ツイステッド独り飯を楽しむドラマの話   作:充椎十四

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》匿名希望様


パンケーキ食べたい

 空は高く、パリッと爽やかに寒い午前。薔薇の王国の大通りを歩く男の足取りは速い。

 

「ええと……青薔薇通り3丁目、メロヂアンビルヂング……ここかぁ」

 

 男――イノガシラは目的のビルを見つけるや安堵のため息をつき、階段を登って二階へ向かう。

 

 打ちっぱなしのコンクリがむき出しの部屋に、折りたたみテーブルと折りたたみ椅子で向き合うイノガシラと彼の客。

 

「――だからねミスター・イノガシラ。内装まですべてこちらで揃えれば……つまりお仕着せの部屋にすることによって、テナントは内装に手をかける初期費用を抑えられるし、私はテナントの好き勝手な改装でビル全体の雰囲気が壊される危険を避けられる。いい考えじゃありませんこと?」

「あー、ミセス・パーカー。内装をオーナーが全て用意することにより生じうることについて……」

「存じ上げてますわ、ミスター。だから、それを踏まえて準備するのがミスターの仕事ではなくて?」

 

 おほほ、と品良く笑うミセス・パーカーに、イノガシラは歪な笑みを浮かべる。

 

『おれの仕事は輸入商であって、コーディネーターでもアドバイザーでもないんだけどなぁ……』

 

 ミセス・パーカーは点描画のような柄物のシャツと、大輪のバラの柄のスカートという成りだ。物は良いようだが、残念ながら服のセンスが悪い――不動産の運用センスも悪い。

 

「あー、旦那さんが大怪我で入院中ということですが、会話ができないような怪我ではないのですよね。どんな内装にするにせよ、まずは旦那さんと相談なさったらどうでしょう」

「あら、そう?」

「ええ……旦那さんもどんな内装にするか口を出したいでしょうし、はい」

「でも――」

「旦那さんと会話しましょう」

「だっていい案だと思うのよ」

「旦那さんのやり方を変えるなら、まず話し合う必要があると思うんですね」

 

 どうするか決まったらまた呼ぶわねという声を背に受けながら、イノガシラは逃げるようにしてビルを出た。

 腕時計を確認すればとうに二時を回っている――昼食を食べそこねたようだ。

 

『こんな時間までダラダラ引き止められたのか、おれは。二時なあ……。ああ……腹が減った』

 

 飯屋を探し始めたはいいが、どの店もランチタイム営業を三時で終えるらしく、店内に客の姿があるのに扉にはクローズの札が掛っていた。探し回るうちに時計の針はそろそろ三時を指そうとしている。

 

『いかん、空腹過ぎて目が回り始めたぞ。何か腹に入れないと』

 

 通り沿いの店の壁に手を突いてため息をついたイノガシラだが、どこかから香る匂いに鼻がひくひくと膨らんだ。

 

『焼いた肉の匂いだ! 独特の臭みからして牛肉じゃなくて豚肉だろう……おれは肉についてはうるさい質だぞ。どれどれ、どの店から香っているのかな』

 

 匂いに釣られるようにして右へ曲がり左へ曲がり、歩数にして五十歩ほど進んだ先にあったのは――パンケーキの店だ。何故パンケーキの店だと分かったかといえば看板に「ふわとろパンケーキのお店〜リンゴン〜」と書いてあるからだ。

 

 イノガシラは店の外装をじっくりと眺める。店の外観は北欧風で、入口の周りにはツタや花の鉢植えがいくつも飾られている。ドア横にメニュースタンドを見つけ、イノガシラは敷地内へ大きく二歩踏み込んだ。

 ラミネートされつるつるした紙面を指でなぞりながら上から下まで確認する。

 

『ふわとろパンケーキの店か。こういう時じゃなけりゃ喜び勇んで入ったんだがなぁ……おれは昼ごはんの代わりになるものを食べたいんだよ。俺の口が求めているのは甘いスイーツじゃない、肉とか魚といった――あるじゃないか』

 

 イノガシラの指が止まった「リンゴンのごはんプレート」はふかふかのパンケーキにソーセージが二本とサラダが添えられており、吹き出しには「こちらのパンケーキは甘さ控えめです」とある。オニオンスープも付くらしい。イノガシラは迷わず扉を押し開けた。

 採光に拘ったのだろう、屋内は照明の少なさが気にならないほど明るい。茶色いロングヘアをゆるく三つ編みにした店員がカウンターの向こうから「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ〜」と声を張ったのを聞き、イノガシラは店内をぐるりと見回して窓際の席を選んだ。

 天井から吊り下げられた観葉植物を避けて通路を進み、北欧らしい柄のクッションが置かれた席に腰掛け一息つく。

 

 空きっ腹をぽんぽんと撫でて、テーブルに置かれたメニューを見下ろす。

 

『表にあったメニュー表と同じか……ごはんプレートは一種類だけなんだな。ところでこの赤いソースは何だ? なんか丸い粒がコロコロとしてるけど』

 

 ロングヘアの店員が観葉植物を上手に避けながらやってきて「ご注文はお決まりですか?」と訊ねるのに、イノガシラは頷いた。

 

「この、ごはんプレートというのなんですが……この赤いソースは何なんでしょう。ベリーソースだろうというのは分かるんですが」

「ああ、それはリンゴンベリーのソースです。甘酸っぱくて美味しいですよ」

『ふむ、リンゴンベリー。リンゴベリーじゃなくてリンゴンベリーね、初めて聞く名前。なんか縁起良さそうに聞こえるなぁ』

「そうなんですか。じゃあコレ、一つで」

「かしこまりました。セットのお飲み物は何になさいますか?」

『えっ、飲み物セットだったの? ああ本当だ、セットドリンクの一覧から選べるって書いてある。どれ……コーヒーと、紅茶と、コーラと、旬の果物のフレッシュジュース、リンゴンベリーのソーダかぁ。ソーダは気になるけど、パンケーキのソースがリンゴンベリーなんだから飲み物までリンゴンベリーにする必要はないだろう』

「あー……この、旬の果物のフレッシュジュースで」

 

 今からパンケーキを焼くから十五分ほどかかるという言葉に、イノガシラは目を丸くしつつも「分かりました」と答える。十五分も待つのかとは思わないではないが、たった十五分を待てないほどではない――他の店を探す方が大変だ。

 先に届いたフレッシュジュースは柑橘類の爽やかな香りがする橙色の飲み物で、飲んで納得、レッドグレープフルーツだった。

 

『あー、甘酸っぱい! 空きっ腹にジーンと染み渡るこの感覚、何て言えばいいんだろう。飲み物なんだから胃に流れ込んだらそこで止まってるはずなのに、冷たさとか爽快感とかが五臓六腑から指先までじんわり広がるんだよな。こんなのごくごく飲んじゃう』

 

 あっという間に空になったグラスを珪藻土コースターの上に戻し、一気に水分たっぷりになった胃の辺りを押さえる。

 改めて店の中を見回せば、客はイノガシラの他に二組。どちらも女二人――いや、一組は子連れだ。生クリームたっぷりのパンケーキを口に運びながらの話題は旦那や仕事の愚痴だ。

 

『やっぱり飯を食うのは一人でがいいな……。他人の愚痴を聞いたり他人に愚痴ったりしながら飯を食うのは、飯に対して失礼だろう。美味いものも不味くなるよ』

 

 ぼんやり窓の外を見たりなんだり、新たな客――カップルだろう男女――が入ってきたりして十分ほど過ぎたろう頃、店員が盆を持って現れた。

 

「おまたせしましたー」

『おおっ、待ってました。お待ちかねのごはんプレート……見るからにジューシーなソーセージが2本。ほんの少し焦げ目が付いてるの、良いね』

 

 ごはんプレートは、厚みのあるパンケーキ二枚にソーセージも二本、ざっくり千切った葉野菜の上に1スクープのポテトサラダが盛られている。

 パンケーキにはイクラほどの大きさの粒――これがリンゴンベリーの果実なのだろう――がゴロゴロと入ったソースがたっぷり掛けられていて華やかだ。

 

『いただきますっ! まずは……リンゴンベリーのお味はどんなものかな』

 

 きょろきょろと周囲を見回して誰も見ていないことを確認し、小指でソースを掬う。ぱくり。

 

『んんっ、思ってたより酸っぱいぞ。でもザワークラウトみたいな酸っぱさじゃなくて果物らしい酸っぱさだ。例えるならラズベリーに近い感じの風味かな……肉が進みそう』

 

 そしてフォークを手に取りソーセージに突き刺す。ぱつぱつの皮を三叉の先端が破るパキッという小さな音すらも爽快だ。

 

『そうそうこの音この音。おれ、好き』

 

 大きく口を開けて噛み切れば肉汁が溢れた。

 

『肉汁だくだく、口の中が幸せでいっぱい。一生食べてたいね』

 

 次にパンケーキを切り分ける。まず半分に切り、次にソースがかかった部分とそうでない部分に切り離す。四センチほどの厚みがあるパンケーキの中は目の細かいスポンジ状で、見るからにふかふかとしている。

 

『こんな厚くパンケーキ焼くの難しいだろうになぁ。おれも時々ホットケーキ焼くけどこんなに厚くできないし、きっと特別な技術があるに違いない。では、いざ』

 

 ソースのかかっていない四分の一を一口で頬張る。

 

『おっ? パンケーキなのに口の中でふわっと溶けて消えた。シフォンケーキをもっと刹那的にした感じの食感だな』

 

 次にソースのかかった部分。

 

『ベリーソースがすごくフルーティーで、口の中で甘酸っぱい味と香りが踊ってる。ううむ、リンゴンベリー侮りがたし。パンケーキにかけても美味い』

 

 美味い美味いと食べ進めるイノガシラだが、ソーセージにリンゴンベリーのソースを付けて食べたときは一際脳内の声がうるさく響いた。

 

『肉とベリーソースの組み合わせは美味いと経験則から知っていたが、美味い! リンゴンベリー最高! ステーキにつけたりしてもコレは絶対に美味いね、間違いない』

 

 もりもり食べるイノガシラの耳にカップルの会話が届く。

 

「パフェと迷ったけど、やっぱりここに来たらパンケーキかなって思うよね〜」

「パフェも美味しいもんね、この店」

『えっ、パフェ? そんなのメニューにあったか? パンケーキとごはんプレートしかなかったはず……ないよなぁ。もしかして裏側に――あった』

 

 メニューをひっくり返せばパフェの写真が五種類載っており、一番目立つトップに「リンゴンベリーの夢心地パフェ」が輝いている。

 

『パフェか。ふむ』

 

 おかずプレートはもうほぼ完食。イノガシラは顎を擦りながら唸り、そして、ある一文を見つけた。

 

『表側のメニューを注文した人は全種類サイズに関わらず百マドル引き、ね。よし』

「すみませーん。……このパフェのスモールサイズを一つで」

 

 イノガシラはリンゴンベリーの夢心地パフェを前に二マッと笑み、パフェスプーンを手に取る。パフェは喫茶店でよく見かけるようなミルフィーユ状にベリーソースやクリームを重ねた物で、上にバニラアイスが1スクープ乗っていてシガールが刺さっている。

 

『甘いものは別腹って言うけど流石にね。もう普通サイズは食べきれないだろう腹七分目あたりだし、控えめにして正解かも』

 

 ベリーソースのかかったバニラアイスにスプーンを突き刺せば、思い切りよく真ん中に刺したせいか1スクープまるごと持ち上がってしまった。

 

『ありゃりゃ。ま、いいか』

 

 1スクープまるごと食べられないでもないが、それでは味わって食べることが出来ない。イノガシラはアイスにがぶりと齧りつく。球が半分に欠けた。

 

『バニラアイスとベリーソースの組み合わせは、うん、間違いがない。美味い』

 

 二口でアイスを食べきってしまい、アイスの置き場所がぽっかり空いたパフェと向き合う。そして指でひょいとシガールを抜いたと思えば、あっという間に口に消えた。

 

『おれ、シガールはサクサクのうちに食べる派なんだよね。しっとりしたのもそれはそれで良いんだけど、サクサクの方がもっと好き』

 

 クリームとベリージャムの層を一度に掬って口へ。

 

『おや、これは生クリームじゃないな……生クリームっぽいクリームチーズだ。なるほど生クリーム風のクリームチーズと生クリーム風のクリームチーズでリンゴンベリージャムを挟んで層にしてるのか。頭いい。レアチーズケーキをパフェにしたらこんな感じかも』

 

 上の2層は見る間に消えて、次の2層にスプーンが侵攻する。

 

『あれっ、ジャムの味が違うぞ、さっきより酸味が強くてさっぱりしてる。食べ飽きないようにってことか。――うん、こりゃあ良い、食べてる間ずっと美味いが止まらない。飲み込む前に次々口に入れちゃうから口の中でジャムや生クリーム風クリームチーズが交通渋滞起こしてる。ジャムがジャムってる、なーんて』

 

 一人前のごはんプレートを食べた直後とは思えない勢いでイノガシラはパフェを掘削してゆく。

 

『味変のヨーグルトソース! いいぞいいぞ、ばくばく驀進(ばくしん)!』

 

 ――少し突き出した胃の当たりを撫でながら店を出たイノガシラは店を改めて振り返る。「ふわとろパンケーキのお店〜リンゴン〜」。

 

「リンゴン、リンゴンね。もう覚えた。……また来よう」

 

 都の石畳の道をご機嫌に歩くイノガシラの背中。そこに浮かんでは消えるのは撮影クルーらの名前だ。

 

タロー・イノガシラ ユウ

 

 その文字が映った液晶画面を長い指がタップすると、動画が止まった。

 

「でだ、監督生。――どうしてうちの店でロケしなかったんだ?」

 

 トレイ・クローバーはオンボロ寮の監督生をじっと見つめる。

 

「どうしてうちの店でロケしたいと言わなかった?」

 

 監督生はごくりと唾を飲み込み、震える声で答えた。

 

「有名店は使わない方針なので……」




リンゴンベリーのジャムとかドライフルーツ探し歩いたけどカル◯ィにも置いてなくて、仕方なく通販した。
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