ようこそスパイの教室へ   作:嫉妬憤怒強欲

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あれは非常にマズい

 シャワー室での奇襲も見事に失敗し、今日も広間で灯火メンバーの反省会が行われていた。

 

「あーもうっ!また失敗じゃねーか!」

「そうですね……一筋縄ではいかないようです」

「ま、予想の範囲内だけど。一部を除いて」

「ええ、それは全くの想定外だったわ。一見人畜無害に見えて、まさかあんな凶器を隠し持っていたなんて」

「そっちじゃねぇよ!思い出しちまうからやめろ!」

「私なんてバッチリ見ちゃいましたぁ!」

 

 今回の奇襲組に参加していたティアの一言で話が脱線した。

 

「姉貴達はアヤトの兄貴の何を見たんですか?」

「そうね…しいて言うなら、あれはまさしくTレックスだったわ」

「ティ、Tレックスって…」

「そんなにっすか…」

「兄貴は恐竜を隠してるのですか?」

「~~っ!!!!」

 

 ティアの言っていることが理解できずにアネットは首を傾げていたが、逆に解ってしまった何人かは顔を赤くしていた。特に間近で直視してしまったリリィは、その時の光景が脳に焼き付いてしまっており、我に返った時からパニックに陥っている。普段から「私、えっちなのは苦手なんです」と豪語するだけに、今回は刺激が強すぎた。

 

「次顔を合わせる時どんな顔をすればいいんっすかね」

「あら、笑えばいいと思うわよ」

「笑えるか!話を別のにしろ」

「それもそうね…………そういえば彼の裸見て気付いたのだけど、良い体つきしてたわ」

「まだその話引っ張る気かよ」

「違うわよ。服の上からじゃ細身でわからなかったけど、筋肉の付き方が普通じゃなかったわ。上腕から前腕に掛けてまでもよくしまっていたし」

「え?あー…うん、確かにそうだった気が、ていうかよくそんなところまで見てたな」

 

 ティアの観察眼を褒め称えるべきか呆れるべきか、正直微妙なところである。

 

「一般生活でどんな鍛え方したらああなるのかしら。暗がりでの奇襲に対応できていたし」

「……やはりなにかの訓練を受けていたと?」

「聞いてもまた有耶無耶にされるんじゃないの?」

「そうね。ここはやっぱり私が誘惑して話を聞き出して…あっでも襲われたらあのサイズのモノが入――――」

「わぁー!わぁー!聞こえませーん!」

 

 リリィが自らの両耳を塞ぎながら大声で叫ぶことで、ティアの呟きを搔き消した。

 流石のジビアもティアの下ネタにいい加減うんざりしていた。

 

「だーもう!あいつのことはもういいから早く次の奇襲の話をするぞ!奇襲の!」

「そ、そうですね…………」

 

 グレーテは小さくコホンと咳払いして気を取り直す。

 

「不可能任務はすぐそこまで迫っています。このままの状態で任務を成功できるとは思えません。だとしたら今不可欠なのは『連携』でしょうね…………今までのもチームワークが皆無でしたし」

「確かにそうだな」

「じゃあ次こそは完璧な連携を見せてやりましょう!」

 

 ようやく復活したリリィもグレーテの意見に同意した。

 

「だなっ、今度こそあの野郎を倒してやろうぜ」

 

「私たちが協力し合って――」

「あたしたちが息を合わせて――――」

 

 

「謀略ですねっ!」「突撃だなっ!」

 

「「ん?」」

 

「いやいや何言ってるんですかジビアちゃん。力ずくじゃ無理なのは明らかでしょう!」

「おいおい冗談はやめろよリリィ。せっかく体力を削ったのに相手に余裕を与えてどうするんだ?」

「無鉄砲な突撃では厳しいかと。策で嵌める方が賢明では?」

「そう?まずは襲い続けてターゲットの情報を集めるべきでしょ?」

「襲撃は失敗したけど、元々私は色仕掛けで嵌める方が得意なのよ」

「俺様は突撃したいです!試したい発明品があります!ところで兄貴は恐竜をどこに隠してたのですか?」

 

 早くも意見が真っ二つに分かれ、どんどんヒートアップしていく。

 

「こうなったら勝負ですよっ。智略派の私たちが先に先生を倒してみせます!」

「上等だこら!武闘派のあたし達が正しいってことを証明してやるよ!」

 

 かくして、灯メンバーはリリィ、ティア、グレーテの智略派チーム、ジビア、モニカ、アネットの武闘派チームに分かれたのであった。

 

「あ、あの………連携は?」

 

 流れに追い付けず一人取り残されたサラは呆然とするしかなかった。

 

 

♢♦♢

 

 

「それで、オレに何か考えはないかと聞きに?」

「は、はい…そうっす。すみません。練習中に」

「いや、ちょうど飽きてきたところだ」

 

 シャワーを浴び終えた後、クラウスから与えられた訓練メニューの一つである自動拳銃の組立を自室でやっている時、サラがやって来てチームが二つに分断してしまったことを聞かされた。

 

「ま、綺麗に二分したのなら逆に好都合じゃないか?」

「こ、好都合っすか?」

「そう簡単に倒せる相手じゃないのはわかりきってるんだ。突撃組が奇襲している間に策謀組があいつの手の内を確認して次の作戦を練る。そしてその作戦を元に突撃組がまた奇襲する。それの繰り返しを行えばいけるんじゃないか?」

「つまり長期戦による役割分担ってことっすね」

「まあ、あくまで素人のオレの考えが参考になるとは思わないが」

「い、いえ…十分参考になったっす」

「そうか?…ところで、さっきからなんでこっちを向かないんだ?」

「い、いえ。お気になさらず」

 

 何故か説明している最中も、サラは顔だけを明後日の方向に向けている。オレなにかしたか?

 

「アヤトの兄貴!」

 

 突然バタンと扉が開き、アネットが部屋に入ってきた。

 

「どうした?」

「俺様、兄貴に聞きたいことがあってきました」

「聞きたいこと?」

「兄貴はTレックスを隠してるって本当ですか?」

「ぶふっ!?」

「は?」

 

 アネットが理由の分からんことを聞いた途端、サラが思いっきり吹き出した。

 

「悪い。何の話かさっぱりわからん」

「シャワー室を襲撃した時に兄貴が恐竜を隠してたってティアの姉貴が言ってました」

「ああ、うん。今のでなんとなくわかった」

 

 道理でサラが顔を合わせようとしないわけだ。よく見ると顔が真っ赤だし。

 

「なあ、ひょっとして他の連中も知ってるのか?」

「ん?姉貴達皆知ってますよ」

 

 最悪だ。女子の比率が多いこの環境でそれはキツすぎる。

 

「姉貴たちに聞いてもちゃんと答えてくれないので本人に聞きに来ました。それで、どこに恐竜隠してるんですか?」

 

 しかもアネットは言葉の意味を全く理解してないときた。

 

「え、えっと…それはだな」

 

 駄目だ。なんて説明すれば良いのか全く分からん。ストレートに言ったところでキモがられるだけだ。

 

「?」

 

 そんな純粋そうな目をこっちに向けないで欲しい。

 

「あの、アネット先輩?アヤト先輩は練習で忙しいのでその辺で、ね?」

 

 返答に困っているとサラが助け舟を出してくれた。

 

「練習って、拳銃の組立ですか?」

「ああ、目隠ししながらはまだ無理だから部品の感触やそれぞれの役割を1個ずつ覚えているところだ」

 

 手に握る撃鉄をアネットに見せる。

 

「その方法は先生に教わったんすか?」

「あのポンコツにそんなことできると思うか?」

「思いませんね」

「あ、あはは…………」

 

 アネットの即答に、サラは苦笑いする。

 やはり灯メンバーもあの男の抽象的な説明にはお手上げだったようだ。

 

「そういえばアヤト先輩はあの南京錠を開けれたんすよね?」

「あー……まあ、そうだな」

「よかったらでいいっすけど、その、やり方教えてもらえませんか?」

「あっ、じゃあオレ様もお願いします!」

 

 サラに便乗するように挙手してぴょんぴょんと跳ねるアネット。

 

「……まあ、別に構わないが」

 

 とりあえず了承した。

 サラには助け舟を出してくれた借りもあるし、アネットにはこのまま恐竜云々の話は忘れてほしい。

 

「それじゃあまず――――」

「あっいたいた。おいアネット。探したぞ!」

 

 説明しようとしたところでジビアが部屋に入ってきた。

 

「来い。今から武闘派で作戦タイムだ」

「俺様、これからアヤトの兄貴に南京錠の開け方教えてもらうところですので!」

「はぁ?」

 

 ジビアは一瞬オレを親の仇を見るような目でキッと睨んだ後にアネットの方に向き直る。

 

「こんな奴に教わろうとすんじゃねえよ。んなことよりあいつを倒すぞ」

「ええー」

「えーじゃねえよ。ほら、行くぞ」

 

 アネットの後ろ襟を掴んだジビアは、そのまま引き摺って部屋から出ていった。

 

「………やっぱりオレは嫌われてるようだな」

「あの、えっと、ジビア先輩は決して悪い人じゃないっすよ!」

「そうは思っていないから安心しろ」

 

 潮時かもな。

 

「南京錠の開け方はまた今度にしよう」

 

 オレは拳銃のパーツをポケットに仕舞い、部屋から出ようとする。

 

「どこに行くんすか?」

「外へ出かける。服は制服しか持っていないからな」

 

 噓はついていない。私服を買うのが目的なのは本当だ。ただし、その後ここには…………。

 

「そ、それじゃあ、その……」

「なんだ?」

「い、一緒に行っていいっすか?」

 

 

 は?

 

 

 

 数分後。オレはサラと共に陽炎パレスの外を歩いていた。

 

「別についてこなくていいのに……」

「い、いえ。自分も丁度用事があったので」

「………クラウスになにか言われたからじゃなくか?」

「んなっ………なんのことかサッパリっす」

 

 否定するサラだが「実はそうなんです」と顔に出ていた。なんかそんな気がしてた。オレが逃げ出さないための予防措置のつもりか。

 まあ、撒けばいいだけの話だが。

 

「それで、サラのはどんな用事なんだ?」

「ふえっ!?え、えっと…その、あれっすよ。あれ」

「あれってなんだ?」

 

 視線を無茶苦茶泳がせてる様子から見て、ついていく口実を考えていなかったようだ。

 

「えっと……そう!飼っている動物たちへの餌を買いに!」

「お前動物飼ってたのか。どんなのだ」

「犬のジョニー氏に、鷹のバーナード氏、鳩のエイデン氏にそれから…………」

「結構多いな」

 

 小動物系なだけに動物が好きなのか?そういえば、洋館から少し離れたところに飼育小屋みたいなのが見えたな。

 

「それじゃあ餌も種類ごとに違うから荷物が大量になるな」

「そ、そうっすね。盲点だったっす」

「必要なら荷物運ぶの手伝おうか?」

「そんな、悪いっす!アヤト先輩だって買う物があるのに」 

「オレは最低限のものしか買わない。それに、女の子に重い物を持たせたとなれば甲斐性なしだと周囲からの印象が悪くなるのは避けたい。だからオレの為にも運ぶの手伝わせろ」

「わ、わかりました…」

 

 

 

 しばらくして『かえで横丁』という市場に到着する。

 名前とは真逆で、カエデが生い茂る山奥ではなく、街のど真ん中にあった。海外からの嗜好品や輸入品が並ぶ。

 休日ということもあってか、市場は活気と笑顔に満ちていた。

 子供は棒キャンディーを舐めながら両親の手を引き、カップルは店頭に並ぶラジオを見て頬を緩ませる。老人は懐中時計屋の前で、その細工に惚れ惚れするように頷いている。

 ここにいる誰もが、スパイによる影の戦争が繰り広げられていることに気づいていないだろう。

 

「まずはどっちからにする?」 

「アヤト先輩からで大丈夫です」

「わかった」

 

 最初に服屋に寄る。

 ジャケットやコート、Tシャツなどが多く置いてあり、試着室もあった。

 

「こう多いとどれを買おうか迷うな」

「あはは、そうっすね」

 

 しばらく眺めていると女性店員が声をかけてくる。

 

「お客様、なにかお探しの物がありますでしょうか?」

「はい。自分に合いそうな服を何着か買いたくて……でもどれにしようか困ってるところです」

「でしたらこちらの方でオススメをいくつかお見繕いしてもよろしいでしょうか?」

 

 商売上手だな。店の一押しを提示し、試着室で実際に着替えるよう勧めて、気に入ったものがあれば購入するように促す形式だ。

 

「まあ、構いませんが………」

「そちらの彼女さんもどうですか?」

「か、かの、かのの、彼女!?」

「あっいえ、学校の同級生で買い物に付き合ってくれてるだけです」

「そうでしたか。失礼しました」

 

 なんかカップルと勘違いされたので誤解を解いておく。

 まず最初に長袖のシャツに男物のカーディガンを羽織り、ベージュのパンツを着て試着室から出る。すると二人は感嘆の声を上げた。

 

「お似合いですお客様!」

「どうも」

「では次はこちらなんてどうでしょうか!?絶対に似合うと思います!」

「は、はぁ…」

 

 女性店員が鼻息を立てながらオレに迫り、そう言葉を捲し立てる。

 あまりの勢いに流石のオレも断ることができなかった。

 

 

 

「まさか一時間も試着をさせられるとは」

「あ、あはは……後半からファッションショーみたいになってたっすね」

 

 十回ほど着替えを行い、気に入った計三セットを購入することとなった。

 合計金額は少々高めではあったが、クラウスから貰った小遣いを考えればそこまで痛い金額ではなかった。

 会計を済ませ、カーディガンのセットを着たオレはサラと共に店を後にし、市場を見て回った後に軽く昼食を摂ることにした。

 

「悪いなサラ。なんか変なのに付き合わせてしまって」

「いえ、自分は見てるだけだったので。アヤト先輩の方はお疲れ様じゃないっすか?」

「いや、この程度なら問題ない…………そういえば、なんでサラはオレも先輩呼びなんだ?」

 

 ずっと気になっていたことをサラに聞いてみる。

 

「え?えっと…なんていうかその、気弱な自分と違ってとても落ち着き払っている感じが先輩っていう感じだったのでつい」

「オレはサラと同い年だし、この前までスパイの訓練なんて受けていなかったんだ。実質お前の方が先輩になる。呼び捨てで構わないぞ」

「そ、それじゃあ、えっと、アヤト……さん」

 

 少し恥ずかし気に、サラはオレの呼び方を変えた。

 

「あれ?」

「どうした?」

「あそこにいるのって、先生とジビア先輩じゃないっすか?」

「ホントだ」

 

 サラが指さす先で、人通りのない路地を一人歩くクラウスの背後から近付くジビアの姿が見えた。

 

「仕掛けるみたいっすね」

「そうみたいだな」

 

 ジビアはクラウスの懐に近づいた瞬間、素早い速度でクラウスのポケットから財布を奪い取った。クラウスに話しかけて、取ったのとよく似ている別の財布を渡してその場から立ち去ろうとするが、クラウスは受け取った財布をすぐさまジビアの方に投げ返した。

 

 すると財布が爆発し、なにやら赤い粉末が舞った。それを浴びたジビアは涙やらを流して咳き込んでいた。

 ひょっとしてあれ唐辛子パウダーかなにかか?

 

「…失敗みたいっすね」

「そうみたいだな」

 

 スリの技術を使ってのすり替え作戦は悪くない発想だったが、肝心の詰めが甘かったな。

 あの男相手に本命のプランなんて思った通りにいくわけがない。不足の事態に備えて予備のプランをより綿密に作っておくべきだった。

 例があるならナイフ術がそうだ。第一撃はもちろん重要だが次の動きも大切だ。強敵相手だと第一撃は高確率でかわされる。その後の第二撃、第三撃をいかに高精度で繰り出すかが勝敗を分ける。

 

 この場合第二撃として何人か潜ませ、これで終わりだとクラウスが油断しているところを襲うというのが手だろうが、他の連中が出る様子は無――――

 

「ん?」

「どうしたっすか?」

「二人の周りをよく見てみろ」

 

 二人以外いない路地の角から複数のガラの悪い連中がぞろぞろと出てきて、二人を取り囲みだした。よく見ると、ナイフやバット、拳銃を所持している。

 

「な、なんかマズくないっすか?」

「ああ、あれは非常にマズい」

 

 

 二人共バットで頭を殴られ、そのまま連中に連れ去られてしまった。

 

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