華麗なる悪女になりたいわ! ~愛され転生少女は、楽しい二度目の人生を送ります~   作:葉月秋水

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19 未来の一端

 

(な、なんとか生き残ることができたわ……)

 

 敵魔術師と火竜《ワイバーン》が気を失ったのを確認して、私はほっと息を吐く。

 

 強かった。

 というか強すぎる相手だった。

 

 正攻法ではまず勝てない。

 だから、《草木に水をあげる魔法》で発生させた水を《小さく軽いものを浮かせる魔法》で気づかれないくらい薄い壁状にコーティング。

 

 それを私の前に無数に展開して、光の屈折によって見えている私と本当の位置がずれるようにしていたのだった。

 

 どんなに強い攻撃魔法も当たっていなければ無傷でやり過ごすことができる。

 

 魔法式なしでも起動できる簡単な生活魔法を、まさか戦いの場で使うとは敵魔術師も思わなかったのだろう。

 

 結果、未知の魔法が使われてると誤解して、正しい判断をすることができなかった。

 

 最後は、《草木に水をあげる魔法》と《小さく軽いものを浮かせる魔法》で敵魔術師の喉に水魔法を固定。

 

 呼吸をできなくして失神させ、戦闘不能状態にしていたのだった。

 

(毎日寝る前に、生活魔法でかっこいい悪女感が出る戦い方をするにはどうすればいいか妄想しててよかった)

 

 しかしここで喜んでしまうと悪女っぽさが薄れてしまう。

 髪をかき上げて憧れている悪女な振る舞いを意識する。

 

「ミーティア様、どうして戻って……」

 

 驚いた顔で言ったのはヴィンセントだった。

 私が戻ってきたのが予想外だったらしい。

 

 加えて、火竜《ワイバーン》と敵魔術師を倒したのも彼にとっては驚きだったのだろう。

 

 そりゃそうだと思う。

 力量では完全に負けてるし。

 

 ヴィンセントが人間やめてる動きで引きつけてくれてたことと、生活魔法なんて使うと思っていない相手の心の隙を突いて、知恵と工夫でなんとか勝てただけだし。

 

 しかし、私が目指すのは世界一かっこいい悪女。

 いつも自信満々で動揺なんておくびにも出さないのだ。

 

 私は胸を張り、長い髪をかき上げて言う。

 

「私は仲間を見捨てない。敵対者には容赦ないけれど、身内にはとことん優しいのが私が目指す最強の悪女なの」

「危険です。もしミーティア様の身に何かあったら――」

「だったら、ヴィンセントも自分を大切にして。貴方は私のパートナーなんだから。わがままで傍若無人な悪女である私はどんな手を使っても貴方を助けようとする。そのことまで考えた上で行動するように」

 

 ヴィンセントはなんだか戸惑った顔をしていたけれど、私はかっこいい悪女っぽい台詞と振る舞いが気持ちよすぎてそれどころではなかった。

 

 馬車を失い、歩きで査問会議の会場に行かなければならない危機的状況に気づいて頭を抱えたのは三分後のことだった。

 

 

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

『私は仲間を見捨てない。敵対者には容赦ないけれど、身内にはとことん優しいのが私が目指す最強の悪女なの』

 

 ヴィンセント・ベルベットにとって、ミーティア・リュミオールの言葉は想像さえしていないものだった。

 

 皇国諜報機関で道具として育てられた自分。

 実績を上げ、表面上の扱いは変わっても本質的なところでそれは変わらなかった。

 

 戦争孤児であり、詳細な身元は不明。

 そんな彼の居場所は貴族社会の中にはなかったし、国の上層に位置する貴族達にとっては目的を実現するための道具でしかない。

 

 かけられるあたたかい言葉はすべて自分を効果的に利用するためのもの。

 

 危機が迫れば、ためらいなく見捨てるし、切り捨てる。

 

 道具であるヴィンセントよりも、自分の身の方がずっと大切だから。

 

 貴族というのは――いや、人間というのはそういうもの。

 

 悲しいとさえ感じなかった。

 自明の事実であり、変えようのない現実だと思っていたから。

 

(なのにミーティア様は自分の身を危険にさらして、私を助けようと……)

 

 自分の生きてきた世界ではありえないはずの行動。

 だからこそ、その姿はヴィンセントの心を打つ。

 

(まだ十歳の子供だというのに、なんてすごい方なのだろう)

 

 幼い主人に対する尊敬と忠誠の気持ち。

 同時に、ミーティアと過ごす間に彼の心の中には初めての感覚が芽生え始めていた。

 

 幼少期に両親を失ってからはずっと一人。

 諜報員として人生のほとんどを偽りの時間に捧げ、最後には組織にも裏切られた彼にとって、信頼できる主人に仕えられるのは初めての経験。

 

 そして、心優しい幼い少女と家族のような距離で過ごすのも初めてのことだった。

 

『だったら、ヴィンセントも自分を大切にして。貴方は私のパートナーなんだから。わがままで傍若無人な悪女である私はどんな手を使っても貴方を助けようとする。そのことまで考えた上で行動するように』

 

 芝居がかった口調と不敵な流し目。

 

 大人びた振る舞いと短い手足。

 

 余った袖と人形のように小さな手のひら。

 

(従者として許されないことかもしれない。しかし、どうしても考えてしまう。感じてしまう)

 

 ヴィンセントは唇を噛みしめて思う。

 

(ミーティア様が娘のようにかわいいと……!)

 

『私にとってミーティア様はお腹を痛めて産んだ子供なので』と理解不能な発言を繰り返していたシエルの気持ちがわかってしまった。

 

 純粋な優しさと、少し間の抜けたアホの子な言動。

 この小さな主人は、娘としての魅力がありすぎる。

 

(許されない……! プロフェッショナルとして、主人にこんな気持ちを抱くなんて……!)

 

 心の中で葛藤するヴィンセント。

 

(ダメだ、かわいすぎる……! 負けてしまう……!)

 

 ミーティアはそんな彼の思いにはまったく気づかずに、風上に立って髪をかき上げていた。

 

 

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

「ミーティア・リュミオールは! ミーティア・リュミオールはどこにいる!」

 

 オルフェンの街の北側に位置する第三議会の議場。

 馬車を飛び降りて、駆け込んで来たのは魔法国第二王子であるカイルだった。

 

「第二王子殿下……」

 

 想像もしていない大物の姿に、周囲の人々が驚きの声を上げるが、気にしている余裕はカイルにはなかった。

 

 査問会議が始まる前に、彼女に罠であることを伝えなければならない。

 

 東方議会で最も影響力を持つシェーンハイト伯と《三百人委員会》が裏で手引きしているのだ。

 

 もし彼女が罠であることを気づかずそこに臨んでしまえば、どんな凄惨な事態が待っているか想像もしたくない。

 

(なんとしても会議が始まる前に彼女と話さないと)

 

 周囲を見回し、ミーティアを探すカイル。

 そのとき、声をかけてきたのは瀟洒な燕尾服に身を包んだ男だった。

 

「これはこれはカイル殿下。よくぞお越し下さいました」

「……シェーンハイト伯」

 

 カイルは低い声で言う。

 

「いきなり査問会議というのは性急であるように感じられますが。彼女はまだ十歳の少女だ。領主代行として領地経営も問題なく進めている。このような会議にかけられることをしているように私には見えない」

「見解の相違ですね。彼女の行いは先人たちが築いてきたこの国の伝統に反している。取り返しのつかない事態になってからでは遅いのです。私は人々を導く貴族の一人として、リネージュの人々の生活を守らなければならない」

「リネージュの人々の生活は、彼女が領主代行を務める以前の方がずっとひどいものだったと聞いたが」

「彼らは魔法を使えない。この国においては伝統的に価値の低い存在です」

「続いている慣習が正しいものであるとは限らない。それが誤りである可能性もある」

「だとすれば、殿下は我々の敵なのかもしれませんね」

 

 シェーンハイト伯は目を細めて言った。

 

「気をつけて下さい。この国を覆う闇は貴方が考えているよりもさらに深い。貴方が守りたいと考えている少女も、もしかしたら既にこの世にいないかもしれない」

「…………まさか」

 

 カイルは息を呑む。

 

「最初からそれが狙いで」

「私にできる最善を尽くしただけです」

「自分が何をしているのかわかっているのか」

「組織が彼女を消すことを望んだのです。逆らえる者はこの国にいない。それは私も例外ではない」

 

 シェーンハイト伯は言う。

 

「彼女はこの国の暗部の犠牲になった。殿下も注意することを推奨します。もしかしたら、次は貴方かもしれない」

「…………」

 

 何も返すことができなかった。

 シェーンハイト伯と《三百人委員会》が動いたとすれば、最も確実性の高い方法が選択されたことは間違いない。

 

(だとすれば、彼女はもう……)

 

 希望だと思った。

 光ある未来の一端を見た。

 

 驚くほどに聡明で、既成の価値観に囚われていない彼女なら、この国の歪んだ伝統と風習を打ち破ってくれるかもしれないと思った。

 

 だからこそ、忙しい政務の合間を縫って彼女の動向を追った。

 危険が迫れば、どんな手を使っても守るよう指示を出した。

 

 しかし、すべては後手に回った。

 

 この国を覆う闇は、カイルが想像しているよりもさらに深い。

 

(俺のせいだ……俺がもう少ししっかりしていれば……)

 

 募る後悔。

 握りしめた拳を大腿部に押し当てていたそのときだった。

 

 現れたのは一台の馬車だった。

 降り立ったのは美しい出で立ちの少女。

 

 赤と黒のドレスを身に纏い、優雅な足取りで会場の階段を上る。

 

 長身の執事を従えたその姿に、カイルは思わず見とれた。

 

(ミーティア・リュミオール……!? どうして……!?)

 

 襲撃に遭ったはずなのに、怪我どころかその装いには一点の乱れもない。

 

 気品ある所作で近づいてきた彼女は、シェーンハイト伯を見つけて、にっこりと目を細めた。

 

「あら、シェーンハイト様ですね。道中で素敵な贈り物を用意して下さってありがとうございました」

「…………」

 

 シェーンハイト伯はじっとミーティアを見て言った。

 

「……楽しんでもらえたなら何よりだ」

「ええ。すごく楽しめました。見てください、このドレス。シミひとつついてないでしょう? ドレスを汚さないように処理しないといけないから大変で」

 

 ミーティアは微笑んで言う。

 

「お返しはたっぷりさせていただくので覚悟しておいてくださいね」

 

 返事を聞かずに、背中を向ける。

 その堂々とした振る舞いに、カイルは笑ってしまった。

 

(ありえない。なんてことだ。信じられるか? この子は第三議会で最も影響力を持つシェーンハイト伯と《三百人委員会》を相手にしながら、この余裕を維持している)

 

 安堵と希望。

 凜とした後ろ姿を見ながら、カイルは思う。

 

(すごい。この子は本当にすごい)

 

 

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