仮面ライダーLAMBDA   作:イチゴころころ

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こんばんは。イチゴころころです。

波妃町の区画は既にいくつか登場していますが、物語が進むにつれて(作者の裁量で)どんどん増えていくと思います。
そういう町です、ここは(開き直り)。






1-8. ”一騎打ち”

 

「……その日以来、しばらくの間は地獄だった」

 

 目的地へと向かう道中、廻は彼の話を黙って聞いていた。

 団地の横の歩道を歩きながら、一織の言葉に耳を傾ける。彼は廻の数歩後を歩きつつ、独り言のように続けた。

 

「なにせ俺はその日から化け物・アマゾンだ。おまけにいつ“もうひとりの俺”が表に出てきて人を喰い始めるかわからない。責任を追及すべきAZセキュリティも、手がかりになり得た藤堂教授も消えた。……最悪の気分だったよ。俺は一歩も、家から出なくなった」

 

 子供のはしゃぐ声が聞こえた。廻が視線を上げると、生け垣の向こうに遊具で遊ぶ子供たちの姿が見えた。

 

「ベッドの上で毛布にくるまって一日中震えてたな。眠るのが怖くて。でも疲れ切って眠って。起きたらまた震えて。……それだけの日が何日も続いた」

 

廻はコートのポケットの中でスマホを握りしめた。きっと一織が感じていたのは得体の知れない恐怖。自分が自分でなくなるかもしれない、自分がどこへ向かえば良いのか分からない、そんな恐怖なのだろう。

 

「今思えば発狂してたんだろうな、あの時の俺は。よくある無茶苦茶にわめいて暴れるようなのじゃなくて、むしろ逆の……なにも考えずなにも動かない、そういう発狂だ。だけどある日、俺はふと正気を取り戻したんだ。要因はなんだと思う?」

「……?」

 

 歩みを緩めつつ、後ろを肩越しに振り返った。一織の緊張感のない、ふわふわとした笑みが目に入る。

 

「“空腹”だよ。何日も食べてなかったからな。空腹が絶望を上回った」

「え……」

「だから、くったんだ」

「うそでしょ、あなた――!」

 

廻が思わず振り返ると、一織は声を出して笑った。……柔らかい笑い声だった。

 

「ごめんごめん。人は喰ってないよ。食べたのはサバ」

「さ、サバ……?」

「家に置いてあったサバの缶詰め。あれは沁みたな~、飢餓状態でいきなりぶち込んだもんだから身体がびっくりしちゃって、何度も戻しそうになったけど泣きながら全部食べたっけ」

「じゃあ、人は……」

「食べてないよ。これからも食べるつもりはない。分かるんだよ、一度でも食べてしまったら、本当に戻れなくなる。意識の底にいる“あいつ”が完全に俺をすり潰して、俺は心なき化け物に成り果てる。……君の言う『へらへらふわふわしている』状態こそ、俺が人を喰ってない証拠だよ」

 

 廻は苛立たしげに眉間を押さえ、再び歩き出した。

 

「タチの悪い冗談はやめて」

「悪かったって。まさか霧島さんがそこまで心配してくれると思わなくてさ」

「馬鹿言わないで。心底気色の悪いあなたのにやけ顔こそがあなたが一線を越えていない証拠だなんていう、わたしにとって残酷な現実に嫌気が差しただけよ」

「そこかよ! 心底レベルで気持ち悪がられてた現実がなにより残酷だよ!」

 

 団地の横の道を抜けた。遠くに高速道路が見え、その向こうには林が見える。波妃町西区は都市化があまり進んでおらず、比較的自然が多くて空も広い。住むのに人気の区画であり、住宅街や団地が点在している。

 歩道を曲がり、細い路地に入った。目的地が近づき、廻は話を促す。

 

「それで、そのあとはどうしたの? 新卒採用でAZセキュリティに入社したのなら、現在まで2年ほどの空きがあると思うのだけれど」

「生きるのに必死だったよ。再就職しようと色々頑張ってみたんだけど、どうにも上手くいかなくて。バイト掛け持ちしたりころころ変えたりして……。藤堂教授が『翡翠の光』と呼ばれる団体と関わりを持っていたということ、失踪する直前にその団体の関係者である『酒田(さかた)恭一郎(きょういちろう)』と会っていたこと。……その情報まで辿り着くのに2年もかかっちまったよ」

「そして一昨日に至る、というわけね」

「ああ。俺の2年間を余裕で飛び越える、濃密な数日間だったよ」

「……終わった気にならないで。今からその2年間にひとつの区切りがつくかもしれないのよ」

「わかってるさ」

 

 路地を曲がる。その先は廻にとっても一織にとっても、見覚えのある場所だった。

 ツタの張った古めの建物。上階の窓は外されていて、ブルーシートで雑に塞いである。玄関口には黄色いテープ。人気(ひとけ)はなく、路地を抜ける風の音だけが虚しく聞こえる。

 

 酒田恭一郎が経営する『サカタ英会話教室』。ここは一昨日、廻と一織が初めて出会った場所である。

 

「ここに強盗が入ったというネットニュースを昨日見たわ。実際は強盗とサメの怪人だったわけだけれど」

「派手に窓をぶち割っちゃったしなあ……」

「おまけに私は発砲もした。でもどうかしら。見ての通りここの捜査は早々に打ち切られている」

「……」

 

 警察の捜査体系に詳しいわけではない。しかし少なくとも発砲があり、しかも犯人が(ここにいるので)未だ捕まっていないような事件が、ネットニュースでさらりと取り上げられただけで済むとは思えない。

 

「加えて、この人気(ひとけ)のなさ。数日前までは存在していた英会話教室のホームページも消えていた。酒田恭一郎の足取りも追えない。それが今朝、わたしが掴んだ情報よ」

「笑えてくるな。どっかの民間警備会社と同じになりつつあるってか」

「目白くんの話を聞いて確信したわ。ここも、AZセキュリティも、わたしの『喫茶acquario』とは違ってただのペーパーカンパニーではない。それを今から確かめに行こうと思う。今度こそ、隅々まで探索してね」

「周りに人はいなかったけど、中に教徒がいる可能性は?」

「ないわ」

 

 廻はポケットからスマホを取り出して小さく掲げる。例のデバイスが取り付けられていた。

 

「敷地内に生体反応はなかった」

「ははっ、何でもありだな、それ」

 

一織が笑うと、廻は鋭く彼を睨んだ。スマホをポケットに入れ、一織の方を向き直る。

 

「目白くんはここで待っていなさい」

「ええっ。いやいや、行くよ。ここまで来たんだし。俺の役目は霧島さんの護衛だろう」

「中に脅威が無いとわかったのなら、護衛は必要ないわ。むしろ、隣でへらへらされるのは邪魔よ」

「悪かったって! 気をつけるから。余計なことは言わない。せっかく雇ってもらえたのに、初日で解雇されるのもカッコつかないしな」

「っあなたは……!!」

 

 目を細めて詰め寄る廻。一織は驚いて口を真一文字に結ぶ。両手を挙げて降参のポーズをとると、廻は怒りを呑み込むようにして踵を返した。

 

「――勝手にしなさい。邪魔だけはしないで」

「……」

 

 敷地内に足を踏み入れる彼女の背中を少しだけ見つめ、一織も黙って後に続いた。

 

 

 

 

 

 屋内は予想通りというべきか、人も物も何もない、もぬけの殻だった。廻が2日前に見ていた屋内装飾や家具など、それらの一切がなくなっていた。3階の書庫にも、絵本一冊たりとも残っていなかった。

 

 しかし明らかに異様なものが、それもあっさりと見つかることになる。

 

「地下への階段……?」

「……わたしが入手した見取り図にはこんなものなかったわ」

 

 1階の廊下の端、何の変哲も無い扉の向こうにそれはあった。それぞれスマホのライトを点け、ふたりは暗闇を降りていく。他の階同様何もない可能性もあったが、引き返すなどという考えはどちらにもなかった。

 

 階段を降りた先、もうひとつの扉の向こうには広大な空間が広がっていた。スマホの明かりでは近くまでしか照らせないものの、ふたりの足音の反響がその場所の広さを物語っている。

 

「なによ、ここ……」

 

 廻の呟きが反響して響く。振り返ると、降りてきた階段から漏れる地上の明かりが見えた。

 

「どんだけ広いんだここ……あっ?」

「えっ?」

 

 ふたり同時に声を上げた。わうんわうんと反響する彼らの驚きに混じって、別の音が聞こえてきた。

 

――――足音と、声だ。

 

「おいおい……冗談きついぞ」

「うそよ……うそ。生体反応はなかった……! 今もない! 検知できない!」

 

 廻の叫びとは裏腹に、暗闇の奥から複数の人影が現れる。フード付きのローブを身に纏った……()()()()()14人ぶんの人影だ。

 

「最悪だな。さすがにこの距離じゃあ顔も見える。……どうする霧島さん、俺たちふたりとも素顔を見られた」

「うっ……」

「まあ見られちゃったもんはどうしようもないか。どうにかする方法は任せたよ。今はこいつらを吹っ飛ばして――こいつらが隠したがってるモンを拝みに行く!」

「……!」

 

 一織はバッグからアマゾンズドライバーを取り出し、流れるように装着した。左手でグリップを握ろうとして――、

 

「――だめ!」

 

廻に肩を引っ張られた。そのまま腕を掴まれて、階段の方へ走り出す。

 

「え、ちょ!?」

「逃げるの!」

 

同時に14人の教徒も動き出した。相も変わらず聞き取れない何かを呟きながら、おぼつかない足取りで追ってくる。

 

「なにしてんだ霧島さん!?」

「変身してはだめ! わたしの目の前で、軽々しく人間を手放すのは許さない!」

「はははっ、だから心配はいらないって。間違っても君を襲ったりなんか――」

「黙りなさいっ!!」

 

 廻の悲痛な叫びが鋭く響き、一織は言葉を失った。

 階段まで辿り着き、急いで扉を閉じる。直後、扉に14人ぶんの衝撃が走り、廻は扉を背中で押さえつけた。一織は彼女に倣って扉を押さえるが、その表情は困惑していた。

 

「霧島さん、君は――」

「うるさい!!」

 

 俯きながら声を上げる廻。長い茶髪が垂れ、一織から彼女の顔は見えない。

 

「どうして、どうしてそんなにへらへらしていられるの!? あなたはもう人間じゃないのよ! アマゾンなのよ! 理不尽に人としての生を奪われて悔しくないの!? 怖くないの!? どうしてそうやって……人を辞めたのに平気でいられるのよ!?」

「……」

 

 廻の表情は見えない。見えないが一織には伝わった。彼女は今、一織の方を見ていない。俯いたまま自身の足元を……いや、その向こうにある“何か”を見ている。今もなお扉を破ろうとしている教徒でも、すぐ隣にいる人喰いのアマゾンでもなく、その“何か”に怯えている。

 

 似たような恐怖を、一織は既に知っていた。

 

「……悔しかったし、怖かったよ。2年前はな」

「………」

「でも気付いたんだよ。何も変わらない。人間でもアマゾンでも……、――超空腹のときのサバ缶は思ったより入らないし、でもめちゃくちゃ美味いってね」

 

毛布にくるまり、家の壁の一点をひたすら見続けた日々。あのとき一織も、壁の向こうにある暗闇を見て、怯えていた。

 

「俺は人を捨てた。アマゾンになった。それは事実だ。でも“目白一織”まで捨てるかどうかは、結局のところ俺次第だったんだ」

「目白くん……」

 

 捨てることもできた。一度でも人間の肉を喰えば、すべてを忘れて化け物に身を委ねられる。でもしなかった。アマゾンだろうと、人以外の何かだろうと、その一生を終えるまで“目白一織”だけは捨てない。そのために因縁の決着よりも、謎の解明よりも、“生きること”を目標に生きようと、既に覚悟は決めていたのだ。

 

「霧島さん、漫画は読む?」

「……は?」

「俺の趣味は漫画集めなんだ。学園ラブコメものとか異能バトルものとか、大好物」

「……?」

「主人公がさ、挫折して打ちひしがれるくだり、よくあるだろ? そんで、精神的に成長して、乗り越える。使い倒された展開だけど、読んでて毎回アツくなるんだよな……っと!」

 

どすん、という音と共に扉が開きかけ、慌てて押さえ直した。

 

「……そのくだり、俺もう終わってるんだ」

「………」

「だから余計な気遣いは無用。俺の精神は常に最終回直前ってわけ! 部下の心配してる暇があったら、ご自慢の謎デバイスと引くほどの行動力で状況の打破に注力してくれ!!」

 

再び扉に大きな衝撃。そろそろ限界が近そうだ。

 

「………よくも」

 

 そんな中、廻は、

 

「よくもまあ、大人しく聞いていれば、好き放題言ってくれたわね」

 

ゆっくりと、扉から肩を離した。

 

「知ったような口を利かないで。心底不愉快よ。おまけに目白くん主人公の漫画の妄想まで聞かされて、共感性羞恥で意識を失うかと思ったわ」

 

ポケットからスマホを出し、いつものデバイスを取り付ける。

 

「状況を分析し、ラーニングするわ。死ぬ気で時間を稼ぎなさい……わたしに解雇されたくなかったらね」

「――はっ、はははっ! 調子が戻ったみたいでなによりだよ。君がそう望むのなら、やってやるとも、さッ!!」

 

タイミングを見計らい、一織は逆に扉を蹴破った。派手な破壊音と共に扉が吹っ飛び、不意を突かれた教徒たちは大きく仰け反る。

 

「……期待、しているわ」

「だからしなくていいって、期待なんて。そんな余裕があるなら離れていることをおすすめするよ。――火傷するぜ? 物理的にな」

「格好ついていないわよ」

 

背後の彼女が階段をのぼる気配を感じ、一織はくいっと口角を上げた。ドライバーのグリップを握り、捻る。

 

《LAMBDA》

 

「っふぅーー……。さあ、来い」

 

 細胞が目覚める。一織の人間の部分が黒く染められていく。

 暗闇の向こうで黄色い双眸が光る。黒い影が、一織のすべてをすり潰そうと両腕を伸ばしてくる。

 

 ……かつては忌避し、毛布の中で振り払い続けたその腕を、自ら、確かに、掴み返す。

 

 “人間”ならいくらでもくれてやる。

 

 だが、“目白一織”だけは一片たりとも渡さない。逆に“お前”を喰い潰してやる、それが嫌なら死ぬ気で応じてみせろ!

 

 

「 ア マ ゾ ン っ ! ! 」

 

 

 細胞が爆裂し、変異する。目映い閃光が地下の暗闇を照らし、爆風が教徒を押し返す。

 高熱によって発生した炎の輪郭が、サメ型の異形を形作っていく。

 

 

『――――アマゾンラムダ』

 

 

《D・D・Dive! To the bottom...!》

 

 

『さあ――勝負だ』

 

 

 

 








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