仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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5-8. 沈む陽、君に灯る色

 

 

 『――EPビル爆破テロ事件について速報です――』

 『――爆破と倒壊による被害で、新たに14人の重軽傷者が――』

 『――ビル内にいたと思われるアイピースカンパニー社員らの痕跡は依然――』

 『――代表である本城有衣子氏、及びKPF繋がりで関与が疑われるイギリスOC社のオリバー・スミス氏、両名の行方も未だ不明のままで――』

 

 

 

 喫茶acquario秋葉原支店は波妃町にある本店と違い、店長のセレブ・パワーによる改装を受けていない。よって内装はほぼコンクリート剥き出しで、埃を被ったカウンターテーブルといくつかのパイプ椅子、くたびれた長テーブルくらいしか置かれていない簡素なものだ。急ピッチでの拠点設営だった以上仕方のないことではあるが、閑散とした店内はこの1月において視覚的にも物理的にも寒々しいものとなっている。

 そんな店内のカウンターに置かれたタブレット、そこからつらつらと流されるニュースを眺めながら、一織は「これが全部――」とため息を吐いた。

 

「――小黒鈴って奴の仕業なんだ、とは誰も想像できないだろうなぁ……」

 

 視線を流すと、毛布を3枚くらい重ねて羽織ったままホットココアを啜っていた少女と目が合う。彼女は「ギクゥ」みたいな効果音が聞こえてきそうな程に身を強張らせ、眼鏡をかけていないまん丸の両目を小さく見開いた。

 

「ぜ、全部とは何ですか全部とは……。そもそも最初にビルを占拠したのは『アンチアンバー』たちですし。わっ、私はただ最後に、ほんの一押し、自爆装置を起動しただけです、から……」

「い、いや別に責めてはないからね……。お陰で撤退することができたわけだし。でもその、あのビルを最終的に木っ端微塵にしたのが鈴さんだって、ちょっと実感湧かなくてね……」

 

 一織からすればこの小さな友人と会うのはクリスマス前ぶり、日数にするとなんとたったの10日ぶり程度のものなのだが、年をまたいでいるにしても随分と久しぶりな気がした。鈴の行動力をそれなりに知っているつもりではいたものの、彼女が本城輝星との熾烈な心理戦をくぐり抜け、アンチアンバーの襲撃を生き延び、輝星を(何故か)覚醒させた挙げ句ビルを爆破したなんて流石に想像の斜め上が過ぎる。自分らの年末年始にも負けず劣らずの大冒険をしてきている彼女に一抹の困惑を抱きつつも、まあ何はともあれ無事でいてくれてありがとうと思うことにした一織なのであった。

 

「……そんなことより、いったいどういうことなんですか、一織さん……!」

 

 すると一転、鈴がえらくドスのきいた声色で睨み付けてきたので一織は思わず身構えてしまう。……いや、まあ無理もないことだろう。お互いの情報共有は先ほど一通り済ませたのだが、プロジェクトMのことや旧支配者に関する情報は鈴にとっても衝撃的だったに違いない。どうやら彼女も彼女で既に輝星から聞いていたらしいが、一織たちとのすり合わせでようやく実感したところなのだろう。心身共に疲弊している今の彼女には一旦その混乱を吐き出すターンが必要なのかもしれない――と、一織が傾聴の姿勢を取ろうとすると、

 

 

「私がいない間に廻さんの両腕をもぎ取ったって、いったい何してくれてるんですか、一織さんッ!!」

 

 

 普段の彼女からは想像もつかないほどの形相で発されたのは、そんな言葉であった。

 

「…………え?」

 

 一応疑問符こそ溢れたものの、伊達に半年間も行動を共にしていない一織の脳は彼女が言いたいことを即座に理解してしまう。

 

「廻さんは仲間でしょ!? それなのに両腕を引き千切ってあられもな――傷つけて! なんて羨ま――酷いことを! しかも私がひと目拝む前に修復――じゃなくて邪神の危険な力で修復するなんて! せめて写真一枚でも撮っておいてくれたr――じゃなくて! そうじゃなくて! そうじゃなくてですね!」

 

 お得意の建前が悉く本音に呑み込まれ、もはや滅茶苦茶なことをまくし立ててしまっている鈴。言うまでもないだろうがこれが“大事な仲間を傷つけるなんて――”みたいな(たぐい)の怒りでないことは、最初にくっついた『私がいない間に』という枕詞からも明らかだった。

 

「えっとね鈴さん」

「わかってます! 一織さんに怒るのは筋違いだって!」

「まあ、それはほんとそう」

「本当に許せないのは、自分自身ですっ! 結局親に流されて、波妃町を離れて……何もできなかった! それだけじゃなくて廻さんの新フォーム、新しい合体必殺技、廻さんと一織さんの哀しい戦い、それを乗り越えた絆、新しい拠点……! 超絶特大のイベントの連続に立ち会えなかった自分自身が、憎い……っっ!!」

「イベントって言っちゃったよ」

 

 さも当然のように言及されなかった仮面ライダーバルバトスは泣いていい。ちなみに満太はと言うと情報共有途中の『輝星を出し抜くために全裸を晒した』といった(くだり)辺りから無言で席を外していったままである。……もしかしたらもう泣いているのかもしれない。

 

「――鈴ちゃん、目白くんを責めないであげて。根本的なところで、彼は悪くないのだから」

「あっ、廻さん」

「……」

 

 バックヤードから姿を見せたのは廻だった。顔に包帯を巻き直し、予備のコートに身を包む彼女は一見、昨日までと変わらない姿であるように見えるが、一織は丁寧に隠された彼女の全身が継ぎ接ぎだらけであることを知っている。彼は自分の身体の奥の方から膨れ上がろうとしたモヤモヤしたものを静かに呑み込み、努めて優しい声色で声をかけた。

 

「七塚さんの様子は?」

「意識は戻らないままね。ひとまず応急処置はしてあるわ。トランスチームガンで脇腹を撃たれていて……重傷ではあるけれど、命に関わるほどではないわね」

 

 撤退の折、バルバトスによって回収された藍珠。あの場で誰よりも輝星のことを案じていた彼女だったが、他でもない彼によって重傷を負わされ、ライトフルボトルも奪われてしまっていた。本来ならば病院に搬送すべきなのだろうが、世間から見れば藍珠は“未だに犠牲者の遺体ひとつ見つからないテロ事件で唯一生き残った社員”である。警察や報道陣が東奔西走する現在の街中に彼女を放り出すのはどうにも憚られるからと、ひとまず身柄を預かることにしたのだった。すぐさま命には関わらない程度の負傷であったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

 

「鈴ちゃん。彼女は七塚藍珠と言って……」

「あ、はい。一織さんから聞いています。廻さんのもうひとりの幼馴染、ですよね」

 

 そう答えつつ、鈴は廻と一織の顔色を交互に確認する。ふたりの視線が微妙に合っていないと、彼女の目にはそう映っていた。

 

「(なんだろ。またギスギス水族館……? いや、ちょっと違うかも……?)」

「それで、これからどうする? 当面の敵だと思っていたアンチアンバーも、キーパーソンのひとりだった本城さんのお袋さんも、俺たちの知らないところでこの世からいなくなっちゃったけど」

 

 そんな鈴の懐疑も露知らず、一織は探るように己の疑問を口にした。廻も腕を組み、どことなく居心地が悪そうな居住まいのまま口を開ける。

 

「……輝星さんはきっと、お屋敷でわたしたちのことを待ち構えているわ。今度こそ、決着をつけるためにね」

 

 そうしてふたりは各々、それぞれの目を細める。

 去り際の輝星の言葉が思い出された。彼は『()()()()お待ちしている』と言っていた。その言葉が示すところは、廻の述べたとおりで間違いないだろう。

 

 今の彼は“この世界を支配する”ことを本気で目指していた。途方もないように思えるそんな野望だが、エボルドライバーの力を目の当たりにした今ならあながち実現不可能なことでもないように思える。そして何より、あの仮面ライダーには純粋な力だけでなく、やると言ったら絶対にやるという“意志”があったのだ。『銀の鍵』によってこの世界にもたらされる仮面ライダーの技術において、ガイストは間違いなく最強格と言えるだろう。少なくとも“力によって叶えられる支配”に関して、充分に実現可能な範疇にあるという説得力が彼にはあった。

 

 その手始めとして、輝星も因縁の決着を望んでいる。彼の野望の根本にあるのは『廻がこれ以上傷つかないこと』であり、それを実現するために、廻の持つ記憶(セントラル)メモリを奪おうとしている。廻の自我の根源とも言えるそのアイテムを用いるのは彼女を人間に戻すためではなく、意識のない身体と身体のない意識に分けたまま、永遠に監禁するためだという。廻たちにとってそんなこと到底認められるはずもないのだが、同時に好都合であるのも確かだった。

 

「決着を望んでいるのはこちらも同じよ。わたしたちはお屋敷の北館……そこに眠るすべての“真実”に辿り着かなくてはならない」

 

 本城家の者にしか開けられないという、霧島邸北館の地下。本城有衣子が謀殺された今、そこの鍵を握るのは他でもない輝星ただひとり。そんな彼がわざわざ霧島邸で待ち構えてくれているというのだ。……いや、恐らく彼自身もこちらの思惑を察してのことだろう。それらをすべて織り込んだ上で、あの執事は霧島邸を決戦の舞台に選んだのだ。

 

 だから――と、廻は語気を強めた。最初から決めていたことのように。運命を受け入れるかのように。

 

「――明日、もう一度霧島邸へ向かいましょう。輝星さんを倒し、今度こそすべてを終わらせるために」

 

 

 

  *  *

 

 

 

「――うん。……うん。えっと、その。本当にごめんなさい。……いやいや、……うん。ええっと……始業式には、間に合うように帰る……というか、また連絡するから。……あの、えっと……あけまして、おめでとう……。うん、……また」

 

 一織から借りたスマホを耳から離し、鈴は大きく息を吐いた。

 

「っは~~~~~~~緊張したぁ……」

 

 元はと言えば、関西にある祖父母の家から単身で波妃町に戻ったことから今回の大冒険が始まったのだった。こっそり抜け出すよりも警察沙汰になりにくいだろうと考え、わざわざ親と“喧嘩をするフリ”をしてから飛び出したのはやはり打算的というか、我ながら器用なのか不器用なのかわからないなと鈴は思った。実際、思惑通り……と言うのも変な話だが、両親は鈴の起こした“喧嘩”にかなりショックを受けていたらしく、特段警察に通報するでも探し回るでもなくただただ自身らのことを省みていたようだ。先ほどの電話でも両親はびっくりするくらいにしおらしく、叱ることも怒ることもなく娘の身を案じるだけだった。

 

 結果的に思惑通りではあったのだが、喧嘩を演じただけに過ぎない鈴からしてみれば申し訳なさで目眩を覚えたほどだ。半年前はあんなに両親を忌避していたのに、いざ突き放してみると罪悪感に押し潰されそうになるのは、根本のところで自分も家族に依存しているという証左なのかもしれない。そう思うと自然とため息が漏れてしまう。

 

 結局、『今はクラスメイトの糸巻くんと一緒に東京にいる』という形で報告をした。テロ事件が絶賛報道中のため具体的な地名までは伝えていないが、だいたい嘘は言っていないような、そんな報告だ。嘘にホントのことを混ぜるとバレにくくなるとかそういった意図はなく、そうした方が罪悪感が薄れるからだ。つくづく自分は嫌な子だなと思った。ちなみに一織や廻の名を出さなかったのは、彼ら()()迷惑をかけたくなかったからである。

 

「一織さんは……まだ、か」

 

 スマホを返そうと店内を見渡すが、彼の姿はない。一織は先ほど、『きっと寒空の下ひとりで泣いているであろうマッキーを慰めてくる。あと明日のことを伝えてくる』と言い残して雑居ビルの屋上へ向かっていった。あの同級生が何故ゆえ泣いているのかはよくわからないし割とどうでもいいが、なんだかんだで満太と仲の良い一織ならまあ大丈夫だろうと思う。

 

「……」

 

 ふと、一織と廻との間にあった妙な違和感のことを思い出した。ギスギス水族館……とも違うが、なんとなく“噛み合っていない”というか、そわそわした雰囲気だ。どうやらクリスマス前後で凄まじいすれ違いがあったようだが、それを引き摺っているわけでもない、また別のものだろうと、鈴は根拠がないながらも確信していた。

 

「廻さ……うおっ!?」

 

 ともかく確かめてみようとカウンターに座る廻の顔を覗き込んだ鈴は、思わず声に出して驚いてしまった。

 

「鈴ちゃん?」

「いや、え? 何? なんですか廻さん。顔ひどいですね?」

「……シンプルに傷つくのだけれど」

 

 端的に言って、死ぬほど落ち込んでいる……ように見えた。いや、まあ、客観的に見ればいつもの真顔なのだろうが、そこは小黒鈴。EPビルを木っ端微塵にした女。他者の感情の機微にだけは敏感な陰キャ。おまけに相手はアンドロイドっ娘。見間違うはずもないと自負している。

 

「いいこと? 断じてわたしは――ふあっ!?」

「ほら、お耳真っ青」

「……容赦のなさに磨きがかかっているわね、あなた」

 

 廻の“視点”を掻い潜るように伸ばした手で、彼女の髪をかき上げた鈴。すぐさま身をよじって振り払われるが、廻のその挙動もいつもの憎まれ口も、やはりどこか張りのないものに思えた。

 

「はあ……一織さんと何があったんですか?」

「…………」

 

 数秒の沈黙の後、廻は口を開き、語り出した。

 ヒューマギアという器に丸一年閉じ込められた“ヒト”の運命を。霧島廻という人間が、どんな現状に晒されているのかを。一織には指摘されて初めて明かした秘密をあっさり吐露したのは、目の前にいる少女が大切な友人であるがゆえ。当の鈴には、そこまで伝わってはいないのだが。

 

「廻さんの“ヒト”としての部分が……消えつつある……?」

 

 眉根を寄せてそう反復した鈴に対し、廻は小さく頷いた。

 

「そう。例えばの話をするなら――」

「わかりますよ。星の数を延々と数え続けるとか、“たくさん”とか“いっぱい”で済ませられないとか、そういう話ですよね?」

「……流石、としか言いようがないわね」

 

 廻が自嘲気味に呟くと、鈴は「伊達に限界アンドロイドっ娘オタクしてませんから」と言って胸を張る。

 

「廻さんの思考がそっち寄り……えと、“機械寄り”になってきてるって、そういうことですよね?」

「そういうこと。その話をしたら彼……目白くんは『すぐに人間に戻るべきだ』って、そう言ってくれた」

 

 そこまで聞くと、鈴は顎に手を当てて考え込む。本当にそうなのだろうか? などといった野暮な疑問ではない。重要なのは一織がそう言ったこと。そしてそれを自分に語った、廻の言葉選びだ。

 ギスギス水族館の再来かといったような懸念は、鈴の中からとうに消えていた。すれ違いであることは違いないだろうが、むしろ逆だ。

 

「それで……廻さんはどう思いました?」

 

 我ながら意地悪な訊き方だと思った。文脈でもうわかっている。耳のランプを見るまでもない。それでもこうやって訊かなければと、鈴はそう思っていた。

 

 

 

「…………嬉しかったわ。とても。……とても」

 

 

 

 小さく、廻はそう答える。

 抑揚のない声に、大して変わらない表情。人間の機微を模倣したにすぎない、アンドロイドの限界。だが音声モジュールから発される小さなノイズは、鈴には嗚咽に聞こえた。包帯の奥の眼窩から漏れるきゅるきゅるといった駆動音は、涙が滲む音に聞こえた。鈴には、鈴にだけは、彼女がどれほど嬉しいと感じているのかが伝わっていた。

 

「……はい」

 

 先を促すように、鈴はそう相づちを打つ。建前や演技ではなく、無意識に、その声は優しいものになっていた。

 

「だから、頑張ろうと思ったわ。最後まで戦い抜いて、因縁に決着をつけて、心置きなく……人間に戻れるように。けれど……」

「……」

 

 人間に戻ると一口に言っても、それには霧島邸北館へ到達することが絶対条件。そのためには本城輝星から入り口の解除コードを聞き出す必要がある。そしてそんなタイミングで、彼は強固な意志を持つ“仮面ライダー”として立ちはだかってしまった。これで名実ともに、因縁に決着をつけなければ人間に戻れなくなってしまったのだ。

 

「何が何でも勝たなければと思った。何度この腕を斬り落とされてもいい、血の通っていないこんな脚なら何本でもくれてやっていい……刺し違えてでも勝たなければならないって。だってそうでしょう? 人間に戻るのなら、この身体は不要になる。使い捨てたって構わない。それなのに……」

 

 途切れる廻の言葉。バルバトスに担がれながら、戦闘の最後の方だけとは言えその様子を見ていた鈴にも大体のことは想像ができている。

 

「彼はずっとわたしを庇っていた。目の前の強大な敵よりも、千切れ飛んでただの鉄くずになっていくわたしの腕とか脚とかの方ばっかり見ていた。血を流している自分の身体よりも、痛覚なんて無いわたしの身体ばかり気にかけていた。……それが凄く、嫌だった」

「……」

「そして、それを嫌だと思うわたし自身が、一番嫌だった……。戦いに集中しない彼を馬鹿だと思うのは、こちらの身ばっかり案じる様子を非効率的だって思うのは……わたしの中の“ヒト”がもうとっくに、死んでしまっているから?」

「廻さん」

「そうでないのなら。この自分勝手で最低で我が儘な考えがわたしの“ヒト”の部分から発せられているものだとしたら……。そんな“ヒト”の部分なんていっそ――」

()()()

「……」

 

 静かに名前を呼ぶ声が、廻の言葉を途切れさせる。鈴がじとっとした目を向けると、廻は真顔のままゆっくりと俯いた。

 

「……ごめんなさい。滅茶苦茶なことを言ってしまったわね」

「えっと……。専門家として、意見を言わせていただきますね」

 

 目の前で小首を傾げる廻の顔。別に機械工学を嗜んでいる訳ではないことなど、鈴自身も重々承知している。だが敢えてそう自称することにした。“アンドロイドっ娘”という概念に関しては、専門家を名乗ったっていいはずだ。

 

「多くの物語において、アンドロイドっ娘というのは無感情の状態から徐々に“ヒトらしい自我”が芽生えていくものです。そう相場が決まっています。()()()()()()()()

「えっと……」

「あるかも知れないけど、私は読みません。認めません」

 

 嘘だ。

 たぶん探せばそういった物語だっていくらでも出てくるだろう。そしてその中にも素晴らしい創作はあるのだろう。そもそも、好きなモノを勝手に定義づけして押しつけるなんてオタクとして言語道断だ。

 

 だが今は断言しよう。多少強引な方が『そうやって一織さんを想えるのは』とか『悩んでいる時点で』とかいった正論をぶつけるよりも、彼女にはよっぽど有効だ。今後出会うであろうまだ見ぬ創作物に心の中で謝罪しつつ、鈴はこの暴論を押し通しにかかる。

 

「だから大丈夫です。廻さんの思うことだけが、廻さん自身の“本当のこと”ですから」

 

 廻の目――包帯で隠れていない方の左目が少しだけ見開かれる。やがてその目がすうっと細まると、柔らかい微笑みの一部となった。

 

「……彼にも、以前同じようなことを言われたわ」

 

 それ見たことか、と鈴は思う。所詮“概念の専門家”ごときには技術的なことなどわかりはしないし、理論面から見たら廻の“ヒト”が消えかかっていることは揺るぎない事実なのかもしれない。だが……こんなに綺麗で可愛らしい笑顔ができる彼女が感情を失いつつあるなんて、鈴には到底信じられなかった。

 

 

 

  *  *

 

 

 

 遠くから聞こえる幾重ものサイレン音を聞きながら、一織は夜空を見上げていた。

 雑居ビルの屋上から見える景色はお世辞にも美しいと言えるものではなく、より背の高いビルによって乱雑に縁取られているためそもそもの視界も悪い。ビカビカしたネオンの光によって星々は隠され、逆にEPビル方面に立ち上る黒煙ははっきりとハイライトされてしまっている。そう遠くない場所で前代未聞のテロ事件が起きたにも関わらず楽しげな喧噪が聞こえるのは、流石は日本有数の繁華街だなと感服してしまうほどだった。

 

「はあ……マッキー大丈夫かな」

 

 ギリ泣いてはいなかったもののこの世の終わりみたいな顔で黄昏れていた満太を慰めること十数分、彼自身の気晴らしも兼ねて晩ご飯の調達をお願いしたのはつい数分前のことだ。満太に対する鈴の塩対応は今に始まったことではないが、特に最近はナチュラル毒舌家な廻の影響もあってかスルースキルに磨きがかかっている気がしないでもない。……あとやっぱり胆力にも磨きがかかっている。いち女子高生が『全裸になりました』なんて報告をする姿なんて、恋愛感情を抱いていようがいまいが男子にとっては刺激が強すぎると思う。

 

「まあ何というか、たぶん根っこのところでは気が合うんだろうけどね、あのふたり」

 

 さらっと流していたことではあるが、鈴と満太はビル内で合流した後、ビル自爆装置の起動に退路の確保、さらには藍珠の回収とガイストへの牽制を見事に成し遂げている。7月の邪神復活未遂のときもそうだったが、抜き差しならない状況において――むしろそういうときの方が――彼らの息は合っているように思えた。まああのふたりも高校生で難しい年頃だしな……なんて考えつつ、そう考えている自分はもうオジサンみたいだなと思う一織であった。

 

「難しい年頃、ね……。そう結論づけるのって、はてさて何歳まで許されるのやら」

 

 ブーメランが刺さる音が聞こえた気がして、一織はそう自嘲した。そうして思い出されるのはつい数時間前のビルでの戦い……いや、敗走だ。仮面ライダーガイストの力は確かに圧倒的だったが、思いっきり自分が足を引っ張っていたことを一織はとっくに自覚している。集中力も指向性も、どこにも定まっていなかった。ひどく無様な戦いだったと言えるだろう。

 ……理由も自覚している。廻が傷つくのを見たくなかったとか、そんな小っ恥ずかしい台詞で片付けられたらどれだけ良かったかと思う。

 

「これは“期待”か? いや、と言うよりかは……」

「――目白くん?」

「うわっ」

 

 声に振り返ると、他でもない廻が錆びた外階段を登り切るところだった。冷たいビル風に煽られて、彼女の長髪が静かになびいている。

 

「うわ、とは失礼ね。……満太くんは?」

「晩飯を買いに行ってもらったよ。明日が決戦ってことも一応伝えてあるけど、あとで改めて作戦会議をしないとね」

「あ、そう……」

「……なに、その意味深な()は」

「ちょうど鈴ちゃんもさっき、必要そうなものの買い出しに行ってくるって言って、出ていったから」

「おっと……」

 

 ()が悪いのか、はたまた良いのか。秋葉原が狭いというわけではないが、拠点が同じでタイミングもほぼ一緒なら途中でバッタリな確率も低くないだろう。

 

「まあ、こういうのは若者同士に任せておけば良いでしょう。どうなろうが、収まるべき所に収まると思うわ」

「その言い方、なんか年寄り臭くない?」

「大人っぽいって表現しなさい」

 

 普段よりも少々落とし気味のテンポでそう言い合いながら、廻は一織の隣、マーブル模様に錆び付いた手すりの前まで歩いてきた。右手側から眺める彼女の横顔は、包帯に隠れて見えなかった。

 

「……謝罪をしにきたわ」

 

 おもむろに、廻がそう口にした。何についての謝罪か、一織にはすぐに察する。しかし相づちを打つこともなく、ただ彼女の横顔から視線を逸らした。

 

「さっきの戦いのとき、あなたはずっとわたしの身を案じてくれていた。それなのにわたしは、その気持ちを無視するような言動をしたわ。……ごめんなさい」

 

 不意に、一織の脳裏に6月の記憶がフラッシュバックする。初めて廻に会った日の会話だ。あのときも彼女は『巻き込んでごめんなさい』と、そう言ったのだった。

 思えば彼女はずっとそうだった。傲慢で、当たりがキツくて、時たま脳筋思考で、やや毒舌気質ではあるが、ごめんなさいを言うべき時に言うことができる、そんな真っ直ぐな人物だったのだ。そこまで思うと『それに比べて自分はどうだ?』と、半ば自動的にそんな自問が鎌首をもたげてくる。

 

「いや……いいんだよ」

 

 努めて冷静に、いつもの調子でそう返したつもりだったが、正直自信が無い。たぶん声は少なからず震えていたと思う。

 

「その上で今一度、わたしの意志を伝えるわね。……明日、わたしたちは輝星さんを打倒する。人間に戻るために。……この身体を使い捨てることになろうとも」

「……」

「刺し違える覚悟がなくては、今のあの人には届かない。そしてその役はわたしが背負うべき。因縁がどうとかではなくて、適役が誰かという問題よ。あなたや満太くんには明確な“命”がある。わたしは最悪、それこそ記憶(セントラル)メモリさえ残っていれば人間に戻れる。身体を張るのは私の役目よ、いいこと?」

「それは……」

「わたしの心配をしてくれているのはわかる。わかるし、……とても嬉しい。だからこそ、ごめんなさい」

 

 2度目の謝罪に、一織は鈍器で後頭部を殴られた気がした。

 謝りたいのはこっちの方だ、と一織は思った。自分はそんなかっこいい人間じゃないって、この心配はそんなに綺麗なモノじゃあないって、今すぐ大声で懺悔して土下座したかった。だがそんなことを実行する暇もなく、

 

「だからいいんだって。むしろ、当然のように俺とマッキーが戦力に数えられていて嬉しい限りだよ。半年前の、ひとりで何でもやろうとしてた君だったら考えられないね」

 

 そうやって精一杯、いつもの軽口を叩くのだった。

 

「…………」

 

 廻からの返事はなかった。てっきり軽口を返されるか、怒られるかのどちらかと思っていたのだが。かと言って振り返ることもできず、ただ首の後ろに彼女の視線を感じたまま、手のひらに滲んだ汗を静かに握りしめた。

 

「(やばい……何かミスったか……?)」

 

 何か言って欲しいと、一織はそう思った。軽口でも罵倒でも何でもいい、無反応だけは困ると。……この沈黙が続いたら、自分は今度こそ大声で懺悔してしまう。廻のものとは違う、世界で一番汚い謝罪をしてしまうと。

 そして数秒の後、長い長い数秒の後に背後の廻が口を開いた。

 

「さっき鈴ちゃんに言われたのよね。わたしの思うことだけが、わたし自身の“本当のこと”だって」

「え……」

 

 果たしてそれは軽口でも罵倒でもない、なんなら脈絡もない、びっくりするくらいに柔らかい声色だった。

 

「『お別れパーティ』のとき、あなたも言ってくれたわよね。わたしが堂々と言えば、本当のことになる気がする、って。……本当、不思議よね。あなたたちふたりって一見真逆の性格なのに、案外似たもの同士なんだなってつくづく思うわ」

「そうかな? ……ってか、そんなこと言ったっけな」

「確かに言ったわ、ヒューマギアの記憶力を見くびらないで。それなりに嬉しかったのよ、これでも」

「そ、か……」

 

 徐々に、会話のテンポが戻りつつあるのを感じていた。ついさっきまで吐きそうな程に居心地が悪かったのに、込み上げてきていた汚いモノがどこかへ消えていく感覚がした。

 

「今でもそう思うかしら? ヒトとしてだとか機械としてだとか関係なく、わたしの言葉はわたしのものだって」

「思うよ」

「それは……わたしの“行動”もそうだと思う? 言葉の伴わない、わたしの行動も」

「尚更そうかな。ヒトも機械もアマゾンも、因縁も運命も関係なく。君の言葉も行動も、“霧島廻”だけのものだと、俺は思うよ」

「そう」

 

 背後の視線は最後にそう短く切って、再び黙りこくってしまった。あまりにも心地の良いテンポについつい答えてしまったが、一織は今になって彼女の質問がやけに具体的だったことに気づく。まるで何かを確かめているかのような、何かの予防線をおっかなびっくりに張っているような、そんな感じがした。それが何なのかは、まったく見当もつかないが。

 

「霧島さ――」

「お陰ですっきりしたわ、一織くん。お陰様でもう迷うことなく、実行に移せる」

 

 振り返ろうとした一織を遮るように、そんな言葉が投げかけられる。自然に「実行って何のこと?」と聞き返そうとした直後、彼の動きが止まった。

 

 ……いま俺、何て呼ばれた?

 

 

 

「ちょっと待って。いまなん、て――……、――――」

 

 

 

 今度こそ振り返った一織。見計らったようにビル風が吹き抜ける。

 何が起きたのか、すぐにはわからなかった。

 

 

 まず最初に感じたのは、鼻先に触れた人工の茶髪。色気の欠片もないような金属の香りが、なぜだか無性に鼻孔をくすぐっている気がする。

 

 風の抜ける音は瞬く間に遠ざかり、普段は絶対に聞き取れないほど“奥”にあるはずの駆動音がすぐ目の前から響いてきた。

 

 視界を埋め尽くしたのは煤汚れた偽物の皮膚に、ぴったりと閉じられた左目のアイライン。綺麗に並んだ偽物の睫毛。

 

 遅れて知覚したのはひやりとした感触。言葉を失ったのは単なる絶句ではない。物理的に塞がれたからだ。温かくもない、柔らかくもない、味もしないその唇に、そっと蓋をされてしまったからだ。

 

 

 

 廻とキスをしている。気の遠くなるような数秒の果てに、一織はそのことを自覚した。

 

 

 

 一織の右手はいつの間にか、廻の両手に包み込まれている。手袋を外しているのは両手のセンサーを遮りたくないからかもしれない。それもそうか、口元にセンサーはついていない筈だもんな――と、一織はどこか他人事のように考えることしかできないでいた。

 

「……っは」

 

 唇が離され、ゆっくりと開いた瞼の隙間からはガラス玉のような瞳がこちらを見つめている。

 

「――ねえ一織くん。一度しか言わないから、よく聞いて」

 

 蓋はもうない。それなのにやっぱり言葉が出ない。それでもと、一織は小さく頷いて先を促す。

 

「6月のあの日、初めて出会った日。わたしを見つけてくれてありがとう」

 

 そうだ。そうだった。思い出した。

 

「待って、って言ったわたしの言葉に、立ち止まってくれてありがとう」

 

 彼女はずっとそうだった。

 

「巻き込まれてくれてありがとう」

 

 彼女が言葉にできるのは謝罪だけじゃない。

 

「一緒に戦ってくれてありがとう」

 

 傲慢で当たりがキツくて時たま脳筋思考でやや毒舌気質で、天然で見栄っ張りでいい加減なところも確かにあるけど、

 

「最初から最後まで、わたしを人間でも機械でもなく、“わたし”として見てくれてありがとう」

 

 こうやって当たり前のようなありがとうを、当たり前のように伝えられる人物だったのだ。

 

「……ああ」

 

 ようやく出てきた声は呆れるほどに情けないそんな相づちで、一織は大変遅まきながら焦りを覚え始める。ちがうだろそうじゃないだろもっとあるだろ、と。

 しかしながら大量の感情と大量のありがとうを叩き付けられた彼の情緒はそう簡単に立ち直ってくれるはずもなく、やがてその視線は吸い込まれるように廻の左耳へ向かっていく。――彼女が何を考えているのか知りたい。何を思ってこんな行動を実行したのを知りたい。ひどく浅ましく、格好悪い思考だとは重々承知しつつ、一織の意識は彼女の耳に灯った色を探し始めた――が、

 

「ずる、禁止」

 

 すんでの所で、彼女が持ち上げた自らの髪によってその色は隠されてしまった。廻の頬は色づかないから、今の彼女が何色なのかはもうわからない。鈴ならわかるのだろうかと、懲りずに詮無いことを考えてしまう。

 

「じゃあ、また下でね」

 

 左耳を隠したまま廻は最後に小さく微笑むと、外階段を降りて姿を消してしまった。

 

「…………ずるはどっちだよ」

 

 恐らく数分ほど経った後、今更のように復活した声帯はそんなことしか発してくれず、

 

「(なんであんなに余裕なんだよ、あの人は……っ)」

 

 今更のように解れてきた感情は特大の恥ずかしさと、ほんの少しの悔しさだけを孕んでいたのだった。

 

 

 

     *

 

 

 

「あ、メグさん。ただいま戻りました。……えと、小黒さん、見てないっすか?」

 

 買い出しから戻ってきていた満太は、外階段側の出入り口から店内に入ってきた廻を見てそう問いかける。鈴の爆弾発言によって深い傷を負った心は買い出しとそれにかこつけたアキバ散策によっていくらか持ち直したものの、帰投後に鈴の姿が見えないことに若干の戸惑いを覚えていた。

 

「あー、いや。へへ……別にそこまで気にしているワケでもないっすけど、一応ね――。……って、メグさん?」

 

 廻は何を言うでもなく、斜め上の中空をぼんやりと見つめながら立ち尽くしている。なんとなくだが、女性が外で見せてはいけない表情のような気がした。……いや絶対そうだ。帰省してソファでくつろいでいる姉が同じような顔をしていたのを見たことがある。

 

「あのー、メグさん。いったい何が――ってうおぉおぉぉおう!?」

「……うにゅう」

 

 どんがらがっしゃーん!という本気で心配になるような効果音を撒き散らし、廻はその場にぶっ倒れてしまった。

 

「え、なに!? なになに!? メグさんどうし――って熱っ!? あっっつ!? そんでファンの音うるさっ!? 兄貴のお下がりのパソコンかよ!」

「情報、じょうほうりょう……処理、しょ……はうぅぅうぅ……」

「メグさんしっかり!? どうすんだこれ!? なにが要るんだ!? 市販のでいけるか!? 天下のアキバならいけんのか!?」

 

 

     *

 

 

「はーーー。つっかれた。今日こんなのばっかだよ、なんなんだよもう……」

 

 同じ頃。

 鈴も同じように買い出しから戻ろうとしていた。途中で何度か満太とニアミスしかけたが、EPビル(とショッピングモール)で鍛えた隠形(おんぎょう)スキルによって何とか事なきを得ていた。別にそこまでして避けなくても――と思わなくもないが、ついそうしてしまう自分がいるのも確かだ。

 正直なところ、鈴は満太のことが気に食わない。邪神復活未遂の後、彼が暴行事件の犯人を自白(じはく)して自ら謹慎を受け入れたときからそうだったが、今回知らん間に仮面ライダーになっていたことでその気持ちはより強まった。なんでここまで腹立たしく思っているのかは、鈴自身にもわからない。他者の機微を読み取るのは得意、相手が廻ならなおのこと。それでも鈴は、自分の気持ちだけはこうして持て余しているのだった。

 

「あ、一織さんだ」

 

 喫茶acquarioのある雑居ビルの前に、頼れるお兄さんで友人でほぼスパダリな彼の姿を捉える。大人の男の人ってほんとそれだけで素晴らしいと、鈴は改めて思った。同級生たちと違って落ち着いているし、刹那的で短絡的な思考なんて持っていないし、何と言っても無駄にカッコつけない。クラスに馴染めなかったのは幼稚すぎる周りに自分が合わなかっただけなんじゃないかと、最近の鈴は自分のことなど思いっきり棚に上げてそう考えるようになっている。

 そのはずなのだが……、

 

「ああ、鈴さん。おかえり」

「え……」

 

 思わず表情が引きつるのを感じた。目の前の大人のお兄さんは標識に背を預けてぼーっとしている。……いや、敢えてオブラートに包み隠さず述べるのならば“なんかいい感じの無駄にカッコいい感じで黄昏れている”が正しいか。

 

「いいかい鈴さん。悠然とした言の葉っていうのはね」

「悠然とした言の葉って何ですか」

贋作をも真作に変えるのさ

なんで?

 

 犯罪では?という言葉が風に流され、雑居ビルの隙間に消えていった。

 

 

 

 

 

 そうして、1月2日の夜は更けていく。

 およそ決戦前夜とは思えない、どこか滑稽で気の抜けるような、それでいてゆったりとしていて温かい、そんな時間だった。

 

 

 

 

 

 




  【次回予告】

――初めての、幼馴染ではない友人ができた

――初めての後輩ができた

――初めての……なんだろうか、よくわからないけれど

――とにかく、最高に楽しい家出だった


「5-9. ただいま/お帰りなさいませ」


 ヒューマギア・”霧島廻”、


――変身……!


 最後の変身。



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