「満太くん」
作戦会議を終え、いよいよ決戦に向けて最後の休息を取ろうと解散した頃。満太は廻に声をかけられた。
「どうしました?」
「ひとつ、あなたに謝らなければならないことがあるわ。あなたのその変身装置、
手袋を嵌めた右手で、満太の持つ拳銃型のベルトを指さす廻。これは約1週間前、川辺に倒れた廻が何者かに渡されたものだと聞いている。この年末年始の怒濤ぶりによってつい忘れてしまいそうになるが、その人物の正体や意図などは未だに謎のまま……プロジェクトMや『琥珀の星』に関する背景の大部分が明らかになった今でさえ、輪郭すら掴めていない暗部なのである。
「ああ、これ。結局何なんすかね。これをくれたっていう人、メグさんのお父さんかもしれないんでしたっけ」
「父はもういないわ、そのはずよ。その人影に面影を感じたのは確かだけれど、わたしの見間違いの可能性だってある。と言うかその可能性の方がよっぽど高い。あのときのわたしの思考回路はバグまみれだったでしょうし」
廻は静かに首を振り、「そこで聞き耳を立てている無粋な変態によってめちゃくちゃにされた直後だしね」と呟いた。打ちっぱなしの柱の陰からギクゥみたいな効果音が聞こえた気がしたが、満太はひとまず気にしないことにした。
「そのあたりのことも、メグさんちの北館地下に行けば分かるんすかね」
「そう、だといいわね。けれど、ひとつだけ確かなこともある。……謝りたいというのは、それについてよ」
俯く廻。
本当はもう少し先にしたいと思っていた。戦いが一段落ついて、この良くも悪くも純粋な後輩がその事実を受け止められるようになってから、説明しようと思っていた。満太が初めて変身してからまだ1週間しか経っていないのだ、時期尚早であることは明白。しかし決戦は明日――厳密に言えばもう今日――に迫っていて、それは廻にとって、けじめをつける逃れようのないタイミングとなっていた。
しかし目の前の後輩は「ああ」と言って笑い、廻の躊躇いがちな謝罪を遮った。
「もう分かってますよオレ。このベルト、生け贄にされた人の犠牲によって生まれたんですよね」
「え」
廻は言葉を失う。それはまさに今、彼女が告白しようとしたひとつの“真実”だ。
「さすがに分かりますよ。かいつまんで聞いただけですけど、オレだって『銀の鍵』の仕組みとか一応理解してる、つもりだし。文脈?と言うか、そんな感じので分かってました。ああ多分そうなんだなって。……そんで、メグさんがその文脈を悟らせないように“かいつまんで”くれたことも、なんとなく」
「…………」
廻の思考にノイズが走る。摩耗したヒトの感性でも、これが“罪悪感”であることは理解できた。なし崩し的にとは言え部外者であるはずの満太を巻き込み、7人の命を踏み台にして取り出されたドライバーを託したこと。『銀の鍵』による犠牲を背負わせるという、自分をヒューマギアに変えた教団と本質的に同じことをしてしまったこと。なにより、それをひた隠しにして都合良く戦わせてしまったことへの罪悪感だ。しかも、そんな思惑もとっくに見抜かれていたのだから世話がない。なんと愚かで滑稽だったのだろうと、廻は痛烈に自覚した。
「あの――」
「謝らないでくださいよ。大丈夫です、オレ」
「え」
再び遮り、ショットライザーを軽く掲げる満太。たった1週間前と比べ、不思議と
「ああ、えと。生け贄になった人たちのことなんざ気にしねぇ、なんて言いませんよ? 『銀の鍵』は確かに悪逆非道な技術だし、それを多用する教団や『琥珀の星』も碌でもない連中だって思う。ただまあ……本音を言うと実感ないんすよね、命を背負うとかそういうの。オレ、やっぱりまだまだガキで、普通の男子高校生だし」
でも、と呼吸を整える後輩。
……なんだ、サマになっているどころじゃない。それはとっくに戦う覚悟をしている者の表情だ。廻の記憶の中で、何度も見た“彼”の表情に重なるものがあった。
「“変わることができた”実感ならあります。なにもできずに気を失ってただけの自分から、少なくとも立ち向かうことのできる自分になれたっていう実感なら。そっちの方が大きいから、オレは大丈夫です」
「そう、なのね」
「あー……だからその、犠牲を背負っちゃった実感が出てきたら言いますんで、そのときはめっちゃ謝ってください」
ここでは謝るなと、こんなところで
「……まったく、分かったわよ。わたしの負け。完敗」
「へ? なにがっすか?」
「なんでもないわ」
「あ、でもなんか自分で言ってて嫌になってきたな……。オレいま超自己中で超開き直ったこと言いましたよね……」
「まあ、責任感より自己満足感の方が高いから問題ない、という要約で合っているのなら、そうね」
「簡潔に説明されると最悪さが際立ちますね!? いやカッコ悪っ!」
「気づくの今なのね」
やれやれと肩をすくめると、廻は「大丈夫」と言って微笑んだ。
「結構カッコ良かったと思うわよ。そっちの方で聞き耳を立てている無粋な乙女も、思わず惚れてしまうかもしれないくらいには」
指し示された反対側の柱の影からヒェッみたいな息遣いが聞こえた気がした。満太は気にしないフリをすることにした。
「まったくもう。わたしが巻き込んでしまった人たちは揃いも揃って自己中心的で、呆れるほど無粋なんだから……」
髪を撫で、窓越しに街のネオンを眺める廻。
「(一番自己中心的で無粋なのは、自分の因縁にみんなを巻き込んだわたし自身。それくらいはとっくに分かっている。けれど――)」
そして誰にも聞こえていない……という
「この4人で決着に向かえることを、わたしは誇りに思う」
このとき、彼女の思考にひとつの閃きが降りてきた。
それは秘策だ。今の廻――自己中心的で無粋で、でも少しだけ誰かを信じることを知った彼女だからこそ思いつけたであろう秘策。1年前の自分が聞いたら鼻で笑うだろうか。いや、鼻を鳴らすことなどできないのだが。
「満太くん、お願いがあるわ」
振り返り、口を開く。
強張りもしない金属製の肩が、少しだけ軽くなったような錯覚を覚えながら。
『(こいつ……ぽっと出の仮面ライダー……)』
輝星は仮面越しにその姿を睨み付ける。バルバトスの持つキリリとした表情の仮面からは、変身者の心情は読み取れない。
『(スペック上は遥か格下。エボルドライバーの足元にも及ばない。そしてこの少年は巻き込まれただけの高校生、部外者……それは間違いないはず)』
だが彼はつい先ほど、《トワイライトゾーン》発動中にこちらに銃口を向けた……気がする。あらゆる知覚が“曖昧”のまま固定された空間で、迷いなくこちらを狙っていた……ように見えた。
『(A.I.M.S.ショットライザーの能力か? いや……いくらプログライズキーのある時空が機械工学に長けた世界だったとしても、体系のまるで違うエボルドライバーの能力に対抗でき得るとは考えられない。考えられないはずだが……)』
もしかしたら気のせいなのかもしれない。当てずっぽうで動いたバルバトスの挙動がたまたまそう見えただけで、あのまま必殺技に繋げていたら今頃勝っていたのかもしれない。いや、そもそもバルバトスひとりを潰すのであればトワイライトゾーンに頼るまでもないのだ。彼が不安要素になるのなら集中攻撃してしまえばいいだけのこと。そうすれば心置きなく、能力を使うことができるはず。
だがそこまで思案すると、輝星は自嘲気味に呟いた。
『ふ、「かもしれない」だの「はずだ」だの。この期に及んで私はなんとまあ、陰湿な』
いずれ自分は新世界の支配者になる。今はまだ不完全なエボルドライバーを完成させ、旧支配者ハスターの力だって再現させてみせる。そんな自分が、安全策だと言い張ってつまらない戦法を繰り出すのか?
『……冗談じゃない』
必要なのは“完封”だ。“完全勝利”だ。バルバトスの挙動がホンモノだろうがハッタリだろうが、真正面から打ち破ってこその支配者だろう。
目の前の3人を見据え、ガイストは改めてベルトに手をかける。
『炙り出してやる。来るが良い……《トワイライトゾーン》!!』
『ッ! 構えて、ふたりと、も――』
廻の声がすぼまる。彼女が言い終わるより先に、ガイストの異能が発動したからだ。すべての知覚が曖昧となって、ラムダも廻もその声の方角がわからなくなる。同時に執るのは防御姿勢。ガイストがどこから攻撃してきても即座に反撃するという対処法だが、輝星が遠距離攻撃をすると決めた今となってはまったく無意味な戦法だ。
そしてその男――仮面ライダーバルバトスも同じ姿勢を執っていた。
『さて……?』
青と白の鎧の隣に立つガイスト。これほど近くにいても、バルバトスがこちらを察知している様子は今のところないように見える。
『(発動時間は25秒。その間に見極めてやろう。この部外者の行動、その意味を――む?)』
突如、バルバトスはバックルの拳銃を外した。そして勢いよく、銃口を向ける。……ガイストのいない、明後日の方向へと。
『こんのっ!』
そのまま彼は立て続けに発砲。だがその3発の光弾は当然当たることなどなく、少し離れた噴水の根元に突き刺さるだけだった。噴水はへし折れ、甲高い破砕音が響き渡る。
『…………はっ』
思わず息が漏れた。それは輝星にとって嘲りと賞賛の入り交じったものであった。
『無礼を詫びよう、少年! たかだかハッタリひとつでこの私を一度だけとは言え牽制したのだから! たったひとつの対処法であった防御を解き、敢えて攻撃してみせるその無謀さと、なにも見えていないなどとは感じさせないほどの真に迫った演技! 実に素晴らしい! 私は敬意を表する!』
きっとこの言葉もよく聞こえていないのだろうが、輝星はそう言わずにはいられなかった。
『敬意を表して……貴様から先に殺してやろう』
ベルトを掴み、レバーを回す。必殺技の発動に向けて、エボルドライバーの出力が高められていく。あとは反撃を受けないように、距離を取ってから放つだけだ。
『さらばだ名も知らぬ仮面ライダーよ。新たな支配者の肥やしになるが良――、……』
地面を蹴って飛び退いた直後、輝星の思考は固まった。
何かがおかしい。
バルバトスの動きはハッタリだった。彼は他のふたりと同様、なにも見えていなかったしなにも察知できていなかった。その迫真の挙動がたまたまガイストの動きとマッチしたから、ハッタリとして成立しただけのこと。だが輝星は現在、猛烈な違和感を覚えていた。
なんだ? なにを見落としている?
跳んでから再び地面に足をつけるまでのコンマ数秒が嫌に長く感じる。自分はコンマ数秒後に着地し、同時に必殺技の準備が整う。そうしたら反撃不可の投擲を繰り出すだけ。そのはずだ。
違和感を探す。
噴水が目に入る。バルバトスの当てずっぽうな射撃が命中した噴水だ。そう、命中したのだ。命中して噴水を破壊した。たまたま当たっただけと言えばその通りだ。生垣でも石畳の地面でもなく、たまたま噴水に当たっただけ。何も反論はできない。だが綺麗に破壊された噴水はまるで『でしょ? 何も見えてないでしょ?』とでも言いたげなほど……本当に綺麗に破壊されている。ように見える。
『(なんだ……? 私はなにを、なにを……?)』
そもそも、だ。
アマゾンラムダ――目白一織の奇襲は少々お粗末なものではなかったか? それは廻の知る地下ハッチを通っての奇襲だが、当然霧島邸で生まれ育った輝星もその存在を知っている。知っているからこそ見破ることができたのだ。それに戦闘開始前、廻はラムダの奇襲を匂わせる発言すらしていた。メリットなどまったくない筈なのに。
ラムダの奇襲が失敗した後、仮面ライダー3人は妙に静かだった。向こうから仕掛けてくることもせず、ただ周りを気にしながら構えるだけ。ガイストの圧倒的な性能を警戒してと言うことなら説明がつくかもしれないが、同時にどこか、《トワイライトゾーン》の発動を待っているかのような……。
コンマ数秒が終わる。必殺技の発動準備が整い、ガイストの両足は地面につく。そして――
着地したガイストの後頭部に、アタッシュライフルの銃口が突きつけられていた。
『は――?』
《
銃口から放たれる数百発の風の弾丸。ほぼゼロ距離でぶちまけられた無数の弾丸は石灰色の鎧を穿ち、削り、その強靱な全身装甲に痛烈なダメージを当てていった。
『なンだとオオオオォォォォォーーーー!?』
大きく吹き飛ばされながら、ガイストは背後の存在を見る。果たしてそれは廻だった。バルバトスへトドメを刺そうと飛び退いた先で、まるでこちらの動きを読んでいたかのように彼女が待ち構えていたのだ。
『一体なにが……はっ!?』
背後に再び感じる殺気。それは廻の怜悧なものとは対照的な、獰猛な捕食者のプレッシャーだ。
《
ラムダの薙ぐように放った裏拳が、ガイストの胴部に突き刺さる。肩に取り付けられたパイプ状の装飾が折れ、ローブのようなマントが大きく引き裂かれた。
『う、げええ!?』
『おっおー。何となくだけど手応えアリっと』
『目白一織、貴様なにを――うぐっ!?』
フラフラよろよろしながらもそんな緊張感のないことを呟くラムダ。思わず怒号を放とうとしたガイストに、バルバトスの放つ光弾が今度こそ直撃していく。
『(これは、これは一体ッ!?)』
視界は淡いセピア色のまま。先ほどのラムダの呟きからして間違いなく彼は“見えていない”し、こちらの声もぼんやりとしか“聞こえていない”。トワイライトゾーンは問題なく発動している、そのはずだ。
そのはずなのに、なぜこちらが一歩的に攻撃を受ける? 輝星の抱いた疑問も、続けざまに殴りつけてきた狙撃弾に阻まれ乱暴に煽られる。思考の奥底で、パズルのピースが嵌まる音がした。
『(そうか……そういうことか! 違和感の正体はこれだ! 私は、
バルバトスが噴水を撃ち抜いたのは演出だ。彼は確かになにも見えていないが、“なにも見えていないこと”をわかりやすく演出するために噴水を狙った。否――狙わされた。
奇襲もその匂わせも、演出に過ぎない。奇襲が成功すれば儲けもの程度だったのだろう。輝星が奇襲を警戒し、そこに思考のリソースを割いた時点で、本来の目的は達成されている。事実、輝星は一織の奇襲の予測を優先し、その場に“もうひとりいない”ことを思考の隅に追いやった。
すべては陽動。
気づくのが遅すぎた? いや、むしろ輝星はこの時点で気づけた自分を褒めてやりたいとさえ思った。常人にはとてもじゃないが気づけない。気づくとしたらどうしようもなく敗北した後だ。輝星は“あの小娘”のやり方を知っているからこそ、何度も目の当たりにしているからこそ、敗北する寸前で何とか気づくことができたのだ。
『やはり私を出し抜くのは、とことん貴様というワケかァ……小黒鈴ゥゥゥゥゥ!!!』
霧島邸本館から1キロほど離れた、私有地の林の中。そこにぽつんと佇む、今は使われていない電波塔。幼い廻や藍珠がよく入り込んでは、本城親子に怒られていた場所だと聞いている。地下ハッチに比べてもだいぶ危険なためか、キツく立ち入り禁止を言い渡されたのだとか。
周囲の木々から頭ひとつ抜けた程度の高さに陣取り、小黒鈴は双眼鏡を覗いていた。
「……右。7時。11時。遠山。前。前」
双眼鏡を覗き、インカムに向かって単語を羅列する。口から漏れる白い息はそよ風に煽られ、後方へ消えていった。これが――トワイライトゾーンの攻略法だ。
「(EPビルでの戦いの時、一織さんと廻さんはその能力に為す術がなかった。……でもその間、私と糸巻くんは問題なく行動できていた)」
そしてふたりはビルの自爆装置を発動し、あわや敗北するところだった廻たちを撤退させることに成功したのだ。そもそも昨夜の作戦会議にて、廻に話を聞くまでそんな能力のことなど知りもしなかった。
「(ヒントは最初からあったんだ! トワイライト
鈴は双眼鏡を通して、廻たちの戦う霧島邸庭園を見下ろしている。屋敷はセピア色に光るドーム状のバリアのようなもので覆われていて、恐らくそれがかの異能の『有効範囲』ということなのだろう。バリア越しでも彼らの戦いは視認が可能で、『範囲』の外にいる鈴には廻たち3人と、戦うべきひとりがいる場所がハッキリと見えている。
「高木。左。9時。内村。小黒。2時。前。保坂。右。我孫子。上杉」
彼らには攻撃を向けるべき方角がわからないが、鈴にはわかる。だからその方角を教えてあげるだけでいい。インカム越しの声も曖昧なため、できるだけ簡潔に、わかりやすい暗号で。教えさえすれば彼らは、前後不覚なままでも全力で攻撃を繰り出してくれる。
「12時。1時。あ、掠った。12時」
所謂クロックポジションでの表現は廻に対する暗号だ。ヒューマギアである彼女は正確に30度ずつ刻んで鋭い狙撃を放ってくれる。
「右。前。前。後ろ。うん、ナイス回避」
ラムダに向けての暗号は前後左右の4方向で充分だ。ブレードを携えた彼の回し蹴りやスイングは見た目以上の攻撃範囲を誇る。それに唯一徒手空拳を扱う彼は攻撃と同時に大きく移動するため、大雑把な狙いでもガイストの動きを撹乱しやすい。
「葉山。小黒。渡辺。違う渡辺恭平くんの方! もう! ごめん!」
バルバトスとの暗号に用いたのは2年5組の座席表だ。教室の中心に立っているものとして、クラスメイトの名前で方角を指示する。満太には精密な射撃も洗練された体術も扱えないが、これによってクラスメイト40人分――即ち40通りの射撃方向を使い分けることができるのだ。『小黒』のときだけやたらと射撃のキレがいいのは、とりあえず不問とすることにした。
「(それにやっぱり……ガイストの動きが鈍い。トワイライトゾーン発動中はベルトのパワーが領域の維持に回されるから……? そうか、だからわざわざベルトを操作し直さないと必殺技が発動できないんだ)」
まあ全部私の妄想に近い推測だけど、と心の中で自嘲する鈴。しかしガイストの動きに鋭さがないのは事実だ。鈴の指示があるとは言え知覚を失っている廻たちが、それでもガイストを圧倒しつつある現状が何よりの証左であろう。
とにかく、チャンスだ。仮面ライダーガイストにとってトワイライトゾーンは最強の切り札であると同時に、一時的な弱体化を余儀なくされる諸刃の剣なのだ。ならばこの25秒が終わるまでの間で、ありったけの攻撃を叩き付けてもらおう――!
「山田! 渡辺れ! 左! 4時! 前! 渡辺き! 10時! 右5時伊藤12時前右小黒篠原3時1時前前前――っ!!」
『ぐああああ!? おの、れェ!!』
肩のアーマーが砕け散り、アンダースーツが露出した。3人の仮面ライダーたちはそんなことなど文字通りお構いなしに、絶え間ない攻撃を繰り出してくる。それぞれやはり大雑把ではあるものの、ガイストは致命傷を避けるのに精一杯といった様相だ。トワイライトゾーンは本来、相手を一方的に屠るための能力。発動から必殺技までの間に切った張ったの殴り合いを行うことなど想定されているはずもないのである。
『(小黒鈴が、範囲外にいる!! 範囲外から指示を出している、それしか考えられん! だがなんだこの、見えているかのような連携は!? 3人の動きを制御することなど、いくら小黒鈴とは言えとても可能だとは――)』
『……伝言を預かってるよ、本城輝星』
『!?』
吊り上がった両目を明後日の方向に向けながら、ラムダが声を上げた。だが彼は即座にこちらへ向き直り、まるで見えているかのような挙動で続ける。
『「学級全体を制御するのに比べたら、たった3人くらい結構簡単ですよ」だってさ。何言ってるか全然わかんないけど、あんたならわかるのか? 支配者気取りのスーパー執事さん?』
『こ、の……! ふざけるなぁ!』
地面を殴りつけるガイスト。粉塵が巻き上がり、物理的に視界を塞ぐ。これで鈴の視線も遮られたはず。彼はそのままスチームブレードを構えようとするが……その両手は伸びてきたケーブルに絡め取られてしまった。
『なっ』
『惜しかったわね輝星さん。ちょうどさっき、時間切れになったみたい』
《 「塵」 「芥」 「輪」 「廻」 》
『ハアアアアアアアアア!!』
『だりゃあああああーーーッ』
《 フ ロ ー テ ィ ン グ
―― ユ ー ト ピ ア ! 》
《
《
復活した知覚をフル稼働させた跳び蹴り・拳・光弾が、ガイストを立て続けに貫く。石灰色の欠片を撒き散らし、星狩りの騎士は石畳を削り取るように転がっていった。
呼吸を整えるラムダとバルバトスに、廻が駆け寄る。誰からともなく前方を見やると、傷だらけになったガイストが大の字で空を仰いでいた。
『よしっ……!』
『まだよバルバトス。変身解除まで至っていない』
『ああ、そうだな』
ラムダは頷くと、静かに歩を進める。
彼らの目的は輝星の殺害ではない。これは作戦会議の時、トワイライトゾーンの攻略よりも先に話し合った共通認識だ。だから変身解除までを目指し、その上でエボルドライバーを破壊。これで殺生を――それも廻の家族と言える人物に行わずとも、決着をつけることができる。
『あ?』
しかし、横たわるガイストの数メートル手前まで近づいたラムダが溢したのは、小さな疑問符だった。
『おい本城輝星。今、何て言った?』
『…………だから、執事の朝は早いと言ったのですよ』
淡々と。何でもないことのように、彼はそう返した。欠けた仮面越しに空を見上げ、ボロボロになった全身などまるで気にも留めていないかのように。
『お屋敷の掃除はマストです。何せ元より使用人の数は減らしていましたからね。まあ今日に限っては私ひとりだったわけですが。モップがけに窓掃除に消耗品の交換に、ああ、何もかもが懐かしかった。お嬢様がお屋敷に戻られたあかつきにはこの平穏な毎日が戻ってくるのかと思うと嬉しさすらありました。ただいくつか不始末もありましたねあろうことか私朝食の準備もしてしまったのですよあはは今のお嬢様には食事なんて必要ないのにねぇそうそうお風呂の掃除も不要でしたよねでもその代わりに精密機器のメンテナンスを学ばなければなりません器具や工具も購入しなければ――』
『……輝星さん』
『全部全部貴女のためなのですお嬢様。世界は私が支配して、一切の争いをなくす。そうして静かになった世界で貴女が二度と傷つかず、この屋敷で永遠に過ごすために、これらは全部必要なことなのですよ』
うわごとのように呟く輝星。その小さくも確かな圧を孕んだ声に、廻たち3人は思わず足を止めてしまう。そして――
『そうそう、もうひとつありました、早起きしてやったことが。……策、です。私も策を用意していたのでした。万が一、億が一、私が劣勢になったときのための、秘策をね?』
『なにを――』
『イオさんメグさん下がって! マズいっす、
バルバトスの声に、廻とラムダは弾かれるように足元を見た。石畳の亀裂が淡く光っている。……いや、亀裂ではない。地面に走った何らかの模様が一斉に輝き出したのだ。
『“黄金の蜂蜜酒よ 降りた緞帳の影にて揺蕩え 高貴の翼よ 星々を繋ぐ導となれ
地面に描かれていたのは魔法陣だった。それも庭園全体を覆うように、
『オクトパスライトフォームそのものには、旧支配者の力は関与していない。……だがエボルドライバーはもともと、邪神ハスターと最も相性の良い技術として取り出された代物だ』
地面が揺れる。ガイストはなおも仰向けのまま、空のその先を見つめている。
『それこそすべてのパーツが揃えばハスター自身の力を再現可能とされていたほどに、ねぇ。今の私にはそこまで使いこなせないが、この形態でもちょっとした“祈り”くらいは捧げられるというワケだ』
旧支配者と仮面ライダー。一見繋がりのなさそうな両者でも、相性の良いモノ同士を掛け合わせることで互いに力を増幅させ合うことができる。クトゥルフと相性の良いプログライズキーの技術が、ルルイエ異本の力を変身アイテムに昇華させたように。一織の洗脳をただの一瞬で解いたように。
『本来ね。この儀式の完遂には5日かかるのですよ。1匹につき5日です。しかも失敗して召喚者がゾンビになる確率が72.48パーセントだった、はずです。そうして苦労して喚び出した貴重な3匹を、あなた方はよくもまあ悉く処理してくれましたよねぇぇぇ……!』
『おい、まさか――』
『イア イア! ハスタァ! イア イア! ハスタァ! さあ来るが良い! 我が呼び声に応えよ、醜く下品な翼の眷属どもッ!!』
その刹那、庭園全体を目映い光が包んだ。6つの魔法陣はガラスが割れるような音と共に消滅し、それぞれから飛び出すように顕現したのは醜悪なフォルムの怪物・ビヤーキー。それも当然……全部で6体だ。
『ッ!』
ラムダは思わず絶句した。必殺技級の攻撃を複数回当ててようやく倒せるビヤーキーが同時に6体も出てきたこと。……そして、飛行が可能なその怪物をこのタイミングで喚び出した輝星の真意を悟ったからだ。
『霧島さん!』
『わかってるッ!』 ――《 フ ォ ー ス ラ イ ズ ! 》/《DEEP-ONE》
彼女も気づいていたのか、即座にディープ・ワンへと再変身。ラムダはその様子を一瞥すると、未だに呆気にとられていたバルバトスへ怒声をかける。
『動け! こいつらの狙いは――鈴さんだ!!』
『……!?』
満太が息を呑むのと同時に、6体の化け物は各々の翼を大きく広げた。ガイストの短く漏らした息は、肯定以外の何ものでもないように思えた。
『ようやくだ、小黒鈴……。私の思う“必要性”が、ようやく時節に追いついた……』
『飛び上がる前に潰す! 気合い入れろよバルバトス!!』
『わかってらぁぁぁーーっ!!』
それぞれのベルトを操作し、最も手前にいた個体に飛びかかるラムダとバルバトス。この1週間で何度も相対した敵なだけあってか、彼らの狙いは充分に洗練されている。ふたりの攻撃はビヤーキーの節ばった首を正確に捉え、その首を捻じ切ることに成功した。
『だああああーーーっ』 ――《ディープ・ワン・ディストピア!》
ケーブルを駆使して跳び上がった廻は同時に4体を拘束。クトゥルフの眷属の力を乗せた跳び蹴りがそれらをまとめて粉砕する。
……しかし、そこが彼らの限界だった。
『まずいっ、もうあんなに高く!?』
『っ! 小黒さん……!!』
猛追を逃れた最後の1体は私有地全体を見下ろせるほどまでの高度に達していて、その落ちくぼんだ眼窩も既に、林に佇む電波塔を捉えていた。翼を畳んで急降下し、無力な少女を塔ごと粉々にせんとさらに速度を上げる。廻たちのインカムから、息を呑むような音が聞こえてきた。
『逃げろ小黒さんーーーーっ!!』
『バイクを呼ぶんだ霧島さん! 何としても追いつ――』
駆け出そうとする3人の背後に、飛び込んでくる灰色の影。
『まずい――』
真っ先に気づいた廻だが、時既に遅し。どうやらベルトの操作は、とっくに済んでいたようだ。
『これで“詰み”だ。――――《トワイライトゾーン》』
フルボトルが発光し、セピア色のオーラが放たれる。あらゆる音、光、匂い、情報が、黄昏色の空白に閉じ込められる。
『そんな』
インカムからぼんやりと聞こえてきたのは4人で頭を捻って考えた暗号ではなく、何かが壊れる破砕音と、金属の擦れるような音、それから……悲鳴。
『そんな……!』
もうひとつの悲痛な叫びが聞こえた。その方角も分からず、何を叫んでいるのかも分からないが、声の主が満太であることだけは分かってしまった。
『ああああ、ああああああっ!』
必死に情報処理を試みるも、最後に聞こえたのはエボルドライバーの駆動音。どこから来るのかは分からないし、カウンターの姿勢すらも満足にできていない。
『(わたしは……それでも!!)』
《 Ready Go...! 》
『――己の無力さを知るが良い』
《 EVOLTEC – Attack ! 》
無数の斬撃が空間を突き破り、トワイライトゾーンは解除される。変身を解かされた満太と一織が地面に倒れ伏す。インカムからはもう何も聞こえない。
『ほう……。すんでの所で触手を伸ばしていましたか。そんな力業がまかり通るのも、ルルイエ異本の力ゆえ、と言うことでしょうかねぇ』
『う、aaa……っぐ』
廻はトワイライトゾーンの直前に触手を操作し、ラムダとバルバトスを庇っていた。だから彼らはガイスト全力の一撃をまともに受けて、何とか即死を免れたという状態に留まっている。
『とは言え、随分と無茶をなさったようですね。お得意の復元能力も……もう使えませんか、お嬢様?』
『だ、ddddddddっが、う、くっ……!』
ディープ・ワンの仮面は真っ二つに欠けていた。仮面の隙間からは人工の茶髪が零れ、素体剥き出しの真っ黒な右目も露わになっている。変身解除していないのが不思議なくらいだと輝星は思った。
『復元に、っ、ttttt使うエネルギー、もっ、惜しい、zzzaazazaa、だけよ……!』
残された2本のバッカルケーブルを携えて駆け出す廻。だが――
『見苦しいっ!!』
ガイストの回し蹴りに迎撃され、廻は火花を撒き散らしながら林の中へと吹き飛んでいった。霜柱の残る地面を数回バウンドした後、大きな枯れ木の幹に激突する。飛び散った破片はディープ・ワンの装甲よりも、もう彼女自身の部品の割合の方が大きい。
だが彼女は尚も立ち上がり、ルルイエキー内部からインサニティ・ジャッカーを取り出して再びガイストに向かっていく。
『た、あっ! ああああ! ぐ、ggggggっあ! ああああaaaaaaaa!!』
ガイストは避けない、防御もしない。ダメージを気にしないのではない。もうダメージが通らないのだ。ディープ・ワンの装甲は既に大半が剥がれ落ち、廻自身も四肢こそ繋がってはいるものの損傷が激しい。体幹すら満足に機能していない攻撃では、いくらガイストが消耗しているとしても有効打にはならないのだろう。
『今更そんな武器が何になると言うのだ……これが貴女の限界です。お嬢様』
『ううぅ、あああああ、aaaaAAaAaaaAAA――――!!』
『“力を合わせる”などという行為は、本質的に不可能なのですよ。霧島財閥もプロジェクトMも良い例だ。結託すればするほど、足を引っ張り合う要因が増えていく』
『ぐぅ、dddddd、う、あああ!!』
廻のノイズ混じりの声に、打撃音がか細く響く。焦げ付いた茶髪がふり乱れ、小さな火花が何度も散る。真冬の林の中はひどく静かだった。
『あなた方だってそうだ。小黒鈴が始末される直前のあなた方は、バラバラそのものだった。これが結論なのですよ、廻お嬢様』
『dddd、AAAAAAaaaaaahhhhh――――!!!』
槍先がエボルドライバーに叩き付けられる。ガイストは身じろぎもせず、どこか寂しそうなため息を吐きながら蹴りを放った。今までの洗練された格闘術のようなものではなく、子供が道ばたの石を蹴飛ばすような、ぶっきらぼうなものだった。
『――』
そんな蹴りでも廻の機体を抉り取り、腹部に大穴を空けるのには充分だったようだ。アンバランスなシルエットになった廻は再び枯れ木に激突し、遂にその変身が解除された。
『決着、ですね。お嬢様』
「――、………。―――、... ...」
彼女は応えない。飛び散る火花の音と溺れ落ちる液体の音が返事の代わりだった。
『貴女の負けです。完全に機能停止する前に、
長かったと、輝星は思った。もちろん、彼にはこれから世界を支配して“平和もたらす”という使命がある。その意味でスタートラインに過ぎないのだが、輝星の目的に対する大きな障害は今、取り除くことができたのだ。
そんな余韻とも寂寥感とも取れる感覚に耽りながら、彼が廻の頭部に手を伸ばすと――
「そう、ね。わたしの、負け。完敗、よ」
廻がそんなことを呟き、輝星は思わず固まってしまう。
彼女の敗北は自明だが、問題は言葉そのものではない。このお嬢様が負けを自ら認める……そんなシーンは彼の記憶には全くなかったと言っても過言ではないのである。だからなのか、輝星は廻のその声に大きく狼狽えてしまう。
「負けよ 負け……わたしの、負け 降参 よ。 あーあ…… この霧島家の因縁は あなたの勝ちで終わり、 ね 輝星 さん ……」
『何を言って――うぐっ!?』
突如、ガイストが大きくよろめく。ダメージを受けたような挙動ではなく、足から力が抜けてしまったかのような、そんな動きだった。
「インさにティ ジャッカーの本質は…… 攻撃ではなく、搾取 よ。 えネルぎーを 吸い取って……模倣 する。 ボロボロのわたしでは ちょっと吸い取ることしか できな かったけれど ……充分だった 、みたいね」
『なっ、ああああ!?』
廻の最後の攻防はエボルドライバー――正確にはそこに装填されたフルボトルを狙ったものだった。最後の一撃でようやく、ライトフルボトルからエネルギーのほんの一部を吸い取ることができた。しかしながら、ガイストは2本のフルボトルの力を完璧に均衡させて成り立つ仮面ライダー。吸い取るのは微々たるものでも、その均衡は大きく崩れる。いや、なまじ出力が高いだけに、小さなズレでも深刻なパワーダウンに繋がってしまうのだろう。
『な、んだと!? こっの……! だが、それがどうした! だから何だと言うのだ! 貴女はもう変身できない! 戦うことができないどころか、じきに機能停止するだけの無力な存在! 勝ったのは私だ、貴女の負けなのだ!! こんな、こんな悪あがきで――』
「言っている でしょう。 わたしの、負けだって。 だから――
ぼさぼさになった茶髪の奥で、廻の瞳が確かに光る。ガイストが何かを言うより先に、大きく振り払われたインサニティ・ジャッカーの一撃が彼の体躯を吹き飛ばした。その槍のシャフトは限界まで引き伸ばされていて、エネルギーを吸い取った後だということを確かに示している。
『き、貴様ァァァ! 目白、一織ぃぃぃーーー!!』
生身で槍を振るっていたのは、満身創痍のひとりの男。全身から血を滴らせながらも五体満足に立っていられるのは、廻が
――満太くん、お願いがあるわ。 それから一織くん、鈴ちゃんも。
――作戦は完璧に詰めた。けれど輝星さんを越えるにはそれだけじゃ足りないかもしれない。わたしは完璧よりももう一歩、先に行っておきたいの。だからこれは、わたしのわがまま。
――もしどうしようもなくなったら、わたしが身体を張る。何としてでもあなたたちを守り、反撃の糸口を掴んでみせる。どんなに無様に這いつくばっても、どんなに惨めに敗北しても。全力で“噛ませ犬”になってやるわ。その後は……任せるわよ。
《 LAMBDA 》
「霧島さん。君の
『ふざけるな、ふざけるなよォ! 決着はついた! 因縁は終わった! 私の勝ちという形でだ! だがお嬢様あなたは……とっくに勝つことを放棄していたと!? 最後の一騎打ちは負けるための戦いだったとそう言うのですかッ! 私たち霧島家の因縁をっ、こんな、こんな巻き込まれただけの部外者風情に丸投げするなど――』
「それは、違う わ。部外者じゃない。 一織くんも……満太くんも鈴ちゃんも! “霧島家”と因縁はなくとも“わたし”との
『ふざ、ける、なぁぁぁぁーーーっ!』
「戦って! わたしが認める! わたしたちの縁の当事者として――最後まで戦い抜きなさい、 わたしのっ 初めてのっ! 仮面ライダーぁぁぁーーーーっ!!!」
「うゥゥゥア“ア”ア“ア”――――ッ ア マ ゾ ン ! 」
迸る爆炎。閃光が象るのは雄々しきサメの輪郭。
《 D・D・Dive! To the bottom...! 》
仮面ライダーアマゾンラムダ。
運命に弄ばれた人喰いザメの仮面ライダー。“生きること”と“戦うこと”を選択し、孤独なままだったはずの縁に寄り添い続けた仮面ライダー。
託された赤黒い槍を握りしめ、一織は目の前の敵を見据えるのだった。
『こんな、こんな幕切れなど私は――んぬぅ!?』
激昂するガイストの脇を掠めるのは、純白に輝く巨大な弾丸。そう、彼女に認められ、彼女に縁を託された当事者は……もうひとりいる。
《 SHOT RISE! 》
――《
纏われるのは純白のアーマー。翻るのは辮髪と肩マント。
《Emotionless angel under the ice will reach up her hands...》
木々の間から敵を睨み付けるのは仮面ライダーバルバトス・“フローティングクリオネ”。
アタッシュライフルを携えるその視線には、静かに燃える怒りが垣間見えるようだった。
『来いよ、本城輝星。――最後の勝負だ』
『この……クソどもがぁぁぁぁぁああああああああ!!!』
3つの影が同時に地面を蹴る。本当の決着が幕を開けた。
激しい戦闘の音をどこか遠くに聞きながら、廻はぼんやりと空を見上げた。実際彼らはもう近くにはいないのだろう。今の廻にはそれを見届けに行く力も残っていない。
「……、――――」
因縁の決着に立ち会うことすらできない事実に、しかしながら彼女の心は穏やかだった。信じて託すという行為は確かに勇気のいるものだったが、一度託してしまえば不思議と心地良い……そんな気がした。
「これが 人を信じる と いうことね。 鈴ちゃんに教えて もらったのが 随分と前の ことのように思える わ」
『ふたりなら必ず勝てる』なんてことは、廻は絶対に言わない。それは“期待”だからだ。むしろ『ふたりなら負けたとしても別に良い』くらいの気持ちでいる。これが彼女にとっての“信頼”……信じて託すことだ。
「まあ ……ちょっとだけ、 文句は いう、 かもだけれどね」
冷却液とオイルの混ざった液体が止めどなく流れ、冬の乾いた地面に染みこんでいく。もう火花は散らなくなった。代わりにぶすぶすと、黒い煙の量が増え続けている。視界はエラー表示でいっぱいだ。機体の温度がどんどん高くなっているのも分かる。
「(限界ね……)」
音声ユニットが完全に沈黙。それを察した廻は目を閉じる。最後の力を振り絞って腕を動かし、装着されたままの滅亡迅雷フォースライザーにそっと触れた。
「(叶うのならば、もう一度――)」
もう一度、あなたの名前を呼んでみたかったと、廻はそう思うのだった。
次回
「5-END. 必ず夜明けは廻ってくるから」