリ貧になってるのがわからないのか!』
『あなたこそいい加減にその及び腰をやめなさい! これはわたしのヒューマギアとしての最後の戦いになる! この身体を使い捨てるくらいの覚悟を持たないと、今のあの人には届かない!! わかるでしょう、あなたにも!』
『そんなん知るか! 俺は君が……っ!』
言葉尻を濁すラムダ。口をついて出て来ようとした言葉を咄嗟に抑え込む。その直後、抑え込んだ自分に心底嫌気が差した。
『勝て、ると思うのか……? 今のあいつに!』
何とか絞り出したのは、撤退の提案。真っ赤な血をだらだらと流しながらも、一織の意識はどこか上の空のままだ。
だが廻は首を縦に振った。ひび割れた単眼が、意味ありげに光る。
『なに……?』
『がっ!?』
ラムダの疑問符と、ガイストの驚愕が打ち上がったのは同時。見れば、石灰色の鈍い光を放つ彼の肩アーマーがひび割れ、大きく欠け落ちたところだった。
『言ったでしょう……勝機は、あると』
『お嬢様……いつの間に……いや、フフ。ハハハハハ! いいでしょう! それでこそ私の――私たちの因縁の中心に居続ける存在! 私の“支配”の始まりとなる転換点に、やはり貴女こそが相応しいィ!!』
睨み合う両者――廻・ディープ・ワンとガイスト・オクトパスライト。かつて家族同然だったふたり。もはや意地の張り合いと言えるのかもしれないが、交わる視線には双方の“意志”が宿り、火花を散らしているかのよう。この戦いはどちらかが敗北するまで続く……一織はそのことを悟ってしまった。そしてどんな勝機があるにせよ、稼働時間が短く、強みであるハスター特攻も活かせず、インサニティ・ジャッカーも依然貸し出し中の廻の方が、恐らく敗北に近いのだろうと。
『くそっ……!』
だからと言って止まってくれる彼女ではない。出会ったばかりの、どこか自棄っぱちだった彼女ではなく、今の廻は自分の“意志”を持ち、確固たる芯を持っている。……その上で、彼女は後退しないことを覚悟しているのだ。それを誰よりも理解できてしまうことが、この上なく悔しかった。
しかし――落ちると思われた最後の火蓋は、唐突に遮られることとなる。
『……む?』
轟音と共に床が大きく揺れ、やや傾いた状態で停止する。ここはビルの12階。その事実とこの状況が意味することとは、つまり――、
『なんだ……!?』
轟音――いや、今度はハッキリと“爆発音”として響いたその音が、フロア全体をより大きく傾かせた。砕けた壁や大穴の空いた床からはたちまち炎が立ち上り、エントランスホールは瞬く間に真っ赤に照らされる。
『自爆装置、か……一体誰が、いや……』
尚も冷静に独りごちるガイストだが、疑問の解答へはすぐに行き着いたようだ。こんなタイミングで場をかき乱す判断ができる人物など、
『何してンすか! イオさん、メグさん!!』
吹き抜け中ほどから発射された弾丸が崩れかけのバルコニーを貫き、廻たちとガイストとの間に燃えさかる瓦礫を降らせていった。
『マッキー……!』
『ビルがもたない! 撤退しますよ!』
手すりの陰から姿を見せたのは満太――バルバトスだった。彼の肩にはいつの間にか回収されていた藍珠と、何故か半裸のまま何かを叫んでいる鈴がまとめて担がれている。
『経路は確保済み! こっちっす! さあ、はやく!』
ぶんぶんと手を振るバルバトスを見上げ、ラムダは次に廻へと視線を移した。
『霧島さん……』
『……引き際、ということね』
ディープ・ワンの装甲からは既に黒煙が噴き出している。ラムダはそれ以上何も言わず、できるだけ優しく彼女の腕を掴んだ。
『わかっているわ。行きましょう』
踵を返すふたり。そんな彼らに、背後の炎の向こうからかけられる声。
『お待ち、しておりますからね』
『……!』
『――……』
振り返っても、彼の姿は見えない。瓦礫と炎が、静かに見つめ返してくるのみだった。
『
ラムダは廻の横顔を伺う。変身後の姿ということもあり、彼女の心情は読めない。
こうして、因縁の決着は仕切り直しと相成った。
燃え盛るビルから脱出するまでの間、一織の耳には輝星の最後の言葉だけが、延々とこびりついていたのだった。
読了ありがとうございました。1話分ほとんどまるっと戦闘になるのは結構久しぶり、になりますかね。
本編では明言していませんでしたが、輝星の使っているエボルドライバーは人間用にデチューンされた『マッドローグver.』です。あの”漆黒のボトル”も取り出しておきながら、彼に用意されたのは最初からこの調整版だったということになりますね。その理由については……今は口を閉ざしておくことに致します。
というわけで、次回は決戦前夜のあれやこれや。
「5-8. 沈む陽、君に灯る色」
――ねえ”一織くん”。一度しか言わないから、よく聞いて。