仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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『おにいさま! 輝星おにいさま!!』

 霧島も本城も、そして藤堂も関係なく、ただ“家族”でしかなかった頃のことだ。

『輝星おにいさまの、すきなモノってなんですか??』
『急にどうしたのですか、藍珠』
『な、なんでもないですわ! ただ、ちょっとだけ気になって……』

 本か何かで読んだのだったか、家族には誕生日プレゼントを渡すものだということをようやく認知した、そのくらいの年頃だったと思う。廻お嬢様はもちろん、自分も何度も祝われたことはある。しかし彼は常に祝う側だった。本城家は霧島家に尽くす存在……ということを、この頃はそこまで理解していなかった。

『ふむ……僕は霧島家の皆様が好きですよ。旦那様や奥様、お嬢様はもちろん、一緒に働く皆様。そして財閥関係の方々も――』
『ダウトよ、ダウト!』
『びっくりした……。お嬢様、お声が大きいです』

 だから自分たちで祝ってあげよう、と。このときは珍しく意見が合ったのだった。

『ダウトとはなんですかダウトとは。嘘なワケないじゃないですか、僕は――』
『それ、いつもゆいこ様が言っていることじゃない! わたしは詳しいのよ。さあ輝星さん、()()()()()んじゃなくて、自分のことばでこたえなさい!』
『えっと……ゆ、ゆわ? えっと、そ、そうですわ!』
『旦那様はまた妙な語彙をお教えになりましたね……』

 付け焼き刃のボキャブラリーを投げつける幼馴染。彼女の勢いに気圧(けお)されたように、一回り年上の兄貴分は縁なし眼鏡を正しながらため息を吐いた。

『……観劇、ですかね』
『『かんげき??』』

 自分も、それから横にいるお嬢様も感極まる方を想像した。ぽかんと口を開けていたであろうこちらを一瞥し、彼がはっとしてはにかんだのを憶えている。

『お芝居を、観ることですよ。僕が今のおふたりくらいの頃、母上に初めて連れて行ってもらったんです』
『『へーー』』

 普段の自分たち……特に廻お嬢様だったら“それって結局ゆいこ様の()()()()じゃない”とか何とか揚げ足を取りにいきそうなものだが、今回はそうならなかった。なんとなくでしか知らない“お芝居”という単語に興味を覚えたのもそうだが、今の彼の言葉が――きっかけこそ母であれ――本心からきたモノであると、幼いながらに納得したからだろう。

『そうだ。今度、母上に頼んでみますよ。ふたりも一緒に行けないかって。きっと気に入りますよ』
『よいのですか!』
『もちろん』
『え、えっと、それって。母様と父様も一緒でいいの!? あとあと、やなぎさんも、お屋敷のみんなも、一緒で!』
『はは……もちろんですよ』
『『おおー!』』

 お嬢様と顔を見合わせた。目の前の笑顔の周りでセミロングの黒髪が楽しげに揺れている。誕生日プレゼントのことなど、もう忘れてしまっていた。

『あ、じゃあ……輝星おにいさまの将来のゆめは……えっと、やくしゃさん? になることですか?』
『ふん、せんぱくすぎるわね藍珠。えんしゅつかさんとか、おうどうぐさんとか、他にもいろいろあるのよ、おしばいの世界って』

 ここぞとばかりにマウントを取ってくる廻お嬢様。本人も絶対よくわかっていないだろうが、悔しいことに自分はそんな単語すら知らない。言い返すこともままならず、ぷくっと頬を膨らませることしかできなかった。そんなこちらの様子に、兄代わりの彼は“まあまあ”と言って話題を戻してくれる。

『僕の将来の夢は、世界をよくすることです』
『『世界をよくする?』』

 これはきっと、いつものように喧嘩を始めそうになった自分らを宥めるために吐いた建前なのだろう。それっぽいことを言ってこちらの興味を誘導する……彼はよくこうして、幼い自分らを上手に制御してくれていた。
 けれど――

『霧島財閥には、力がある。力を合わせれば、世界中で起こっている悲しい争いごととか、問題とか、それらをなくすことだって、できる。僕はまだまだ未熟者だけど、母上と一緒に働くことができるようになったらきっと、そんな世界にしてみたい。それが僕の夢、目標ですよ』

 穏やかな笑顔を向ける彼のこの言葉も、本心からのモノだったかもしれない。

 たったの十数年でも、果てしなく感じるほどに昔の思い出。
 こんな他愛のないことが記憶に残っているのは、霧島三輪様が亡くなられる前日の会話だったから、なのだろうか。





「あ……」

 長机に毛布を重ねた簡易ベッドの上で、藍珠は目覚めた。

「わたくしは……いっ!?」

 上体を起こそうとすると、腹部に激痛が走った。じわじわずきずきと広がっていく痛みと共に、何が起こったのかを少しずつ思い出していく。

「撃たれた……ん、でしたわね。お兄様に……」

 首を傾け、周囲を見渡す。そこが秋葉原にある廻たちの仮拠点であることはすぐに把握できた。ということは、気を失ったままの自分をわざわざここまで運んできたのだろう。たまたま共闘しただけの、なんなら早々に離脱した、敵幹部の自分を。

「本当、お節介というかなんというか」

 窓の横のパイプ椅子にはメイドのデフォルメ絵が載った缶詰と、目白一織が書いたと思われる書き置きがあった。書き置きには彼ら――廻と一織と満太と鈴がこれからどこへ、何をしに向かうのか、都内はいまどんな状況なのかが簡潔に記されていた。そして、もし目覚めたのなら無理はしないようにという旨のメッセージで締められていた。その絶妙なお節介ぶりから、書いたのは目白一織でも監修したのは廻お嬢様だな……と、藍珠はなんとなく察する。

「いやいや……何を考えているのかしら、わたくしは」

 “廻お嬢様”じゃない。あれは偽物だ。忌々しい藤堂武蔵(ちちおや)の陰謀に巻き込まれて生まれてきた、語るもおぞましい冒涜の塊だ。そう思っていたし、何も違いない。違いないのだが……、

「……」

 そう思うのも、少し疲れてしまったみたいだ。

「わたくしは……」

 窓の外を見る。冬の夜空が白み始めている。

「…………」

 脱力しながら、藍珠はついさっき夢で見た幼き日の会話を思い出した。

 冷静に考えなくても、“世界をよくする”、“争いをなくす”ことがどれほど非現実的な、文字通りの夢物語かなんて明らかだ。全人類70億人、これだけの頭数があってまったく衝突しないなんて有り得ない。現にマクロ視点でもミクロ視点でも、世界中の争いは絶えずに存在しているのだ。今回の一件だってそうだ。まさに輝星が夢を語ったこの霧島財閥だって、バラバラに争いまくってこのザマじゃないか。

「お兄様……」

 小さく呟く藍珠。その声は自分にしか届かない。

 そういえば結局、みんなで観劇には行けなかったなと、灰色の天井に向かってそう溢すのだった。







5-9. ただいま/おかえりなさいませ

 

 

 1月3日。午前4時。

 

 東京都某所。郊外丘陵地帯に茂る、林の中に佇む洋館――霧島邸にて。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 

 本城輝星は正面玄関である大扉を開け放ち、弧を描いて下る石階段の先を見下ろしてそう言った。予想通り、時間ぴったりだった。

 

「仕掛けてくるとしたら夜明け直前だと、そう思っておりました。休息・準備に時間を要するのも、かと言って先延ばしにしすぎるのが得策でないのも確かですが……一番の理由はさしずめ、“黄昏”の力を扱う私への当てつけでしょうか」

 

 玄関前庭園の中ほどに停車した一台のバイク――マシンリボルブリンカー。持ち主たる廻はゆっくりと降車すると、ヘルメットを外して輝星の方を見上げる。つい2日前に訪れたときと異なり庭園内の――そしてここまでの私道にも――照明が点灯していた時点で、輝星がこちらのタイミングを察していることは薄々気づいていたが、実際こうも示し合わせたように対峙するとなると嫌悪を覚えずにはいられない。彼女のガラス玉のような左目がすうっと細まる。

 

「腐ってもわたしの教育係といったところかしらね。諸々の手間が省けるのは有り難いことだけれど」

「恐縮です。……それで? 些か人数が少ないように見えますが」

 

 輝星は階段を降りながら、廻の背後に視線を送る。停車したバイクは一台。持ち主よりワンテンポ遅れて降車したのは、輝星にとってほとんど接点のない金髪の少年――満太だった。

 

「一織くんは寝坊よ。もともとお正月は自宅でゴロゴロするタイプらしいし。……彼は“遅れて来る”」

「ほう……?」

 

 あまりに白々しい建前を聞き、輝星は思わずといった風に笑みを溢した。周囲を見渡せど、夜明け前の暗闇に溶け込んだ木々がざわざわと返事をするだけ。

 

「なにやら策を弄してきた様子。楽しみにさせていただこう……と言いたいところですが、いないのならちょうど良い。これから始まる神聖な決着に部外者は不要、ふさわしい顔ぶれになったというものです。……そこの彼がいなければ、ですが」

「……」

 

 満太の腰にはA.I.M.S.ショットライザーが装着されている。『琥珀の星』の幹部として目にしていた資料にそんなモノの存在はどこにも記されていなかった。輝星の瞳に明確な敵意が宿る。

 

「目白一織に引き続き、つくづく貴女は部外者を巻き込むのがお好きなようですね。ふむ……単刀直入に言おう、ぽっと出の仮面ライダー。今すぐ回れ右して帰るが良い。これは我々霧島家の問題だ。土足で入り込んでくるなど、下品極まりない」

「……アンタに用はなくても、オレにはある。大変個人的で、アンタからすれば幼稚な私怨かもしれねーけどな」

 

 威圧的な視線を前に、満太は全く萎縮していなかった。この“得体の知れない変身装置”を身につけた日、日数にしてたったの10日ほど前のあの日から、廻を取り巻く因縁には徹底的に付き合うと覚悟している。……それに加えて『大変個人的な私怨』もあるのだ。狼狽えてなどいられない。

 

「まあ、良いでしょう。今の私は誰にも“期待”しない。誰もが自分の思った通りに動かせると思い込んでいた、半年前の私とは違うのだ。――その代わり、“支配”する。思い通りに動かないモノは、力ずくででも動かす」

「……本当に変わったわね、輝星さん」

「変わらない。人は変われないのですよ、お嬢様。もともと持っていたものがどう表面化するか……それだけです」

 

 首をコキコキと鳴らし、輝星は懐から『エボルドライバー』を取り出した。星座盤のような意匠の施されたシリンダーと大きなレバーを携えたその装置が装着されると、それだけで得も言われぬプレッシャーが放たれる。

 

「……行くわよ、満太くん」

「了解っす……!」

 

 一気に張り詰めた空気を振り払うようにして、廻と満太もそれぞれ戦闘態勢に入る。

 

FANG(ファング)!》

 

 満太は右手に握りしめた『バイティングシャークプログライズキー』を起動、ショットライザーのバックルに挿入した。ベルト帯の右腰部分に取り付けられた霧島昇のデバイスがAIサポートの代わりを果たし、《authorize(オーソライズ)》の音声と共にキーのロックが解除される。拳銃内部で展開されたキーは接続ポートを介してライダモデルデータを高速解凍。構築準備が完了され、“得体の知れない変身装置”は変身待機状態へと移行した。

 

《Kamen-Rider...  Kamen-Rider...  Kamen-Rider...》

 

 部外者が何だ。ぽっと出がどうした。

 “あの子”が最初に巻き込まれたその日から、こちとらずっと当事者なんだよ……!

 

 

「 変 身 ッ ! 」

 

 

SHOT(ショット) RISE(ライズ)!》

  ――《BITING(バイティング) SHARK(シャーク)!》

 

 銃口より放たれる、蒼く輝く弾丸。自身の周りを旋回して戻ってきたそれを左手で掴み取ると、青と白のアーマーが前腕部を包み込む。2色の軌跡はそのまま腕を登り、胴体から全身へ。最後に顔を覆い尽くすと、沈み込むようにして定着。排熱による白い蒸気を棚引かせ、銀色の複眼が煌々と輝く。

 

《Fangs that can chomp through concrete...》

 

 仮面ライダーバルバトス・“バイティングシャーク”。

 辮髪をなびかせるサメの仮面ライダー。人間に銃を向けるのも、暴力を振るうのも不得手な仮面ライダー。

 その不安も恐怖も隠し、満太は仮面越しに敵を見据えるのだった。

 

TENTACLE(テンタクル)!》

 

 廻は左手で掲げた『フローティングクリオネプログライズキー』を起動、手首を返して滅亡迅雷フォースライザーへと挿入する。バックルが鳴動し、廻の機体各部位と接続されていった。何度も千切られ斬り落とされ、その度に復元してきた今の身体はもはやヒューマギアとさえ呼べないものなのかもしれないが、この非合法変身装置は全く意に介すこともないかのように変わりのない過負荷を与えてくる。

 ……いや、元よりヒューマギアをベースに複数の時空の技術を混ぜ合わせて生まれた機体なのだ。おまけに見た目も母と混ざっている。これでは模造した偽物ですらない――と思わず自嘲したくなるが、逆に言えばそれまでだ。自分の存在を恥じたり呪ったりする段階はとうに過ぎている。

 

「(最後の変身になるのかしらね。……いえ、してみせる。彼のためにも、わたし自身のためにも)」

 

 両手に搭載されたセンサーには、屋上で彼と触れ合ったときの“情報”が記録されている。この色味のない、輪郭もない“情報”に早く名前をつけたい。それを自分の言葉で説明できるようになりたい。

 復讐という過去ではなく、未来に目を向けて戦う術を……今のわたしは知っているのだから!

 

 

「 変 身 …… ! 」

 

 

《 フ ォ ー ス ラ イ ズ ! 》

  ――《FLOATING(フローティング) CLIONE(クリオネ)!》

 

 こじ開けられたキーから飛び出すクリオネのライダモデル。認証を無視して強制射出され、逃げるようにもがく様も今日で見納めかしらと、廻はふとそう思う。しかし自身の周りでバラバラに分解されるその流氷の天使は、普段よりもどこか穏やかに見えた。

 

《 ブ レ イ ク ダ ウ ン ―― ! 》

 

 仮面ライダー(めぐり)・“フローティングクリオネ”。

 真っ赤なひとつ目を光らせるクリオネの仮面ライダー。一度は人を信じることを辞め、何度も回り道をしながら故郷に戻ってきた仮面ライダー。

 自分の身体のようにデコボコした道のりを振り返り、廻は仮面の奥で薄く微笑むのだった。

 

《 タ コ(OCTOPUS) ! 》 / 《 電 気(LIGHT) ! 》

  ――《 E・V・O・L  Match ―― ! 》

 

「私にも夢があった。下品で愚かで、純粋な夢だ」

 

 輝星は使い慣れたオクトパスフルボトル、藍珠から奪ったライトフルボトルをそれぞれドライバーに装填。レバーを回し、各々に詰め込まれた成分を循環させる。

 

「ひとえに……みんなが大切だったからだ。お嬢様も、藍珠も、霧島家という大きすぎる組織にいてはいずれ様々な困難に見舞われるだろう。ならば本城家が秩序をもたらし、誰も傷つかない世界を予め実現しようと、そう思ったのだ」

 

 ドライバーからは2色のチューブが伸び、血管の如く無軌道に枝分かれしながら彼の身体を包み込んでいく。

 

「だが奥様が亡くなり、旦那様がプロジェクトMを始め、気づかぬうちに私はその夢を忘れていった。現実を見るようになったのだ。母に用意された、母にとって都合の良い理想(げんじつ)を」

 

 その現実の果てに、何があった? “旧支配者”という強大な力を深掘りして、どんな成果が得られた?

 拡大したプロジェクトMは様々な“意志”を孕んで滅茶苦茶になり、大切だった筈のお嬢様は考え得る限り最悪の形で傷ついた。力を手にした数多の“意志”が好き放題暴れ始め、今日(こんにち)に至るまでの数多の争いを生んだ。

 もうたくさんだ。バラバラの意志に“力”を与えればそれは悉く争いの種になる。ならばひとりの支配者が、無理矢理にでも世界を変えるしかないだろう。そのためにまず――目の前の聞き分けのない子から争う力を取り上げる必要がある……!

 

《 ......Are You Ready?》

 

 

「 変、 身 ! 」

 

 

 チューブが収束し、全身に絡みつく。やがてそれらが内側から弾け飛ぶと、石灰色の鎧とマントに身を包んだ騎士の姿が浮かび上がる。

 

《 OCTOPUS – LIGHT ! 》

 

 仮面ライダーガイスト・“オクトパスライトフォーム”。

 二振りのスチームブレードをそれぞれ順手・逆手に構える仮面ライダー。母の期待に背き、吹っ切れてぶっ壊れた仮面ライダー。

 壮大で自分勝手で、どこまでも純粋な“意志(ゆめ)”を思い出し、輝星はその大きな仮面ごと空を仰ぐのだった。

 

 

 

  *  *

 

 

 

「そんな……」

 

 瓦礫の山を目にし、藍珠は言葉を失った。

 EPビルが爆破されたことは目白一織の書き置きを通して知らされていたし、そのために都内が大混乱に陥っていることもネットニュースを見て既に知っていた。しかしながらどうしてもいてもたってもいられなくなり、負傷による激痛に耐えながらふらふらと現場まで歩いてきていたのだ。

 

 封鎖されていて遠目でしか確認できないが、投入された救急隊や警察が右往左往しているのが見える。ニュースでは『遺体は何故かゼロ』『社員たちはまるで消滅したかのよう』と報じられていた。倒壊そのものの被害もそうだが、世間を困惑させて止まないのはこちらの方だろう。しかし『琥珀の星』の執行者としてスマッシュの技術に多少なりとも触れてきた藍珠には理解できた。

 

「これでは……もう……」

 

 消滅という表現は実は的を射ていて、これは高濃度のガスを浴びてスマッシュにされた人間の、言うなれば“死に様”なのだ。久我山吾郎らのように少量のガスで変異した人物は倒されても変異が解けるだけか、せいぜい記憶障害が起こるくらいだが、より強力なスマッシュになるために大量のガスを取り込んだとしたらその限りではない。『琥珀の星』としても動物実験を経てそのことを知っていたため、安易な人体実験を行うこともなかったのだが。

 

「いや、違う、のかもしれない……。わたくしは結局、都合のいい真実を見ていた、だけ……」

 

 書き置きには小黒鈴が見たのだという“地下封鎖区画”のことも記されていた。藍珠にとって初めて聞く単語であり、ましてやそこに()()()()()()()()()()()()()()()()()()ゾンビが蔓延っていることなど知るわけがない。

 輝星が『スパイとして教団に加担していた』ことも知らなかった以上、自分に知らされていた“真実”がどれほど脚色されていたかなんてもはや想像もつかないと言えよう。

 

「わたくしは、なんのために戦っていたのでしょうね……」

 

 プロジェクトMの後始末のため。父親の過ちを償うため。正義と秩序のため。

 つい数日前まで胸を張って豪語していた筈の言葉たちが、思考の上辺を滑って消えていくようだった。

 

「あら……?」

 

 踵を返そうとしたそのとき、藍珠の耳が不可解な音を拾う。改めてビルの方を見やると、右往左往していた人影たちが一層慌ただしくなっているように見えた。

 

「まさか……」

 

 痛みを再び抑え込み、藍珠は歩き出した。

 

 

 

  *  *

 

 

 

 戦いは互角だった。

 ほんの最初の、時間にして数十秒の間だけであったが。

 

『うぉらァ!』

『ここ!』

 

 バルバトスの射撃に合わせ、後方から廻の狙撃が飛来する。それらに対してガイストは防御も回避も行わず、スチームブレードを構えて突撃を開始した。結果的に合計4発の光弾は石灰色の騎士に直撃。しかし彼はまったく怯むことなく、ふたりの仮面ライダーに向かって斬撃を繰り出した。

 

『そォれ――!!』

 

 凄まじい速度と威力を有した斬撃の嵐。ラムダのブレードをへし折り、ディープ・ワンの装甲を容易く切断したその攻撃をまともに受ければ、基本形態の廻はもちろん防御力に優れたバルバトスでさえ無事では済まないだろう。ふたりは全力で回避行動を取り、幾重にも飛び交う太刀筋を掻い潜っていく。

 しかし、そもそもの出力が違う。直撃を避けてもその衝撃が、衝撃をくぐり抜けたとしてもそれによって砕け散った石畳の破片などが降りかかるのだ。致命傷こそ受けていないとは言え、廻とバルバトスには着実にダメージが蓄積されている。

 

『さぁて? 最初の勢いはどうしました?』

 

 最初の数十秒が経過した後、ガイストが反撃を開始してからは一転してこのような形勢と相成った。今の彼は回避を一切行わない。どことなく洗脳状態のアマゾンラムダに似たスタイルだが、最大の相違点は“防御も”行わないところだ。ふたりの攻撃を食らいながら前進し、お構いなしに攻撃を繰り出してくる。鎧やマントに傷がついている様子から、まったく効いていないわけではない。根気よくダメージを与えていけば有効打を狙うことも可能なのだろうが……。

 

『ならばやはり、こちらから参りましょうかァ――!』

 

 とにかく攻撃が苛烈すぎる。一撃一撃の威力は前述の通り、それに加えて機動力・スピードもこれまで相対したどの敵をも上回っているのだ。廻・バルバトスの方こそ回避に精一杯で、次第に手数が減っていったのだった。

 

『メグさん、いまオレが考えてること、わかりますか……!?』

『「年末に戦ったときのラムダって実は手加減してたんじゃあないのか」ってことなら、わたしも全く同じ気持ちよ!!』

『さっすが先輩――うぐっ!!』

 

 一際(ひときわ)重たい風圧を叩き付けられ、バルバトスはたたらを踏んだ。視線の先では噴水の上に降り立ったガイストが、その手に持ったスチームブレードを余裕そうに眺めている。

 

『そうだ……ひとつ教示して差し上げましょう。“北館地下”のことです』

『『……!』』

 

 片方の剣を噴水に突き立て、彼は懐から小さなUSBメモリを取り出した。やっとこさ体勢を整え直したこちらに向かって、それを見せつけるように掲げてみせる。

 

『扉のロックを解除するためのコードは、既にこちらに入れております。母が亡き今、本城家の人間は私ただひとりのみ。……つまり北館地下に入るためには、私を倒してこのUSBメモリを手に入れるしかない、と言うわけです』

『ハン……随分とご丁寧なこって』

『情けなどではございませんよ。状況を制御し、簡潔に、明確に、わかりやすい状態にしておいた方が落ち着く性質(タチ)でしてね』

 

 ガイストはそのメモリをしまい直すと、再び両手に剣を持つ。それらの刀身を擦り合わせ、耳障りな金属音と共に小さな笑い声を溢した。

 

『なにより……負ける気など毛頭ありませんからねェ――!』

 

 手の埃を払うような動作でスチームブレードを叩き合わせ、カチンカチンという音と共に火花が散る。

 

『――!? バルバトス、避けてぇぇっ!!』

『な……!?』

 

 廻は見逃していなかった。二振りのブレードの中ほど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

Ice(アイス) Steam(スチーム)...!》 / 《 Electric(エレキ) Steam(スチーム)...!》

 

『そォォォれエエエーーーーーッ!!』

 

 電撃を纏い、青白く発光した氷塊の弾幕が降り注ぐ。トランスチームシステム時代とは威力も範囲も桁違いで、既に消耗していた廻たちは直撃を許してしまった。直接斬りつける攻撃でなかったが故に何とか五体満足でいられたものの、石畳に倒れ伏したふたりはしばらく立ち上がれそうもないだろう。

 

『ぐっ、クソ……!』

『gggg、あ、aう……!!』

 

 悠々と地面に降りてきたガイストはマントをなびかせ、ゆっくりと彼らに歩み寄っていく。動作こそゆっくりだが、そこには躊躇も容赦もない。一切の油断もなく、次の一撃でふたりを確実に仕留めるという意志を携えていた。

 しかし廻は仮面の奥で不敵に笑った。半分剥き出しになったその顔を綻ばせ、誰にも聞こえないほどの小声でとあることを呟くのだった。

 

『今よ、一織くん』

『……!』

 

 その瞬間、ガイストの背後に一体の異形が現れた。黄色く吊り上がった両目と暗い青色の体躯を持つその異形はまるで瞬間移動でもしてきたかのようにその場に立っていて、それでいて既に腕を振りかぶっていた。距離にして1メートル以内、渾身の拳を灰色の後頭部に叩き付けるようにして――。

 

 

 

『……そろそろ来る頃だと思ったぞ、目白一織。私が()()()()()()()()()()()()()()()必ず来るだろうと』

 

 

 

 だがその異形――アマゾンラムダの拳はどこにも当たらなかった。

 拳が当たるよりも先に、ガイストの振り抜いた剣の切っ先がラムダの胸部を切り裂いたからだ。

 

『うっ!? ああああッ』

 

 想定外の反撃を受けた彼は廻とバルバトスの間をすり抜けるようにして吹き飛び、血飛沫を撒き散らしながら真っ白な塀に激突した。ようやく上体を起こしたふたりは今度こそ絶句する。

 

『ふふ……アハハハハハハハハハハハハハ!! こうも予想通りだと流石に笑わずにはいられない! ええ、ええ! 来るでしょうよ! その人喰いが奇襲を企てていたことなど自明だったのですからねェ!』

 

 仮面を押さえて笑い声を上げながら、ガイストは振り返る。先ほどラムダが一瞬にして出現した場所――その地面には大きく口を開けた、鉄製のハッチがあった。

 

『貴女もよく、ここに忍び込んでは旦那様に叱られていましたね! ああ、そうそう! ちょうどこの噴水横、西の花壇の端のハッチが、お気に入りでしたっけ?』

『……っ』

 

 霧島昇はよく“物好き”と言われていた。元々広かった屋敷を減築したのも、かと思えば地下通路や地下室をやたらと増築したのもその要因のひとつである。

 

 初手で目白一織の姿がなかったときから、輝星はずっと奇襲を警戒していた。だがここは霧島邸。部外者である一織が奇襲を成功させるには、勝手知ったる廻の手引き……言うなれば入れ知恵が不可欠だ。そして、正面玄関で戦闘を開始する輝星に気取(けど)られずに敷地外から接近できる“裏口”となれば、自ずと選択肢は限られてくると言うものだ。あとは敢えて“隙”を晒して相手の動きを制御するだけ。そうして動きを読んでしまえば、スペックで勝るこちらが出遅れることなど有り得ないのだ。

 

『ははは、ふふ……! ああよかったよかった。これで全員、()()()()()()?』

 

 目の前で倒れ伏す仮面ライダーは3人になった。ガイストは満を持して、ベルトのレバーに手をかける。

 

『神聖な決着に異物が紛れるのは本意でないとは言え……やはり“これ”を使うのは全員揃ってからの方が、効率的だ』

『っ! 来るわ、ラムダ、バルバトス――』

 

 真っ先に身構える廻。だが既に、ベルトの操作は終えている。

 

『まとめて黄昏に沈め……《トワイライトゾーン》!!』

 

 装填された二本のフルボトルが強く発光し、その異能が発動する。

 直後、あらゆる音や光、知覚で感じ取れるすべての事象が廻たちから取り上げられた。

 

 闇でも光でもない“曖昧な空白”に五感を閉じ込める能力――《トワイライトゾーン》。“曖昧”というのは“まったく分からない”ことよりもタチが悪い。発動時間はおよそ25秒ほどだが、この間誰もガイストの行動を追えず、無防備な状態では攻撃を防ぐことも避けることも不可能だ。

 

『……ほう?』

 

 しかし、形容しがたい色に染まった庭園内で唯一自由に動けるはずのガイストは、広がった光景に疑問符を浮かべた。

 目の前にいた3人の仮面ライダーが静止していたのだ。……いや、トワイライトゾーンは別に時を止める能力ではない。あくまで知覚を奪うだけだ。EPビルで初めて使用したとき、ラムダと廻は前後不覚になったままふらふらと動いていた。つまり今の彼らはそれぞれ、自らの意思でぴたりと静止しているということになる。

 

『ふむ。……ふふふ、あはははははハハハハ! なるほど、そうきましたか! そうでしたねェ! 私はあの時、トワイライトゾーン発動中に反撃を受けたのでした!』

 

 EPビルでの使用の際、ガイストは気づかぬうちに廻からの反撃を受けていたのだ。その時は驚愕を隠せずにいたが、ある程度の可能性は絞り込めていた。そして、今の彼らの挙動を見ることである可能性に確信を持つに至る。

 

 昨日、トワイライトゾーン発動中に輝星は必殺技を放ち、廻とラムダに斬撃を叩き付けようとした。その瞬間、まさに斬撃が当たる瞬間に反撃を受けたのだろう。触覚や痛覚さえ“曖昧”になった状態では、攻撃を受けたことはわかってもその方向はわからない。しかし、裏を返せば()()()()()()()()()()()()()()と言えるだろう。即ち彼我(ひが)が最接近する瞬間だ。つまり完璧なタイミングで“全方位”に反撃を繰り出せば、それは必中のカウンターとなる。防御も回避も封じられた領域内で、唯一有効になるのは“反撃”だったというわけだ。

 

 えらく力業で、かつ品のない対処法と言えるが……輝星は不思議と納得できたのだった。

 

『本当に貴女らしい……下品だが芯の通った発想ですね、廻さまァ……!』

 

 だがタネが割れてしまえばどうと言うことはない。目の前の仮面ライダーたちは無駄にもがくこともせず、五感に頼ることを捨てて反撃の準備をしている。それさえ把握できればいくらでも手は打てると言うものだ。

 

『つまり……“接近せずにトドメを刺せば良い”、ということですねェ……!』

 

 レバーを回し、出力を高める。右手のスチームブレードを逆手に持ち替え、大きく振りかぶる。両脚を前後に開き、腰を落とす。洗練されたその挙動はまるで槍投げのフォームのよう。

 

『近接攻撃より威力は落ちるが、問題なし……! 急所を貫き、一撃で仕留めてみせよう!』

 

 狙うのはもちろん廻からだ。ルルイエ異本の力を扱う彼女さえいなくなれば、あとのふたりは片手間で処理できる。それに現在の輝星の目的は彼女の記憶(セントラル)メモリの回収、何よりも優先して然るべきだ。あとは誤って頭部を吹き飛ばさないようにすれば良いだけのこと。

 

『さあ決着です、お嬢様……!!』

 

 エボルドライバーが禍々しく発光する。最大出力を再現したことを知らせる音声が鳴り響く。大きく踏み込み、腰を捻り、廻の胴部――人間だと心臓がある部位を目がけ、一直線に――

 

 

 

『ッッ!?』

 

 

 

 しかし、その寸前でガイストは飛び退いた。直後、25秒が経過したことでトワイライトゾーンが解除される。

 五感が元に戻ったバルバトスとラムダ、それから廻は反撃の構えを解き、状況を確かめ合うように顔を見合わせたり辺りを見回したりしていた。

 

『(なんだ……?)』

 

 だがこの場で最も困惑しているのは、トワイライトゾーンが発動したにも関わらず全員無傷だった廻たちではなく、輝星の方であった。

 

『(見間違いか? いや……)』

 

 必殺の投擲を放つ直前、そして25秒が経過する直前、彼の視界の端に不可解な光景が映り込んでいた。

 

『(あの子供……ぽっと出の、部外者……)』

 

 輝星は名前も知らないが、それは仮面ライダーバルバトスの挙動だった。

 眼中にない、歯牙にもかけていない、名前を知る必要もないと思っていた仮面ライダー……。彼がバックルの拳銃をおもむろに取り外し、()()()()()()()()()()()()()()()

 

『どういうことだ……』

 

 思わず独りごちる輝星。その確かな動揺を知ってか知らずか、目の前の仮面ライダーたちは無言のまま構え直すのみ。

 

()()()、いたのか……? トワイライトゾーンの中で……』

 

 スチームブレードを握り直す。手甲の奥の拳に、冷や汗が滲んだ気がした。

 

 

 

 




 次回、


「5-10. 最期の秘策」


 《トワイライトゾーン》の攻略法とは――?

 
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