華麗なる悪女になりたいわ! ~愛され転生少女は、楽しい二度目の人生を送ります~   作:葉月秋水

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1 かっこいい悪女に憧れる

 

「生活魔法以外の適性がまったくない。わかるか。お前は私の顔に泥を塗った。リュミオール伯爵家の名を汚したんだぞ」

 

 父は冷たい声で私に言った。

 八歳の誕生日、魔法適性を鑑定された直後のことだった。

 

 大陸で最も進んだ魔法技術を持ち、繁栄を謳歌する魔法国エルミア。

 

 その貴族社会において、子供の魔法適性はその子の将来を大きく左右する。

 人生を決定するとさえ言ってもいい。

 

 学歴、財力、知能、品性、運動能力、容姿といったこと以上に、どういう魔法を使えるかがその人物の優秀さを評価する指標とされているからだ。

 

『魔術師としての資質がすべてを決定する』

 

 この国を建国した魔導王の掲げた魔術師が暮らしやすい国という理念は、数百年の時を経て歪んだものになってしまっていた。

 

 貴族たちは家名を守るために、優れた魔法適性を持つ子供を作ることに執心した。

 

 血統こそが人間の価値になった。

 魔法適性に欠ける人間は生きる価値がないと罵倒され、陰口を叩かれる。

 

 そんなこの国において最も価値が低いとされているのが生活魔法だった。

 

 庶民でもほとんどの者が適性を持つこの魔法は、他の魔法に比べてはるかに価値が低い。

 

 生活魔法以外の適性を持たないというのは、魔法の才能が絶望的にないということを示していた。

 

「魔法国の貴族家から、通常魔法の適性をまったく持たない者が生まれたなんて話は聞いたことがない。末代までの恥だ。この事実は絶対に隠さなければならない」

 

 父は言った。

 

「子供が親に恥をかかせるなんてことあってなるものか。役立たずの出来損ないめ。お前にはここで消えて――」

「お待ちください!」

 

 言ったのはお母様だった。

 

「ミーティアには兄弟で最も高い魔力と、八歳とは思えない人並み外れた知性がある。通常魔法が使えなくても、その才能が活かせる場所は必ずあります」

「わからないのか。生活魔法以外一切の魔法が使えないんだぞ。救いようのない無能だ。リュミオール家にとっては恥以外の何物でもない。存在するだけで、家名が傷つく」

「この子はきっと将来たくさんの人の役に立てる。どうしてもやるというなら、私から先にやってください。どうか、どうかお慈悲を」

 

 お母様はそれから一日中、私をつきっきりで守ってくれた。

 剣を持った兵長を前にしても、私をぎゅっと抱きしめて離さなかった。

 

 粘り強い説得によって、なんとか私は消されずに済むことになった。

 お母様は病弱だったけれど、家族の中で最も優れた魔法適性を持っていたからお父様も無視はできなかったのだ。

 

 決まったばかりだった子爵家子息との婚約の話は破談になったけれど、それだけで済んだのは本当に幸運だったと思う。

 

「ごめんね、ミーティー。お父様が絶対に外に出してはいけないって言うの。だからこんなところしか用意できなくて」

 

 先々代の当主が使っていた地下書庫だった。

 お母様はたくさん本を持ってきて私が快適に過ごせるようにしてくれた。

 

 二年間続いた幽閉生活。

 状況が変わったのは、私が十歳になってすぐのことだった。

 

 お母様が病で倒れ、この世界から旅立ってしまったのだ。

 お父様は私を家から追い出し、伯爵家が所有する辺境の領地――リネージュの地に送ることを決めた。

 

 名目上は領主代行として。

 その本当の狙いは、領地経営に失敗し荒廃したこの地を見捨てていないという体裁作りだった。

 

 何の産業もなく、農地としての生産性にも乏しい。

 何より致命的だったのは、この地の人々が魔法の適性を持たない者ばかりだったことだ。

 

 繁栄を謳歌する魔法国の闇。

 魔法が使えない劣等種の住む土地として、リネージュは常軌を逸した圧政に苦しむことになった。

 

 極端な重税によって領民たちは貧困にあえぎ、治安は悪化の一途を辿った。

 

 その上、今は劣悪な栄養状態から伝染病が蔓延していると言う。

 

 前領主である三番目の兄を含め、貴族たちはみんなリネージュから既に逃げ出したそうだ。

 

 間違いなく、魔法国で今最も危険な場所。

 

「暴徒に襲われても、伝染病で死んでもいい。自然で同情を引く死に方。お前に求めているのはそれだけだ。リュミオール家の娘として、私の役に立て」

 

 お父様はそんな風に言っていたけれど、出立する私の胸の中にあったのは、喜びの感情だけだった。

 

(どれだけこのときを待っていたか。準備はやりすぎるくらいにしてきたわ。新しい土地で、私はなりたい自分になる。誰にも縛られず、自由にしたいことをして暮らすの。そして、念願だった夢を叶えてみせる)

 

 大きな空を見上げて、拳を握りしめた。

 

(世界一強くてかっこいい悪女になるのよ!)

 

 

 

 

 

 *  *  *

 

 内緒にしていたけれど、私――ミーティア・リュミオールには前世の記憶がある。

 

 夢のようにおぼろげで曖昧な記憶の中で、私は田舎の没落した貴族家の娘だった。

 

『貴方は良い子だから私の言うことが聞ける。そうよね』

 

 前世の両親は私を思い通りに動かそうとする人だった。

 

『由緒正しい家柄の方と結婚するの。それが貴方にとって一番の幸せなのよ』

 

 物心つく前から、私は両親が望む良い子として、淑女としての嗜みと社交儀礼を学ぶことを強制された。

 

 自分の意志を言葉にすることは許されなかった。

 好きだった小説は『時間の無駄』だと捨てられた。

 

『貴方はママの夢なの。ママが叶えられなかった夢を全部叶えて、誰よりも幸せな人生を送らないといけないの』

 

 毎日のように家柄が不釣り合いな上流階級の舞踏会に連れて行かれた。

 

 きらびやかな世界で私はいつも浮いていた。

 

 何年前のものかわからない安物のドレス。

 向けられるのは『なんであんな家の子がここに』という冷たい視線。

 

 声をかけてくれる人はいなかった。

 誰と話すことも踊ることもできなかった。

 

 華やかな会場の隅っこでずっと立っていた。

 たくさんの人がいるのに一人でいるときよりもひとりぼっちだった。

 

 肩を落として帰った。

『どうしてできないの』と母は私を責めた。

 

 選ばれない私は、誰かに必要としてほしくて、褒められたくて。

 

 母が望む良い子になろうとがんばって。

 

 全然うまくできなくて。

 

 心が潰れそうになったとき、救ってくれたのは本の世界だった。

 

 隠れて小説を読みながら、そこに書かれた物語に元気をもらう。

『もしもこのお話の世界に私が入ったら』って妄想して頬をゆるませたり。

 

 中でも私が強く惹かれずにはいられなかったのが、大好きな小説のかっこいい悪女様。

 

 気高く聡明で敵対者には容赦しない。

 でも、身内には誰よりも優しくて。

 社会の規範に縛られず、自由にわがままに自分の意志を通そうとする。

 

 他の人にどう思われるかなんてまるで気にしない。

 

 どんな状況でも自分を貫く芯の強さ。

 

 空気を読んで、両親の顔色をうかがってばかりの私とはまったく違う。

 

 凜とした姿勢とかっこいい心のあり方に、私は強く惹かれていた。

 

 いつかあんな風になりたいなって思って。

 だけど、いろいろと現実的なことを考えて先送りにして。

 

 そのまま何もできずに終わったのが私の人生だった。

 

 舞踏会の途中で地震が起きて、私の人生は唐突に終わった。

 薄れゆく意識の中で最後に感じたのは強い後悔。

 

 なんで良い子として生きることを選んでしまったのだろう。

 我慢してしまったのだろう。

 

 もっと自由に生きればよかった。

 もっとしたいことをすればよかった。

 もっと自分の気持ちに正直に生きればよかった。

 

(ああ、これで終わりか……)

 

 薄れゆく意識の中。

 もしももう一度生まれ変わることができたら、今度は自分の気持ちに正直に生きようって。

 

 そんなことを思ったんだ。

 

 

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 最初に前世の記憶を思いだしたとき、私は五歳だった。

 

 大きな驚きの後、待っていたのは胸いっぱいの喜び。

 そのときの私がどれだけうれしかったか、きっと他の人にはわからないと思う。

 

 自由に生きられる新しい人生。

 

 今度は我慢なんて絶対しない。

 

 私は行きたいところに行き、食べたいものを食べて、ずっとやりたかったことをして過ごすのだ。

 

 やりたいことってなんだろうと考えた。

 答えはすぐに出た。

 

(前世で大好きだった小説の最高にかっこいい悪女様。規範や常識に縛られず、志が高くてきれい事が嫌い。そして、決してぶれない自分を持っている。ずっと憧れていたあの人みたいになりたい)

 

 私は悪女になった自分を想像した。

 優雅に紅茶を飲みながら悪巧みし、敵対者を華麗に罠にはめて、貴族社会を陰から支配するのだ。

 

(かっこいい……かっこよすぎるぞ、私……!)

 

 興奮しすぎて鼻血が出てしまった。

 

 いけない。

 華麗なる悪女になるために、どんなときもクールにかっこよく振る舞わなければ。

 

 私は優雅かつスタイリッシュに鼻血を拭いてから、夢を叶えるための現実的な方法を考えた。

 

 しかし、これがなかなか簡単なことではない。

 私は甘やかされて育った貴族家の子供でしかなかったし、魔法国において女性の社会的地位は周辺国に比べても低かった。

 

「良い魔法適性を持つ血統の子供を育てるための産む機械」なんて口にする人さえいるくらい。

 

 そんな国の中で、自分の意志を貫く悪女になるというのは多分すごく難しい。

 

 だけど、あきらめるという選択肢はなかった。

 だってどんなに難しい状況でも、決して動揺せずクールに立ち向かうのが私が憧れる悪女だから。

 

(逆境なんてむしろ燃えるわ。ここから、私がかっこいい悪女になる物語が始まるのよ)

 

 私は、理想の自分になるために猛勉強を開始した。

 

 元々好きだった魔法の勉強に加えて、帝王学に社会学、経済学、領地経営学、法学、薬学、魔法生物学、統計学、数学、物理学、心理学……少しでも役に立ちそうだと思ったら頭にたたき込んだ。

 

 周囲は人が変わったように勉強を始めた私に驚いたり、心配したりした。

 

 だけど、どんなに止められても絶対にやめなかった。

 

 私は今、ずっとなりたかった憧れの悪女に向け着実に歩みを進めているのだ。

 

(それから、強くてかっこいい悪女になるには周囲の人を従わせる圧倒的カリスマが必要ね)

 

 私は上に立つ者としての振る舞いや、人を動かすための会話術を勉強した。

 

(人を動かすには批判せず褒めることが大切。相手に心から興味を持つことと、相手の利益を考えて満たしてあげることも重要と。なるほど、深いわ)

 

 早速周囲の侍女たちに実践した。

 未来の悪女が持つ圧倒的カリスマに侍女たちは恐れおののいているようだ。

 

(五歳で大人を従わせてしまうなんて、もしかして天才なのかしら!)

 

 私は予想以上の成果に胸を弾ませずにはいられなかった。

 

(ふっふっふ。計画は着実に進行している)

 

 鏡の前で悪女っぽいポーズの練習をしながら、私は口角を上げた。

 

 

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 五歳の中頃になるまで、ミーティアお嬢様はわがままで性格の悪い子供として侍女たちの間で知られていた。

 

『こんな出来損ない食べられないわ! 全然美味しくないもの!』

 

 甘やかされて育つ貴族の子供らしい、奔放で迷惑をかけて当然というような態度。

 

 諫めてくれる者は誰もいない。

 

 周囲の大人達もそれが当然だという風に思っているようだったし、侍女たちの苦しみは彼らの視界にさえ入っていないようだった。

 

(この国の貴族は、庶民なんて家畜同然に思っているのが普通だから……)

 

 平民出身の侍女にとって、魔法国貴族の家で働くのは地獄の中にいることに似ている。

 

『そんな簡単なこともできないのか。これだから平民は』

 

 日常的に繰り返される貴族達からの罵倒と暴力。

 

 劣悪な職場環境。

 泣きたくなるような理不尽な出来事の数々。

 

 しかし、そんな日々の中で思いがけないことが起きた。

 ある日を境にミーティアは別人のように変わったのだ。

 

 子供とは思えない落ち着きと言葉使い。

 大人が読む難しい本を貪るように読み、自分の意思で一日中勉強を続ける。

 

 何より、一番大きく変わったのは周囲の人に対する接し方だった。

 

 一挙手一投足を見逃さず、小さなことでも感謝の言葉を伝えてくれる。

 

 良いところを見つけて褒めてくれ、失敗してもまったく怒らなかった。

 

 欲しいものの話をすると、買って来てプレゼントとして渡してくれた。

 

「私のためにいつも働いてくれてありがとう。これはささやかだけど感謝の気持ちよ。私、シエルに本当に感謝してるの」

 

(誰よりもわがままだったミーティア様が……)

 

 ミーティア付きの侍女であるシエルは、信じられない光景を呆然と見つめた。

 

(こんなに……こんなにおかわいい子になるなんて……!)

 

 幼い頃からお世話を担当し、最も近くでミーティアを見てきたシエルにとって、その姿は感動さえ覚えるものだった。

 

「今までたくさんわがままを言ってごめんなさい。これからはわがままなんて言わないから。もし嫌じゃなかったら、これからも傍にいてくれたらうれしいわ」

 

 シエルはその言葉を、心の奥の深いところに大切に仕舞った。

 

(あんなに小さいのに、背伸びして大人っぽい振る舞いしてるミーティア様尊い、愛しい、天使すぎる……!)

 

 シエルは思う。

 

(この子の優しい心を絶対に守り抜かないと)

 

 自分が悪女とはまったく違う方向性で慕われていることにミーティアは気づいていない。

 

 

 

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