ツイステッド独り飯を楽しむドラマの話   作:充椎十四

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夏暑すぎて終わったわ
冬の話書こ……


ムール貝の酒蒸しとタラのフライ

 是非見て欲しいと言ってマジカメ動画のリンクを送ってきたのは、いま目の前にいるルークだ。

 アカウント名は――プロジェクト・アイズ・オン・アス。気取った名前だ。ヴィルは一つ鼻を鳴らして再生マークを押した。

 

――The solitary gourmet――

 

 オーダーメイドであろうに特徴のないブラックスーツを身に着け、濃紺のネクタイにシルバーのタイピンという成りの中年男性がトイレの洗面で手を洗っている。

 

『お得意さんから招待されたは良いが……おれが格好つけた服なんて持ってないことはあちらも知っているのだから、マァ、この服装でいいだろう』

 

 濡れた手で跳ねた毛をちょんちょんとつまみ、毛の流れにそれを押し込む。

 

『適当に挨拶して、うまい飯食って、さっさと帰ろう。こんなデカいホテルでのパーティーなんだ、飯の味は保証されているはず』

 

 男は顎を引いて頷いた。

 

「よしっ……!」

 

 パーティー会場――ヴィルはここがどこか知っている。賢者の島にあるホテルの宴会場だ――の前に立つホテルマンに、男は招待状を差し出す。

 

「イノガシラ様ですね。失礼ですが、お連れ様は……」

「いません」

「……かしこまりました」

 

 男――イノガシラは一人でパーティー会場に入る。会場には多くの老若男女がおしゃべりに興じ、高い天井にも関わらずざわめいている。

 

 入口近くでホテルマンからシャンパンを貰い、くるくると手の中で遊ばせる。

 

『このシャンパン、高いんだろうなぁ……高級ホテルだもん。飲み切ったらもう一杯貰えるんだろうか? もったいないから少しずつ飲もう』

 

 イノガシラはシャンパンに少し口をつけて、目を見開く。

 

『うまい……! シャンパンなんて炭酸の入ったぶどうジュースみたいなもんだろうと思っていたが、くーっ、やはり高級ホテルというだけはある! 惜しむらくはこの感動と味を説明しようにもおれの語彙力が追いつかないことだが、美味いということだけは言える。うまい』

 

 結局イノガシラはシャンパンを二杯飲み、いい気分になったのだろう、少し緩んだ表情で空のシャンパングラスをホテルマンに「お願いね」と託す。そしてようやっとパーティーのホストへ挨拶に向かった。

 ホストは恰幅の良い老年の男と、彼より20近く若いだろう妻だ。

 

「ミスター・イノガシラ、来てくれたんだな」

「ええ、ミスター・ジョコービッチ。ご招待頂きありがとうございます」

「うむ。紹介しよう、彼はミスター・イノガシラ。個人で輸入商をされている。ミスター、こちらは私の妻のマリーアだ」

「初めましてミセス・ジョコービッチ。タロウ・イノガシラと申します」

 

 定型的な挨拶を交わし、ジョコービッチはだぶついた顎を撫でながら、イノガシラに連れがいないことに触れた。

 

「ミスター、失礼だが君の連れはどこに? 体調が優れず休んでいるようなら、私への挨拶など気にせず様子を見に行ってやりたまえ」

「あ……ああ、はい。ありがとうございます、ミスター」

 

 イノガシラは一瞬きょとんと目を瞬かせ、しかしすぐ、まるでジョコービッチの言うとおりだと言わんばかりに鷹揚に頷いた。

 

『おいおい、おれには連れなんていないぞ。どうして連れがいると決めつけて話すんだ? おれには今付き合ってる女なんていないし、独身主義者だ。それに、たとえおれに嫁がいたとしてもだ……こんな遠い異国まで呼びつけるほどのことか? 言ってしまえば「ただのパーティー」だろ』

 

 ジョコービッチと分かれたイノガシラは、改めて会場をぐるりと見回した。彼の視界に映る誰も彼もがペアで――ある程度の容姿同士の組み合わせか、金持ちと年下の美男美女といった組み合わせだ。前者は夫婦だろうが、後者は愛人の可能性が高い。

 

『ははあ、こういう場じゃあ高級腕時計やブランドバッグの代わりに美男美女ぶら下げて歩くのが決まりってことか。驚いた。ぶるぶる、金持ち恐るべし』

 

 会場の端には軽食が並べられており、それぞれの料理の奥には料理人が控えている。欲しいと伝えれば皿に盛ってくれるようだ。イノガシラは料理の前をゆっくりと歩きながら全てじっくりと見た。

 憮然とした表情で腹を撫で、頭を振って歩き出す――会場から出るのだ。

 

『やめた、やめた。今は高級な料理を食う気分じゃない。大衆的で、ガッツリしてて、量の多いものを食いたい気分だ』

 

 人混みを脱出し、クロークからノーブランドの丈夫な鞄とコートを引き取ってホテルを出る。パーティーは十五時開始だったが、もう日は沈みかけ、空は橙色に染まっている。

 

『賢者の島に来ても、このところは港周辺しか歩いていなかったからな……市街地の、そうとも。地元の人しか知らないような店で飯を食おう』

 

 港のある方へ向けかけた爪先をくいっと逆に向けて、島の中心部への道を歩き出す。

 賢者の島は小さな島で、人が居住する区画は限られているうえ坂が多い。上がっては下る道を迷子になりながら見つけたのは開放的な居酒屋だ。

 

 椅子は一脚ずつ種類が違い、高さはもちろん古さも違う。パイプが錆で赤茶に染まった丸椅子、丸太を削って作られた飴色の椅子、キャンプ用らしき折りたたみ椅子。路上に並ぶテーブルも何台かは代替わりしているようで古いものの中に新しいものがある。

 

『そうそう、こういうの。地元の人が一杯ひっかけて家に帰る類の店構え、いいねぇ』

 

 店の前にもテーブルの上にもメニューらしきものはなく、イノガシラはきょろきょろとしながら空いている席を探す。高さ違いのテーブルや椅子が乱立する中でもいっそう低いテーブルと椅子を見つけると、破顔するやいそいそと腰掛けた。椅子が低すぎてほぼ地面に座っているに等しい。

 そこに屋内からぬっと現れたのは、赤ん坊を背負った若い婦人だ――店員らしい。低い椅子なので仰け反るようにして店員を見上げる。

 

「お客さん、ご注文は?」

「ええと……メニューはどこでしょう」

「メニューを書いた紙とか看板はないので、口頭でも?」

「はあ、口頭」

 

 イノガシラは目を丸くした。

 

『メニューがまさかの口頭のみとは! 面白い店に来たなぁ、大正解かも』

 

 うんうんと頷いて、女が滑らかに暗唱するメニューを聞く。

 

「えっ! ムール貝もタラも牡蠣もあるんですか? マァ、旬だもんな……豊かな海域なんですねぇ」

「いえ、養殖してるんですよ。この島は魔法士の名門校が2つもあるので、そこの学生さんをバイトで雇ってて」

「ははあ」

 

 イノガシラは大仰に頷いた。

 

『学生のバイトとはいえ、魔法士が一次産業に関わっているとは! もっとこう、魔法士というものは医者とか魔導なんちゃら技術者とかになるホワイトカラーばかりだと思っていたが、そうでもないんだな……』

 

 細く節くれだった指で丸く顎を撫で、イノガシラは「よし」と膝を叩いた。

 

「じゃあ、ムール貝の酒蒸し一人前と、タラのフライ、あとパンもお願いします」

「バゲットはフライに付いてますが……」

「あ、ならいいです。それと炭酸水もください」

 

 店員は店の奥に入り、料理人に「酒蒸し、フライ1!」と声を張り上げる。

 

 料理を待ちながらイノガシラは通りを眺めていた。名門校を二校も抱える賢者の島という土地柄から、通り過ぎる人々の中には学生の姿も多い。

 

『牡蠣もな……心惹かれるんだが、当たると怖いからなぁ。こういう店で当たるなんてことは滅多にないだろうが、明日の船に乗れなくなったら困る』

 

 店員が持ってきた炭酸水を有り難く受け取り、度数の高い酒を舐めるごとくチビりと啜る。

 

『うーん、ただの炭酸水。マァ当たり前か』

 

 踏み削られて角のない石畳や、日に焼けて薄茶色い漆喰の壁や、ヒビの入った洋瓦の屋根。その風景にぼうと浮かび上がるイノガシラの小さい影。

 

「タラのフライとバゲットです」

「おお!」

 

 皿には一口サイズのフライがひーふーみーよー……八個と、マヨネーズのような白いソースが添えられている。イノガシラはソースを人差し指でちょいと掬ってぱくりと舐める。そして指をくわえたまま口角を上げた。

 

『にんにくのソースだ! こいつは驚いた。マヨネーズでもタルタルでもなく、にんにくのソースとは……もったりして濃厚なのは生クリームを使ってるんだろう。いやあこのソースだけでも十分嬉しい出会いだ。いいぞ』

 

 フライにフォークを刺し、ソースをたっぷりまとわせて――大きく口を開けてばくり。

 

『ほくほくのタラの身に、みじん切りのにんにくの爽やかさたるや! そうそう、こういうのを食べたかったんだよ、おれは。ああ、うまい……! 食べる手が止まらないぞ!』

 

 次から次にフライを口に放り込む姿は上品とは言い難いが、彼がこの食事に幸せを感じているのは誰の目から見ても明らかだ。いっそ爽やかさすらある。

 しかしフライはもともと八個だけ、すぐに食べ終えてしまった。残ったにんにくソースを見下ろして腕組みし、むむと唸って――周囲をきょろきょろと見回し、誰も自分を見ていないことを確認する。そして残るソースを指で拭うと……そのまま口にぱくり。

 

『うまい、ソースもうまい。最高』

 

 パン――バゲットで残るソースを拭いながら食べ、ふんふんと満足の鼻息を鳴らす。

 次にやってきたのはムール貝の酒蒸しだ。ムール貝は深皿に山盛りにされており、湯気とともに立ち上るワインの香りがふくよかに鼻孔を喜ばせる。皿の上に顔を寄せるイノガシラの鼻の穴がひくひくと膨らんだ。

 

『お待ちしておりましたムール貝殿下。ぷりっぷりの御身を、その殻で摘んで頂く背徳感。いただきます! ……おおっ、ほぉーっ! こいつは凄い。うん、生産地、産地直送は伊達じゃない。臭みもないしクリーミーで肉厚だ、ニクいねぇ』

 

 ムール貝の殻をトングに使い、掃除機のごとく身を吸い込んでいく。

 

『ずるずるっ、こりゃ汁もメインだ。貝の出汁がたっぷり出てる。汁汁身汁、美味いはすぐ近くにあった……ディナーコースのスープにこの汁が出たらお代わりしてでも飲むね、おれ』

 

 背中を丸めて食べる姿は七輪でサザエを焼く姿に似ている。深皿に残った汁まで全て飲み干して、イノガシラは「はぁー」と満足のため息を吐いた。

 思っていたより時間が経っていたらしい。見上げた空は既に日が沈んで暗いが、星が輝いている。

 

 よっこいせ、と低い椅子から立ち上がる。

 

「すみません、おあいそぉ」

 

 青い目でじっとイノガシラを観察している赤ん坊に「大人しいいい子だね」と声をかけて、イノガシラは夜の星瞬く道へ踏み出した。

 

『また来よう……なるべく、近いうちに』

 

 キンと寒い夜空をバックに、監督から演者から、製作に関わった者たちの名前が浮かんでは消える。

 

タロー・イノガシラ ユウ

 

 聞かない名前だ。物心ついたときから芸能界にいるヴィルが知らないのなら新人なのだろう。見たところ四十半ばから五十といったところ――この年で銀幕デビューとは遅咲きだ。

 

原作 ユウ『独食礼賛』

 

 ヴィルは目を疑った。主演俳優と原作者が同一人物だと?

 

「どうだったかな、ヴィル。ああ、その顔を見れば聞くまでもなかったようだね」

 

 魔法、タバコ、セクシーな男や女、暴力――そのどれも出てこないのに、ハードボイルド。ただ飯を食うだけの内容にも関わらず、だ。

 

「新しいわ……世の中にグルメを扱った作品はいくつもあるけど、こういった切り口の作品をあたしはこれまでに見たことはない」

 

 それも――独り飯。これが刺さる者は案外多いのではないか。

 

「そうだろう――そしてね、実はねヴィル。なんとそのドラマの主演は、まだ十代の若者が特殊メイクを使い中年男性に化けているのだそうだよ」

「……なんですって?」

 

 特殊メイクなどは単なる小手先の技と思っていたヴィルは目を丸くした。なんせこの世には魔法も魔法薬もある――メイクよりもよほどリアルに作れる。

 

「ウィ! そしてこの作品の原作者で、主演俳優をしたのは……我がナイトレイブンカレッジの在校生、オンボロ寮の監督生くんなのさ!」

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